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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一部 第四巻 テュールの片腕(12話+エピローグ) ジュデオン王国編

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第01話 偽りの白手袋

 子供の頃に憧れた空を飛びながら、心は深く沈み込んでいた。

 リファール侯国の幼少期の道徳教育が、軍人としての教育を上回ったのだろう。いや、即席の反ジュデオン教育に違和感を持ってしまった俺が悪いのかもしれない。

 ここ数年、軍から反ジュデオン思想を持たざるを得ないような非公開文書の回覧が続き、それが実際に行われているジュデオンの冒険者優遇政策などに被せて流されたりするものだから、周囲の飛行騎兵たちも半信半疑ではなく8信2疑くらいにはなっていた。

 いや違う。

 俺達は最精鋭だ。

 入隊するまでに強い愛国心と軍への忠誠心を他の部隊で何度も確認される。

 素行調査、私生活調査、家族調査、借金の有無まで調べ尽くされる。

 入隊後も国で一番厳しい訓練と食事制限が続き、余計な事は何も考えられなくなる。


 俺達は飛行騎兵だ。

 乗騎は『牡鹿の頭と足、鳥の胴体と翼』を持ったペリュトンという生き物で、こいつらは人を乗せて空を飛べる。強さは祝福29と大祝福の間くらいで、並のモンスターよりずっと強い。

 ペリュトンは魔物ではなく動物の一種で、我々の祖先はバダンテール歴が始まる以前からペリュトンを家畜化し、騎乗して大空を飛んできた。

 現在飼育されている数は32頭で、疫病やアクシデントでペリュトンを一度に失わないように飼育施設を2ヵ所に分けている。

 そして時折野生のペリュトンを捕らえて交配させながら、リファール侯国はペリュトンと共に長い歴史を歩んで来た。


 多くの国が、空を駆ける飛行騎兵に羨望した。

 他国でも個人でペリュトンや他の飛行生物を乗りこなす猛者は何度も現れたが、それは単に乗り手とその生物との相性が抜群に良かったからに過ぎず、子孫への技術の継承は為されなかった。

 そのため他国からリファール王国への圧力や侵略は少なからずあった。

 リファール王国は、それらから1を引いた数だけ外圧を防いできた。

 だが王国の立地が悪く、やがて領土拡大で力を蓄えたリーランド帝国に併合されてしまった。

 平和的に併合される条件としてリファール王家は侯爵家となり、領土の大半は侯爵領となり、ペリュトンも侯爵家の私財となった。

 その時より、リーランド帝国内にリファール侯国という国が出来た。

 だから今回の作戦は、あくまでリーランド帝国の要請を受けたリファール侯国軍による軍事協力と言う形だ。

 飛行騎兵の先達である光槍のアルセリア様がこれを知れば、無様な我らを軽蔑なされるに違いない。


 だが、それでもやるしかない。

 反ジュデオン教育は俺にも多少の効果を発揮してくれた。獣人帝国に打撃があるのなら、ジュデオンが巻き添えになっても良いではないか。

 ああ、俺みたいな奴だからこそ飛行騎兵に向いているのか。

 もういいさ。報告しよう。

 俺は隊の前に出て、手旗信号で隊に伝達した。


 『双眼鏡にて獣人軍発見。東南東、距離不明。推定2個パーティ。オートルスク方面からムーラン方面へ北上中』


 それを受けた直属上官のバンデラス第二飛行隊長が、ペリュトンの手綱を操って2個飛行隊12騎の前に出る。


 『東南東、距離不明。推定2個パーティ。オートルスク方面からムーラン方面へ北上中。至急確認』


 指示を確認した飛行騎兵達が自分の双眼鏡を東南東に向け、やがて何人かが敵発見の旗を上げる。もう間違いない。


 『進路東南東。高速飛行陣形を作れ。準備出来次第、加速魔法発動』


 2個飛行隊の総指揮であるコロナード第一飛行隊長が指令を下し、2個隊は素早く陣形を組み直した。

 第一小隊6騎は中心部で円となり、第二小隊6騎はその周囲を囲む。


 『バースト・ウインド』


 進路を東南東に向けたペリュトンの背中を、魔導師の放ったスキルの突風が強く押した。

 その風を翼で受けて、騎士たちを乗せたペリュトン達は急加速して高速飛行を始める。風魔法の効果の差から円の中心部が突出し、周囲は中心に追随する形になる。


 『バースト・ウインド』


 既に加速しているペリュトン達に、別の魔導師が放った新たな追い風が後押しをした。

 1個飛行隊6名の編成は、戦士2名、探索者1名、治癒師1名、魔導師2名だ。加えて全員大祝福を受けている。

 あらゆる状況下に適応できる俺達は、どんな最悪な作戦でも成功させてしまう。


 


 


 Ep04-01


 


 


 リファール侯国軍第二飛行隊に所属するヘラルド・バルリオス中佐の眼下に、対空迎撃陣を形成する獣人隊が見えて来た。

 数は12騎で敵味方同数。獣人たちは逃げきれないと判断したようで、馬を下りて壁にし、さらに弓を構えている。


 (正しい判断だ……)


 もし馬に乗って逃げていれば、背中から一方的に矢を放って射殺していただろう。


 『全騎、射撃開始』


 ペリュトン飛行隊12騎による弓矢の射撃が開始された。

 高度100m以上から風に乗って射込まれる矢は、重力による加速も得て鋭く突き進んでいった。


 『バースト・ウインド』


 獣人側の対抗魔法が突風となり、真っ直ぐ突き進む矢の進路を歪めた。矢は目標を外し、獣人達の周囲の地面にザクザクと突き刺さっていく。

 だが飛行隊はそれらの結果を一切気にせず、獣人隊の周囲をグルグルと旋回し始めた。やがて四方八方の上空から、矢が次々と地上へ射込まれる。

 獣人側も反撃を試みるが、飛行隊は高度があって反撃の矢が届かない。届くのは魔法攻撃だけだ。


 『サンダー・ランス』

 『スロウン・ストーン』


 地上から突き進んだ雷の槍が、上空で発生した飛礫の壁に当たって爆発する。白い閃光と爆発音が両軍の目を焼くが、直接的なダメージはどちらにも出なかった。

 上空からの射撃がさらに強まる。

 矢には成体のヤジリハブの猛毒が塗られている。

 これはかすり傷を負うだけで致死量を越え、数十分で死ぬ。死なずとも傷を受けた手足が腐る。腕に矢を受けた負った獣人が矢を引き抜いて口で毒を吸い出そうとし、愚かにも口に毒を含んで座り込んだ。


 (そんな単発魔法を使っても無駄だ)


 ヘラルドは新たな毒矢を番えながら、獣人全体の動きを観察した。

 攻撃訓練を行った際には、反撃手段の無いモンスターは、凄まじい速度で森を目掛けて逃げ出した。反撃手段を持つモンスターたちは、逃げながら時折反撃して追撃を阻もうと試みた。

 そして彼ら獣人は、そのどちらでもない動きをしている。馬を壁にして魔法と弓で迎撃というスタイルだ。

 馬で真っ直ぐ逃げていたら背中から攻撃していたので、今の対応は確かに悪くは無い。

 だが、ヘラルド達の飛行騎兵隊は全員40本ずつ毒矢を持っている。前後左右から同時に降ってくる矢に対し、死角が必ずできてしまう。これを防ぐのは容易ではない。

 獣人たちはお互いに背中を合わせ、死角をカバーして矢を剣で叩き落とす形に切り替えた。


 『ファイヤー・バースト』


 上空からの広範囲魔法攻撃が、大地を赤く塗装した。

 ヘラルドは防風マスクの内側で嘆息する。

 制空権を握って一方的な攻撃を仕掛ける相手に、勝てるはずが無いのだ。

 40本の毒矢を12人がそれぞれ持っている。しかも全員が訓練を積み重ねた軍人だ。矢が皮膚にかすりさえすれば勝てる。

 加えて12名の飛行騎兵には、魔導師が4名も配属されている。

 これは高速飛行を可能にするためのバースト・ウインドを使うためであり、敵に上空から攻撃を仕掛ける為でもある。


 『ファイヤー・バースト』

 『サンダー・ランス』

 『スロウン・ストーン』


 飛行騎兵が地上へ魔法を放ったと同時に、獣人側からも魔法の応射があった。だがその雷の槍は、別の飛行騎兵が放った飛礫によって迎撃された。

 1飛行隊ごとに2名の魔導師がいる。そして地上攻撃の際には、最初から攻撃役と防御役を分けているのだ。

 敵魔導師が敵に向かって杖を掲げてのんびりスキルを発動すれば、防御役の魔導師が適当に当たりを付けて対抗魔法で迎撃できる。

 だが……。


 『サンダー・バースト』

 (……ぐっ)


 力を失った飛礫が落下するのとタイミング良く交差して地上から伸びた白い光が、突如爆発してヘラルドの視界を真っ白に染めた。

 瞼を強く閉じ、歯を食いしばって数瞬耐える。

 光が収まった後に目を開くと、晴れた視界にはペリュトン数騎が爆風に流されていくのが見えた。


 『サンダー・ランス』


 流されていくペリュトンの1騎が、地上から伸びた雷槍に翼を貫かれた。


 (不味い)


 ペリュトンと飛行騎兵には、治癒師が事前に魔法無効化ステージ1のスキルを掛けている。だが防御効果は1回だけだ。

 最初にサンダー・バーストのダメージを無効化してしまい、次のサンダー・ランスは無効化していない。

 翼を焼かれたペリュトンは気絶し、飛ばされながらきりもみ飛行で落下し始める。


 『バースト・ウインド』

 『サマール』


 味方魔導師が、治癒師の騎乗するペリュトンの背中から突風を起こした。

 ペリュトンは、魔導師の突風を背中から受けると翼を広げて加速する訓練を施されている。治癒師の乗るペリュトンは訓練通り急加速し、落下する味方を追いかけた。

 それと同時に、別の魔導師が上昇気流の魔法を使って落下する味方の速度を落とそうと図った。

 飛行と防御魔法の陣形が崩壊した。


 『煙幕を散布せよ』


 飛行隊長の指示が下り、魔導師が獣人と味方の間に割り込みながら消石灰を散布し、風魔法で広げた。


 『エア・ウインド』


 白い粉が煙のように広がり、威力の高い単体攻撃魔法の射線を遮った。

 その間にも治癒師は落下する仲間を追い続け、ついに落下するペリュトンに騎乗する戦士に近づき、スキルを放った。


 『物理無効化ステージ1』


 ほんの数秒の後、戦士を乗せたペリュトンは戦士ごと地面に墜落した。

 墜落のダメージを無効化スキルで防いだ戦士は着地の際に地面を転げたが、大祝福を受けているので大した怪我にもならないだろう。

 それよりも、地上に落ちた戦士に向かって獣人達7人が駆け出した事の方が不味い。


 『突入』


 ヘラルドは飛行隊長の指示が降りる前に、武器を弓から槍に武器を持ちかえている。

 両軍の魔導師たちは撃ち合いを続けているが、空はあまりに広い。お互いの距離だけではなく100m以上の高低があって、地上の獣人とヘラルドの間には一切の障害物が無かった。槍を構えた飛行騎兵たちは、猛禽類が獲物を狩るかのように次々と大地へ突入して行った。


 (戦いだけならば良かったのに)


 ヘラルドは冷めた心で、疾走する獣人の背中に向けて槍の先端を合わせた。

 空から落下して迫るヘラルドと2本の足で走る獣人とでは、速度があまりに違いすぎる。槍は目標を違わず、獣人の背中に吸い込まれていった。


 


 


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 全ての敵を戦闘不能に陥らせたヘラルド達は、真の作戦を開始した。

 徹底的に痛めつけて捕らえた4名の獣人達を武装解除しつつ、ヘラルド達はジュデオン王国の騎士として獣人をあざ笑い始めた。


「まったく、愚かな奴らだ」

「ああ。我らジュデオン王国は冒険者の都と謡われる王国だ。各国の技術と技能で用いる事が出来ないものは無い」

「……どうだっ、全員倒せたか?」

「獣人4名を生け捕りにしました。1名は毒矢を受けているので間もなく死ぬでしょうが、残りは生きています」

「よし、では3人にアレを使え。ジュデオン王国に逆らった者の末路を獣人帝国に知らしめるのだ!」

「はっ!」


 ヘラルドの体が、ほんの僅かに震えた。

 ひとくくりに残虐な行為と言っても、その内容には程度の差と言うものがある。

 例えば拷問は、手加減をした甘い行為だ。

 なぜなら拷問は情報を引き出す、あるいは証言させることを目的として行われる為に、対象者が口を利けなくならないようにある程度の手加減をして行われるからだ。

 人は耐えがたい肉体的苦痛に対しては発狂し、耐えがたい精神的苦痛に対しては心を殺す。拷問は相手を完全に発狂させてはならず、対象者を生きる屍に変えてもならない。その見極めをしながら相手を追い詰める。

 だが対象者の口を割らせる必要が無ければ、拷問よりもさらに残虐性に富んだ行為が可能だ。その中でも極めつけに残虐なのは、『復讐』と『見せしめ』の2つである。


 この世で最も敵に回したくない相手は?と問われれば、ヘラルドはリーランド帝国の属国の1つであるヤイア王国の麻薬組織を挙げる。

 リーランド帝国が、ヤイア王国を無視して騎士連隊と傭兵部隊を同時投入して殺害した麻薬王カルダーラ。

 これは、その組織が使っていたヘラルドの知る限り最悪の毒薬だ。

 端的に言えば、これは激痛を伴いながら時間を掛けて身体がミミズに変わっていく薬だ。


 ヘラルドが理解していない現象を補足するのなら、この毒薬を被った人の皮膚はまず壊死する。壊死した欠損組織はやがて再生し、あるいは線維化する。その瘢痕の際に繊維が異常増殖し、皮膚が赤く異常に盛り上がり、拘縮し、それが正常皮膚にも広がって行くのがこの毒薬だ。

 自然治癒せず、腫瘍を切除しても再発する。毒が表面だけではなく、深部に達しているからだ。病変はやがて顔にまで至り脳を犯して巨大なミミズを作りだす。

 だがそんな知識の無いヘラルドには、これが未知の悪魔の薬に思えた。


 さらに怖いのは体が自然治癒と認識する為に、治癒師祈祷系が祝福50で覚える『単体状態回復』ですら、大祝福1ではきちんと治せなかったと言う事だ。そして大祝福2の治癒師が早期にスキルを使う事で、ようやく治癒する事が出来た。

 だが大祝福2を越える治癒師は、現段階で人類に3人しか確認されていない。その内訳は祈祷系2人、付与系1人で、ようするに全人類で2人しかこの症状を治せる者がいない。

 いずれも会う事すら困難な人物で、ようするに治癒の見込みは殆どない。

 ちなみに、獣人側には大祝福2を越えた治癒師祈祷系が1人いると聞く。早期に間に合うか?だが、最初の犠牲者は間に合うまい。


 

 今、ヘラルドの眼前で毒を四肢に浴びせられている3人は、果たして治癒してもらえるのだろうか。ヘラルドは悲鳴を聞き流しながら、漠然とそれだけを考えた。


「ジュデオン王グンナー陛下万歳!」

「「グンナー陛下万歳!」」


 

 作戦は目的が果たされるまで繰り返される。

 ヘラルドたちはジュデオン王国製の短剣を、この中で一番幸せな毒で瀕死の獣人の喉に刺し、残りのもがき苦しむ獣人たちを置き捨てて空へと飛び去った。

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