第06話 強行調査
私はしばらく歩いた。
「おい娘さん。どうして1人で歩いているんだ?」
「……ベイル王国へ行きたいんです」
「いや、そうじゃなくて、一体どうやって歩いて来たんだ?」
「…………」
「お前さんは、どこの都市民だ?ベイル王国に何をしに行くんだ?」
「…………」
難民だと言えば、またどこかの廃墟都市に連れて行かれると思った。
絶対に言いなりにはならないですけど。
と言うより、殺しますけど?
「はぁ、分かった。俺達はベイル王国まで行く予定だ。お前さんを見捨てていくと目覚めが悪いから馬車に乗せてやる。雑用くらいしろよ?」
雑用くらい出来ますよ?
リエイツでしていましたから。
「名前は?」
「……オリビア・リシエ」
私は馬車に乗った。
ガラガラと、ガラガラと揺られていった……。
前に馬車に乗ったのは、お姉ちゃんと一緒にリエイツに向かった時だった。
「おい、なんで泣いている?」
……うるさい。黙っていてください。
少し硬かったけれど、パンをくれたあなたを殺すつもりはありません。
やがてベイル王国に着いた。
噂を聞いた。
『ベイル王国の次期国王が、ディボー王国の次期女王と喧嘩をした』
ベイル王国は、ディボー王国と戦争をしてくれますか?
ディボー王国を業火で焼き払ってくれますか?
それなら私は……私は…………
Ep03-06
祝福59と祝福60の間には、大祝福1と大祝福2と言う絶対的な壁が存在する。
大祝福を受けると、その者に最も必要とされる能力が大祝福を受ける前の少なくとも2倍以上になる。それに、覚えられるスキルも極端に強くなっていく。
例えば、戦士攻撃系で『攻撃力2.5倍』『新スキルで威力2倍』になったら?以前の5倍の強さの攻撃が出来る。それに大祝福を得られれば他の能力値だってそれなりに上がるし、祝福1回ごとの能力上昇値自体も上がるのだ。
大祝福1は、1格の下級竜を平均的な力量のパーティで狩れる目安になる。大祝福2なら3格の中位竜、大祝福3なら5格の上位竜が狩れる。
大祝福が1つ上がる度に、見える世界が変わる。
だが周辺国の冒険者で大祝福1を受けているのは全体の1割を少し超える程度、大祝福2を越えているのは数十人しかいない。大祝福3は歴史上の人物ばかりだ。
なぜ祝福を上げないのかと問われれば、簡単に上げられるものではないからだと答える他にない。
祝福1の冒険者が居たとする。
都市内に魔物は居ないが、都市外に行くと死ぬ。ではどうする?
そんな駆け出しは、都市の加護が微妙に届く都市周辺で、人を見れば逃げていく魔物の小物を追いかけて狩るしかない。
だが野うさぎ1匹ですら、探して、追いかけ回して、狩るのにどれだけ苦労するのかを想像してみて欲しい。加えてうさぎではなく熊に遭遇するかもしれないのだ。
だからと言って10人がかりで野うさぎ1匹を狩れば、経験値自体を得られる可能性すら10%である。ちなみに野うさぎを狩っても祝福は上がらない。
絶対に死なない方法で確実にやれば、10年経っても祝福10に届かないかもしれない。だが無茶をすれば、いつか必ず死ぬか再起不能になる。
だいたい金を稼いで生活をしなければならない。それなら祝福を10台に上げてしまって都市内の治安騎士でもやるのが一番賢いだろう。治安騎士なら騎士よりも安全だ。
だが都市内には魔物が出ないから、祝福の上昇はそこで終わりとなる。
そんな数多の例を容易く乗り越え続けた戦士のフランセスクは、バスタードソードを軽々と操って魔物の身体を分解していた。
同じく大祝福2を越えた相棒のロランドは、自在に操るハルバードの尖端で突き、斧の部分で叩き斬り、引っかけてアラクネの体勢を崩させる。
大祝福2の強さに達した巨大アラクネの6本の足が、大祝福2に達した二人の冒険者の手によって次々と刎ね飛ばされていく。
アラクネは上半身がとても醜悪な女で、下半身は蜘蛛の魔物だ。蜘蛛の足はかなり長く、全長は人の倍ほどになる。
上半身の醜さについては、蜘蛛と人を混ぜたらどうなるかを想像すれば分かるだろう。口は大きく裂け、牙のような2本の鋏角から獲物に毒を入れる。出糸突起があって粘着性の麻痺糸を飛ばす。腕は2本だが、足が6本だ。
なまじ人に似ている部分があるだけに、蜘蛛よりもずっとおぞましい。
「スーヴァアアア」
足を次々と刎ね飛ばされたアラクネが、空気を吸い込むような気持ち悪い鳴き声で悲鳴を上げた。
小さい子供がそのアラクネを見たら、一生のトラウマになるかもしれない。初等生全員に見せれば、子供の将来なりたい職業ランキングから冒険者が消えるだろう。
だがフランセスクは全く気にせず、アラクネの両手両足と首を刎ね飛ばした。ついでに腹に剣を突き立てる。戦士系の仕事はここまでだ。
次は盗賊系の仕事になる。
フランセスクとパーティを組む盗賊のロランドは、アラクネの裂けた腹にショートソードを潜り込ませ、麻痺糸の元になる液体が溜まった部分にまで斬り進み、空気を通さない竜皮の小さな革袋を突っ込んでそこに液体を流し込んだ。そして小袋の口をすぐに縛って新しい袋を入れる。
9袋ほどそれを作り、少し揺らして液体の感触を確かめ、嬉しそうに笑う。
「おい、フランセスク。900万Gだ!1人450万G!」
「分かっている。興奮するな。耳が痛い」
「おいおい、450万Gだぜ!?値切れば転姿停滞の指輪の上から6番目が買えるな!転姿停滞の指輪は、最初に装備した品しか効果を発動しないから、最初になるべく良い品を装備しないとな!」
「知っている。落ち着け。それに、これまでに貯めた金で上から5番目が買えるだろう」
「いよぉしっ、5番目だと63年の停滞か?すげぇなぁ。でも4番目は84年だろう?欲しいなぁ」
「それは中位竜でも上の第4格が滅びると落とす。非売品だ。所有者が変わってランクが落ちれば結局意味が無い。手に入れるのは諦めろ」
「狩りに行くかなぁ」
「遺言はそれでいいか?」
巨大アラクネを倒した二人は都市への帰路に着いた。
ベイル王国の新・第五宝珠都市アクスは、元・第一宝珠都市アクスに昨年主神が魂をゆだねて形成した25万人規模を受け入れられる大都市だ。
主神が従神の真似ごとをしたのは前代未聞だったが、同時にそれに至った由来も伝わってきて、人々は納得すると同時にあっさりと事実を受け入れた。
都市アクスは加護範囲が膨大に広がり、大量の難民を受け入れて人々の活動範囲が大きく広がった。その為にこれまで放置されてきたモンスターの退治が増えている。
祝福62の戦士フランセスクと、祝福61のロランドが受けた依頼も、表向きはそう言う事になっている。
「ロランド」
「ん、なにか言ったか?」
「おかしいと思わないか?」
「なにがだ?」
「世界の力を蓄える転生竜だ。俺達冒険者は、転姿停滞の指輪という報酬をぶら下げられ、カルマ内包量が尽きるまで蘇る転生竜を倒す」
「おう、俺も倒したいぜ」
「転生竜をパーティ単位で一度でも倒せば、冒険者たちは竜核を得られずとも世界の力を受けて死後は神魔化する。神魔たちは宝珠都市を形成するか破壊しなければ、力を使い果たした後に転生竜になる。転生竜は寿命が無く、いつか新たな冒険者たちに遭遇して倒されるだろう」
「無限サイクルだな」
「……一体誰が考えた?何が目的だ?」
「そんなの自然のサイクルなんじゃね?」
「……そうかもしれん」
「そんな細かい事なんてどうだっていいだろ?俺達は金を稼いでなるべく良い指輪を手に入れるぞ!」
「そうか。自殺は止めたのか」
「中位竜の上だと、祝福70台のパーティが欲しいな。くそっ、あいつら取り放題だ……何かあったか?」
「……何かあったな」
軍馬が2人の元へ向かって来ていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その廃墟都市の名は、リエイツと言うらしい。
らしいと言うのは、かつては都市として機能していたものの、既に滅んで久しいからだ。
古い記録にも殆ど出て来ない。
バダンテール歴1259年現在で確実に判る事は、その地に大街道が続いている以上、1259年ほど前には間違いなくその地に都市があったと言う事くらいだ。
だが、1259年前の都市名がリエイツであったかどうかは分からない。
古き都市はいずれ滅び、やがて新しい神が新しい宝珠都市を生み出す事によって名前を変えるからだ。すなわち、バダンテール歴の開始時にあった都市が滅んだ後、リエイツという神がその地に新しい宝珠都市を生み出した可能性もある。
都市を創る気になった主神は、概ね大街道の繋がった廃墟都市に新たな宝珠都市を創る。あるいは、離れた都市と都市の間、つまり大街道の中間点に新しい都市を創る。ほぼ全ての都市間を性能の良い馬車3日ほどで移動できるのは、そう言った神々の恩寵があればこそだ。
そして、大街道の繋がらない土地に新しい都市を創るのであれば、既存の都市の近くに創り出す事が多い。結局、人が新都市を創り易いからだ。廃墟となった建物を利用し、あるいは新たな道を創り、近くの都市から物資を運搬して、ようやく人は新都市を創り出せる。
新しい宝珠都市が既存の都市から離れ過ぎていれば、魔物の群れる荒野で物資の運搬ができず、広い草むらに利用されないアルテナの神宝珠だけ取り残される事態になりかねない。
だが廃墟都市リエイツは、王都ディボラスから馬車でわずか9日の距離という恵まれた立地であるにもかかわらず、ここ600~700年ほどは廃墟都市のままだった。
理由は複数考えられる。第一宝珠都市では防げない大祝福1を越える魔物が周辺に多数いるからであるとか、そもそも宝珠都市では防げない竜が周辺の山脈に多数いるからだとか、道が北側のザイクレアからしか繋がっておらず都市を創っても発展が見込めないからであるとか様々だ。
だが、かつて都市であった名残の建物は残っている。
「グォオオオオッ」
「おらああっ!」
ボレル副団長の剣がゾンビの首を刎ね飛ばす。
それだけではない。大祝福2を越える紅塵のバスラー団長と、祝福50を越えるグラシス達のような選別されたメンバー2人がそれぞれの方法でゾンビを蹴散らしている。
彼らの連携は高水準で、ゾンビは単なる経験値と化していく。そんな彼らに、大祝福2を越えるフランセスクやロランドは自然に連携する。
そこにハインツ、オリビア、メルネス・アクス、アドルフォ・ハーヴェ、ベイル王国の冒険者協会会長である魔導師セブリアン・バエスと、ブラッハという協会員が加わって『冒険者への依頼』と言う名の潜入に参加している。
ちなみに参加者2パーティ12名は、全員が祝福50以上の冒険者だ。
最初は普通定期便の護衛という形を取っての自然な入国だった。だが、封鎖されたリエイツ到着までに遭遇した騎士1個小隊はオリビアが石化せざるを得なかった。
オリビアのもたらした情報は極めて重大だった。
ディボー王国の難民17万人大量虐殺という目的は何なのか?
難民が多すぎて国に迷惑だからという理由なら、宝珠都市に入れず、一切の支援をしなければ良いだけだ。そうすれば周辺の治安は悪くなるが、彼らは存在しないのと一緒だ。にもかかわらず、発覚すれば非難を受けるのを承知であえて殺すのは何故だ?
ハインツは自分で裏を取らなければ判断できないと思った。
もちろん仮定はしている。
ただの虐殺ではなく、ゾンビ化させて燃やしたのだ。着火者が冒険者なら祝福が上がるだろう。現にそれを横から奪った形のオリビアは祝福89になっている。作戦が完全に成功していれば大祝福3の冒険者を作る事が可能だったはずだ。
ハインツは、大祝福3を以って獣人に対抗するのだろうと思った。
だが結果は、それより遥かに悪かった。
実行者を護衛していた騎士隊長の魂が残っていて、魔族製造についての証言を得られたのだ。
実行者エイドリアンは護衛隊長と同じ場所で死に、死んですぐに銀色に光って蘇ったという。そして兄のエイブラム中佐に回収され、南のグウィードを倒しに行ったという。
それをハインツが自分以外に証明するには、まず魂からの蘇生が可能であることを証明しなければならない。しかし、それは出来ない。
だが、確認できた事実だけでも充分だ。
「バエス冒険者協会長。ディボー王国は難民17万人を収容所の牢に押し込み、鍵を掛け、毒矢で射殺し、ゾンビ化させ、まとめて焼き払い、経験値とした。牢の内側で死んでいるゾンビの死体の一部に毒矢が刺さり、この牢の外側で倒れている騎士たち、そして騎士隊でリエイツを封鎖している状況を鑑みるに、ベイル王国宰相代理ハインツ・イルクナーは、オリビア・リシエの証言の裏付けに充分だと判断する。ベイル王国冒険者協会はどう判断する?」
「証言通りの場所に証言通りの17施設があり、証言通りの事態が進行しておりました。残っていた食糧は昨年の秋に収穫された麦で、全ての錠前はディボー王国製の最新の物。油の大樽の金属部分の残骸があり、焼け焦げていたディボー騎士の装備も新式、共食いして数を減らすゾンビが大量に残っている点で、証言に矛盾はありません。確認が取れましたので、虐殺を事実認定します」
「大祝福2を越える戦士フランセスク、探索者ロランド、傭兵団長バスラー。貴殿らはどうだ?証人になってくれるか?」
「言う必要もない。当たり前だ。冒険者の義務だ」
「相棒がこう言っているからなぁ。俺も乗るさ」
「目的を問おう。ハインツ・イルクナー宰相代理」
「目的はディボー王国への国際非難による第二の被害の阻止だ。難民はまだ沢山いるぞ?放置しておけば、作戦が上手くいかなかったとして、次の10数万人が殺される可能性もある。だがベイル王国が事実を公にして非難すれば、ディボー王国の民衆や良識派が圧力を掛けて愚行を阻止できる可能性が高まる」
「非難の文面は確認させてもらうぞ。ハインツ・イルクナー宰相代理」
「何枚も署名が欲しいからな。内容を読んで納得したら書いてくれれば良いさ」
「それとアドルフォ」
「ん、なんや?」
「国際非難後、国境封鎖をする。具体的には『ディボー国民のベイル入国禁止』『ディボー王国への、ディボー国民以外の出国禁止』。それと『輸出入の全面禁止』だ。おそらく2ヵ月後になるな。封鎖期間は未定」
「将来の封鎖解除の可能性を考えると、ディボー王国全土の普通定期便も各支部もここで全面撤退させる訳にはいかんな。逆に幹部たちを応援に出して財産を接収されんように図るか……ハインツ、大損害の補てんは国に配慮してもらうで?」
「いずれ、それなりになんとかするさ。じゃあ手配は頼む。あと、メルネス」
「なんだい?」
「グウィードは最悪、ディボー王国が滅んでからベイルで倒す」
「僕はやり過ぎだと思うよ?言い方は悪いけど、17万人の為に……別に50万人でも良いけど、その為に1国が滅びるのはどうかと思うんだ」
「俺の予想だが、ディボー王国の真の目的は、祝福を上げた冒険者でグウィードを倒すのではなく、祝福を上げてカルマを落とした冒険者を魔族に変えて膨大なマナで獣人軍を魔法で撃ちまくる事だ」
「……それは、例のアレによる予想かい?」
「そうだ。少なくともディボー王国はそのつもりらしい。冒険者を使い捨てにした強行偵察の話は聞いているだろう?それで動きが判明したグウィードを、魔族を使って南で迎え撃つそうだ」
「それなら前言を撤回するよ。ディボー王国は獣人以上の脅威だ。悲しいなぁ」
「現時点で証拠は提示できないが、非難文にカルマが下がれば魔族が生まれる危険があると可能性を示唆しておく。そちらは事実だからな」
目線で説明を求める周囲の冒険者たちをハインツは無視した。
だが、確認の為に一緒に連れて来たオリビアがハインツの服を掴んだ。
























