短編 白槍のゲイズティ★
リクエストシリーズ第四弾です。
・【だれが】ゲイズティ
・【なにを】アスキス攻略戦
・【なぜ】どんなことして認められたのか
実はこんな事があったそうです
バダンテール歴1259年11月。
西側諸国の防壁として長年獣人帝国の侵攻を受け止めてきたアスキス王国は、ついにその命脈を絶たれようとしていた。
★地図(獣人帝国侵攻図)
人類の都市は、『宝珠の加護』と『都市防壁』によって二重に守られている。
『宝珠の加護』は、宝珠の格に応じて瘴気や瘴気を纏った魔物を寄せ付けない。加護が強ければ強いほど守られる範囲が広がり、大地が豊かになり、水が澄み、人々に恵みを与える。
『都市防壁』は、都市の加護を突破できるほど強い魔物の進入を物理的に排除するために作られたものだ。もちろん他国の侵攻を阻止するという目的もある。そしてその守りは、獣人帝国に対しても有効に作用している。
第五宝珠都市アスキスは王都であり、その防壁も10メートル以上と高く作られている。
その防壁に、先程から何度も槍が投げ込まれていた。
弓の射程外から槍を投げ飛ばしているのはカタパルトなどではなく身軽な男であり、敵側からの投石機などによる命中精度の低い反撃は難無く避けてしまう。
『遠投』
防壁に深く撃ち込まれているのは、ファラリカという投槍である。
ジャベリンのような脆い造りの槍ではなく、敵の盾などを貫いてダメージを与えるために造られた投槍だ。
素材は並の金属では無く、ダマスカス鋼である。
ダマスカス鋼は高温で加熱して伸ばし、折り返し、その工程を何度も繰り返して強化することで、先端が鋭く、弾性があり、弓のようにしなって折れ難い武器を作ることが出来る。
投槍がファラリカである時点で並の鎧ならば充分に貫けるが、さらに素材にダマスカス鋼を用いることで硬い金属性の鎧すらも貫ける。
そしてダマスカス鋼を先ほどの工程で『さらに強化』する事で、下位竜の鱗ならば容易に貫通できるほどの武器となる。
そして今、4格の中位竜に匹敵する力を持ったゲイズティ大隊長が、その槍に『遠投』のスキルを使う事で、王都アスキスの防壁にファラリカが次々と突き刺さっていった。
深く刺さったファラリカは防壁上からの落石も弾いており、足場として申し分なかった。
「……ほう」
ゲイズティ大隊長の遠投を見ていたオズバルド軍団長が関心を示した。
ゲイズティの行為は、防壁を突破するいくつかの手段のうちの一つに過ぎない。
防壁を飛び越えられるラビ軍団長とアロイージオ軍団長が居る以上、その二人に防壁の上の人間を片付けさせ、迎撃を防いだ上で多数の攻城塔を防壁に取り付ければ良い。
あるいは二人の軍団長が戦っている間に、皇女ベリンダと破壊者オズバルドとで突撃して大門を叩き壊してしまえば良い。
そんな力技に、軍団長補佐のアギレラから「揮下の大隊長に犠牲を出さずに足場を作れる者が居る」旨の提案があった。
皇女は「犠牲が出ないならばやってみろ」と命じた。
皇女が許可を出した結果、垂直な防壁に投げ槍が次々と突き刺さり足場が出来ていった。
その足場は、大祝福2台の冒険者もしくは大祝福1台の探索者くらいしか利用できないだろう。
だが、それで充分なのだ。大祝福2の冒険者を防壁内部に送り込めるならば攻略の難易度は一気に下がる。
人類がこれを理解して槍を外そうとする前に攻め込むべきであった。
「予定を変えますかな?」
オズバルド軍団長が皇女ベリンダに対し、感情の高ぶるままに声を掛けた。
皇女はそれを一瞥し、肯定した。
「攻城塔などいらなかったな」
Ep04-38
獣人帝国最大の弱点は兵数だ。
獣人は1人1人が祝福7ほどの力を持ち、支配地で人間が反乱しても一般獣人たちで制圧できる。
また、支配した人間へは治癒師祈祷系にしか祝福上げを認めておらず、人間冒険者には居住地の制限や制約を設けるなどの工夫もしている。
だが内地に人間たちを住ませる以上、そこに軍や兵を置かないわけにはいかない。
よって、支配地を保ったまま戦場へ動員できる戦力には限りがある。
さらに、犠牲を出せば出すほど次の作戦への動員数が減ってしまう。
帝国に属する獣人は160万人。宝珠都市を支配して増えた人口と、戦争で失った人口とは釣り合っている。
近年は地上に120万人、天山洞窟内に40万人ほどの獣人たちが暮らしている。
獣人は50人に1人ほどが冒険者となるため、地上の獣人冒険者は120万÷50で約2万4000人だ。
だが全員が軍に属している訳ではない。
軍に所属できるのは祝福20からで、それ未満の者は未所属である。逆に、高齢になった退役者も居る。
それに軍籍を離れて祝福を上げる者や、祝福を一気に上げてから所属する者なども居る。
現役の軍所属者を全体の5割と見積もれば、その数は1万2000人である。
軍人の年齢を20歳~50歳と仮定すれば軍籍は30年間で、1万2000人を30年で割れば1年で400人が入れ替わる。
1年で400人の補充を越える被害を出せば、消費が補充を上回ってしまう。戦争は20年以上続いており、一時的な消費だという主張はもはや通用しない。
すなわち1年間に冒険者400人の戦死が、帝国が容認できるギリギリのラインだ。
兵士の補充も厳しい。
職業兵士は、6万人居る。
男性5人のうち1人が、平均寿命60年間の半数である30年ほど軍に属する。
人口120万人÷2性別÷5人÷2労働年数=6万人と言う計算になる。
彼らは1年に2000人が入れ替わる。犠牲はそこまでが限界だ。
兵役は男性のみ3年間あり、徴兵兵士は3万人居る。
人口120万人÷2性別÷60年×3年間=3万人と言う計算だ。
徴兵兵士は年に1万人の入れ替えがあるが、彼らに関しては死なせれば死なせるだけ帝国の未来を担う若者が減る。もし1万人を死なせれば、その年齢の男性が全員死に絶えるに等しい。
人員も不足気味で、輸送の従事者に関しては人間の数が獣人を上回っている。
帝国は第四軍団と第二軍団の壊滅で大きな痛手を受けており、極力犠牲を出したくない。
よってアスキス王国攻略戦では、犠牲を減らす戦いが求められていた。
都市防壁で足止めを受けて犠牲を出すのはなんとしても避けなければならない。
オズバルド軍団長と皇女ベリンダとが全力で攻撃すれば、たかだか大門程度を破壊出来ぬわけがない。
だが前衛職は、治癒師や魔導師などの後衛職に比べると加護が低い。毒や酸、あるいは状態異常にはそれほど強くない。
逆に後衛職は、戦士や探索者などの前衛職に比べると防御力が弱い。大型兵器の投石などによる直撃を受ければかなりのダメージを受けてしまう。
大祝福1に届かない人間の攻撃が中位ドラゴンの鱗を貫いたり、あるいはスキルが中位ドラゴンの鱗を傷つけたりは殆ど出来ない。
それと同じで、雑兵ごときが大祝福2以上の冒険者の身体能力や加護を打ち破って有効打を与えるのは困難だ。
だが強力なモンスターの毒を矢に塗れば、かすり傷を与えるだけでも強毒を体内に入れることが出来る。防壁上からの重力による威力増加を加えた攻撃は侮れず、先に防壁上の敵を排除できるならばそれに越した事は無い。
紅闇のラビや神速のアロイージオに加えて、大祝福2の冒険者達まで防壁上に送り込めるのならば、上からの攻撃の懸念が一気に解消できる。
「大祝福2以上の前衛職は、ラビとアロイージオが攻撃を開始したら続いて突撃しろ。ゲイズティが作った足場から上がれ。カルディナ、お前は直属軍の指揮を取れ」
「ふふっ。はい、皇女殿下」
蝶の羽を模した派手な髪飾りを左右に付けた銀猫の獣人が、皇女の指示に対して翡翠のような眼を細めて応じた。
「直属軍団の補佐・大隊長は右を潰せ!第一と第五軍団の補佐・大隊長は左を潰せ!後衛職は突撃を魔法で支援しろ!」
オズバルド軍団長が指示を加え、既に走り出した皇女を追った。また、軍団長補佐や大隊長たちもその後ろを追い掛け始めた。
軍団は犠牲を減らすために、王都アスキスの防壁に据え付けられている投石機などの兵器の射程外に待機させている。
だが指揮官たちの突撃は、両者が防壁までの距離の大半を詰めた所で停止させられた。まだ敵の弩の射程範囲には入っていないが、敵からの攻撃はそこに集中される。
突撃を停止させたのは、先行していたラビだった。
防壁に登った後に戻ってきたラビに対し、ベリンダは間髪を入れずに問い質した。
「どんな罠だ!?」
何も無ければラビが戻ってくるはずが無い。
つまりこの先には、ラビが報告に戻らざるを得ないような何かがあるということだ。
戦力ではない。戦力ならば皇女ベリンダや、オズバルド、ラビ、アロイージオらの軍団長を合わせた力に対抗できるはずが無い。そんな戦力があるのならば、 そもそも現在のような勢力図にはなりえない。
とすれば罠だ。地上での戦いには人類の側に一日の長がある。ベリンダはそう判断した。
「大門の先には防壁の高さ並みに深い落とし穴。その下には槍が持ち手を地面に埋め、毒を塗った無数の矛先は上に」
ラビの報告は、どう考えても短期間で作れるような罠では無かった。
アスキス王国は王都の南を捨て、最前線を王都アスキスと目して防衛の準備を整えていたに違いない。
予定通り大門を破壊して突き進めば死ぬことになる。
「ならば門ではなく防壁を壊す。厚みは?」
「4~5メートル。なれど防壁の向こう側には1万の軍勢」
「そこから進入するだけでは各個撃破されるか。ならば防壁の数ヵ所を破壊し、同時に攻城塔を取り付けて防壁上から内側の階段も使って軍勢を一気に侵入させる。大隊長以上の前衛職には予定通り防壁上の敵を片付けさせろ。ラビは壊すに適した場所へ誘導しろ」
「大隊長以上の前衛職は防壁上の敵を片付けよ!」
ベリンダの方針を受けたオズバルドが大隊長たちへ命を下した。
大隊長たちはオズバルドの命令を復唱した後、再びベリンダらに続いて疾走を開始した。
防壁からは彼らに遠距離攻撃が向かい、後方からは射程の長い雷系のスキルが防壁上へと飛んでいく。
予定と形が違ってしまったが、なればこそゲイズティの足場作りはより一層役に立った。
槍は使い捨てで、量産も出来ない類の品である。アスキス王国の全都市を攻略するにはとても足りない。さらには、いずれ突き刺さった槍に油を撒いて足場として機能できなくするなどの対策も考えられるだろう。
だが、現時点ではきわめて有効だ。王都アスキスはこれで楽に落とせる。
オズバルドはゲイズティの武に感心しているが、ベリンダは知恵の方に感心した。
(金狼のガスパールのようなタイプだ。思考に終止せず事前に試みて実行する……こういう指揮官は極めて得難い。大隊長で終わらせるには惜しいな)
ベリンダはゲイズティをそう評価した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゲイズティの顔面や両手のひらに、血管が異様に浮き上がる感覚があった。
皮膚がジンジンとむず痒く、とても敏感になっている。
槍を握り締めた手は今にも暴れだしそうで、一度暴れだしたら止まらないような気がした。
「うおおおおっ!」
身体の動きに呼吸を合わせ、高威力の一撃を繰り出す。
防壁上に陣取る雑兵どもをその一閃で2人まとめてなぎ払い、防壁の内側へと叩き落した。
「うわあああっ!!」
「ぎゃあああっ!」
叩き落された2人は、共に大門の先に掘られた深い大穴へと落ちてゆく。
大穴の奥深くでは、天へと突き出された矛先が念入りな毒化粧をして獲物を待ち構えており、一度投げ込まれた獲物が這い上がることは不可能だった。
ゲイズティは攻撃範囲の広い槍を振り回し、その腕力で防壁上の人間たちを次々と叩き落し、あるいはその技量を以って突き刺した人間を次々と放り投げて防壁内側へと落としていった。
槍は剣の何倍も効率が良い。薙ぎ払い、貫き、敵が背後に回りこんでも石突の部分で突き落とせる。
「足場は広いほうが良いな」
「くっ、化け物め!」
防壁上の人間がゲイズティを恐れた。
敵から化け物と恐れられるのは、むしろ最大級の誉め言葉だ。
ゲイズティはそう口走った騎士に対して、手心を加えて大穴ではなく防壁内部に叩き落してやろうかと一瞬だけ迷い、やはり鎧に矛先を引っ掛けて大穴へと叩き落した。
「うわあああぁっ」
ゲイズティの矛先に捕らわれた騎士は、空中で両手を振り回しながら大穴へと落ちていった。
(遠距離武器を持たない兵士程度ならば、手心を加えてやっても良かったのだがな)
だが騎士ならば祝福20以上だ。
並の獣人戦士と互角程度の力はあり、獣人兵士が相手ならば素手でも殺せてしまう。
ゲイズティには兄弟がおり、手心を加えることで兄弟が犠牲になると考えれば騎士を相手に手心を加える気にはなれなかった。
兄弟はこの戦場には居ない。だが、獣人兵士は自分ではない誰かの兄弟だ。
(大隊長である自分が率先して考えなくて、一体誰が考えるのか)
ゲイズティは敵にとっては化け物であり、逆に味方にとっては最良の大隊長だ。
味方から見ても明らかな化け物と言えるのは、ゲイズティのような大祝福2程度の者ではなく、大祝福3への壁を越えた皇女ベリンダや破壊者オズバルドのような存在である。
ゲイズティは防壁の下を見て、防壁上で軽くジャンプをした。
「グォオオオオオオッ!!」
『デストロイヤー』
皇女ベリンダが雄叫びを上げた。
そしてマナの力をスキルで闘気に変容させて身体に纏わり付かせ、大地を両足で何度も蹴り飛ばしながら勢いよく防壁へと体当たりした。
硬い防壁はまるで紙粘土で出来た壁であるかのように大きくめり込んだ。
防壁の一部は既に貫通しており、防壁の内側が覗き見えている。ベリンダがこのまま防壁を殴り壊すだけで、一人くらい通れそうな穴は開くだろう。
だがベリンダは、大きくめり込んだ防壁からあっさりと退いた。
攻撃にはまだ続きがある。ゲイズティは二回目の地震に備えてもう一度ジャンプで飛び上がった。
「ヌォオオオオオッ!」
『デストロイヤー』
ベリンダが退いた防壁に、破壊者オズバルドが突っ込んだ。
フェンリルの獣人である皇女の突撃は、バッファローの獣人であるオズバルドよりも高威力だ。
だが体格ではオズバルドが上回り、接地面積が広い。
既に紙細工のように脆くなった防壁が、オズバルドの一撃で内側へと大きく吹き飛んだ。防壁には、2~3人が横に並んで通れそうな大穴が開いている。
防壁内側の軍勢は、一様に青ざめた表情でオズバルドの姿を見つめていた。
(味方で良かった)
この戦場において、ゲイズティが敵から化け物と誉めてもらえる可能性は完全に無くなった。
大祝福3に常識は通用しない。本当の化け物とは彼らのような存在を言うのだ。
「皇女殿下。穴を開けるより、このまま突っ込んだ方が良いのではありませんかな?」
「良いだろう」
大祝福3のオズバルドとベリンダが、防壁を真っ直ぐ突破して各々の武器を振り上げた。
(終わったな)
ゲイズティがそう判断すると同時に、両者は『デストロイヤー』のスキルで軍勢へと突っ込んでいった。
ラビ軍団長とアロイージオ軍団長が、その突撃に加わっていく。
4者の行動は臨機応変に過ぎる。
実は、大祝福3台になるほどに魔物などを倒した数多の戦闘経験が、刻一刻と変化する戦況に応じた最適な行動を選んでいるに過ぎない。
現に青ざめた人間の軍勢は立ち直る時間を与えられずに4者にまとめて蹂躙されている。
オズバルド軍団長が一人の騎士を弾き飛ばせば、騎士は後ろの騎士を次々と弾き飛ばして地面に転がり、さらに後ろの騎士たちの足を引っ掛けて転倒させてゆく。
騎士にぶつかられて弾かれた騎士たちもさらに後ろの騎士を倒すなどして、雪山で雪崩が起きるかのように次々と連鎖が続いていく。
もはや防壁から進入してくる敵を防ぐ作戦や陣形以前の問題だ。軍団長1人を抑えられないならば、軍団長に内部へ進入された時点で負けなのだ。
王都アスキスの人間は現時点で敗北が確定している。あとはそれをいつ受け入れるかだけだ。
程なくして王都の北側に赤色信号弾が打ち上がっていくのが見えた。
それを見た南の獣人軍団が前進を開始した。
(……手心を加えてやっても良かったかもしれんな?)
アスキス王国軍は既に陣形も作戦も無く、ただひたすら生存だけを求めて逃げ惑っている。
もし軍団長に生命の危機が訪れるような事態が生じれば、その時には何を捨ててでも報告しなければならない。
だが、このアスキス王国を相手にそのような非常事態が起こるとは到底思えない。
ゲイズティは遊び半分に鬼ごっこを始めた軍団長たちを、まさか自分が彼らに気に入られたとは夢にも思わず、半ば呆れながら眺めていた。
なお、このアスキス王国攻略戦で投げた槍が陽の光を反射して白く輝いていた事によって、後に軍団長補佐になった際のゲイズティの二つ名は「白槍」となった。




























