エピローグ ささやかな夢
魔族を倒した俺たちは、横たわっていたクロエさんと騎士8人に対して救護活動と行うと同時に、都市へ救援を求める伝令を出すことにした。
合計9人の重傷者を担架で運ぶには、1つの担架を前後2人で持つとして18人が必要となる。俺とディアナとレナエルと、それに残っていた4人の騎士を合わせても7人しか居ない。
それに残っていた4人の騎士の中には片腕を骨折している人も居たし、一般人のレナエルも馬で2時間の距離を搬送出来るはずが無い。
これではどう考えても手が足りない。
馬は全滅していたので、伝令は大祝福を受けているディアナか副隊長さん、もしくは大祝福を受けたばかりの俺が走ることになった。
まあ俺は到着しても身分証明から始めなければいけないから却下されたけどさ。結局、都市のあらゆる場所に顔が利くディアナが行くことになった。
ディアナ・アクス侯爵令嬢という伝令の効果は絶大だった。
程なくして森を哨戒していた別働隊が、すれ違ったディアナから情報を得て駆け付けてきた。
それからしばらくして、周辺の盗賊追撃隊、都市駐留の高速騎士隊、機動治安騎士中隊、アルテナ神殿からの派遣治癒師、冒険者協会からの先遣隊、義勇冒険者、輜重兵隊などが続々と到着した。
まるで魔法で一斉に伝達したかのように、都市から大勢の人たちが駆け付けてきた。
ちなみに戦闘不能だったクロエさんと騎士8人の転帰だけど、死亡5名、重篤な後遺症1名、復帰可能3名だった。
結局半数以上を救い切れなかった。でも俺たちが引き返さなかったら全員死んでいたと考えて納得し、増援と入れ違うように俺とレナエルは帰路へと着いた。
事後処理はディアナが全てしてくれた。
翌朝、俺が宿泊していた宿屋に侯爵家からの使いがやってきた。
使者の名前は、ディアナ・アクスだった。
「レナエルを守る必要がある」
俺は魔族を撃破した経緯について、領主のメルネス・アクス侯爵に報告を求められた。そして侯城へと連れて行かれる馬車内で、ディアナにそう言われた。
「どういう事っすか?」
「加護を高濃度にして持ち運べる技術はある。アルテナ神殿の周囲に作った畑から収穫する植物を絞った聖水がそれだ」
「そうっすね」
「だけどレナエルのあれはその聖水とは全く別物で、効果は比べ物にならないほど強い。公言する訳にはいかない」
「なんでだ。だってあの技術があれば、人は都市外のどこにでも行けるのに」
「……逆に都市外からこちらへやってきそうな連中もいる。たとえば滅王ブルメスター、邪術師ベレンガリア、魔喚のエレウテリオ、いにしえの魔女アルミラ、神狩りのイハライネン」
ディアナが列挙した名前を耳にした俺は、心臓が早鐘を打つかのような激しい動悸に襲われた。
「……なんて名前を口にするんだよ」
辛うじてそう言い返す。
偉大なる神が誰かと問われればバダンテール様やブルダリアス様などが出てくるように、ディアナが口にした連中はその対極に立つ恐ろしい魔族たちだ。
滅王ブルメスターの生前の行為を何かに例えるなら、獣人帝国による侵略が一番近い。
いや、実際はもっと酷いかもしれない。宝珠都市の支配が目的である獣人帝国に対し、ブルメスターは都市を滅ぼす事が目的であったからだ。
邪術師ベレンガリアは、ネクロマンサーの道に辿り着いた伝説の魔導師だ。
野心的な王に従わなかったため邪法使いとして断ぜられ、王への報復に無数のアンデッドを生み出しては各地へ送り込み、加護を瘴気で打ち消して都市を次々と滅ぼしていった。
魔喚のエレウテリオは、極めつけにタチの悪いサモナーだ。
彼は強大な魔物の召喚には成功したが支配には及ばず、やがて各地に次々と魔物を撒き散らす愉快犯へと変貌した。事態が故意の犯行と発覚するまでに、膨大な犠牲が生まれた。
別格なのがアルミラとイハライネンだ。
この二人は人間に被害を与えるのではなく、神々に被害を与えている。だから別格だ。
古の魔女アルミラは、伝承が途切れて久しく誰もその本質を知らない。
分かっているのは戦闘能力が高く、他の魔族を誑かして神族にぶつける能力がさらに高いと言うことだ。直接戦わず疲弊しないアルミラは滅びない。
神狩りのイハライネンは、力の限界を極めて神狩りへと至った冒険者だ。
何故そのような結論に至ったのか、それは極限へと達した彼が自らの敵を求めたからだ。獲物は二桁に達した。最後には神に狩り殺され、魔族に転生してその神を狩り返した。
名前の挙がった全ての魔族が、未だ世界のどこかに現存している。
「レナエルの錬金術は、魔族を脅かすが故に魔族を王国へ引き寄せる危険がある。と言うのが王国の最高司令官である父の結論。だからとりあえず嘘をついて欲しいんだ。剣は私が持っていたアクス家の強力な聖水で清めたってね」
「……はへ」
思わず変な声が出た。
「王家へは真実の報告を行う。それと、功績を奪うことになるバランド家に対しては相応の報酬を用意する。先方は既に了解済みだ。後は君だけだね」
「……早いね」
「昨夜、父が直接バランド家に行ったからね。で、どうだい」
レナエルが巻き添えになると考えれば選択肢がないんだけど……
「強力な聖水なんて言って騙せるの?」
「父は騙すのが上手いんだ。一昨年にこの都市の神宝珠へ膨大な加護を上乗せしたご先祖様のご威光に縋る事にする。なにせ前代未聞だから、嘘だと否定できる人はいない」
「聖水を分けてくれとか言われたら?」
「聖水は一昨年限りの限定品だったからもう無いと言う。神が子孫に持たせたんだって。効果は小物の従魔を辛うじて倒せた程度で、大物なんてとても防げないよ」
「……了解」
俺はそのままアクス侯城へと連れて行かれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
事前合意が得られた予定調和の報告会だった。
俺はアクス侯爵に褒め称えられ、侯爵直筆の推薦状やら多額の報奨金やらを持たされ、周囲の大勢の騎士たちに拍手を打たれながら式典の間を後にした。
その後も昼食会に招かれ、堅苦しい席を耐え切ってようやく個室へと通された。
「あー、国家とか疲れる」
豪華な椅子に深く沈みこんだ俺に、侯爵が苦笑しながら労をねぎらってきた。
「くっくっく、それは大儀だったね」
「はい。国家って面倒っすね」
流石に無礼な言い方だったかもしれない。
でも今日は方々で気を使い過ぎて、もう言葉を取り繕うのは無理だった。
そんな俺の言い方に、侯爵はなぜか気を良くして問いかけてきた。
「昔、僕に面白い事を言った男がいるんだ。曰く『国家とは人が自らの生存の可能性を高めるために作った最も大きな集合体である』と。君はどう思うかな、ロラン・エグバード君」
「……特に否定する内容でもないと思いますよ」
「では『人類全てを束ねる統一国家が出来ないのは、大国が弱小国から資源を搾取し、あるいはリスクを押し付けると言うメリットを失うからだ』についてはどう思うかな」
「そんな事をアクス侯爵閣下に言ったんですか。命知らずな奴ですね」
「いや、そちらの感想ではなくて内容についてなんだけどね」
俺にそんな事を答えられるはず無いと思ったけど、大国ならリーランド帝国だろう。
ベイル王国の冒険者支援制度と比較してみる。
「リーランドはリスクを各国に押し付け、ベイル王国は自助努力を選んだ。ですよね。結果がどうなるかは分かりませんけど、俺は押し付けるよりも努力する方が良いと思いますけどね」
「それはどうしてかな。相手に丸投げする方が楽だよね」
「押し付けられるのが気に食わないからですよ。自分がされて嫌な事を他人にするなって、リーランドの皇帝は親に教わらなかったんですかね」
「くっくっく」
アクス侯爵が変な声で笑い出した。
侯爵はディアナと同じ紫髪緑瞳で、白い肌は多少陽に焼けている。
動き易そうな軽装に、魔法抵抗力の高そうな羽織りを身に付け、同じ生地の物を両腕にも巻いている。それと腰には、式典用なのか随分と立派なナイトソードを帯剣している。
中身は稀代の英雄。
ベイル王国最高司令官にして、エルヴェ要塞都市を難攻不落に造り替えた戦略家。同時に過去の大会戦で獣人軍団長を討ち取った勇者。そしてアクス領の全てを掌握している辣腕政治家でもある。
確かディアナによれば大祝福2祝福12。32歳で祝福はまだ上がり続けている。
領土周辺の凶悪なモンスターに関しては、侯爵自らが解決する事もあるそうだ。もし俺たちが魔族を倒していなければ、きっと侯爵自身が魔族を討伐していたのだろう。
だとすれば戦略家で勇者、それに政治家という3つの顔を持つ侯爵はどう考えるのだろうか。
「侯爵閣下は、どうお考えなんですか?」
「僕は結果にこそ意味があると考えているよ。どんなに偉そうな事を言っても、結果が伴わなければ無価値だ。逆に結果が伴うのなら、思想を否定する意味はない」
俺が理想論で、侯爵は結果論と言う事だろうか。
別に侯爵は理想を否定していないけど、『結果が出ない理想に、結果以上の価値があるのか』と言われたら俺には反論できない。
侯爵は王国軍の最高司令官だ。王国民としては結果を出してもらいたい。
俺が反論しなかったので、侯爵が言葉を続けた。
「生憎と我が国は蓄えが少なくてね。冒険者ならトリアージを知っているね?」
「ええ、救命に優先順位を付ける奴ですよね」
「そう、全員助けるという理想論が叶わないなら、最も多くを助けられる結果論を選択するしかない。国の政策だってそうだ」
侯爵は緑色の瞳を細めた。
「例えば冒険者支援制度。冒険者歴3年未満の者に全てのリソースを振り向け、3年以上の冒険者への支援は一切しない。結果、飛び抜けた祝福数の冒険者を生み出し始めた。まるでアクス家が一族にやっていた事を、国家単位でやっているかのようだ」
「はぁ」
「理想論からは外れるけれど、大きな結果が出る。これはどう解釈すべきだろうね。それで僕が出した結論が、先ほど言ったことだよ」
立場が違うと、考えることが全然違うということは分かった。
さっき侯爵に言われた『国家とは人が自らの生存の可能性を高めるために作った最も大きな集合体である』という視点で考えるならば、王国民が労働者と兵士に分かれるのは理解できる。
でも問題は、王国民が自分の自由意志で労働者と兵士に分かれるのではなく、王国が国民の意思を無視して労働者と兵士に分けてしまうということだ。
侯爵はそれでも良いと言っている。獣人帝国に国を滅ぼされて全滅するよりは良いと。
『結果が出ない理想に、結果以上の価値があるのか』
それでも俺は反発した。
若者とは年寄りの既成概念に疑問符を投げかけ、より良い方向性を模索するものである。人の生活の向上や生物の進化とは、かくして起こるのだ。
若者が理想を求めて何が悪い。
「でも、もしかしたら理想論と結果論が合致するかもしれない」
「……はへっ?」
唐突に言われたその言葉に、俺は思わず侯爵の顔を凝視してしまった。
「理想と結果が結び付いたら最高だと思わないかい?」
「……ええ、まあそうっすね」
溜まっていた毒気があっさりと抜かれた。
「理想に入れ込んで結果を損なう訳にはいかないけれども、大きな結果を出している相手が理想を唱えたら、とても誘惑されてしまうよね」
「まあそうかもしれないですけど」
「くっくっ……錬金術師たちが生み出す技術がそれを後押ししてくれる。おっと、言い方が悪者っぽかったかな」
もちろん侯爵は意地が悪い。
でも侯爵の言葉の続きは気になった。
「ええと、どういう事っすか?」
「うん、君たちや錬金術師たちにはぜひ協力してほしいんだ」
「何にですか?」
「君は、空を飛んでみたいと思った事は無いかい?」
その日俺は、現実主義者から非現実的な夢物語を聞かされた。
あとがき
ベイル王国からあなた宛てに特別郵便が届いた。
【受け取る】 or 【受け取らない】
→【受け取る】
【受け取らない】
サインをして受け取った特別郵便を開封すると、中には2枚の書簡と特別返信封筒が入っていた。
あなたはまず1枚目の用紙に目を通す。
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合 格 通 知 書
バダンテール歴1260年2月1日
受験番号 XX-XXXX
XXXXXXXXX 殿
アクス錬金術学校長
ローデリヒ・ベルガー
あなたは、バダンテール歴1260年4月本学入学試験に合格したので通知します。
記
錬金術総合研究科
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1枚目の用紙には、4月から開校する錬金術学校の合格通知書が入っていた。
続いて2枚目の用紙を確認する。
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入 学 申 込 書
【キャラ名】 (名前・名字。片仮名で計12字以内。例 レナエル・バランド)
【 性別 】 (男or女で記入)
【 年齢 】 歳(14~17歳で。※中等校を普通に卒業しての即入学は15歳)
【試験成績】 点(あなたの試験成績を50~100点で記入。レナエルは90点)
以下はクラス分けの参考にしますので、あなたの事を自由に記入願います。空欄可。
【その他】 (自由記載・字数制限無し。可能な範囲でなるべく反映します)
(例1・性格は負けず嫌いでプライドが高い。出自は貴族。ドリルヘアのお嬢様)
(例2・錬金術はやましい目的で睡眠薬の調合に興味有り。犯罪を起こすかも)
(例3・学費無料で生活費補助もあると聞いて受けた。後の事は知らん!)
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<※入学申込書の提出期限=2014年1月19日(日)23:00まで>
あなたは2枚の用紙を眺めながら『出演しても出演料を要求しない、海のように広い心』で必要事項を掲示板に記入しようと思ったが、提出期限は過ぎていた。


























