第01話 野望はもちろんハーレムだ!★
冒険者協会で初めての登録証を受け取るときに、同時に最初の依頼を出された。
依頼内容は以下の通りだ。
『王都の冒険者協会の受付に行き、今渡した冒険者心得書の1ページ目を大声で読み上げる事』
大声でと、しっかり明記してある。ちなみに依頼なので断っても良いらしい。
成功報酬は以下の全てだ。
『昨年まで採用されていた王国騎士の装備一式の貸与(サイズ選択・交換可)』
『冒険者用カバンとその中身5000G相当』
『冒険者基礎知識・地理と地図・魔物図鑑・植物図鑑・応急手当。計5冊』
『ベイル王国からの支援金5000G』
『王都の加盟店で使える宿屋の無料宿泊券90日分(朝夕の二食付・有効期限2年)』
『都市間の普通定期便の無料乗車券20枚(有効期限2年)』
『祝福6まで受けられるベテラン冒険者の経験値上げ支援』
『王国全ての冒険者協会で使える、宰相代理から協会宛の新規冒険者支援依頼書』
……こんな依頼を断る奴は居ないだろ?
しかも依頼を受ければ、王都までの普通定期便の無料乗車券まで貰える。
この制度を創設したイルクナー宰相代理は、それをチュートリアルと命名した。
誰一人意味が分からなかったが、創設者が命名したならそのように呼ぶしかない。まあ、口の悪い奴とかは『ゆとり教育』なんて呼んでいるけど。
つまりだ、ある日突然「あなたは冒険者です」と言われても、ほぼ全員が剣も鎧も道具も金も無い。最初の数年は、日銭を稼ぎながらそれらを集めなければならない。
大抵の奴は途中で挫折する。祝福10台になれれば、よく頑張ったなぁという感じだ。祝福20台になるやつはスゲェという感じ。
で、宰相代理は冒険者たちの新人が挫折する5年間を一気に埋めてくれる訳だ。
おっけー。俺の野望のために利用させてもらおう。
俺の野望?
それはもちろんハーレムだ!
ちなみに男は4人とまで重婚できる。
可及的速やかに『幼馴染系』と『妹系』と『お嬢様系』と『ツンデレ系かヤンデレ系』を寄越すんだ。
フフフ……
(おいロラン、おいっ)
(……なんですか、指導員のアトルナーさん?今ちょうどハーレム生活の妄想に入るところなんですけど?)
指導員さんが、俺の肩を揺らして小声で呼びかけてくる。
指導員さんとは、祝福1から6までの間に支援してくれる人たちのことだ。具体的には王国が雇った引退騎士や引退冒険者など、祝福をそれなりに得ている強い暇人たちのことだ。
俺たちは指導員2名、新人冒険者6名の編成で魔物の狩りに来ていた。
(獲物が来たぞ)
(…………!?)
俺はその一言で一気に冷静になった。
現在の俺たちは、高い木の上である。
木の下には魔物の餌をばら撒き、安全な木の上で槍を持って待ち構えている。
こんな狩り方をオーダーしたのはイルクナー宰相代理だ。
罠の張り方、安全の確保、効率的な狩り方。この3ヵ月間は、そんな狩りばかりさせられて来た。
獣人帝国の軍団を撃破した宰相代理はもっと偉人っぽいイメージだったんだけど、どうやら違うらしかった。
(……もうすぐだな)
(……ですねぇ)
茂みがガサゴソと揺れる音が近づいてきた。
そろそろ小声でも話せない頃合いだろう。
(敵はゴブリンだろうか?)
ゴブリンとは、身長を人の半分から三分の二くらいにして、容姿を醜悪にして、知能を人と犬の中間くらいにまで下げたような雑食の魔物だ。
ちなみに魔物と言うのは、世界に満ちる『瘴気』を身体に取り込むことが出来るように進化した奴らの事だ。やつらは瘴気を取り込むことで強くなり、ゴブリンも魔物に属する。
人は成人までに15年かかるといわれているが、ゴブリンは三分の一の5年ほどで成人する。妊娠期間も人の三分の一程度の3~4ヵ月だ。
さらに一度の出産数も平均3匹程度で、ゴブリンの乳房は人の3倍の6つもある。
と言う事で、周辺に安定した餌場があればゴブリンはめちゃくちゃ増える。
『1匹見かけたら100匹は居ると思え』とはゴブリンの事である。
だが増えすぎると、もっと強い魔物が来てゴブリンをむしゃむしゃ食べてしまうので、ゴブリンの天下とかにはならない。
そんなゴブリンは、成長が速い代わりに知能が低い。
繁栄するために知能ではなく繁殖力を選んだのだろう。
2足歩行で、言葉による意思疎通を行い、かつ道具や武器などを用いる程度の知能は有するが、すごいアホだ。
ゴブリンの強さは祝福8くらいあって、正面から無策で立ち向かえば俺程度の冒険者は死ぬかもしれない。だが罠を張れば簡単に倒せる。
例えば木の下に肉片を転がしておき、木の上に足場を作って待ち構える。
するとゴブリンは人間の臭いがあっても、肉片が臭いの元だと勝手に思って無警戒に近寄ってくる。
そして俺が木の上から槍を投げ落とす。あるいは弓で射る。
ゴブリンは木の下で叫んだり、短剣を振り回して無意味な抵抗をしながら一方的に狩られる。
ほら、すごいアホでしょ?
しかもゴブリンは身体が小さいので、短剣とか小さな武器しか握れないのである。ロングソードを使うゴブリンなんて聞いたことも無い。
ちなみに、瘴気を纏った魔物や祝福を得られる生物を倒すと経験値を得られる。
そんなわけで俺たちは、宰相代理が指示した様々な方法で3ヵ月間狩りを行ってきたのだ。
だが、今回茂みから現れたのは犬型の見慣れぬ魔物だった。
新人冒険者用の魔物図鑑120種類360ページには載っていないタイプの魔物だ。
赤黒い瘴気を傷ついた身体から血のように溢れ出させながら、ゆっくりと餌に向かって歩み寄ってくる。
俺は、そいつがかなり弱っていると思った。
次いで横目で指導員さんを見ると、指導員さんは目を見張って固まっていた。
(……どういうことだ?)
既に話して良い距離ではない。
俺は、もしかするとそいつがかなり危ない魔物なのかもしれないと思った。
……しばし熟考する。
普通なら、手を出すべきではないのだろう。
敵は新人用の図鑑に載っていない種族だ。
だが瘴気を纏った存在は基本的に魔物なのだから、あれも魔物に違いない。そして倒せるなら倒すべきだ。
(……どうやって倒す?)
ゴブリンは木の上から槍を投げて突き刺して倒したが、あいつはそれだけでは死なないかも知れない。
攻撃の威力をさらに増すには、命中精度と重さが必要だ。
(……俺が槍を構えながら飛び降りて、槍の重石になりながら先端を首筋に当てて突き刺すか?)
俺の祝福は、3ヵ月で6にまで上がっている。
それなりに身体能力も上がっているし、木の上から飛び降りても死なないだろう。
「一歩踏み出せ」と、この国の宰相代理も言っていたし。
俺はその犬が餌をついばむ瞬間に、指導員さんのお説教を覚悟の上で飛び降りることにした。
(死んだらお説教を受けなくていいし、強くなるのはハーレムへの近道だっ!)
冒険者なら冒険しなくちゃね。
(3……2……1……今っ!)
俺は高い木から、槍を掴んで飛び降りた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「この餓鬼がっ、てめぇは木の枝に逆さ吊り3時間の刑だっ!」
「サーセン、サーセン、マジ勘弁してくださいっ!」
俺は指導員さん達に追われて、木々の間を縫うように走って逃げていた。
強力な魔物を倒したことにより、俺の身体は羽を生やしたかのように軽くなっていた。
魔物……いや、魔獣だったか?
冒険者だった奴が、転生条件を満たして死後に変わる存在の一つ。
生前のカルマが大きくマイナスに振り切れていると主魔、従魔、魔獣のいずれかになって、確か魔獣は一番下だったはずだ。
カルマ、つまり善行と悪行。
ようするに、冒険者が山賊とかをやっていると魔獣になる。
山賊の頭目とかは、たぶん魔族とかになる。
「……魔獣を倒した俺、偉いじゃん!」
「アホかっ!仲間を危険に晒す奴は逆さ吊りだっ!」
「ぎゃああっ、ウソですウソです!サーセン!サーセン!」
転生を満たすには『転生竜を倒す』という条件があったはずだ。
ちなみに最下級の竜でも、祝福30くらいの強さがある。
そして俺が倒した魔獣は、冒険者だった生前にそれを倒しているはずだ。
ようするに魔獣を倒したことで俺にはそれなりの経験値が入ってきたわけだ。
経験値取得の条件……というか、祝福が挙がる唯一の条件は、魔物などの止めを差すって事だから。
瘴気が濃くて強いほど経験値も大きい。
それはもう、経験値はドカンと入ったね。
でも、そんな強い魔物が何で弱っていたのだろ……う?
「おうボウズ、観念しやがったか!」
「餓鬼め、吊るしてグルグル回してやるぞこの野郎!50回転の刑だ!」
だんだん柄の悪くなってきた指導員さんたちがようやく追いつき、俺の肩を掴んだ。
だが俺はそれを無視し、指導員さんに聞いてみた。
「サーセン、コイツは何ですかね?」
「……ん?」
「……うぐっ」
……我らがイルクナー宰相代理に一言言いたい。
(新人冒険者に無料で渡す魔物図鑑なんすけど、ページ数を増やしたほうが良いんじゃないですかね?)
120種類の魔物を、1種類につき3ページも使って解説してくれるのはうれしいんすけど、種類が全然足りてないんじゃないですかね?
ようするに、魔物図鑑に載っていない魔物が茂みの中にででーんと倒れていた。
魔物といっても、上半身は妖精のように美人で耳も長い女性だ。だが、綺麗に着飾っていたであろう服は破れてボロボロである。その下半身からは、6頭の犬頭がだらりと伸びていた。
こいつはすごく有名な魔物なので、とりあえず俺にも名前くらいは分かる。
目の前に全長5メートルくらいのスキュラ、ナウ。
長いのは犬頭である。うにょーんと伸びている。
そして悪寒がした瞬間、茂みからそいつの犬頭が俺に向かって伸びてきた。
「うぉおっ!」
あわてて避けようとしたが避けきれず、俺の脇腹をスキュラの犬頭がものすごい勢いで掠めていった。
まるで2頭立ての馬車に撥ねられたかのように、俺は吹っ飛ばされた。
俺は吹っ飛ばされる勢いには逆らわず、両手と身体とを伸ばしてゴロゴロと地面を数回転し、受けた力をなんとか受け流して停止した。
犬頭に掠められた腹部の痛みは、感覚的にはそれほどではない。
次いで視覚でも確認したところ、昨年まで騎士団の正規装備だった鎧の脇腹部分は、攻撃を斜めに弾いたことにより破られてはいなかった。それにおそらく、骨も折れていない。
鎧の内側には固めた綿も仕込んである。これが鎧と身体との間でクッションになって、ダメージをさらに緩和してくれたのだ。
もし俺が新人冒険者の標準装備ならおそらく脇腹が消えていた。
(……うぎゃあああ、怖ぇえ!)
というかスキュラはかなり有名な魔物で、祝福30を超えていなければ戦うなとか言われていたはずだ。
それは低級向けの魔物図鑑には載っていないだろうなぁ。
つまり、俺は今の一撃で死んでいたということになる。
身体がぶるっと震えた。
まずい、まずい、まずい。
「……逃げましょう!」
俺は指導員さんに叫ぶ。
だが指導員さんたちは武器を手に取った。
「餓鬼、てめぇ状況が分かってないのか。スキュラはとんでもなく強い魔物だ。逃げたらさっき魔獣を倒して祝福が跳ね上がったお前はともかく、お前と一緒に来ている5人の新人どもは間違いなく何人か死ぬぞ」
「3方向から同時に攻める。相手はかなり弱っている。たぶん1人はかなりダメージを負うだろうが、それで倒せる。魔獣が付けた傷口から剣を差し込め!」
マジで……?
魔物の生息地を走って逃げた俺が悪いの?
いやいや、追われたら普通逃げるだろ。それに、そんな危険な魔物の生息地に新人冒険者を連れてくるなよ。事前調査とか足りてないんじゃないか?
……よし分かった、俺が悪い。
俺は立派なエンブレムが刻まれたナイトソードを正面に構えた。
と、その時俺は気付いた。
(こいつ、倒れて全然動かなねぇ)
というか、6本生えている犬頭が1本しか動いてねぇ。
俺はそう思った次の瞬間、背中の冒険者バッグを力いっぱい投げつけて盾にしながら突撃した。
「うぉおおおおっ!」
俺は駆け出した。まだ見ぬ夢のハーレムを目指して。
「おい馬鹿、合図してねぇだろうが!」
「くそっ、後で200回転だからな!」
駆け出した直後、左右から怖い声が聞こえてきた。
★経験値表(&ロランの推移)


























