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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第二部 第五巻 光の錬金術師(11話+2) 地の章

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第08話 契約成立

 グラート・バランドさんの家は、都市アクスの中心部にあった。

 都市アクスの中心部というのは、かつて人口5万人規模だった頃に都市防壁に守られていた地区のことだ。

 と言っても、ちょっと分かり難いよね。

 初等校の頃に学んだ半径と円の面積で例えると……。


 まず「第一宝珠都市は、半径1km!」と仮定する。

 すると面積は、円周率(π)×半径(1km)×半径(1km)で、およそ3.14㎢になる。


 そして次に「第二宝珠都市の半径は、2km!」と仮定する。

 すると面積は、円周率(π)×半径(2km)×半径(2km)で、3.14㎢×4倍だ。

 半径が2倍になると、面積は4倍ね。


 この計算で行くと、第三宝珠都市なら3×3で9倍、第四宝珠都市なら4×4で16倍、第五宝珠都市なら5×5で25倍になる。

 ようするに第五宝珠都市アクスは、第一宝珠都市だった時の25倍に加護範囲が広がっているわけだ。

 そして都市の中心部は、都市全体の1/25ほどの広さの円の中心部分という事。


 えっ、まだ分かり難い?

 マジで?

 中等校を中退して冒険者になった俺に説明力を求めないで!

 たぶん10歳児のリディの方が、俺よりも学力が高いと思う。計算式に二乗とか、あるいは微分積分とかを使うかもしれない。

 ちなみに俺と同い年のはずのレナエルに至っては、新旧住民の居住区別の社会的背景と治安との相互関係を、神宝珠のもたらす加護濃度と距離との因果関係を絡めながら、俺とは全く違う視点で説明するような気がする。

 ああ、頭痛い。俺には無理だね。

 人間、得手不得手がある。俺には向いていない。という訳で、レナエルに任せた。


「という事で、お金はいりません。娘さんを下さい」


 ガチャン。と、レナエルがティーカップをテーブルの上に強くぶつけた。

 別に面白いタイミングを狙ったわけではない。

 グラートさんが言っていた3日後の昼過ぎになったので指定の住所を訪ねて、応接室に通されて、そこで改めてお礼を言われたわけだ。

 それで報酬についてだけど、実は俺としても色々と考えた。


 そもそも命の危機にある人を助けるのは、その場で行う契約外の行為だ。

 高名な冒険者が「ふっ、良いってことよ」なんて報酬を求めない場合もある。

 でもそれだと、他の冒険者が報酬を求めた時に「あの高名な冒険者は報酬を求めなかったのに」なんて言われる事になる。

 これは非常にまずい。

 何故かと言うと、冒険者にとって能力を活用して対価を得るのは商売だからだ。

 もし冒険者に報酬が支払われなければ、冒険者は飢えを凌ぐために別の手段を取らなければならなくなる。その究極の形の一つが盗賊だ。

 冒険者をそうさせない為にも、契約外でも緊急かつやむを得ない場合の救命は、客観的に助けなければ死んでいたと認められる場合に限り、冒険者に報酬を求める権利が発生すると言うのが基本的な考え方だ。そういう裁判の判例もある。


 大まかな相場は損失で考える。

 助けられずに殺されていたとしても、都市に残った財産は遺族や都市自体に引き継がれるので発生していた損失とは見做されない。

 無くなっていたと見做されるのは命そのものだ。

 助けられた人の余生を10として、死んでいたら0になる。報酬は、その余生10から一定の割合を支払うという考え方だ。

 現金化するなら、残った余生10で稼げる予見収入から必要な支出を差し引いた2~4割を充分な報酬と目す。

 どうして2~4割かと言うと、1割は少ないし5割は多いと言う大雑把な考え方からだ。

 100万G稼げる人が死んだら、30万Gお礼にもらえれば死んでいたはずの人は70万Gと余生分の得をして、助けた人も30万G助けてどちらもお得。そう考えると悪くない。

 ちなみに被害者は、加害者に賠償金の請求が出来る。まあ、加害者の盗賊は死んだけどね。

 支払う常識と相場についてはこんな感じ。

 それで報酬だけど、2~4割が3人分と言う事は、1人分の人生に匹敵するんじゃないかと思った。どや!


「……むう」


 グラートさんがちょっと怖い顔をしている。

 だか俺はプロの冒険者で、報酬は貰って当たり前だ。ここで価格交渉に負けてはダメだ。


「なぜレナエルを?」

「こんなに可愛い子は見た事が無いから」


 ガチャン。と、レナエルがティーカップを再びテーブルの上に強くぶつけた。さっきは俺の分で、今度はグラートさんの分だ。


「確かに私の娘は実に可愛いけどね!」

「もう、お父さん何を言っているの!」


 エプロンドレス姿で給仕をしていたレナエルがグラートさんの発言に怒り出した。これは多分てれ隠しだと思う。


「そう、レナエルは可愛すぎるんです。と言う事で嫁に下さい。3人救命の報酬はそれでチャラと言う事で」

「ロランさんまで何を言っているんですか!」


 むむっ、この反応は意外と面白い。


「確かに私の娘は実に可愛い。だが助けて3割だろう?結婚は10割ではないかね?」

「ええ、レナエルが可愛いんです。3人助けたから合わせて10割と言う事で」

「二人とも、最初に可愛いって入れなくても会話出来るでしょ!」

「レナエルは可愛い娘だからねぇ。私とリディの負担が0でレナエルが10になったら、レナエルに一方的過ぎないかね?」

「レナエルは可愛いですからね。大体俺が助けなければ盗賊に殺されるか浚われていましたよ。それを考えると一方的でもないと思いますし、自分だけではなく父と妹を助けた正義感ある若者で同い年、冒険者。肯定要素いっぱい!」


 その時、グラートさんがレナエルにトレイの平面部分で叩かれた。

 次いでレナエルは、右手にトレイを持ったまま俺に微笑んだ。


「……ごめんなさい」

「もう、しょうがないですね」


 レナエルの武力行使はグラートさんまでに留まった。

 哀れにも武力鎮圧されたグラートさんは、トレイで叩かれた頭部を片手で押さえながらしぶしぶ本題へと戻った。


「ところで、君は本気なのかね?」

「もちろん本気です!」

「謝礼金をこの場で、即金で渡せるとしたらどうだね?」

「いえ、別にいらないっす」

「それはまたどうして?」

「冒険者支援政策で手持ちの現金や装備には困ってないですし、稼ぎ方も手引書で分かりますし、どうせだったら上を目指してみようって思って」

「上とは?」

「そもそも死んだらお金使えないし、金より命の方が上っすよね。ましてこんなに可愛い子を放置しておくわけには行かない。男として!」

「君はいわゆる肉食系というやつだね。そうやって今までに何人引っ掛けてきたんだい」

「いや、0っす。冒険者になるまでは冒険しなかったっす。子供でしたし、男友達と休み時間中にポーカーとかをして遊んでましたね。彼女いるやつは敵でした!」

「…………おっと、危うく共感しそうになってしまったよ」


 むっ、グラートさんも同志だったか。

 確かにこのむさいおっさんが、子供時代にモテたなどあり得ないはずだ。レナエルもリディも、きっと母親似なのだろう。

 でも明らかに異母姉妹な髪の色なんだけど、どっちも美人な妻だとしたらグラートさんはどうやって奥さんたちを口説いたのだろう。

 ……まさか錬金術で?

 睡眠薬や怪しい薬に興味があって薬剤師になったエロい男とか、その類かっ。

 いかん、いかんぞ。実にけしからん。


 (くっ、危ない。このままではいつものようにエロい妄想をしてしまう)


 今は駄目だ。自分を抑えるんだ。

 がんばれ俺、がんばれ俺、負けるな負けるな未来のためにっ!


「なぜ苦悩しているのかね」

「……いえ、大丈夫っす」


 俺は己の欲望を、より大きな欲望で押さえ込むという高度な技を用いて平然を装って答えた。

 だが時々、俺のエロい妄想が他人に読まれているのではないかと不安になる事もある。

 ある日突然「ロランくん、その妄想はちょっとどうかと思うよ」なんて言われたらどうしようと不安になるのだ。

 あるいは「実は君の心の叫びは全て聞こえているんだ」なんて言われたら、俺はもう生きてはいけない。

 グラートさんやレナエルに俺の心を読まれていたら恥ずかしくて死ぬ。

 具体的には「ぎゃあああっ」と叫びながらじゅうたんの床を転げ周り、「ぎょええええっ」と頭を抱えて身体を縮める。その時、既に心は死んでいる。後は身体だ。もういっそ殺してくれ。さあ。


「本当に大丈夫かね?」

「問題無いっすよ」


 見よ、この俺のポーカーで鍛えられたポーカーフェイスを!

 よし、エロい妄想はなんとか押さえ込んだ。押さえ込まれた妄想が暴発する前に、素早く本題へと戻らなければならない。


「で、どうっすか。とりあえずレナエルが錬金術学校を卒業するまで付き合いを認めてもらえれば嬉しいっす。それで駄目だったら謝礼金半分で良いので」

「むっ、ぬぅ……」

「お父さん、私それなら良いよ」

「むぅ……レナエルがそう言うのならば仕方が無い」


 おっしゃああああああああああっ。俺、大勝利!

 ちなみに俺の交渉術は、冒険者基礎知識書に書いてあった事をそのまま実践しただけだ。

 『最初に大きな要求をしてから要求内容を下げると、本来の要求が通り易く相手の不満も減少する』著者ハインツ・イルクナー

 この本には、冒険者に必要な知識が色々書いてある。

 学校の教科書にもこんな風に実践的なことを書いてくれれば良いのに。そしたら俺だって勉強大好きになっていたかもしれない。

 そんな風に俺が考えている時に、応接室の隣の部屋から拍手と共に男性が入ってきた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「バラードさん、やり込められましたな」

「どうやらそのようです。いやはや、ロラン君はまだ若いので油断しました。この国の冒険者の質の向上は、力だけではなく交渉術にまで及んでいるのですな」


 どこか見覚えのある商人風のおじさんは、興味深そうに俺を眺めてきた。

 俺もそのおじさんを見返す。

 群青色の髪は長髪で、後ろで一つに束ねている。同じ色の瞳、無精ひげ、これだけだと商人なのにだらしが無い印象を受けるかもしれない。

 だが、俺は全くそんな印象を受けなかった。

 商人風のおじさんはスマートな体型で背筋もスラっと伸びている。おまけに拍手や歩行などの一つ一つの仕草がとても優雅だ。

 それに身なりがあまりにも立派過ぎる。絶対に市販されていない特注品の最上級のやつだ。

 やや暗めの赤色の服は、まるで王城の謁見の間に取り付けられているカーテンを連想した。その服は銀で縁取りされ、カフスボタンには揃いの赤い宝石が縫い付けられている。

 貴族の園遊会に出ても違和感が無いほどの格好に対し、俺はもはや呆れるしかなかった。

 だが、この群青色の長髪に見覚えはある。


「もしかして、グラートさんが錬金術で助けた商人のおっさん?」

「その通り。はじめまして、ロラン・エグバード君。私の名前はジョスラン・ベルネット。ご存知の通りグラート・バランドに助けられた商人だ。私はその時意識が無かったけれど、君のことはバランドさんから聞いているよ」

「復活早っ。肩から下腹まで斬られて、死に掛けてなかったっけ」

「広く浅く斬られていて、都市外の濃い瘴気が大量に体内に入ってきたのが危なかった。バランドさんの素早い止血術と錬金術を用いた回復剤や浄化処置が無かったら間違いなく死んでいたと思う。私は運が良かったと思うよ」


 うん、言っていることの半分しか分からなかった。

 止血術は分かる。ようするに傷の縫合だ。でも錬金術を用いた浄化処置ってなんぞ?

 ちょっと一般的な治療方法である薬や魔法について振り返ってみようと思う。



 【魔法とは】

 魔法とは、体内のマナに自らの魔力で干渉して望む形に変容させ具現化する現象だ。

 簡単に言えばマナは燃料で、魔力で発動させる。

 体内のマナ保有量が多ければ何度も魔法を使える。逆に体内のマナが尽きてしまうと、マナが回復するまで魔法が使えなくなる。

 魔力が高ければ発動させる力も強いので、その威力は当然高くなる。


 【マナの回復とは】

 マナは大気中で均等になろうとする性質があるため、マナが減れば時間経過で自然に回復する。

 同時に生物や鉱石はマナを一定量溜める性質があるため、生物などの体内保有量に応じてマナは一定量溜まる。

 マナ回復薬は、そんな植物や鉱石からマナを抽出して作る。マナを凝縮させる技術が高いほどマナ回復量が大きくなる。それと不純物が少ないほど副作用も少ない。



 魔法の基礎知識書に書かれている内容はこんな感じ。

 本当は大気中のマナにも干渉して連動していくらしいんだけど、戦士系の俺には読んでもよく分からなかった。

 炎の魔法なら、魔力で発火装置というか火種を作り、体内のマナを燃料に発火させ、大気中のマナで広範囲へ燃え広がらせる。たぶん大きくは間違ってないはずだ。

 では本題の回復について。



 【治癒魔法とは】

 治癒魔法は、魔力を用いてマナを具現化するという基礎部分は他の魔法と変わらない。術者のイメージが炎から医学知識に変わる点に違いがある。

 治癒師は患者にマナを注ぎ込んでその反響で患部を読み込み、マナを患者の体内に任意に具現化させて侵襲の皆無な手技に用いると同時に、負傷部位自体にもマナを注ぎ込んで、負傷した部位を直接変容させて回復を図る。

 最高の診断装置と、自分の脳内イメージどおりの理想的な手技と、効用が高く副作用や禁忌が皆無な薬剤を、全て同時に用いるに等しい。

 どんな医療機器も、腕や器具も、薬剤も、高位の術者の回復魔法には遠く及ばない。


 【回復剤とは】

 回復剤は、燃料となるマナを液体に凝縮させ、本来の『術者の魔力による魔法発動』を『神宝珠の加護を負傷箇所へ直接投与することで起こる回復反応』で代用した薬だ。

 加護は自然回復力の増強とみなし、その為に用いるエネルギーは液体化した凝縮マナで補うと考えれば分かり易い……かもしれない。成長を促す効果もあるから、季節が冬でも作物が育ったりするんだけどね。

 つまり燃料のマナと、発動の加護が同時に入ったお得な薬が回復剤である。

 発動のための加護は、アルテナの神宝珠のすぐ近くに加護を吸収させる植物園や作物畑を用意して、それを液体化して凝縮化したマナの液体に混ぜる。

 但しこの作り方では、治癒師のスキルによる回復効果や、古代人が作った製法不明の回復剤の効果には到底及ばない。治癒師が使える蘇生魔法と同じ効果を持つ蘇生薬なども作れない。



 以上、俺が本で学んだ知識。

 それで、この知識に全く出てこないグラートさんの浄化処置ってなんぞ。という疑問を持ったわけ。

 エロい妄想が出来なかった分、小難しい話になってしまった。



「まあいいや。助かったなら良かった。それでベルネットさんは、どうしてグラートさんの家にいるの」

「ああ。それはバランドさんが私の命の恩人だからだよ。バランドさんが君に恩を返すように、私もバランドさんに恩を返す。実は、君への救命報酬の支払いを全額肩代わりしようと思って来ていたのだけれどね」

「ほへ」


 思わず変な声が出てしまった。

 でもそう言われてみれば、ベルネットさんはグラートさんとレナエルに助けられていた。


 (……うん?)


 もしかして、グラートさんが大勢の負傷者の中からベルネットさんを助けたのって、俺に対する報酬を計算したからなのかな。

 大人って怖い。


「じゃあ俺が金を求めなかったから、ベルネットさんも当てが外れましたね」

「いや、そうでも無いよ。要求が0だったわけではないし、なにより恩人の事情が分かったからね。結論が出る3年と少し先までは特に注視して、バランドさんの支援をしていくつもりだ」

「なるほど」


 つまりレナエルが俺の嫁になるのを断ったら、半分になった報酬を全額肩代わりする。断らなかったら別の方法を考える。そんなところだろうか。

 ベルネットさんはグラートさんに借りがあるので、結論が出るまでどう返すか模索するわけだ。うん、意味が分かった。


「と言うことでロラン君、冒険者として私に雇われないかい」

「……はへ?」


 ……意味が分かったと思ったのは、俺の勘違いだったようだ。


「それはまたどうしてですか?」

「恩人の支援をするにしても、まさか恩返しのために生活を監視するわけにも行かない。そもそもバランドさんの生活基盤は王国が保障している。困りそうな事といえば君絡みだ。それなら要である君を押さえておけば良い。幸いにも君は冒険者だ」

「うーん、なるほど」

「依頼料は割り増しするし、仕事の斡旋も途切れないようにする。それに依頼中でなければいつ辞めても良いよ。どうだい」


 悪くない話だった。

 冒険者協会の人ごみには辟易していたし、依頼主が変わらないので契約のたびに依頼主に気を使わなくても良い。

 それにベルネットさん側からすれば、俺を金で確保しておくだけで本来の目的が果たせるわけで、無謀な目的に巻き込まれることも無い。

 というか、すごく良い話だった。


「俺はなるべく祝福を上げたいんすけど、そういう依頼とか貰えますかね?」

「それなら都市外の依頼を多めにしよう」

「まあ、それなら良いっすよ」


 こうして俺とベルネットさんの契約は成立した。

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