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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
短編 リクエストシリーズ

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短編 探究心と選択肢

リクエストシリーズ第三弾です。

・けしからん果実がいかに熟しているのかをねっとりと(以下省略)

・粘着性の、虹色に輝く無定型の泡の……いや、そんな! 窓に! 窓に!(以下省略)

・酒場で、自分たちも婿候補に上っていたかもしれないという話で盛り上がり、わかれる

・彼らの物語は続いて行く。みたいなエピソード

……作者の受付機能がエラーを起こしている~(_△_~;)


 私の名はエスコット。

 フェネックの獣人で性別は男。現在29歳。

 25歳の時に3年間の徴兵制度に基づいて最年長で従軍し、27歳で期間を繰り上げられ満了した。

 兵役に就く前に何をしていたかと言うと、探偵という職業だ。

 探偵という言葉を聞いた多くの人は、「それは何だ?」と疑問に思う事だろう。確かに一般獣人が普通に暮らす限り、一生縁のない職業である。

 だから私は、探偵という言葉が通じない相手には調査官であると説明している。

 調査官とは、支配都市の特産物や周辺の自然環境を調べ、その後の生産物を定めるために働く者たちのことだ。

 地上総責任者である皇女は、揮下の獣人たちを大きく軍務と内務とに分けており、確かに私はその下請を主な収入源としていた。


 知的好奇心は尽きない。

 地上は天山洞窟内とはまるで違い、目に映るものすべてが目新しい。

 そして帝国自体も地上で得た新しいものを次々と取り入れて今なお変化している。

 ここ20年ほどは、歴史的に見ても激動の時代だ。

 私は歴史の目撃者であり、同時にそれだけでは満足できない未知への探求者でもある。



 今日もまた、かなり大きな収入があったので一度は行ってみたかった店へと足を運んだ。

 こういった店は、天山洞窟にはなかったものだ。よってこの店も地上の文化を取り入れた結果と言える。興味深い。いや、実に興味深い。

 私は重い木の扉を開け、『にゃんにゃんの店』へと足を踏み入れた






 Ep04-36






「お客さんお一人様?ご指名の果物はある?」

「はっはっは、ご覧のとおり一名様です。初めての入店なのでご指名はありませんな!」

「あら、じゃあこちらへどうぞ」


 エスコットは素早く店内を見渡した。

 出入り口は一つだ。入口からすぐのところにカウンターがあり、その奥には部屋があるが中は衝立で見えなくなっている。

 店内の右側には側面が仕切られた6つほどのボックスがあって、ボックス1つに対してテーブル1台と柔らかそうなソファーが4~12席分ほどあるだろうか。おそらく客の人数に応じて座らせる場所が変わるのだろう。

 右側のそれら6つのボックスは、カウンターからは見えるようになっている。

 だが店内の左側には天井までの高い仕切りがあり、カウンター席からも見えなくなっている。


 (ほほう、客の差別化ですな。これには、一体どういう意味があるのですかな?)


 果たして、エスコットは右側の席へと誘導されていった。

 テーブルの上に水差しやコースターなどが用意され、お湯を浸して絞った布が手渡された。エスコットが興味深そう布の裏地を捲っていると、やや小振りな二つのメロンが黒いドレスを纏ってやってきた。

 ドレスの胸元は大きく開いていて、けしからんメロンたちの白い谷間が互いを押し合っている。


「こんばんは」

「はっはっは、なかなかにけしからん果実ですな!」

「初めまして、あたしはキャサリンっていいます」

「ふむ、最近の青果店は果物に名前を付けるのですな?これは覚えておきましょう」

「お客さんのお名前は?」

「仮に、『所長』と呼んで頂きましょう」

「はーい、所長さんは所長さんなの?」

「所長さんならば所長さんでしょうな」


 どうやらこのメロンは、栄養が全てメロンに行っているようである。

 実にメロンらしいメロンであった。


「所長さんは何を飲みますか~?」

「そうですな。せっかく青果店に来たのですから、ここは果実酒にしておきましょう。お勧めはありますかな?」

「ええと、ブドウ酒でしょ?りんご酒、梨、オレンジ……でも所長さん、果物酒は甘いですよ~?」

「甘いハチミツで得た資金ですからなぁ。今日は甘くしておきましょう。ブドウ酒を」

「はーい。あたしも頂いて良いですかぁ?」

「メロンにブドウを混ぜると味が……ふむ。いや、結構ですぞ。飲みなさい」

「オーダーお願いします~。ブドウ酒を~」


 このメロンなら、酔わせれば自分からにゃんにゃんの店のシステムや果物の生産地を色々と話してくれそうである。

 エスコットはメロンがブドウを注文する間、店内を見渡した。


 カランカラン。と、扉を開く音が聞こえてきた。

 どうやら新たな買い物客が入店してきたようである。


「会長さん、駄目ですって。私には妻のポーラが!」

「いやいや、ただの町内会の会合ですよ?ほんのちょっと酒と果物が出るだけです」

「ささっ、シアン様。奥の席が空いていますよ」

「ママ、麦酒5本!あと可愛い子を奥の御方に付けて」

「駄目ですよ、息子のシャルルがっ」

「はははっ、そんなこと言っても身体は正直ですな!」

「5名様ね?奥へどうぞ」


 何やら見覚えのある集団が店内に入ってきて、そのままカウンター正面の12人席へと向かっていった。

 相手の側は、エスコットには気付いていない。


 (左側には行かないのですな?)


 そうエスコットが見ていると、メロンが何やら話しかけてきた。


「知っている人が居ても、青果店では他人の振りをするのがぁ、マナーなんですよぉ」

「ほう、そういうものなのですかな?」

「そういうものなのです~」

「はっはっは、それは勉強になりましたな」


 どうやらメロンにも観察眼というものがあるらしい。

 エスコットは言われた通り他人の振りをしつつも、耳だけはしっかりと立てて5人組へと向けた。


「それにしても、小瓶1つで2000Gは下らないホワイトハニーが、まさか大樽に7つも採れるとは思いませんでしたなぁ」

「1樽で小瓶いくつ分ですか?」

「1樽は小瓶100個分ですな。大きな都市に持っていけば1瓶3000Gで売れるでしょう」

「すると1樽で30万G?」

「さようです。もっとも、5樽は参加者およそ100名に5瓶ずつ配りましたからな。町内会としては2樽の60万Gを町内会費に充てる予定です」

「それはすごいですね」

「いやいや、シアン様のおかげですよ。ちなみにこの会合はその町内会費から出る予定です」

「シアン様、ありがとうございます!」

「会長、シアン様、毎年やりましょう!」

「しかしホワイトハニーはよほど組み合わせが良くないと出来ないからな。どういう配合なのかも不明だし来年は難しいだろうな……」

「会長さんなら、そのうち自分で配合を見つけてしまいそうですね」

「おおっ、その手があった!エスコット君にも協力してもらおう。シアン様も、ぜひ今後も町内会をよろしくお願いします」

「ええ、まあ……」

「よし、新鮮でけしからん果実はまだか!」


 なにやら楽しそうな声が聞こえてきた。


「どうやら来年も忙しそうですな」

「所長さん、何がですかぁ?」

「はっはっは、地上は実に興味深いですな」


 食への欲求に基づく探究心も、立派な探究心である。

 熊の獣人は貪欲に追い求め、もしかするとその執念からホワイトハニーの配合を解き明かすのかもしれない。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 エスコットが同志を見つけている間に、青果店に新たな客が入ってきた。


「いらっしゃーい……あら、左側へどうぞ」

「ああ」


 背が高くて白い獣人が左側へと入っていった。

 エスコットは左側という言葉に注目し、見覚えのある後ろ姿と店主ママの反応とで一つ納得した。

 左側に入る基準はまだ良くわからないが、長年周辺地域の大隊長を務めていた人物ならVIPである。上がった祝福は下がらないので、階位も下がらない。

 いや、あの戦いから2年が経っている。あの人はもう8階位にまで上がっていただろうか。6階位のシアン大隊長より2階位も上となる。店主が慌てるのも無理はない。

 経験値を求めて周辺中を回っている人だ。

 この都市にも経験値を得る旅の途中に寄り、最初は酒でも求めて来たのかもしれない。


「旅の方、お疲れ様です」

「ああ、すまんな」


 湯を絞った布を渡された白い旅人は、それで顔を拭うと一息ついてから注文を出した。


「酒を。あとは適当に食事を」

「はい、ご注文承りました。先にお酒をお持ちしますね」


 白い旅人は、なんと青果店で料理を注文しだした。

 店側も慣れたもので、平然と応じて何やら準備を始めた。

 ……生真面目な彼は、ここがどんな店であるか気付いていない可能性もある。


 (大隊長ならば800名の揮下部隊と担当都市の常備軍と兵士を自由に動かし、軍事と治安を一手に担い、おまけに軍事と治安に絡むことならば都市長に指示も出せますからな。結果、青果店で料理が出てくるわけですな)


 エスコットは手近のメロンにこの状況を問い質してみる。


「ところでキャサリンさんと言いましたかな?」

「はーい、キャサリンでーす」

「この青果店では、肉料理も取り扱っているのですかな?」

「あ、さっきの人ですかー?あの人は例外ですよー。お酒の種類も指名の子も全部決まっていて、料理も近くのお店に頼んで持ってきてもらうんです」

「ほほう。ちなみに左側の壁の向こう側は、どういう客層が入るのですかな?」

「えー」

「ブドウ酒をもう一つ頼みましょうかな」

「はーい。オーダーお願いします~。ブドウ酒を~」


 なかなか打算的なメロンであった。


 (これは騙されていましたかな?)


 『熟した果実は男を惑わす』と言うことわざがある。

 エスコットは先人の体験談から生まれた教訓を実感しつつ、メロンに先程の問いかけを続けた。


「それで、左側はどんな人が入るのですかな?」

「ええとぉ、常連さんの中で大人しい人とか、果実が自分で問題ないと思った人とか、あとはあの人みたいな例外のお客さん?」

「ほう、なるほど。言われてみれば納得ですな。ところでキャサリンさん」

「はーい?」

「果実の産地は同じ都市内ですかな?」

「違う都市ですよぉ」

「売り上げ目標とかはあるのですかな?」

「都市ごとに違いますよぉ。第一宝珠都市なら、月に10回お客さんを連れてきて、50時間ほど商品紹介をすればおっけーでーす」

「ほほう。元々人間の側にあったシステムですかな?」

「よくわからないでーす」


 どうやらブドウ酒の燃料が尽きたようである。

 エスコットは自分の杯に注がれた酒を飲みつつ、白い旅人の言葉に聞き耳を立てた。


「ふー。やはりこの店の酒は良いな」

「ありがとうございます。旅の方、今回はどこまで行っていらしたのですか?」

「うむ。実は詳しくは言えないが目標を達成してな、今後は何人かと共に山脈の方で活動することになる」

「そうなのですか。山脈というとドラゴンの巣があって危険なのではないのですか?」

「しかしドラゴンから得られる物は多い。牙、爪、鱗、皮、骨……そして輝石、指輪の元となる竜核。だが竜を野放しにして輝石だけ集めるという手もある。いずれにしろあれは資源だ」

「でも、帝国領では消費ばかりですよね?」

「まさしくな。現状で人間の祝福上げを治癒師祈祷系だけにしか認めていない以上、減らせば減り続ける一方だ。……俺も補佐になったのだ。意見具申してみるかな」

「そうすると、人がカルマを上げるのも認めることになるのでしょうか?」

「そうだな。我々はいずれ継続可能なシステムを考えねばならん。後先を考えない馬鹿はあの馬鹿猪だけで十分だっ!」

「旅の方、料理が来ましたよ」

「むっ」


 専属の果実は、絶妙なタイミングで話題を逸らした。客の扱い方に馴れている。さすが専属であった。

 エスコットがその手際を盗み聞きしている間に、いつの間にか新たな客が入っていた。

 店の評判を探るには客の反応を見る必要がある。その客にも聞き耳を立ててみた。


「お客さん、そんなに高いお酒大丈夫ですかぁ?」

「ああ。俺は依頼を果たせなかったから1000で良いと言ったのだがな。先方が2000だと言い張った。結局間を取って1500で双方納得した」

「そのお酒、1本800Gですよぉ?」

「1500は1500Gではない」

「そうですかぁ」


 どうやら依頼を果たした冒険者のようだった。

 どこにでもある話だ。金を得たらいずれどこかで使う。使い切れずゴーストになってしまっては、もう置き捨てるしかない。


「500を家族に使っても1000余るからな。効果の高い装備を揃えてもまだ余る。おまけに無理に金を稼ぐ必要も、対抗して祝福を上げる必要もなくなった。さてどうしたものか……」

「国家に貢献するとか?」

「今までフリーだったからな。今更のような気もするが」

「結婚するとか?」

「あいにくと相手がいない」

「あたしとか?」

「桃と?」

「桃と」


 どうやら果実の販売交渉が行われているようだ。

 だが販売に見せかけた顧客獲得の手段かもしれない。商売とは騙し合いなのだ。大体若い時に損をして学ぶことになる。


 (実に面白いですなぁ)


 酔いが回ってきたエスコットの瞼が、次第に重くなっていった。






 ★☆★☆★☆★☆★☆






 エスコットは夢を見ていた。




 最初に見たのは、白と銀の獣人だった。


 二人は番いにして共に軍団長だった。

 皇女の両側に立ち、武と知とで皇女の道を支えていた。

 鋭い目つきの白の獣人と、自信に満ちた銀の獣人。そしてそれを満足そうに見守る皇女の姿が浮かび上がり、雪が溶けるかのように消えて行った。




 次に見たのは、黒と銀の獣人だった。


 二人は温かい家庭を築く夫婦だった。

 温和な夫に、少し気の強い妻が自分から気を引こうとちょっかいを出していた。

 妻は家庭に入っているようで、仕事に出る夫を少し心配そうに見守っていた。夫は妻を宥めながら自然体で仕事へと向かっていった。

 その風景は、次第に暗くなって見えなくなっていった。




 三度目に見たのは、人と銀の獣人の番いだった。


 銀の獣人は、今までより少し大人びて見えた。

 それは、とても不思議な光景だった。

 彼らはどこかの国の王城にいる。何やらピンク色の髪をした魔導士が二人に話しかけている。彼らが頷くと、視界が一気に跳んだ。

 跳んだ先はインサフ城だった。銀の獣人が、皇女と話をしている。

 …………皇女が頷いた。その瞬間、光景が歪んで消えて行った。




 最後に見たのは、自分の姿だった。なぜか隣に銀の獣人が居た。


 自分が自然に腕を出し、相手がその腕に自分の手を絡めてくる。

 違和感がまるでない。自分と彼女は恋人同士だった。

 反対者などいない。結婚とは当人同士の問題だ。アルテナに誓えばそれで成立する。ようするに意志の問題なのだ。

 横槍を入れる者は、その者の親であろうとも当事者同士の問題に責任をとれるのか。結婚を阻止しても、一生を共に歩むわけではない。籠の中に入れて責任を取れるわけがない。

 無責任な愚者は何人かいたが、オズバルド軍団長がそれら全てを一喝して黙らせてくれた。

 その光景も、夢と悟った瞬間に消えて行った。


 エスコットは夢から覚めようとしていた。

 これは自分の未来ではない。自分の未来はこれから自分で選ぶのだ。

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