第11話 光の錬金術師★
往路に2時間を要した場合、復路にはそれ以上の時間がかかる。
なぜなら移動手段である馬も人も、往路より復路の方が疲れているからだ。
それに俺たちは移動手段であった馬すら失っている。加えてレナエルは、身体能力に優れた冒険者ではなく一般人だ。
「最悪のケースの算段をしておこうか」
ディアナがそう言った。
「最悪というのは、魔族が追い掛けて来た時の事っすよね?」
「おお、よく分かったね」
なんだか馬鹿にされた。こんなに察しの良い俺なのに!
「とにかく1人は都市へ知らせに行かなければならない。誰が辿り着いても良いように、これを渡しておこう」
そう言ったディアナは、羽織っていたケープを留めていた首元の金のボタンを外してレナエルに渡した。
「おおっ、なんかすげぇ高そう」
「このボタンには、アクス家の家紋と私の持ち物である証しが刻まれている。アクス家の者が見ればすぐに分かる。侯爵城の門前でこう言うと良い『ディアナ・アクス侯爵令嬢が襲われている。この刻印を見せて助けを呼ぶように言われた』とね。それで解決だ」
「分かりました」
レナエルがディアナから金の刻印を受け取った。
「それだけで解決するの?」
「父はこの国の最高司令官だ。そして魔族は王国の全てを滅ぼすことなど出来ない。解決は時間の問題だ」
「ああ、確かに」
「それに父なら、単体でも解決してしまいそうな気がするけどね。大祝福1と2の差は絶望的だ。それに父は獣人補正に相当するくらい剣の腕もある」
「なるほど。じゃあ俺たちは逃げ切れば良い訳だ」
「それが出来れば一番良いけど、大祝福を受けていない君たちの足で逃げ切るのは難しいね。ロラン君にはこれを」
「ディアナの冒険者登録証?」
「身分を証明するものをいくつも持ち歩くと、今度は紛失に気を使わなくてはいけない。だからあとはそれしか無いんだ。再発行してもらうと記録に残るから、後で返してくれると助かるよ」
「ういっす……うん、誕生日は6月3日か。俺と2歳1ヵ月違いだな」
「それなら私とは2歳2ヵ月と2日違いですね」
「こらこら、個人情報を見るな」
「ええと、それならレナエルはいつが誕生日なんだ?」
「8月5日です。7月3日のロランさんとは1ヵ月と2日違いですね」
「話を聞け」
「ういっす」
「はーい」
ディアナは年長者っぽく俺たちを窘め、本題へと戻した。
「次の算段。実は後悔をしている。クロエ達を犠牲にせずに魔族を倒せる可能性があった」
「と言うと?」
「レナエルの強力な聖水だ。正直に答えてくれ。どのくらいの加護がある?」
「今首にかけている粉末だと、千瞳のドリス様が作られた計算式に当て嵌めて3000くらいです」
「大祝福1台の戦士系冒険者の生命力は1000から2000の間だな。その粉末を液体にして魔族に掛けるとどうなる?」
「液体化した加護が魔族の纏った瘴気を上回って、たぶん魔族の身体が実体を保てなくなります。核は無事だと思うから、核から瘴気が流れて身体はいずれ再構成されます」
「再構成までの時間は?」
「転生竜なら竜核に溜め込んだ世界の力から生命限界値までを消費して実体化し、倒されれば復活まで数ヵ月ほどです。ですけど、復活するとしても一度は倒した事になります。でも……」
「何だい?」
「もしかしたら都市から流れる加護が、魔族が復活しようとする瘴気と打ち消し合って、復活出来ずにそのまま消え去るかもしれません」
「よし、シンプルに行こう。私が囮になっておびき寄せる。ロラン君は待ち伏せをして、私が誘い込んだ魔族に木の上から飛び掛かって着地までに音を立てずに液体を掛ける」
ディアナは作戦を示した。
だがディアナの誘導が失敗し、あるいは俺が待ち伏せしている事を魔族に気付かれたら、俺たちは全滅するかもしれない。
それに待ち伏せに成功しても、俺の掛ける液体を避けられたら終わりだ。
ディアナの待ち伏せ作戦は危ない気がした。もし液体の使い道にもっと早く気付いていれば、騎士たちと連携してもっと確実な対処が出来たかもしれない。
このままディアナの作戦を続けて本当に良いのだろうか。
『諸君らは、自己の目標からさらに1歩を踏み出して欲しい』(冒険者心得書)
宰相代理の言葉を思い出したロランは、決意と共に言葉を紡いだ。
「……あのさ」
「なんだい?」
「今から引き返したらダメなのかな」
俺たちは失敗を認めて訂正した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
反撃の準備をして退路を逆走すると、再び虹と小さな湖が見えてきた。
俺たちと、森に響く衝突音との間に一切の障害物が無くなった瞬間、騎士の突撃と銀の光を放つ男が見えた。
「ぐっ」
銀の光の直撃を受け、騎士が目を逸らしながら後ろへと飛び退く。
開いた空間を銀髪の男が飛び込んで埋め、さらに太刀を高く掲げて一気に振り下ろし、騎士の左肩へと叩き落した。
『破断』
「ぐぁああっ!」
振り下ろしと同時のスキル攻撃で威力が倍増し、攻撃を受けた騎士は叫びながら大地へと沈んだ。
その背後から2人の騎士が隙を見せた魔族に攻撃を仕掛け、一人が側頭骨を剣で叩いて弾き飛ばし、もう一人が腹部を貫いて肝臓を抉った。
「やった!」
「いや、ダメだ」
銀髪の男は攻撃を受けた部分を銀光で覆いながら、右手で太刀を振り上げた。
「なっ、どうして」
「相手が魔族だからだ。実体を生み出すマイナスカルマの核があって、その力が尽きるまでは消えないゴーストに等しい」
「そんな、滅茶苦茶だ」
隣に居るディアナが教えてくれた知識は、冒険者基礎知識にも魔物図鑑にも書いていなかった。
基礎知識だけじゃなくて、こういう生死を分ける重要なことも書くべきだと思う。まあ、詰め込み型の辞書だと俺は読まなかったと思うけど。
銀髪の男……魔族は、飛び退いた騎士に追撃をかけようとはせず、太刀を振り上げて騎士たちを牽制したまま傷の回復に専念しているようだった。
包囲している騎士の数は4人。2個小隊12人とクロエさんが残っていたから13人いたはずなのに、立っている騎士は半数を大きく割り込んでおり、既にクロエさんや他の騎士たちは周辺に倒れ伏していた。
無事な騎士たちも、魔族に対してスキルを使っていない。もしかしてマナやマナの回復剤が残っていなのだろうか。
対して魔族はスキルを容赦なく使い、受けた傷すらも回復している。
回復速度は俺たちが回復剤を使うよりも少し早い程度だろうか。幸いにも治癒魔法を使った時のような劇的な回復ではなかった。
「あれは!?」
「見ての通り、回復しているのだと思うよ。スキル攻撃も回復も、同じ銀のマナを使っている。攻撃と回復を同時には行えないのかもしれない」
「それなら今攻撃すれば良いのに」
「先程突撃した騎士は、おそらくそのタイミングで向かって倒されていた」
「……くっ」
「でもチャンスだと思う。私と君とで前後から同時に仕掛ける。良い?」
「よしっ!」
俺は金色に輝くナイトソードを両手で正面に構えた。
俺とディアナのナイトソードには、レナエルが作ってくれた高濃度の加護の液体を布に染み込ませて剣身に塗り付けてある。
レナエルは加護の粉の予備を、自分で飲んだ以外にも2つ所持していた。そのうちの一つは俺とディアナの剣に塗り、もう一つは液体化して実力が上のディアナが持っている。
流石、素材集めをゴミ拾いと勘違いされて領主に表彰されただけの事はある。
「今!」
俺はディアナの合図で大地を深く蹴り、その反動で一気に加速しながら真っ直ぐに飛び込んだ。
魔族は太刀を振り上げ、左右に分かれた俺とディアナを無表情に眺める。
ディアナは軽快に跳ねながら素早く魔族の背後へと回り込み、ディアナよりも速度が遅い俺は真っ直ぐに向かって行く。
「ディアナ様、何故!?」
「副隊長!」
無事な騎士たちが声を上げ、大祝福を受けていると思わしき騎士の副隊長が部下からの声で慌てて剣を向けながら攻撃に加わり、残る騎士たちがそれに続いた。
俺たちは、この連携が欲しかった。
『破断』
『斜斬』
ディアナは巧みな体捌きで魔族の振り下ろしを避けながら、自らのナイトソードを魔族の手の動きに合わせて素早く振るう。
ナイトソードは、太刀を振り下ろす魔族の右手を横から見事に斬り付けた。
『昇斬』
ディアナの伸ばし切ったナイトソードが動きを変え、上に上がりながら魔族の顔を狙った。力で振り回す魔族のスキルに対し、ディアナは技のスキルで見事に返している。
魔族は身体を逸らしてその一撃を回避し、さらに追い打ちを掛けて来た騎士の攻撃も避けてディアナの反対側に居る俺の所へと逃げた。
俺にはディアナの様な剣の技術もなければ、熟練したスキルの腕もない。知識だって経験だって及ばない。もし戦いが1対1なら、俺は即座に殺されるだろう。
だが戦いは1対6で、魔族に対して俺とディアナと騎士4人がいる。その状況を作ったのは冒険者としての俺の判断だ。さらに、魔族はディアナの加護を塗った剣に斬りつけられた右手を庇い、太刀をまともに構えていない。
俺はナイトソードを両手で振り被り、スキルを乗せながら一気に振り抜いた。
『強打』
俺の一撃を目にした魔族は、ナイトソードに太刀を合わせて攻撃をあっさりと弾き返した。
「くそっ!」
大祝福を受けたか受けていないかの違いが大きすぎた。
俺はスキルを乗せた全力の攻撃を放った。
一方魔族はディアナの攻撃で右手を負傷し、さらに副隊長による追い打ちを避けて不利な体勢になり、さらにスキルも使わずに俺の攻撃を弾き返したのだ。
ハッキリ言って俺は足止めくらいにしかならなかった。すごく悔しいけど、でもそれで俺の役割が果たせた。
俺が足止めをした隙に、ディアナが懐から加護の液体が入った瓶を取り出し、蓋を空けて後ろから魔族に掛けた。
液体は輝きを放ちながら、魔族の背中へと突き進んで行く。
(……よっしゃあ!)
ディアナの剣に塗り込んだ加護の一撃だけで魔族は痛手を負ったのだ。それを背中から全身に浴びれば、大打撃が与えられるに違いない。
俺は、致命的な失敗をした。
俺の笑みを見た魔族が、後ろを振り返らないまま横合いに飛んで液体から身をかわしたのだ。
(なんて事だ……なんて……)
魔族に殆どかからなかった金の液体が、そのまま空を飛び進んで俺に降りかかる。
失敗が大きすぎて、取り返しがつかなくて、頭の中が真っ白になる。
(どうすれば……どうすれば良い……?)
ディアナが空になった瓶を投げ捨て、剣を構えて魔族に追撃する。副隊長も、そして騎士もだ。
俺も加護が塗り込められたナイトソードを構え、真っ直ぐ魔族に突っ込んだ。
この剣で刺せば、魔族にはかなりのダメージが与えられるはずだ。そうすればディアナがその隙を逃すはずがない。
「馬鹿、自暴自棄になるなっ!」
ディアナの声が戦場に響く。
魔族が飛びずさりながら俺を見下し、太刀を振り上げた。
死が迫って来た。
真っ直ぐ飛び込んだ俺には、もう魔族の太刀から逃げようがない。
(せめて足止めを)
俺は目を細め、剣先を魔族の身体に合わせた。
だがその時、横合いから金の光が飛んできた。魔族はその光を見て左手を掲げ、だが光にその左手を押し流された。
光はそのまま魔族の胴に直撃し、魔族の身体が大きく跳ね飛んだ。
俺はナイトソードを振り被り、魔族の顔に力一杯叩き付けた。
『強打』
ナイトソードが魔族の無防備な顔面に直撃し、剣身で骨を叩き割る感触が手のひらに伝わると同時に、おそらく塗り込められた加護が魔族へと注ぎ込まれた。一撃で俺の右肩が痺れたが、魔族は戦闘困難な大ダメージを受けた事だろう。
俺に叩き倒された魔族を見れば、俺の攻撃とは無関係に左腕が半ば吹き飛び、胴には大穴が空いていた。
俺の「一体全体何が起こったのだ」という疑問は、今がチャンスだと言う思いと、死への恐怖で打ち消した。
『強打』
『強打』
『強打』
俺は魔族の頭部に、ナイトソードを力一杯振り下ろした。
剣を振り下ろすたびに手のひらの感触が柔らかくなり、魔族の反応が無くなっていく。とにかく頭部だ。攻撃に目を使うなら、目を叩き潰して見えなくする。
ふと思いつき、魔族の右手を俺の右足で踏みつけて押さえた。だが左足は魔族の左肩ではなく地面を踏みしめ、さらに剣を振り下ろす。
『強打』
5回目の強打で俺のマナが尽き、スキルが使えなくなった。
俺は剣の柄を逆手に持ち、魔族の喉に剣先を向けてから剣先を全身で突き落とした。
「ああ……死んだ」
俺の口から間抜けな言葉が出た。
膨大な経験値が俺に入って来た感覚があったのだ。
いや、経験値が入って来た感覚と言うのは間違いだ。正確には膨大な祝福の上昇に伴う体感の変化があった。
まるで世界が鈍化したかのような感覚があり、俺は自分の手の何気ない動きがとても細かく感じ取れていた。
「経験値が入って来たのかい?」
ディアナが俺に声を掛けてくる。
「……うん。大祝福を越えたと思う」
劇的な身体の変化だった。魔族の残した瘴気の残滓も全く気にならない。瘴気に対する耐性も跳ね上がっていた。
でも一体、どうして魔族が吹き飛んだのだろう。
「レナエルに感謝する事だね」
「うん?」
俺はディアナの言葉で光の発生源をぼんやりと振り返り、そこに竹筒を持ったレナエルの姿を見て、状況が少しだけ飲み込めた。
レナエルが何かをしたのだ。
「何をしたの?」
「竹筒の先端に細い穴を空けて、中の液体を反対側から押し出す噴射装置を作りました」
「でも加護の粉の予備は、もう無かったんじゃ……」
「最初から首に掛けていた加護の粉で、加護の液体を作りました」
言っている事が半分ほど理解出来た。
つまりこれは錬金術なのだ。
ディアナが掛けた液体を、俺の失敗で魔族が飛んで避け、それをレナエルが錬金術で撃ち落としたのだ。
俺が茫然と立ち尽くす中、騎士たちが同じように茫然としながら集まって来た。
「負傷者の手当をしないといけないね。各員、応急手当を開始」
「「はっ」」
ディアナが指示を飛ばし、騎士たちが剣を回復剤や止血剤に持ち替えながら倒れている同僚たちの下へと散り始めた。
「さて、私も救護を手伝うとしよう」
「あ、俺も」
ディアナが宣言したので、俺も後に続こうとした。
そんな俺を、ディアナが止めた。
「おそらく君は、専門の訓練を受けていないよね」
「ああ、でも指示してくれたら包帯で縛ったりは……」
「止血にも種類と技術がある。構わないから君はレナエルに怒られてくれ」
ディアナは俺にそう言い捨てて、手をひらひらと振りながらクロエさんの所へと駆けて行った。
そこまで言われれば、察しの良い俺は気付く。
俺はレナエルを見た。レナエルは真っ直ぐに俺を見て微笑みながら、でもちっとも笑っていなかった。
「……ごめん」
「何がですか?」
いや、分からないけど。
「無茶をして?」
「疑問符で-50点。無茶の結果何が起こるのかを理解した反省では無いので-50点。でも最初に謝ってくれたので+30点。言葉にしなくても怒っている事を理解してくれたので+20点。では、ロランさんの合計点数は何点でしょう」
「50点?」
「ここでヒントです。100点満点からの差し引きではありません」
「-50点?」
「正解です。私の未来の旦那様?」
レナエルは身体から金の光を放ち、魔族の銀の残滓を打ち消しながら、俺の疑問符のお返しとばかりに自らも疑問符で答えた。
★経験値表(&ロラン推移)




























