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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第一巻 フロイデンの一夜(11話+エピローグ) 物語導入編
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第05話 橋上の攻防

 ミリーの右足首を上手く縛れない。縛れるものが無い。

 わたしの上着で代用しようとしたけれど、わたしにはもう指が10本とも長さが半分ほどしか無くて、うまく脱ぐ事が出来なかった。

 代わりに指から溢れる血で上着が真っ赤に染まった。

 結果が得られず時間だけ浪費した。早くしないとミリーが死んでしまう。


 (絶対に嫌、だから許してミリーっ!)


 わたしは、キャンプファイヤーの火種になっていた焚き木を持って、まず自分の指を焼いた。


「あああああああああああああっ!」


 熱い熱あああついあついいたいいいたい……あついあああああああっ。

 涙が沢山流れて、転げ回って、でもなんとか耐えて焼き切った。

 これを、ミリーの右足首にも押し付けないといけない。迷っている暇なんて無かった。焼灼止血法。そうしないと、本当にミリーは死んでしまう。

 死なせるのは絶対に駄目……


 ジューーーッ


 ぐにゃりとした凄く嫌な感触が、無理やり焚き木を押し付けている腕に伝わってきた。

 わたしは震えながら、必死に俯いて、ミリーのとても聞き難い絶叫を聞きながら、それでも作業を続ける。

 ミリーは意識を失った。血は粗方止まった。でも傷口が酷過ぎる。


 (次は……次は……)


 わたしに治癒魔法はもう使えない。

 ステージ1や2の治癒では、とても斬られた体の再生はできないけれど、火傷の治療には使える。使えた……はずだったのに。


 冒険者は、10個のスキルを扱える。

 アルテナより授かるスキルは、指の神経と感覚に刻み込ませる。だから、刻み込める技能の数も10まで。どの指に何を覚えさせるかはとても重要で、同時に冒険者の最大の楽しみの一つでもあった。

 わたしもかなり悩んで、単体回復は右手の人差指に刻んでいこうと決めた。

 祝福が判明した日からは毎日欠かさず神殿に通い、何度も何度も練習をした。回復魔法が完全に発動した日には、教会の神官様が買ってくださったケーキと、お父さんが買ってくれたケーキがかぶって、笑い話になった。

 その指はもう無かった。さっき獣人に、斬り落とされてしまった。


 (今使わないとミリーが死んじゃうのに)


 わたしが時間を無駄にしたせいで、ミリーは血を失い過ぎていた。このままでは絶対に死んでしまう。

 でも、フロイデンまで運ぼうとしても、その途中できっと死んでしまう。

 ミリーに手を伸ばそうとして、わたしの両手に激痛が走った。必死に忘れていた、焼いた指の痛みが凄い勢いで戻った。このままだとわたしも動けなくなってしまう。


 (ミリーの体をどうにか引っ張って、まずここで暴れている獣人達から少しでも離れないと)


 そこまでは、必死に頑張る。なんとか出来るはず。


 (でも、それからどうしたら良いのっ?)


 失った指がいたくていたくてくやしくて、俯いた瞳からまた涙が溢れ落ちた。今はそんな時間なんて無いのに、涙は止まらなかった。


 




 Ep01-05


 




 アドルフォ・ハーヴェは、昼にコフランから高速馬車で駆け抜け始め、太陽が天空から姿を消すまで殆ど休みなく馬を走らせ続けた。

 間には最小限の小休憩しか挟んでいない。

 最小限とは、馬の体力の最小限では無い。マナを含んだ高価な体力回復薬を馬に使っての、体力の限界を超えた最小限の休憩だ。

 だが、そんな高速で駆け抜けたアドルフォ・ハーヴェは、自らの想定した最悪の事態すら希望を含んだ楽観であったのだと悟った。

 夜の人通りがあるはずもないフロイデン大橋に、自然では起こり得ない灯りが見えたのだ。獣人に先んじて到着する事が出来なかった。既に、獣人軍による橋の破壊活動が進行していた。

 驚きはあった。だが、躊躇いは無かった。

 即座に金と伝手と、そして非常事態とを総動員してかき集めた全てを惜しみなく投入した。


「これ以上橋を壊させるなや!魔導師隊、照明弾を撃てっ!敵影確認後、各自遠距離攻撃開始!」

「魔導師隊、照明弾撃て!」

 『ライトスコール』

 『ライトスパーク』


 高速で突き進む先頭の箱馬車から、照明魔法が橋の上空へ向かって伸びていく。その光は獣人達の灯りの上で、豪光となって降り注いだ。


「「ぐぎゃあああああっ!?!?」」


 激しい閃光が何度も獣人の視界を白く焼き、彼らの姿を暗闇から浮かび上がらせた。


「続けて遠距離魔法攻撃!撃てっ!」


 『サンダーストーム』『エアアロー』

 『ファイヤーバースト』『ウインドブラスト』


「「「ぐうあああああああああああっ!」」」


 一方的な炎が、雷が、風が、密集した橋の上で殺戮の嵐となって吹き荒れた。なお一層混乱する獣人達に対し、冒険者達は攻撃の手を増やしていく。


「弩兵隊、毒矢攻撃開始!態勢の崩れた敵を前面から削り落とせぇ!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」


 距離を詰めた箱馬車から次々に飛び降りた200人を超える人の雄叫びが、夜の大街道に唱和した。

 破壊されつつある橋の獣人達に、雄叫びを上げながら駆けてゆく人々の攻撃が、まるでスコールのように一斉に降り注いでいく。


「ぐぁあああっ!」

「隊長っ!隊長っ!?」

「くそっ、なんであんなに魔導師が居るっ!やむを得ん、全員作業中止。油を撒いて橋の上を燃やせ」


 残っていた57人の獣人作業班の内、冒険者資格を持つ者は隊長を合わせて6名だけだ。これは、獣人帝国の1隊に配属される冒険者12名の半数でしか無い。

 そもそも大隊長が9割の戦力を連れていき、さらに不測の事態で冒険者の半数を余所に出して、この橋に応戦できる戦力はろくに残っていなかった。

 ひと際大きな爆発音が響き、風圧が隊長の頬を叩いた。 


「ぎゃあああっ」

「油の入った大樽が爆発しましたっ!」


 ついに隊長は決断した。今の戦力でこれ以上持ち堪えるのは不可能だ。


「後退だっ!ここから引けっ!橋の破壊した部分は10メートルもある!敵はこちらに渡っては来られん」

「うああああっ」

「敵の攻撃が激し過ぎます!とても橋を焼くための油を運べません!」

「ええいっ、撤退だと言っただろう!くそっ。総員東側へ移動せよ。せめてそこを燃やせ!」



 次々と鳴り響く爆発音を背に、獣人は火の粉を被りながら、本来より少しだけ短くなった橋を駆け抜けていく。

 マラソンの脱落者は、橋の上で躯となるか大河へと落ちて行った。


「よし、梯子を繋げて橋の破壊された部分に架けぇや!」

「はい会長。梯子を3つ並べて繋げっ!その上には板を敷け!即席の足場を作るんだ!」

「それと、大祝福を受けてる身軽な奴は先行して獣人を追い散らせや!せやけど何人かは捕まえるんや!」

「はいっ。お前ら急げ。すぐに梯子を繋げろ。作業開始」

「手の空いている奴も手伝ってやるんだ」

「魔術師はマナ回復薬でマナを回復しろ」

「あと、コフランと王都に伝令出せや。『獣人軍によるフロイデン大橋の破壊活動を確認。これを阻止した。至急増援を求む。遅いと周辺国に言い触らすぞボケ。結果出せやアホンダラ』ってな!」


 何人かが即座に早馬を反転させ、掛け声と鋭い鞭を入れて全速力で逆走していった。

 コフランには、王都へ走らせる為の別の早馬が並べてある。コフランまでに早馬を使い潰しても大丈夫だ。

 アドルフォは、馬車の幾つかを材料にしてさらに強い足場を作るよう指示を出した。

 そして戦闘を指揮すべく、まだ梯子を乗せただけの橋の上へと周囲を押しのけて駆けて行く。


「敵を追い散らしたら、深追いはするな!その代わりに絶対に何人かは絶対に捕まえろや。情報を引き出すで」


 




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 距離の差は投入できる戦力や物資の差となり、当然の帰結へと至った。

 冒険者71対6という圧倒的な数の暴力の後、装備を剥がれ、粗縄で手足を縛られ、地面に押し付けられた獣人が4人いた。

 だが獣人の何割かには陸路をそのまま逃げられている。

 ちなみに深い峡谷の下にある大河に飛び込んだ何人かは、生きていてもここには上がって来られない。

 水生モンスターも泳ぐ大河を遥か下流まで泳ぎきる事が出来れば、一応助かる可能性も無くはない。

 その他は、揃って黄泉の国へと旅立っている。

 橋の復旧は続いているが、現状で馬が通るのは不可能だ。梯子を繋げたものを架けており、しっかりした足場にするにはまだまだ時間が掛かる。

 アドルフォは、まず情報を得る事にした。


「わいが指揮官や。どうせ沢山逃げた事やし、お前らが知っている事を洗いざらい吐けば、逃がしたってもええんやで?お前らは命、わいは情報を得られる。お互いにとって有益な取引やと思わんか?」

「どうせ話した後に殺される」

「なら1人ずつ知ってる事を話せばええ。1人目が話したら、残る3人の前で逃がしたる。せやから最初に話した方が確実やで?4人目は、話した後に本当に殺されるもわからん。どや?言う気になったか」


 獣人達は視線を交わし合い、なかなか話そうとしない。アドルフォは木の枝を拾い上げ、優しく言葉を繋いだ。


「お前らも、他の奴らみたいに自力で逃げた事にすればええやないか?これはお前ら4人だけの秘密や。情報言わん奴は逃がさへんから安心せぇ。こう言う事は、みんなやっとるんやで?」

「話すと思うのか?」

「はぁ……なぁボウズ、この木の小枝が見えるか?これをな、グルグル回すとお前の目が回る。どや、言う気になったか?」

「馬鹿かお前は……ぐぎゃああああああああぁぁぁあああああっ!!」


 突き出された木の小枝は獣人の目前で止まらず、そのまま真っ直ぐに進んでからグルグルと回った。獣人は確かにグルグルと目を回されながら、あまりの激痛に暴れ絶叫した。


「ほら、グルグル回ったやろ?お前はアホやな。お前らこのままやと、爪とか歯とか、耳とか目とか、色んな物が全部無くなるで?性転換してみるか?素直に言うて、逃げた方が賢いんとちゃうか?」


 アドルフォは平然とした表情で獣人達を見渡し、淡々と告げた。


「反抗的なお前は、四人目やなぁ。残る三人、わいが名前を付けたる。お前はワンワン、そしてお前はニャーゴ、お前はバサバサや。今なら言えば逃がすで?気が変わる前に言っとけや。んで、誰がしゃべるん?」

「なんでもしゃべるワン」

「おしゃべりは大好きニャー」

「話すバサ、話すバサ」

「おう、ええ子や」

「くそがあ、てめえら、ふざけんなぁああ!」


 3人がアッサリ応じ、片目を潰された1人がもがきながら怒りを露わにした。


「よし、ええで。わいは素直な子が大好きや。ああ、この片目野郎は、五月蠅いから馬のくつわでも噛ましておけや」


 アドルフォは、暴れ絶叫を続ける4人目を周囲の冒険者に任せ、とても素直になった3人から話を聞く事にした。

 周囲で様子を見ていた何人かの冒険者たちが、馬車にあった予備のくつわを取り出して4人目の獣人の口にかませる。

 あがあがとうめく4人目の獣人はそのままに、アドルフォは問い質す。


「最初に聞きたいのは、侵入した3大隊の行き先や。みんなどこで夜遊びしとるん?」


 新しい木の小枝を拾ってグルグルと回すアドルフォに対し、3人の素直な獣人はとても積極的に答えた。


「1個大隊はこっちだワン。2個大隊はハグベリ大橋だワン」

「でも、こっちの大隊長は、橋を少し壊した後、殆どの連中を連れてフロイデンに向かったニャー」

「作業に飽きたバサ、飽きたバサ」


「それぞれの大隊長は、誰や?」

「こっちは処理者・バーンハード大隊長だワン」

「ハグベリ大橋は紅眼のダグラス軍団長補佐と、金狼の娘イリーナ大隊長ニャー」

「残りは要塞バサ、要塞バサ」


「ダグラスとイリーナやと?あっちは本気すぎるわ。で、なんでこっちはバーンハードなんや?」

「あっちの方が遠くて、途中に都市もあって困難だったからワン。南のヒルボリからも、西のコフランからも増援が来るワン」

「ハグベリを迂回して大橋を破壊するのも、難しそうだったニャー」

「こっちは簡単バサ、簡単バサ」


 アドルフォは舌打ちしたい気持ちを押さえこみながら考えた。

 脳筋のバーンハードだけは、理ではなく感情で動く。

 ある程度の損害を与えれば引いてくれるのはダグラスやイリーナの方で、バーンハードにそれは通じない。次があるという事には思い至らず、失敗した事も手伝い、意固地になって絶対に橋を壊そうと軍を引きもどすだろう。

 場合によっては、足場を直さないまま遠距離攻撃のみで破壊を防ぎ続け、王都の増援が到着するまで耐えた方が良いかもしれない。


「よし。ならお前ら、お前ら獣人が聞かれたら一番困りそうな秘密を1人ずつ言ってみろ。良い事を教えてくれれば逃がす。よし、言え」

「夏は鎧で毛が蒸れてるワン。戦闘ではけっこう暑いワン」

「夜行性の獣人は、昼はとっても眠いニャー」

「中等生のサマーキャンプに遊びに行ったバサ、大隊長が怒るバサ」


 アドルフォは特に期待せず、投げやりに質問した。

 だが最後の質問で、無視しえない情報を聞いてしまった。


「中等生がなんやて?詳しく言えや」

「中等生が131人、教師が5人、治安騎士6人だワン。治安騎士3人がこっちに様子を見に来たワン」

「だからこっちから、冒険者資格を持った戦士3と兵士17が向かったニャー」

「副長が冒険者2人を連れて迎えに行ったバサ、迎えに行ったバサ」


「ちっ。よし、お前ら3人とも行け。冒険者でもないお前らなんて、戦力にならんしな。殺してもしゃあない」

「ほんとにワン?感謝するワン」

「国に帰ったら、少しは人間にやさしくするニャー」

「人間が獣人帝国に併合され、平和が来ると良いバサ」


 縄を切られてものすごい勢いで逃げて行く3人は、追いかけられまいと必死に祝福の言葉を残す。

 もちろんアドルフォの耳に届かなくなった所で悪態を付く程度はあるだろうが、アドルフォには些細な事を気にする余裕はまるでなかった。

 キャンプ場には、どこからも助けが向かっていないはずだ。みんな都市が襲われると思っていて、増援の戦力は残らず都市へ行く。

 そしてキャンプ場に居るという祝福10台の治安騎士3人では、祝福20以上の獣人冒険者3人に勝つのは困難だ。加えて獣人兵士が17人もいるなら、もはや勝ちようが無い。

 ここから助けに向かうとして、獣人がアドルフォの予想よりも早く橋に戦力を戻したら退路を失って孤立する。

 橋の防衛も当然失敗し、おそらくコフラン以東は獣人の手に落ちる。

 だがここで中等生たちを助けに向かわなければ、確実に138人の死体が積み重なる。


「くそっ、5パーティや。素早い奴だけで向かうで!物資は最低限、なるべく回復薬を持っていくんや。残りは橋の復旧と護衛、警戒せい」


 そう言ってアドルフォは、ふと忘れ物を思い出した。


「4人目の獣人は、討伐証明の右耳だけ削ぎ取って大河でバタフライでもさせとけや。もちろん両手は縛ってな」

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