第03話 盗賊と戦闘だっ!
大街道を少し駆けると、俺に向かって盗賊から矢が何本か放たれてきた。
とは言っても、俺も祝福19の戦士である。身体能力は一般人の状態から19回も上がっていて、その回避力で離れた場所から放たれる矢を難なく避けることが出来た。
だが、余裕で避けられる矢はむしろ危ない。
一般人が普通に弓を撃っても、魔物や冒険者にはまともに当たらないし、当たっても殆どダメージを与えられない。つまり矢の無駄で、けん制にすらならない。
それにも関わらず撃ってくるということは、鏃に毒を塗っているということだ。
……って、冒険者基礎知識っていう本に書いてあった!
冒険者で無ければ引き絞れない凄い弓とかもあるけど、そういうのは矢の速度がとても速い。だから、矢の速度が遅い場合には毒のほうに要注意なのだそうだ。
毒を持った植物や魔物、あるいは瘴気の溜まった水なんて大街道を歩けばいくらでも手に入るから何の毒か想像も付かないけれど、盗賊がわざわざ鏃に塗るのなら間違いなくヤバイ毒だ。
「のおおおっ!」
俺に向かって、矢がヒュンヒュンと風を切って次々と飛んでくる。
その刹那、俺の後ろから矢がヒュオオオオッと大気を振るわせながら盗賊へと突き進んで行った。
「はへっ?」
驚愕する俺の視線の先で、盗賊の1人が頭部を吹き飛ばされながら落馬した。
慌てて背後を振り返ると、17~19歳くらいの可愛い女の人が箱馬車の先頭に立って、俺に向かって右手をひらひらと上品に振ってくれていた。
彼女はボリュームのある長い茶髪を揺らし、翡翠のように緑色な瞳を細めて笑っている。左手には立派な弓、手を振る右手には矢が1本。
(あの人は天使だ!)
おそらく大祝福を受けている天使なのだろう。いずれにしても天使だ。間違いない。
「おいっ、契約違反だぞっ!」
一番先頭の冒険者を乗せた箱馬車の御者さんが、不埒にも天使に向かって大声で怒鳴った。
すると弓矢を持った天使さんの横合いから、年齢20代半ばと思わしき筋骨隆々な戦士がスッと出て来て、御者さんよりさらに大きな声で言い返した。
「あのボウズは馬車に乗車していた客だろう。護衛依頼の対象には客も入っているな?それともハーヴェ商会は客を見捨てるのか!?」
「ぐぬっ」
すまん筋骨隆々な人!
一瞬「ケッ、彼氏かよ!」と思った。あんた良い人だわ。どうかそのまま、ただの良い人で居てくれ。
「だが、あいつは自分から盗賊に向かって……」
「あのボウズは、大街道を目的地の都市に向かって進んでいただけだ。そいつに先に攻撃したのは盗賊だな?」
「だが、剣を抜いて走っていたし……」
「魔物の徘徊する都市外で、武器を抜いて何が悪いのだ?」
「むぐう」
(実は馬車を降りていて、もう客じゃないんすけど……とか、言わない方が良いよね!)
俺は都合の悪い事はスルーする事にした。
(多分、すぐにバレると思うけど)
俺の乗っていた馬車の御者さんが全体のリーダーに報告して、それが御者さん達に共有された時に。
時間的には、数分後?
だがそのわずかな間に、箱馬車の護衛をしている冒険者達は御者の反論が無いのを見て盛り上がっていた。
「よし、いくぜっ!リリア!」
筋骨隆々な戦士の人は、弓を持った天使な女性にそう呼び掛けた。
そして大きな剣を天に掲げると、何人かの冒険者が後に続いた。
「ケッ、彼氏かよ!」
それはそうだ。あんなに可愛い人に彼氏が居ない訳がない。筋骨隆々な人は、良い人ではなかったのだ。
(くそっ、リア充め!爆発しろ!)
「どりゃあっ!」
俺は怒りと共にナイトソードを振り被り、馬車を囲む馬の1頭に斬りかかった。
盗賊の武器は弓とロングソードだ。つまり馬の足元に滑り込めば剣の攻撃範囲外、顔を盾で庇えば弓の不安も殆ど無い。そう考えた。
俺は馬体の方向転換に巻き込まれて鎧を前脚で蹴られながらも、馬の足元に滑り込んで右後脚の膝辺りを剣で力いっぱい斬り飛ばした。
「ぬわああっ!」
(そのまま落ちろっ)
馬が激しく暴れ、騎乗していた盗賊は身体を大街道へと投げ飛ばされた。
大街道は遥か昔にゴーレムによって大地を均され、長い年月を人馬や車輪に踏み固められた石のように硬い道だ。
そんな地面に頭から投げ落とされた盗賊は、首の角度が変に曲がった後に動かなくなった。
対して俺は、馬の脚に蹴られたもののダメージは殆ど無かった。
さすが祝福19になった俺!さすが去年までの騎士団の正規装備!そしてこのコラボ!すげぇ、俺TUEEEE!
有頂天になっていた俺の背後から、大剣が大気を切り裂きながら、殺気と共に力強く振り放たれた。
俺は背後から迫る死の恐怖に身を竦ませつつも、生存本能によって前方の地面へとなんとか飛び込んだ。
「ぐあっ!」
狙いの外れた盗賊の剣が俺の背中の鎧部分を薙いだ。
俺が格好良さの対極にある声を出しながら大街道を側転すると同時に、剣の刀身同士がかち合う音が響いてきた。
「そんな戦い方だと、あと3回くらい死ぬぞ。お前はまず自分の身を守れ」
いつの間にか追いついていた筋骨隆々な戦士さんが、俺に追い討ちをかけようとした盗賊の剣を弾きながらそう言った。
戦士さんが盗賊を押し返した瞬間、追い討ちをかけるように矢が次々と盗賊に迫っていく。
(……すげぇ)
筋骨隆々なお兄さんと可愛いお姉さんは、見事な連携攻撃で盗賊を追い立てた。
だが盗賊も戦士さんの大剣を力で弾き、お姉さんの矢を技で打ち払い、素早く動き回りながら瞬く間に矢の射程から逃れていった。
力と、力を使いこなす技術が双方にあった。
俺は愕然とした。
(俺とは次元が違う)
『力』と『技術』は、足し算ではなく掛け算だった。
大祝福に達していない俺は、力だけでもアッサリと押し切られるだろう。
冒険者になってまだ半年程度の俺は、技だけでも軽々とあしらわれるだろう。
そして『力のある者』が『高度な技』で攻め立てれば、俺なんて何人居ても全く歯が立たないのだと思い知った。
俺は「お前はあと3回くらい死ぬ」なんて、とても控えめな表現なのだと思い知らされて衝撃を受けた。
10台の馬車を中心に、戦闘は混迷を極めている。
なぜなら各馬車は盗賊たちから逃げようとしてバラバラに襲われ、大街道の方々で乱戦になっているからだ。
さらに、襲われている馬車の護衛たち30人くらいと盗賊たち40人くらいの争いに馬車に乗っていた人たちが加わった乱戦となり、武器のほかに馬 車に積んであった荷まで使った戦いともなればもう滅茶苦茶だ。
そこにハーヴェ商会の馬車隊の護衛が参戦した。参戦したのは10人ほどだけど、その半数は大祝福1以上の冒険者だ。数はともかく質はとても高くて、これで盗賊側はかなり不利になったはずだ。
だが馬車間には距離があり、盗賊の分布もバラバラだ。戦闘の収集を図るのは容易ではない。戦いは続くだろうし、犠牲も出るだろう。
俺は生きてハーレムでキャッキャウフフをしたい。味方の背中に隠れる事がいくら卑怯だと言われても、死んだらここで終わりだ。
慎重に、そして冷静になるべきだ。
俺がそう決意した時、馬車から悲鳴が響いて来た。
「きゃああっ」
「……っ!?」
視線の先には、今まさに馬車の1台に乗り込もうとしている盗賊が居た。
「細かいことは良いんだよっ!」
いぇあっ!
俺はその馬車に向かって走り、盗賊の後を追って馬車に乗り込んだ。乗り込む際には抜き身の剣を掲げ、即座に斬り付けられる体勢はとっていた。
「うりゃあっ!」
剣を振り被って一閃。俺に背を向けている状態の盗賊を背中からバッサリと斬り付けた。
そして即座に馬車内を見渡す。
盗賊がもう一人居る。その右手に持った武器を、おっさんが必死に押さえていた。
おっさんが盗賊に蹴られる。おっさん蹴り返す。やるじゃん、おっさん!
「おりゃあっ!」
問答無用。
俺はおっさんに掴まれている盗賊の腹に、剣先を向けて突撃した。
というか思いっきり刺した。
「おらおらおらっ!」
盗賊の腹から剣を抜く。続けて振り被り、今度は盗賊の頭へ振り下ろす。また振り上げて、首元に振り下ろす。
そして最初に背中を斬った盗賊に視線を向ける。うつ伏せでしぶとくもがいているので、剣の柄を逆手に持って背中へ突き立てた。
こいつらが大祝福1を超えていたら死んでいたと思う。俺は運が良かった。
いや、大祝福1以上は冒険者10人中1人くらいだと聞いた。そんなにたくさん居るはずも無い。俺は平均的な運だった!
「ふう、おっさん無事か?」
「助かった。騎士……いや、国の支援制度で騎士の旧装備が配られていたのだったか?すまない、外は今どうなっているんだ?」
「乱戦中?大祝福1同士が斬り合っているから、外はめっちゃヤバイ!」
「ハーヴェ商会の護衛が参戦したのか?」
俺は事情を手早く説明した。
「ってなわけ。でさ、この馬車はおっさんの?」
「ああ、そうだ」
「ならさ、都市アクスまで乗せてくれない?ハーヴェ商会の馬車降りちゃったからさ」
「もちろんだ。それと君は冒険者だから謝礼も払う。だがまずは、この状況を乗り切らないとな」
(よし、移動手段ゲット!おまけに報酬までゲット!)
出来れば他の馬車の所も助けたいけど、全部は無理だよなぁ。
だって盗賊の中にも祝福を得てる冒険者は沢山いるだろうし、それに大祝福の冒険者が相手だと俺が死ぬし。
とりあえず馬車の中を確認してみる。
荷物、荷物、荷物、荷物、俺と同じくらいの年の女の子、その子に抱きしめられている妹っぽい子…………。
「……おっさん、誘拐犯?」
「娘達だ」
俺は三人の人物を見比べた。
1人目は、黒髪に顔の濃い無精ひげのおっさんである。年齢40代くらい。俺と会話をしていて、先程は盗賊ともみ合っていたおっさん。
2人目は、ブロンドに青い瞳というベイル王国に多いタイプの子で、ストレートを後ろで軽く束ねたすごくかわいい子だ。盗賊から隠れるためか、荷物の陰に身を潜めてこっちを見ている。
3人目は、紫の髪に赤い瞳という女の子だ。姉に抱きしめられて顔をこちらに向けている。
3人とも似ていない。
とりあえず姉妹の違いについては、母親が違うからだろう。男性は4人とまで結婚出来る。だから兄弟姉妹が似ていないのは珍しくも無い。
但し、重婚にはいくつかの条件がある。
一つは、『妻は1都市に1人までしか持てない』と言う事だ。
妻の登録している都市が違えば良いのだが、同じ都市に妻二人を住ませる事は基本的に出来ない。
だから母親が違うなら、母親の都市に住むはずの母違いの二人が一緒に居る事は珍しい。
まあ、そんな家庭の事情なんてどうでも良いんだけどね。
「それより安心した!」
「何がだね?」
「いやあ、さっき「きゃああっ」って言う悲鳴が聞こえたから馬車に助けに来たのに、居たのがおっさんと盗賊だけだったから、おっさんが甲高い悲鳴を上げたのかと思って怯えていたんだ!」
「おっさんおっさん言わんでくれ。ああ、名乗っていなかったね。わたしはグラート・バランドと言う。都市アクスで今年の4月から開校する錬金術学校の教師だ。娘は上の子がレナエル、下の子がリディ」
「娘のレナエルです。私達を助けて下さってありがとうございました」
「リディ・バランドです。騎士のお兄さん、ありがとうございました」
あ、笑うとめっちゃ可愛い。
誰が?もちろんレナエルって子。
リディも可愛いけど、こっちは子供の可愛さだ。
「ああ、俺は騎士じゃなくて冒険者だ。ロラン・エグバード。戦士で祝福19。14歳。去年の9月に冒険者になってから、まだ半年も経ってないけどな!」
「「……えっ!?」」
「すごいっ!」
おっさんとレナエルって子が驚いて、妹のリディが素直に感心していた。
ドヤッ!
というか俺たちが雑談している間に、盗賊たちの撤退の笛の音が聞こえてきた。きっと筋骨隆々な戦士さんや、天使のお姉さんたちが頑張ってくれたのだと思う。


























