第10話 王都決戦
(……削られていく。あたしが削られていく)
ガリッ…… ガリッ……
ベチャ…… ベチャ……
(……どうすれば良かったの?あたしもゾンビになるべきだった?)
グチャッ…… ガリッ……
ズルズル……
(……あたしの身体、持って行かないで)
ガサッ…… ボキッ……
沢山の冒険者がゾンビに変わった。
だって、自分の体を食べられる事に耐えられなかったから。魂が削られる事に耐えられなかったから。
そう、一般人の死体達が自我を保ったまま苦しみ歩き回って、呻き続けて、そのうち耐えられなくなって、何もかも諦めちゃって、本当にゾンビになって冒険者の死体を食べ始めた。
ズズズッ…… ジュルルルル……
(……止めて、もういやだぁ)
ダメ、あたしが保てなくなる。
他の沢山の冒険者が、自身が食べられるのが嫌になって、耐えられなくなってゾンビになった。祝福を受けた魂が負けたのだ。
もう何人も残っていない。
赤髪の魔導師ソフィアさんは、もうとっくに諦めてしまった。祝福42で、大祝福を受けていたけど、今は瘴気に負けてみんなと一緒に残った人を食べている。
残った人は、遺体を都市に運んで埋葬してもらえると信じている人とか、もう何も分からないけど耐えている人とか、ゾンビには成りたくないと思っている人とか。
(……あたしも、もう疲れたよ)
楽しい事を考えよう。
リーゼみたいに結婚したいな。ボロボロの体だけど、グチャグチャの体だけど。
楽しい歌でも歌おう。
楽しい歌なんて歌えないけど。歌い終わる前に、心が負けて魂が消えちゃいそうだよ。
ハインツさん、遅いなぁ。
Ep02-10
バダンテール歴1258年10月1日。
ベイル王国・王都ベレオン北域。
獣人帝国第四軍団・金狼のガスパール揮下4000名の軍勢が、王都ベレオンを視認する距離に軍を展開させていた。
ガスパールにとっては、ほんのひと走りの距離だ。
「12mの防壁と大門か。憐れだな」
「何がですかな?ガスパール様」
「ふむ。何だと思う?ダグラス」
「そうですなぁ。我々に即座に壊されるからですかな?」
「あら、ふふふふっ」
「まあ良い。では行くか」
ガラガラガラ……と音を立て、巨大な破城槌を乗せていた台車がついに動き出した。
大街道を真っ直ぐに南下し、12mの大門へと向かってどんどん速度を増していく。
その動きを察知した王都の北門からは、カンカンカンと早鐘が鳴り始めた。
非常事態の警鐘が鳴り響く中、金狼軍の動きをつぶさに観察していた北門の騎士達がなにやら動き出した。
「獣人第四軍団、巨大破城槌が動き出しましたっ!」
「進路直南、速度どんどん加速しています。位置27……26……25……」
「総員、騎乗!」
「門の最後の閂を外せ!」
「囮の投石機隊、投石開始!」
北門の防壁の上に設置された投石機の群れから、次々と投石が開始された。
巨大な破城槌からも魔法弾が打ち上げられ、その投石をどんどん撃ち落としていく。
ガラガラガラ……と、巨大な破城槌を乗せた台車は勢いを止めずに門へと突き進んで行く。
その衝突時間は、北門側から内部へ読み上げられていた。
「15……14……13……」
「まだだっ……」
「10……9……8……」
「よし、北門急速開放!扉を開けっ!」
その命令があった刹那、北門の両側上部に取り付けられていたロープが、並べられた沢山の馬によって急速に引かれ始めた。
その馬たちの力によって、北門は破城槌にぶつけられる前に開門して行く。
「むっ、なんだあれはっ!?」
「ガスパール様、門が勝手に開いて行きます」
「ちっ、一度開いてまた閉じると言うのか?停車は無理だ。門の右端に破城槌を打ちつけろ。オレが引っ張る。門さえ開けば良い」
「承知!」
「少しだけ成長したのかしらね」
「停止させます!」
ガスパール達は、勢いの止まらない巨大破城槌を門の右側にぶつけて止めようと図った。
「予想以上に上手く行った。全軍作戦開始!ボク達は突撃する!」
「「全軍作戦開始!!!」」
巨大破壊槌が北門の右側に激突し、大きな音を立てて地面に落ちた。
だが巨大破城槌は門の右側に確かにぶつかったが、斜めになった事でその威力が半減してしまった。目標も狂い、門の破壊は適わなかった。
だが、そもそも門は閉じる予定にはない。
その時、広い北門の左側から一斉にハインツ達が飛びだした。
それだけではない。騎乗した騎兵隊が門を次々と飛び出していき、金狼たちを無視してそのまま獣人帝国軍と金狼の間に大きく割って入る。
金狼はその動きを見た。
だが見ただけだった。それどころではなかったのだ。
光が、ガスパールの首を刎ね飛ばさんと右手から迫って来た。
「ぐぉおおおっ!!」
ガスパールのグレードソードがその光を弾く。
その光はバスタードソードだった。
バスタードソードはガスパールのグレードソードに弾かれつつも引かれ、今度はガスパールの心臓を目掛けて力強く突き進んで来た。
それと同時に、もう一つの光が左手からも差し込んできた。
グレードソードで右の光を弾かんとしたガスパールは、左から迫る新たな光に対して死を感じた。右を攻めれば左に身体を貫かれる。
「ぬううううんっ!」
ガスパールは後ろへと大きく飛びずさったが、2つの光は左右からガスパールを追い掛けてきた。
背中から下がったガスパールと、前を向いて突撃する2つの光。速度において追う側が勝る。ガスパールは逃げ切れず、その2つの剣を自らの大剣を構え、迎え撃った。
構えたグレードソードが、右から迫ったバスタードソードに弾かれた。大剣は掴んだままだが、構えが崩れ、体勢も崩れた。
左から迫ってくるのも両手剣の大きなバスタードソードだ。大気を斬り裂き、力強くガスパールの身体を貫かんと迫る。
左右のどちらが弱いかを考え、どちらから攻めるべきかを考え、ガスパールはどちらも同じくらいの強さで、どちらも自分を殺せる強さだと断じた。
ガスパールは左右の光を自らの体術を交えて直撃を避け、勢いを殺した所で鋼の様な肉体と全身を覆う金の長毛とで辛うじて防ぎ、そこから反撃に転じた。
「ぐぉおおお!!」
ガスパールの力強い一撃を、だがイヴァンは正面から全力で受け切ってみせた。
イヴァン・ブレッヒ大騎士団長とクリスト・アクス大騎士団長が金狼に対峙した刹那、横合いからも騎士が獣人の指揮官に迫った。
ダグラス補佐に、メルネス大騎士団長とバウマン軍務大臣。
イリーナ大隊長に、ジュール黄玉騎士団長とベックマン騎士団長。
パトリシア大隊長に、フォンス蒼玉騎士団長とネッツェル要塞司令。
そして大勢の騎士たちは、彼らの戦いを邪魔されまいと馬を駆り、北より王都ベレオンへ向かって進軍を始めた獣人軍団との間に次々と割って入っていった。
そこに防壁の上から砲撃が開始される。
「カタパルト隊、連弩隊、投石隊、敵軍団に向けて撃ちまくれ!弓兵部隊、敵が射程に入り次第、防壁上部より順次射撃せよ!」
王都からかき集められた遠距離攻撃の兵器と武器が、祝福を受けていない兵士の手から次々と射出される。
そして祝福を受けている騎士たちは残らず突撃して行く。
金狼はそれを見て、自分と相対する2人の騎士を見て、声を上げた。
「賢しいな。貴様らの様な騎士は記憶にないが?」
「おう。こんにちは、さようなら」
「今から君たちを皆殺しにする騎士だよ。君の次は大隊長、その次は隊長、獣人戦士も獣人兵士も残らずね」
二人の騎士は構え、突如同時にガスパールへと襲いかかった。
声をかけてから何秒で攻め込むと言った打ち合わせをしていたのか?と、ガスパールは思った。
だが二人はそんな打ち合わせなどしていない。打ち合わせなどしなくても、それどころかお互いを見ずとも相手の動きなど手に取るように分かるのだ。
二人は一つの身体から伸びる左右の手のように自在に動き、協力し合い、ガスパールを刎ね飛ばさんと剣を振るった。
『連撃』『連撃』
2対の剣がスキルで4つになって迫る。
「ぐぬうううんっ!ウォオオオ!ガアアアッ!」
『3連撃』
ガスパールは吠え、左のクリストからの二連撃を自らの三連撃で2度弾き、イヴァンに身体を避けながらも2度斬られ、代わりに3度目の攻撃でクリストの左腕を抉った。
『全体治癒ステージ3』
「ぬうううんっ!?」
ガスパールの3連撃で反撃を受けてダメージを負ったクリストの傷が、瞬く間に回復した。
金狼は愕然としながら二人から距離を取ろうと図ったが、それを許す二人では無かった。
二人は再び2連撃のスキルを同時に発動する。
「うおおおおっ!!」
「はあああっ!!」
『連撃』『連撃』
「ぐぬううううっ!」
『3連撃』
ガスパールは自分が2度斬られる代わりに相手を1度斬ったが、相手はまた回復してしまった。
相手を一気に倒せない。ダメージを与えて削れない。むしろガスパール自身が斬られてダメージを負ってゆく。
こんな戦いは経験した事がない。自分の与える大きなダメージを耐える者ならば居た。だが、一瞬で回復するなど有り得ない。人間が、人間が……
彼らが対峙する間、メルネスはバウマン軍務大臣と共に紅眼のダグラスを押さえていた。
メルネスは剣の技術でダグラスを上回り、フェイントを掛けながらダグラスを抑え込んでいた。
バウマンはダグラスとメルネスとの動きに付いて行く事を諦め、要所要所で剣を振るいながら自分が倒されない事を最優先に動いていた。
「ぐっ、大祝福2以上の騎士がこんなに居たのかっ!」
「あはは、殺戮のバルテルとの殺し合いとか、あの理不尽な白黒の二人との模擬戦が最後だったからね。意外に行けるもんだ」
「こっちは全然行けませんぞ。せめて騎士を何人か付ければ良いものを!」
「盾にされたら邪魔だろ。足止めにすらならないし」
「まあいい、同じ大祝福2にも差がある事を教えてやる!」
『全体治癒ステージ3』
イリーナ大隊長は喜んでいた。
ジュールの攻撃には一切の迷いがなかった。ジュールは攻めを得意とする戦士だ。突撃して、斬って、斬って、打ち払って、攻めて、攻めて、攻めまくる。
その合間から、ベックマンは的確に牽制を続けた。
「あら、強いのね?それに迷いが無い。そんなにあたしが気になったのかしら?」
「ああ。凄い美人だなあんた。本当に金狼の娘か?惚れてしまいそうだぞ。いや、惚れた!」
「ふふっ、いけない人ね。いいわ、強い男は好きよ。あたしに勝ってみなさい」
「よし、勝ってその唇を塞いでやろう!」
「……オレは、帰っていいですかい?」
『全体治癒ステージ3』
パトリシア大隊長は焦っていた。
フォンスは戦士防御系だ。パトリシアが攻めても中々倒されず、なぜか傷が回復して行く。そしてフォンスの剣と言葉とがパトリシアを惑わす。
「君は剣に迷いがあるね?一番弱いのだろう。他人の心配をする余裕なんてあるのかな」
「お前達は何者だ!?西の国の増援か?」
「そうだと言ったらどうする?あるいは、そうではないと言ったら?信じるのかな?」
「くっ」
「稚拙な大隊長だ。人材不足が深刻なのはどちらも同じなのかな?ああ、他意は無いよネッツェル騎士団長。君はよくやっていると思う」
「先達に言われると耳が痛いですな」
『全体治癒ステージ3』
「王女殿下、各騎士が予定位置に付きました。歩兵隊は門から順次北域へと向かっています」
「肝心の戦いはどうなの?」
「金狼を伝説の英雄が押しています!他も全て押さえています!」
「イルクナー卿は?」
「ふうん?回復魔法?変な杖を掲げているわね」
「なんだ?浮気か。ああいうのは他の奴に任せておけ。余所見できないように相手してやるよイリーナ」
「そう?気を付けてね。あたし本気を出すと、結構強いわよ」
「なら、本気のお前に勝ったら俺と結婚してくれ。愛してやるぜ」
「……あたしがアルテナの加護の下に受けてしまったらどうする気よ。まったく、本当に人類を征服してしまわないと行けなくなるじゃない」
「…………」
ベックマンは二人の剣劇の合間に、もはや無言で剣を振るっていた。
『全体治癒ステージ3』
「ちっ、一番余裕のありそうなイリーナが動かんとは」
「おや、君は余裕がないのかな?ボクの記憶では、君は大祝福2同士にも差があると教えてくれるはずだったんだけど、僕と君に差は無いのかなぁ? 」
『連撃』 『連撃』
ダグラスの放つスキルを、メルネスは同じスキルで叩き返した。
両者には10以上の祝福差がある。さらにダグラスはライオンの種族補正で力が強い。
メルネスはダグラスに力負けして身体に傷を追った。だがこれ見よがしに笑って見せる。ハインツの回復魔法は、味方がダメージを負ったタイミングで発動されるのだ。
「っく、スキルの相討ちは意味が無いよっ。頭使いなよ……ほらほら」
『全体治癒ステージ3』
「くっくっ……多少押し負けても、回復されちゃうからね」
「ちっ、そこをどけっ!」
「どいた後に、後ろからバッサリ斬ってあげようか?大した差が無いんじゃ、先に背中を見せた方の負けだね」
「貴様は祝福60代後半から70代前半程度だろうがっ」
「確かに。でもうちは、王国で最も騎士団長を輩出した伯爵位持ちの超名門なんだ。そうだねぇ、同じ能力を持った剣の達人と自宅警備の達人が戦ったら、どっちが勝つと思う?」
「俺は、貴様より10は祝福が高いぞっ!」
「僕は仲間たちと一緒に、大祝福3祝福2の殺戮のバルテルを倒したけどねっ!」
「くっ……」
戦いが人類側のペースで進む中、焦ったパトリシア大隊長が突如駆け出した。
走り出した先は金狼の戦いの場ではなく、パーティの周りで位置を変えながらなるべく安全な場所に移動していたハインツの所だ。
フォンスが警告を発する。
「ハインツ君っ、そっちに行ったぞ!」
「おのれっ」
ネッツェルがその間に駆け出す。フォンスも続くが間に合わない。
ハインツは、誰がどう来たのかを見定めて動いた。
ハインツは左手の杖ではなく、右手に持った片手剣のロングソードを構えてパトリシアと斬り合った。
事前に掛けておいた全攻撃無効化ステージ2が、2度の効果を示してハインツの負傷を防いだ。
その間にハインツは、剣でパトリシアの顔面を2度殴り付けた。最初の一撃は頬を裂いて歯を砕き、二撃目は頭から犬の耳を斬り飛ばし、続けて肩を裂いた。
戦闘継続能力を奪われて倒れ込んだパトリシアの頭部が、ハインツによってさらに蹴り飛ばされる。そしてハインツの指示が飛んだ。
「パトリシア大隊長は倒したっ!フォンス騎士団長は紅眼のダグラスのところを、ネッツェル騎士団長は金狼の娘イリーナのところを!」
さらに杖が掲げられ、支援のスキルが飛ぶ。
『全体治癒ステージ3』
『全攻撃無効化ステージ2』
その光景は防壁の上に居た治安騎士からアンジェリカ王女へとすぐさま届けられた。
「王女殿下っ!イルクナー卿が大隊長を1人倒しましたぞっ!」
「本当にっ!?それなら、前線で敵の軍団を防いでいる将兵に伝えて今すぐ士気を上げなさいっ!」
「はっ、前線に伝令で通達!イルクナー卿が敵大隊長を1人倒した!騎馬複数で走りまわらせて広く伝えよ!」
「「はっ!!」」
アンジェリカの命を受けた早馬が、北門から前線へと何騎も駆けて行く。
既に騎士は全て前線へ送り込んでいて、アンジェリカの周囲に残っている騎士は全て治安騎士だ。
だが彼らも馬には乗れる。伝令ならそれで充分なのだ。
メルネスはそれを横目に、ダグラスをさらに引き付けようと挑発した。
「油断していると、君もああなるよ?ほら、おかげでこちらに増援が来た」
「ぐおおおおおっ!」
「なにっ!?」
「フォンス殿、危ないっ!」
メルネス大騎士団長が紅眼のダグラスを足止めするために挑発した刹那、ダグラスは勢い良く飛んでフォンスに剣を突きだした。
バウマンは防げない。
フォンスも慌てて来たために構えが出来ておらず、その上最弱のパトリシアとの戦闘速度や力に慣れてしまっており、相手への戦い方の切り替えが出来ていなかった。
フォンスは、ダグラスに身体を貫かれた。
ダグラスは斬りかかって来たメルネスを飛んで避け、苛立ちながら言った。
「大祝福2を受けているのはあの白と黒と、きさまと、杖を掲げている男か。まんまと騙されたわっ!」
「ぐはっ……がはっ……はぁっ……ぁ……」
「フォンス殿っ!イルクナー殿!」
「バウマン油断するな!織り込み済みだ!」
「メルネス殿、何を仰るっ!死霊の杖で早く回復を!」
「もう杖の効力が尽きかけている。そう何度も使えん!いいから足止めだ」
「ふん、やはりあの杖か。大祝福2の男に杖を持たせるとは無駄遣いではないか?おい、貴様も参戦したらどうだ?大祝福2が2人がかりなら、俺に勝てるぞっ!」
「冗談じゃないぞ馬鹿っ!ジャポーン人の安全基準は世界一なんだよっ!」
「ちっ、臆病者がっ!つぇいっ!」
ダグラスは、剣を振ってメルネス達を威嚇しながら、足元に転がるフォンスを踏みつけ、挑発するように何度も蹴り飛ばした。
だが彼らは、挑発には決して乗らなかった。
「つまらない男が増えたわね。好みじゃないわ」
「彼はネッツェル。エルヴェ要塞の総司令官だ。もう一人の男はベックマン。この国最強の騎士団の団長だ。どの首を取っても、大成果なんじゃないか?」
「あら、それであなたのお名前は?」
「ジュールだ。お前の夫になる男の名前だから覚えておけよイリーナ」
「ふふっ、そう何度も言われると悪い気はしないわね。じゃあ試験よ。耐えられるかしらね」
そう言ってイリーナは、軍団最速の足を持ってジュールに突撃した。彼女は戦士系ではなく、探索者戦闘系だった。
「ぐうっ!?」
『暗殺』
イリーナの剣は、ジュールの剣を弾くとそのままジュールの胸に潜り込み、アッサリと貫いてそのまま捻じった。
「ぐぁあああっ」
「ごめんなさいね。あなたがせめて大祝福2以上だったら、ちゃんと相手をしてあげたのにね」
「……いい。それよりキスさせろよ。お前は凄く魅力的だ」
「しょうがないわね」
イリーナはジュールと口付けを交わしながら、傷口を大きく裂くように剣を引き抜いた。そしてジュールの身体をアッサリと捨てる。
ドサッと音を立て、ジュールの身体は大地へと倒れ伏した。
「やっぱり戦場は良いわね。ところであなた達は…………お父様っ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
イヴァンとクリストの連携攻撃が、金狼の体を左右から串刺しにした。
そして金狼もグレードソードでイヴァンを貫いていた。
クリストは少し驚いた顔でイヴァンを見た。イヴァンは苦笑していた。妖精女王の時とは結果が違っていた。同じ大祝福3以上の化け物相手であったのに。今度は二人同時に死ななかった。
イヴァンが貫かれたまま口を開く。
「ハインツ!俺とクリストがこいつを押さえてるから、お前が首を狩れっ!」
ハインツは咄嗟に地面を蹴り、ガスパールへと右手のロングソードを突き出した。
「ぐぉおおおおおおっ」
ガスパールが首を振って鋭い牙でハインツに迫る。
その刹那、ハインツは閃いた。
死霊の杖が壊れた事にする為には、戦いで壊すのが一番都合が良い。
そしてあの金狼に壊されたと言えば誰もが納得する。
ハインツは、金狼の口に死霊の杖を持った左手を突っ込んだ。
パトリシアを倒した後に掛け直した全攻撃無効化ステージ2がハインツの左手だけを守り、杖は狙い通り噛み砕かれた。
そしてハインツの右手から伸びたロングソードは、金狼の差し出した首を真横から貫いていた。
ハインツはロングソードでガスパールの首を切り裂き、肉と皮膚と骨とを削り、ついに首を斬り落とした。
「……なぁクリスト、結構えげつないな?最近の冒険者は」
「そつが無いんだよイヴァン。ああ、ハインツくん。転姿停止の指輪はちゃんと回収してね。それと首は、邪魔だよね?王女が前線に来ているのだから渡してしまうと良いよ。威嚇代わりにメルネスを連れて行ってくれ。君の目的を果たすんだ」
「その前に治癒を」
「……不要だ。なぁクリスト」
「なんだいイヴァン?」
「……もしあの時に片方が生きていたら、ステージ2の蘇生薬を使って、二人ともあの時代を暮せたか?」
「かもしれないね。でも、もういいんだろ?」
「……ああ、戦場に出るような王女じゃなかった。静かに微笑んでいるようなやつだった」
「色ボケだね。もっと小動物っぽかったよ?王女殿下は。服装は靴まで届くロングスカートばかりとか、すごく大人しかったけどね」
「ふははっ……」
懐かしい思い出ばかりが蘇る。
イヴァンの生きたかった時代は、ここではなかった。
「……クリスト」
「なんだい?」
「……俺は、ジデンハーツに新しい宝珠都市を作る。でかいのが良いな」
「分かったよ。僕は、アクス領の神宝珠に力を注ぐ。従神に出来るなら主神にもできるだろう?ダメなら妖精女王が滅ぼした都市のどこかに新しい都市を作る。大街道が繋がっているしね。イヴァンが東ならボクが西を受け持つさ」
「……長い付き合いだったな。さらばだ」
「ああ、イヴァン…………さあ、ハインツくん。金狼の首を掲げてくれ」
「…………はい」
ハインツは金狼の首を掲げた。
「金狼へのトドメは、ハインツ・イルクナーが刺したぞおおおおっ!!」
「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」
「うぇぇっ!?」
「事実だろう?」
「2人が戦ったからでしょうに。ったく」
「回復魔法をかけ続けたからこそだ。それにボクらに名誉はもういらない。ほら、次は指輪を取るんだ」
『剥ぎ取り』
転姿停止の指輪(効果・年齢∞、-6歳)
「……何かとても非常識な指輪でした」
「気を付けてくれ。絶対に言わない事だ。上位の獣人軍団長を倒して生き残れたメルネスとリーランドの大治癒師。それと持ち主のリーランド皇帝しか知らないだろう。ボクは、リーランドの大治癒師はそれで監禁されていると思っている。万が一にも触れられてスキルで鑑定されるかもしれないから、嵌めた指の上に手袋でもすると良い。君はそんなものを拾っていない。良いね?」
「ぐぁ……これって命を狙われる、呪いのアイテムだろっ!」
「でも、強い獣人軍団長をもう1人倒せば、誰かと永遠に愛し合えるよ。2人倒せばハーレムだね。機会があれば、人類を救ってみると良い。さて、メルネスっ!」
クリストは、大声を出して叫んだ。
紅眼のダグラスと睨みあっているメルネスが、大声で叫び返す。
「今、すごく忙しいんだけどっ!?」
「ボクと交代だっ!キミはハインツ君とボクらの約束を果たせっ。そのでかいライオンはボクが倒しておく!」
「……死ぬ気なんだねぇ。意志は尊重するけど、ちゃんと倒してよ?ご先祖様」
「ボクを誰だと思っている?手加減して相討ちに持って行くのがきついくらいだ!おい、でかいライオンっ!」
そう叫ぶと同時に、クリストはバスタードソードを構えてダグラスへと突っ込んで行った。
『連撃』 『連撃』
クリストの攻撃がダグラスの反撃と撃ち合い、なんと押し勝った。
「馬鹿なっ!!」
そしてダグラスの体勢が崩れた所へ、クリストの鋭い追い打ちが突き刺さった。
「がああっ!」
ダグラスは脇腹をバスタードソードで突かれ、堪らず悲鳴を上げた。
だが必死に剣を振るってクリストを引かせようとする。
その必死な反撃を、クリストはバスタードソードで力強く弾くと、スキルは発動せずに口だけで「連撃」と言いながらダグラスの胸を斜め様に斬り上げた。
ダグラスの身体から新たな血飛沫が飛ぶ。
「ぐぉおおおおっ!!」
「はははっ、どうしたぁ!!今スキルを使っていたらお前は死んでいたぞ!」
人類が軍団長補佐を相手に手加減をしながら打ち勝つなど前代未聞の光景だった。
その余裕の攻撃を見て、メルネスは呆れ顔で言い放った。
「これは御見逸れしたね。ハインツ、行こうか。首を王女に渡して、馬を受け取って、北上だ」
「…………悪いけど、頼むよ」
二人は未だ出撃し続ける兵たちと入れ替わりに門の内側に入った。そして、内側の指揮所に居た王女に金狼の首を差し出す。
アンジェリカ王女が何か言おうとした刹那、叫び声が聞こえた。
「紅眼のダグラスが打ち取られたぞおおおおおおぉぉおおっ!!!!」
「「「「おおおおおおおっ」」」」
少し表情が柔らかくなった王女は、メルネスを見やる。
「死霊の杖は金狼に噛み砕かれたけど、残っている大隊長以上は、金狼の娘イリーナ1人だけだよ?バウマン、ベックマン、ネッツェルらはみんな無事だ。早くしないと、こちらの進路と敵の退路が混ざって、彼が目的を果たせなくなる」
「イルクナー卿、ちゃんと王城に戻って来て下さいますか?」
「わかりました」
「では行って来て下さい。あなたが約束を守って下さるのに、こちらが守らなくては今後に大きく影響しますものね」
「???」
「メルネス最高司令官、お願いしますね」
「もちろん。それでは」
二人が2頭の軍馬を駆り出してしばし後、空に大きな光が打ち上がった。
「魔法弾で高速伝達!全軍前進っ!獣人を叩き潰せ!」
王都ベレオンの上空を、無数の青色信号弾が彩っていた。
それと同時に王都から、万が一に備えていた数百の治安騎士団が大門から溢れ出て北へと走り出して行った。その後ろには、数千の兵士たちが続いて行く。
全軍突撃、防壁の上に居る兵士も、王都の民を避難誘導する為に後方にいた兵士も、誰も彼もが勝利の雄叫びを上げながら北へ北へと突撃して行く。
獣人軍はそれを見て次々に逃げ始めた。そして背中を弓で撃たれ、槍で貫かれ、逃げながらどんどん数を減らしていく。
獣人は王都に1人も侵入できないまま、軍団長と軍団長補佐を失ったのだ。かつて人類がこれほど一方的に勝利した事は無い。
だが……
「王女殿下っ、申し訳ございませんっ!」
「何事ですか?」
「金狼の娘イリーナを取り逃がしましたっ!それに、倒れていたはずのパトリシア大隊長も」
「獣人軍の退却を、指揮しているのですか?」
「違いますっ……くっ、イルクナー殿が大隊長たちに追われています!」
「なんですって!?」
「軍団は放置されています!我が軍は有利ですが、そのせいで脱出する敵の各隊が北へと長く伸びています。敵と並走しての北上は不可能です」
「メルネスもイルクナー卿も大祝福2以上ですね?勝てますか!?」
「……祝福は相手が上です」
「……わかりました。『大隊長たちが軍団を見捨てて逃げた』と前線に振れ回らせなさい。敵の士気を落として早期決着させ、すぐに追撃隊を出しなさい。わたくしも参ります」
「はっ」
























