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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
短編 リクエストシリーズ

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短編 トラファルガ奪還作戦 後篇

 先刻来、沢山の大型攻城兵器による激しい投石が、第四宝珠都市トラファルガの大門と防壁とに途切れることなく叩き付けられている。

 北、西、南の3ヵ所から繰り返される投石により、防壁上に配備されている射撃隊や一般兵が何十人も犠牲になっていた。

 空から降って来た岩の直撃を受けて顔を潰され、あるいは肋骨を折って臓器に刺さり、果ては防壁から弾き飛ばされて石畳の地面へと叩き落とされる。直撃を受けずとも跳ね返った岩に激突され、もしくは押し潰される。

 外傷性気胸、骨盤骨折、頭部外傷、全身打撲、血気胸……そして死亡。投石による犠牲者は時間経過と共に次々と増えていった。


 都市トラファルガ側に据付型の兵器は無い。人類が撤退する際に全て壊して行ったからだ。

 数少ない魔導師の魔法で投石の迎撃を試みたが、手数の差からとても全ては防ぎきれなかった。

 それどころか、敵の攻撃を防ごうとしていた魔導師が2人立て続けに直撃を受けて死に、その時点で第五軍団長である殺戮のバルテルが我慢の限界を超えた。


「ガスパール軍団長。俺の軍団は攻めるぞ!」


 第五軍団長・殺戮のバルテルと、第四軍団長・金狼のガスパールは同格だ。

 祝福数ではバルテルが92でガスパールが95と多少の差があるが、二人は同じ9階位。身分も軍団長同士であり、どちらか一方が相手を命令できる立場には無い。

 相手の岩が尽きるのを待てばいいのだが、それではいずれ岩を補充されてまた同じように攻められるだろう。

 バルテルの行動は短絡的だが間違いとも言えない。と、ガスパールは判断した。


「……止めても無駄か。ならば北にしろ」

「何故だ?」

「西に展開しているのは敵の中央軍だ。それでは北と南の両側から挟撃を受ける。そして南に向かえば、乱戦になったときに退路が無い。だが北ならば、そのまま敵を突破して大街道から味方の勢力圏へ北上できる」

「逃げる?金狼ともあろう者が、消極的に過ぎるぞ!」

「ならば敵を突破して背後に展開し、トラファルガの我々と呼応して敵を挟み撃ちにすれば良い。敵を撃滅できるだろう」

「それだ!それがいい!」


 そう納得して都市防壁から飛び降りたバルテルは、満面の笑みで都市内に待機させている自分の軍団の元へと走っていった。

 バルテルは気性が荒い。と、ガスパールは思った。


 (虎の獣人だからか?)


 一瞬そう考え、ガスパールはあっさりと否定した。


 (うちの大隊長たちも気性が荒かったな。イルヴァなど敵を倒すのではなく首を狩ることを主目的にしている節がある。ヴァルターも自分のダメージを無視した大立ち回りだ。今のうちに指導しておかぬと、将来バルテルのように成長されても困るな)


 ガスパールには考えなければならない事が沢山ある。

 まずは攻城兵器の対策だ。


 (今回は間に合わぬが、今後は後方の占領都市から奪った兵器を前線へ移動させるべきだな。戦線が進むごとに移動させる仕組みを作らねばならぬか?取り外し作業を支配した人間に任せても大丈夫か?いずれは獣人ができるように学ばせねばならぬな)


 物事を考える軍団長があまりに少ないのではないか。と、ガスパールは思った。

 最近は、そういう役周りがガスパールのところに特に集中している。

 皇女の直属軍団と一緒に行動していればガスパールが考えずとも本営で全てを手配してくれた。

 だが、戦線が延びて各軍団が分散し始めてからは軍団長の役目が増えてきた。

 軍団長ともなれば大祝福3という圧倒的な力を持ち、大抵の物事はそれで解決出来るために思考を御座なりにしがちだ。

 要するにバルテル軍団長はあまり考えない。もう一人、トラファルガに居るアロイージオ軍団長も種族特性が強すぎて、思考するのが苦手だ。

 だが、不平を鳴らしても事態の解決にはなんら寄与しない。


 (地道に育てていくしかないな)


 ガスパールはそう決意した。

 そして今まさに大門を開けようとするバルテルを一瞬だけ見て、先程から無言で二人の様子を見ていたもう一人のアロイージオ軍団長にも声を掛けた。


「アロイージオ軍団長、すまんが南の敵右翼を頼めるか?オレは敵中央を牽制する」

「何をすればいい?」

「敵を浚って上空へと舞い上がり、そこから敵を投げ落としてくれ。それを繰り返して、落とされる者の悲鳴で敵を怯えさせてくれ。派手である程良い」

「承知」


 アロイージオ軍団長が策を理解した事を確認すると、ガスパールは自らも号令をかけた。


「第四軍団、西に展開する敵中央部隊をけん制する。さし当たって第五軍団が北側の敵を突破するまでで良い。撤退ではオレが最後尾を守る。出撃!」


 


 


 Ep04-32


 


 


 殺戮のバルテル率いる第五軍団がトラファルガの大門から出撃した事は、人類連合軍の各司令官に即座に報告された。


「フェルナン殿下、敵が動き出しました!進路、我らの左翼!」

「左翼全軍に緊急通達、二頭蛇の陣形へ」

「了解。左翼軍、中央は後退せよ!両翼は前進せよ!」


 そのうちの一つ、左翼全軍を指揮するベイル王国のフェルナン皇太子は近衛騎士からの報告を受けてすぐさま予定陣形への変更を命じた。


「中央は後退。第一騎士連隊、ゆっくりと後退せよ!弩兵隊、水平射撃準備!」

「右翼の第二騎士連隊は微速前進、敵に狙われないように進め!」

「左翼のハザノス王国軍も微速前進せよ」


 左翼のベイル・ハザノス連合軍は、横に大きく広げていた陣形を少しずつU陣形へと変化させ始めた。

 殺戮のバルテルはその動きを見定めたが、結局部隊に突撃を指示した。


「進め!敵は中央が薄いぞ!突き進んでぶち破れ!」


 そう言い捨てて、自らは一気に駆け抜ける。


「「左翼全軍、撃て!」」


 その号令と共に、数千の矢がバルテルへと目掛けて突き進んで来た。

 無数の矢の尖端が黒く輝く。その大半が毒矢だ。だがバルテルは嬉しそうに笑って、高く跳び上がった。


「くあはははぁっ!」


 バルテルは探索者戦闘系の祝福92だ。

 速度と身軽さは全冒険者中最速であり、バルテルはその力を以って水平に打ち込まれた全ての矢を高く飛び越えて避け、左翼の中心部へと一気に襲いかかった。


「ははははははあっ!」

「うがああっ」「ぐぁああっ」


 バルテルの両手から伸びる二本のフリッサという片刃の直刀が、目にも止まらぬ速さで踊り出して周囲の騎士たちの身体を切り刻んで行く。

 風を切る音と騎士たちの悲鳴とが、血飛沫に彩られてバルテルの視界を心地よく流れていった。

 だが人類連合軍は、軍団長による被害を受ける事は想定済みだ。むしろ大きく飛び込んできてくれて、最大のチャンスが訪れたと言えた。

 フェルナンは作戦の第二段階を指示した。


「両翼へ緊急命令!直ちに口を閉じろ!」

「青色信号弾撃て!」

 『ブルーライトスコール』『ブルーライトスコール』


 その指示を受けた右翼の第二騎士連隊と左翼のハザノス王国軍は、バルテルの通った道を塞ごうと、中央へ向き直って突撃を開始した。


「行け行け行けっ!騎兵隊は先行しろ!敵軍団長を円陣で包囲しろ!後続の部隊を円の中に入れるなっ!」

「ハザノス軍突撃開始!弩兵隊は直ちに目標を敵軍団へ切り替えろ。準備出来次第命令を待たずに撃て!」


 二頭蛇は胴体部分で殺戮のバルテルを受け止め、その間に2つの頭で円を描くようにバルテルを包み込んで行った。

 そして作戦は第三段階へと移行する。6頭の騎馬隊が、南から勢い良く駆けて来た。


「中央のインサフ帝国軍より、特別編成パーティが到着します!」

「右翼後方隊、すぐさま東西に分かれて特別隊への道を開けろ!」


 6頭の騎馬隊は速度を落とさずにバルテルへと向かって真っ直ぐに突き進み、全員がランスの尖端をバルテルへと向けた。

 バルテルは周囲を見渡し、まず自分の軍団は問題ないと判断した。

 揮下の第五軍団は、軍団長である自分と切り離されただけである。軍団には大隊長たちが4人も居て、陣形も伸びてはいるが統制を保っている。

 部下は危機ではない。そして自分は、殺戮のバルテルである。


「うわあああっ!?」


 バルテルはすばやく騎士の1人を掴んで、その身体をそのまま敵に投げつけた。

 そして騎士の群れの中に割って割って入ると、手近の騎士を掴み、あるいは蹴り飛ばしながら騎馬隊の前に転がして次々と人の壁を作っていった。


「馬から降りろ。騎士たちは下がれ!」


 まさか味方の騎士たちを馬で踏みつぶし、あるいはランスで貫いて進むわけにもいかない。

 特別編成パーティのリーダーを務めるインサフ帝国のアリオスト大騎士団長はそう指示し、6人はバルテルを囲むように馬を移動させると降りて各々の武器を構えた。


「これは、思った以上に足手まといだったね!」


 メルネスの眼前では、バルテルのフリッサで腹部を貫かれた騎士が宙へ高々と掲げられ、喘ぎ呼吸に薄目という瀕死の状態でメルネスたちを見ていた。


「すまぬが犠牲は織り込み済みだ。代わりにバルテルを殺す。許せ!」


 ハザノス王国のエンシナル大騎士団長がそう告げ、騎士はわずかに頷いた。

 その頷きを見たバルテルは、腹部をフリッサで貫いていた騎士の首をもう一本のフリッサで刎ねた。

 そして騎士を振り払って投げ捨てると、フリッサを振って付着していた血をすばやく払いながら自分を囲む6人の冒険者を観察し、いきなりブランケンハイム大治癒師へと襲いかかった。


 バルテルの動きを慌てて大騎士団長たちが追い掛けるが、バルテルは彼らに追いつかれるよりも早く大治癒師の左右からフリッサを交互に何度も叩き付け、アッサリと無効化スキルを打ち消して大治癒師の両腕を直刀で抉った。

 大治癒師も剣で応戦したが、彼は大祝福1台で戦士から治癒師へと転職している。両者の力量には差がありすぎ、バルテルの猛攻をブランケンハイムはとても防ぎきれなかった。

 バルテルは大治癒師の両腕を何度か刻んだ後、大治癒師の頭上を飛び越えて後ろから迫る大騎士団長たちの追い打ちを防ぐと、そのまま大治癒師を背中から更に斬りつけようとした。

 その刹那、探索者バインリヒがヴォウジェと言う多機能槍でバルテルにすばやく横槍を入れた。

 バインリヒは全力の一撃で突き、それを避けたバルテルの身体を槍の刀身で追いかけて斬りつけ、槍を裏返して槍の背に取り付けられた鉤爪でバルテルを引っ掻けて、引き戻す動作で引っ張った。

 バルテルは身体を前に出すと同時に右手のフリッサで力強く槍を弾いて、脇腹に引っ掛けられた鉤爪を弾くと、左手のフリッサでバインリヒへと襲い掛かった。

 バインリヒは後ろに飛びずさると同時に槍も引き、バルテルの左のフリッサに槍を合わせながら後ろの大騎士団長たちの下へとバルテルを引き込んだ。

 その間に大治癒師は前に転がるように飛んで逃げた。その空間はアリオストやメルネスらがすぐに埋めた。

 バルテルは右手のフリッサを水平に振るい、同時に左手のフリッサを垂直に振るって敵に牽制を行った。

 彼らは強敵だった。

 バルテルは痛む脇腹に顔をしかめながら、フリッサを構えて敵を睨み付けた。


 


 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 


 


「バルテル軍団長っ」

「アバルキン、ボガトフ、お前らの大隊は、軍団長直属の大隊も率いて3個大隊で敵の円陣を正面から突破しろっ!」

「ガラノス、お前はどうする気だ!?」

「俺はエギルの大隊と共に、敵左翼の総司令官を殺す。あれだ!円陣の外側にわずかな騎士と共に居る奴らだ!兵士を並走させて盾にしながら、円陣を南から時計回りに迂回する。総司令官を殺したら、そこから円陣を突破してお前たちと合流する」

「よし、分かった!アバルキン大隊、獣人戦士は中央へ集結せよ!」

「ボガトフ大隊もだ!兵士は左右を守れ!」


 バルテル揮下の5個大隊は2つに分かれた。

 3個大隊は、バルテルの退路を断っていたベイル王国の第二騎士連隊と、ハザノス王国軍とに襲いかかっていった。

 一方2個大隊は、人類連合の左翼で作った大きな円を南側から時計回りに迂回してフェルナン皇太子の直営部隊へと突き進み始めた。


「フェルナン皇太子、危険です!お逃げ下さい」

「何を馬鹿な、敵は南から来る。北は敵の支配地。西は瘴気の森。そして東はメルネスらが殺戮のバルテルを倒そうとしている。邪魔は出来ん」

「ですが!」

「円陣は崩さず、直営部隊と近衛騎士隊と兵士で支えろ。兵士は数千も居るだろう!」

「ではせめて北側へお下がりください!我らの奮戦を殿下にご覧頂きたく!」

「……よし、頼むぞ」


 人類連合の左翼部隊と獣人第五軍団が攻防を繰り広げる間、中央のインサフ帝国軍は金狼のガスパール率いる第四軍団と僅かに鉾を交えていた。

 インサフ帝国軍は第四軍団に動きを封じられていたと言って良い。

 北へ向かおうとすれば第四軍が攻めて来て、第四軍へ向かえば彼らはトラファルガへと後退する。やがて獣人一般兵は完全に下がり、速度の速い獣人戦士ばかりが出てくるようになった。速度で翻弄され、まるで埒が明かない。

 だが、金狼のガスパールと言う極めて危険な敵が正面に立ちはだかっており、加えて対軍団長用の特別編成パーティは最初に出撃した第五軍へと向かって北へ移動してしまった為、彼らは金狼に引き摺られるままに軍を動かすしか無かった。


 一方、南を受け持っていたディボー・ラクマイア連合軍に至ってはもっと悲惨だった。

 アロイージオは遥か上空から急降下し、一番最初にディボー王国の大騎士団長を掴んで飛びあがってしまった。

 もちろんアロイージオが敵の総司令官を最初に狙っただけだが、総司令官を上空から投げ落されて殺された右翼部隊は大きく混乱した。

 その後もアロイージオは指揮官を狙って急降下と急上昇を繰り返し、右翼は大混乱に陥ってしまった。

 そのような戦況の中で左翼軍は味方の救援を得られず、ついに3個大隊に円陣を崩されてしまった。


 敵大隊長が突入してくる。

 その状況に、探索者バインリヒが突破口を開いた。

 バインリヒは多機能槍のヴォウジェを構えると、敵大隊長ではなく殺戮のバルテルへと特攻した。


「早まるな!」

「くそっ!」


 アリオストとメルネスが殺戮のバルテルに向かい、エンシナルとヴィレムは向かってくる大隊長たちを押さえに走った。

 バルテルは迫ってくる探索者バインリヒから逃れようと素早く後ろに飛んだ。だがバインリヒはヴォウジェを裏返しながら伸ばして、鉤爪をバルテルに引っかけようと上から勢いよく叩き付けた。

 多機能槍が構えられたフリッサを弾き、そのまま勢いが止まらずにバルテルの身体へと叩きつけられた。そして多機能槍は勢い良く手前へと引かれる。


 そんな事をすれば、槍を引いている無防備な者が、武器を持った眼前の軍団長に何をされるか想像に難くない。

 バルテルは自分の肩に突き刺さったヴォウジェを引き寄せようとする相手の力に逆らわず、自ら地面を蹴って前に飛び、2本のフリッサを構えてそのままバインリヒの身体を貫かんと図った。

 一方、バインリヒは右手で多機能槍のヴォウジェを引き寄せつつ、左手で腰のショートソードを引き抜いた。

 そしてバルテルの右手のフリッサをショートソードで受け、左手のフリッサを自身の右手で刺されながらも受け止め、歯を食いしばりながらバルテルの身体を抑えようと図った。


 『暗殺』


 その意図を見たバルテルは、スキルを使った。

 左手のフリッサで探索者バインリヒの右前腕骨を断ち、そのまま突き抜けて右肩を貫いた。

 身体を回転させた勢いは止まらず、そのまま回転しながら右から来たメルネスの剣を右手のフリッサで弾き、さらに回って左から来たアリオストの身体をバインリヒから引き抜いた左のフリッサで斬り付けた。

 そしてアリオストへ向かって前に飛ぶ。自由になった両手のフリッサを振り回し、アリオストの身体を左右から次々と削る。


 『暗殺』

 『剛断』


 探索者バインリヒが大地へと崩れ落ちる中、バルテルとアリオストのスキルが互いを削り合った。

 バルテルの右のフリッサはアリオストの喉を突き、左のフリッサはアリオストの剣を防ごうと図って弾かれた。

 一方アリオストの剣はバルテルの左のフリッサを弾き、そのままバルテルの胸板を抉った。

 そこにメルネスが背後から攻撃を仕掛ける。

 バルテルはアリオストの喉に刺さったフリッサを引き抜き、メルネスを斬りつけようと図った。

 右のフリッサがメルネスの腹を貫き、メルネスのナイトソードがバルテルの脇腹を貫き、左のフリッサが……倒れていたはずの探索者バインリヒによって左腕ごと抱え込まれた。


「ぬおおおっ!?」


 バルテルは探索者バインリヒを蹴るが、バインリヒは抱え込んだ左手を離さない。

 メルネスはその隙にバルテルの脇腹からナイトソードを引き抜いてバルテルをさらに斬り付け、バルテルは探索者バインリヒを右のフリッサで背中から突き刺し、次いでメルネスの身体を刻み始めた。

 バルテルとメルネスは共に致命傷を負いながらも、お互いに何度も斬り付け、抉り、そして自分が動ける限り相手を貫き続けた。

 そしてバルテルが「自分が致命傷を受けた」と判断して剣筋が粗くなった瞬間、メルネスはバルテルの喉にナイトソードの剣先を差し込む事に成功した。


「がはぁ……」


 バルテルが倒れていくのを見届けながら、メルネスはナイトソードを手放した。

 メルネスには、もはや剣を引き抜く力さえも残ってはいない。

 バルテルにしがみ付いて背中からフリッサを突き立てられたバインリヒが倒れるのとほぼ同時に、メルネスも地面へと倒れ込んだ。

 メルネスは無意識に頭を上げ、肩から落ちた。

 だがそれは無意味な行為だった。バルテルに体中を刻まれたメルネスは、身体の数か所それぞれが致命傷だった。全て治さなければ死んでしまう。いや、もう死を待つばかりだ。


「……アクス卿」

「なんだい」


 同じく瀕死のバインリヒが、メルネスに呼び掛けた。

 メルネスは彼が遺言でも言いたいのだろうかと思い、自身も瀕死である事はとりあえず横に置いてバインリヒの話を聞いてやる事にした。

 だが、バインリヒの口からは予想外の言葉が出て来た。


「……バルテルが装備していた指輪は【転姿停止の指輪(効果・年齢∞-6歳)】だ」

「何だって?」

「掴んでいた左手に、鑑定のスキルを使った。-6歳の効果がある転姿停滞に似ているが、竜核に溜め込んでいる力が尋常ではない。最上位竜だ。これは……消費するよりも引き寄せる力の方が強い。外せば-3歳に落ちるだろうが、装着者は永遠に保つぞ」

「……それは本当かい?」

「ああ。もし他の軍団長も同じような物を持っているとなると、人類は……」


 もし軍団長達に年齢による脱落が無いとすれば、人類は指輪を持つ全ての軍団長を倒さなければならない。

 これほどの犠牲を出してようやく1人だ。だが軍団長は何人も居る。


「最後に嫌な事を聞いたね……」


 バインリヒは既に事切れていた。

 メルネスは自分の元へと向かってくるブランケンハイム大治癒師を横たわりながら眺め、もう自分も助からないであろうと判断した。

 周囲からは「フェルナン皇太子が戦死した」という声が聞こえてくる。


「フェルナン皇太子が戦死して、ボクも戦死……ベイル王国軍は大混乱か」


 人類連合の左翼軍と、バルテルの第五軍団は共に指揮官を失って消耗戦になっていた。

 いや、もはや消滅戦と言うべきだろうか。両軍は指揮官からの命令も得られず、その場でどちらかの人数が0になるまで互いに潰し合っている。

 自分の腕を治した大治癒師が、メルネスへの治療を開始した。


 『単体治癒ステージ3』


 白い光がメルネスの腹部を覆うが、メルネスは負傷の度合いが酷過ぎる。助からないなら、必要な事を伝達しなければならない。


「ねぇ、マルセル」

「……なんだ!?」


 メルネスは、バインリヒが言っていた事をそのまま伝えた。


「容易には信じがたいが……」

「死んだバインリヒが、死にかけの僕にわざわざそんな嘘を付く理由はあるのかな?」

「無いな」


 伝わった。

 そう安堵した瞬間、メルネスの思考が飛び始めた。


「メルネス、しっかりしろ。メルネス大騎士団長っ!」


 もうメルネスに出来そうな事は、大治癒師を逃がしてやる事だけだった。


「……一つ提案があるんだけどね、マルセル」

「なんだっ!?」

「今すぐボクへの治癒を止めて、そこに転がっている第五軍団長の指輪を剥いで、西に逃げるんだ」

「馬鹿を言うなっ。このまま死なれると、ステージ2の蘇生魔法でも復活させられなくなる。生きている間にあと4回も治癒をかければ、お前はなんとか助かる」

「もう、そんなマナは無いよね?せめて事前にマナ回復薬を飲んでおくんだったね。ほら、金狼軍が迫ってきている。早く行きなよ」

「くっ、分断して襲ったはずだったのに」


 振り返ってみれば、悪くない人生だった。

 メルネスはここで死ぬが、妻と娘はアクス一族として手厚く遇されるので何も心配いらない。

 当主に関しては、それなりに数のいるアクス一族の中から最も祝福の高い者が選ばれるので、メルネスが心配する事は何もない。メルネスは頭二つから三つほど飛び抜けていたが、自分が居なければ居ないで別の誰かが就任するだけだ。

 そこまで考えて、メルネスは失敗に気付いた。

 フェルナン皇太子だ。彼にも娘が居る。

 2番目の妻から産まれた1人娘だ。

 フェルナン皇太子の1番目の妻はオルコット侯爵の娘で、フェルナン皇太子が死んだ以上は彼女も侯爵家に帰るだろうが、今後オルコット侯爵家はアンジェリカ王孫女にあまり良い顔はしないだろう。

 今、2歳だったか。

 彼女が、王国の唯一の後継者となる。


 (……ああ、これはご先祖さまたちに顔向けが出来ないね)


 自分が居れば手伝ってやれる。

 アクス伯爵ならば、ベイル王国貴族の中でも最大の発言権を持ち、概ね意向通りにしてやれる。

 だが次のアクス伯爵は、アンジェリカ王孫女を手伝うだろうか。

 メルネスの父であった先代の伯爵を死なせ、続けてメルネスも死なせ、そのまま素直に従うだろうか……。

 考えれば考える程に未練が湧いてくる。そして悟った。


 (どうやら僕は、このままでは成仏できないらしいね。でもアンデッドになるのは困るな)


 大治癒師の脱出を見送り、敵の第四軍団が近づいてくる音を聞きながら、メルネスの思考は次第に闇へと閉ざされていった。

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