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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
短編 湖が映した日々

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短編 湖畔の天使 後篇

 農協の男たちは全員が肉体系男子だ。

 いかに各々が従業員を抱えて作業をさせているとは言っても、小規模農家なら自分で1から10まで出来なければ適切な時期に種蒔きや苗植えができず、収穫時期を見誤り、交渉で作物を買い叩かれてしまう。

 あるいは時勢を読んだ収益率の大きい苗の買い付けが出来ず、不適切な農耕具の更新を行ってしまう。

 イノブタ狩りに集った農協の組合員たち約80名は、その堂々とした体躯にさまざまな武器や農耕具を携え、広く深く掘った沢山の地面に身を潜め、それぞれに木の板を被せて合図の時を待っていた。

 月と星とが辛うじて照らす夜の暗闇を、沢山の大きな影たちが蠢いている。


「ブモオオオォッ……」

「ブモッブモフッ……」


 夜の帳を隠れ蓑に、御馳走を頬張るイノブタどもの嬉しそうな鳴き声が畑の各所で上がっていた。

 だが、まだその時ではない。

 イノブタの位置がまだ完全ではない。あるいは、周囲を囲んで松明で追い込む別働隊の点火作業が完了していない。

 農協の男たちはそれぞれの武器や農具を強く握りしめ、怒りを内に秘めながら必死に耐えている。

 だが俺はそんな事はどうでも良くて、深く掘った穴に身を潜り込ませて頭上に木の板を敷き、じっと息を潜ませながら、ただ天使に会いたいとだけ願った。



 俺のイモ畑は壊滅した。

 荒らされてしまった大半の残骸は売り物にならず、回収してまとめて破棄した。

 作っているのはイモだけではないので、別に経営破綻(けいえいはたん)するような事はない。

 今回の事情で運用資金が不足するような事があっても農協から資金を借りることができるし、本当にいざとなればいくつかの土地を売って、その土地で作業を行っていた従業員には暇を出せば良いのだ。

 問題はそこではなかった。

 他の作物の収穫期までには、まだ月日が必要だ。

 あの儚げな天使は、それだけの時を置けばいずこかへと消え去ってしまうだろう。

 かといって、声をかける資金を得るためだけに土地を売り、従業員を解雇するような振る舞いは俺にはできなかった。

 だから、イノブタのボス討伐に賭けることにした。

 元々、俺の畑を荒らしたのはこいつらだ。5万Gあればイモ畑での目標額を概ね回収できる。予定は少し狂ったが、イモ泥棒を捕まえて売り物を回収したと思えば良い。

 そして天使に会いに行くのだ。

 天使は何と言ってくれるのだろうか。

 クラナッハが共通の話題について言及していたが、イノブタ襲来は広くもない第一宝珠都市で今一番の話題になっている。その群れのボスを倒したとなれば、これは天使な彼女との話題になるのではないだろうか。

 もしかしたら、それで会話が弾むかもしれない。

 結果良ければ全てよし。

 考えてみれば、これは彼女との話題を得るための必須課程だったのかもしれない。運命は俺が天使に声をかけた後の展開を思い、不可避な最初の試練をもたらしたのだ。

 俺はそう考えて自分を納得させた。

 だが、ライバルも少なからずいる。


「すまんなセドリック。うちの畑も食い散らかされたんだ。お前ほどの被害じゃないが、俺だって譲れない」

「よぉセドリック、オレの今日の運勢は最良なんだぜ?オレがイノブタのボスを倒してしまうかもしれないなぁ」

「いや、気にするなヘルマン。あとグスタフ、イノブタを狩るのは日付が変わる頃だ」

「おう、お前もがんばれよ」

「ぐっ。明日の運勢も占ってもらうんだった……」


 あと少しの辛抱だ。あと少しの……


 ピ―――ッ

 (……来た!)


 俺は頭上の木の板を押しのけて夜の畑に飛び出した。






 Ep03-32






「おんどりゃあああ、往生せいやああぁ!」


 威勢の良い掛け声と共に、麦の他にも沢山のダイコン畑やカブ畑を経営するヘルマンが、鋭く尖った竹やりを夜の暗闇に向かって力いっぱい投げつけた。

 ちなみに各自が持っている竹やりには持ち主の名前が掘られていて、当てた個所によっては仕留めた際の分配金に影響する。今なら、無防備な群れの中に投げればどれかに刺さるだろう。


「ピギイイイッ」

「はんっ、ウリ坊かよっ!うおりゃあああっ!」


 ヘルマンが怒声を上げながら、二本目の竹やりを力いっぱい投げ飛ばした。周囲の農協のお兄さんたちも、それぞれ罵声を浴びせながら力いっぱい竹やりを投げ付けている。


「賞金で、にゃんにゃんの店に、行くんだっ!」

「柿の、苗木に、化けやがれっ!」

「ブモオオオオッ」「ブボオオォオッ」


 都市の北にイノブタが居座り、その北東と北西に農協の組合員の人たちが陣取っている。さらに東西からは、松明を高く掲げた別働隊が叫びながら北へと向かって走っていた。

 突如現れた襲撃者たちにイノブタたちは驚き、逃げ道を見失って混乱した。東西を囲まれてしまい、南には都市防壁がある。

 そして、活路を北に見出した。


「ブモモブモモォッ」「ブモッブモッ」

「来た来た来たっ!俺の運勢は最高だぜ!」


 イノブタが北に逃げた場合、組合員は北東と北西から挟み撃ちにするつもりであった。

 ブルーベリー生産農家のグスタフは作戦開始直後から北に移動し、イノブタを正面から待ち伏せにしようと図った。そして、それは大成功した。


「おっしゃあ!でかいの来いやぁ!」

「ブモオオオオオオオッ!」


 成獣の雄イノブタが大地を力強く蹴り、グスタフの正面からまっすぐに迫ってきていた。

 グスタフはそれを見据えると、投げずに取っておいた竹やり2本の持ち手側を地面に押し付け、鋭く尖った先端の方をイノブタに向けた。

 グスタフはただのブルーベリー生産農家ではない。当然麦も作るし、他の農家向けに肥料だって作っている。並の生産農家とは根性と副収入が違うのだ。

 それでもイノブタは構わずに突進してきた。グスタフは逃げず、両手で竹やりの先端の位置を調整して突撃してきたイノブタの体に差し込んだ。

 竹やりはイノブタの突撃と跳躍を受けて大きくしなり、イノブタの体を宙に持ち上げて限界まで曲がってバンッと弾け飛んだ。


「ブモオオオッ」

「ぎゃおおおっ!」


 イノブタが斜め上空に勢いよく浮かびあがって、そのままグスタフに向かって落下しながら突っ込んできた。

 イノブタの腹からは、半ばで弾け飛んで鋭くなった竹やりの持ち手が伸びている。直撃すると、イノブタとグスタフは竹やりで繋がって一つになれるだろう。


「日付っ、変わったあああっ!」


 グスタフは「日付っ」の部分で両足の膝を曲げて体を沈め、「変わったあああっ!」の部分で左側に思いっきり飛び転がった。その真横をイノブタと竹やりがすれ違っていく。

 目標を見失った落下物はそのまま地面に激突し、ゴロゴロと転がりながら竹やりをイノブタの体にさらに押し込んでダメージを与えた。これは完全に致命傷だ。

 グスタフは5000Gを獲得したが、代わりにイノブタどもの退路に寝そべるという危険な状況を作り出した。


「今日の運勢最悪っ!」


 グスタフは両手両足を伸ばし、全身を使ってゴロゴロと左側転を開始した。

 土まみれの芋虫と入れ替わるように、農家の男たちが薪割り用のオノを振り被ってイノブタに突撃していった。


「どっせいやぁあ!」「ぬおりゃああっ!」

「ブギイイイッ」「ブモオオオオッ」


 狙いやすいのは胴体だが、その部分をオノで叩いても即致命傷とはなりにくい。3メートルを超える体が大きすぎるのだ。

 頭部になら大ダメージを与えられが、突進するイノブタの正面に出るのは自殺行為だ。かと言って側面からでは、突進するイノブタなかなか良いタイミングでオノを振り下ろせない。

 ハッキリ言って、オスの成獣は倒しにくい。

 メスの方が倒しやすく、それよりも子供のイノブタの方がさらに倒しやすかった。

 子供もいずれは成長して成獣になるので農協としては倒しておきたい。付け加えるなら、子供のイノブタの肉は柔らかくて、焼肉だけではなくしゃぶしゃぶにして楽しめる。

 普段は肉が少ないしゃぶしゃぶも、自分で収穫すれば山盛りにできる。今、目の前を新鮮なお肉がいっぱい泳いでいる。農家の男たちのオノを握りしめる力が俄然強くなる。


「おおお、にくっ!!」「ウリ坊、肉よこせやっ!」

「ピギイイイッ」「ピギギギッ」


 イノブタの子供であるウリ坊、すなわちしゃぶしゃぶたちが次々と倒され始めた。

 だが、それに対して親の焼肉たちが怒り始めた。撤退行動を中止し、方向転換して農協の組合員たちに突進を開始した。


「ブモオオオオオッ」「ブボオオオォッ」

「やべえぇっ!親がキレたっ」


 全長3メートルを超える巨大なイノブタが鋭い牙を正面に向けながら、時速40kmの速度で突っ込んできた。

 それはまるで大街道を疾走する馬車のように力強い走りであり、しかも明らかに車両保険に入っていないであろうその暴走は、農家の男たちを恐怖させた。

 こいつらに潰されても、対人補償は1Gも降りない。


「退避っ!退避っ!」

「ブモオオオオオッ」

「がふうっ」「うぼあぁっ」


 2人の男がイノブタの巨体によって同時に弾き飛ばされ、耕された柔らかい畑の上をゴロゴロと転がった。

 イノブタたちの突撃は速度を落とさず、組合員の数が多い方へと方向を変えながら爆走していく。

 だが、組合員の脅威はそれだけではなかった。

 むしろ最大の脅威とも言うべき全長4メートルを超える1つの小山が、腹の底から低い雄叫びを上げたのだ。


「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 それは、もし正面から向かい合ったのなら馬車が慌てて方向転換をして逃げ出すほどに巨大なイノブタだった。

 50頭以上のイノブタの群れを率いるボスとしての風格を備え、群れの危機についに立ちあがったのだ。

 群れのボスは、矮小なる農協の組合員たちに対して恐ろしい唸り声で威嚇した。


「やっ、やべぇ!」

「ボスもキレたぞおっ!」


 だが1人だけ、雄叫びを全く恐れず立ち向かった男がいた。


「やめろセドリック、無謀だっ!」

「ブモオオオオオッオオオオオオオォォ!!」

「どおりゃああっ!!」


 セドリックの標的は、最初からボスのみであった。

 それ故に今まで投げずに残しておいた竹やりを、ボスの至近距離まで近づいてから力いっぱい投げつけた。的は雄叫びを上げるために開いていた口の中である。

 竹やりの鋭い先端は、ボスの口の中に吸い込まれてその奥へと突き刺さった。


「ブモオオオオオッ!!」


 ボスが暴れて首を振り、竹やりを何とか振り払おうとする。だが竹やりは思った以上に深く刺さり、首を振っても抜けなかった。

 セドリックは2本目の竹やりを掴むと、苦しみ左右に揺れる口に先端を合わせ、まるで銛で魚でもを突くかのように口の中へと突っ込んだ。そしてそのまま押し込む。


「ブモオオオォォッ」


 セドリックは突き刺さった2本目の竹やりの先端を引いて抜き、抜いては場所を変えて刺し、刺しては抜き、抜いては刺しを繰り返した。

 やがて動きの衰えたボスの頭部に、オノを何度も叩きつける。頭がい骨とオノがぶつかり合い、その衝撃でボスの脳内はグラグラと何度も揺れ、ついには動けなくなった。


「おおおっ、セドリックがボスを倒したぞおぉっ!」

「さすが馬鹿力!皆、イノブタどもに追い打ちをかけるぞ!」

「「「おおおおっ!」」」

「ブモオオオオオッ!!」「ブモオオッフ!」

「あ、こら待ちやがれっ!」「逃げるな焼肉どもっ!」


 イノブタたちはまだ沢山いるが、ボスが動かなくなったことで動揺し、一斉に逃げ始めた。そのイノブタたちを、農協の組合員たちがオノを持って各所で追いかけ始める。


 セドリックはオノが損耗するのも構わず、がむしゃらに何度も何度もボスの頭を叩き続けた。

 その際に「天使、天使……」と呟いていたが、農協のお兄さんたちは聞かなかったことにした。なぜなら、オノを振り回す男が意味不明な言葉を呟いていた場合、さり気無く逃げ出すのが一番だからである。

 というわけで、賞金5万Gは全額セドリックのものとなった。







 湖畔には芝生が綺麗に生え揃い、雑草は一つ一つ丁寧に抜かれている。

 そのきれいな景観をより一層輝かせる天使は、今日も静かに湖を眺めていた。湖の風が天使の赤くて綺麗な髪を優しく撫でる。

 天使はまだ飛び立たず、そこに居てくれた。


 (間に合った……)


 セドリックは心から安堵した。

 少しだけ準備に時間がかかったが、農協のみんながセドリックに協力してくれた。

 組合長は、いの一番に賞金をくれた。

 ナイスガイのヘルマンは、田舎っぽいセドリックをダンディに見えるように服を上手く見繕ってくれた。

 ブルーベリー農家のグスタフは、品を納めている店のマスターの伝手で白馬の客馬車を手配してくれた。

 クラナッハもお勧めの店をちゃんと教えてくれた。

 農協のみんなが応援してくれる。

 だからセドリックは、勇気を振り絞って天使に声を掛けた。









「へい彼女、お茶しない?」

「ごめんなさい。あたし赤金剛インコの獣人だから、カバ科の方はちょっと……」

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