第05話 大きすぎた釣果★
作戦は成功した。目的を果たした。
都市ムーランが獣人の侵攻によって陥落しているのを見た。俺達は獣人をジュデオンに招き寄せる事に成功したのだ。
だが……だが……
『全騎、飛行陣形を取れ。準備出来次第、加速開始』
俺達は時間を掛けて観察し過ぎた。
空だという安心感で、詳細を確認しようとして都市に接近し過ぎた。
敵襲に慌てたコロナード第一飛行隊長が指示を下し、10騎に減ったペリュトン飛行隊が陣形を組み直す。次いで魔導師が加速魔法を発動した。
『バースト・ウインド』
ペリュトンが翼を大きく広げ、力強い風を受けて大空を急加速した。
だが俺の隣を飛行していた1騎のペリュトンが、ウイングドスピアで片翼を折られて大地へ失墜して行く。
地上に落ちても一撃ならば騎乗者はスキルの効果で死なないが、既に都市ムーランは陥落している。
ここで落ちれば、獣人帝国の勢力圏に徒歩で取り残される事になる。それは捕縛か死の二択を意味する。
(馬鹿な……、馬鹿な……、空を飛べる獣人だと……)
信じられない敵がいた。
そいつにはワシの様な白いクチバシがあった。
顔つきはタカのような風を切る滑らかなフォルムで、その頭部にはミミズクのような羽角が巨大化して角の様に付いている。
翼はオオグンカンドリの様に大きくて無駄な羽毛が存在せず、その下に腕が2本生えている。
体つきは胸が反っていてスマート。足は人ではなく鳥類の形で、靴は履かずに4本の趾足があった。
そして空を駆け抜けてペリュトンの片翼を、剣と足の二撃で防御スキルを突破して折って行く。
『追加加速せよ』
『バースト・ウインド』
もはや手旗信号すらもどかしい。敵の飛行速度はこちらよりも上で、戦闘力はこちらを絶対的に上回っている。
「輸送軍団長、神速のアロイージオだっ!」
飛行戦闘中の私語は禁じられているが、それでも言わずには居られなかったのだろう。魔導師がエアーエコーで声を大にして報告してきた。
驚愕と納得。確かにあそこまで突飛な獣人は滅多に居ない。
混血のフル先祖返りと言う奴だ。鳥類の交配ならあり得るのかもしれないが、あいつはあの姿でアルテナの祝福を受け、しかも軍団長になるまでに力を上げた。
確かアロイージオは戦士防御系の大祝福3だ。加速飛行に使えそうなスキルは持っていない。今すぐバラバラに逃げれば逃げ切れる。
進言すべきか……。
『第一飛行隊、西へ。第二飛行隊、北へ分かれよ』
指示が下った。
第一飛行隊は西のリーランド帝国側、第二飛行隊は北のジュデオン王国側だ。第一飛行隊長は自分の身の安全を考えたのか。
卑怯な。
だが左右に逃げるしかない。ここは従うしかない。このままでは全滅する。
『バースト・ウインド』
追ってくるなよ。頼むからこっちには追ってくるなよ。
神速のアロイージオは、一旦は俺の希望通り4騎に減った第一飛行隊を追い掛けた。
(…………助かった)
だが、飛行速度は緩めない。俺達は何度も加速を続けた。
眼下に新しい煙が見えてくる。
(ムーランだけではなく、その北のゴセックまで同時に陥落しているだとっ!?)
獣人帝国軍は、途方も無い速度で侵攻していた。
都市ムーランで煙が上がっている間に次の都市ゴセックまで陥落するなど、常識的に考えてあり得ない。そして……そして……
「後方より敵!」
(第一飛行隊は全滅したのかっ!?)
『緊急加速せよ』
『バースト・ウインド』『バースト・ウインド』
1個飛行隊に2名配属されている魔導師たちが、同時に突風のスキルを発動させた。
俺達は強大な突風を背中に受けて急上昇し、そこから急降下して最大加速で北への離脱を開始した。
Ep04-05
王都ジュデオンのアルテナ神殿に併設されている治癒院の周辺は、南の都市ゴセックから大量の荷馬車に積まれて運ばれてきた大勢の負傷者で溢れ返っていた。
王都ジュデオンは冒険者の都と呼ばれ、周辺では数多の冒険者が活動している。そのため負傷者は他の都市よりも格段に多く、治癒院も大きくて立派な物が国費で建設されている。
それでも溢れ返って大洪水を起こしている負傷者たちは、そのまま三途の川へと流れそうになっていた。
『リーゼ、俺たち治癒師祈祷系がPreventable Trauma Death……助けられたはずの死を防ぐには、全身を診なければならない。間違いを起こし易いのは、頭部外傷を優先したい不安、主訴を重視する診断学、目立つ損傷からの治療開始などだ。創傷処置をしていたら腹腔内出血で死亡なんてのは典型的なパターンだ』
『どう診たら良いのですか?』
『ABCDEアプローチと言ってな、呼吸・循環・意識レベル・体温を見ることで生命の危機を回避できる。『Airway』『Breathing』『Circulation』『Dysfunction of CNS』『Exposure Environment』。そして同時にスキルで処置をして蘇生する』
『ええと、評価しながら『単体治癒ステージ2』で外傷を塞いで、『蘇生ステージ1』で復活ですか?』
『そうだ。医学を理解する事で治癒師は格段に蘇生率が上がる。あと、蘇生を祝福の高い治癒師が使っている時に、同時に単体治癒を祝福の低い治癒師が同時に使うと、本来死ぬはずの負傷者を助けられるケースが多い』
目の前でたくさんの人たちが死にかけていた。
死にかけている人々は為す術もなく横たわり、だが迫りくる死神から逃げようと必死にもがいていた。
だからリーゼは大声を上げた。
「……わたしは祝福47の治癒師祈祷系です!順番にリサシテ―ションをかけるので、どなたか同時治癒でサポートをお願いします!」
「て、手伝います!」
「ミリーも処置を手伝って」
「何をすればいいの?」
「洗浄とデブリードマン。その後から治癒魔法を掛けると効果が倍増するから」
「……ええと、がんばる」
その場に居合わせた治癒師の1人が名乗り出た。リーゼはその男とミリーと協力し、仮設テント内で次々と治癒を開始した。
瞬く間に死人が蘇っていく。
人々はその信じられない光景に目を見張って絶句した。
だが驚愕しつつも何人かが動き出し、慌ててリーゼの治癒を手伝い始めた。
新しい治癒師が駆け付けて同時治癒を手伝い、それ以外の人も仮設ベッドを作り、テントを張り、洗浄用の水を用意し、包帯を集め、アルテナ神殿の外に新しい救護所が作られていった。
アルテナ神殿からも人が出て来てそれを手伝い始める。
だがその間にも負傷者は運ばれ続け、アルテナ神殿の周囲にもついに収まり切らなくなってしまった。
一方ジュデオン王国の王城では、グンナー王と大魔術師、そして4人の大騎士団長が情報を集めて緊急の対策会議を行っていた。
情報は負傷者や脱出者から続々と入ってくるが、情報はパズルのピースのようにバラバラで、誇張して言う者や、見た範囲を全てと思い込む者の証言が入り乱れて、状況は判然としなかった。
「詳細な情報が入りましたっ!最南端であるムーラン駐留騎士隊の生存者からの情報です」
「報告しろ」
「はっ!去る6月26日、王国最南端の第一宝珠都市ムーランに極めて大規模な獣人帝国軍の侵攻がありました。敵将は皇女ベリンダ、紅闇のラビ、首狩りのイルヴァ、神速のアロイージオが確認されております。軍勢は直属1個軍団、第五軍団、第八軍団、輸送軍団。その他、後続にもかなりの数の獣人兵が」
最悪の想定を上回る事態が進行していた。
大祝福2を越えた6人の軍トップたちが驚愕して声を上げる。
「ぐっ、馬鹿な」
「1軍団に大祝福3が1人、大祝福2が4人。いや、皇女は大隊長の他に軍団長補佐たちを別枠で持っていたか」
「ここにいる6人を合わせても、軍団長1人に勝てるかどうかすら怪しいぞ」
報告はさらに続けられた。
「獣人帝国軍の一部は、ムーラン攻撃には加わらずに一気に北上。翌27日には、第一宝珠都市ゴセックへ突入しました。生存者の殆どがゴセックからの避難者で、ムーランの都市民5万人は退路を断たれて全滅に等しいかと」
★地図(獣人帝国侵攻図)
「……ディエス大魔導師、どう見る?」
「2つの可能性があります。1つは、マルタン王国を人類圏から分断するための獣人軍の大掛かりな作戦である可能性」
「……あり得なくはないが」
「もう1つは、ここ4ヵ月の間に、都市ムーランと占拠されていた都市オートルスクの間で、これまでに9件のリファール侯国軍飛行隊の目撃情報があります。分断されたロマーノ王国を支援するための軍事行動であろうと考えておりましたが、我が国と不仲のリーランド帝国が獣人を我らにぶつけて来た可能性もあり得ます」
「なんだとっ!?」
「なぜ対応しなかったのだ!!」
「報告書はここにいる全員に回覧されていたはずです。第一どう対応しろというのです。オートルスクは元々ロマーノ王国領、そしてリーランド帝国はロマーノを支援している。飛ぶなと言えば、都市ルクラシエや都市ハイアルクを支援するなと言う事かと国際非難されるだけでしょう」
「ええいっ、そこをなんとかするのが大魔導師だろう!杓子定規な事を言うな」
「ザムグレン大騎士団長、勝手な役割を振らないで頂きたい」
「鎮まれ。今は事実確認が出来ん。それよりも侵攻に対する対策だ。南西のゴセックから繋がる都市は3つあるとはいえ、奴らが王都に真っ直ぐ北上してくる可能性は極めて高い。なぜなら、そうしなければ我々に防衛体制を構築されてしまい、わざわざ急襲した意味が無くなるからだ」
「仰せの通りかと」
「南東の都市ハルキスには、即座に大橋を落とせと命じろ。また、王都陥落もしくは敵侵攻の際には南のルクラシエを経由して北東の都市サイエルへ脱出するように連絡しろ」
「了解しました」
「西の都市グラシエには、全都市民に対して北のルドシエか西の同盟国ラスティアへ脱出させる用意をさせろ」
「了解しました」
「ラムレイは、直属騎士団と各治安騎士団を用いて速やかに王都防衛体制を構築しろ。ザムグレンは、直属騎士団を用いて冒険者に配る物資を掻き集めろ。シャイエとバラルディは、それぞれ直属騎士団を用いて現役と引退とを問わず可能な限りの冒険者を集めよ」
「「「「了解しました」」」」
4人の大騎士団長が続々と出て行くのを厳しい顔付きで見守ったグンナー王は、次いでディエス大魔導師に問いかけた。
「何人集まると思う?」
「マルタン王国への追加増援に出す予定であった冒険者たちが出立前で助かりました。騎士800名、治安騎士200名、兵士5000名。祝福20以上の義勇冒険者2000~3000名、大祝福以上の引退冒険者600~1200名と言ったところでしょうか」
「敵は4個軍団で、獣人戦士は2400名。祝福差で1.5倍の3600名で対処すべきだがそれは集まるか」
「それは1個軍団が相手の場合です。軍団長4人が同時に襲ってくるなど、上位ドラゴンが徒党を組んで襲ってくるに等しいものです」
「…………」
グンナー王が沈黙した刹那、大騎士団長達が慌てて戻って来た。
「大変です!上空で、リファール空軍と飛行獣人が空中戦を行っております!」
「……それは本当かっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
進路を変えれば、後ろから追尾してくるアロイージオにあっさり捕まってしまう。
第二飛行隊が神速のアロイージオを引き離すには、スキルを併用しながら真っ直ぐ飛ぶしか無かった。
都市ゴセックを北上すれば、そこには王都ジュデオンがある。
リファール侯国軍第二飛行隊は、自らが生存する唯一無二の手段として北へ加速して飛び続けた。
飛行隊の彼らには打算があった。
冒険者の都と呼ばれるジュデオンの上空なら、地上にいる数多の冒険者達から魔法による援護射撃が期待できる。
例えジュデオンの地上に落ちたとしても、周囲にいるのは獣人ではなく人間だ。反ジュデオン教育を受けたとは言っても、獣人に捕まるより絶対マシだ。
自分たちに対する獣人の怒りは想像を越えていた。
この大侵攻は、おそらくリーランド皇帝アレクシスの予想をすら遥かに超えているだろう。
本来は捕らえた獣人を惨殺し、あるいは薬物で惨たらしめて、ロマーノ王国を食い破って西へと迫る第八軍団長・首狩りのイルヴァの進路を北へと方向転換させればそれで良かった。
第八軍団が怒りで我を失えば進路の再反転など当面起こり得ない。せいぜいジュデオンの冒険者たちと削り合ってくれれば重宝というものだ。と言うのがリーランドの当初の皮算用であった。
だが雪豹を釣るつもりが、よりにもよってフェンリルが釣れてしまった。さらにその陣容には、ピューマと雪豹と怪鳥が付いてきている。
そして今は、その怪鳥が問題だ。
敵の体力は明らかにおかしい。
いくら戦士防御系で体力が全冒険者中最大であろうと、2都市を一気に飛ぶなどもはや獣人では無い。
だがアロイージオが後ろから迫って来ている現実を見れば、否が応にもこの非常識を受け入れざるを得なかった。
第二飛行隊5騎は、ついに王都ジュデオン上空に侵入した。
魔導師たちは1000年以上の歴史の間にリファール王国で培われた加速魔法の技術の粋を惜しみなく発動し続け、マナ回復剤も使い切り、もはや完全にマナを切らしていた。
そのためペリュトンの元来の力でひたすら飛び続ける。速度を上げるために急降下し、高度はどんどん下がっていく。
巨大な防壁を空から超え、数多の建物の上空を飛び、いくつもの大通りと路地から人々に見上げられ同時に指を差されながらも、真っ直ぐに都市中心部へと向かう。そこには王城や冒険者協会があり、同時に沢山の魔導師が居るはずだ。
『煙幕散布せよ』
ついにバンデラス飛行隊長の指示が下り、ヘラルドは都市上空でありったけの消石灰を撒き散らした。
ジュデオン中心部の上空の一角に、突如白い煙が落ち下った。
その煙は都市の広い範囲で目撃する事が出来る。獣人がここにいると伝え、魔導師や対空武器を持った探索者たちを呼び集めるための狼煙だ。
『全騎急速反転、空戦開始せよ』
その指示が下ると同時にヘラルドは反射的に手綱を引きながら身体を左に傾け、ペリュトンを急旋回させた。
凄まじい風圧が右頬を押し潰し、防風マスクの表面を吹き抜けて行く。
飛行騎兵隊は、王都ジュデオンでアロイージオとの空戦に突入した。




























