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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
短編 湖が映した日々

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短編 湖畔の天使 前篇

 天使が湖畔に佇んでいた。

 赤くて綺麗な長い髪に、空色に澄んだ瞳。

 儚げな白い肌に、気高くツンと澄ました表情。

 そんな天使が湖に面したベンチに座って、風で波立つ湖を静かに眺めていた。

 それは絵画で見るような光景だったが、絵画よりもずっと色彩が豊かで、立体感があり、そして動的だった。

 天使は確かに存在し、そこに息衝いている。

 俺は思わず立ち尽くしてしまい、天使に声を掛けようという不埒な発想はまるで思い浮かばなかった。

 彼女は明日もここに来るのだろうかと、ただそれだけを考えていた。


 

 それは至福の時だった。

 ほんの数日、俺は天使の事だけを考えて過ごした。

 だが、幸せに慣れてしまうと次の幸せを求めてしまう。それ以上の幸せが欲しいと、身の程知らずな欲が出てしまう。

 俺は天使に声を掛けようと思った。

 ナンパなんていう、天使な彼女に不釣り合いな言葉では無い。

 俺は彼女に声を掛ける。

 だが、そんな事を一度もした事が無い俺には難易度が高すぎた。

 例えるなら、祝福を得た冒険者が、経験を得ずにいきなり竜を倒しに行くようなものだ。

 だが竜は……いや、彼女は小鳥だ。小鳥は飛び去ってしまうかもしれない。俺は焦り、隣の農地を経営しているクラナッハに相談してみた。


「なんだ?ナンパか。セドリック、農業一筋のお前もついに色気づいてきたな」

「ナンパなんて言葉を使うな。彼女は天使だ。天使に声を掛けるんだ」

「ふははははっ。よし、教えてやろう。最近のナウでヤングなスタンダードは2つだ。一つは『ねーちゃん、茶ぁでもしばかへん?』、もう一つは『へい彼女、お茶しない?』。ほら、言ってみろ」


 こう言う事に得意なクラナッハが言うのなら間違いないのだろう。

 俺は、勇気を振り絞って言ってみた。


「……ねーちゃん、茶ぁでもしばかへん?」

「覇気が足りないな。ちょっとワイルドな感じに女は引かれるんだ。もう一つも言ってみろ」

「……へい彼女、お茶しない?」

「どうにも重い感じがするな。チャラくて楽しそうな感じに女は釣られるんだ」


 良く分からないが、とりあえずクラナッハを殴ろうと思った。

 だが、それよりも気になる事がある。


「俺は彼女を釣る気なんて無い!」

「釣るんだよ。それで『へい、タクシー』と言って事前に用意しておいた客馬車を呼んで、湖畔をゆっくり回りながら『ねぇ彼女、どこから来たの?』と答えやすい質問で情報を聞きだすんだ。話の合間にはさり気無く褒める。それで、別れる時には必ず次に会う日時を約束する。基本だぞ?」

「くっ……つ、続きを!」

「会う時はランチでもディナーでも良い。軽く散歩して、オサレで落ち着ける場所に入って話をする。なんでか分かるか?」

「……わ、わからない」

「二人に共通の話題が無いからだ。食べ物なら『美味しい』とか『冷たい』とか簡単に共感して仲間意識を与えられる。そこから話を広げて共通のものを探すんだ。無くても会っていれば自然に共通の話題が増えるだろう?」

「お……おまえは天才か!」

「ふっ。成功報酬は高いぞ。ところでセドリック、懐具合はどうなんだ?ナンパしておいて女に割り勘なんてさせるなよ?」

「いや、うちの従業員たちに給料を払ったし、苗や肥料や農具の購入や新調でも出費が多かったからなぁ。でもイモはもう収穫できるし、今年のイモは良い出来だから金はそれなりに入ってくると思うぞ」

「そうか、お前の所のイモは芋焼酎とか言う変な酒にも化けるからな。よし、ナンパに成功したらその酒の一番良いのを貰おうか」

「杜氏に伝えておく。だがナンパじゃない。俺は彼女に声を掛けるんだ」


 


 


 Ep03-31


 


 


 朝日の到来と共に、広大な大地の無残な姿の全容が次第に明らかとなって来た。

 クワや鎌を持った男たちが絶句して茫然と佇む。

 一晩で一体どれだけの被害が出たのだろうか。


 第一宝珠都市のような小さな都市では、神宝珠の加護が届く範囲がとても狭い。

 最優先は暮らす者の家だ。加護範囲から外れて、死んでアンデット化される訳にはいかない。そうなれば一家は全滅である。

 だが、生活するからには公的な施設や市場も無ければならない。そう言った施設は、暮らす者達全員の利便性を考えて、都市の中心部にあるべきだ。

 酒場、宿屋、商業施設など、都市が他の都市との繋がりを維持するためには必要な施設も沢山ある。そうやって加護範囲の敷地はどんどん埋まって行く。

 そして、そこまでを都市防壁で覆う。

 なぜなら、宝珠都市の守りを突破する大祝福1以上の強さのモンスターを、今度は物理的に防がなければならないからだ。


 結果、都市防壁の外に農耕地などを作らざるを得ない。

 それでも加護は所々で微妙に届くので、モンスターはまず入って来ない。

 人が瘴気に当てられるように、瘴気を纏ったモンスターは加護で同じように当てられるのだ。よほど瘴気が少ない小物か、よほど瘴気が多い大物でなければ近寄らない。

 だが瘴気を纏わない動物は関係なく入ってくる。

 ちなみに都市防壁の外にさらなる柵などを作る行為は、モンスターに一晩で壊されるので労力に見合わない。


「おらの畑が……おらの畑が……」

「くそっ、俺の畑もだ!」

「ああ、果樹までなぎ倒されている」

「はぁ、上位の宝珠都市みたいに、アルテナの加護が大量に届く場所に植えられたらなぁ。季節に関係なく育って好きに収穫できるのに」

「それには少なくとも第三宝珠格以上が必要だ。それか第二宝珠都市で何か一種類の生産地に特化するかだな。だが第一宝珠都市の俺達は、こうやって暮らすしかないのさ」

「害獣はイノブタだろう。一番被害が大きかったのは収穫間近のイモか?旨いのばかり食い散らかしやがって」

「ああああああああああっ、ああああああああ!!」

「おい、どうしたセドリック」

「ぐああああああっ、ぎゃおおおおお!!」

「おいっセドリック」

「セドリックのイモ畑は壊滅だ。無理も無い」

「くっ、イノブタどもめ!イノシシの強さとブタの暴食で手に負えん」

「本来なら手の空いている冒険者に駆除を頼む所だが、戦争が激化しているのに魔物ですら無い害獣まで倒してくれとは言えないしなぁ」

「まったくだ。害獣退治でも経験値が上がるのなら気兼ねなく依頼もできるが、全く上がらないしなぁ」


 倒して経験値が上がる相手は、瘴気を纏った魔物だ。

 あるいは人・獣人・竜人で倒し合うか、神魔や転生竜などを倒しても上がる。獲得経験値は倒した相手の瘴気やマナの量、もしくは祝福数に基づく。

 だが、動物を倒しても経験値はまったく上がらない。

 戦争が活発な今この時期に、冒険者を単なる害獣退治に呼び集めるのには流石に躊躇いがある。そんな事をさせる間に祝福の1つでも上げて、大祝福になってくれた方がずっと良い。


「様子はどうじゃ?」

「おお、農協の!」

「組合長!」


 呆然とたたずむ若者たちの後ろから、背筋がしっかりと伸びたご老体が現れた。

 ご老体は、クワッと目を見開いて都市防壁の外の農耕地をぐるりと見渡す。そして重々しげに口を開いた。


「……うむ、大変な被害のようじゃの」

「組合長、子連れのイノブタどもです。50匹くらいの群れでしょう」


 若者の中では比較的年配の青年が報告をした。

 彼くらいになると過去の経験に基づき、足跡や被害規模などから大雑把な群れの推察くらいはできる。


「なんと。オスの成獣で3メートルを超えるイノブタがそんなに沢山おるのか?」

「都市外でモンスターに食われるよりも、増えるペースが早いようです。戦争で祝福上げのために魔物を次々と狩って、害獣は放置したからでしょう」

「自然の生態系が崩れたのじゃろうか?」

「かもしれません」

「ふむ……これは農協の力を示さねばならぬ時のようじゃ」


 組合長が、ついに農協としての判断を下す。

 組合に加盟する若者たちは、ごくりと喉を鳴らしてその決定を問う。


「と仰ると?」

「うむ。イノブタ狩りじゃ」

「おおっ!」

「イノブタを狩るのか!」


 決定は『激おこ』だった。

 つまり、夏に向けてのバーベキューの食材が決定したわけだ。

 50匹ともなれば、農協の組合員だけではなく、その家族や従業員までもが恩恵にあずかれるだろう。成獣1匹だけでも全身の肉がどれだけ食べられるかを考えれば、数日間焼肉食べ放題は間違いない。保存食用にソーセージだって作れてしまう。

 いや、それだけではない。明らかに余る食材は肉屋に売り飛ばせばよいのだし、生きたまま捕えることができれば、何日かおいてから絞めて小分けにして高値で売ることもできる。

 焼肉と麦酒を連想し、男たちは先程とは違った意味でごくりと喉を鳴らした。

 身の引き締まったイノブタの肉を薄くスライスして焼いて、タレに付けて食べる。そんな想像をして、農家の若者たちの気持ちは大いに盛り上がった。


「しかし組合長、冒険者依頼は厳しいのでは?」

「そうではない。わしらで狩るのじゃ」

「まじか……」

「オスは牙もあるぞ。ゴブリンよりずっと強いだろ!」


 オスのイノブタは牙が鋭く、その巨体の突進力は疾走する馬との正面衝突並みに激しい。

 加えてイノブタは馬よりも脚が短く重心が安定しており、突進しても自らは殆どダメージを蒙らない。それに刃を通しにくい毛並だって厄介だ。

 農家の若者たちは、組合長の発言に動揺した。


「賞金を出すぞい」

「なんと、賞金が出るのかっ!?」

「……いくらだ!いくら出るんだっ!!」


 賞金という発言にセドリックが即座に反応した。

 そして組合長の服の胸元を掴み、提示される金額を求めて腕をブンブンと上下に振って叫びだす。

 組合長の服が上に上がって首を絞めつけ、下に下がって首を下げ、また上に上がってさらに首を絞めつけた。


「ぐおっ……く、くるしい」

「おいセドリック、今すぐ組合長を離すんだ!」

「ええいっ……があっ。ったく。それで組合長、いくら出るんですか?」


 セドリックは周囲の男達3人に押さえつけられ、組合長から引きはがされた。そのまま力尽くで地面へと押し倒される。

 組合長はセクシーに乱れた服をささっと直し、ほっと一息ついた。


「はぁ……馬鹿力め。セドリックはそのまま押さえておいてくれぃ。そうじゃのぅ、被害も大きいようじゃし、成獣はオスが1匹5000G、メスが1匹2000G。群れのボスは5万G出すぞい」

「おおっ、それはすごい!」

「5万Gですか?かなり良いですね」

「天使!天使っ!!」


 金額が提示された瞬間、セドリックが地面を両足で蹴り上げ、そのまま飛び上がって組合長に力いっぱい抱き付いていった。

 3人の男たちはセドリックの体を押さえた腕を一気に跳ね上げられ、慌てて掴み直して取り押さえようと図る。

 だがセドリックは組合長に抱き付いてしまっており、今度はなかなか引き剥がせなかった。セドリックの太い上腕筋が、組合長の気管をグイグイと圧迫する。


「暴れるなセドリックっ」

「ぐはっ……わしは天使じゃない……ぞいっ……」

「ああっ、セドリックに抱き付かれた組合長の意識がおちた……」


 その日、農協の組合員によるイノブタ狩りが決定した。

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