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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第二部 第五巻 光の錬金術師(11話+2) 地の章

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第09話 渦中へ!

 世界には瘴気が満ちている。

 瘴気とは、身体に有害な毒の空気のようなものだ。

 生物は身体に備わっている加護という抵抗力で、体内に入って来ようとする瘴気を打ち消す。

 生物が死ぬと身体の抵抗力がどんどん失われていき、やがて打ち消し切れない瘴気が遺体に溜まってしまう。それが魔物を生み出す土壌になったりする。

 加護の強さには生物差や個人差があって、さらに冒険者は祝福を得るごとに加護が強くなっていく。

 個人差があるとは言え、瘴気の満ちている場所に冒険者以外が立ち入る事はあまりお勧めできない。もちろん駆け出し冒険者なんかも長期間の滞在はお勧めしない。

 ちなみに、外的要因で加護を強化する事も出来る。

 その最たるものが『都市の加護』である。


 どういう理屈かは知らないけれど、宝珠都市は加護を生み出す。

 それも生物が持っている加護とは比べ物にならないくらい膨大な加護だ。 その加護はアルテナの神宝珠から放たれて周囲へ拡散していく。宝珠に距離が近いほどその濃度も濃い。

 瘴気を溜め込んだ魔物は、都市に入ろうとすれば加護の力と瘴気が打ち消し合う。

 もし侵入した魔物が都市内に留まり続けるのならば、魔物が身体に纏った瘴気を全て消されるか、宝珠が加護を出し尽すか、どちらかが0になるまでお互いに消し合っていずれ弱い方が消滅する事になる。


 今から遡る事2年前、第一宝珠都市アクスは第五宝珠都市に生まれ変わった。

 数十倍に跳ね上がった加護の力で都市周辺の魔物の瘴気を消し去りながら、広い範囲に加護を満たした。

 魔物と瘴気とがまとめて消えた森に人々が立ち入ると、マナを多く溜め込む強力な植物や鉱石が生い茂り、あるいは地面に沢山転がっていた。

 さらに加護が届かない奥地にも橋頭保が出来て、人々はさらに先へと足を踏み入れる事が出来るようになった。

 そんな第五宝珠都市アクスには即座に巨額の国費が投じられ、今や都市アクスは回復薬の一大生産地になった。もちろん他にも手付かずの資源が山のように転がっていて、そこから沢山の産業が生まれている。


 で、今回の依頼は『錬金術師グラートさんが、商人ベルネットさんを助けるために消費した回復剤の素材を採取せよ』と言う事だった。

 依頼主はもちろんベルネットさん。俺はしばらくベルネットさんに雇われる事になりそうだ。

 ちなみに植物なんて見ても全く見分けが付かない俺の為に、レナエルが自ら名乗り出て付いてきてくれる事になった。

 そうして俺とレナエルは、契約した翌日に魔物の消し飛んだ森へと採取に出かけたのである。

 馬に乗ったレナエルと徒歩の俺は、雑談を交わしながら森を進んで行く。


「もしかして、都市アクスでベルネットさんの依頼と同時に採取をしまくれば、俺も大金持ちになったりして」

「ロランさん、ちょっと遅かったですね。沢山採取できると言う事は、それだけ相場も下がっていると言う事ですよ」

「ん、そうなのか?」

「はい。それに加護が拡大した範囲も全てアクス侯爵領で、重要な採取地は侯爵家に管理されています。それと発見された薬草や鉱石の何種類かには、採取したという前提で買い取りに追加の税がかかっているそうですよ」

「ほー」

「お父さんと一緒にアクス侯爵様にお会いした時、そんなお話しが出ていました」

「なるほどねぇ。でも他の都市に持って行ったらどうなるの」

「他の都市でも一定の税が課されちゃっていますし、国外輸出は関税が掛かりますよ」

「ちぇっ」


 世の中そんなにうまい話は無いってことか。

 なかなか厳しい世の中だ。


「でも、生活するならそれなりに稼げると思いますよ。ほら、例えばそこの木の下の青い花ですけれど」

「ん、どれどれ」


 レナエルが指差した木の下には、8方向に青い花びらを伸ばした名前のよく分からない花が3本生えていた。


「あれは絵の具の青色に使うブルーライトという花です。絵具の青色は、一昔前にはラピスラズリという高価な鉱石を素材にしていました。今はあの花が素材になって、絵具の値段が一気に下がりました。それでも、あの3本を売れば3Gくらいにはなりますよ」

「ほうほう。じゃあ根っ子を土ごと採取して育てれば、儲かるんじゃね」

「人工栽培だと、綺麗な濃い青色にはならないんです。面白いですね」

「博識だな。さすが俺の嫁」

「ま、まだ嫁じゃないですよ」


 あ、少し動揺した。

 難しい事を言われたらこう切り返すと良い訳だな。覚えておこう。

 ところで3Gあれば、最安値のパスタくらいは食べられる。この都市なら路頭に迷っても餓死だけは避けられそうだ。

 今は往路なので採取は避ける。帰路で余裕があったら採取する事にしよう。

 その後もレナエルは、次々と路上の換金可能な植物や鉱物を発見して行った。

 もしかしてレナエルって、俺より生活力あるのかな。


「もしレナエルが瘴気に関係なく出歩けたら、かなり稼げるんじゃない?」

「出歩けますよ。素材は錬金術に使うので儲かりませんけど」

「……出歩けるって?」

「瘴気のある場所を自由にです」


 そう言ったレナエルは、首元から下がっていた紐をスルスルと手繰り寄せて、その先に繋がっていたお守りの袋のような物を取り出した。


「それはお守り?」

「これは瘴気を弾くお守りです」

「……それは一体どういう事?」


 瘴気を弾くのは生物が持っている加護の力と、都市にあるアルテナの神宝珠が生み出す加護の力だけだ。

 元々持っている力では足りないし、アルテナの神宝珠は半ば魂のような物で、誰かが持ち歩けるものではない。


「瘴気を弾く加護は、生物が元来持っている抵抗力のようなものです。でも、アルテナの神宝珠は加護を外から補う事が出来ますよね?」

「出来るね」

「だったら、神宝珠の真似をすれば良いと思いました」

「どうやって?」

「アルテナの神宝珠が放つ加護は、神宝珠に近いほど効果が高いですよね」

「そうだね。都市の中心部は加護が強いから、そこで作った作物をすり潰して飲ませたら、瘴気にやられた人を回復させるのに効果的だとか言うね」

「そこまで分かっているなら、あとは簡単です。加護は素体によって保有量に差が有ります。ですから、最も保有量の高い固体か液体に加護を濃縮すれば良いと考えました。具体的にはアルテナの神宝珠があるアルテナ神殿の石材の欠片を拾い集めて、粉々に砕いて、液体に溶かし、不純物を分離し、加護の高くなった液体に再び粉々の石材を溶かし、その工程を繰り返せばやがて限界濃度の加護を……」

「ギャース!頭が痛いから結論を言って!」

「えーっ、ここからが肝心なのに。その液体を固体と気体に分けるんです。固体側に加護を集めるには、加護保有量の高い固体を核として用意します。私は世界の力を蓄えると言う竜の竜核、使い切った転姿停滞の指輪を素体に用いる事を思い付きました。もしかしたらアルテナの神宝珠に成っていたかもしれない素体です。相性は最高でした」


 俺はレナエルの言っている事が半分しか分からなかった。いや、そもそも分かりたくなかった。

 錬金術という技術に対する恐れ、倫理や道徳と言った思想から来る恐れ、そしてレナエルの話が事実なら人は瘴気に対する恐れが激減するのではないかと言う期待。

 怖さと、それでも抗えない誘惑とを内包した話しに俺はどう反応したら良いか分からなかった。


「どうしてそんな話を俺にしてくれたんだ?」

「覚えていますか、ロランさんは私の命の恩人なんですよ」

「……怖いな」

「何がですか?」

「命の重さが。グラートさんとレナエルを助けなければ、その技術が消えていた事になる。歴史が変わっていたかもな」

「あ、量産は難しいですよ。素体に使う竜核なんて人工的に作れませんし、転生竜が魔族からだとダメで、竜核ごとに加護の保有量も違いますから性能のばらつきもあります。でも、濃縮させた液体を聖水として売るくらいなら出来ると思いますけど」

「それだけでも充分だろうさ。少し安心したよ。ちなみに聖水とレナエルの持っている砂だと、どれくらい濃度が違うの?」

「ロランさん、私は錬金術ではかなりの凝り性です」

「へぇ、二十倍くらい?」

「なんと、アルテナ神殿周辺で半年以上素材集めをしていたら、毎日アルテナ神殿周辺のゴミ拾いをしている子と勘違いされて領主様から表彰されてしまった分くらいです」

「ぶはっ」


 とりあえず予想値を聖水の千倍に修正しておこう。下手をするとそれでも足りないかもしれないけど。

 それなら都市外の瘴気を気にせず自由に出歩けるわ。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 馬で森を2時間ほど進んだだろうか。

 森を進むには大型動物の獣道や魔物の通る道をそのまま使うのが最も手っ取り早い。

 一応俺も祝福19の冒険者だからその辺の大型動物には負けないし、魔物に関しては加護範囲が広がった時点で逃げるか消えるかしている。

 そうやって辿り着いた森の中の湖には、流れ落ちる滝と水飛沫によって生み出される儚い虹が薄らと浮かび、湖畔には白と薄紅色の花が一面に咲き乱れていた。


「綺麗な所だな」

「そうですね。初めて来ましたけどすごく良い場所ですね」

「素材ありそう?」

「同一素材なら抽出がやり易いですし、これだけ揃っていればあとは腕次第」

「へぇ」


 どうやらこの場所は採取ポイントとして合格らしい。

 俺は馬を停め、レナエルを降ろす事にした。

 レナエルは洋服の上に採取の為のエプロンドレスと言う格好で、下がズボンではなくスカートなので馬から降りにくいのだ。


「さあカモン」

「ロランさん、どうして両手を伸ばすんですか」

「どうしてって言われても、レナエルを両腕で抱き止めようと思って。さあカモン」

「そんなことしなくても、肩だけ貸してくれたら降りられますから」

「おおっ、腰が凄く細い」

「ちょっと、どこを触ってきゃああっ」

「お、お、わああっ」


 俺はバランスを崩し、咄嗟にレナエルを庇いながら地面に倒れた。

 辛うじて背中から倒れ、その際に頭を上げて地面にぶつけるのを避ける。


「ぐぎゃん」

「うぅー」


 騎士鎧の中には固めた綿が入っているのでダメージは軽減される。とりあえず頭部さえ守ればなんとかなる。


「大丈夫だったか?」

「もう、ビックリしました」

「ごめん、くすぐったかった?」

「ええと、もう離してくれて大丈夫ですよ」


 俺の身体に覆い被さる形になっていたレナエルは、地面に手をついて起き上がろうとした。

 抱えていたレナエルの身体をそっと離すと、レナエルは俺の隣に座り直した。


「私は一人っ子で、母もずっと病弱だったので」

「……うん?」

「抱きしめられた事なんて無いから驚きました。自分からリディを抱きしめるのは大丈夫ですけど」


 さっきの俺の問いかけに、時間差で答えが返って来た。


「レナエルのお母さんは?」

「ご想像のとおりです。母は難民だったので、都市外で沢山の瘴気を身体に浴びました。お父さんと結婚して都市民権を貰えましたけど、もう身体の中はボロボロでした」

「…………」

「私と父が錬金術を研究したのは、母を治したかったからです。今なら助けられるかもしれませんけれど、ちょっと間に合いませんでしたね」

「そうか」

「……きゃあっ」


 俺は隣に居たレナエルを抱きしめた。


「ロランさん、何をするんですかっ」

「俺が抱きしめてやる」

「いいですよっ、そういう意味じゃないです」

「遠慮するな」

「もう、違うのに!」


 口では否と言いながらも、レナエルは殆ど抵抗しなかった。

 俺はしばらく採取作業を行わず、そのままレナエルを抱きしめていた。

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