第06話 メシ屋を探して!
都市アクスは、一昨年までは5万人規模の都市だった。
そんな5万人の人口に合わせて都市の中心部に領主の城館、アルテナ神殿、役所、駐留騎士隊・治安騎士の建物、冒険者協会などの公的な施設が建ち並び、その周囲に商業施設、市場、宿屋、民家などが続き、都市防壁の近くに馬舎などの施設が建てられていた。
だが一昨年、都市アクスの宝珠格が前代未聞の出来事によって第一宝珠格から第五宝珠格にまで跳ね上がり、同時に加護範囲が爆発的に広がったことで都市内の立地が大きく見直された。
早い話が、人が増えて手狭になった。
今はいろんな施設が大きな施設を作って移転したり、あるいはそれによって空いた施設を貰って移転している真っ最中だ。
都市アクスの冒険者協会も、来月には広い場所に移転するので、この手狭な場所での業務は今月が最後だそうだ。
なにしろ、旧冒険者協会の建物で人口5万人に対する仕事をしていたら、人口がいきなり5倍の25万人に膨れ上がったのだ。
しかも、経済活動や商業活動は5倍どころではない。
難民の受け入れや、都市の建設だけでも膨大な人と物が動く。
それに加えて加護範囲が近隣の森などにまで広がった結果、魔物に襲われず安全に各種資源が採取可能となり、マナを溜め込んだ薬草などが次々と発見され、さらに行きやすくなった森の奥地へ足を伸ばす冒険者なども増えた。
新しい各種活動のために起こる事象や持ち込まれるトラブルは後を絶たず、冒険者協会に持ち込まれる依頼の数は以前の十数倍になっている。
アクス侯爵が領主以外の全ての任を与えられずに領地専属で対応出来て、さらに侯爵の下に大規模に増員された騎士団や治安騎士団、作り直された政策集団が従うにしても、ものには限度というものがある。
俺は、冒険者協会に流れ込む人の波と、逆に溢れ出てくる人の波とに飲み込まれ、ギャース、ギャースと呻きながら報酬支払い窓口に並んで、2時間後にようやく報酬を受け取った。
「……ギャースギャース」
「お待たせしました。ではこちらの書類をご確認下さい」
依頼主 ベイル王国 宰相代理ハインツ・イルクナー
依頼内容 ベイル王国内で活動する盗賊の討伐
期 限 依頼を取り下げるまで(無期限)
報 酬 祝福無し 500G
祝福1~29 1000G×祝福数(祝福20なら報酬2万G)
大祝福1以上 2000G×祝福数(祝福40なら報酬8万G)
大祝福2以上 1万G×祝福数(祝福60なら報酬60万G)
その他 討伐の対象は以下の通りとする。
1.手配書が出ている盗賊もしくは盗賊団に属する者。
2.ベイル王国内において盗賊行為を行った事を証明できる者。
・討伐の方法は以下の通りとする。
1.生死を問わず身柄を各都市の騎士隊、若しくは治安騎士団に引き渡す。
2.盗賊に止めを刺した事を各都市の騎士隊、若しくは治安騎士団に証明する。
・報酬の受取は以下の通りとする。
1.各都市の騎士隊、若しくは治安騎士団より討伐証明書を受け取る。
2.討伐証明書を、同都市の冒険者協会に提出して報酬と引き換える。
討伐者 ロラン・エグバード
身 分 ベイル王国登録冒険者
能 力 戦士 祝福19
討伐内容 盗賊 祝福無し 2名
討伐報酬 1,000G
「間違いないです」
俺はギャースと叫ぶ力すら尽きて、何でもいいから早く金をくれ状態になって答えた。
窓口のお兄さんはそんな俺を見て、だが私語を一切挟まず極めて事務的に話を続ける。だって俺の後ろにも列が出来ているし。
「それでは1,000G貨です。受け取りのサインをお願いします」
「はーい」
羽ペンを受け取ってサラサラサラ……と受け取りのサインをして、庶民の1ヵ月の平均所得くらいの報酬を受け取り、俺の冒険者人生3度目の依頼は完遂された。
ちなみに1つ目の依頼は宰相代理から全新人冒険者に出されるアレで、2つ目の依頼はグラートさんの馬車護衛依頼だ。
馬車護衛の報酬は2000G。都市アクスまで3時間で、実際何もせず、おまけに馬車にただ乗りさせてもらってこの金額なので色を付けまくって貰ったんじゃないかと思う。
懐が潤った!
「お疲れ様でした。次の依頼達成をお待ちしております。では次の方~」
……か、金を渡されて即座に追い出された。
普段から忙しいのに加えて、並び出した昼時という時間帯が悪かったのか、日曜日で窓口が平日よりも少ないのが悪いのか、盗賊が出現して騎士団から冒険者協会に対して緊急依頼が立て続いたのが悪いのか。
(……もうこんな所には来ない!少なくとも移転する来月までは絶対に来ない!)
冒険者協会内は相変わらず人の波が続いていて、どこにどんな窓口があるかとか、あるいは何処に並べば良いかとか、それすら全く分からなかった。
俺は出口へ向かう人の波に乗り、冒険者協会を流し出されて行った。ザブザブ……。
まずは、この淀んだ空気から脱出したい。
てか、空気が悪いとか冒険者協会はダンジョンかよ。
ドラゴンの巣だって、もう少しくらい風通しは良いはずだぞ?
(……まあ、ドラゴンの巣なんて行ったこと無いんだけどね)
たぶん大祝福1に達していない冒険者なんてお呼びじゃない。
まだ祝福19の俺は、あと11回くらいは祝福を上げなければならない。
いや、平均的な腕の大祝福1が一人で行っても、たぶん死ぬと思うけど。
本当に倒すなら仲間を集めないといけないだろうし、今の装備も大祝福1台としては弱い部類に属している。
だから祝福を上げて、仲間を募って、装備を強くして、ドラゴン1匹を倒すにはやる事が一杯ある。
だがそんなのはとりあえず置いておいて、俺はまず新鮮な空気を確保すべく、ザブザブと冒険者協会の外へと流されていったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
これからの予定についてだけど……。
3日後にグラートさんの家に行って助けた報酬も貰う。でも金銭換算とか難しくね?だって自分と娘2人の命の値段なんて付け難いでしょ。
まあ、金が欲しかったから突撃したわけでもないし、即金は期待しないでおくか。
それと、もう今月は冒険者協会には行かない!来月までは適当に仕事探す!
今日は、とりあえず遅めの昼食にしようと思う。
盗賊退治と護衛で合わせて3000Gをゲットした。贅沢し放題!
(2月と言えば……何が美味いんだ?)
料理とか全くわからん!
だけど大通りを歩けば、飯屋なんていくらでもある。
ということで俺は、お腹を鳴らしながら大通りをてくてくと歩き出した。
昼時を過ぎていて、食事の呼び込みの人とかは特にいない。店前の立札とか看板を見ながら、めぼしい店が無いかと探していく。
「メシ屋、メシ屋、ハラ減った。 メシ屋、メシ屋、すぐ食べる。
パンとスープ、肉と肉! 肉と言えば、ソーセージ?
パンに挟んで、ガブリと噛み付く。
メシ屋、メシ屋、ハラ減った。 空腹、めまい、メシよこせ。
串焼き、焼肉、ハンバーグ! 麦酒も飲めるぜ、俺成人。
でも飲まないぜ、苦いもん。
メシ屋、メシ屋、ハラ減った。 サラダはいらん、肉よこせ。
牛肉、豚肉、とーりにくっ。 ワニ肉、ヘビ肉、トカゲ肉。
言っただけです、出さないで!
せめて鳥まで!爬虫類は、ダメやめて!」
俺は適当に歌をでっち上げながら、大通りを東へと歩いていく。
都市で人通りが多いのは、やっぱり都市外の大街道から都市中心部までの大通りだ。
都市は、アルテナの神宝珠があるアルテナ神殿を中心に、殆ど円形で建設される。
『殆ど』というのは、都市の中心をアルテナ神殿の隣にある領主館とかに据えて微妙にずれるからだ。でもアルテナの神宝珠がもたらす加護範囲は、単に神宝珠からの距離だ。
だから、都市の中枢というか重要な施設は全部都市中心部にある。
ということで、大街道から中心部までの大通りには人が多い。だからメシ屋もある!
裏通りとか探索するのは、腰が落ち着いてからね。
(おっと、余計なことを考えたせいで余計に腹が減ったぜ)
実は先程からメシ屋がいくつか見えている。
どこの店もこんな時間だと空いていて、行列もないからどこが人気店とか分からない。
だから感覚で入るしかないんだけど、なんとなくピンと来ない。
(……ん?)
俺の視界にパスタの店が入った。
パスタとは、小麦粉を練って、伸ばして、切って、鍋に水を入れて沸騰させて茹でて、適当に皿に乗せて、ソースをかけて、チーズとかを振り掛けて完成のアレである。
ん?作り方が全然違うって?
だから俺は料理なんてできないんだってば!
とにかくパスタなんかじゃ腹が膨れない。
だから俺は、その店を素通り……せずに、堂々と店内へ入った。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
短いスカートにエプロン姿のウェイトレスさんが出迎えてくれた。
「1名だよ」
「ではこちらへどうぞ」
クルッとターンしたウェイトレスさんが、俺をテーブルへと先導してくれる。
(あっ、見えそう。いや、駄目だ。もう少し……)
たまたまパスタが食べたかった俺は、その空腹を思考で紛らわせながらウェイトレスさんの後ろを付いていった。
そして着席。
視線が低くなる。
「ご注文が決まりましたらお呼び下さい」
ウェイトレスさんはまたもやターンして、俺の席から歩み去って店の奥の厨房へと入っていった。
「うん、なかなか良い店だ。あとで店の看板を見て店名を覚えておこう」
店内を見渡すと、真っ白なテーブルクロスが敷かれた7つの木製テーブルに、6つずつの木製の椅子が並べられていた。都市の周囲は森だから、木は一杯あるのだろう。
テーブルの上には蝋燭台、模様の入った陶器の花瓶、その花瓶には名前の知らない赤と黄色の花。
料理のメニューは、店内の壁に料理名を書いた掛札が掛けられている。
他にも水の価格とか、料金は先払いだとか、ちょっとしたルールも掲げられている。
(ナンパ禁止とは書いてないな!)
店内は俺の他に家族連れ1組、男女のカップル1組、都市の大工っぽいお兄ちゃんたち3人、中年女性2人、商人風のおじさん1人が、それぞれ別々のテーブル席に座っていた。
家族連れ、カップル、おばさん達はパスタな店に居ても分かる。商人風のおじさんはパスタが好きなのだろう。
だけど、力仕事の大工が腹持ちしないパスタを食うか?肉だろ肉!
とりあえず注文だな。
「サーセン!」
「はーい、ただいま伺います」
短いスカートのウェイトレスさんが、俺の呼びかけに応じて近寄ってきた。
その時俺は気付いてしまった。
「サーセン、ハンバーグ入りパスタセット下さい」
「はい、セットメニューは何に致しますか?」
「ライ麦パン、コーンスープ、トマトサラダで!」
「畏まりました。ハンバーグ入りパスタセット1つで10Gになります」
「はーい」
ウェイトレスさんは10G貨を受け取り、メニューが書かれた札を10Gの代わりに置いて立ち去って行った。
(見え……ない。太ももが、太ももが俺の脳裏に焼き付くっ)
俺が気付いたのは、大工のお兄さんたちがここにいる理由である。
―――これより先はロランの脳内妄想です。
まだ寒い2月の半ばの昼下がり。
日差しが雲の合間から心許無く差し込む都市アクスの大通りを、三人の大工たちが東へと向かってのんびりと歩いていた。
「ふう、冬なのに朝っぱらから昼過ぎまで外で作業なんてどうかしてるぜ。あのタコ親父がっ!」
先頭を歩く大柄な男が、首に手拭いをかけながらそう言い放った。
ちなみにタコ親父とは、この場には居ない大工の棟梁の事である。
なぜタコかと言うと、どことは言わないが主に身体の一部がタコに似ているからである。
「あのハゲ親父め!子供に石でも投げつけられてろ」
大柄な男が不満を口にするのには理由がある。
昼食を食べていないのだ。
空腹とは人の三大欲求の一つである。
それを阻害されて黙っていられるのは、せいぜい神族か魔族くらいのものである。
ちなみに大工は家や建物を作る。
いわば家や建物の創造主である。
作られた家にとっては、彼ら大工が創造神だとすら言えるかもしれない。
つまり大工は家の神様である。
……訂正。神にも腹が減ると怒るタイプが居る。それとタコもいる。
「ってもよ、この都市は第五宝珠都市だぜ?」
「そうそう。冬でも暖かくて凍えないし、雪だって降らない。逆に夏には良い風が吹いて涼しい」
「分かった分かった、お前らが正しい。まったくこんな立派な都市で働けるなんて俺は幸せだなぁ。全然凍えないな。寒いけど。めちゃくちゃ腹減ったけど」
同僚と思わしき偉大なる創造神の大工Bと大工Cが宥め、大柄な大工Aは二人の言い分に納得しつつもさらに不満を口にした。
「メシ食おうぜ!やっぱ肉だよなぁ」
「そうだな。肉が良いな」
「そういえば、この先に焼肉屋が出来たらしいぞ」
「うおっ、マジか!行くしかねぇな!」
その時、ふと彼らの視界にパスタの店が入った。
彼らは知っている。
『パスタとは、植物の粉を練って、伸ばして、ちぎって、鍋に入れて、茹でる料理である』
そんな彼らの知識に基づけば、おおよそパスタとは食いでのある食べ物ではない。
彼らは、その店を素通り……せずに、堂々と店内へ入った。
「いらっしゃいませ。三名様でしょうか?」
やや短いスカートにエプロン姿のウェイトレスが、彼らを慌てて出迎えた。
食欲と並ぶ人の三大欲求の一つ、それは性欲である。
大工Aは胸を張って答えた。
「おう、3名だ」
「はい。ではご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
振り返ったウェイトレスの腰元で揺れるエプロンの紐に大工Aの手が伸びた。紐はするりと引かれてアッサリと解ける。
「いやぁっ」
「おっと、虫がいたんだ。危なかったなぁ」
「俺も見たぞ。けしからん虫が居た」
「なんて悪い虫なんだ!」
流石は職人の手である。
大工Aのおかげで、ウェイトレスの少女の危機は未然に防がれたのだ。
ウェイトレスは解けたエプロンを押さえ、上目づかいに歯を食いしばって聞き返した。
「……っ、本当ですか?」
「おう。なんだなんだぁ!?客を疑うなんてひどい給仕だなぁ」
「俺もそう思うぞ。ひどいな」
「うわぁ、なんて店なんだ」
大工Aに対し、BとCが半ば笑いながら同調している。
一方ウェイトレスは絡まれてすでに半泣きだ。
「待て!」
そこに颯爽と現れたのは、まだ年若い冒険者風の男だった。
その男は、なんと騎士の鎧を装備していた。
「うわっ……はぁ、びっくりした。なんだ駆け出し冒険者かよ」
「あぶねぇ。騎士かと思ってビビったぜ」
「やべぇやべぇ」
男が身に付けていたのは、昨年までベイル王国で使われていた旧式の騎士の装備だった。
その装備の人間に遭遇すれば、都市民は子供の頃から身に付けた条件反射で騎士と誤認してしまう。それが治安向上の一助となっているのは国の意図でもある。
だが真の理由は、旧騎士装備は役人と業者の官制談合の結果納品されていた質の低い品だった為に装備の入れ替えが必要だった為だ。
官製談合に対して王国は厳しい処断を下し、関わった役人と商人たちから悉く没収した財産と国費を用い、統一性は無視して戦闘力を最優先した装備の入れ替えを行った。
結果として余った旧騎士装備を有効活用すべく、新人冒険者たちに無償で貸与している次第である。
ちなみに新人の定義は、冒険者になってから3年未満の者である。
「へっ、その若さじゃ冒険者に成り立てってとこだろ。で、なんだ?親切に虫を取り払った俺に文句でもあるのか?」
祝福0の一般人とはいえ、肉体労働系ならそれなりに力に自信があるのだろう。
しかも3人集まるとなれば、『ちょっと強気』になっても仕方がない。
ちなみに『すごく強気』にまでなれないのは、新人とはいえ祝福がある冒険者を警戒しているからだ。
そんな言い訳に対し、冒険者は右の拳を握りしめながら告げた。
「おや、お前の顔にも虫がとまっているな!ちょっと歯を食いしばれ」
「おいまて……」
「おんどりゃああっ!!」
「やめ……ぶべらっ」
冒険者に左頬を殴られた大工Aは、体を側転させながら地面に倒れ伏した。
屁理屈は、通じる相手と通じない相手が居る。
大工たちは知らないが、その冒険者は馬車隊が盗賊に襲われて居たら構わず飛び出していくような性格だった。
「おい、こいつの頬には虫がとまっていたな?」
「ふざけんな」
「そうだそうだ。騎士に訴えるぞ」
冒険者は大工BとCの脅しに対し、聞く耳を持たなかった。
「よし、あと二人殴り飛ばして騎士に引き渡せば良いな!」
「いや、俺は虫がとまっているのを見たかもしれない」
「えっ……あー、俺も見たー」
誰だって殴られるのは嫌である。
正当性があるのならばともかく、大工BとCは自分たちにそんなものが無いのを知っていたので実にアッサリと折れた。
そもそも大工BとCは、まだ何もしていないのだ。このままでは殴られ損である。
「よし、それならそいつを連れていけ。店の入り口で寝るのは営業妨害だ」
「わ、わかったぁ」
「連れてく、連れてく!」
(……あれ、大工のお兄ちゃん達が店内に入らない結果に変わった?)
―――ロランのエロ妄想は、自らの性格によって却下されてしまった。行動次第で未来は変わるのだ。ロランはそれを学びつつ、運ばれてきたパスタを食べ始めた。


























