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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第一巻 フロイデンの一夜(11話+エピローグ) 物語導入編
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第07話 冗談からの結婚成立

 失ったはずの両手の指を見詰めながら、最初は怖くて少しも動かす事が出来なかった。

 少しでも指を動かすと、無くしたはずの指がもう一度ボロボロと取れてしまいそうで、怖くてピクリとも動かせなくて、ただ茫然と見詰めていた。

 この人に血まみれの手を取られた瞬間、まるで流れ込むように青白い光が入って来た。

 温かく包み込むような水。冷たくも熱くもなくて、ぬるくもなくて、サラサラもしていなくて、ドロドロもしていなくて、でも、すごく力が強いと思った。身体がゾワゾワと震えた。生命力なのかな?凄い力がわたしの全身を駆け巡った。

 でも怖い。怖いよ。


「大丈夫だ。信じて少しだけ動かしてみろ」


 わたしは思い切って、でも少しだけ動かしてみた。

 ピクッと指が思ったとおりに動いて、もっと動かすともっと動いて、ようやく涙が出てきた。

 わたしは泣きだした。


「ああもう。ほら、よしよし」


 この人は、優しく髪を撫でてくれた。

 ずるい。凄くずるい。


 

 不思議な人。

 よく分からない人。


 指は、完全に治っていた。


「……あの、お怪我しています?」

「大丈夫だろ。このくらい」

「わたしも、治癒師です。治させて下さい」

「ああ、じゃあ頼む」


 『単体回復・ステージ1』


 もう一生使えないはずだったのに、わたしの指からスキルが発動してこの人の傷が治っていった。


「っ、ううっ……」

「ああもう、泣くな泣くな。よしよし」


 ミリーを死なせないように必死だった。ひどい事をしたと思う。ミリーにも、わたしにも。

 それでも多分ミリーは死んでしまっていて、わたしも両手が酷い火傷で、指を斬り落とされただけよりもっと酷い事になっていたと思う。

 身体が震えてとても寒くなってしまった。

 この人に抱きしめられた。どうしてそんなにわたしの事を分かってくれるの?


 

 わたしは『ミリーを治してくれたら、何でもします』とこの人に約束していた。

 この人は『この力を黙っていて欲しい』と言った。

 他にもたくさんの子が指を斬られていて、絶対に治して欲しいに決まっていると思う。

 でも、リーランド帝国の大治癒師様は、何十年もお城に閉じ込められて、毎日蘇生を続けさせられている。わたしたちよりずっと酷い怪我の人たちを、死体を、毎日毎日、何十年も、そして大治癒師様が天に召されるまで。きっとこの人も、知られたらそうなってしまうと思った。

 だからわたしは『誰にも言いません』と約束した。ミリーも約束した。

 わたしとミリーが斬られた事はみんなに知られていたから、ミリーが『2本しか持っていなかった、とても高い回復薬を使ってもらった』という事にした。

 ここまでは、わたしたちを助けるために必要だった事。

 だから対価は、実はまだ払っていない。


 わたしだって治癒には、ちゃんと対価をもらっている。戻らないミリーの命と、すごく悲惨だったはずのわたしの一生。

 わたしは、治った指でみんなを治癒しながら、ずっと考えていた。マナが切れてこの人のところに帰って来てきてからも、ずっと考えていた。

 わたしは釣り合うものを一つしか持っていなくて、他に払えるものが何もない。大体それすらもこの人のおかげだし。

 それに約束したのはわたしだから、ミリーはあげられないし。

 最初から助けてくれたら何でもするつもりだったから、彼が支払いを求めたら応じる覚悟はもうできたよ。うん、覚悟はできた。


 この人に恋人はいるのかな?それとも、奥さんがいたりするのかな?

 ミリーなら勘で分かると思うけど、まさか本人の前で聞くわけにもいかないし。

 わたしの我儘だけれど、できれば、この人に恋人も奥さんも居ないで欲しいかな?居たらちょっと……ううん、ちょっとじゃなく困る。でもわたしには、もうどうしようもないけれど。

 なんとなく、考え事をしている彼の服の裾を掴んでみた。少しだけ引っ張ってみる。


 クイッ、クイッ。


 一つも飾りが無い服。もちろん男の人だから。

 それを見ていると、わたし自身の体や服にベタベタと張り付いた血が気になってきてしまった。

 コテージには、タオルも着替えも置いてある。だから、この人に許可がもらえたら、体に張り付いた血を拭って、着がえて、石鹸もあったから、着がえた服の血も落として……

 だから何か指示して欲しいなと思った。分かってくれるかな?






 Ep01-07





 

 ハインツは、予想通りの結果に対して頭痛が痛いと思った。そう『頭痛が痛い』のだ。

 右足首が無かった子、ミリーと言う娘の方が、凄い目でハインツを見ている。

 奥ゆかしいジャポーン人は目を合わせるのが苦手だ。サッと目線を逸らす。

 治癒したとはいえ、倒れて自分の血を浴びた全身血まみれの娘に対して、『ヘイ、ガール!マチ、ドコデスカー?』と聞ける状態では無い。

 ハインツがこれからどうしようかと考えている間に、もう一人のリーゼという娘に服を引っ張られた。


 クイッ、クイッ。


 (泣くし、多分怒りもする。そしてこの極めて不可解な行動。人間だなぁ)


 こちらもかなり血まみれの娘。

 ミリーとリーゼが二人でゾンビごっこをしたら、今なら子供に一生のトラウマが残せそうである。だがリーゼは、何かを確かめるように、ハインツの服を引っ張っていた。


 (服の材質だろうか?)


 ハインツは手ぶらだったが、服だけは着ていた。ウニクーロの服。

 仮にハインツが、スキルを使わずなお他人から違和感を覚えられるとしたら、持ち込んだ服になるだろう。別に捨てるのに惜しくは無い。なにせウニクーロの服だ。

 それなら、着がえないといけない。

 倒した獣人冒険者5人と獣人兵士8人は、武器も防具も持っていた。懐には金もあった。


「よし、まずは着がえだな」

「あ、はい。分かりました」


 隣に座るリーゼが、なぜか凄くうれしそうにそう言った。


「血の臭いも強いですよね?わたし、着がえてきますね」

「……ああ?」

「少しだけ、待っていて下さいね」


 パタパタパタと走って行く娘に対し、結構足が速いなぁとハインツの思考停止している頭が囁いた。

 どうやらウニクーロが問題では無かったのだと理解する。つまりこれはウニクーロの服に対するえん罪であった。そう、これはとても良い服だ。着心地が良い?・・・安い!!

 むしろ彼女が着がえないといけない。何せ血まみれだ。

 問題の片付いたハインツは、スキルを使ってみる事にした。


 (右が剥ぎ取り、鑑定、探索、離脱、暗殺。左は、単体回復ステージ4、全体回復ステージ3、全体状態回復、蘇生ステージ3、全攻撃無効化ステージ2)


 『剥ぎ取り』


 スキルを使いながら、獣人13匹のアイテムを価値のありそうなものだけ手早く剥ぎ取っていく。スキルを使えば取りこぼしが無い。小山が出来た。


 (次は、右手の人差指で鑑定だな)


 『鑑定』


 神経を集中させると品に含まれるマナの力が感じ取れた。使えそうなものと使えなさそうな物が概ね分かり、ハインツは自分が使いたいものだけ選んだ。

 武器は平凡なロングソード1本と、使いやすそうな少し大きめのダガー3本だ。

 鎧は中古の割には状態が良い、手入れの行き届いたライトアーマー。

 盾や兜は使わない。神々の加護を受けた立派な装飾品などは無い。そしてブーツは既に履いている。

 奪った品の全てが獣人冒険者のものだった。獣人兵はそんなに良い物を持っていないのだろうか。

 続いて、金目の物を漁る。輝石含有量で価値の決まる共通通貨。合わせて1,561G。小銭袋ごともらっておく。

 そして一番大事なもの。食糧と水。13人分ある。


「うめぇ……うめぇ……」


 ハインツは水筒の水を遠慮なく飲み、ウエストポーチの携帯食糧と思しき小さな乾パンをカリカリと齧った。

 携帯食糧はビスケットみたいなサイズで、味はそれほど良く無い。

 だが、この世界でこれまでに食べたのは野生の花だけで、飲み物は植物の水分だけだった。

 食糧と水はウエストポーチに入るだけ詰め込んだ。水筒は3つ貰い、残りの水筒から水を一杯に注いでおく。ハインツの前世はリスだったに違いない。

 その前世がリスだった男は、作業仕分けが終わった後に横たわっている娘の所に戻った。足を斬られ、念のために横になって安静にしているのだ。もちろん外傷よりも精神面の為である。

 その横たわっている娘が、ハインツに話しかけてきた。


「治癒師さん、助けてくれてありがとうございました。リーゼはさっきしていたけど、あたしはまだちゃんと自己紹介していなかったよね?あたしはエミリアンヌ・フアレス。みんなはミリーって呼んでるよ」

「ああ、どういたしまして。俺はハインツ・イルクナーだ。好きに呼んでくれ」

「ハインツさんね。あ、聞きたいのは治癒魔法を使ってくれたお礼。どうしたらいい?口止めはそもそもあたしたちのせいだから、対価にならないでしょ。あ、でも体以外でお願いね?責任とってくれるならまあ良いけど」

「よし分かった。俺と結婚しよう」

「うえええええっ?」

「いや、冗談だ。そもそも君の治療はリーゼという子の方に依頼されている。君から何か対価を貰うと契約違反だろ?約束すらしていないしなぁ」

「びっくりしたぁ!心臓に悪いよ?妹とか弟に変な事を言って、過去に困らせた事とかあるんじゃないの?」

「ぐはっ……失った過去の記憶が疼くっ!」


 ちなみに、ダンボール箱とドラム缶はこの世界にはなさそうである。文明のレベルは過大評価しても産業革命前だろうか?もちろんジャポーンと全く同じ技術であるとは限らない。


「あたしの分は、もちろんあたしが払うよ。何かない?今はできなくても、考えておいてね。あたしって、どう考えても死んでいたと思うし。ハインツさんは命の恩人だからね」

「ああ、それならまあ保留と言う事で。正直、『自分が何に困っているかすら分かりません。悪い意味で』状態だし。あ、ところで共通通貨100Gの価値はどれくらいだ?何が買える?」

「え?共通通貨Gゲルテの事?フロイデンでサラダ付きの食事だと、一食4Gくらい。並の宿に泊まるなら30~40G。古着なら10Gあれば使えそうなものが一着買えるかな?」

「なるほど。1G=約100円か。分かり易くて助かるな」

「円じゃなくてゲルテっ!」


 1,561Gは、15万6100円と言う事になる。ハインツは安堵した。都市まで行けばとりあえずなんとかなるだろう。

 二人があれやこれやと話しているうちにリーゼロットが帰ってくる。


「お待たせしてすみませんでした」

「ああ、俺はアイテムの仕分けをしていてミリーは寝ながら話していただけだから問題ないぞ」


 ハインツは座ったまま答える。ミリーはゆっくりと体を起こした。傷は完治したが、起き上がるのは今が初めてだ。


「そうなんですか?良かったです。ミリー、何を話していたの?」


 リーゼはミリーが体を起こすのを手伝いつつ、そう問いかけた。


「それがねっ、このハインツさんから結婚を申し込まれたの。さっき結婚したわ」

「えええええっ!?」

 ゴンッ。


 リーゼが、起き上がりかけたミリーを落とした。

 とても痛そうな音がしてミリーが頭を押さえている。


 『……単体回復ステージ4』


 マナが尽きているリーゼの代わりに、ハインツが治癒魔法を掛けた。失った身体の一部が回復する訳では無いので今度はどんなに凄いスキルなのか見た目でバレない。

 肉体の喪失すら回復させる最高位の治癒魔法が、頭を打ったミリーに再び注ぎ込まれる。最高位の治癒魔法の大安売り。リーゼはミリーに謝っている。


「痛た……冗談だからっ。もう!本当は結婚の話が出た時に、対価はリーゼに貰うって断られたの」


 ゴンッ。と、嫌な音がした。


 リーゼが、再びミリーを落とした。ミリーはすごい涙目になっている。


 『……単体回復ステージ4』


 ハインツは再び治癒魔法の無駄遣いをした。むしろご自由にお持ち下さい状態。一方、今度のリーゼは構わずにミリーに問い質した。


「ええと、嘘?」

「もうっ、本当よ!支えるならちゃんと支えてよっ!」


 ミリーは二度も落とされた事にやや怒っているのか、憮然として答えた。


「ハインツさん、嘘ですよね?」

「対価はリーゼに貰う約束だと言ったのは合ってるぞ。まあミリーとは何も約束してないし」

「ええと、それならわたしに直接言ってくれないと困ります」

「ああ、まあもっともだなぁ」

「じゃあ、お願いします」


 冗談の続きだろう。ハインツは、先ほど言った言葉をそのままもう一度言う。


「よし分かった。俺と結婚しよう」

「はい、『アルテナの加護の下に結婚の申し込みをお受けします』」

「………………へっ?」


 リーゼがハインツに向かってはにかんだ。そして目を閉じる。

 ハインツが助けを求めてミリーの方を見ると、ミリーは絶句してハインツの方を見ていた。世の中には、冗談の通じる人と通じない人がいる。

 焦れたリーゼが、自分から唇を寄せてくる。


 ………………チュッ。


 やや狙いが逸れ、ハインツの上唇をリーゼの唇が摘んだ。ハインツはビクッと震えた。ミリーは唖然として二人の顔を凝視している。

 冒険商人アドルフォが、細道で次々と遭遇した獣人を薙ぎ払ってキャンプ場に辿り着いたのは、ちょうどその時だった。

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