第05話 第五宝珠都市アクス!
第五宝珠都市アクスは、人口25万人の大都市だ。
第五宝珠と言うのは、都市を瘴気などから守ってくれる『アルテナの神宝珠』の格の大きさだ。
数字が大きい程に効果が大きくて、具体的には1宝珠格で5万人が暮らせる。
だから第五宝珠格なら25万人が住める。
都市アクスに着くと、幅を広く取った大通りが綺麗に伸び、その脇には側溝が幅広く深く造られていて、引き込んだ一定量の水が下流へと流れていた。水捌けも良く、都市も綺麗に保たれている。
これとは別に上下水道も整備されていて、都市計画を行った現当主のメルネス・アクス侯爵が単なる武人ではなく政策にも秀でた人物であることは一目瞭然だった。
大通りの両側には石造りの真新しい建物が並び、あるいは建築中だ。そしてほぼ一定の間隔で脇道が続いている。そんな大通りの遥か先には、都市防壁が佇んでいた。
都市アクスは、一昨年に突如として第一宝珠都市から第五宝珠都市に跳ね上がったのだ。これまでは遠目に見える都市防壁の内部だけが都市アクスの全てだった。
今は爆発的に広く、そして強くなった加護範囲に次々と新しい建物が作られ続けている。
俺たちはそんな真新しい大通りを馬車でガラガラと、進……めなかった。
盗賊に襲われた時に真っ先に逃げた3台の馬車が先に到着して、都市アクスの兵士たちに事情を話したからだ。
まず最初に、都市に駐留していたレオン・ケルナー将軍揮下の騎士団がユニコーン陣形で編隊を組んで、次々と大街道を東へと突撃して行った。
その後ろからは救護部隊や、その護衛に雇われた冒険者の隊が馬車で東進して行く。
それと同時に、治安騎士隊と兵士たちによって都市に入る者への厳しい臨検が行われ、北東の都市アレオンや、南東の都市ルクトラガにも同様の臨検通達の伝令が走っていった。
それだけでは無い。都市入り口にはトリアージエリアや救護所も設けられ、殺気立った数百人の人達が俺たちを囲んで次々と選別してそれぞれの場所へと連れて行った。
と言う事で俺たちは真っ先に臨検に引っ掛かり、事情聴取され、うっぎゃーという面倒臭さで治安騎士と兵士に質問攻めにされた。
「うっぎゃー!」
「はぁ、まったく。イルクナー宰相代理からの錬金術学校への招聘状を持っていなかったら、もっと面倒になる所だった」
「俺も冒険者登録証と、宰相代理から協会宛の新規冒険者支援依頼書が無かったら、うぎゃあああっ」
「落ち着きたまえ。とりあえず助けた商人は引き渡したし、取調べも終わったし、私はアクス侯爵の城館へ着任の挨拶をしてくる。君は、冒険者協会で盗賊2人を倒した賞金を貰って来ると良いだろう」
「あ、さっき治安騎士がくれた証明書?」
「そう、それだ。それで君への謝礼についてだが、護衛の方は相場の倍を今すぐ渡すが、家族3人の命を助けてくれた礼については、この場ですぐ返せるものではないから少し保留させてほしい。君はしばらく都市アクスに居るのかね?」
「ん、ああ。経験値稼ぎと金稼ぎの場所に選んだんだ。今日着いたばかりだし、当分居るよ」
「ふむ……それなら3日後の昼過ぎに、この住所に来てほしい。私が貰った家だ」
「錬金術師って、家まで貰えるの!?」
「ああ。いくつか候補があって、好きな場所を選べたよ。それとサポートの為のメイドさんも1人、王家の負担で雇ってもらえた」
「うおおっ……俺、錬金術師になる!」
「そこまで優遇されているのは、錬金術師が殆ど居ない今だけだろう。もし君が錬金術を学んで卒業するとしても、その時には君を含めた同級生達が一斉に錬金術師として世に出るわけだ。希少価値は薄れていると思うよ」
「ぐぬぬっ」
「家や家族分の都市民権は貰ったが、メイドさんの方は5年の期間限定だ。そのくらい王家も考えていると思うよ」
「ちえっ」
「3日あれば私も新居で荷解きをして、アクス侯爵に着任の挨拶をして、改めてお礼を考えられると思う。どうだろう?」
「ういーっす。とりあえず護衛料金で2000G貰ったし、大丈夫っす」
俺はメイドさんが気になっていて、わりと適当に答えた。するとグラートさんから住所が書かれた紙を渡される。
とりあえず、元々錬金術を学んでいた人しか旨みがなさそうな感じだ。
(ちぇっ、世の中そんなに甘くないか)
いいさ、俺は冒険者として大成してやるから。
それで大祝福1になって……いや、大祝福1だとそれなりの数が居るのか?
でも大祝福1なら、騎士の副隊長になれる強さだ。そして騎士は超高給取りなのだ。
騎士の平均給与は、一昨年末辺りから諸手当込みで月8000Gくらいに跳ね上がった。副隊長ならたぶん平均金額よりも上だろうし、それだけ稼げばメイドさんだって普通に雇える。
でも騎士は配置換えで住む都市が変わるし、実際にメイドさんを雇うのは難しいのか?
(ああ、だがしかし!)
メイドさんを雇うときは、当然面接をするだろう。
つまり、可愛い子にこんな面接をする訳だ……。
―――これより先はロランの脳内妄想です。
「じゃあどうぞ」
「あのっ、失礼します」
ロランの呼び掛けでドアをノックして部屋に入って来たのは、14~15歳くらいのあどけない少女であった。
茶色の髪をおさげにし、黄色いヘアバンドで結んでいる。髪と同じ茶色の瞳は垂れ目で、不安そうにロランを見詰めていた。
「ええと、君の名前は?」
「ジゼル・マリュスです」
少女は洗いざらしで色あせた膝上のワンピースを身に付け、ロランの問いかけに恐る恐る答えた。
見た目は良く、服も不潔という印象は無い。だが服は古く質素で、飾り気の一つもなく、おおよそ年頃の娘の装いとは思えない。
(……元難民かな?)
ベイル王国に難民は居ない。
獣人帝国に攻め込まれて避難して来た東の国々の難民たちはイルクナー宰相代理の政策によって、宝珠格の跳ね上がった都市アクスと新たな宝珠が誕生した都市ブレッヒの都市民としてまとめて受け入れられた。
さらに獣人の侵攻によって人口が減った各都市にも再奪還後に難民を組み込み、ベイル王国に避難して来た数十万の難民は全て王国民として編入されている。
だからこの国に、難民と言う存在は居ないのだ。
だが、それら元難民の全てが職に就けた訳ではない。
健康な男にならばいくらでも仕事がある。都市建設や都市復興は人手が足りず、どの現場でも引っ張りだこだ。
頭や腕が悪ければ雑用にして報酬を下げれば良いだけで、馬鹿でも角材1本運べるなら、いくらでも使ってもらえる状況だ。
男は当然それで食べていけるし、そんな男の家族も都市で食べていける。
だが、働き手の居ない家では?
(……それに、親が獣人に殺された子供の難民なんて、各国合わせて数十万から数百万人単位で居るからな)
ロランは面接に来た少女をそう判断した。
ベイル王国ではアンジェリカ次期女王のかつての支援策によって全ての難民に食糧の施しがあったので、おそらくこの少女はこれまで食べて来られたのだ。
だが、難民と言う存在自体がベイル王国から無くなり、同時にその支援策も無くなった。アンジェリカ次期女王はお人よしだが、イルクナー宰相代理は現実主義者だ。無償の施しは打ち切られた。
従来の食糧支援は働き口の斡旋に形を変え、親を亡くした孤児は孤児院に送られたが、孤児院は名前の通り親の居ない子供の為の施設だ。どんなに遅くとも中等校卒業後は孤児院に残れない。
彼女はおそらく独立を迫られているのだろう。
「きみは今、何歳なの?」
「15歳です」
「ふーん、なるほどね」
中等校3年生は、年齢で言うなら14歳から15歳の間だ。
そして季節は冬である。
つまり彼女は、春までに働き口を見つけないと孤児院を追い出された後に路頭に迷う。
「メイドさんって、やっぱり料理とかが出来ないとダメだと思うんだけど、きみは料理とかどのくらい出来るの?」
「そ、そんなに得意じゃないけど、一生懸命頑張ります」
「つまり得意じゃないと。掃除とか洗濯なんて誰でもできるしなぁ。うーん……今回は見合わせると言う事で。来てくれてありがとう、ごめんなさい」
「ま、待って下さい」
「……ん、何?」
路頭に迷った者がどうなるのか?
人類の各都市は、それぞれ『アルテナの神宝珠』による加護で守られている。
いや、むしろアルテナの神宝珠がある場所を都市と呼ぶ。
そしてアルテナの神宝珠は、守護範囲の人間の数が多いほど力の消費が激しくなり、力の消費によって宝珠の格が落ち、最後には力を使い切って消滅してしまう。
すると都市の加護が消滅する。
瘴気を払う力が無くなって魔物が侵入してくる。
水や食べ物に、人体に有害な瘴気が溜まって食当たりを起こし、嘔吐し、身体を守る加護を蝕んで病になり、子供や老人など弱い者には死人も出る。
だから都市は、人口が一定人数を越えないように都市民権を与える者を制限して人口調整を行っている。
例えば、都市民権を持った者同士の子供でも、都市民権を与える人数は2人まで。
例えば、都市民税を払わない者は、都市民権を剥奪する。
つまり収入を得られず都市民税が払えなければ、わずかな猶予期間の後に都市外へと叩き出される事になる。
どうして叩き出すかと言うと、都市民税でアルテナの神宝珠の輝きを回復させる為の治癒師祈祷系を雇用したり、アルテナ神殿を維持して治癒師を育てたりしているからだ。それを払わず、ひいては宝珠の維持に協力しない大人は、その加護を享受する資格が無い。と言う理屈である。
ベイル王国の都市民税は他国と比べて少し安い。加えて孤児院の子供は都市民税が免除される。代わりに商業税が少し高くなっている。
だがそもそも稼げないのならば、どんなに安くても無意味だ。
代わりに払ってくれる家族も親類縁者も居ないとなれば、あとは都市を叩き出されて加護がギリギリ届く都市外で貧しく暮らすしかない。その先に未来は無いだろう。
「わたし孤児院に居て、3月までしか居られないんです」
「あと1ヶ月半か。それで?」
「だ、だから働かないと、都市民権を剥奪されるんです」
「それは大変だ。それで?」
「雇って下さい、お願いします」
「いや、そんな事言われても。料理とかそんなに得意じゃないんでしょ?同じ雇用費でもっと得意な人を雇った方がお得じゃん」
「……っ」
「何かそれに勝るメリットとか、オプションとか付かないの?」
「お、オプションですか?」
「そう。例えばそうだなぁ、セクシーなメイド服とか」
「……メイド服ですか?」
ロランはジゼルのワンピースの胸元を見た。
あどけない顔なのに胸は大きい。
(C、それともD?)
そんなロランの視線に顔を赤らめながらも、ジゼルは言葉を絞り出した。
「き、着ます」
「胸元がセクシーな感じになっているかもしれないけど?」
「はい」
「太ももがセクシーに見えるかもしれないけど?」
「……はい」
(おっしゃあっ…………はっ、いかん!ここで妥協してはいかん!そう、料理が不得手なメイドさんを雇うとなれば、ちゃんと釣り合う条件で無いとダメだ。お互いに納得できる契約でないと!)
ロランは一旦快哉を叫び、だがすぐに思い直した。
中等生のエロスはこの程度では到底満たされないのだ。
「でもそれだけなら、誰でもできるからなぁ」
「そ、そんなっ」
「何人も応募が来ているし、俺も慈善事業じゃないしなぁ。ねぇ、他に何か出来る事は無いの?」
「例えばどんなことでしょうか?」
「そうだなぁ。住み込みで働くとして、例えば俺が風呂に入る時に背中を流してくれるとか」
「……お背中をお流しすれば、私を雇って頂けますか?」
「君がバスタオル一枚で」
「ど、どうしてですか?」
「そんな事言わなくても分かるだろう?風呂場で服を着るのは不届きだからだ!」
ロランは正論を主張した。
その部分だけ切り取ってみれば全くその通りである。
「わ、分かりました」
(えっ、マジで!?マジかよ!おおおおっ!)
だがロランは考えた。
ここで妥協するのは二流の冒険者である。
一流の冒険者とは、二流の遥か先を冒険する者に与えられる称号なのだ。
『諸君らは、自己の目標からさらに1歩を踏み出して欲しい』(冒険者心得書)
宰相代理の言葉を思い出したロランは、天才的な閃きと共に次の言葉を解き放った。
「だがバスタオルは短い!」
なぜ短いのか、それは湯船にタオルを持ち込むのが本来邪道だからである。
これは社会常識と倫理観との高度な折衷案であり、断じて邪な気持ちからでは無いのだ。
「そんなっ!」
「上か下しか隠せない。だが、それなら君を雇おう!」
「……………………わ、わかりました」
(おっしゃあああっ!俺、大勝利!!)
かくして契約は成立したのである。
―――ロランがそんな妄想に耽る中、錬金術師グラート・バランドは愛娘達と共に都市内へと去っていた。




























