第08話 革命勃発
「おにいちゃん、まってよ」
「あははっ、お父さんの所まで競争だぞ」
太陽の光をたくさん浴びて、湖がキラキラと輝く綺麗な都市だった。
沢山の建物が建設されていて、大通りを見た事もない数の人と馬車が行き来して、川の水を引いた環水公園では子供たちが楽しそうに遊んでいた。
私は公園のベンチから立ち上がれず、しばらく茫然と座っていた。
本当に1年前まで廃墟都市だったの?
本当に1年前までみんな難民だったの?
公園には、とても立派な格好をした精悍な顔つきの30代半ばくらいの騎士の銅像が建てられていた。
その銅像は右手に剣を持ち、西の方角を向いて満足そうに笑っている。
「お嬢さんにも、リンゴを一つあげようのぉ」
振り向いた私の手に、白髪白髭のおじいさんが真っ赤なリンゴを乗せて来た。
リンゴはお姉ちゃんにも貰った事が無い。
「……こんな高価な物をいただけません」
「ふぉっほっ」
おじいさんが笑いだした。
「なんですか?」
「イヴァン・ブレッヒ様を見ておったじゃろう?ほれ、あちらにおられる銅像の御方じゃよ」
「……見ていましたけど?」
「この宝珠都市をお守り下さる神様じゃ。神様は、供物が奉納されれば笑い飛ばして『お前らが食え』と仰られる方なんじゃと。じゃから、お嬢さんにもお裾分けじゃ」
「……宝珠を作った神様は消えますよね?なんで分かるんですか」
「それは分かるとも。イヴァン・ブレッヒ様は、この王国を何百年も見守って来られたそうじゃ。そして去年、ついに英雄の石碑から蘇られて金狼軍を打ち払い、巨大な宝珠都市をお作り下さったのじゃ。それほどまでにお優しい方が、お嬢さんを放って置くはずがないじゃろう?」
「……そんな凄い神様なら、宝珠都市を作らず、神様のまま守って下されれば良かったのに」
「するとわしらは、ずっと難民のままじゃのう?」
「…………」
Ep03-08
アルトアガ会戦の後、獣人帝国軍は第二宝珠都市アルトアガへと進軍した。
会戦後の獣人帝国軍の残存戦力は、祝福を受けた戦士291名と兵士1890名程だった。
一方、ディボー王国軍の残存戦力は騎士100名程と、兵士600名強、それに冒険者30名程だった。加えて1名の大騎士団長と6名の騎士団長は全員が戦死している。アルトアガ駐留隊を加えてもとても足りない。
獣人帝国軍と人類軍の冒険者の能力差は、1.5倍で見積もると良い。これは単純に、1パーティ6名の編成中、獣人軍は大祝福1以上が3名、人類軍は大祝福1以上が2名含まれているからだ。
ディボー王国軍は、祝福を受けた冒険者だけでも4倍の敵戦力を相手に為す術を持たなかった。そのため交戦を避けて撤退して王都ディボラスに戻った。同時に多くの人々が脱出して半数以上が王都に逃げた。
そして、魔族エイドリアンも王都に入った。
グウィードから意図的に逃がされ、力を発動せず髪の色を銀から青に戻したエイドリアンがフードを被って顔を隠し脱出者の中に紛れ込むのは容易だった。
エイドリアンが王都に紛れ込んでしばし後、ディボー王城が炎上した。
「西側通用門で、大規模な火炎魔法を確認っ!巨大な火柱が上がっています」
「ぐぬぅ、命令変更!アルバーニ、5隊で陛下をお守りしろ!」
「ドステア騎士団長、それは我ら親衛隊の任務だ。貴官らは消火を……」
「馬鹿か貴様は!敵が確認できないと言っても、これはどう考えても襲撃だろうが!建物を燃やして終わりだと思うのか!?誰が狙われると困るか考えろ!貴重な戦力でのんびり消火などしている暇があると思うのか!?」
「ちっ、平民上がりが」
「文句は俺より祝福が上がってから言え。1隊はバルトロメ王子を護衛。1隊はジョセフィーヌ王女を護衛。いざとなればバラバラに逃げろ」
「ルイーサ王女殿下とフランセット王女殿下は!?」
「我ら騎士団はリエイツにかなりの隊を割いて定数に満たず手が足りん。フランセット王女は侍女に任せる。ルイーサ王女は祝福47だ。王女ご自身の判断に任せる」
王城の壁内は大混乱に陥っていた。
膨大なマナが、王城の城門を次々と燃え上がらせている。その巨大な炎は水を被っても走り抜けることが不可能な範囲と威力で、おまけに燃える物が無くてもマナでいつまでも燃え続けている。
王が口を開いた。
「ふむ。脱出するかのぉ。ドステア、そちの命令を変更する」
「……はっ」
「余は王妃コルネリア、王子バルトロメと共に脱出路で脱出する。機密であったが、王族用の脱出路がある。メルクリオ親衛隊長以下の親衛隊に来てもらおうかの。地上から逃げるジョセフィーヌには4隊を付けよ。フランセットには2隊を。ルイーサへは、そちが従って脱出せよ。残る二人を囮にしてでも、ルイーサだけは必ず逃がすのじゃ」
「……はっ!」
「では行くかの。先人が高い金を掛けた脱出路が無駄にならずに済んだて」
炎の嵐が吹き荒れる中で騎士達が、そして使用人達が息もできずに飲まれていく。
エイドリアンは王城内の粗方を焼き尽くした。退路は無いはずだ。だが、目的の人物はどれだけ探しても見つからなかった。
「王と王子は どこへ行ったのか」
「この裏切り者めっ!難民上がりの分際で、王国からこれまでに受けた恩顧を忘れて……」
『フレア・ランス』
「ぐあああああっ!」
エイドリアンの罪を断じた生き残りは炎の槍に貫かれ、煙を上げて動かなくなっていた。
人肉の焼ける強い臭いが辺りに充満する。
エイドリアンは、彼の言う恩顧の所以が何処に在るのか問いたかった。いや、本当は答えすら求めていなかった。答えは分かっている。それでも『難民上がりの分際で身分不相応だ』と言いたかったのだろう。
立場によって価値観は異なるのだ。今ならそれがよく分かる。
「同じ難民を焼かせて人工魔族を造っておいて その素体に恩顧と言い張っても無理があるだろう? 職や都市民権の剥奪で脅し 関係者は口封じの為皆殺し 最後には 『地位が欲しくて 勝手に部下を使ってやった難民』 か?」
「……まさか、父がそこまでしていたなんてね」
「ジョセフィーヌ王女 まだ意識があったか?」
「ええ、優秀な騎士たちが守ってくれたおかげでね」
「そうか では死ね 『フレア・ランス』」
ジョセフィーヌは何か口を開きかけたが、短い悲鳴だけを上げて22年の生涯に幕を閉じた。
ガストーネ王は無事だったが、王城に戻っては来なかった。
代わりにコルネリア王妃が戻って来て、王からの命令としてルイーサ第二王女が王権代行となるよう伝えられた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ルイーサ・ディボー第二王女は、氷のルイーサとも呼ばれる。
緑髪とエメラルドのように綺麗に澄んだ瞳に対して、服の色は大抵赤いドレスなのが印象的だ。情熱的な服装でいて、逆に冷静で落ち着いた知的な声。加えて人形のように整った顔立ちでおまけに無表情。
だが、大きな輝石を3つと小さな輝石を5つも真銀で縁取りして二重に繋いだ豪華なペンダントを首から下げ、頭にも花飾りに模したルビーと真銀と輝石の髪飾りを付けている。
派手な装飾が、彼女の冷静さを一層際立たせる。
ルイーサ王女は、そのセンスと性格が完全に不一致だ。
相変わらずの仮面振りに、賢者オルランドは内心で苦笑した。
「賢者オルランド、貴方をディボー王国宰相に任命します」
「謹んでお受けします」
状況を整理しての、ルイーサ王権代行の一言目がそれだった。
「宰相、ベイル王国が我が国に対して国境封鎖を行った話は聞きましたね?」
「昨日王都に届きましたな。私も非難文は読みました」
「非難文の中に、虐殺への非難と同時に魔族化への示唆がありました」
「子供でも分かる記載でしたな」
「そして過日、王城に対する魔族の襲撃がありました。爆発と炎上は城下から広く見られています。王城で働いている者から情報は必ず漏れるでしょう。ベイル王国の非難が正当であると、最も効果的なタイミングで証明する結果になりました」
「でしょうな」
「王権を代行するには正しい情報が必要です。確認します。魔族化は誰の指示ですか?」
「公式には難民出身であるエイブラム大佐とエイドリアン少佐の独断。非公式にはディボー王ガストーネ陛下のご指示です」
「……父が姿を隠したのは、魔族の復讐を恐れたのと、私を王権代行にしてベイル王国を参戦させるためですか?」
「陛下から直接告げられた訳ではございませんが、それ以外に考えられませんな」
「そうですか」
状況は最悪だった。
現在のディボー王国には、3つの敵が存在する。
1つ目は、獣人帝国だ。
獣人は、生存圏を巡る争いの相手だ。
よって被害が大きいと見做せば攻め込んで来ない。王都ディボラスが攻め込まれていないのはそれが理由だ。王都に配備されている兵器は、周辺国中最高だ。
だが、王都周辺を完全に制圧されてしまったら?食糧は王都で生産出来る。軍事物資も王都には豊富にある。だが冒険者の補充がろくに叶わず、王都はいずれ必ず落とされる。上手く立ち回って王都周辺を維持し、西側との繋がりを保たなければならない。
2つ目は、魔族だ。
魔族は、報復を目的とした単独の敵だ。
交渉の余地は無い。神出鬼没でしかも強く、倒す為にはかなりの犠牲を伴うだろう。
魔族は休んでも消費した魔力を回復しない。カルマを基にした内に秘める力を使い切れば終わりだ。第三宝珠都市分のカルマを、ダメージを与えるなり魔力を消費させるなりして削らなければならない。
まだ相手が魔力を使う魔導師系で良かったと言うべきだろうか?戦士系ならスキルを使わない戦い方をされては、ダメージでしか力を削る事が出来ない。
しかし魔導師系の範囲魔法は軍にとっては脅威だ。無敗のグウィードを倒すのとどちらが困難かと問われれば、即答できない程に強い。これがディボー王の目論見通り獣人側に向かっていれば良かったが、魔族はディボー王国をこそ敵と認識している。
3つ目は、ベイル王国だ。
ベイル王国は、その主張を鑑みるに人類の代弁だろう。
よりにもよって、ディボー王国と各国とを唯一繋ぐベイル王国である。しかも、金狼のガスパールにトドメを刺したベイル王国宰相代理が非難声明に署名しており、工作のしようが無い。暗殺してもベイル王国の決定が変わらなければ事態はまったく解決しないのだ。
非難声明の内容を精査するに、間違いが一つも無い。
連名されている現地調査証人の地位と信用度はいずれも高く、シラを切れる相手では無い。第三国のリーランド帝国やジュデオン王国は、ディボー王国よりも各国への影響力が強いのだ。しかも王都への魔族襲撃で、エイドリアンの独断だと言う主張は吹き飛んだだろう。
「宰相、あなたなら現状をどう打開しますか?忌憚ない意見を聞かせてください。何を言っても咎めません」
オルランドは即答を避けた。
ルイーサはオルランドの思考を邪魔せず、自らも思案した。ガストーネ王から事態を丸投げされたルイーサには、悪い未来ばかりが見えていた。
半年前と比較すると、外交が破たんし、復讐に燃える魔族が誕生し、温存していた騎士団が大打撃を受け、傭兵もろくに雇えなくなり、状況は急激に悪化した。
「ルイーサ王権代行。先ほどの御下問ですが、一つ具申してもよろしいですかな?」
「早いですね。最初から案を持っていて、考える素振りをしたのですか?」
「さようでございます」
「つまり、聞く側に心の準備が必要な案なのですか?言ってみなさい」
オルランドが深刻そうな振りをして口を開いた。
「ディボー王国にとって最善と思われるものは、国の過去の行いを即座に清算し、ベイル王国を味方に付け、国境封鎖を解除させ、増援を出させてグウィードと相対させ、魔族を消し去る案です」
「実現の可能性は?」
「王権代行が今為されれば100%です」
「なぜ躊躇ったのですか?」
「死人が2人出ます」
「何を今更」
「死ぬのはディボー王陛下と、ルイーサ王権代行だからです」
「……手法は?」
「まず革命を起こします。ガストーネ王を人類への反逆罪で断罪して処刑すれば、ベイル王国を味方にできます。先方の論法では、ディボー王を打倒する我々は共闘者になるわけですからな。捕らえられなくとも、地位を剥奪して追い立てればよろしいでしょう」
「……相手は、アルテナに認められし国王よ?」
「その王命で、ルイーサ王女は現政権を担っております。ディボー王国の決定として、王の地位を剥奪すれば良いのです。王が自ら退位を認めた事と同義になります。その際、王と共に逃亡しているバルトロメ王子の王族としての地位も剥奪すればよろしいでしょう」
「父が気付く前にすべきですね……だから、『今為すなら』なのですね?母は?」
「王妃は、ガストーネ王の共同統治者としての政治に関する一切の権利を剥奪しておかれればよろしいでしょう。付け入る隙を与えない方がよろしいかと」
「親衛隊に悟られてはダメね。私の護衛をして一緒に逃げたドステア騎士団長は、エイブラムとエイドリアンの独断だと騙されていました。味方に引き込みましょう。彼を通じて王都の騎士団を味方に引き込み、母の護衛をしている親衛隊を倒して革命を行います」
「それがよろしいかと」
「ところで、魔族の方は?」
バダンテール歴1259年5月。
ディボー王国の王都ディボラスにおいてルイーサ王女による革命が勃発した。
その衝撃的な事件は、ベイル王国の非難声明によってディボー王国の情報を慌てて集めていた各国に速やかに届いた。
























