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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一部 第三巻 浄罪の炎(12話+エピローグ) ディボー王国編

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第05話 ギンノカミ

 お姉ちゃんの瞳を見詰めたのは何年振りだろう?

 あの時から怖くてずっと見られなかったのに。


「お姉ちゃん、私が分かる?オリビアだよ?ねえ、お姉ちゃん」

「おい、ここから出してくれっ!俺達はディボー王国に素直に従っていただろう!」


 男の人が鉄格子を掴んで、外を通り過ぎる兵士……に向かって声を掛けていた。彼らは無言で……牢の外から強い毒を塗った弩で何人かを射抜いて、早足に……牢を通り過ぎていった。


「俺達は獣人に攻められる前までは普通の市民だったんだ!お前たちだって元難民だろう?こんなことは止めてくれ、俺も兵士になるから!」

「都市民権と引き換えにでも虐殺を請け負ったのか!この恥知らずの裏切り者!」


 ねえ、あなたたちうるさいよ?

 お姉ちゃんの声が聞こえないから静かにしてよ。


「グァァアアァア」

「何?お腹の子?それとも私の事?多分どっちかだよね?」

「グァアァァ」

「お姉ちゃん、私に逃げろって言ってくれているの?」

「おい小娘、うるさい黙れ!」

「ほっとけ、そいつは気が狂ってる!それより殺された奴は服を脱がしてそれで縛れ。ここは宝珠都市じゃない。死んだら数日でゾンビ化する。自由に動くゾンビが一匹でも出たら俺達は全滅だ。他の牢みたいにな!」

「ああ、なんでこんな事に」

「いや待て。くそっ説得方法が違っていたんだ。難民出身で、国の重大な秘密を知ってしまった兵士ごときが、このまま生かしておかれるはずもない。あいつらも口封じで殺される。それを伝えれば、俺達は一緒に逃げられるかもしれない」

「くっ!?おい兵士!まだいるか!?おい誰かっ!お前らも口封じに殺されるぞ!俺達と逃げるんだ!俺達も手伝う!ベイル王国まで逃げよう……聞こえないのかっ!」


「グァアアアァァ」「グォオォォッォ」

「ゾンビどもがうるさすぎる。兵士は死体を増やして行ってしまった」

「えっ、何が見えたの?…………うん。信じるよ」

「うるさい、黙ってろ!」

「右指の人差指に刻むね。全部燃やすの?うん、全部燃やすね。全部燃やすね……」

「黙ってろガキ」


 私は殴られた。


 『ファイヤー』

「ぎゃああああああああっ」


 殴った男の顔を焼き返した。


「おいっ、魔法だとっ!?」

「アルテナの祝福が得られたのかっ!?しかも10人に1人しかいない魔導師系だと!?おい、助かるかもしれないぞ!嬢ちゃん、そいつが殴って悪かったな。ゾンビを焼いて祝福を上げて、壁を壊してくれ」


 まだ30人くらい生きているね?

 途中でマナが足りなくなるよね……


「ごめんなさいっ。殴られて反射的に魔法を出してしまったみたいです。ごめんなさい、ごめんなさい。初めて魔法を使ったんです。本当にごめんなさい」

「…………いやっ、殴ったそいつが悪い!みんな、そうだなっ?」

「ああ、どう考えてもそいつが悪い」

「そうだ、殴ったなら自業自得だ」

「そんな奴はほっとけ!それより魔法でゾンビを焼いてくれるか?」

「はい、祝福を上げますね?向かいの牢も、斜め向かいの牢にいるゾンビも魔法攻撃して祝福を上げますね?」

「そうだ。それで牢を破壊して脱出する。頼むぞ?」


 『ファイヤー』


 最初にお姉ちゃんが、私の魔法で燃えていった。


 周りの馬鹿な男の人たちは、それだけで簡単に騙されてくれた。

 みんな、自分の信じたい事を……信じるんだね?






 Ep03-05






 『10人が殺される状況において、1人の犠牲で9人が助かる』


 それは生き残る9人にとっての正義だ。

 10人の支配者は、一番無知で身寄りがなく、消えても誰も不信がらない1人を犠牲にしようと考えた。

 それは難民を犠牲にした『人工魔族の製造と制御による獣人軍撃破』である。




 冒険者は2つの条件を満たすと転生する。


 1.世界の力を蓄えると言われる7階位の転生竜を、パーティ単位で1度でも倒す。

 (転生竜は倒してもカルマに基づく力の総量が尽きるまでは何度でも復活する。だが完全に滅ぼす必要はなく、一度でも倒せば良い。滅ぼしたら転姿停滞の指輪の元になる竜核が手に入るが、転姿停滞の指輪狙いでなければ一度倒すだけで良い)


 2.自身のカルマを高める。あるいはカルマを下げる。

 (カルマが高ければ『主神』『従神』『神獣』のいずれか、カルマが低ければ『主魔』『従魔』『魔獣』と呼ばれる存在のいずれかに転生する)



 『主神』『主魔』は、生前の記憶や知性を保つ。

 宝珠都市の創造や破壊、神魔同士の争い、あるいは人には理解できない行動を取る。

 そして宝珠都市の形成や破壊を成さなければ、滅びた後に転生竜に至る。

 主神や主魔に至るには、転生条件をかなり高くクリアしなければならないと目される。


 『従神』『従魔』は、自意識ではなく本能に基づいて行動する。

 主神や主魔に仕えて意に沿うか、瘴気を祓うなり濃くするなり、あるいはアルテナの神宝珠の輝きを回復させるなり減らす行動を取る。

 そして宝珠都市に身をゆだねなければ、滅びた後に転生竜に至る。


 『神獣』『魔獣』は、かなり強い力を持った獣と変わらない。

 カルマがプラスとマイナスのいずれにも大きく無ければ、神獣や魔獣となる。倒されれば力尽きて終わりで竜には至らない。


 強さは生前の冒険者の祝福がベースになり、耐久は蓄積したカルマの大きさがベースになる。


 人類は、全ての都市で人工神族の製造を行っている。

 とは言っても、非人道的な事を行っているわけではない。都市ごとに必ずいる神殿長について、『転生竜をパーティ単位で1度でも倒した事がある治癒師に就任してもらい、転姿停滞の指輪を渡す』だけだ。

 すると神殿長は、都市内で怪我や病気になった人を治癒魔法で助けてカルマを上げ続け、指輪の力が尽きて寿命が来る頃には従神になれるほどのカルマを蓄え、勝手にアルテナの神宝珠の輝きを増してくれる。

 神殿長にはデメリットが無い。タダで性能の良い転姿停滞の指輪を貰える上に、都市民全員が自分を称え、何事であっても常に優遇してくれる。





 ここまでの前提条件を元に、ディボー王国は『人工魔族を造れないか?』と考えた。


 まず十数年の時をかけ、廃墟都市にアルテナの祝福を受けていない難民たちを選別して運び、特別な建物を建てさせた。

 それは2階建てで50人が入れる部屋が各階に100ずつあり、壁が堅い石で破壊できず、内部が燃えやすい木で出来て、多数の通気口まである避難所。しかも各部屋は、鉄格子で仕切られている。

 建築内容に違和感を覚える難民はそれなりに居た。だが、宝珠都市には入れないと当たり前の事実を告げ、水や食べ物、服に嗜好品を与えて黙らせた。

 あるいは魔物対策だと騙し、冬に内部の温度を保つためだと騙し、宝珠都市を守っているのは難民出身の騎士や兵士だと伝え、嫌なら与えた物資を没収して都市外に放り出すと脅した。


 それと並行して魔族にする対象者を探した。

 選ばれたのはアルテナの祝福を受けた幼い難民の兄弟で、兄を操作役に、弟を魔族にと考え、言う事に従うよう従順な性格に育てた。

 兄の名はエイブラム。弟の名はエイドリアン。共に魔導師系の祝福が発現しており、魔族化後には敵軍団に対する殲滅魔法が使えるようになれば最良だと考えられた。

 祝福上げと2格の転生竜退治は王直轄の親衛隊が用いられた。

 そして最後に、「獣人が来た」と言って難民を避難所に押し込めて鍵を掛ける。


 まず、エイドリアンのカルマを下げる。

 17施設・各200部屋ずつ。都市民権と大金で騙した難民出身の兵士たちに毒を塗った弩を準備させ、エイドリアンに渡して鉄格子越しに各部屋数人ずつ撃たせる。

 都市外であり、祝福を受けていない者が死ねば数日でゾンビ化する。ゾンビは周囲の難民を襲い、その状況を直接作ったエイドリアンのカルマをどんどん下げてくれる。

 順調にゾンビ化が進んでいない部屋については、兵士が確認して後押しした。

 だが、エイドリアンのマイナスカルマは第3宝珠格分に達するだろうと予想された。


 次に、ゾンビハウスに火を付ける。

 ゾンビは、瘴気を溜め易くて祝福20級の強さを持つ。これは最低の騎士並であり、本来は容易に倒せない。

 だが避難所は、元々ゾンビを焼き殺す為に設計されている。加えてトドメの際には施設に燃えやすい油も撒いて行く。

 本来、ゾンビを毎日5匹ずつ倒し続けても17万匹を倒すまでには、およそ93年の時間が必要となる。ゾンビにばかり毎日5匹ずつ遭遇できる人はいない。

 それを17個の避難所を一気に燃やす事で、エイドリアンの祝福は1日にして37から大祝福3以上に上がるだろうと目論まれた。


 ……はずだった。

 計画の実行日、4つの施設がエイドリアンの手によって順調に焼き払われて5つ目に入った。2階に油を撒いて火を付け、次に1階に降りて火を放とうとしたエイドリアンは、入口から火の海になっている1階に愕然とした。


「なぜだっ?1階はまだ燃やしていないはずだっ!」

「エイドリアン少佐っ、1階の入り口に置いてあった油の入った大樽が燃え広がっている!それに、2階側からも火が迫っている!この階段の踊り場も危険だ。魔法で早く消火を!」

「くっ……『ウォーターウォール』」


 祝福75に達したエイドリアンの魔法は、だがゾンビ達を焼きつくすべく撒かれた膨大な油を踊り場にまで広げただけだった。


「うぁああああっ!!」

「走れっ、出口まで駆け抜けるんだっ」

「ああ……1階もどんどん火が広がっている」

「くそおおおおっ」


 護衛の騎士隊が出口に向かって走り出し、エイドリアンもそれに遅れまいと走り出した。だが、白い煙に巻かれて息ができなくなって走っている間に次々と倒れた。炎の熱気と酸欠がエイドリアンの思考を急激に奪って行く。

 エイドリアンには、壁の破壊と言う発想が出て来なかった。

 走っていた1階の両側には鉄格子があり、そこには無数のゾンビがうごめいている。鉄格子を壊してゾンビの群れを薙ぎ払い、壁を魔法で破壊して脱出する事は難しい。


 (……階段の踊り場から壁の破壊を行えば)


 エイドリアンは薄れゆく意識の中でようやく選択の間違いに思い至った。






「……え?2つは壁を壊すの?お姉ちゃん、どうして?」


 オリビア・リシエは、この廃墟都市に連れて来られた難民の一人だ。

 冒険者として祝福を得られたのは、鉄格子に錠前が取り付けられた少し後だった。得られた祝福は魔導師で、武器を持たずとも鉄格子の中で縛りつけられたゾンビの頭部を燃やす事が出来た。

 そして通路を挟んだ向かい側の鉄格子の中にいたゾンビ達を、休んで魔力を回復させながら倒し続けて経験値を獲得し、やがて壁を小さく破壊して脱出した。

 彼女は壁を破壊して脱出する前に、同じ避難部屋で生き残っていた難民を全て殺した。

 そして、避難所……いや、収容所を焼き始めた。そのタイミングは、ゾンビ同士で共食いをして数を減らす前にと見込んでいたエイドリアンの計画実行日と重なった。


 施設の外はとても綺麗な空気だった。

 閉じ込められている間、ゾンビ化していく周囲の人たちの発する臭いをずっと嗅がされてきた。時間を掛けて徐々に馴らされてきたため、嗅覚が麻痺していた。

 もう我慢しなくて良い。


「いたぞっ!あそこだ!」

「収容所を焼き払った犯人と思わしき脱出者を発見!少女1名。髪はロングで桃色。服装は白襟のオレンジのワンピース、胸元にリボンとブローチ、革のロングブーツ、髪に赤いリボン。他の装備品は確認できない」

「一体どうやって逃げた!?捕まえろ!他に逃げた奴がいないか尋問するんだ」


 『全体石化』


 祝福89にまで上がったオリビアの口から呪いの言葉が発せられた。祝福の無い兵士たちは、瞬く間に石像へと変わっていった。

 オリビアは眼前に立ち並ぶ石像を無言でしばらく眺めていたが、やがて何かを呟きながら廃墟都市を後にした。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 汝は世界を 創造せし者

 維持せし者 破壊せし者

 汝は世界の 法を歪める

 されど汝は 我らへの法

 汝は我に 何を願う

 何を望む 何を求める

 何を…… ギンノカミ


「……エイドリアン、エイドリアン」

「…………」


 ギンノカミ ギンノカミ

 ギンノカミ ギンノカミ

 ギンノカミ ギンノカミ


「……エイドリアン、エイドリアン」

「エイブラム魔導中佐、エイドリアン少佐はっ!?」

「……覚醒は成功している。すまないが、弟と二人きりにしてくれ」

「はっ」


 我は 支配されし 無力なる ギンノカミ

 我は 存在を以って アルテナの意を適える

 我は 行動を以って アルテナの意を叶える


「…エイドリ

「……聞こえている」

「そうか。身体の調子はどうだ?」


 我は無力なる ギンノカミ

 無力なる ギンノカミ


「……4つ半 祝福75ほどか」

「そうか。だが、主魔として意識を保ったままに覚醒したのは不幸中の幸いだった。どの程度の魔力がある?」

「……無きに等しい」

「神でいうならばどの程度だ?」

「……第3宝珠都市を創り出す程度 しかし 問題はそこでは無い」

「何が問題だ?」

「……魔族転生の基礎能力となった祝福75自体が弱い どうしようもなく」

「だが、マイナスカルマを基にした膨大な魔力があるだろう?今ならその力が尽きるまで、どれだけでも魔法が撃てるだろう」


 それでは届かぬ


「……王国が公表すべきだった 数千万の民を守るためならば 数十万の犠牲には理解を得られただろう 簡単に口封じが出来る難民兵士や難民騎士ではなく 妨害を阻止できる正規騎士団を配置すべきであった」

「まさか民衆に、『難民をかき集めて殺し、ゾンビ化させて火と油でまとめて焼き払い、実行者の経験値を与えると同時にカルマを下げ、獣人に対抗しうる人工魔族を創る。だから協力しろ』とでも言えば良かったのか?」

「……結果として小物が1人生まれただけだ 転生してしまった以上 やり直しは不可能だが」

「マナはあるのだろう?」

「……第3宝珠都市を形成できる程度」

「なら良い。強行偵察でグウィードの動きが判明した。2個大隊を北のトレッセウに置き、3個大隊でガゼインから南側へ大きく迂回しているようだ」

「……ついに南を襲うか?」

「そうだ。王都の周辺で一度も襲われていないのは南側だけだ。やがてその2都市に加え、今は保っているトラーシアやザサームも制圧し、南北から王都を完全に孤立させるつもりだろう。だが、これはチャンスだ」

「……そうか」

「ああ。厄介な2人の大隊長が居ない。温存していた騎士団を動員し、国内の冒険者を集めて、いくつかの都市は捨て、最大戦力で大決戦を行うことになった。そこにお前が強大なマナで獣人軍に魔法攻撃を続ければ、今度こそグウィードの首を取れるだろう」

「………………参加しよう」

「では、我々は親衛隊の馬車で都市を通らず南へと赴く。難民騎士と難民兵士は、親衛隊とドステア騎士団によって口封じされている所だ。この都市は収容所から溢れだした1万匹以上のゾンビが徘徊して手に負えない。しばらくは凶悪なモンスターが出たとして騎士隊で大街道を封鎖する事になった」

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