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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一部 第四巻 テュールの片腕(12話+エピローグ) ジュデオン王国編

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第08話 最大の失敗

 怒りが理性を飲み込んで行く。

 ブレーズを殺し、獣人戦士たちを殺すのではなく嬲り、私を挑発する。

 人は気に食わず、我が意に沿わない。


 人よ。

 お前たちは人である。

 フェンリルでは無く、金や銀の種族でも無く、獣人ですら無く、単なる人である。


 お前たちが弱き事を、私は認めよう。

 お前たちは弱き替わりに、宝珠都市を創り出せる。

 なればこそ、人という存在がイェルハイド帝国に果たし得る貢献を認めよう。

 戦争終結の暁には、獣人帝国において人がアルテナの祝福を上げ、カルマを上げ、転生竜を倒し、転生条件を満たす事を認めよう。


 人よ、お前たちは『勘違い』をしている。

 ルールとは定めた者の意であり、その実効力は力による強制である。


 お前たちは、我が意に沿わずに過ごせるだけの力を持っているのか?

 無いのだろう?

 そんな力は無いのだろう?


 では何故私に逆らうのか?

 私が弱いと見えるからか?

 確かに私は父より弱い。

 だがそれで?

 人の力とは、皇帝と私との間に有るのか?


 人よ、お前たちは『勘違い』をしている。

 お前たちの代替不可能な価値は、宝珠都市を創り出せ、アルテナの神宝珠に祈れると言う2点のみである。

 お前達に価値を上回る害が有れば、私は最終的にお前達を滅ぼすのだ。

 そしてその害の度合いを判断するのも私である。


 なればこそ、私を怒らせるな。

 怒らせるな。怒らせるな。怒らせるな。怒らせるな。


 怒りが理性を上回る。

 売られた喧嘩だ。噛み千切ってやろう。貴様の手を噛み千切り、喉を噛み千切り、心臓を噛み千切ってやろう。


「落とせ」

「承知」


 私の両肩を両足で掴んで飛んだアロイージオが、ジュデオン防壁内の上空で私を投げ捨てた。


 私は竜骨で作られたバスタードソードを片手に、地面へ向かって真っすぐ落ちて行った。

 私の身体には、物理無効化ステージ2が掛かっている。

 私は2階建ての石造りの民家の屋根に激突して弾かれ、路上に落ちて転がり、2度の衝撃をスキル効果で完全に防いで無傷で立ち上がった。


 大街道に繋がる、防壁の南門が見えた。

 そこには数千の大軍が見えた。

 門の外側に全ての兵器を向けている。

 何人か私に気付いて、大声を上げているようだ。


「ふははははははっ、あははははははっ」


 笑うしかない。

 最大の敵がお前たちの後ろにいるぞ。


 

 吠えてやろう。

 どれくらいの力で吠えてやろうか?

 よし、門の外側に居る我が軍勢に届くくらいに吠えてやろう。


「グッグググググググ…………


 スキルを同時に発動する。


 『威圧』

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 叫び声にスキルを込め、マナの届く全ての相手を威圧した。


 私はフェンリルだ。

 私の前に立つ者は誰だ。

 私の前に立つ者は私を見よ。私が何者であるかを見よ。

 私は引かぬ。

 貴様は一体どれほどの者であるか。

 どれほどのモノを背負い、どれほどの死を喰らい、どれほどの道を歩んで来たのか。

 私の前に立ち、私の意に反し、私の道と相対できる者であるのか。

 示せ。証明して見せよ。私の威圧を受けてなお怯まぬ者ならば、私の敵であると認めよう。


 私はバスタードソードを構え、大地を両足で力一杯に蹴り飛ばし、南の大門へと一直線に飛び込んでいった。


 人間を撥ね飛ばす。 兵を撥ね飛ばす。 騎士を撥ね飛ばす。 冒険者を撥ね飛ばす。 人の群れを撥ね飛ばす。 馬車を撥ね飛ばす。 荷台を撥ね飛ばす。 柵を撥ね飛ばす。 樽を撥ね飛ばす。 櫓を撥ね飛ばす。 私の前にあるモノを全て撥ね飛ばす。


 大門が見える。祝福100のスキルを見せてやろう。


 『バーサーカー』

「グアアアアアアアッ!!」


 振り上げた。

 叩き付けた。

 吹き飛んだ。


 我が軍勢が見えた。第一陣である第五軍団の突撃が始まる。先頭を疾走しているのは軍団長のラビだ。


 そうだ。これが我が意だ。


 ……悪寒がして、ふと北の空を見上げた。

 アロイージオが真っ直ぐに落ちて行く。落ち方がおかしい。私はその光景を受け入れるまでに時間がかかった。


 血の気が引いて行く。私は急速に冷静になって行く。

 周囲には敵の大軍がいる。既に私の威圧のスキル効果は切れている。

 フェンリルの肌で敵の殺気が読み取れる。

 大祝福2以上の敵が2……4……9……12……馬鹿な。


「ラビィイイイッ!」

「ここに」

「アロイージオを追え!あの方角だっ!こいつらは私が引き受けた!」

「……!」


 ラビが私の撥ね飛ばして作った道を駆け抜けるのと、私がバスタードソードを構えるのと、敵が左右から襲いかかってくるのは同時だった。


 


 


 Ep04-08


 


 


 王都ジュデオンを囲む15mもの大防壁は、王都の周囲がモンスターの巣窟である事に由来する。

 その大防壁の内門から、心臓が締め付けられるような雄叫びと、身体が震えだすような恐ろしいマナとが一気に押し寄せて来た。

 怖い。

 それは生物が持つ生存本能だ。

 あの咆哮を聞いてなお平然としていられるのは、既に死んでいるアンデッドたちと、生物とは存在の在り様が異なる神魔と転生竜、そして大祝福3と言う皇女ベリンダと同じ高見に立った冒険者のみである。

 この王都ジュデオンにおいて皇女ベリンダの咆哮を聞いてなお平然と動けるのは、空を飛ぶ神速のアロイージオ、大地を疾走する紅闇のラビ、そして獣人軍の中央に構える首狩りのイルヴァの3者のみであろう。

 そうエリーカは思った。


 エリーカは祝福83で、同じく直属軍団長補佐のアギレラは祝福84だ。

 第五軍団の上位者には、灯火のサイラスと言う人体発火が大好きな祝福76の魔導師がいる。

 第八軍団には、呪いのリーラと死のレーナという双子の祝福72の魔導師たちがいる。尤も、彼女らは飛行騎兵の生き残りを尋問しており戦場には来ていない。

 輸送軍団には、嘲笑のデリックと言う戦士系で祝福83の軍団長補佐がいる。

 そんな軍団長以外の上位者達ですら、皇女のスキル『威圧』に震え怯えていた。


 どうしようもなく怖いのだ。

 この怯えは本能から来る死の恐怖であって、怒りが自分達に向けられないと分かっていても、理性ではその恐怖を抑えることが出来ないのだ。

 例えばエリーカは皇女のお気に入りである。軍規を破るような行いは一度もしていない。であれば、皇女に殺されるような事はあり得ないはずだ。

 だが、本当にそうだろうか?

 皇女の咆哮の前に立つような不埒な真似をすれば、それだけで皇女の不興を買ってひと噛みで殺されないだろうか?

 あり得ないとは言い切れない。なにせ相手はフェンリルだ。

 この咆哮を聞くと、そんな事を感じずにはいられない。


 その怯えがようやく収まりかけた頃、大防壁に取り付けられていた金属製の大門の門扉が、激突音と共に防壁から外れて吹き飛んだ。

 それを合図に第五軍団が、軍団長のラビからかなり遅れて突撃を開始し始めた。

 ラビには軍勢などいらないのだ。

 敵の攻撃は、大祝福3祝福2の探索者戦闘系であるラビの速度をとても捕捉出来ない。ラビは飛んでくる無数の矢を余裕で眺め、身体を自在に動かして軽々と避けてしまう。

 そもそもラビなら防壁だってそのまま飛び越えてしまう。ラビは皇女ベリンダが作戦を示したから従っていただけだ。軍団長が言う事を聞くのは、地上では皇女ただ1人のみである。

 その皇女は、1人でも都市を破壊できるだろう。

 大祝福3は次元が違う。

 エリーカはもはや呆れながら、傍に控える二人の大隊長に指示を出した。


「ゲイズティ大隊、ギラン大隊、第五軍団に続いて前進して下さい」

「了解。ゲイズティ大隊、大門へ向かって進撃せよ」

「がははっ、ギラン大隊も突撃だ!アルパカに負けるなぁ!」

「黙れ馬鹿猪っ!」


 エリーカ補佐の揮下に配属された2個大隊1600名が、アギレラ補佐に配属された3個大隊2400名と並走しながら大門に向かって進撃を始めた。

 エリーカ達の前方では、第五軍団の大隊長5名と4000名の獣人戦士と兵士が紡錘陣形で大門を目掛けて突入を開始していた。

 そしてエリーカ達の後ろからは、イルヴァ軍団長率いる第八軍団が陣形を大きく広げながら前進を開始している。


「なぁ、エスコットくん」

「何ですかな?シアン隊長」


 黒狐が部下のフェネックに問いかけた。

 二人は隊長と兵士と言っても同じ27歳同士。それにエスコットは頭脳明晰で弓の腕も一流だ。

 射撃隊長であるシアンは、そんな従軍兵のエスコットを見込んで兵士長に任命し、兵士たちをまとめさせる事にした。


「大門へ向って進撃せよと言われたけれど、進撃とは攻撃しながら進む事だよね?」

「前進ではなく進撃ならば、そうなのでしょう」

「すると攻撃しないといけないわけだけど、アレは無理だよね?」

「……無理でしょうな」


 シアンの指差した先には、弓を吹き飛ばす両軍の魔法が吹き荒れていた。


 『ダウンバースト』『バースト・ウインド』『エアアロー』『ファイヤースコール』

 『サマール』『サンダーストーム』『ファイヤーバースト』『ウインドブラスト』


 両軍は弓矢による攻撃を風魔法や雷の嵐で吹き散らし、炎の雨や水の噴射で打ち落とし、ついでに相手の前進や妨害を封じようとあらん限りの魔法を撃ち合っている。

 その最たるは大門の周辺であって、そんな中に矢を飛ばしても矢が友軍に当たりかねない。かと言って正面から離れた左右の防壁上へ目掛けて弓を飛ばしても射程外だ。

 二人は進撃ではなくて前進をすべきだと感じ、部下には弓を構えさせずにそのまま大隊に走って付いて行った。

 異変が起きたのは門の周辺に辿り着いてからである。

 エリーカ達には、大門の向こう側の信じがたい光景が見えた。


 第五軍団の大隊長は既に1人殺されており、今まさに2人目の大隊長である灯火のサイラスが殺される所だった。

 皇女ベリンダのバスタードソードが冒険者の身体に激突し、『物理無効化ステージ1』のスキルによって弾かれている。

 冒険者達は多数でベリンダを囲んで、攻撃を受ける度に入れ替わって、後ろの治癒師からスキルのかけ直しを受けている。

 敵に大祝福2を越える冒険者が10名以上いる。

 しかも複数の治癒師が彼らと同じパーティを組んで、スキルで物理攻撃を無効化している。攻撃を治癒するのではなく、攻撃自体を無効化しながら皇女を抑え、その間に大隊長を集中して削っているのだ。

 それはベイル王国の宰相代理が無敗のグウィードを倒した際に、2パーティ4人を用いて行った技だった。それと同じ戦術を、ジュデオン王国が規模を大きくして模倣していた。

 加えて高速で敵を攻撃できるはずのラビ軍団長が何故かどこにも居ない。


「アギレラっ、第五軍団を助けろっ!エリーカっ、ラビを追え!アロイージオの方角だ!」

「突撃っ!」


 アギレラ補佐と3名の大隊長が即応し、既に2名にまで減らされた第五軍団の大隊長達の下に2人ずつ駆け寄った。

 だが集団戦の経験に乏しいエリーカ補佐は、アギレラ補佐のように即応出来なかった。それを二人の大隊長が素早くフォローした。


「ゲイズティ大隊、正面が手薄だ!突撃!」

「ギラン大隊、こじ開けて支えろ。俺はアルパカと共に往く。お前らはここで戦え」

「ギラン大隊長!?」

「ここの手が足りんだろう」

「はっ!イルヴァ軍団長が到着されるまで支えます!」

「おう。では行くぞ、アルパカよ」

「黙れ。ちっ、ゲイズティ大隊。第一から第七までの攻撃隊は俺達の突破後、ここに残れ。馬鹿猪の大隊と共に大門の周辺を支えろ。負けるなよっ!」

「はっ!」

「「突撃っ!!」」


 エリーカは大隊長2名と3隊240名に囲まれ、皇女が剣で指示した方角へと侵入して行った。


 


 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 




 狩りにはタイミングと言うものがある。

 身構えた相手を倒すのは容易ではない。なぜなら相手は、こちらの攻撃に対して対応をするからだ。

 反撃、回避、防御、逃亡。

 あるいはそれらを同時に行い、それら以外に仲間を呼ぶなどの行動を採るかもしれない。


 では、身構えていない相手なら?

 こちらを認識していない相手なら?


 そんな相手には不意打ちが出来る。

 不意打ちをされた相手の対応は遅れる。

 するとこちらが初手で失敗しても、相手がリアクションを起こす前に新たな攻撃を行い、あるいは逃げ出す事が出来る。

 すなわち『狩りの最高のタイミングとは、不意打ちが出来る瞬間』である。


 だが、それだけで相手を倒せるとは限らない。

 不意打ちをする側に、「相手を倒すに足る力」が無ければならない。

 この際の力とは『相手を殺せる物理的手段』と、『その手段を実現可能な実行者の力量』である。それをきちんと用意すべきだ。


 それでも失敗する事がある。

 では、さらに確実性を増すにはどうすれば良いのか?

 獲物への距離を詰める。扱う武器の鋭利さを増す。塗る毒の量を増やす。


 それでもまだ足りない。

 ならば狙いを付けたまま、こちらを認識していない敵がさらに何かに気を取られて余所見をする瞬間を狙う。そうやって、相手が警戒していない瞬間を狙う。


 

 6月29日、ハインツは神速のアロイージオを見た。

 体格を見て、骨格を見て、筋肉を見て、飛行速度を見て、羽ばたき回数を見て、旋回を見て、武器を見て、スキルを見て、祝福を見て、攻撃力を見て、攻撃方法を見て、回避力を見て、回避方法を見て、性格を見て、判断力を見て、対処能力を見て、決断力を見た。

 神速のアロイージオという存在の理解に努めた。

 そして、殺せる手段をいくつか思い付いた。

 その中で100%殺せて、100%反撃を受けない方法を採る事にした。


 それは、アロイージオが上空を飛んでいる間にオリビアの石化魔法で石化し、落下させて粉砕する方法である。

 しかも、アロイージオが飛びながら油断している瞬間にそれをする。


 魔法無効化ステージ1のスキルは、攻撃魔法を無効化するスキルだ。状態変化魔法まで無効化する事は出来ない。

 要は、オリビアの魔力がアロイージオの魔法耐性を上回れば良いのだ。

 祝福91の魔導師オリビアの魔力が、祝福90の戦士アロイージオに全く効かないと言う事は無い。

 アロイージオの身体が硬くなって羽ばたけなくなるだけでも良い。落下して大きなダメージを受けるだろう。

 仮に物理無効化スキルが掛かって物理ダメージを受けなかったとしても、飛べなくなり身体が固まった相手になら、ハインツとオリビアが連携すれば負ける要素は無い。


 これを成功させる為に、オリビアの装備は全て魔力強化に特化した。

 これまでもそれなりの物を装備していたが、マナ量増大の輝石は魔力増大の輝石に変え、魔力がわずかでも上がる物を揃えた。

 それとさらにもう一つ、治癒師付与系のネルヴァ・ハルパニアに魔力上昇のスキルを掛けてもらった。

 金を積んだ依頼とはそれの事である。

 また、落下したアロイージオが生存していた時の為に、ハインツ自身には攻撃・防御・速度の付与をしてもらう。

 付与のタイミングは、アロイージオの姿が上空に見えた瞬間だった。

 付与のスキル効果は一定時間で切れる。事前に掛けたのでは効果が消えてしまう。だから金を積んで依頼を行った。

 何故乗ったのか理由は知らないが、死体漁りをしてまで金が必要なら、相応の金額と条件を提示すれば乗るだろうと判断した。果たして彼は乗った。


「来たっ。ハルパニア、頼む」

「報酬分は働く」


 治癒師付与系のハルパニアは、そう言うと指先から普段は使わないスキルをオリビアに向けて放った。


 『魔力付与』


 それは大祝福2台の強い付与だった。その力を受けたオリビアの魔力が「人類最高」から、「人獣最高」へと一気に上がった。

 彼は本当の祝福数を隠しているのだろう。

 身に覚えのある話だ。

 ハインツ自身は治癒師である事を隠しているし、オリビアも正確な祝福数を隠している。


 ハインツの『ベイル王国宰相代理』と言う今の肩書なら、それ以前と違って圧力など掛けられないだろう。

 ベイル王国内に圧力を掛けてくる有力者は居ない。

 何せハインツより身分が上の存在は妻のアンジェリカ次期女王と、もはや一切の口を出さないベイル国王と、調整のみに終始しているフォスター宰相の三者だけである。

 そしてベイル最大の貴族は、第五宝珠都市を領土に持つアドルフォとメルネスだ。


 だが「失われた体の部分再生」や、そのさらに上の「肉体再生蘇生」が唯一出来るとされるリーランドの大治癒師は、リーランド帝国が厳重に管理している。

 そして治癒を求める人々は、リーランド帝国にそれ相応の対価を求められている。

 そんな中にハインツが現れればどうなるか。あるいはオリビアが大祝福3だと言えばどうなるか。

 『リーランドより安価で治癒してもらえないか』と考えて来る人が一体何人いるのかを想像すると、ハインツはその想像から数秒で気が滅入る。


 さらにハインツは「魔導師のオリビアは治癒できないから、そこまでの影響は無いだろう」と考えていた件に付いても、オリビアが転移のスキルを得た事により考え方を改めた。

 この『都市間移動も通信手段も未発達』な世界における『光景を思い浮かべる事が可能な場所への一瞬での転移』の方にも、途方も無い価値がある。

 オリビアの『小さくても普通の家で洗濯をして、掃除をして、買い物をして、料理をして、夫を迎えて、そんな生活で良いです』はかなり難しくなるだろう。


 では、この治癒師付与系のネルヴァ・ハルパニアはどうか?

 本人が望めばどこの国でも厚遇されるにも拘らず、どこの国にも仕官していない。と言う事は、彼には仕官をする気が無いのだろう。

 大祝福1台ならそれで済む。だが大祝福2なら放ってはおかれないだろう。ハインツだって彼をベイルに誘いたい。

 しかし、今このタイミングで気を悪くされても困る。現時点での最優先は、彼の雇用では無く神速のアロイージオを倒す事だ。


「よし、では俺に攻撃・防御・速度の上昇スキルを」

「撃ち落とすのに慎重な事だ。だが、だからこそ金狼や無敗を倒せたのか」

「アロイージオは何かを抱えているな?……そうか!早く頼む!」

 『攻撃付与』


 焦り出したハインツに従い、ハルパニアはまず攻撃力上昇を掛けた。


「オリビア、アロイージオは抱えている獣人を都市内に落とす気だ。抱えている奴が剣を持っている。相手は戦士系の冒険者だ。大祝福3台の軍団長か、皇女自身だ」

「そうなのですか?」

「……っ!」

「ハルパニア、早くスキルをかけてくれ。オリビア、門が壊されるタイミングが、アロイージオが一番油断をするタイミングだ。あいつは獣人を落とした後にこちらに向かって来て、余裕を持って大きく旋回するだろう。そのタイミングで石化を使うんだ。タイミングは俺が指示する」

 『防御付与』

「分かりました」


 ハインツの眼に、その存在がアロイージオから離れて落下するのが見えた。

 アロイージオはそのまま都市を北へと飛び続けた。

 一方落とされた側は、2階建ての石造りの民家の屋根に激突し、弾かれて路上に落ちて転がり、そのまま平然と立ち上がった。


「物理無効化ステージ2か?」

 『速度付与』

「よし。オリビア、杖をアロイージオに向けて構えるんだ。もうすぐだぞ」

「わかりました」


 落とされたソレは、突如叫び出した。


「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

「ぐうっ!」


 その恐ろしい咆哮を聞いたハルパニアは、心臓を鷲掴みにされたかのような苦悶の表情で思わず路地に膝をついた。


「なんですかっ、今のマナの放出は!?」

「『威圧』のスキルだと!?あれは首狩りのイルヴァじゃない。皇女ベリンダだ。まさか皇女自身が大門の破壊役をやるとは……」


 動けなくなったハルパニアを一瞬だけ見て、ハインツは視線を皇女に戻した。

 威圧のスキルは一定時間で解ける。後遺症も何もない。それより、タイミングが迫っている。


「オリビア、そろそろだ」

「わかりました」


 ベリンダがあらゆる者と物とを撥ね飛ばしながら、都市内から大門へと突っ込んで行った。ハインツはそれとアロイージオとを見比べながら、最高のタイミングを探った。そしてそのタイミングが来た。


 『バーサーカー』


 皇女ベリンダのバスタードソードが、大門の門扉の前で大きく振り上げられる。


「オリビア、今だっ!」


 オリビアは杖を掲げながら、アロイージオの身体を見た。

 そしてオリビアの瞳が血の色に染まり、口からは呪いのスキルが発せられる。


 『全体石化』


 オリビアがこのスキルを初めて使ったのは、廃墟都市リエイツでゾンビにされかけて、焼き殺されかけた時だった。




 誰のせい?獣人のせい。

 故郷を襲った獣人のせい。


 戦争の始まりなんて知らない。

 私は獣人に何もしていなかった。

 獣人はそんな私の故郷を、家を、両親を奪った。

 お姉ちゃんを……お姉ちゃんを泣かせた。私はお姉ちゃんを泣かせた。お前たちのせいで。お前達が私を……ああ、炎が見える。真っ赤な炎が見える。憎しみの炎が見える。



 

 オリビアの両腕が、空へと向かって次第に伸びていく。

 そして、杖でアロイージオの身体をなぞり始めた。




 落ちなさい、落ちなさい

 私の右手を、貴方の身体に

 私の左手を、貴方の首筋に

 握り締めて、締め付けて

 さあ、無力な身体を地面へ

 叩きつけて、叩きつけて、私の両手で、力強く

 固まれ、固まれ、氷のように固まって、岩のように固く閉じ

 貴方の全てを封じ込め、貴方は石になる




 アロイージオは空を飛んでおり、オリビアの視線との間には遮蔽物など何もない。

 オリビアはアロイージオをしっかりと捕まえ、呪いのマナを送り込んだ。

 アロイージオは抵抗しながらも、全身が次第に固まっていくのを感じた。

 必死に呪いの手から逃れようと足掻き、「無理ならば安全な着地を」と僅かに逃げの感情を持った瞬間、呪いに負けた。

 呪いに負けたと思った瞬間、アロイージオの身体は全く動かなくなった。そしてそのまま大地へと落下して行く。


「オリビア、そのまま呪い続けろ。地面に叩き付けるまで呪いをさらに強めろ。俺は先に落下地点へ行く」


 オリビアは、ハインツを酷い夫だと思った。

 そんな気持ちも込めながら、オリビアはアロイージオを地面に激突する瞬間まで呪い続けた。


 


 


 そんな酷い夫に、オリビアは落下地点で一つの物を手渡された。


 【転姿停止の指輪(効果・年齢∞、±0歳)】


「これは何です?」


 ハインツは、ベリンダの威圧効果が切れたハルパニアが脱出用の馬を落下地点へ移動させている間に、それを素早くオリビアに渡した。


「石になって砕けた神速のアロイージオが装備していた物だ。最上位の転生竜の竜核で作られた『転姿停止』の指輪。オリビアがアロイージオを倒したから、それはオリビアの物だ。俺は既に金狼と無敗を倒して2つ持っている」

「……私に渡す為に、わざと私にトドメを刺させましたか?」


 1年も秘書官をしていれば、そして自分が4番目の妻である事を考えれば、夫が何をしたかが分かってしまう。

 オリビアはハインツをじっと見た。


「使うと経験値の上昇が止まるようだ。もうすぐ祝福92だろう?94まで上げてパーティ単位での転移スキルを得てから指輪を嵌めてくれ。あと3年で出来るだろ」

「はぁ……ご主人さまは、何でも勝手に決めてしまうのですね」


 そう言ってオリビアは指輪を懐に仕舞い込んだ。

 そして念を押す。


「残る二つは、ご主人さま用とリーゼ用ですよね?」

「……ああ」

「ミリーは?アンジェリカ王女は?私は4番目の妻ですよね?」

「だからオリビアに渡さざるを得ない方法で倒した」

「どうしてです?」

「そんな事を聞くのか?」

「聞きたいですよ」

「男はそういうことを言わないものだ」

「女は言ってくれないと不安になるんですよ」


 ハインツは自分の想いをどう伝えようかと迷い、結局一言だけを口にした。


「オリビア、愛している」


 言葉を増やすほどに本当の想いが伝わらない。

 だから、嘘偽りの無い一つの事実だけを理解して欲しかった。すべての行動はそれに起因しているのだから。


「……私も愛してますよ」


 オリビアはハインツの目を見つめて、ハインツの言外の想いを受け止めた。


 


 その瞬間、狩りの全ての条件を満たした『最高のタイミング』が生じていた。


 常に慎重なハインツが油断をしていたのは、冒険者として積み重ねた経験からである。

 探索者戦闘系の大祝福3を以ってしても、ベリンダが壊した門からアロイージオの落下地点へはまだ辿り着けない。という、ジャポーンでの経験に基づく体感があった。


 さらに、人類が勝てないであろう危険な戦場にあえて身を置いたのは、転姿停止の指輪が欲しい、すなわち永遠にオリビアが欲しいという、己の抗えない欲望からであった。


 探索者戦闘系の大祝福3祝福2にして『ピューマの種族補正』を持つ紅闇のラビは、ハインツが完全に油断をし、さらにオリビアとの会話に気を取られている瞬間に襲い掛かった。


 『暗殺』


 


 それは本当に最高の、そして最悪のタイミングだった。


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