第03話 獣人との出会い
「新しい世界へ転生する事にしたの」
ある日、リカラさんにそう告げられた。
俺はアサシンの生き方を改め、下っ端の治癒師になった。能力は半減したが、それでも幸せだった。
最初に些細な事で戸惑う冒険者たちを、リカラさんのように街で何年もサポートし続けた。転職した頃はあんまり信用されなかったが、コツコツやっている間にアサシン時代には無かった人の輪に包まれた。
冒険では小さな治癒術で支え、必要な時は探索者時代のスキルも活用した。
アサシン時代の能力は、転職後も活かされた。僧侶としては有り得ない素早さで動き。これまた有り得ない力で攻撃が出来る。特に攻撃は、大祝福を2回も受けていたのだ。
加護は純粋な治癒師より少なかったが、素早さと強さは『戦士・魔術師1倍、探索者2倍、治癒師4倍』と言われる治癒師の祝福の上げ辛さの定説をひっくり返すに充分だった。探索者時代に拾った加護の強い力の指輪もそれを後押しした。
気が付けば、アサシン時代の祝福数を越えていた。
もうその頃には、リカラさんは神殿の前には殆ど居なかった。
「リカラさん、本当に行ってしまうんですね?」
「ええ、みんなが待っているの。ここにはあなたがいるから、わたしは安心して行けるわ」
転生すると、この世界には二度と戻れない。
リカラさんは沢山の仲間を見送りながら、自分はここに残って俺のような新人を支え続けてくれていたのだ。
強力な魔導師だった彼女は、駆け出しパーティに加わり、敵を大火力で殲滅するタイプだった。俺は圧倒的な火力に驚き、尊敬し、少年の心で憧れた。
そして俺は、パーティに加わっても攻撃には参加せず、駆け出し連中の行動を良く見て、アサシン時代の素早さを活かした強い治癒術で支え、探索者のスキルで宝箱なんかを探したりしてサポートするタイプだった。
俺は、もしかしたら彼女の居場所を奪ってしまったのかもしれない。
アルテナ神殿の前に魔導師がずっと居た事も、治癒師の俺が比較対象になった事で気にしたのかもしれない。
(ああ、でも優しいリカラさんは、絶対にそんな事は言わないし、俺が聞いても否定するだろう)
俺は、それには一切触れず、感謝と共に見送る事にした。
代わりに、リカラさんの分まで駆け出しの冒険者たちをサポートする事にした。
相手が何を望んでいるのかをよく聞き出し、その駆け出しが将来良い冒険者になれるように、手出しは最小限で的確にというスタイルを目指した。
俺自身は揺るぎないサポートが出来るようにと、大祝福3回、祝福5回を数える治癒師にまでなった。必要なスキルは全部覚えた。そんなアホな治癒師は、俺しかいなかった。
鍛冶職人の性格や道具屋の流通、美味いパン屋なんかも、何かの参考になればと、どんどん学んでいった。
『冒険者の新参は、とりあえずハインツさんの所に行け』
やがて、街の掲示板にそう書かれるようになった。意味は分からなかったが、NPCのハインツさんなんて言われた。褒め言葉だと言われた。
終わりは唐突に来た。大祝福を2回以上受けた者は、神々に強制的な転生を求められた。
俺達は生前の力を引き継ぎ、さらに新たな力を得て強く生まれ変われるのだという。そして神々の世界へと招かれ、これからは世界を正しく導いて行くのだと……
俺達のエリアを管理するアルテナは、神々の方針に対してどうやら渋ってくれていたようだ。他が強制される中、俺達は強制される事も、あるいは強く促される事も無かった。
だが決定は覆らなかった。圧倒的な強制力が、俺達の意識を奪い、どんどんと引き寄せて行く。
『ハインツ、ついに俺達のエリアを管理するアルテナが転生を促してきた。他のエリアの神々は残った連中に対して、とっくに強制転生を始めているぞ。俺達はもうここには居られない。俺は行く事にした。みんなも行く。だからお前も来い』
『いや、俺は残るよ。ずっとここにいる』
『そうか、お前らしいな。気が変わったら来い』
俺は祈った。転職する時には必死な祈りだった。今度は真摯な祈りだった。
(俺は行かないぞアルテナ。この魂が消えようとも)
神々の強い意志が俺を引き寄せる。他は耐えられず、みんな去った。俺は必死に耐え、招き寄せる力と戦った。
俺の意識が真っ白に染まる中、金と銀を混ぜたような髪の女が現れて何かを呟いた……
「……俺は、転生していないのか?」
神々がいない。他の転生者たちも居ない。だが、それならここは一体どこなのだ?
Ep01-03
分厚い雲が、太陽に追いつけなかった腹いせに夜空の星々を全て覆い隠してしまった。
それまでわずかな星の光を頼りに歩いて来た彼ら3名は、多少は夜目が効くと言う自負をあっさりと捨て、速やかにキャンドルランタンの火を灯した。
森の狭い道幅に小さな光が届く。
「しかし細い道っすね」
「ふむ、そうだな。これでは軍馬は通れんな」
彼らは浮かび上がった道に文句を付け、異郷の地での夜行を再開した。
そう、これは進軍ではなく単なる夜行だ。
なぜなら、これは本来の作戦行動ではない。しかも進軍と言うには3人と言う人数では少な過ぎる。加えて彼らが進む先には敵がいない。
本来の作戦目的である『フロイデンの西に架かる大橋の破壊』は、魔法攻撃と人海戦術によってコフラン側の橋の袂を10メートル程破壊し、一先ずの成功を収めた。
全体のほんの一部しか破壊していないとは言え、既に人馬は通れない。身軽な冒険者なら飛んで渡れるだろうが、輸送用の大荷物を抱えて飛ぶのは不可能である。
それに、これ以上の大隊の作戦続行はどうやっても不可能だ。
作戦の指揮官である『処理者』バーンハード大隊長が、都市の方を襲撃したくて爆発寸前だったのだ。
大隊長は、最低限の目標が達成されるや否や、大空に解き放たれた猛禽のごとき勢いで、指揮下にある10隊のうち9隊を率いて都市フロイデンへと突撃していった。
彼らはバーンハード大隊長からおざなりに、
「進めええええええええぉおあおあおおおおおぉぉぉぉおおぉ!!お前らは橋の破壊を継続しろおぉおっ!」
と、進軍のついでに命じられ、置き去りにされた最後の1個隊80名の、さらに一部である。
少し前、大隊長の不在中に不測の事態が起こった為、隊の半数のそのまた半数が対処に向かった。
そして彼ら3名は、なかなか帰って来ない20名の馬鹿どもを迎え行くところだった。
次第に深くなる森を、キャンドルランタンを掲げながら歩く男たち。その足取りは敵地にあっても軽く、雑談すら飛び交う。
「ところで副長、『中等生のサマーキャンプ』って何すか?」
「お前は、先程の3名を調べた際に何も聞いていなかったのか?」
「いえ、聞いてたんすけど。でも良く分かりませんでしたっ!」
「そうか…………まあいい。俺達の文化にはないが、どうやら人間の学生が集団で都市から出て山篭りをする事のようだ」
「山に篭るんすか?そこで一体、何をするんです?」
「そりゃお前、山篭りと言ったら常識的に考えてモンスター退治だろう?」
「モンスター退治っ!?やべぇ、人間パネェ!」
副長と呼ばれた小麦色の毛並みの凛々しいキツネ顔の獣人が、たてがみを降ろした若いライオンの獣人にそう諭した。
ちなみに、キャンドルランタンを掲げて先頭を歩きながら、素直に感心しているのが青白い毛並みで筋肉質な狼の獣人だった。
「ああ、俺も聞いた時には驚いた。しかも、そいつらの殆どは祝福すら得ていない非力な人間らしい。生徒131名、教師5名、護衛の治安騎士6名。ちなみに先程の3名は、治安騎士だ」
「あ、治安騎士は知ってますぜ。祝福が10台で街の中の警備をしている弱っちい騎士。俺らなら加護を20受けないと戦争には出ないのに。てか、そいつら6人ってめっちゃ少なくないすか?」
「都市に近いのと、石造りの建物がしっかりしているからだろう。それに、我々の故郷とはモンスターの出現頻度も強さもまるで違うからな」
「いわゆる、ゆとり教育って奴っすね……ん?」
道の近くで体を窪地に沈め込み、敷き詰めた枝葉を体に纏わせて横になっていたハインツは、ようやく人語を解する相手と接触する事が出来たと喜んだ。
流石に大きなトンボや二足歩行の爬虫類とは、共に歩む事は出来ない。
ハインツには羽が無いし、昆虫を食べる習慣もない。だが、同じアルテナの言葉を理解する文明なら、共に歩む事は出来るはずだ。そう思った。
話の内容は聞こえないが、笑い声なども聞こえる。ハインツは安心し、彼らをなるべく驚かせないように気を付けながら、ゆっくりと前に進み出た。
「そこで何をしている?」
暗闇に慣れた目が、向けられた灯りに辛かった。
ハインツは眼を逸らしながら答えた。
「いや-、すみません。実は道に迷っていまして、街はどこかなぁ?と。宜しければ街への道のりを教えて頂けませんか?」
「お前1人か?他には誰かいないのか?」
「いえ、森でふと気が付くと一人でした。って、おおぅ!」
ハインツは、3人が人間ではなく獣人である事に驚いた。
だが、初対面で容姿に驚くのは大変失礼な反応だろう。『イケメーン過ぎて驚きました』と言えば気を良くしてくれるかもしれないが、残念ながら獣人の顔の造形には詳しく無い。慌てて言葉を繋ぐ。
「イケメーン過ぎて驚きました。キリっとした凛々しいお顔ですね」
ハインツはO型である。
いや、違う。
人語を解する相手に出会えてテンションが上がっていただけだ。血液型による性格診断で戦争が勃発した事もある。あれは迷信である。うん、きっとそうだ。
「ほう、獣人の顔が分かるのか?珍しい人間も居たものだ。よし気に入った!」
「うぇぇ?」
ハインツは、なぜか気に入られてしまった。
小麦色の毛並みの凛々しいイケメーンなキツネが、ハインツに面白そうに話し掛ける。
「お前1人なんだな?」
「はい、どうにも記憶が怪しくて、どこに街があるやら。頭でも打ったのかなぁ?」
「ふむ。まぁ良い。しかしこんなところで1人で寝ていると死ぬぞ。それともお前、強いスキルでも持っているのか?」
「いえ、強いスキルとかそういうのは無いです。わりと普通の人です」
ハインツは謙虚に答えた。これでもジャポーン人である。魔導師の様に遠距離攻撃スキルも使えないし、戦士の様に近距離攻撃スキルも使えない。使えるのは攻撃に向かない探索者と治癒師のスキルだけだ。
「副長、こんな所に1人で居るなんて怪しくないっすか!?」
「その通りだ。しかし我々を見てこの反応でいるのならば、本当に記憶が無いのだろう」
「あー、それもそうっすね!」
「……よし、いいだろう。我々を恐れずまともに話せる人間は希少だ。都市まで連れて行ってやるから来い。とは言っても、結構寄り道するがな」
「おおっ、助かりました。っていうか人間も居るんですね。よかったぁ。よろしくお願いします」
ハインツは、イケメーン狐・おしゃべりライオン・青白オオカミの3獣人と一緒に細道を登り始めた。
一番先頭はキャンドルランタンを持った青白マッチョな狼だ。話し掛けてきたイケメーン狐とハインツが並び、その後ろを若いライオンが歩く。
(この世界の人たちは、住み分けをどうしているのだろう?)
ハインツは獣人の特徴を見て、そう感じた。
これだけハッキリした特徴があると、同種族と言う事は無いだろう。彼らの種族間では子供ができないのではないかと想像する。もちろん答えは知らない。
彼の隣を歩くイケメーンが、話しかけてくる。
「ところで、お前の名前は?」
「ええと、ハインツ・イルクナーって言います」
「そうか。持ち物に冒険者登録証とか、何か持っていなかったのか?」
「冒険者登録証……とは、何ですか?」
「なんだ、知らんのか?冒険者くらいは知っているな?」
「ええと、念のため教えて下さい」
「冒険者とは、アルテナの祝福を受けた戦士の事だ。竜人、獣人、人の3種族のみが祝福を得られる。中には神魔へと至り、やがて転生竜へと生まれ変わる者もいる。獣人は50人に1人くらい、人間は200人に1人くらいが冒険者に選ばれる。竜人は知らん」
「魔とか、転生竜とか、竜人とか……人数とか何ぞ?」
どうやら、『ここはどこだ?』の上位語は、『何もかも分かりません』らしい。
アルテナ繋がりで期待したが、本当に異なる世界に来てしまったようだ。何が異なるかと言うと、常識も概念も異なる。神の後に竜があるとか、まるで意味が分からなかった。
ハインツは相手が気を悪くしないよう、おだてつつ情報を引き出してみる事にした。
「冒険者には、人の4倍も選ばれるんですか。獣人は凄いんですね!」
「おう。それに人間は祝福0で、冒険者も30回祝福を受けないと大祝福が得られない。獣人は人間で言うなら最初から祝福7程度ある。冒険者でなければ祝福は上がらんが、冒険者なら開始位置が高いから大祝福までも早い。あとの伸びは同じだがな」
「おおっ、それは凄いじゃないですか!」
「まあ人間も、神々が創り出したアルテナの神宝珠の力を借り、アルテナの加護に守られた宝珠都市を維持できる。特性が違うのだろう」
あまりに沢山の情報を話されても、頭が処理しきれない。ハインツは理解を半ばあきらめ、とりあえず話を戻す事にした。
「ところで、冒険者登録証って何ですか?」
「元は人間の技術で、俺達も取り入れた身分証明書の事だ。自己申告した名前・年齢・性別が書いてある。あとは系統と祝福、スキル、加護、魔力、登録国と登録日だな。こっちは調べて記載する」
「その登録証って、他人のを拾ったら誰でも使えます?」
「いや、冒険者は加護の分だけアルテナの輝石を輝かせられる。登録証には、記載された分だけアルテナの輝石が埋め込まれている。だから、反応させられん奴は本人じゃないわけだ。まあ、加護の強い奴はそれより弱い登録証も反応させられるが、偽る意味はないな」
「はぁ、なるほど?」
「俺は、お前が冒険者かどうか確認したかっただけだ。どうやら素で知らんらしいから、もういいぞ」
「あ、はい」
冒険者登録証は知らないが、ハインツ自身は冒険者である。
だが、気を悪くするかと思ってあえて言い出さなかった。彼は謙虚なだけではなく、空気も読めるジャポーン人なのだ。
彼らはそのまま森の奥へと進んでいった。