短編 決意の日
都市アクスの中心部から西へ3区画。
いくつも立ち並ぶ古い職人通りの一角に、その店はあった。
『道具屋ハイム』
4代も続く息の長い店である。
売上の5割が近隣の人からで、2割は都市アクスから西や南へと向かう冒険者。残りはハーヴェ商会の下請けが1割、領主関係が1割、その他が1割。
典型的な地元密着型の、どこにでもある小さな道具屋だ。
さて、人は『一人前の職人』と言えば一体何歳くらいを思い浮かべるのだろうか。
仕事には10年選手と言う言葉があるが、職人の世界では10年などヒヨコと変わらない。そんな奴には、まだまだ大きな仕事は任せられない。
20年ほど働き、自分の店を構えるなり弟子を取るなりしてようやく一人前である。それくらいになれば、頑固な年寄りたちもそいつを仲間に加えてやらなくもない。
だがその先の熟練ともなれば、20年程度で名乗るのは実におこがましい。30年も続ければ、そいつがこれまで続けて来た得意分野では熟練の域と名乗っても良いだろう。
職人の道は長い。彼らは時間を掛けてゆっくりとその道を歩んで行く。
だが、生き急ぐのは若者の特権でもある。
年はまだヒヨコの半ばであろう男が、まるで一人前の職人のように繊細かつ大胆な手つきと迷いの無い眼差しとで、工具を片手に器具の最終調整を行っていた。
「具合はどうだ」
男の声に促された客が、取り付けられた義足で数歩歩いてみた。
「……痛くない。すごい、本当に痛くない!」
「アロン、歩き心地の方はどうだ。身体が浮く感じはあるか?」
「違和感はある。柔らかい物を踏んだような」
「高さはどうだ?」
「少しだけ、ほんの少しだけ高い気がする」
「よし、微調整する」
「ああ、リオン。任せるよ」
アロンは店の男に素直に従って、再び椅子に腰掛けた。
二人はもう5年来の付き合いになる。
職人のリオン・ハイムにとっては、初めて自分の商品を買ってくれた客。
客のアロン・ズイーベルにとっては、冒険者になって初めて買い物をした店の店員。
冒険者になったばかりで金の無かったアロンは、金を稼ぐために最初に収納袋を買った。森で売れる物を集めようと考えてのことである。
その頃、拾ってくれた義父の手伝いをしていたリオンは、初めて自分が店に出した袋を眺めるアロンを見つけて声を掛けた。
わりと切実だったアロンは事細かに説明を求め、初めての客に喜んだリオンは革袋の耐水性から持ち易い紐の長さに至るまで知っている限りの事を答えた。
同い年だった客と職人は、駆け出し同士で見事に意気投合した。
アロンは道具や雑貨に関する限り『道具屋ハイム』を最初に訪れ、初めての顧客が付いたリオンも決して妥協せずに要望に応じた。
そんな客と職人のささやかな関係は、アロンが冒険で右膝の下を丸ごと失ってからも未だに続いている。
「………………」
義足を調整するリオンの手つきを、アロンはじっと眺めていた。
アロンは、調整中の職人に話し掛けるほど馬鹿では無い。まして自分の義足となれば尚更だ。
静寂の工房に、留め具を調整する工具の音だけが響いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「俺は納得していない」
「まだそんな事を言っているのか?」
不平を鳴らしたリオンに対し、養父であるクリストフ・ハイムは全く動じずに答えた。
二人は血が繋がっていない。
クリストフが三十路になり、職人としてようやく一人前と認められた頃にリオンは本当の親から捨てられた。
ありふれた話だ。
『1組の夫婦に対しては、子供2人にまで都市民権を与える』
アルテナの神宝珠は、都市人口が増えるほど消費が激しくなる。
人口を増やした結果として神宝珠を消失させてしまった例は過去に枚挙暇が無い。そして神宝珠が消えれば、瘴気や魔物を防ぐ壁が無くなって都市が滅亡する。
すると滅びた都市の都市民は他の都市へと逃げ、次の都市を人口超過で滅ぼす。2倍になった難民は3つ目の都市を滅ぼし、3倍になった難民は4つ目の都市を滅ぼす。
そうして国は、簡単に滅びる。
2人の夫婦に対して、子供は2人までだ。例外などあってはならならない。
だからリオンは捨てられたのだ。
アルテナ神殿に捨てられる子供は、治癒師が1ヵ月間に1度行う祈りの合間だけ神殿に預けられる。その間に都市民権を持つ大人で、子供が出来ない者などが引き取るのを待つ。
引き取り手が現れなければ、5万人の都市民の命を脅かす為、次の世へと送るのだ。
未婚だったクリストフは、1人分の子供の登録枠を持っていた。そして店の跡継ぎとして、リオンを引き取る事にした。
小さい頃の世話は、既に鬼籍に入ったクリストフの母がした。母は「ようやく孫が出来た」と喜んでいた。そしてリオンは祖母にとても懐いた。
「俺は親父の後を継ぐから、錬金術学校には行きたくない」
「いいから行け」
「なんでだよ!都市アクスが滅茶苦茶でかくなって、最近は軍用品の生産依頼とか仕事が山のように入ってくるんだ。しかも宰相代理の政策で、商業税が減税されて半額だ。こんなに大きなチャンスで、今俺が抜けてどうするんだよ」
「…………」
リオンは賢い子だった。
彼には最初から、『道具屋ハイム』の5代目になるという目標があった。
『後を継いで、結婚して、6代目の跡継ぎを作って、おやじには将来のんびり楽隠居をしてもらう』
そんな目標の為に、リオンは努力をした。
まず道具屋ハイムの商品を全部覚えた。クリストフの手先を盗み見て、言葉の端まで聞き漏らさず、素材の仕入れ元も、加工の仕方も、納品先も勝手に学んだ。
だがそれだけでは足りないと思ったリオンは、隣の店へ、さらに隣の店へと行き、まだお目こぼしを貰える子供の間に職人通りの商品を全部見て回り、同時に顔と名前も売った。敵情視察と、仲間に入れて下さいと言うアピールを同時に行ったわけだ。
敏い大人たちは、ちびっ子リオンの意図を察しつつも、笑いながら受け入れた。リオンの事情を周囲の大人たちは知っていたし、恩義を感じるリオンの本質は職人気質からも好意的に受け入れられた。
その後、彼は中等校を一番の成績で卒業した。その頃には店のいくつかの商品はリオンの担当になっていて、店の帳簿も付けていた。
そして2年が過ぎ、周囲から10年選手くらいには認められるようになったリオンに転機が訪れた。
「リオン。お前、あのボウズの義足に余った軍用ゴムを使っていたな」
「……納品後の廃材だよ。納品は完璧だった」
「知っている。言いたいのはそういう事では無い」
「じゃあ何さ」
転機は、錬金術学校の開校であった。
巷では「それは何だ」と言う反応だったが、具体的な教科を見た職人たちは「そんな馬鹿な」と呆れた。
座学の地学、鉱物学、植物学、水質学、生物学などについては、概念くらいは理解できる。
だが実習の鉱石の精錬、金属の加工・精錬、繊維の精練、植物からのマナ抽出などは、公開せずに個人で使えばいくらでも金を稼げる技術だ。
(どうやって集めた。それをどうして公開する)
熟練の職人であるクリストフには分かる。金を創る『錬金術』とは良く言ったものだ。イルクナー宰相代理がこれから行う政策は、国の技術を次の世代へと躍進させる。
そういえばアクス領に建設された『工場』も、職人が各工房で作るのではなく人を集めて同じ施設で量産する方式で、有り得ない生産速度でマナ回復剤を作り出している。
それらはリーランドや北の国々へ次々と輸出され、外貨を稼ぎ始めた。
「ゴムの加工技術を持ち込んで、指示通りに作るよう依頼したのは軍だ。お前はその技術を使って、あのボウズの義足を作り直した。右脚と義足との接地面を広くして足の負担を分散し、地面への接触部分に軍用ゴムを使って衝撃を和らげた」
「だから?」
「今のお前は、指示されたとおりに物を作るだけの加工屋だ。軍がうちに依頼を持ち込まなければ、あのボウズは今でも義足が痛いと家で泣いていただろう」
「…………」
「お前が錬金術学校で学べば、もっと良い義足を作れるかもしれん。いや、作れるだろうな。それだけではなく、沢山の素晴らしい物が作れるだろう。お前は職人か。それとも単なる下請けの加工屋か」
その瞬間、リオンは義父の心に少しだけ触れた。
リオン自身は拾ってくれた義父への親孝行を望んでいた。
だが義父は、リオンの未来に職人としての自分の夢を託していたのだ。
『もし叶うのならば、自分がやってみたい、果たしてどれほどの事が出来るのだろう。どこまで行けるのだろう』
だが、クリストフは47歳だった。
職人の道は長い。彼らは時間を掛けてゆっくりとその道を歩んで行く。
クリストフが今から錬金術を学んでも、長き道の果てへは辿り着けそうになかった。
その時、クリストフには天啓が見えた。
彼が年の離れたリオンを拾ったのは、そして自分の技術を全て仕込んだのは、今日のこの日の為だったのだ。
クリストフはその眼差しで、17年間見守って来た息子に「行け」と促した。
「……分かったよ」
「期待しているぞ、俺の息子。店には帰って来なくとも良い。羽ばたいて行け」
その日、満点を取った逸材が錬金術学校の門を叩いた。
彼は全ての枷から解き放たれ、ゆっくりと、だが力強く門の先へと歩んで行った。




























