第02話 アリとキリギリス
とてもお優しいディボー王国の王様が、みんなの為に1つの古い都市を下さった。
沢山の人が宝珠都市に入り過ぎると宝珠の力を回復し切れず、いずれ消滅させてしまう。だから代わりに古い都市を下さったのだと聞いた。水や食べ物、服に嗜好品までお与え下さるとのお話だった。
廃墟都市の最後の名はリエイツ。600年以上も廃墟都市のままで、古い記録にも殆ど残っていない。
これは難民対策で行くか行かないかは自由だと言われたけれど、断る人なんていなかった。
「お姉ちゃん、良かったね」
「そうね、オリビア」
お姉ちゃんが笑っていたのが嬉しかった。
第二宝珠都市ザイクレアで祝福の最後の検査をして、アルテナの祝福が無かった私はお姉ちゃんと馬車に揺られながらリエイツまで運んでもらった。
大街道が繋がる古い都市には、新しい都市を作り易い。
なぜならバダンテール様のお作り下さった道が繋がっていて、新しい道を作らなくて良いからだ。都市を作る材料も大街道を使って簡単に運べるし、新しい都市を作るまでに古い建物も利用できる。
だから新しい神様は、そんな土地を新しい都市にしてくださる事が多いのだと聞いた。
この都市は宝珠に守られていないから魔物対策をしないといけない。
祝福の無い私たちは、最弱の魔物に出会ってもすぐに殺されてしまう。沢山の避難所が建てられた。
2階建てのとても大きな避難所は外側がしっかりとした石造りで、内側は木造だった。
建物の中の温度がどうとか、詳しそうな人が難しい事を言っていた。でも、正面の入口からしか出入り出来なくて、代わりに通気口が沢山あると言う事は分かった。モンスターが入って来られなくて私たちが安全だと言う事が分かった。
避難所には50人が入れる大部屋が1階と2階に100ずつあって、1施設で合わせて1万人も逃げる事が出来た。避難所だから狭いけれど、これは仕方が無いと言う事くらいわかる。
すべての部屋には鉄格子が取り付けられていて、建物の中に魔物が入って来ても大丈夫だった。なぜなら1つ壊されても、騎士様助けに来て下さるまで他は持ち堪えてくれる。それに騎士様や兵士さんは元難民出身者が王都から選ばれて来ている。
私がリエイツに着た後も、新しい避難所はどんどん建てられていった。
逃げる場所は一番奥からで、50人が入ったら次の部屋。
山も、森も、川も、どこへ逃げても魔物が出る。一番安全なのは避難所の一番奥で、遅ければ遅い程に死ぬ可能性が高くなる。
避難訓練はみんなで何度もした。強い魔物が出た時にも鐘が鳴って、みんなで避難所へ逃げた。避難が遅いと怒られたけど、それは命を守るためだった。
全ての部屋に食糧や水が沢山置かれていて、みんなで定期的に交換した。
避難所が17個目になる頃、この都市の人口はもう限界だから新しい難民は来ないと聞いた。次の廃墟都市に、また新しい難民都市を作るそうだ。
その頃、お姉ちゃんが結婚した。
アルテナへの誓いの立ち合いは騎士様がして下さった。
気が付くと逃げ始めた時のお姉ちゃんの年を追い越していた。通っていないけれど、もう中等校最後の年だった。私は今、建築現場で雑用をしている。
ディボー王国は私たちにとても優しい国。この国に来られて本当に良かった。
お姉ちゃん、おめでとう。幸せになってね。
Ep03-02
バダンテール暦がまた新たな年を刻み始めた1月の寒い日、南のディボー王国からキリギリスがやってきた。
「ディボー王国は、これまでベイル王国にかなりの借款で支援を行ってきたと記憶していますけれど?」
キリギリスは『第一王女』と『全権代理』の二つの肩書きを掲げ、ディボー外務卿を従えてアリの巣へと乗り込んで来た。せっかく綺麗に築いた砂のお城が壊されそうになる。
砂のお城は脆いのだ。補強が足りなくて、今はひと押しで簡単に崩れ去ってしまう。
ちなみに砂のお城は、ハインツの妻であるアンジェリカ王女が唯一住める城だ。
彼女はアリの王女様、たとえ誰かに壊されても彼女はそこに住み続けるしかない。ハインツは止むに止まれず口を差し挟んだ。
「ひとつよろしいですかな?ジョセフィーヌ王女殿下」
「あら、どなたでしたかしら?」
相手からのけん制が飛んできた。
さっき自己紹介しただろう?そんな馬鹿正直な言葉を飲み込んで、敢えて肩書きを強調してみせた。
「アンジェリカ・ベイル次期女王の夫で、ハインツ・イルクナーと申します。ベイル国王陛下から正式に宰相代理の地位と、この度の外交交渉権を与えられているのですが、発言してもよろしいですかな?」
「それは存じませんでした。どうぞ」
「では発言させていただきましょう」
ベイル王国がこれまで行ってきたボロボロの外交成果の責任を、一体誰に問えば良いのだろうとハインツは頭を抱えざるを得ない。
国王という肩書きはともかく、老齢になって久しい国王に今更責を問うのはもはや現実的ではない。
かといって、幼かったアンジェリカ王女に責を問うのも無理がある。彼女は同世代の誰よりも重い責任を負ってきた。
国王の息子にしてアンジェリカの父であるフェルナン皇太子は、十数年前から墓の中で静かに眠っている。おそらく魂は瘴気に負けて消滅しており、既に墓には無いだろう。
獣人帝国というイレギュラーが大きすぎた。ベイル王国が善人過ぎた。ディボー王国の外交交渉力がベイル王国に比べて高すぎた。結果に至らしめた過程は決して一つでは無い。
誰が手を貸す?ハインツしかいなかった。
「条約の締結文を鑑みるに、借款に際しては相応の利子と、さらにディボー王国からリーランド方面へと輸出するマジックアイテムの関税引き下げが明記されておりますな。貴国は13年でおよそ8億Gの増益を得ており、これは当国の借款に並ぶ額です。恩義ではなく貴国がそれ以上の利益を得ている単なる交渉でしょう?」
ハインツは過去の税関の比較資料を示す。
キリギリスはその資料に対して、肩書ではなく有利な立場を強調して見せた。
「……借款の即刻返済を求めますよ?」
「ならば条約の終結ということで、関税に関する約定もおしまいですな。返還いたしましょう。新たな締結文を用意します。アランダ外務大臣、今すぐ公文書の用意を」
「はい、宰相代理」
借款の返還については、単に期限が先延ばしになっていたものであり本来は即座に返さなければならない。返せなかった場合は、ベイル王国にあるいくつかの天然資源をディボー王国に押さえられる。これを以ってディボー王国は外交で有利に立っていた。
返還はディボー王国側の通告から半年以内という取り決めがあるが、大幅な財政改善策と外敵の完全消失、徴兵制の廃止、税収の一括管理によってハインツには返済の目処が立っていた。
むろんジャポーン人でないジョセフィーヌ王女には、前例のない政策は読みきれない。
ベイル王国側も不安が半分以上を占めているが、ハインツは全く構わなかった。但し、半年間ほど砂のお城を手伝う必要がある。
優しいリーゼと元気なミリーの顔がハインツの脳裏に浮かんですぐ消えた。
「……あなたはきっと後悔しますよ」
「では成立ですね。残りは6億Gです。取り決めどおり、調印日から半年以内に全額お支払いいたしましょう」
「しかしイルクナー卿、獣人は人類共通の敵でありましょう?貴国が金狼のガスパールとその軍団を打倒したのは誠に喜ばしいが、各国は獣人帝国と交戦中だ。ベイル王国は大国として、人類に対する次の責任を果たされるべきではありませんか?」
ディボー王国のブレンメ外務卿が切り口を変えて攻めてきた。
「ベイル王国は、国土の大半を削られながら北の防壁となっているアスキス王国は別として、各国よりも重い責任を果たしてきたのは明らかです」
「と申されますと?」
「王都への獣人侵攻、近衛騎士団の全滅、全騎士の7割が戦死。財政赤字の中での50万人以上の難民を十数年に渡って支援。そして王女が獣人軍団長を倒した者を配偶者にするとの宣言。貴国はどれか一つでも経験されましたか?」
「…………」
「ディボー王国は獣人帝国に対し、大国としての責任をどう果たされますかな?仰りようではベイル王国にばかりお求めのようですが、ベイル王国にはもう王女がおりません。翻って貴国には、3人も王女がおられるようですが?」
「それはディボー王国に対する甚だしい侮辱ですな」
「屈辱、侮辱と感じるほどの事にベイルは耐えてきたのです。これこそがベイル王国がディボー王国よりも遥かに重い負担を担ってきた証拠でしょう。この度のディボー王国への騎士団派遣と軍事支援要求は正式にお断りいたします」
キリギリスは諦めて帰っていった。
ハインツは天蓋付きの豪華なベッドにバタンと倒れた。本来は、キャッキャウフフがしたいのだ。
(……塩の輸入は、塩湖のグレイ湖からに全て切り替えだな)
ハインツのお腹がキリキリした。
胃腸薬の代わりに全体状態回復魔法を掛けたところアッサリ回復して、自分の魔法が理不尽だと再認識した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハインツはアンジェリカの配偶者になるに際し、王城内にあった会議室の1区画を丸ごと貰い受けていた。
最初に置いたのは執務室。
元々は会議室の一つで、扉一枚を挟んだ隣室には控室もある。そこには自身とアンジェリカのための立派な机や椅子、6人掛けの豪華な応接セットなどを入れた。隣室はメイドの待機室やティーセットが入った。
次に置いたのは部下たちの事務室。
執務室の隣に並ぶ会議室から机や椅子を次々と取り払い、宰相代理直属の部下たちの事務室とした。
直属の部下たちは12省から、『複数の部署で合計10年以上の実務経験を有し、将来大臣に成れる優秀な人材を』とフォスター宰相やバウマン軍務大臣に伝え、各省に在席のまま地位を上げて引っ張って来た。彼らにはさらに部下たちが付いていて雑務をこなす。
おかげでハインツの元には酷い報告が次々と上がってくる。
「アンジェ、これを見てくれ。どう思う?」
ハインツは過去の武器や備蓄食料の納入価と、その値引き率が示された書類をアンジェリカに渡した。
「定価から5%の値引きですね。値切って仕入れてくれるなんて優秀ですね。と、以前のわたくしなら申します」
「正直者には御褒美だ」
ハインツはアンジェリカの髪を優しく撫で、顔を近づけて口づけを交わした。
それだけで終わるはずが、なぜか抱きしめてしまう。ご褒美と言いつつ、自分がやりたい事をやっているだけだ。それでもアンジェリカは拒まず、ハインツの身体に両手を交差させる。
ハインツは眼を閉じ、温かい感触と異国の香水とを堪能しながら言葉を続けた。
「それで、酷いと言うのはだな……」
なんとなく抱きしめたまま、アンジェリカの向きを変えて机に向かせ、書類を再び示して説明する。
「納入価。市場価格の調査をしないまま業者の報告を鵜呑みにしている。去年は豊作で食糧が余っていたにも関わらず、また卸業者は農家から直接仕入れをしているにも関わらず、市場価格が高騰したとして2割増しからの5%の値引き率。不思議な話だ」
「…………そうなのですか?」
「ハッキリ言うぞ?大半の都市がこのレベルだ。国の予定値引き率を業者が完全に理解している上に、官製談合までまかり通っている」
「……官製談合とは何ですか?」
(……アドルフォも、談合の拒否が原因でティーナさんを殺されたと言っていたな)
ハインツはため息をつき、国の惨状を次期女王に説明し続ける。
「役人側が談合に関わる事。しかも、備蓄食糧はすぐ食べるわけではないから2級品を押し付けられている。それでいて1級品の価格だ。国の大規模なまとめ買いにも関わらずな。武器も酷いぞ。見栄えは良いが性能は低い。祝福数が同じ冒険者の方がずっと良い装備だ。エンブレムのようなどうでも良い部分にばかり拘っているのは一体誰の趣味だ?全て変えるぞ」
「国単位で改善できますか?」
「幸いにも契約はいずれかからの申し入れですぐに打ち切れる。ハーヴェ商会に国単位で重要指定品目の納入を5年間任せ、商会が5年の間に選定した各業者を以後の国の取引先とする。あと、内偵もさせよう。官製談合を指示してくる馬鹿を見つけて捕らえる。綱紀粛正の為に見せしめの公開処刑が何人か必要だな。出来るだけ酷い奴をいくらか見繕うか」
「数字を見ても、わたくしはそう言う事に気付きませんでした」
「お姫様にそんなことが出来たらむしろ引く。ちょっとだけ目を瞑っていろよ?こういう事は男の仕事だ」
「目は瞑りません。わたくしは次期女王です。きちんと教えて下さい。納得できれば旦那様に従います」
「悪かった。だが、それでも処刑には目を瞑っていろ。アンジェが厳しい王女様になる必要は無い。『優しい王女様と、厳しい宰相代理』はバランスが取り易いんだ。厳し過ぎると声が上がればアンジェが温情措置を出し、綱紀が乱れたら俺が正す。それを繰り返せば、どちらにも傾き過ぎないと民衆が感じて安心するんだ。簡単だろ?」
「……わたくしは目を瞑りません。その代わり、納得できれば口は閉ざします」
「アリの女王様」
「なにか仰られましたか?」
「いや。よし、それなら役割を振ろう。まず俺が過激な案を提示する。次にアンジェが俺に温情を訴える。俺がそれを聞いて少し温和な修正案を出す。誰かに言えば秘密は必ず漏れるから、意図は国を背負う国王陛下にだけ伝えておこう。あとは俺とアンジェ、二人だけの秘密だぞ?」
「はい。それなら分かりました」
「ところでキャッキャウフフを……」
「まだお昼ですよ?」




























