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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売
第一部 第四巻 テュールの片腕(12話+エピローグ) ジュデオン王国編

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第09話 テュールの片腕

「オリビア、愛している」

「……私も愛してますよ」


 俺とオリビアは相手の瞳を見つめ合い、同時に心を見つめ合った。

 俺は愛おしさを込めてオリビアを見つめ、オリビアは俺を愛していると瞳の奥で告げてきた。心と心が触れ合い、互いの気持ちが通じ合った。


 『暗殺』


 口づけを交わそうと惹かれるように歩み寄った瞬間、俺の背中から強い衝撃が走った。


 (削られたっ)


 『全攻撃無効化ステージ2』の2枚ある守りが1枚削られた。

 その事実を頭で理解する間に、俺の身体は無意識に後ろへ振り返り、俺の右腕は振り返り様にナイトソードを素早く振り抜いた。


 『暗殺』


 相手からは『暗殺』のスキルと共に、大型のダガーが再び突き出された。

 俺が事前に掛けておいた『全攻撃無効化ステージ2』の守りが、敵の二撃目を防ぐと同時に完全に消え失せた。

 一方、俺の狙いを定めていないただの攻撃は、相手にあっさりと躱された。


 振り向いた瞬間、ピューマの獣人が目前で笑っているのが見えた。

 だから俺は、そいつが探索者戦闘系のうち細分化すると暗殺者に属すると思った。

 相手が笑っているのは、断じて己の感情からではない。相手に恐怖を与えるためだ。

 真剣な表情で剣を振るう相手にならば、こちらも真剣に相対すれば良い。相手の目の動きや表情の変化を読み取り、相手の次の手を読めば良い。

 だが、笑っている相手にはどう対応すれば良い?むしろ、相手がなぜ笑っているのかと意図が読めずに恐怖する。

 人は自分が理解できないことには恐れを抱く。相手が狂っているのかと疑い、狂人の動きなど読めないと恐れ、相手が引かずに相打ち覚悟で襲ってきたらどうすれば良いのかと危惧を感じる。

 なぜなら、死を恐れずに攻撃してくる相手は、防御を計算する相手より脅威度が数段上だからだ。前者は自分の剣が相手の身体に届きさえすれば良い。後者は自分の身の安全が両立できなければ突撃しない。

 つまり前者は、攻撃の幅が広いのだ。自分の身を守らずにどんな態勢からでもこちらを襲ってくる。だからそんな相手を見れば、危険の感じ方が格段に強くなる。

 俺はそこまでを、相手の手際と自分が暗殺者だった過去とから一瞬で連想した。


 俺も治癒師への転職以前は、探索者戦闘系の暗殺者として大祝福2祝福16まで進んでいた。暗殺者のやり口は概ね知っている。

 それに、この世界には無い心理学がジャポーンには理論としてあった。相手がやっている事を俺は理解できる。

 そして、なればこそ『相手を倒せる瞬間は、相手が俺を理解していない今しかない』と直感した。


 『暗殺』『暗殺』


 俺は振り抜いたナイトソードを、力尽くで空に止めた。そして腕力で剣を振り戻すと共に、振り戻す動作に足を使って身体の回転を加え、さらに『暗殺』のスキルを乗せて刀身をピューマの左首へと放った。

 加えて俺の身体には、大祝福2台のハルパニアが攻撃・防御・速度の付与を掛けてくれている。

 元戦闘系冒険者としての能力、暗殺者としての技術と経験、ジャポーン人としての知識、用意周到に掛けていたスキル。それら全てを、その一瞬に相手へと注ぎ込んだ。


 

 だが、相手が悪かった。

 相手は『大祝福3祝福2の暗殺者』だった。積み重ねた力は、俺より相手の方が上だった。

 相手は『ピューマ』の獣人だった。単なる人ではなく、『種族補正』で戦闘速度が人よりも高かった。つまり俺より相手の方が上だった。

 相手は『獣人』だった。単なる獣ではなく、知恵と知識とを用いる事ができた。つまり不意を突かれた俺より突いた相手の方が、この際は上だった。

 相手は『軍団長』だった。獣人帝国の幹部として、帝国の広大な版図から手に入った最高峰の武器を所持していた。ベイル王国宰相代理の俺よりも武器が遥かに強かった。


 俺は、右手で剣を振るいながら、左ひじで心臓を守り、左手首で首筋を守っていた。

 そこに相手の大型ダガーが、俺の左側から首を目掛けて突っ込んできた。


 俺はその時、2つのことを考えた。


 (今自分の身を守って避ければ、俺は2手で死ぬ)


 一手目で俺が避けたところを踏み込まれ、二手目で急所を刺される。

 だから俺は、剣を振るう右手に神経を集中させた。


 (左手は仕方がない)


 相手が引いてくれれば『全攻撃無効化ステージ2』が掛け直せる。

 だが、相手は引いてくれなかった。

 相手と目が合った。

 その瞬間、『相手は俺を攻撃しながら、俺と同水準の計算をしている』のだと思った。

 俺の表情を見て、今引くとまずいと感じたのだ。俺の焦りを見て、俺の左手を落とすことで取り返しのつかない損害を与えられると悟ったのだろう。

 俺も相手も引けなかった。


 (くそっ)


 俺はラビの首をナイトソードで刎ねたと同時に、左手で相手のダガーを防いだ。

 相手は、俺の左手を斬り落とした。


 

 俺は、左親指に刻んだ『単体回復ステージ4』を失った。

 俺は、左人差し指に刻んだ『全体回復ステージ3』を失った。

 俺は、左中指に刻んだ『全体状態回復』を失った。

 俺は、左薬指に刻んだ『蘇生ステージ3』を失った。

 俺は、左小指に刻んだ『全攻撃無効化ステージ2』を失った。


 治癒師のスキルは、すべて暗殺者の後に得たものだ。暗殺者の重要スキルは、利き腕の右手に集中させていた。だから、治癒師のスキルはすべて左手に刻んだ。


 左中指に嵌めていた『転姿停止-6歳』も左手と共に落ちて、俺は30歳くらいの姿に戻った。

 指輪自体も『転姿停止-6歳』から『転姿停止-3歳』にランクが落ちた。


 左薬指に嵌めていたウェディングリングが、左手と共に落ちた。


 (ああ……)


 神話のフェンリルに噛み切られた神テュールの片腕は、確か右側だったはずだ。

 フェンリル本人ではなくフェンリルの使いだから、伝承と多少異なったのか。

 右なら治癒できたのに……


 


 


 Ep04-09


 


 


 いくつかの戦闘を行いながら王都へ深く侵入したエリーカ達は、ついにアロイージオの墜落現場を発見した。

 何故場所が分かったのか、それは兵士や人間たちがその場に集まっていたからだ。

 エリーカの眼には、横たわるピューマの獣人を兵士たちが遠巻きに眺めているのが見えた。


「ラビ軍団長っ!」

「うおおおっ!」

 『突進』


 エリーカの言葉と同時に、ギラン大隊長が突進のスキルを使って突撃を始めた。

 その突撃を見たゲイズティ大隊長も、即座に指示を出しながらギランに続いた。


「第八と第九隊は突撃。射撃隊は味方に当たらないように支援しろっ!」

「「突撃!」」

「エスコット、逃げる奴を背中から撃たせろ!」

「了解。Aチーム、各自の判断で撃て。Bチーム、射線に味方が入らないように逃げる敵を撃て。Cチーム、弓を降ろして剣に持ち替えろ」


 エスコットは1隊に配属される68名の兵士を、射撃の腕でA、B、Cのランクに分けていた。そして腕に沿った標的を指示する事で、都市内戦闘で目覚ましい戦果を上げていた。

 攻撃隊は武器を構えて走り、シアン隊からは矢が撃ち始められた。

 その頃には、ギランは敵に体当たりをしていた。


「ぬおおおおおっ!」


 ギランが持っているのは『ベクドコルバン』と言う武器で、これはウォーハンマーの一種だ。

 例えば斧なら、棒の側面に斧頭が取り付けられている。

 だがベクドコルバンは、槍の側面に『カラスのくちばしのように尖った鋭利な先端』が取り付けられており、鋭利な先端で鎧ごと敵を貫ける。また同時に、槍の先端で敵を貫ける。

 力が強い戦士用の武器だ。技ではなく破壊力で敵を倒す。

 ギランは、ベクドコルバンを力一杯振り回した。

 祝福0の敵兵士は最初に体当たりで一気に蹴散らされ、続いてベクドコルバンでまとめて薙ぎ払われた。

 そこへゲイズティが槍を構えて飛び込んで来た。

 ゲイズティは大祝福2祝福16の戦士だ。

 ジュデオンに進軍して来た4個軍団の中でも前衛職としての力は皇女、3軍団長、直属軍アギレラ補佐、輸送軍デリック補佐に次いで7番目になる。

 そして、ジュデオン側にそれほど祝福の高い冒険者は居ない。彼の進撃を止められる者はいなかった。


「はっ、はあああっ!」


 槍を扱った事がある者ならば分かるだろうが、槍の最大の利点はその長さにある。

 槍は剣よりも広い攻撃範囲と先制攻撃を可能とする。それと同時に、遠心力による威力を加えた大ダメージを与えることが出来る。

 そして槍は、石突きと呼ばれる柄の先端部分でも攻撃が可能だ。前の敵を斬って、そのまま引いて後ろの敵を打ち据える事も出来る。

 槍は剣を扱うよりも高い技量を要し、だが剣を扱うよりも明らかに強い。

 敵が間合いに入る前に突き殺す。斬り殺す。打ち据える。

 ゲイズティは1対1ならば、このジュデオンのどんな前衛職の人間にも負けないだろう。

 そのゲイズティが、兵士を1撃で2~3人ずつまとめて薙ぎ払い始めた。


 そして、その二人の大隊長の脅威を生き延びても、3隊の獣人冒険者たちが逃亡を許さなかった。

 エリーカたちに随行しているのは3隊だ。

 1隊に獣人冒険者は12名おり、大祝福1以上は半数の6名が配属されている。すなわち3隊で18名の大祝福1がおり、彼らは雲の子を散らすように逃げる雑兵たちを、絶対的な力で次々と踏み潰していった。


「ラビ軍団長!」


 掃除された道を駆け寄ったエリーカの眼前で、紅闇のラビが死体となって倒れていた。

 ラビの首は胴体と繋がっておらず、頭があるはずの位置には代わりに炭が落ちており、首や肩の辺りも黒く炭化していた。おまけに肉の焦げたような臭いと、血の焼けた臭いとが鼻を突く。

 さらに詳しく見ると、頭の位置にある炭には何度も踏み躙られた痕跡が窺えた。

 その時、周囲の獣人たちが何かに気付いて叫び出した。


「ア、アロイージオ軍団長!?」

「うぁああっ!!」


 エリーカは、叫び出した獣人たちの視線の先を見て驚愕した。

 そこには、大型のグンカンドリの片翼が石になって転がっていた。

 それだけではない。ふと見渡せば、周囲にはその翼と同じ材質の石が、足元に広く散らばっていた。その石を良く見ると、それはすべて石化した身体の一部だった。指が、趾足が、膝が、肩が、いくらかの原形を留めながら周囲にばら撒かれていた。


「あわわわっ」

「うぎゃあっ」


 獣人たちはあわてて飛び跳ねて、踏んでいた石から足をどかした。

 それを見ながら、ギランは思った事をそのまま口にした。


「兵士どもが怖がって近寄らないはずだな」

「至急全方位を警戒しろっ!エリーカ補佐、どうしますか!?」

「……敵の情報が知りたいです。皇女殿下に報告しなければなりません」

「はっ。兵士の生き残りを尋問しろっ!遺体を調べろ!警戒は解くな!」


 ゲイズティの命令に対し、シアンはエスコットを遺体現場に引っ張っていった。


「頼むよ」

「……了解」


 ゲイズティはエスコットの行動を横目に眺めたが、シアンが連れて来ているので特に何も言わなかった。

 シアンは隊長の中でも、大隊長まで数年の上位者だ。それにいざと言う時の判断力は確かだ。

 ならば調査はシアン達に任せておいて、大隊長である自分は軍団長を倒せるほどの敵を警戒しなければならない。


 ゲイズティたちが警戒する中、エスコットはラビ軍団長のすぐ近くで左腕を発見した。

 軍団長の手では無い。そして兵士たちが近寄らなかった場所だ。

 エスコットは、これはラビ軍団長と戦った相手の左手だと判断した。

 指を見ると、薬指に4つ葉を模したセンターストーンのウェディングリングが嵌ったままになっている。

 エスコットは人間の風習を思い出した。


 男の結婚指輪のセンターストーンには、一人目と結婚すると『青色の一つ葉』、二人目と結婚すると『緑色の二つ葉』、三人目と結婚すると『黄色の三つ葉』、四人目と結婚すると『赤色の四つ葉』を模した宝石を嵌める風習がある。

 四つ葉の赤色は、もう結婚も浮気も出来ないと第三者に示している。


 女の結婚指輪のセンターストーンには、最初の妻なら青色の宝石、2人目の妻なら緑色の宝石、3人目の妻なら黄色の宝石、4人目の妻なら赤色の宝石を用いる風習がある。


 (つまりこの腕の持ち主は男。発達した筋肉から見て前衛職、だが戦士ほどごつくは無いのでおそらく探索者。切断面から見て、ラビ軍団長の大型ダガーで斬り落とされたとみて間違いない。ラビ軍団長のダガーにも血が付いている)


 エスコットは周囲を次々と確認して行く。

 そして血の付いたナイトソードを見て、それがラビ軍団長を殺した武器だと悟った。


 (ラビ軍団長の身体には傷一つない。アロイージオ軍団長は石化されて墜落死している。ナイトソードはどちらの持ち物でもないので敵の武器。血が付くとしたら、既に無いラビ軍団長の頭部にダメージを与えた時だ。ここには軍団長二人しか辿り着いていない。戦闘はどちらかでしかありえない)


 そして、ラビの頭部にある踏み躙られた炭を見て、靴のサイズから踏み躙ったのが女であると考えた。

 そして左手の血痕を追い、それが少し離れた場所で血の量がかなり減り、次いで馬に乗って走っていったくらいの間隔になっている所までを見た。


「ラビ軍団長を倒したのは大祝福2以上の男の探索者ですな。男は左手をラビ軍団長に斬り落とされ弱っております。アロイージオ軍団長を落としてラビ軍団長の顔を焼いたのは女の魔導師。女はおそらく男の妻でしょうな。かなり動揺しております。男への信頼が高かったのでしょう。それと止血した治癒師が1人。他には居ないでしょう。移動手段は馬。北へ逃げています」


「なぜそこまで分かったんだい?」


 シアンが訝しげに問い質す。エリーカ達もエスコットの推理に聞き耳を立てた。


「結婚指輪も左手も捨てて逃げております。ここまで踏み躙る理由は、左手の喪失でしょう。ですが、それを捨てて逃げる程に余裕がないのは、それを運べる人間が1人も居ないからでしょう。ラビ軍団長の伝説級の武器さえも置き捨てています。止血すら完全には出来てはおりません。よって人数は最小限と見做しました」

「なるほどね。それで?」


 シアンはエスコットの言葉に頷くと続きを促した。


「都市の、真っ直ぐに攻め込まれないよう複雑な地形になっている道を、どうやら馬で逃げております。こちらが屋根の上を走って追えばおそらく追いつくでしょう。前衛職は手を斬り落とされた男1人。後衛職は治癒師と魔導師1人ずつ。このような状況ですな」


 エスコットの説明を聞きながら、エリーカは焦っていた。

 エリーカはラビ軍団長の手から『転姿停止の指輪』が抜き取られているのを確認していた。同時にアロイージオ軍団長の物も見当たらない。

 帝国での公式見解は『最上位の竜核で造られた指輪ならば、数千年は保つだろう』と言う事になっている。

 だが『限りが無い』と知られれば、変な欲を出す者は必ず出てくる。軍団長が欲を持った者たちに狙われる危険が出てくる。

 エリーカがそれを知っているのは、ベリンダの信が極めて厚いからに他ならない。だが、この秘密を知る人間が増えれば、知られなくて良いはずの秘密がいずれ漏れてしまう。


 (気が付かれる前に取り返さないと……)


 エリーカは決断した。


「…………追います」

「はっ!大祝福1以上の者は、屋根伝いに北へ先行。その他の戦士は、人間の兵士どもが使っていた馬を使って後を追え。エスコット兵士長もだ。残る兵士は、ラビ軍団長とアロイージオ軍団長の遺体を回収して撤収準備をしろ。行動開始!」

「「「「「はっ!!」」」」」


 ゲイズティは追跡に役立つだろうと、エスコットを追跡者に加えた。

 そしてゲイズティの命令と共に、まず銀狐で大祝福2祝福23のエリーカが屋根へと飛び上がった。

 エリーカは大祝福2祝福23にして、銀の優越種だ。加えて鈍足の戦士系ではない。ゲイズティやギランをあっさりと置き去りにして、一気に飛び跳ねて駆け出した。


「エリーカ補佐、1人では危険です!」

「先行して魔法で足止めをしますので」


 戦士系で羊種であるゲイズティや猪種のギランは、銀狐のエリーカが屋根伝いにどんどん遠ざかっていくのを見た。エリーカは数件の家を飛び越しながら北へ北へと進んで行く。


「くっ、早い」

「俺も地上を走るのなら良かったんだが、屋根を飛び跳ねるのだととても追えんぞ」


 跳ぶのが苦手な二人に、黒狐のシアンら身軽な獣人が並走して付き従った。その後ろを、大祝福1で跳ぶのが苦手な獣人戦士たちが遅れて追い掛けてくる。

 地上からは、エスコットを含む19人が馬で追い掛け始めた。


 


 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 


 


 ハインツがラビを倒した場所から慌てて逃げたのは、「ラビが来たからには他の獣人も来るだろう」と思ったからだ。

 ハインツは腕を斬られた後に、自分の嵌めていた1ランク落ちた転姿停止の指輪を回収した。いくらランクが落ちたと言っても、ハインツはそれを使う以外にもう使う事が出来ないのだ。-6歳の効果が-3歳に落ちただけだ。右手の指に嵌めれば良い。

 それと、ラビの持っていた【転姿停止の指輪(効果・年齢∞、-3歳)】を回収した。左手の対価と考えれば高いのか安いのか。ハインツは、今はそれを考えないようにした。

 その2つの指輪を回収すると、後の品には構わなかった。

 そして叫びながらラビの頭部を丸焼きにして踏み躙っているオリビアに言って左の腕を縛ってもらい、馬を連れて来たハルパニアに応急治癒してもらい、馬に乗って逃げた。


 オリビアは動揺が激しく、1人で馬に乗れなかった。

 ハインツはオリビアを自分の馬に乗せて逃げざるを得なかった。

 ハルパニアは1人で馬に乗り、2頭で並走しながら暫く走って、ようやく王都の中心にある王城よりも北へ逃げた所で一旦休み、再治癒を行う事にした。


 ハインツは血を失って座り込み、ハルパニアに左腕を治癒されながらも、次は失敗すまいと南を索敵していた。


「くっ、来た」


 音で判断したハインツの声で、オリビアが杖を音の方へと構えた。

 一方エリーカも、飛び越えた民家と民家の間に杖を構えるオリビアが居るのを見つけた。

 オリビアは空へ向かって、エリーカは慌てて路上へと着地しながら、スキルを用いて魔力でマナの姿を変えた。


 『ダブルフリーズランス』

 『全体麻痺』


 エリーカのワンドからは、凍結した二本の槍が生まれてオリビアへと突き進んで行った。

 一方オリビアは、大気のマナを振るわせてエリーカの身体に注ぎ込み、エリーカの全身を麻痺させた。


 (……そん……な)


 エリーカは自分の作り出した槍が、相手の身体に掛かった無効化スキルによって2本とも呆気なく砕け散るのを路上へ転がりながら見た。

 エリーカは、敵は馬で北の道を走っていると思っていた。だが実際は、道の端に整然と並ぶ民家と民家の間に隠れて休んでいた。エリーカが気が付いた時には、真下にオリビアが居た。

 エリーカは身体が麻痺して動けないまま、オリビアが走り寄ってくるのを強く後悔しながら眺めた。


 『全体沈黙』


 オリビアは倒れたエリーカに素早く走り寄ると、その両手の指にスキル封じを掛けた。

 そしてエリーカの襟首を引き上げると8階位の階位章を眺めて、相手が軍団長補佐である事を確認した。


 『全体幻覚』


 オリビアはエリーカにさらなるスキルを使う。

 エリーカはその瞬間から頭が混乱し、自分が誰であるのか、何をすれば良いのか、自我と自覚とが一度に喪失した。

 ハルパニアは、謎の行動を取るオリビアを疑わしげな目つきで眺めながら問い質した。


「何をやっている?殺すのではないのか?」

「ハルパニアさん、依頼が有ります」

「この状況でか?ここは戦場で、こいつみたいに獣人が迫っているんだぞ」


 呆れながら状況を再確認するハルパニアに対して、オリビアは平然と依頼を続けた。


「報酬は2000万Gです。私の無敗のグウィード討伐の参加報酬を全額払いますよ」

「……言ってみろ」

「この銀狐を馬に乗せて逃げて下さい」

「どういう事だ?」

「私はご主人さまと一緒に逃げます。ここで二手に分かれます」

「……囮か?だが、こいつに抵抗されるぞ」


 オリビアは淡々と答えた。


「今、麻痺と沈黙と幻覚を掛けました。身体が痺れて動けず、スキルも一切使えず、幻覚で混乱して敵味方も分かりません。効果はそれぞれ解くまで当分続きます」

「……分かった。戦わないなら報酬は半額の1000万Gで良い。代わりに危なくなったらこいつを投げ捨てるぞ?」

「いいえ、2000万Gで良いですよ。その代わりにお願いがあります」

「何だ?」

「逃げ切ったら、この獣人を手籠めにして下さい」

「…………」

「指を見た所、指輪をしていないので独身です。ハルパニアさんも独身ですよね?」

「ああ」

「何をしてもハゲませんよ。なるべく酷くお願いします。1000万G分」

「お前の夫の腕を刎ねたのは、紅闇のラビだが?」

「獣人ですよ。私の人生は、獣人のせいで滅茶苦茶ですよ。お願いします」

「…………」

「言い方を変えましょうか?この銀狐を連れて逃げて下さい。逃げた先では殺さずにその都度、情を与えてあげて下さい。命の対価です」

「折れる気は?」

「絶対にありませんよ」

「……分かった。だから俺に向けている杖を下ろせ」

「お願いしますね」


 オリビアは突然泣き出した。

 そんなオリビアをハインツが困った口調で宥める。


「オリビア、もう泣くな」


 その言葉が、オリビアをより一層悲しませた。

 ハルパニアは、オリビアがかなり情緒不安定になっている事を冷汗と共に感じた。

 これまでオリビアの精神安定剤だったハインツが片腕となり、そんなハインツが今の錯乱したオリビアを連れて北へと逃げ切れる可能性は……すぐに行動しなければ時間と共にどんどん下がっていく。


 (まるで俺の母のようだ)


 ハルパニアの母も、父の1番目の妻ではなかった。おかげでハルパニアの異母兄弟は6人も居る。

 結婚当時は母も元冒険者だった。大祝福1を越え、おかげでジュデオンに都市民登録もさせてもらえた。

 ハルパニアの祝福が高いのも、生まれた頃から冒険者の都ジュデオンで過ごし、冒険者としての知識や技能を蓄え、祝福を得てからは理想の祝福上げが出来たからだ。

 母は、若い頃はそれなりに自信を持っていた。

 だが冒険者を引退した母は、己の身の立て方と心の拠り所が同時に無くなったようだ。その結果、完全に父の妻でしか無くなった。そして次第に父への依存が深くなっていった。

 行動は極端になっていき、やがて父が来れば狂喜し、去れば追い縋るようになった。父だけを見て、ハルパニアも妹も見えていなかった。

 近年、大祝福2となった異母姉がジュデオンで宮仕えして、それを見る母の精神はすっかりと病んでしまった。


 ハルパニアは金が欲しい。ハルパニアの母は父に見限られて心を病んでから、完全に駄目になった。

 それに独身の妹もいる。否、妹は母の面倒をみる為に独身だ。だから自分が稼がなければならない。

 この依頼さえ受ければ、自分はもう稼がなくて済むようになる。反りの合わない異母姉と同じジュデオン王国に宮仕えしなくても良くなる。それに、宮仕えをしなければ前線には出なくても良い。


 (…………)


 ハルパニアは、腕の中の銀狐を見た。

 すらっとした体型、整った顔立ち、質の良い服、整った身嗜み。戦場に出る獣人としては綺麗過ぎる。


 (良い所の娘なのではないか?)


 ハルパニアは、エリーカの細い瞳と眼が合った。

 そのエリーカは幻覚で混乱おり、自分とハルパニアとの関係が理解できなかった。

 まるで『幼い頃に眼が覚めたら、父が傍にいた』かのような瞳でハルパニアを眺め、首を傾げる仕草をしようとして、麻痺した身体で微かに動いた。


 (…………)


 ハルパニアは無言でエリーカを抱きかかえて馬に乗せた。

 そしてオリビアがハインツと共に逃げたのを見計らい、二人とは別の道へと走り去った。

あとがき













(最前線での獣人との直接戦闘を避けている設定の)人間のハルパニアさんと、(皇女の主席副官である)獣人のエリーカさんを、最終的に嫁の可能性がある絡ませ方をするには?


①まず「戦闘はしません」と言って、大金で強引に戦場に出します。

②邪魔が入らない手薄な状況で、二人を出会わせます。

③無力化して、理由付けをして個人単位で連れ去らせます。

④いろんな事情から消極的そうなので、エリーカさんへ混乱のスキルをサービスで掛けます。

⑤ご想像にお任せします(真顔



羊 「待てっ、悪辣な人間めっ!」

猪 「ぬおおおっ!」

黒狐「許さないぞっ!」

小狐「では追いましょうか」


人 「どうしてこうなった!?」



<ルール説明>

逃げ切ったらハルパニアさんの勝ち、助けたらその獣人さんの勝ち。

投稿して頂いた能力や性格が今運命を左右する!(結果は、次話で必ず出ます)






エスコット「ところで作者さん」

赤野用介 「はい、なんでしょうか?エスコットさん」

エスコット「第二巻の5話でも、暗くなるストーリーを誤魔化す為に

      『けしからん果実』を出していましたな?」

赤野用介 「…………」

エスコット「もしかして4巻で私たちを呼んだのは……」


赤野用介は4枚のチケットを取り出した。


エスコット「……これは何ですかな?」

赤野用介 「短編リクエスト券×4枚です」

エスコット「と言うと?」

赤野用介 「勝った方にはいずれエリーカさんとの後日談があります」

エスコット「ほう。それで?」

赤野用介 「それ以外の四人の方には、自由に好きな短編でもと……」

エスコット「ふむ。生みの親に聞いてみましょう」






Q.【短編リクエスト券】とは?

A.『勝者以外の4人の出演者』が以下の条件で見たい短編1本を自由にリクエストできる券です。


時間軸 開戦のバダンテール歴1236年 ~ 4巻エピローグの時間まで

エリア 作中の地図に書かれている場所ならどこでも可

人 物 その時代、その場所に居るであろう人物なら誰でも可(未登場キャラも可)

行 動 何をさせても良いです。(特に無ければ史実通りに動きます)

目 的 行動の意図・目的を教えて下さい。(特に無ければ史実通りに動きます)


その他 4巻完結後に書きます。

    設定ファイルと矛盾してしまう場合、ifと明記した上で書きます。

    リクエスト期間は、4巻10話投稿後~2013年12月31日までです。

    この件のお問い合わせは掲示板でお答えします。

    おまけ程度に考えてお手柔らかにお願いします(´;ω;`)ウッ……


リクエストのテンプレ

【いつ】

【どこで】

【だれが】

【なにを】

【なぜ】

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