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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第一巻 フロイデンの一夜(11話+エピローグ) 物語導入編
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第06話 獣人との決別

 俺はこの良く分からない世界に、ジャポーンで収集した武器も防具も高度なアイテムも、家も家族も仲間も何一つ持っては来られなかった。

 前者は神々の加護を受けた物ばかりであり、神々に反抗した俺は持って来られなかったのだろう。そして後者は、そもそも俺の所有物ではない。

 精々ジャポーンで流行りのウニクーロの服を着て来られたくらいだ。


 (お前には神々の加護が無かったのか?ウニクーロの服よ)


 いや、靴など一般的な物もそのままだったので、それらにも神々の加護が無かったのだろう。ウニクーロは悪くない。

 俺がジャポーンで収集した武具や高度なアイテムなどの財産は、ここへの片道旅行の手数料がわりと思う事にした。神々の理想郷を拒否した手間賃だ。少なくとも、行きたくない世界には行かずに済んだ。

 ここに持って来られたのは、俺自身だけだった。そしてジャポーンで身に付けた能力やスキルは、俺自身に含まれる。


 そう、スキルは確かに10個あった。

 ジャポーンで使っていた探索者のスキル5個と、治癒師のスキル5個。

 俺の右手と左手に、確かに残っている。


 右手には親指から順番に、剥ぎ取り・鑑定・探索・離脱・暗殺。

 これらは探索者として、大祝福2祝福16までの間に得たものだ。


 左手には親指から順番に、単体回復ステージ4・全体回復ステージ3・全体状態回復・蘇生ステージ3・全種攻撃無効化ステージ2。

 こちらは治癒師として、大祝福3祝福5までの間に得たものだ。


 目指していたのは、俺1人で全てをフォローできるサポーターだ。

 冒険者の駆け出しが困っていた際、そいつの周りに俺しか居なくても解決できる状態を目指した。

 俺の攻撃力だけを見ると、探索者戦闘系の時に大祝福を2回受けた状態よりも若干劣る。さらに攻撃系のスキルも、まともなものは一つも持っていない。

 だが、俺の攻撃で手に負えない相手は、そもそも駆け出し冒険者が戦う相手では無い。そいつらは即刻回れ右をして、祝福を上げてから出直すべきだろう。

 探索者系のスキルは、剥ぎ取りでアイテムやモンスターの戦利品を獲得し、鑑定でアイテムを選別し、探索でダンジョンの宝などを探し、離脱で脱出し、暗殺で仕留める。

 冒険に必要なスキルはこれだけで良く、あとは装備と経験でカバーした。それに俺は、カバーできない事は殆どしなかった。

 治癒師系のスキルは、単独だろうと複数だろうと回復し、状態異常を起こしても治し、ミスって死んでも蘇生し、活躍したければそいつへのダメージを打ち消して気楽に応援する。

 駆け出しのサポートに特化した俺は、純粋に強さを求めた奴に比べると弱かったが、オールマイティにサポートできた。

 いや、祝福を上げまくったから、大抵はなんとかなったんだが。


 今、左手の指先が、俺の無意識の意志を反映してピクピクと動いた。

 リカラさんなら、迷わず破壊魔法で攻撃していったただろう。

 そんなあの人の真っ直ぐさが好きだった。

 だが俺は、相手の心を理解してフォローするスタイルをずっと続けた。理解すれば、相手が心の外に出さない内面が見えてくる。

 俺はこの世界の事を何も知らない。そして、イケメーン狐の獣人さんが決して悪ではない事を、この世界で何よりも先に知った。


 だから俺は、左手の指を動かさなかった。ただ黙って、目の前の光景を見詰めていた。


 




 Ep01-06




 


「……ぅうあああああっ」

「痛い……痛い……」


 ハインツの目の前には正視しがたい光景が広がっていた。

 人災ほど人に対して的確に嫌な損傷を与える行為はないのだ。

 だが指は押さえられて隠れて見えない。倒れている死体はギョッとするが、そちらの顔はなるべく見ないようにした。

 ハインツは、もう少し耐えようと思った。なぜならジャポーン人だからだ。ジャポーン人の我慢強さには定評がある。


「状況を報告せよ」


 ハインツをここまで連れてきた獣人の副長が、周囲の獣人たちに大きな声をかけた。すると集団の中から、装備の良い獣人が3人慌てて出てきて副長に報告を行った。


「報告します。分隊20名は指示された目標を確認、攻撃を行いました。目標139名のうち、最優先目標の治安騎士3名を殺害、紛れていた冒険者2名も無力化。指揮をしていた教師、抵抗者、逃亡者は殺害。降伏した者は順次『処理』をしております」

「大河上流の不確定要素を『排除せよ』に対し、『のんびり処理』か?まあそんな事だろうと思ったがな。降伏を受け入れたのなら排除は中止だ。速やかに作業を終わらせろ」

「はっ。全員、速やかに作業を終わらせろ。終わり次第撤収する」

「「「はっ!」」」


 こいつらは、何をしていたのだろうか?とハインツは思った。

 つまり意図の理解。彼らは軍隊として組織的に行動している。その行動にはきちんと意味がある。でもどんな意味が?

 ハインツは、無言でイケメーン狐の獣人を見た。


「そんな顔をするな。戦争をしている。お前の記憶に戦争は無いのか?」

「いえ、戦争はジャポーンにもありました。戦費を負担するのも役割分担です。大義名分の大量破壊兵器がなかった国のセ・キーユを、戦後に戦争参加国の企業だけで分配して、知らないとは言えません。だってジャポーン人は、お米が大好きですもの」

「そんな国は無い」

「はい、記憶が混乱しているようです」


 戦争。

 嫌な言葉だったが、ハインツは同時に納得もした。資源の獲得もしくは思想の対立だ。どちらも生物としての生存本能に根差している。争いを止めようがない。それに戦争の原因が何なのかも分からない。

 知らないのに言うべきではないだろう。

 ジャポーンにおいても、患者さんに絶対振ってはいけない2大禁止ワードは政治と野球だ。逆に基本として振るワード、季節と天気。


「今日は暑かったですね!」

「突然どうした!?」


 但し、タイミングが重要である。


「概念が分かれば良い。これは戦争だ。指を落とすのは、武器やスキルを使えなくするため、労働力を低下させるため、そして貴重な治癒薬を消費させるためでもある。もう再生治療薬は殆ど無いはずだがな。いずれにしても、数に制限がある冒険者を殺さず無能にしておけば、それだけ戦争を優位に進められて早期に終結させられる。早期終結とは何か分かるか?」

「お米さんが、減芝九段を使って戦争を早期に終結させるようなものですか」

「そんな国は無い」

「はい、記憶が混乱しているようです。今日は暑かったですね!」

「それはさっき聞いた」


 世の中にはいろいろなフィクションがある。ハインツはきっとまだ混乱しているのだろう。

 だが同時にハインツは、獣人の副長から無視しえない言葉を聞きとった。『再生治療薬は殆ど無い』と。

 ジャポーンでは、露店でまとめ売りされていた。在庫はいっぱいあって、バーゲンセールなんかもされていた。大根を買うと、おまけに1本付けてくれた。

 嘘である。そこまで安くない。だが、在庫が切れた事は無かったはずだ。

 だからハインツの治癒魔法は、ハインツが居なくても金さえあれば代替えの効くものだった。


「再生治療薬が無いと言う事は、蘇生薬なんかも無いんでしょうか?」

「ステージ1の蘇生薬か、ステージ1の蘇生魔法が使える治癒師が精々だな。戦死者に使えるようなステージ2以上の蘇生薬なんて一つも残っていないだろう。ステージ2の復活が出来る治癒師ならリーランド帝国に1人いるらしいが、他は聞かんな」

 (ああ……)


 ハインツは、かなり慎重になる必要を感じた。

 戦争をしているのならば、ステージ4の治癒やステージ3の蘇生の力を知られると、人と獣人どちらの陣営に行っても戦争に巻き込まれる。

 自分が癒した相手はどうする?また誰かを殺しに行く。そう言う事をしたくて活動をしてきたのではない。

 そもそも『冒険者として夢や希望を持って駆け出した新人たち』に対する小さな後押しをしたかったのだ。神々の世界で天地創造とかもやりたくないが、戦争で蘇生マシーンとかも絶対にやりたくない。だから知られる訳にはいかない。


「獣人帝国では、人はどんな扱いなんですか?まさか奴隷とかっ!?」

「なんだ?その奴隷というのは」

「ええと、確か……鎖で繋いだり、首輪を付けたり、奴隷の証の刺青を彫ったりして、逆らったら鞭で叩いたりして言う事を聞かせる?」

「ばかなっ!なんていう恐ろしい発想だ……!!」

「……えっ?」

「そんな残忍な種族はすぐに滅ぼさねばならん・・・おお、我らが神よ」

「うえぇぇっ!?」


 ジャポーンにはあった制度だ。

 ハインツはそういう文献を読んだ事がある。小説……もう!とかいう文献だ。可愛い女奴隷が出てきた……ような気がする。同じように読んでいる人達も沢山居たはずだ。すごく人気だった。みんな大好き女奴隷。いつか買いたい女奴隷。


 (……あのサイト、獣人と遭遇したら真っ先に滅ぼされるな)


 しかし声は届かない。ここはジャポーンでは無かった。


「獣人帝国において人は、従業員や作業員、店の経営もできるが、獣人を使う事は出来んな。獣人の下だ。あと、冒険者は祝福を上げることが禁じられている。上げて良いのは治癒師祈祷系・・・つまりアルテナの神官のみ。アルテナの神宝珠に祈らせる。国は豊かでなくてはならない」

「ええと、はい。ニートとかは存在できます?」

「なんだ、そのニートと言うのは?帝国にどう貢献するのだ?」

「働かない事で誰かの働き口が一つ確保でき……ええと、やっぱり良いです」


 兎も角も、どちらに行くかは決まった。つまりあんまり働きたくないでござる。


「はあっ……」


 ハインツは、一つため息をついた。

 いや、溜息ではなく深呼吸と言うべきだろうか。気持ちを入れ替える。考え方を切り替える。そういう意味を込めて。


「色々教えて頂いてありがとうございました」

「ふむ、目の色が変わったな。わりと賢そうだと思ったのだが……ん?ここに来る途中で、冒険者登録証について詳しく聞いてきたな。お前は祝福を受けていたのか?なんだ、黙っていれば、バレなかったのだがな」

「いえ、働いたら負けですし。猫耳娘に支配されるのとかはちょっとだけ興味ありますけど、人間がいいなって。すみませんが」

「そうか」


 ピュルルルルルルルッ 

 副長は警笛を吹き鳴らした。

 彼らの敵が、人類の冒険者が目の前に現れたのだ。ならば倒さなければならない。

 副長の左右に居た獣人冒険者たちが素早く武器を抜き放つ。同時に中等生に対する作業を行っていた獣人達も振り返ってハインツを見て構えた。

 次いで副長は振りかざした剣を突然正面に向き変え、いきなり鋭い突きを放って襲いかかってきた。合図も何もない。そこには容赦のない殺意だけがあった。


「つぁあっ!」

「おっと」


 ハインツは、その剣先を柳の様に体を揺らして素早く避けた。

 肌には空を切る風が流れて行く。身体がジャポーンで祝福を受けていた頃のように軽やかに動く。

 ハインツは鋭い突きを簡単に避けつつ、そのまま懐に入ってきた副長に対し、右手の拳を握りしめて思いっきり殴りつけた。


「がふっ」


 当てたのは下顎。脳震盪を狙ったが、それが失敗しても別にかまわないとばかりに、そのまま副長の喉まで力いっぱい殴り付ける。

 副長が体を大きく仰け反らせるが、ハインツは構わずそのまま蹴り飛ばした。左右から残る獣人が迫って来ている。1人を相手にいつまでものんびりと構っている暇はない。

 左右の獣人達も冒険者で、その速度は並の獣人など軽く凌駕した。だが副長程の速度では無かった。

 ハインツは、まず迫ってきたライオンの方に向かい、その上段から振り下ろされる剣を半身を引いて避け、隙だらけに見える腹を力いっぱい殴り付けた。


「たぁっ!」


 ハインツの拳がライオンの腹に突きささり、ライオンはうめき声を上げて身体をくの字に曲げた。

 身体を曲げたライオンの首筋を、ハインツはさらに殴り付けた。そのハインツのその後ろから、青白い狼が迫ってくる。

 ハインツは青白狼の攻撃を予測して地面を蹴りながら前方に飛んで避け、そこから180度向き直って、さらに地面を強く蹴って青白狼に突撃した。

 剣を振り終わった青白狼の右手と襟元を掴み、背負い投げで地面に叩きつける。

 青白狼はゴンッと言う音を上げて頭から地面に落ち、動かなくなった。


「…………」


 案内をしてくれた3人の獣人が動かなくなった。

 ハインツは無言で青白狼の剣を奪い、ライオンの方に走り寄って後首に剣を突き立てた。


「がぁあぁ」


 断末魔がハインツの耳を通り過ぎて行く。

 ハインツは次いで、既に動かない青白狼の首にも剣を突き立てた。

 復活マシーンにはなりたくないとは言っても、戦い自体を否定しているわけではまったくない。

 ハインツも資源が欲しいし、豊かに暮らしたいと思っている。飢えているのに自分の食糧を差し出すような自己犠牲はしない。自己満足をするだけだ。この辺はあまりジャポーン人らしくないかもしれない。

 だから、ハインツはリカラに憧れたのだ。

 ハインツはあんなに真っ直ぐにはなれないと思った。眩しいと思ったのだ。

 ハインツは、副長にはトドメを刺さなかった。リカラを思い出すと、どうしてもリアリストに成り切れなかった。

 狼の剣を捨ててライオンの方の剣を拾った。血糊が付いておらず、刀身が長くて幅広で、さらに使い易そうだったのだ。

 残る20人に対して、こちらの方が良いと思った。


「敵!敵だ!人間の冒険者だ!」

「相手は何人だっ!?」

「1人だ!やっちまえ!」

「いやあああああぁっ!」


 ハインツの攻撃に対応するために獣人側が目を離した刹那、中等生たちが雪崩のように次々と逃げ始めた。


「イケメーン狐さんと話し過ぎたなぁ。とっても倒しにくい。てか街に行きたい。ご飯食べたい。ベッドで寝たい。木の枝と葉っぱは少しだけ寒い。イケメーン狐さん、起きたら逃げてくれよ~」


 ハインツは、ライオンから奪った剣を迫って来た1匹の獣人の頭に叩き付けながら、地面に転がっている副長に対して逃げてくれよと一応声を掛けた。

 副長とは話し過ぎて、剣を突き立てる気にはなれなかったのだ。だが、他の獣人に遠慮する理由は特にない。

 キャンプ側に居た3人の獣人冒険者に対して、自分から走り出した。


「ぐぎぁああっ」

「ごほっ」

「ぎゃああっ」


 ハインツが無言で剣を振るうたびに、獣人冒険者がアッサリと倒れる。力の差が大きい。つまり祝福の差が大きい。ハインツは攻撃を受けて地面に転がる獣人に対し、容赦なくトドメを刺した。刺し終われば、また新しい敵に向かう。

 獣人一般兵に至っては、まるでスローモーションを見ているかのようにじっくりとその動きを追う事が出来た。雑草でも刈るかのように次々と倒し続けてる。相手の武器を容易く避け、隙だらけの相手の体には的確に剣を叩き込んだ。


「強いぞ!どうするっ!?」

「馬鹿野郎、取り囲め!」

「こいつ早すぎる!」

「くっ」


 獣人たちは混乱状態に陥っていた。

 それもそのはずで、指揮官が倒され、このキャンプ場に至る細道は1本しかなく、その先にはハインツがいるのだ。しかも相手が強過ぎて倒せない。

 だがハインツも、多数に囲まれた後は何度か斬られた。

 しかも鎧ではなく、ウニクーロの服を着ている。するとダメージを負う。打ち身や切り傷程度だが、無傷という訳ではない。

 冒険者では無い獣人を7人ほど倒した後、ハインツはわざと道を開けて獣人達が逃げられる退路を作った。

 それは単なる余裕だった。適当に隙を見せて副長だけは逃がしておきたかった。


「……逃げろ!」

「うわわあああああ」


 獣人達が退路に向かって殺到する。ハインツはそれを一見した後は、副長の姿を探した。


 ピーッ、ピーーーーッ


 いつの間にか起き上がって後退した副長の警笛が、キャンプ場に大きく鳴り響いた。全体に対する撤退の合図だったのだろう。もし雪崩のように逃げ出した中等生を追って森の中に入った獣人兵士がいたとしたら、おそらくそちらにも届いたはずだ。

 10人の兵と副長が逃げて行く。いや……そうでもなかった。


「動くなぁあああっ」

「いやああっ」


 中等生の首に刀身を向ける獣人に対して、ハインツは持っていた剣を投げ付けた。


「……ぐおおおああぁ!!」

「きゃあああああっ」


 剣は二人に当たらず、獣人の顔のすぐ近くを通り過ぎて行った。ハインツは剣を投げると同時にそのまま一直線に駆け出し、そのまま獣人を殴り飛ばした。

 獣人は、抱えていた中等生ごと地面に転がった。

 ハインツはその獣人が中等生に向けていた剣を奪い、それを獣人の喉に剣先から返した。


 獣人たちは逃げだした。

 ここへ一緒に来た2人の獣人冒険者と、キャンプ場に居た3人の獣人冒険者、それに獣人兵8人は死体に変わった。

 そして入れ替わるように、押し殺していた悲鳴がキャンプ場に漏れてきた。


「おいっ、しっかりしろ!誰か無事な奴!手を貸してくれ!アンペールが、黒耳の獣人さんごっこをしていたアンペールが、体を斬られたまま止血されて無くて動かないんだっ!」

「くそっ、獣人さんごっこをしていたアンペールがやられるなんて」

「誰か、彼を助けてくれええ!」


 ハインツの眼前では、散々たる状況が広がっていた。


「みんな、協力して!動けない人は動ける人を助けてあげて!」

「森の中で斬られた奴もいたぞ。今なら助けられるかも!」

「馬鹿言うなっ、まだ逃げた獣人達が森にいるかもしれないだろっ!」


 (これは現実か?なんで人が蹂躙されているんだ?人間の冒険者は何してるんだ?)


 ハインツは森の細道にほど近い端に座り込んで、茫然と中等生の様子を眺めていた。

 これはおそらく現実なのだろうとハインツは思った。夢にしては剣の柄を通して手元に伝わる感触が鮮明すぎた。剣で叩いて、斬りつけて、貫いて。その感触がハインツには全て届いている。


「とりあえず道は下りか。上はキャンプ場だったしな。水とか食料は、手伝わないから貰えないかな。スキルを使う訳にはいかないし、使わず助ける罪悪感にも耐えられないし。仕方が無いから倒した獣人達から貰おうか」


 今日は、これ以上何かをする気にはなれない。

 ハインツは倒した獣人の死体を漁ろうとした。

 だが、横合いから声をかけられた。


「ミリーを、助けて……だ……」


 その娘は両手の指が斬られて、おまけに焼かれていた。清楚な服は血まみれで、薄茶色の長い髪も血でべったりと上着に張り付いている。

 だが苦痛に顔を歪ませながらも、同じくらいの背丈の娘1人を腕で抱きかかえここまで引き摺って来た。

 そう、引き摺ってハインツの所に来たのだ。

 引き摺られていたのは指ではなく右足首を斬られた金色に近いブロンドの髪の娘で、血の気が引いて真っ白になっていた。


 (マジかよ……はぁ、勘弁してくれよ)


 引き摺られていた娘は、火傷よりも血が流れ過ぎている事が問題だ。出血性ショックによる多臓器不全。


 (てか、もう手遅れだろ)


「っ、ぅ……助けて…………くだ……」


 泣いて何を言っているのかよく聞き取れない。とりあえず助けて欲しいと言う意志だけは伝わった。

 その想いが必死過ぎて、もう助かりませんと言える状態ではなかった。その娘はハインツにそう言わせてくれそうになかった。

 ハインツも直接声をかけられては流石に無視できず、助ける振りをしながら話を聞き、思いを吐き出させることにした。死亡した患者の家族にならわりとそうする。


「とりあえず離してあげて。寝かせた方が良い。連れ回すのはかわいそうだ。それと、君自身も指を斬られてひどく焼かれている。本当は自分の事で精一杯のはずなのに、なぜこの子を優先しているんだ?」

「わたし……ひっく……庇って……」

「ったく、ああ、もう」


 正直見ていられない。

 スキルは多分使える。だが使えばどうなるか想像するのは難しくない。


「助け……くだ……」


 なぜハインツに助けを求めるのか。

 それはハインツが冒険者だからだろう。獣人を倒した力、回復アイテムや技術。ここで助かる可能性があるとしたら、もうハインツしかないと判断しても不思議はない。


「なん……も……しま……す……。お願……ま……」


 ハインツの折れかけていた心は、ここに来て完全に折れた。

 目の前に居る娘から、恩人のリカラを連想したのだ。

 真っ直ぐ過ぎて、苦手で、好きな相手。残れないはずの世界に残ろうとするような、ハインツに不合理な行動を取らせた相手だった。

 裏表が無くて、とりあえず理屈では勝てないタイプだった。ハインツはついに負けを認めた。


 (右が剥ぎ取り、鑑定、探索、離脱、暗殺。左は、単体回復ステージ4、全体回復ステージ3、全体状態回復、蘇生ステージ3、全攻撃無効化ステージ2)


 左の親指で治療出来そうだった。

 細道の入り口がキャンプファイヤーからかなり離れており、あちらからはこの暗闇でろくに見えてない。

 それを確認したハインツは、左手の親指に神経を集中させた。


 『単体回復ステージ4』


 ハインツの左の親指に、白いマナの光が灯った。光は同時に生命の水でもあった。

 指先が右足首の無い娘に触れた瞬間、その指先の小さな水源から大洪水が起こったかのように、濃度のマナが全身に一気に注ぎ込まれ、身体全体に満たされていった。


 ドクッ……ドクッ……と心臓の鼓動がかすかに聞こえる。

 呼吸で体がわずかに上下する。

 ふと見ればさっきまで無かった足が綺麗に生えていた。傷一つない。火傷の跡もない綺麗な足が生えている。

 娘がわずかに目を開く。


「……リーゼ?」

「あああああ、うううう……」


 リーゼはまるで赤子のように上手く言葉が出せなかった。

 ミリーは、自分の右足に地面の土の感触がある事に愕然とした。

 リーゼが止血のために足を焼こうとしたところまでは意識があった。絶叫して意識を失ったのは、その後だ。


 (あたしの足……どういう事?)


 今ミリーの血の気が引いているのは血を流し過ぎたからではない。

 自分の身体に起こった理不尽な出来事に恐怖を感じたのだ。


「ほら、もう泣くなって。次はお前の番だぞ」


 ハインツは指を無くした娘の手を取った。二回目の白い光が、今度は指を無くした少女の全身に流れ込んでいく。

 ジャポーン人は、頼まれるとあんまり断れない人種なのだ。ついでにハインツはあまり後先を考えないO型だった。

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