第12話 浄罪の炎
バダンテール歴1249年。
インサフ帝国最西の都市セゲソノンの夜空を、赤色信号弾が何度も何度も赤く染めていた。
地上は赤い海。
真っ赤に燃え盛る炎と、大地を染める真っ赤な人の血が全てを覆い尽くそうとしていた。
「南は終わりです。エルネスタ様、やはりお逃げにならないのですか?」
「ディオン第三皇子 あなたも 逃げないのでしょう?」
「北の地では兄達がまだ戦っています。それに私が死ぬ事で、今後迷惑を掛ける各国に多少の申し訳が立ちますので」
「ラクマイアは 逃げる民を 守ってくれますか?」
「多少は」
「ではわたしが すべての民を 逃がしましょう」
「エルネスタ様は、治癒師祈祷系からの転生神では?」
「生前に 大祝福2を 超えています」
「その若さで?逸話をお聞きしておくべきでしたな」
「女性には 沢山の秘密が あるのですよ」
「ははっ。では私と1個騎士団が護衛します。残りは避難民の護衛に回します」
真っ赤に染まる海を見てみんなで叫びながら走った。
「足が……いたいよ……」
「ごめんねオリビア。でも頑張って」
海は東から押し寄せて来て、都市の中をどんどん広がっていった。沢山の人たちが西へと逃げていく。
その時、都市中心部から金色の光が輝きだし、暗闇を金色に染め始めた。
みんなが立ち止まって振り返る。
「まさか、神様が顕現なされるのか!?」
「おい、丘の上の領主館だ!テラスに人が居るぞ!」
「金色に光る人?」
「……神様っ!?」
『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』
領主館から沢山の青白い光が、西を除いた3方向に向かって次々と伸び始めた。
光は暗闇に一筋の線を描き、次いで上空で分裂して光の豪雨となって獣人軍に降り注いでいった。
その途切れを知らない豪雨に沢山の獣人達が次々と倒れ、西へと真っ直ぐに押し寄せていた波の全てが停止した。
そして、領主館へと方向を変えて新たに進み始めた。
「た、助かるぞ!」
「いや、逃げるんだ。あれは僧侶系のスキルだ。僧侶系では倒される」
「おねえちゃん……」
「神様が逃がしてくれるのよ。だからオリビア、頑張って」
『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』『アストラル・スコール』
金色の光から伸びる青白い光が、壁となって死と炎の赤を悉く押し留め、同時に夜の暗闇を照らして逃げ道を示してくれた。
「ああ、輝きが減って行く……」
「接近戦に持ち込まれたんだ。永くは持たないぞ」
「おねえちゃん……」
「そんな、神様が……」
Ep03-12
ソレは全身からマナの光を放ちながら天へと叫び続けた。
とてもキーの高いその歌は元の声質から大きく外れており、その一点だけでもそれが以前の彼女では無い事が明らかだった。
「ぐううううっ、誰が望んだ!このような事を誰が望んだ!」
レッドスコーピオン陣形で胴体を務めるドステア騎士団長が憎々しげに大声で怒鳴り、やり場の無い怒りを全方位に撒き散らした。
遠く彼の視線の先では、かつてルイーサ女王だったそれが金色の髪を伸ばし、赤色のドレスは色が落ちて白く輝いている。
ソレは、天に向かって歌を捧げていた。
肩までだった緑の髪が、膝下までの光を放つ金の髪に変容している。瞳の色も、緑から澄んだ紫に変わっている。眉は若干釣り上がっている。
かつての気が強いなりにも思慮深そうな表情は、今や強い方向性を以って一切の迷いを無くしている
ハインツは茫然とそれを見守った。
「……今死んだのか?死んでいたのか?」
「知らん。だが神族と分かっているからには、どう転んでも良い」
大祝福2を越える周囲の冒険者たちにさほどの驚きは見られない。
いや、驚いているのかもしれないが、それで我を忘れて自滅するような事は無い。
「メルネス、あれは……どういう事だ?」
「僕にだって分からないよ。でも一つ言える事は、ルイーサ女王は元々祝福40代後半の冒険者だった。下位の転生竜くらい倒しているはずだ。それに女王に就任してから、勅命で緊急かつ大規模な難民救済策と、貧困者支援策が実施されたね。ベイル王国との国交回復も行った。何十万人が救われたはずだ。だから転生条件は満たしている」
「もしかして外交交渉で、オルランド宰相が渋ってルイーサ女王が決断した事まで計算の内か……?」
「分からないよ」
ディボー本陣に佇む金色の輝きは、レッドスコーピオン陣形の東側に佇む銀色の輝きを真っ直ぐに見据え、右手を掲げた。
一方銀色の輝きも、金色の輝きに向けて両手の指を伸ばす。
「巻き込まれるぞ!」
「どうすれば良い……」
「前に逃げるんだ。獣人軍に突っ込むんだ!」
「くそっ!僧侶と魔導師を内側に、ミリーも中に入れ。前方を突破する!」
「分かった!」「行くぞ」「うんっ」
ハインツ達が前方の獣人部隊に強引に割り込むのと前後して、金銀の輝きからマナの光が具現化して溢れだした。
『フレア・バースト』
『アクア・スライサー』
エイドリアンの指先から出現して収束した赤い光がルイーサに向かって突き進み、同様にルイーサの指先から収束した青い光がエイドリアンに向かって突き進んだ。
二つの軌道が重なり合う。
青い光は鋭く形を変えて赤い光を切断し、そのまま力を失って消えた。
赤い光は分断され、大きく軌道を逸らして一つが人獣の入り乱れる戦場に堕ちて来た。
「ぬおおおおおっ!?」
「ぐあああああっ!!」
ディボー騎士と獣人戦士が斬り結んでいた剣を離し、慌てて南北に逃げ始める。その中心部で炎が爆ぜ、衝撃波が周囲の冒険者たちを転倒させる。
だが、神魔の強大なマナによる砲撃はまだ開戦の合図を鳴らしただけだった。
『フレア・スコール』『フレア・ランス』『フレア・レイン』『フレア・ストーム』『フレア・ウォール』
『アクア・アロー』『アクア・ブラスト』『アクア・レイン』『アクア・ウォール』『アクア・ストーム』
「まずいっ、あのスキルを合わせると水蒸気爆発が起こるぞ!リーゼ、僧侶たち、物理無効化ステージ1を!」
「何だ?」
「早く!魔法が掛かった者は前に出て身を伏せろ!他はその後ろで身を伏せろ!」
『物理無効化ステージ1』『物理無効化ステージ1』『物理無効化ステージ1』『物理無効化ステージ1』
「リーゼ、ミリー、オリビア、来い。全員、目を閉じて布か服の裾で口を覆え……『全攻撃無効化ステージ2』
ハインツがリーゼとミリーを地面に押し倒した直後、沢山の圧縮された熱と水が神魔の中間で激突し、凄まじい衝撃波と共に周囲を吹き飛ばした。
マグマの噴火か原子炉の爆発かと言うような煙が一気に広がり、ハインツはオリビアも引っ張り込んで自分の身体の下で庇った。そしてリーゼに防御魔法を掛ける。
轟音しか聞こえず、土煙りで視界どころか息すらも出来ない。
獣人部隊の中にいてこれでは、外周のディボー騎士団は本陣だけではなく右翼も壊滅的かもしれない。一番被害が少ないのは左翼のベイル軍だろう。
不幸中の幸い……いや、魔族の標的は元々ディボー王国だからこれは作為的だろうか。
『フレア・バースト』『フレア・バースト』『フレア・バースト』
『トルネード』『トルネード』『トルネード』
ルイーサは使用する魔法を変更した。
魔族は灼熱の爆発でルイーサを打ち据え、ルイーサは竜巻で魔族を空に舞わせて地面へと叩きつけた。
ルイーサの竜巻によって視界が急速に晴れていく。視界の晴れた戦場には、土まみれの人獣が地面に転がっていた。
大街道は平坦で、被害は概ね爆心地からの距離に影響した。ハインツ達はその例外だった。
「ルイーサ女王が押されている」
「人間が多すぎるからだ。巻き込むまいと威力を抑えているのだ」
「まずいぞ、このままでは神が負ける」
「だが、ルイーサ女王は魔族が殺したよりも多くの人命を助けたはずだ。マナの総力では勝っているはずだ」
「いや、魔族の祝福は75なのだろう。ルイーサ女王は祝福47だ。元の力が違いすぎる」
ルイーサの竜巻によって生じた土飛礫が銀色の魔族を打ち据え、魔族の炎はそれより高い威力でルイーサの金の輝きを焼く。
金色の輝きが減って行く。
「神様が……死んでしまう……」
「オリビア?」
『ファイヤー』
オリビアの右手の人差指から杖を伝い、祝福1で覚えられ最小のマナ消費量で発動する赤い炎の光が発動した。
炎は祝福89のオリビアの魔力で凝縮され、銀色に輝く魔族の元へと力強く飛んでいった。それを待たず、オリビアは次々と赤い光を出し始める。
『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』
ファイヤーは最速で発動できる魔法だ。スキルの威力は弱いが、その下地となるオリビアの魔力はおそらく人類最高だ。
祝福89は、ベイル王国の大英雄であるイヴァン・ブレッヒやクリスト・アクスよりも高い。さらに装備はハインツが用意したもので魔力強化に特化している。
すなわち、魔族に対してルイーサの攻撃以上に効果があった。
『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』
『フレア・バースト』『フレア・バースト』
『トルネード』『トルネード』
オリビアの魔法が魔族を打ち据えた。
だが魔族は神族に攻撃を再開する。
オリビアが獣人の中心に居るからか?確かに人類に被害を与えるなら、獣人へは攻撃したくないだろう。ここでは巻き込まれる獣人が大勢出る。
そしてルイーサも魔族に応射を再開した。
「全員、オリビアを護衛しつつ、このまま弱った敵を殲滅する。僧侶と魔導師はオリビアの近くで固まり支援、ミリーは護衛、大祝福2以上は獣人に攻撃を」
「……お姉ちゃん。私ね、もう1人で歩けるよ」
金と銀の輝きは、次第に薄れていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
堕ちてゆく
わたしは ゆっくりと 堕ちてゆく
水の流れが 上流から下流へと 流れるように
血液が 心臓から 全身へと 廻るように
神魔が 世界の因子へと 変わってゆくように
かつて存在した肉体は
金色のマナと わたしの精神を放出し続け
殆ど中身の無い 器となり果てた
いずれ身体は 世界の力を蓄え
いつの日か 竜へと変容するのだろう
殆ど光へと変貌したこの身では
その行く末を見届ける事は 敵わない
わたしの金色の思考も いずれ消えてしまう
わたしは 今更ながらに 後悔した
来世では どうか 幸せな人生を
消えてゆく
人の起こす 意志の力が
銀の光を 消してゆく
17万の怨恨が 17万の呪詛が
17万の憤りが 17万の絶望が
炎に包まれ メラメラと燃えていく
この身を 浄化し
この身の 罪を受け止め
この身を 炎で焼いてゆく
アルテナよ
我が務めは 果たされた
汝の意は 叶えられた
竜が良い
何物にも束縛されぬ 竜が良い
対価を 我に対価を……


























