第02話 俺は馬車に乗るぜ!
前略。
新人冒険者の目安である祝福7の壁を明らかにおかしな速度で超えた俺は、指導員さんたちから木に吊るされて200回転の刑を受けた後に放り出された。
ではなく、見事に試練を乗り越えて新人冒険者を卒業した。
最近のスタンダードは指導を一緒に卒業した冒険者とパーティを組む事らしいが、俺はその枠には収まらなかった。
「ついカッとなってやった、今は反省している」
一人ボッチはやーよ。
(はぁ、中等校に帰りたい……)
冒険者になったら中等校になんて通わなくても良いんだけどね。
というか、親に「起きなさい」「寝なさい」と言われなくなったのは大きい。
さらに言えば、お小遣い制から解放されたのも大きい。自活する限りにおいて、親は何も言わない。というか住んでいる都市自体が違うし。
それと、イルクナー宰相代理の著書『冒険者基礎知識』に、『ベイル王国内での祝福ごとの金の稼ぎ方』というのが記載されている。祝福帯ごとに最低3パターンずつは具体的にここで稼げと載っているのだ。
(……マジですげぇ)
金の稼ぎ方を丁寧に書くなんて、あんた本当に王族か?
とりあえず強くなりながら金を稼ぐには、都市外で魔物を倒しながら指定素材を集めるのが良いようだ。
素材とはマナ回復薬の元になる薬草だとか、武器を作るための鉱石だとか、そういう類の物だ。
都市ごとに特産物があり、そのために定期的に集めている素材はいくつもある。
コストの面から魔物の強さに応じた冒険者の募集をしているらしいので、最適の都市に行けと書いてある。
本当に至れり尽くせりだ。
あとはおにゃのこの獲得方法とか書いてくれれば最高なんだけどさ。
どんな罠を張れば良いの?
マジで頼むよ、宰相代理様。
と、そんなことを言っても仕方が無いので、俺は行動することにした。
目的地は第五宝珠都市アクスだ。
都市アクスでは、マナ回復薬などの生産が盛んだ。素材には森の薬草などを使い、魔物退治の機会も沢山ある。
それに王都の無料宿泊券は使い切ったので、王都に残っても仕方がない。
護衛をしながら進めば金も稼げて一石二鳥!
と言う事で、俺は王都にあるハーヴェ商会の普通定期便の乗合所へと向かうことにした。
都市間の移動は基本的に馬車だ。
その中でも有名なのはハーヴェ商会の普通定期便で、王国内の全ての都市間を月曜と木曜の午後2時に出発する。到着は全ての都市で木曜と日曜の午前10時ごろだ。
編成は2頭立ての箱馬車が必ず12台で、先頭と最後尾には護衛が乗る。
ハッキリ言ってこんなに使い易い馬車は無い。利益の見込めない都市にも同じサービスを提供する事で、ハーヴェ商会はこの国の客馬車の代名詞になっている。
「サーセン」
「はい、いらっしゃいませ。ハーヴェ商会の普通定期便へようこそ」
馬車の御者っぽい人に声を掛けると、ハキハキとした明るい声が返ってきた。
俺は安心してその人に質問する。
「ええと、冒険者なんですけど、馬車の護衛をしたいんですが」
「冒険者協会は通してるかい?」
「いえ」
「じゃあ冒険者協会を通してくれ」
「へっ?」
「冒険者協会に依頼は出してるよ。どの路線に祝福数いくつ以上で何人くらいってね。協会は人数調整をしてくれるし、協会の斡旋だからトラブルが起こった時の保障もある。ハーヴェ商会は、専属契約以外の雇用には冒険者協会を通すんだよ」
「……今から冒険者協会に行って、出発に間に合いますかね?」
「あと30分で?それは流石に無理だろうねぇ」
いきなり門前払いされてしまった。
(あー、まぁそれはそうだろうなぁ。冒険者協会通すんだろうなぁ。言われて初めて知ったよ)
そもそも、馬車の護衛を受けられるのは最低でも祝福7からだったはずだ。
初めてだったから知らなくても仕方がない。むしろ知らなくて当たり前だ。
俺は涙目になりつつ、それでも食い下がった。
「じゃあ、これ使えますかね?」
差し出したのは『都市間の普通定期便の無料乗車券20枚(有効期限2年)』である。
冒険者協会の1階ホールにて、サディスティックな宰相代理の依頼どおりに大声で『未来』や『希望』を読み上げた結果得た報酬であった。
地元の都市から王都までは、最初の依頼を受けると貰える無料券で来たので20枚全てそのまま残っていたのだ。
「おっ、それはもちろん使えるよ。料金は王国払いだからね。お客様ならいくらでも大歓迎だ。食事は有料だけどね。さあどうぞ客馬車へ」
俺は冒険者登録証と無料券に記載されている自分の名前を両方見せ、冒険者カードに埋め込まれたアルテナの輝石を輝かせて身分を証明した。
次いで無料券を1枚渡し、その代わりに次の都市までの乗車券を受け取ってから箱馬車の真ん中へと乗り込んだ。
……大丈夫、泣いてないよ。次の都市ではちゃんと護衛になるから。
俺は失敗から学ぶタイプだ!
少なくとも10の失敗から1くらいは学んでいるはずさ。
ちなみに、都市間の移動には通常3日かかると言われている。
通常と言うのは、ハーヴェ商会の普通定期便を基準にした時間の事だ。
商会は良馬の生産地を丸ごと抱えていて、その良馬を1つの馬車に2頭ずつ付けて12台の編成で走らせている。
御者も馬も同じ都市間の往復しかしないので、その区間で彼らより詳しい御者、あるいは道に慣れた馬は存在しない。
荷台は専門のメンテナンスを都市に到着するごとにしており、荷重は商会の荷物を増減させて一定の範囲内に保っている。
そんな彼らが普通に走って3日というのが、都市間の時間的距離だ。
(……他の馬車だともっと遅いんじゃね?)
軍馬に馬車を引かせずに一人で乗って単騎駆けをすれば当然速いだろうけど、普通の人がそれをしたら間違いなく死ぬ。
だって都市間を移動すれば、必ず魔物と戦闘になるから。
頻度は……1日2~3回?
逃げるのは無理。
だって実際の魔物との遭遇頻度はもっと多くて『馬車の行く手に立ち塞がっている魔物』と『馬車を追いかけてきて逃げ切れない魔物』の数だけで1日2~3回なのだ。
よほど強い魔物が居たら引き返すし、その時は王国と冒険者協会がなんとかしてくれる。
でも普通の魔物は居るのが当たり前だし、そんなのを倒してもキリが無い。
だから普通の人が都市外を移動するときには馬車に乗って冒険者を雇うのが当たり前だ。
と言う事で、客の俺は箱馬車の中から護衛の冒険者たちの勇姿を眺めているのであった。
「いけいけ!いいぞやれやれっ!」
「ヒューッ、あの兄ちゃんすごいねぇ!」
無責任な客どもが冒険者たちに野太い声援を送る。
護衛の数は16人。そして魔物はオーガが8体いる。
オーガというのは、身長を人の1.5倍から2倍くらいに伸ばして、肌質を石みたいに硬くして、知能をゴブリンからさらに脳筋にしたような肉食の魔物だ。
つまりオーガは肉食の魔物として進化しており、動物や格下の魔物を狩って食べる。
巨人族?肉食鬼?
容姿はゴブリンよりも人から離れているので、オーガに関しては「醜悪な」という表現は通り超えている。
ゴブリン同様にオーガも瘴気に適応しており、アホだがめちゃくちゃ強い!
強さは祝福20ほどで、祝福8くらいの強さのゴブリンなら数匹くらいまとめて薙ぎ払える。というか、むしゃむしゃ食べてしまう。
俺は祝福19で立派な装備もしているが、オーがとまともに戦ったら中傷くらい負った上で1体を倒すのが精一杯だ。
木の上で待ち伏せてもオーガの嗅覚はゴブリンより悪いので、餌のにおいに釣られない。ついでに待ち伏せをしても下手をすればオーガの視界に入ってしまう。やつらはゴブリンよりずっと厄介だ。
手伝わなくて良いのか?
いや、俺は今回客だし。
客に怪我させたら、彼らの護衛の仕事が失敗になっちゃうじゃん。
……それに、大丈夫なのだ。
護衛の中には、大祝福1台の人が何人か居る。
ええと、つまりだ。
冒険者や一般人は『祝福30、祝福60、祝福90』の事を『大祝福1、大祝福2、大祝福3』と呼んでいる。
なぜそんな区別をしているかと言うと、大祝福を得ているか否かで戦闘力に雲泥の差があるからだ。
具体的には、大祝福を得るごとに『戦士攻撃系なら力が倍以上』、『魔導師攻撃系なら魔力が倍以上』に上がる。
その他の能力も普通の時とは比べ物にならないくらいに上がるし、スキルだっていきなり強いものが覚えられる。
ごく一部の人はクラスアップとか言っているけれど、一般的には大祝福1、大祝福2、大祝福3と呼ぶのが正しい。
考えてみて欲しい。
・敵に与えるダメージについて。
攻撃力2.5倍、スキル威力2倍、速度1.5倍、命中精度1.5倍に上がったとしよう。
威力は大祝福を得る前に比べてどれくらい上がった?
・戦闘継続能力について。
生命力1.5倍、防御力1.5倍、回避力1.5倍に上がったとしよう。
以前に比べて、どれだけ持ち堪えられるようになった?
大祝福1を得た人は、下位竜の力に匹敵すると言われている。大祝福2なら中位竜、大祝福3なら上位竜だ。
ようするに、祝福29と祝福30は、祝福数が1しか違わないが、とんでもない能力差がある。大人と子供くらいに差が出る。
だから安心。
そういえば、ハーヴェ商会の普通定期便は護衛に必ず大祝福1以上を入れていると聞いたことがある。応募が無ければ専属契約の人を乗せるとか。
それは普通定期便が流行る訳だ。
「おおっ、オーガの首が吹っ飛んだぞ!」
「ヒャッハー!」
その声に振り向くと、ちょうど首無しオーガがグラリと背中から倒れるのが見えた。
(剣で首を刎ね飛ばしたのか?)
……ほら、威力おかしいでしょ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『ハッハッハーヴェ~ハーヴェ商会~
都市と~都市を~駆け抜けて~ 定期便は~今日も行く~
月曜!木曜!午後2時に~ あなたを乗せて~ 荷を乗せて~
木曜!日曜!午前に届く~ 安心安全ハーヴェ商会~』
人と荷を程々に載せた箱馬車の一団が、立派な馬たちに力強く引かれてガラガラと車輪を回しながら大街道を進んで行く。
次の都市は目的地のアクスだ。長かった俺の旅もようやく終わりを告げようとしていた。
まあ長いといっても片道18日で、おまけに俺は馬車に乗っていただけだけどね。
ん?護衛?
実はしていない。
俺は護衛の冒険者たちを見ているうちに重大なことに気付いてしまったのだ。
『客なら夜に寝られるが、護衛なら夜に交代で野営の見張りをしなければならない!』
睡眠大事。
……俺って冒険者に向いていないのかもしれない。
冒険者になる唯一の条件は『アルテナの祝福を得ること』だけど、祝福が得られる人は200人に1人くらいだし、それもいつの間にか得られている事が判明しました!という本人の努力に無関係な単なる運?だし、ようするに俺は根性が凄い訳ではない。
眠いものは眠いのだ。
ちなみに一般人は祝福0で、祝福を得られた人は祝福1だ。
祝福が0の人はずっと0だけど、祝福が1の人は魔物などを倒して経験値を貯めると、祝福が2……3……と上がっていく。
祝福が上がると、身体能力などが高くなっていく。だから冒険者には祝福を得られた人がなる。
だって魔物と戦うんだぜ?
一般人は無謀でしょ。
★地図(王都ベレオンから都市アクスまでの旅路)
王都から都市アクスまでは馬車に6回乗れば良い。
そして馬車の無料券は20枚あった。
無料券が20枚あれば、王都からどの地方都市でも往復できる。あるいは、ベイル王国の端に居ても、その反対側まで無料で移動できる。
宰相代理は冒険者のホームシックとか、失敗した冒険者の実家への帰路とかを考えてくれているのだろうか?
(ははは、まさかね!)
いずれにしてもその恩恵に与って、俺はしっかりと睡眠を取りながら都市アクスを目指すのであった。ちゃんちゃん。
(……ん?)
馬車が休憩所以外で止まった。
こういう場合は魔物との遭遇だ。
「おい、前方で馬車が襲われているぞ!」
「なんだって!?」
「マジっすか!?」
俺は箱馬車の窓から身を乗り出して前方を確認した。
12台の普通定期便の一番前の馬車の、さらにずっと前方に小さく馬車が何台も見えた。
(この普通定期便の先頭が襲われていたわけじゃないのか)
まず自分の身の安全を確認してほっとする。
だけど、誰が何に襲われているんだ?
「あれは盗賊だっ!」
「えっ?えっ!?」
窓際に人が押し寄せた結果、ガタガタっと箱馬車が揺れた。
大街道のずっと先に、6台ほどの馬車が見えた。その周囲を少なくとも20騎以上の馬が土煙りを上げながら取り囲んでいる。両者の間には戦闘も起こっている。
俺は箱馬車の一番前に行って、外側の御者台に座っている馬車の御者さんに声を掛けた。
「サーセン、あれ、助けないんすか?」
「うん?なんでだい?」
馬車の御者さんは停車したまま、御者台から振り返って俺にそう答えた。
「いや、だって襲われてるじゃないっすか」
「兄ちゃん、ハーヴェ商会の馬車の護衛をしたことはあるかい?」
「無いっすけど」
御者さんは俺の姿格好を見て、たぶん年齢とか装備も見ながら説明してくれた。
「国内の治安を守り、犯罪者を取り締まるのは国の仕事だ。そして俺たちは民間の馬車隊だ。ここまでは良いかい?」
「……そうっすね」
「商会は相応の依頼料を払い、『ハーヴェ商会の馬車』の護衛依頼を出している。護衛対象は御者・客・馬車・積荷で、すれ違う他の普通定期便も『ハーヴェ商会の馬車』に含む。護衛の結果として冒険者が重傷を負い、あるいは死亡すれば追加で大きな補填金も払う。ちなみにその金は、お客様から貰う乗車料や配送料から出ている。つまりこれは商売だ」
……それで?
「前方に見えるあれは、ハーヴェ商会の馬車ではない。民間商会であるハーヴェ商会は『道行く途中に悪人が居たら成敗しろ』とか『襲われている人は皆助けろ』とか、そんな国家的な依頼を出したりはしていない」
「いやいや。だってあの人たち、俺らの目の前……ほど近くも無いっすけど、盗賊たちに襲われてるんすよ?」
「盗賊を倒そうとしたら戦闘になってこちらにも死者が出るかもしれん。それに、お客様まで巻き添えになる危険がある。お客様をわざわざ危険な目に合わせる行為は契約違反だ。契約違反は仲介した冒険者協会に報告するし、商会もそいつを二度と雇わない」
「でも盗賊たちは、こっちも襲うかもしれないじゃないっすか!」
「商会の普通定期便は、盗賊が軽々しく手を出せないほどの冒険者を必ず雇っている。だからあいつらは、商会の馬車には手を出してこない」
御者のおじさんがそう言うと、同じ箱馬車に乗っている後ろの乗客の中からさらに声があがった。
「兄ちゃん、知らんのか?」
「何を、っすか?」
「ハーヴェ商会は平時から暗殺ギルドまで抱えていて、商会を襲った奴は国内外を問わず徹底的に追い回されて家族まで殺されるって話だぞ」
「……はへっ?」
「ハーヴェ会長の家族に手を出した奴らの凄惨な末路なんて、兄ちゃんの想像を絶するぞ。だから商会の馬車を襲う盗賊なんてまずいないのさ」
50代くらいのおじさん達が、とんでもない話を口にした。
御者さんを見ると、おじさんたちの話を肯定も否定もせずに笑っている。もしかすると、おじさんたちの話は事実なのだろうか。
とりあえずこの馬車は安全。それは良い。だけど……
「じゃあ、あれは放置するんすか!?」
「襲撃が終わった後、まだ生きている奴がいたら助けられる範囲で助ける。それに、都市の駐留騎士隊や冒険者協会にも連絡する」
「そもそも相応の護衛を雇わずに、人の居ない都市外を行き来する奴らが襲われるのは当たり前だろう?」
「…………」
大人の理屈は分かった。
遠目に、6台くらいの馬車隊が襲われている。
「……サーセン」
「何だい?」
「俺は、護衛の依頼を受けていない『ただの客』っすよね?」
「そうだな。無料券の運賃はベイル王国が払ってくれる。だから兄ちゃんは客だ」
「契約違反とか無いっすよね?」
「そもそも兄ちゃんとは護衛の契約なんてしていないな」
「じゃあ、ここで降りまーす」
「客が降りるのは自由だ……って、おい!ここは魔物の徘徊する都市外だぞ!」
「俺、冒険者なんで大丈夫っすよ。じゃあ客1名、ここで降りまーす。降りたら無関係な他人なんで、よろしくっ!」
俺は普通定期便の立派な箱馬車から勢いよく飛び降りた。
そして去年まで王国騎士団の正規装備だったナイトソードをキラリと抜き放つと、襲撃を受けている馬車へ向かって駆け出した。
大人の理屈なんて知るかっ!俺は気に食わないナウ!
行くぜ、往くぜ、ヒャッハー!




























