第10話 銀狐の夢
『エリーカ、私たちの祖先は東の竜人に負けたの』
『竜人って?』
『獣人と同じように祝福を得られる種族。でも獣人よりも強いの』
『……フェンリルも負けたの?』
『ええ。獣人は沢山の種族がバラバラに争っていたから、みんな竜人の数と力に負けたの。それで西と南に逃げて、銀狐たちも古代人が造った西の天山洞窟へと逃げ込んだの。もう地上を知っているのは、永い時を生きて来られた陛下とアミルカーレ様とゲロルト様の3人だけよ』
『竜人はどうなったの?』
『天山洞窟へは追って来なかったわ。彼らは竜ではなく竜人。高温では男、低温では女しか産まれなくなるから、ここでは暮らせなかったの。だから私たちは助かったわ』
『どうして竜人にもアルテナの祝福があるの?』
『さあ、どうしてかしら。ママにも分からないわ』
『わたしたち地上に出ても大丈夫?また竜人に襲われない?』
『大丈夫。竜でも飛び越えられないくらい高い天山山脈が、東と西を隔ててくれるわ』
わたしはゆらゆらと揺られながら夢を見ていた。
ゆらゆらと……ゆらゆらと……
ママに抱きかかえられているのに、どうしてこんなに揺れているんだろう。
なんだかとっても眠くて、頭がぼーっとして。
『エリーカ、馬だ、馬が地上から連れて来られたぞ。うちにもオズバルド伯父さんが贈ってくれたんだ。一緒に受け取りに行こう』
『パパ、馬ってなに?』
『馬と言うのはだな……顔が凄く大きくて、鬣が伸びていて、4本足で、翼が生えていて、なんと火を吹くんだ!』
『ええっ、やだ怖い!』
『わははっ、冗談だ。火は吹かないぞっ。それじゃあ行こうか』
『いやっ!』
『わははっ、捕まえた』
『はーなーしーてっ!』
『駄目だ駄目駄目』
『ママ―っ、助けて、パパが苛めるのっ』
ゆらゆらと……ゆらゆらと……
ゆらゆらと……ゆらゆらと……
ねぇパパ、わたしは馬に乗らないって言ったよね?やだって言ったよね?
わたしは馬に乗らなかったよね?
ねぇ、わたしはどうして馬に乗っているの?
ねぇ、あなたはだれ?
Ep04-10
弱ければ全てを奪われる。
だから強く在らねばならない。
奪われない為に、自分が死なない為に、国が滅びない為に。
だから獣人帝国は、強さを最たると定めている。
(実に正しい考え方だ)
ゲイズティはそう信じている。
いや、獣人は強さを大切だと考えている。
なぜなら、弱い者はみんな天山洞窟内で死んだからだ。
過酷な環境下での強弱は生死と直結していた。強さを否定すると言う事は、すなわち死ぬと言う事である。
食糧や資源の奪い合いは、天山洞窟内の獣人同士でも起こった。
それは当たり前の事だった。今日の食べ物が無ければ、明日の竜人どころでは無い。
一説によれば、『古代人が、アルテナの加護が薄れて地上の瘴気が濃くなる周期の為に造った』とされる天山洞窟内部。その洞窟内へと逃げ込んだ獣人帝国の祖先達は、食糧問題から、一旦は竜人の侵攻で収まっていた種族間抗争を再開した……らしい。
「らしい」と言うのは、記録に残っていないからだ。時代も経ち過ぎている。
それに封鎖された東の果てへ行く事は、帝国法によって固く禁じられている。皇帝に逆らえば死罪となるので調べようがない。
だが、記録は無くとも伝承は残っている。みんな噂話が大好きだ。
(昔話にどのくらいの尾ひれが付いたのやら。今となっては、イェルハイド陛下か、側近のアミルカーレ様かゲロルト様しか御存じあるまいが)
あともう一人、金羊大公ヴィンフリートも獣竜戦争の生き残りであった。ゲイズティが生まれた頃にはまだ存命だった。
金羊大公はブレーズ皇子の指南役をしていた。そしてブレーズ皇子と共に命を絶たれている。
(弱きことは罪ではないが、弱きことの報いは受ける)
羊種の最高峰だと目されてきた金羊大公が戦死した事は、ゲイズティの一族に衝撃を与えた。
ゲイズティが棒術を習い始めたのは5歳の時、ちょうど人獣戦争が始まった年の事だった。
以来、鍛錬を欠かしたことは無い。もはや己の習性として身に付いている。
それに、獣人の50人に1人が得られる祝福も得られた。
ゲイズティは大隊長である。
ゲイズティの兄弟には兄2人と弟1人、それに妹1人が居るが、いずれも祝福を得られていない。そして男には、兵役がある。
兄や弟、妹の夫のような沢山の無力な一般兵たちは、生かすも殺すも自分の力量次第だ。
だから強く在らねばならない。正しく在らねばならない。的確で在らねばならない。
だから、ギラン大隊長がエリーカ補佐を乗せた馬に突進を始めた時、アロイージオ軍団長とラビ軍団長を殺した相手を追うのは自分の役目だと思った。
「くそっ、馬鹿猪めっ!第八、第九隊はエリーカ補佐の馬を追えっ。体当たりしてでも全力で馬を止めろ。相手は治癒師1人だ。全力でエリーカ補佐を助けろ」
「「「「了解!!」」」」
「シアン、お前ら射撃隊6人はこっちだ。俺に付いて来い」
「…………馬に揺られるエリーカ補佐を、走りながら矢を撃って間違えて射抜くという危険を考えればそうなるでしょう。ですが、ギラン大隊長に美味しい所を独り占めされてしまいますよ?」
「敵が2手に分かれて逃げている。一方にはエリーカ補佐を乗せた馬と治癒師、もう一方にはラビ軍団長を倒した代わりに片腕を失った男とアロイージオ軍団長を倒した魔導師。囮はどっちだ?」
「それはエリーカ補佐の所でしょうね」
「そうだ。そしてエリーカ補佐の所へは、大隊長1人と12人の大祝福1以上の獣人戦士が向かった。では俺達は、イェルハイド帝国のためにどうすべきか分かるか?」
「……部下の無駄死には避けて頂きたいですね」
「お前らは射撃に徹しろ。俺が槍で向かう」
「了解」
二手に分かれたハインツとハルパニアを追って、ゲイズティとギランも二手に分かれた。いや、ギランの暴走にゲイズティが割を食った。
そしてオリビアは、ハインツの操る馬に乗せられながら遥か後方から複数の獣人が追って来ているのを見て呟いた。
「全部は釣れませんでしたね」
軍団長補佐は大物だ。軍団長に次ぐ存在で、獣人達は放置などできない。
問題はそれでどれくらいの追手を引き付けられるかだったが、結果は2/3だった。
おそらく全体を見る事が出来る相手や、大事な場面等での状況判断が出来る敵が居るのだろう。そうオリビアは考えた。
冒険者経験の浅いオリビアに、これ以上の罠を張る事は出来なかった。
「ご主人さま」
「……なんだ?」
ハインツは平然を装いながら答えた。
だが馬に二人乗りをしている以上、蒼白な皮膚や微弱で早い脈拍は誤魔化せるものではない。ハインツの強がりに関しては、オリビアはしっかりと見抜いていた。
「大祝福3のご主人さまが『離脱』のスキルを使えば、屋根伝いに馬よりも速く逃げられますよね?」
「…………」
オリビアの問いかけにハインツは答えず、代わりに熱い吐息を零した。
ハインツは片腕を無くし、冷静ではいられない自分を自覚していた。
自分の状態を考えるたびに後悔が思考を埋め尽くす。
(仕方が無かった。でも…)
肉体の再生治療薬は無い。
なぜ無いのか?
それは製法が不明で新しい物を作れず、発掘された品も既に使い切ってしまったからだ。では作れない物を、一体誰が作ったのか?
周辺国が全て記載されるような地図には描かれている。
マルタン王国の北、死の砂漠には古代遺跡がある。その古代遺跡にかつて住んでいたとされる古代人が、その製造技術を持っていた。
彼らは人類が繁栄する以前に繁栄し、そしてなぜか滅びたとされている。
彼ら古代人と現代人とは種族も文明も異なる。彼らと人類とが遭遇した記録も無い。
彼らが一体どうやって再生薬を作っていたのかは、現在の所まったく分かっていない。
では治癒スキルならどうか。
リーランドの大治癒師なら治療できるだろう。いや、周辺国では彼しか出来ない。治癒師が祝福を上げるのは本当に大変なのだ。
ならば、リーランド帝国に頼めば良いのか?
(ベイル王国を、リーランド帝国の属国にするなら可能だ)
ハインツにそんな事は出来ない。
『ジュデオン王国に獣人帝国を引き込んだのはリーランド帝国だ』と、亡命した飛行騎兵が証言した。さらにもう一人、飛行騎兵の生き残りである治癒師も捕縛している。
リファール侯国の飛行騎兵を動かせるのはリーランドの皇帝だけであるから、リーランド帝国が誰か適当な人間に罪を被せて詰め腹を切らせようとしても言い逃れは難しいだろう。
大体、ジュデオン王国とリーランド帝国の不仲は一般常識だ。
これまでジュデオン王国は、冒険者の都としてマルタン王国やアスキス王国を支援してきた。隣国のラスティア王国、西のモルターリ王国、そのさらに西のベルトラン王国やドラーギ王国まで含めて大同盟を結んでいる。
同盟の目的は獣人帝国に対抗するためだが、それがリーランド帝国に対して発動しないとは限らない。
リーランド帝国側に組するという事は、それらの国々の敵になると言う事である。
結論として、ハインツの腕は治らない。
ハインツにとって『リカラさんとの思い出のジャポーンで初心者サポートをする事』が一番やりたい事だった。
恩人で、師匠で、好きだったリカラの居場所を奪ったのはハインツ自身だ。だから神々に転生を求められてもハインツは断固拒否した。リカラの居場所を奪った以上、自分の理想をやり遂げなければならなかった。
こちらの世界に飛ばされたからと言って、やりたい事が突然変わったわけではない。
左手の治癒師としてのスキルはやりたい事の象徴であり、心の支えだった。
それが腕ごと失われた。だから後悔している。後悔の気持ちをとても抑えきれない。
「ご主人さま」
「オリビア、聞こえているよ」
「今から馬を焼きます」
「…………焼く前に説明してくれ」
オリビアの言葉を聞いたハインツは、散漫な意識をようやくオリビアに向け直した。
「ご主人さまを逃がす為です。馬を焼けば、ご主人さまは『離脱』のスキルで逃げるしか無くなります。その方が早いですよ」
「オリビアはどうするつもりだ?」
「囮になりますよ。敵を引き付けてから、トランスファレンスで転移して逃げます」
「愛する妻を囮にするなんて嫌だな」
「愛する夫を死なせるのなんて嫌ですよ」
「お前は絶対に無茶をするだろ?このまま捕まえておいて一緒に馬で逃げるのが安心なんだが」
「それでは追いつかれますよ。ご主人さまは素手で、いいえ、手も片方無くて戦闘不能です。説明したので馬を焼きます」
「……待て待て待て、杖を馬に向けるな。今から馬を止める。いいか、3つ約束しろ。1つ、必ず生きて帰る事。2つ、必ず生きて帰る事。3つ、必ず生きて帰る事。分かったな?」
「3つとも同じですよ」
「頼む。蘇生はもう使えない。それと侮るなよ?俺は大祝福3祝福5だ。逃げに徹したら大祝福2には負けん。だからすぐ逃げろよ」
ハインツは馬を止めるとすぐに降り、その次に片腕でオリビアを降ろした。そして馬は逃がしてやる。
「約束守れよ」
「いいから逃げて下さい」
ハインツは苦々しげに頷くと、スキルを使いながら屋根に飛び乗った。
『離脱』
そして足元がふら付くのを隠しながら、オリビアが無茶をしないように最速で北へと逃げ始めた。
オリビアはそんなハインツの背中を悲しそうに見て、追手へと向き直って杖を構えた。
『ファイヤー』
オリビアが掲げた杖の先端に赤い光が灯り、それが屋根の上を跳ねながら追ってくるゲイズティ達へと飛んで行った。
一方、敵が二手に分かれたのはゲイズティ達からも見て取れた。
1人は大通りを飛び越えながら民家の屋根の上を逃げ、残る1人は路上に立ったまま魔法を放ち始めた。逃げた方は、ゲイズティやシアンよりもずっと早かった。
『離脱』のスキルだろう。距離も離れていて、とても追いつけそうにない。
「ちっ、魔導師の方を撃破する!左右から包囲しろ。俺は正面から行く」
「「「「了解!」」」」
ゲイズティとシアン、そして5名の獣人がオリビアを包囲するように広がった刹那、沢山の赤い光が高速で飛び込んで来た。
『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』
両側に広がった獣人達のさらに外側を、オリビアの創り出した赤い光が掠めて行く。
彼らの横を通り抜けて行った赤い光は目標を見失って次々と民家へ落ちて行き、接触と同時に周囲の数軒を丸ごと飲み込んで一瞬で燃え上がった。
「とんでもない威力ですねっ」
シアンは王都の各所から火の手が一斉に上がっていくのを半ば呆れながら見た。
ファイヤーは、炎系で最弱の魔法では無かったのか?
もちろん最大火力で撃っているのだろうが、あの威力では直撃すれば1発で1パーティが丸ごと火だるまになる。確かに発動時間は最短の魔法だが、放たれる数も非常識だ。
彼らは次々と飛んでくる炎を避けながら、次第に内側へと固まっていった。ゲイズティは、その拙い誘導の目的を察した。
「範囲魔法に注意しろっ!」
ゲイズティの警告が飛んだ。
『クロスアストラルウォール』
ゲイズティ達の左右に、青白い光の壁が二枚同時に発現した。
マナの形が変容したその壁の高さは、15メートルある都市防壁と比べてもさらに2倍くらいはあるだろう。それに長さは数百メートルもある。
「そんなバカな」
「ちっ、うぉおおおっ!」
『遠投』
ファイヤーですらあれほどの威力なのだ。このような大技が直撃すれば生きてはいられないだろう。
そう判断したゲイズティは、手に持った槍をまるで投げ槍のように全力でオリビアに投げ付け、さらにスキルを被せた。少しでも魔法操作を阻害しなければ部下が全滅すると感じたのだ。
「前に駆け抜けろ!」
ゲイズティの魔法阻害の意味を察したシアンの指示が飛んだ。
慌てて走る獣人戦士たちを見ながら、オリビアは2枚の壁を急速に交差させる制御を諦めて次のスキルを使った。
(ご主人さまが悲しむから)
『……トランスファレンス』
オリビアは敵の槍が自分に向かって飛んでくるのを見ながら、一番イメージし易い第五宝珠都市ブレッヒの家を思い浮かべて転移した。
「なんだとっ!?」
ゲイズティとシアンは、前方の魔導師が転移したのを驚愕しながら見届けた。
消えたオリビアの身体が在った場所を、槍が通り過ぎていく。
「…………」
獣人戦士たちは、青白い光の壁から逃げ伸びた。
だが、もう逃げた探索者を追うどころでは無かった。人類に大祝福3を越える魔導師が居る事を確認したのだ。それも極めて厄介な特殊系である。
特殊系は応用の幅が広い。剣で斬るのではなく麻痺させ、槍で突くのではなく幻覚を見せ、相手に恐怖を与える事において右に出る者は居ない。
例えば、呪いのリーラと死のレーナという飛行騎兵を尋問している双子の大隊長たちも魔導師の特殊系だ。
ようするに最悪の連中だ。何故最悪かと言うと手に負えないからだ。そもそもの数が少ないので、それらへの対処方法や耐性が身に付いていない。敵が頭を使えば、どれだけでも恐ろしい事が出来る。
敵は若い女だった。髪は桃色でロング。肌は白。
「……シアン隊長」
「はい、ゲイズティ大隊長」
戦場に似合わないワンピース姿。髪には赤いリボン。かなり立派な杖を持っていた。だが服装や所持品などはいくらでも変わる。
問題は年齢と容姿だ。
年齢が若ければ、敵の祝福がさらに上がる可能性がある。そうでなくとも、体力や寿命での戦線離脱の時期が当分先になる。
容姿は敵の特定に重要だ。どこの国の者であるのか、どういった立場なのか、それを調べる手がかりになる。すると相手の行動や活動範囲が読める。
ゲイズティとシアンは、この情報を目撃者として帝国へ持ち帰らなければならなかった。
「エリーカ補佐の方向へ転進。馬鹿猪と合流して帰還する」
「了解。シアン隊、進路反転」
「「「はっ」」」
顔が強張っている獣人戦士たちは、ゲイズティとシアンの命令に喜んで即応した。
彼らが後ろを振り返ると、王都の十数か所で大火災が発生しているのが見てとれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぬぉおおおおっ、待てえええぇっ!」
(待てと言われて待つ馬鹿がいるかっ)
馬で逃げるハルパニアを沢山の獣人達が追ってきた。
その先頭にはギラン大隊長がおり、彼は屋根から跳び降りて馬を目掛けて1人疾走している。そして何やら叫んでいるが、ハルパニアはもちろん取り合わなかった。
敵の全ては引き付けられなかったが、銀狐の獣人を連れて囮になって逃げると言う依頼は果たしている。これで報酬の半分はおそらく得た事になる。
あとはとにかく抱きかかえている銀狐の娘と一緒に逃げれば良い。そうすれば依頼主は、2000万Gを出し惜しみしないだろう。
「…………」
銀狐は先程から虚ろな目でハルパニアを見ている。
彼女は襟元に8階位の階位章を付けている。つまりこの娘は祝福80台である。おまけに魔導師系で、金銀の優越種でもある。
驚愕すべき事態だ。
確かに自分は、依頼主に『魔力付与』を掛けた。だが、それだけでここまで魔法が効くのだろうかとハルパニアは疑わざるを得ない。
「………………パ……パ」
ハルパニアは少しいけない気持ちになってしまった。
大体、上質な絹越しに伝わる娘の肌の感触がとても柔らかいのがいけないのだ。戦場でこんなに無防備でどうするのか。男にこれを耐えろと言うのは無理だろう。
(それよりも今は後ろの獣人だ)
ハルパニアは馬に『速度付与』のスキルを掛けた。
そして追手を一気に引き離して安全圏へと思ったのだが、1人だけ爆走してくる敵が居た。
「ぬおおおおっ!」
「ええいっ、暑苦しい!」
『アストラルアロー』
ハルパニアは直線で追ってくるギランに対して、馬上から青白い光を真後ろへと放った。
霊属性のスキルは、治癒師が唯一使える攻撃魔法だ。
ハルパニアは単独の活動が多く、マナが切れて戦えなくなるリスクを考えて普段は剣を優先している。だから熟練度も威力も大した事は無い。それでも馬鹿1人が相手なら充分な効果が得られると思った。
「ぐおおっ」
青い光の矢は、迫りくるギランに直撃した。
ギランは辛そうに直撃した胸を腕で押さえるが、そのまま速度を落とさずに追い掛け続けた。
『アストラルアロー』
「ぐがぁっ」
ハルパニアは前方に注意し、安全を確認しながら再度後方へと矢を放った。
道は馬車同士が余裕ですれ違える程に広い。しかも民間人は大半が避難しており、敵の予想侵攻路でもないので人通りは皆無だ。
(あいつさえ倒せば、逃げ切れる……)
『単体治癒ステージ2』
ハルパニアはふと思いつき、乗っている馬の体力をスキルで回復させた。
普段は馬を使わないし、治癒師自体も馬の体力を回復させるような習慣は無い。こんな事をしたのは初めてだったが、オリビアの魔力上昇に出し惜しみをしないハインツと、報酬に出し惜しみをしないオリビアとを見て、やれる事はやってみようと思ったのだ。
スキルによって馬の速度が上昇し、ハルパニアとギランとの距離が少しずつ離れ始めた。それを見たギランは、ついに自分の武器であるベクドコルバンを投げ捨てた。
「ぬおおおおおおっ、おおおおっ!」
ギランの速度も上がった。
少しでも軽い方が良い。ギランは走りながら、ついに腰に差していた予備の短剣まで放り捨てた。
「……あいつは馬鹿かっ」
「俺はイノシシだっ!」
ギランは大祝福2の戦士防御系だ。戦士防御系の体力は全職で最高であり、祝福の無い馬に負けはしない。
それに走る事も好きだ。マラソンを15年も続けて来た。日課で鍛えられた身体が、まだ走れるとギランに伝えてくれる。
そして、ギランは愚直だった。
愚直とは悪口では無く、真っ直ぐな性格だと言う事だ。目標自体を誤らなければこれほど信頼できる男も居ない。余計な事はせず、目標へ向かって真っすぐ走ってくれる。
ギランの目標はエリーカだった。
彼は余計な物を全て捨て、ひたすらまっすぐ走った。
「ぐおおぉっ!」
「ええいっ!」『アストラルアロー』
「………………だ…………れ?」
苛立ちながらギランを撃つハルパニアを見て、エリーカがハルパニアにそう問いかけた。
(……まさか、スキルが切れかけているのか?)
ハルパニアは知らなかった。
エリーカが母の『竜人の話』を聞いて、父の『翼を生やして火を吹く馬』をとても怖がった事を。トラウマがエリーカの幻覚を覚まさせようとしていた。
ハルパニアは後ろのギランを見て、腕の中の銀狐を見て、前方の注意をおろそかにしていた。
その時、横合いから複数の馬が駆けて来た。
「何っ!?どうやって追いついた」
「はっはっは!」
馬の先頭を駆けていたのは、エスコット兵士長だった。
エスコットは、敵の逃亡先が都市外だと見做した。
ではどうやって追い掛けるのか。馬で逃げる相手を、同じルートで馬を使って追っても追いつけるものではない。ならばルートを変えれば良い。
入り組んだ都市内ではなく、都市防壁を大回りに走れば民家が一切建っておらず速度を落とさずに追いつける。エスコットはそう判断した。
「はっ!」
追いついたエスコットから一本の矢がハルパニアに向かって飛んだ。
彼の矢の腕は一流だった。狙いは違わず、ハルパニアの持つ馬の手綱に命中した。
「くああっ」
エスコットの矢によって、ハルパニアの乗る馬の手綱が切れた。
ハルパニアはその瞬間、切れた手綱を左手で追い掛けて必死に掴んだ。代わりに、ハルパニアの左手からエリーカが地面へ向かって落ちて行く。
「ぬおおおおりゃあ!」
それを見たギランは身を投げ出し、地面へ激突しそうになったエリーカを寸前で抱きとめた。
「はっ!」
エスコットの追撃の矢を、ハルパニアは身体を捻って避けた。
余計な荷物が無くなった上に速度付与まで掛けている大祝福2台のハルパニアを、エスコットは倒す事が出来なかった。
ハルパニアはエリーカを奪い返す事は不可能だと判断し、そのまま馬で逃げた。
武器を捨てたギラン1人だけなら倒せただろう。だが、エスコットが連れて来た沢山の新手は初見で、その強さがまったく分からなかった。
例え彼ら全員が一般兵であっても倒すのには時間が必要だ。その間にもギランの後ろから獣人戦士が迫って来ている。
(報酬1000万Gで良い。それだけで妹も母も穏やかに暮らせる……俺も安心して暮らせる)
ハルパニアは、もはや後ろを振り返らずに走った。
そんなハルパニアを見て、次いでギランを見て、エスコットは呟いた。
「解決ですな」
何が解決だ?と、エスコットに誘導されてきた18名の獣人戦士たちは疑問に思った。
首を傾げる彼らの眼前では、ボロボロになったギランがエリーカを抱きしめて何やら叫んでいた。
「エリーカ補佐、無事かっ!?」
エリーカに掛けられた幻覚のスキルは既に解けていた。
エリーカは誘拐された悔しさと恥ずかしさと助けてくれた感謝とから、ギランに顔を押し付け隠し抱きついていた。
あとがき
みなさま、御出演頂きまして誠にありがとうございました。
優勝者・ギランさん
このような結果になりました。
(ギランさんをご紹介下さったFurokuniさん、ありがとうございました)
ギランさんは、エリーカさんをそのままお持ち帰りください。
どうやらエリーカさん主観で助けてくれたギランさんに惚れてしまったようです。もう誰にもどうにもできません。
それと、皇女ベリンダ様と伯父のオズバルド第一軍団長がギランさんに会いたいと言っています……頑張って……
ゲイズティさんをご紹介下さった雨乃 時雨さん
シアンさんをご紹介下さったクラフトさん
エスコットさんをご紹介下さったPseさん
ハルパニアさんをご紹介下さったリィオンさん
イベントにお付き合い下さってありがとうございました。
























