第04話 リスクを理解する事
『探索』のスキルは、フィールドやダンジョンに流れるマナから地形を読み取り、そこから高純度の輝石や隠し部屋などを推測するスキルだ。
スキル自体を覚えられるのは探索者の祝福40台半ばだが、知識や熟練度が上がればより広い範囲やダンジョンの別階まで把握できるようになり、あるいは密閉度の高い隠し部屋まで探し出すことも出来る。
戦士系であった友人は、冒険者になるなら最初は探索者だと俺に勧めた。
俺は冒険者に憧れたものの職業の知識には乏しく、友人に言われるがまま探索者となった。
探索者には便利なスキルが沢山あった。特に『剥ぎ取り』『離脱』『探索』『鑑定』の4つのスキルは俺にとってかなり相性が良く、冒険者として金に困ることは無かった。
他にもいくつかの探索者系スキルを持っていたが、左手は治癒師のスキルで上書きして完全に消えており、今はもう使えない。
覚えられるスキルは、手指の数と同じ10個まで。
一度スキルを消したら、もう二度と得られない。
そんな多様なスキルの中で、探索のスキルは残した。これはとても便利なスキルだ。今もこうやって役に立っている。
「この奥、マナの塊みたいな存在が居る。おそらく竜だな」
「どれくらいの距離なの?」
「……そう遠くは無い。武器は用意しておけよ。ミリーは俺と一緒に前衛だ」
「うん」
「リーゼはドラゴンの頭上からアストラルレインを降らせるんだ。オリビアはファイヤーを。オリビアのクロスアストラルウォールは危なすぎる」
「はい、あなた」
「ファイヤーで効くんですか?」
「火属性以外のドラゴンなら効くだろう。駄目なら状態変化スキルを。大祝福3のオリビアなら、大抵の相手には効果があるはずだ」
「分かりました」
嫁たちが頷くのを見て、俺は再び先頭になって歩きだした。
ところで女に家と書いて嫁という漢字だが、これは我が家には当て嵌まらないようだ。嫁は4人とも冒険者で、しかもそれなりに強い。
いや、アンジェリカは連れて来ていないから、アンジェリカは嫁という漢字で合っているかもしれない。だがアンジェの場合は女に城と書くべきだろうか?なにせ次期女王陛下だ。
女に城と書くと何と読むのだろう。じょじょ……女児ょ?じょじょじょ。
洞窟内の酸素は充分あるのに、思考が徐々に溶けて行く。
ミリーは一目で分かるくらい緊張しているのに、俺はリラックスし過ぎかもしれない。相手は中位竜の予定だ。3格だとの情報を得ている。
転生竜には7格の強さのランクがある。下位が1格と2格、中位が3格と4格、上位が5格と6格、最上位が7格だ。
討伐の目安は、大祝福1で下位、大祝福2で中位、大祝福3で上位だ。
ようするに、『3格=処理者バーンハード大隊長・パトリシア大隊長』、『4格=金狼の娘イリーナ大隊長・紅眼のダグラス軍団長補佐』、『6格=金狼のガスパール・無敗のグウィード』くらいだと思えば良い。
同じ祝福数の冒険者が1対1で相対すれば種族補正でまず負けるが、2対1ならわりと良い勝負になる。勝ちたければ3対1以上にすると良い。なるべく死人を避けるならバランスのとれた6人パーティが推奨される。
上位は危険すぎるが、中位なら俺とオリビアが両方大祝福3なので連携すれば簡単に倒せるはずだ。一応連携失敗を考えて、4格ではなく俺一人でも確実に倒せる3格を選んだ。
そしてついに竜の雄叫びが聞こえてきた。それと同時に、金属が叩き付けられる戦闘音も聞こえてくる。
「先に来ているパーティがあるな。流石ジュデオン、やっぱり冒険者の層が厚い」
「ええと、どうしますか?あなた」
「よし、竜退治の観戦に変更だ!」
Ep04-04
彼ら自身が付けた集団の名称は『ドラゴンドリーム』と言う。
総勢4パーティ24名からなる冒険者たちで、編成は戦士16名、盗賊5名、治癒師1名、魔導師2名である。
力量は全員が大祝福1台。ジュデオン北東の廃墟都市で祝福を30に上げて間もない冒険者も居れば、何年か天山洞窟で活動して1格のドラゴンくらいは倒した冒険者も居る。
平均祝福は30台後半。その平均値なら、1パーティ6人であっても2格のドラゴンと戦うのは止めた方が良い。
だが彼らは4パーティも居た。
目的はドラゴンの爪、牙、皮、鱗、骨……全てが3格相応の値段で売れる。これを得る事が出来れば、彼らは優れた武器や強い効果のある輝石を購入してさらなる高みへと飛躍できる。
これは、彼らが高い階段を一気に駆け上がるための挑戦だった。
「「うぉおおおおっ!」」
分厚い金属鎧に身を包んだ熱い男たちが8人、タワーシールドを掲げて密集隊形でドラゴンに向かって突撃した。
その側面から、ドラゴンの硬い尻尾が勢いよくぶつかってくる。
「ギャオオオンッ」
「うぐあっ」「がほっ」
側面から直撃を受けた5人が勢いよく弾き飛ばされ、残る2人もひっくり返った。1人は無事だが、ドラゴンに1人で突撃する勇気は無い。
ドラゴンは90度横に反転させた身体を、4本の足でズシンズシンと地面を踏みならし逆回転して戻す。
そして長い首を上げると一気に撓らせながら伸ばし、倒れる1人の戦士の頭に鋭い牙で噛みついた。
「ニコラスっ!」
ドラゴンはニコラスと呼ばれた戦士の頭に噛みついたまま首を思いっきり振り、噛みついた盾戦士の身体を投げ飛ばして洞窟の高い天井に叩き付けた。
天井から金属と岩盤が激しく衝突する音が響き、次いで盾戦士はそのまま落下して地面で再び大きな音を上げた。
「か、回復魔法を!」
「駄目だっ、もう助からない。それより目の前に集中するんだ!」
ドラゴンの両側面から、探索者たちがドラゴンの眼に向かって弓で射撃を開始した。それと同時に1人の魔導師が、正面から土系統の爆発魔法を打ち込む。
矢がドラゴンの眼前まで迫って、魔法で大半があっさりと吹き飛ばされた。
「馬鹿野郎っ!もっとうまく連携しやがれっ!」
「くっ!」
その間にタワーシールドを持っていない別の戦士8人が、ドラゴンの右肩や胴体にオウルパイクを突き刺した。
オウルパイクは先端がエストックのように鋭い槍で、リーチが長くて大型モンスター退治によく用いられる。先端はドラゴンのそれなりに硬いうろこを貫き、ドラゴンは突き刺さる痛みに身体を振って暴れる。
ドラゴンは右肩を後ろに下げ、代わりに左前足を前に出して勢いよく振り被った。鋭い爪の尖端が槍戦士の1人の身体に大きく刺さった。
「ギャオオオオンッ」
「クラネルトっ!」
ドラゴンは地団駄を踏むかのように、槍戦士の1人を爪で刺したまま左前足を地面に何度も叩き付けた。
そして口から物凄い勢いでマナを燃焼させた炎を噴き出す。槍戦士の2人が直撃を受け、Ⅲ度熱傷で転げ回った。余波は熱波となって周囲の槍戦士の猛攻を防ぐ。
「その2人に治癒魔法だっ!」
「了解!」
タワーシールドを持った残り7人の盾戦士たちのうち4人が、炎の直撃を受けた2人を引き摺って後方に下げる。その2人を同時に治癒しようと、治癒師が全体回復ステージ2を行使した。
ドラゴンの炎が収まると、5人に減った槍戦士たちは再びオウルパイクをドラゴンに突き刺した。狙っているのは右前脚の付け根、つまり右肩だ。徹底的に潰して移動と攻撃を半減させようと図る。
「恐れるな、突撃しろおっ!」
パーティの指揮官らしき男が号令を下し、それに応じた盾戦士たちが大地を強く蹴って一気に突撃を開始した。
同時に探索者たちも武器を槍に持ち替え、ドラゴンに突撃し始めた。
「ギャオオオオオオンッ」
ドラゴンが身体を回転させ、太い尻尾で冒険者たちを薙ぎ払う。
だがそれで迫りくる全ての冒険者を倒せるわけではない。
体勢が乱れたドラゴンの硬い鱗に沢山の槍が突き刺さり、あるいは運よく鱗と鱗の間に入り込んだ槍先がドラゴンの皮を突き破って真っ赤な血を流させる。
「いけいけいけっ!一気に押し潰せっ」
「喰らええええっ!」
「おおおおおっ!」
ドラゴンの両前足の間を抜けて胴体の真下に入り込んだ探索者が、槍を真下から思いっきり突き上げて首を突いた。
その一撃で、ドラゴンの怒りが振り切れた。
ドラゴンは両翼を洞窟にぶつけながら飛び上がると、そのまま冒険者たちの真上に落ちていって、両前足と翼と尻尾とを振りまくって大暴れした。同時に炎のブレスを、狙いを付けずに周囲へ撒き散らす。その後は雄叫びをあげまくって威嚇した。
「負けるなっ!あとひと押しだっ!」
本当はあとひと押しではない事は分かっている。だが士気と言うものがあり、それがドラゴンの雄叫びで挫かれそうになっていた。
リーダーは士気を高めるべく、ドラゴンが追い詰められている状況を粉飾したのだ。
確かにドラゴンも傷付いている。
右前脚からは何本も突き刺さった槍がぶら下がっていて、胴体にも沢山の切創がある。首にも一撃を与えた。武器の全てには強毒のイラクサを絞って集めた毒が塗られていて、ドラゴンは何もしなくても継続ダメージを受けていく。
だが、味方の被害は……。
盾戦士2名が尻尾の強撃を受けて足やろっ骨を折っている。
盾戦士1人が頭を噛まれて天井に投げ飛ばされて死んだ。
槍戦士1人が爪で突き刺され、地面に何度も叩き付けられて死んだ。
槍戦士2人が焼かれて瀕死だ。
槍戦士1人と探索者2人が尻尾で薙ぎ払われて動けないままだ。
探索者1人がドラゴンに押し潰された。
盾戦士1人と探索者1人は、ドラゴンの爪で身体を抉られて死んだ。
魔導師1人がドラゴンの炎で焼け死んだ。
24名中、半数の12名が戦闘不能になっている。残る戦力は盾戦士4/8、槍戦士4/8、探索者1/5、治癒師1/1、魔導師1/2で、これらはほぼ無傷だ。
撤退か、継続か。
全滅してもドラゴンを倒せないのならば、撤退すべきだ。だがドラゴンもそれなりのダメージを受けて、滅茶苦茶な体勢になっている。
攻撃すべきだ。と、リーダーは判断した。
「いけいけいけっ!我々の勝利は目前だっ!」
「おおおっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
洞窟外の新鮮な空気を吸い込んで、ハインツはため息を吐き出した。
確かに彼らは冒険者として『目的を果たした』が、生存者は足を粉砕骨折した者などを含めて8人にまで減っていた。
大金を稼ぐと言う冒険者としての目的はともかく、3格の竜を倒すと言う手段がやはり間違っていたのだろう。高望みしすぎたのだ。いや、1人あたりの取り分が多くなったからそれも計算の内だったのだろうか。それにしても大きな被害である。
「ううっ、すまねぇなぁ」
「だぁっ、ったく!」
背中に担いでいる男が申し訳なさそうに謝罪の言葉を発し、ハインツは半ばあきれながらも運び続けた。
彼らはドラゴンを倒して力尽き、ぐったりと地面に転がった。そんな彼らに対してリーゼが勝手に歩み寄って治癒魔法を使い始めたのだ。
もちろんパーティの同意無しだが、別に止める理由も無かった。
当初彼らは、獲物の横取りを狙う冒険者の可能性を考えた。
こんな竜の巣の奥に目撃者などいない。弱り切った彼らを殺して、3格の竜の部位や彼ら自身の所持品を奪って処分すればボロ儲けだ。
いや、そこまでせずとも冒険者の死体漁りをする連中も沢山いる。実は、相手を殺害するのは犯罪だが、既に死んでいる都市外の死体から遺品を奪うのは犯罪ではない。
なぜなら、都市外の死体はやがてアンデッドになって人を襲うからだ。そんな相手に武器や防具や力を強化する輝石を持たせたままにすると、犠牲者が増える可能性がある。
ならば、アンデッド化する前に武器を奪って弱体化するのは良い事だ。だから眉を顰められ、あるいは腐肉漁りなどと陰口を叩かれつつも、その存在は容認されている。
だが、生きている彼らに近づいてくるからには、冒険者を襲う前者の危険性がある。
彼らは弱り切った身体で武器を掴んで警戒した。
そして、歩み寄ってくるのが若い女性3人と男1人だと知ってあっさりと警戒を緩めた。まず人数が半数だ。それに女が3人だ。女を警戒しないのは男の習性で、それは彼らにはどうしようもないのだ。
彼らが手に持っていた武器が、力が抜けた拍子にガランと音を立てて落ちた。
『勝手に治癒する』
『料金は無料』
『分け前は要求しないから大人しくしていろ』
そんな話を突然されて戸惑った彼らだが、実際に治癒が始まるとすぐに大人しくなった。そして彼らの竜に対する剥ぎ取りが終わると、ハインツが動けない1人を担いでみんなで洞窟の出口へと向かった。
「俺はてっきり、腐肉漁りの連中かと思ったんだがな」
「ん、なんだそれ?」
「冒険者の死体を漁る奴らの僭称さ。実はここに来る前に見たんだ。腕が良い奴が居てな。ネルヴァ・ハルパニアっていう奴だ。噂では祝福50程度だったか?ソロのくせに、3格の竜の巣の半ばくらいまでは平気で潜ってくるんだ」
「探索者なら珍しくも無いだろう?離脱のスキルと生息モンスターの情報があれば、それくらいなら出来るだろう」
「いや、そいつは治癒師付与系なんだ」
「……付与系なら、自分に攻撃力や防御力なんかの上昇スキルを使っているのか?だが付与系で祝福50ならパーティを組んで活動すれば重宝されるだろうに。あのバダンテール大街道を作って暦にもなったバダンテールも、治癒師付与系だったんだろ?」
「ああ。大地に付与のスキルを用いて無数のゴーレムを創造し、数多の大街道をお造り下さった大祝福3台の偉大なる神様だ。だから付与系の社会的地位は高いんだがな。なんで死体漁りなんてしているのやら」
会話をしているうちに洞窟を出た。
吹き抜ける新鮮な風を吸い込みつつ、ハインツは声をかけて背負ってきた男を降ろした。
そして湖へと振り返る。ジュデオン山脈側から見た湖も綺麗だった。その先には遥か遠く、小さく都市ジュデオンが見える。
景色で気分転換し、ハインツは気持ちをあっさりと切り替えた。
「ドラゴンは先に倒されたなぁ。次のドラゴンを探すか」
「ああ、それなら謝礼代わりに周辺ドラゴンのマップを渡そうか?」
「…………おおっ、それは良い。ぜひ頼む」
転生竜は滅びるまで何度でも復活する。復活場所は倒した場所と同じだ。
ドラゴンが巣を変える事もあり得るが、それは生きている間の行為であって、倒したならば復活まで住処が変わらない。
ハインツは彼らから地図を受け取ると、いくつか記載内容の確認をしてから彼らと別れた。
「さてと。他の竜退治に行くか」
「はーいっ」
冒険をしていればこんな事もある。
馬車は都市ジュデオンの宿に預けているし、ジュデオン湖の渡し船は定期船で何度も来る。時間を掛けてゆっくりと討伐すれば良いのだ。
ハインツたちは充分に時間を掛け、3つ目のドラゴンの巣でようやく3格のドラゴンを倒した。
そしてジュデオンに戻った時、都市内の風景は大きく様変わりしていた。




























