第04話 愚考と愚行
いつもと違う鐘が鳴った。
それだけでなく、リエイツの空に赤色信号弾が上がっていた。
この都市に住むのは全員避難民で、赤い光を見てみんなが叫びながら走りだした。あれは都市を炎と血の赤で埋め尽くす絶望の色だった。
私は叫びながら、無我夢中で妊娠しているお姉ちゃんを連れて慌てて逃げた。
獣人が攻めて来た。でもどうして?北のザイクレアは?王都ディボラスは?でも早く逃げないと。
「お姉ちゃん、急いで、急いで。早く避難所に逃げないと!」
「オリビア、待って、お願いだから」
バダンテール様、ブルダリアス様、エリザ・バリエ様、どうか私たちをお助け下さい。千瞳のドリス様、光槍のアルセリア様……マルタン王国みたいに、誰か強い神様が宝珠都市を作らず直接守護して下されれば良いのに。ディボー王陛下はとてもお優しい方なのに。
沢山の人が避難所に駆け込んでいく。私もお姉ちゃんと一緒に、1階の一番奥に逃げ込んだ。
「おい、2階の奥から順番に詰めるんだっ!避難訓練で習っただろう!」
「お姉ちゃんが妊娠しているんです!もうこれ以上は走れないんです!」
「……分かった!早く入れ!」
兵士さんたちが2階の奥から順に鍵を掛けていく。今日は頑丈な錠前だった。各部屋にどんどん鍵が掛けられていく。
鉄格子だと隙間があり過ぎるから、頑丈な扉だったら良かったのに。モンスターばかり気にしていたと思う。獣人だって剣は届かないと思うけど、弓を持っていたら私たちは殺されてしまうかもしれない。
どうか入口の扉が破られませんように。騎士様がお守り下さいますように。
それからしばらくして、避難所の正面扉が堅く閉じられる音が聞こえた。
Ep03-04
ディボー王国は、ベイル王国の南に位置する大国である。
保有する都市の人口規模は275万人。
王国の歴史は1000年も続いている。
人口と歴史だけで大国と称するに十分だろう。
だが、かの国を大国たらしめているのは人口や歴史ではなく、魔導分野において他国の追随を許さぬと言う点である。
例えば、力や魔力や速度が上がる高価なマジックアイテムの装飾品は、周辺国に出回っている殆どがディボー王国製だ。
冒険者と一般人とを問わず、身に付けるだけで能力上昇の効果を得られるマジックアイテムの汎用性がどれだけ高いか。もはや必需品と言っても過言ではない。
上級の冒険者なら必須アイテムであるし、裕福な一般人なら結婚や誕生などの祝い事で贈り物に用いられる事もある。
素材となる輝石自体は、各国でそれほどの差が無い。
アルテナの輝石という冒険者カードに用いる原石はどの都市周辺でも取れるし、力の輝石や守りの輝石なども、世界の力を蓄えると言われる竜の巣で時折見つける事が出来る。
ディボー王国の技術の一例を上げるならば、『輝石の加工』である。
強い効果を引き出す代わりに、効果を失う年数が早まる加工技術を持っている。ディボー王国は理論を持っていて、他国はそれを持っていない。
例えば『100年保つ代わりに微弱な効果を発する輝石』と、『5年しか効果が保たない代わりに20倍の効果がある輝石』では、どちらが良いか?
考えるまでもない。普通の人は100年も生きられない。冒険者は死んだらそこで終わりである。
殆ど効果を実感できない輝石と明らかな差異の感じられる輝石では、同じ素材でも価格は石ころと宝石並みに違うのだ。
加工はその一切が門外不出である。加工の工程を継承する者は定められた都市から出られない事になっている。
そのためにディボー王国は、辺境の第三宝珠都市トイラーンを移動制限都市として用いているのだ。
永きに渡る国策と輸出とで蓄積された膨大な富は、属国から資源を搾取するリーランド帝国をすら凌ぐとまで言われている。
そんなディボー王国の獣人帝国に対する対策は、莫大な富を用いた惜しみない兵器と傭兵の投入だった。
そして先月、金で確実に動かせたであろう大口の傭兵の雇用にジョセフィーヌ第一王女が外交大使として全権を預かりながら見事に失敗した。
挙句の果てに関税引き下げの条約まで失い、何一つ成果を出せないままおめおめと帰って来た。
ディボー国王ガストーネは、失敗しながらろくに反省の色を示さず不遜な第一王女を冷酷に見詰めていた。
いかに周囲の臣下に虚勢を示しても、絶対的な権限を持つ王への評価を下げては本末転倒だと言うのに、ジョセフィーヌには立場の状況が全く理解できていない。ベイル王国の変化に対応できない事よりも遥かに深刻だ。
次の王候補として任せてみれば、結果は最悪だった。
ガストーネ王の期待が失望に変わった。
だが平時では確認できない、特異な状況下での判断力や対応力が確認できた。今回はそこにこそ価値があった。
ガストーネ王はそれらの考えを一切口に出さず、ジョセフィーヌ第一王女の労をねぎらった。
「ベイル王国への大使、御苦労じゃったな。報告を以って、ベイル王国に対する大使の任は解くぞ」
「はい。それでは改めて報告書を提出いたしますわ」
王は一つ頷くと、ジョセフィーヌの後ろに控えるブレンメ外務卿に問いかけた。
「ブレンメ。そなたは6憶Gの支払いについて、どう思うか?」
「おそらく……間に合いましょう。あの宰相代理ならば、役人どもに大挙してストライキやボイコットをさせても、これ幸いと反抗する者たちをまとめて処分し、他国に借金をしてでもディボーの借款は返済するでしょう」
「ふむ。ベイル王国との調整は当面そなたが直轄せよ。前提条件は二つ。1つ、相手が次期女王の夫で大祝福2を得た冒険者である故、失脚も暗殺も困難である。2つ、問題が起こって国境封鎖をされると、現状ではこちらが困る。この2つに留意して、ディボーの権益を維持し、相手の隙を探るのじゃ。ベイル王国の、ディボー以外の国への外交方針も詳しく調べよ」
「かしこまりました」
ディボー王は万が一を避けるべく表出した絶対条件以外にも、様々な事を考えていた。
そもそもディボー王国とベイル王国とでは、人口ではベイル王国が上だが国力ではディボー王国が遥かに上だ。そして半年前までは、その差を急速に拡大しつつあった。
ベイル王国は、インサフ帝国に対して軍と物資を、ベイル王国の国力を大きく越えて投じてきた。すなわち善良で愚鈍。
ディボー王国は元々の資金力に加え、ベイル王国の隙を見て役人を金で籠絡し、ディボー王国の権益を拡大してきた。すなわち強かで老獪。
その政策の差が、両国のパワーバランスを揺るぎないものにしてきていた。
例えばベイル王国に借金をさせ、その返済をディボー製品への関税で返させるというシステムを構築し、外圧を掛けて巧く操った。
だが昨今のベイル王国が強行する全面改革は、これまでディボー王国が行ってきた表と裏の投資の大半を失ってしまうものだった。
綱紀が粛正され、籠絡した役人が次々と連絡を断つ。富の蓄財はともかく、両国の力関係は縮められていく。
かと言って内政干渉をする大義名分もなく、加えてディボー王国が獣人帝国に攻め込まれており、ベイル王国に国境を閉じられると各国から隔離されてしまうと言うあまりに不利な条件がガストーネ王に二の足を踏ませた。
(……余が読めんとはのぉ)
ディボー王国がベイル王国に対して何かを強行した際に、現在のベイル王国がどのようなリアクションを返してくるか情報が少な過ぎて読めない。ジョセフィーヌ王女の従来のやり方は大失敗に終わった。
これでイルクナー宰相代理が一貴族であれば、失脚なり、暗殺なり、脅迫なり、いくらでもやりようがある。
だが出自が不明で次期女王の夫。加えて大祝福2の冒険者で、金狼を倒して民衆の支持を得ている。
さらには功績と伝統において他の追随を許さぬメルネス・アクス侯爵、そして一代で国家を凌ぐ財を築いたアドルフォ・ハーヴェ侯爵、そのベイル最上位貴族の二人から絶大な支持を得ている。
これではあまりに貶めにくい。
しかも、工作が発覚した際のベイル王国の対応を考えると、ガストーネ王は現状で賭けに出る気にはなれなかった。
(ベイルのエドアルド王は、もはや政権に携わっていないのじゃな……)
ガストーネ王は暫し考え、謁見の間の最前列に控える男に声を掛けた。
「賢者オルランド」
「はい、陛下」
「そちが見るに、イルクナー宰相代理の政策はどうじゃ?」
赤茶けた癖っ毛の髪を伸ばす30代半ば頃の男は、力強い目と穏やかな表情で国王の下問に答えた。
内務卿セルソ・オルランド。彼は、少なくとも30年は現在の姿のままディボー王ガストーネに仕えている。
転姿停滞の指輪を嵌めた彼の正確な年齢を知る者は、それ以上に永い時間を過ごしてきたディボー王以外には居ない。
「ベイル王国の政治は、ディボー王国に比べて遥かに旧式でした。では、なぜベイル王国はディボー方式を真似られなかったのか?それはベイル王国の教育レベルが、ディボー方式を運用できる実務担当者を育成できる環境を形成できていなかったからです」
「うむ、そうじゃな。ベイル王国は未成人の中等校教育すら、就学率が6割を超える程度であったからの。しかも高等教育は王都の王立学院で富裕層のみ。ディボーに追いつくには、国家主体で取り組んでも100年を要するじゃろうて」
オルランドは穏やかな表情と同じくらい穏やかな口調で、まず両国のこれまでの違いを説明した。
ちなみにディボー王国は第二宝珠以上の全ての都市に、成人向けの高等校がある。
成績優秀であれば出自が庶民であっても入学可能で学費はかからない。
これを卒業すれば下級官吏になる事が出来る。制度導入の結果は王の予想を遥かに越え、ディボー王国の基盤をさらに強固なものとすることとなった。
「しかし新ベイル方式は、実務担当者が低レベルのままにディボー式よりも高度な運用を可能とするものでした。それは変動運用。まずはベイル王家に各都市の極めて正確な情報を送り、王都からの勅令を実行する体制に適化させました。その間に、特化させた各省にノウハウを蓄積させ、専門性を高めようとしております。技能の蓄積は効果的な運用を可能とするでしょう。しかし、これには問題もあります」
「ふむ。どんな問題じゃ?」
「1つは12省が専門性に特化し過ぎる為、指令を出す側が細部を理解できず、他省の内務官による相互監視もできず、実務者の技能と倫理に依存する事となる点です。組織と個人腐敗の原因となります。もう一つは、矛盾する指令の優先順位を判断出来る統括的な存在が居ない点ですな。制度として優先順位を定めても、それが妥当であるか否かを状況に応じて正確に判断するには、最新の国政に通じなければなりません」
「それらを、ベイル王国は解決できるかの?」
「腐敗を防ぐには、利益の無い政策に携わる者達への正確な信賞必罰が常に出来なければなりません。罰を与えるのは簡単ですが、功績を正しく拾い上げて賞を与えるのは難しいでしょう。結果萎縮し、何もしない無能な公務員を増やす事になりかねません。統括的な人材については、少しずつ拾い上げて重要な都市から順に任せていくしか無いでしょう。結果、全体の底上げという民衆への基礎教育は大切であると言う事に繋がります。ですが当面はそこを飛ばして強引に力押しすると言う事でしょう。それでもイルクナー宰相代理が権限を持っている間は、ベイルの政策力は上がるかと」
「なるほどの。そなたと比べてどうじゃ?」
「それは興味深い御下問ですな。私は政治を物理現象に等しいと捉えております。すなわち、過程に基づく当然の帰結があり、その実行者は方程式を理解していれば誰でも良いと。ですが、異なる状況において異なる方程式を使う事が違いと映るならば、実行者ではなく、受益者に立場の違いがあると言う事ですな」
「ふむ」
果たして、賢者オルランドとディボー王以外の誰が今の会話を正確に理解できたであろうか。
理解が足りなければ、王制の批判と捉えるだろう。あるいは、方程式を理解するオルランドを扱う事が王の才であるとの媚を売ったようにも、ベイル王国の宰相代理と自身との差はディボー王の利益に適うか否かであると主張したように見えたかもしれない。
だがオルランドは、ディボー王の問いに対して王にその意図が伝わるように話題を逸らし、ベイル宰相代理との直接の権謀術数を避けたのだ。すなわち、手出しをすればリスクがあると言外に伝えたのである。
そしてディボー王には伝わった。
謁見の間には多数の者が居る。ブレンメ外務卿やジョセフィーヌ第一王女は決して浅学では無い。
だが、オルランドの言葉はディボー王の理解力を基準にしており、その水準に達している者はこの場には居なかった。
教育水準が足りていないのではない。賢者オルランドがあまりに異端なのだ。その賢者オルランドが断る以上、同水準で目的を達成できそうな人材はいない。そして失敗の反動は、ジョセフィーヌ第一王女で体験したばかりだ。
ディボー王はやむなく決断した。
「例の計画を実行に移す」
今度はオルランド以外の者も幾人かが理解出来た。
それは、『ある軍事計画と、難民政策を合わせた絵空事』の事だ。
オルランドはその計画に賛成も反対もしなかった。賛成しても王の評価を落とし、反対して計画が成功してしまえば立場を悪くする。
自分が強固に反対すれば、計画は見送られるだろう。だが決定を変えた責任を取らされて、ベイル王国籠絡という困難な仕事を押し付けられる事は目に見えている。やって出来ない事は無い。オルランドが行えば成果は必ず上がるだろう。
だが、オルランドの考える成果はこれまでの外交成果とは異なる。敵が変わったのだ。今後は幼稚なアンジェリカ王女や善良なフォスター宰相が相手ではない。
これまで10の成果を得ていた物が突然1になれば、誰からでも少ないと言われるだろう。1を得るのが大変になった事も理解できずに。そしてガストーネ王はそれを擁護する人物では無い。
王は無敗のグウィードに対して何かしらの対策を打たねばならない。
だが、内務卿とはいえ領地を持たないオルランドは、いざとなれば亡命しても才覚ですぐにそれらを取り戻せる。
かつてのディボー王国は、富と未来への活力で溢れ、自分を評価する王がいて理想郷に見えた。
獣人帝国とベイル王国の件がなければ、王も無理をしようとはしなかっただろう。
(ガストーネ王、老いたな。最初に俺とルイーサ王女をベイルに行かせれば、確実に援軍を得られたものを。転姿停滞の指輪を使い切って先は無いか。さてどうするか……)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ディボー王ガストーネには一男三女がいる。
謁見の間に集った貴族たちは、4人の王位継承権者への評価を見直しつつあった。
第一王女ジョセフィーヌ。
おべっかを含めて美貌を讃えられている王妃コルネリアを妙齢にまで若返らせ、3倍美しくし、優雅な立ち振る舞いを身に着けさせたディボーの奇跡。何が奇跡かと言うと、あのガストーネ老王の娘であると言う事がだが。
手入れされた艶やかな髪、美しい肌、労働を知らぬ手、彼女は美しく生まれ、さらに美しくなれる環境にずっと身を置いていた。
同じ年齢の娘を10人並べ、ジョセフィーヌをその中に混ぜたら、娘達の身分を知らぬ者達の大半はジョセフィーヌを一番だと選ぶだろう。100人居てどんなに低く見積もっても、やはり3番以内には必ず入る容姿だ。
老王が最後に娶った王妃の最初の子供であり、帝王学教育にも力が入れられた。
加えて本人の意欲もあった。盛り立てる重鎮もおり、この度ディボー王に見限られるまでは、王位継承の可能性は4割程あった。ベイル王国を上手く扱えたなら、5割に届いたかもしれない。だが今は、2割を割り込んでいる。
第二王女ルイーサ。
王の子供の中で唯一冒険者資格を持ち、王族に与えられる財のかなりを用いて傭兵たちにモンスターを押さえさせてトドメを刺し続け、ついに祝福を47にまで上げた異端者。
王位継承よりも冒険者に力を入れ、宮廷内工作をろくにしていなかったのだから、王位継承の可能性はかなり低いと目されていた。
最近までずっと落ち目だったベイル王国のアンジェリカ王女と唯一の親交があり、アンジェリカ王女の祝福上げや性格の形成にも多大な影響を与えた。ディボー王国ではその愚かな憐みについてガストーネ王から冷ややかな目で見られ、重鎮からは白眼視されていた。
だがベイル王国の獣人軍団長撃破と大改革、そしてこの度のジョセフィーヌ王女の外交失敗でルイーサ王女の重要性は跳ね上がった。
ルイーサ王女だけは、ベイル王国と次期女王に決して無碍にされない。それだけのコネクションがある。ルイーサの王位継承の可能性は1割程度だったが、ジョセフィーヌが下げた分だけ一気に上がって、今は3割程あるだろう。
そして今後もベイルの重要度が増せば増すほどに可能性が上がる。
第一王子バルトロメ。
唯一の男子。子に際立った知能の差が無ければ、男子が王位を継ぐのは常識だ。女は力において劣り、情に流され、好き嫌いで物事を決め、月の障りで判断力も鈍る。バルトロメはあと1年ほど未成人だが、王位継承の可能性は最初から5割ほどある。
だが、5割しか無いと言い換えても良い。ジョセフィーヌが下がったのにバルトロメが上がらないのはそう言う事だ。彼には王として問題がある。知能は決して劣悪ではないが、覇気と自己主張が乏しいのだ。
それは病気ではない。女姉妹3人に囲まれ、立場を理解していたジョセフィーヌに最初から頭を押さえつけられ、決断ができない弱気な性格に育ったのだ。ルイーサ第二王女は、ジョセフィーヌ第一王女がそこまで知恵を巡らせる前に生まれ、争いを上手く避ける程度の知能を持っていた為に成長の阻害を回避できた。だがその分、バルトロメはジョセフィーヌに対する生贄にされたとも言える。
今のところ彼は消極的勝利によってしか王位を継承できない。
第三王女フランセット。
バルトロメ王子より2歳も年下だ。初等校は卒業している年齢だが、どのような者であるかと問われても、未だ際立った事は何もできていない。未だに成長途中であり、何者にも慣れるが何者でもない。
それは本人の責任ではなく、単なる年齢である。だが、周囲から期待される理由も特にない。フランセット王女が王位を継承する可能性はほぼ0だ。大貴族の嫡男なり、功績著しい貴族の下に降嫁すると目されており、王侯貴族として必要な教育が施されている。
オルランドが鑑みるに、現状ではフランセット王女の成長までディボー王国が保つのかどうかすら怪しい。
無敗のグウィードの侵攻速度は当初凄まじかったが、その分犠牲も多く出た。
そして今は、戦力を温存しつつディボー王国の戦力を削る事に専念している節がある。だが、既に総力戦を行えばディボー王国は敗北するだろう。
グウィードは、総力戦の被害が割に合わないため今は王都に来ないだけだ。両者の力の差が広がれば躊躇う理由は無いし、戦力差というものは広がれば広がる程にその速度も増していくものなのだ。
傭兵を用いて戦力格差を補おうとしても、両勢力の差は縮まらない。
先だっては、傭兵達に反旗を翻されて大失敗をした。
ディボー王国は今何をしなければならないのか?
国土を半分失ってでも、まだ余力があるうちに無敗のグウィードを倒さなければならない。それさえ達成できれば、獣人帝国はその国への侵攻を費用対効果が明らかに得られないと判断して中止する。ベイル王国のように。
いや、獣人帝国の地上総司令である皇女ベリンダが侵攻を中止させる。
なぜなら、獣人帝国の支配域はそれを維持できる戦力よりも遥かに広がってしまい、既に全く使っていない占領都市すらあるのだ。現在の戦争は、宝珠都市の獲得という当初の切実な目的ではなく、単なる感情と保険でしかない。今なら、ディボー王国が滅びない可能性はまだある。
そこまで考えて、オルランドは匙を投げた。
ルイーサ王女を後継者になどと進言するのは、臣下の分を越えている。オルランドの見た所、その確率は3割だ。
そもそも王がオルランド並の知能を有していればオルランドが不要だとは言え、最近の鈍さには失望する。別に今すぐに王位を降りなくても良い。次の王は親ベイル派のルイーサ第二王女だと公言するだけで、獣人帝国の1個軍団を壊滅させて手が空いているベイル王国から協力を得られるのだ。
ディボーには溢れるほど金があるのだから、武器や食料はこちらからいくらでも無償提供すれば良い。そうすればディボー王国と獣人帝国との戦力差は逆転する。
当初の経済支配構想から抜け出せないのは、やはり……
(老いたか)
オルランドは、ディボー王国と言う名の本来賭ける必要がない賭け金が、老人の手から卓上に乗せられるのを見た。
























