第09話 英雄たちの帰還
バダンテール歴1245年。
インサフ帝国・第四宝珠都市トラファルガ近郊。
「メルネス、しっかりしろ。メルネス大騎士団長っ!」
トラファルガ周辺の広い戦場では、両軍合わせて膨大な軍勢が入り乱れていた。
そのうち北側、獣人第五軍団によって多大な損害を受けた人類連合軍の左翼では、膨大な負傷者が黄泉路へと旅立とうとしていた。
「……一つ提案があるんだけどね、マルセル」
「なんだっ!?」
「今すぐボクへの治癒を止めて、そこに転がっている第五軍団長の指輪を剥いで、西に逃げるんだ」
「馬鹿を言うなっ。このまま死なれると、ステージ2の蘇生魔法でも復活させられなくなる。生きている間にあと4回も治癒をかければ、お前はなんとか助かる」
「もう、そんなマナは無いよね?せめて事前にマナ回復薬を飲んでおくんだったね。ほら、金狼軍が迫ってきている。早く行きなよ」
「くっ、分断して襲ったはずだったのに」
第五軍団は、攻撃担当として戦場を好き勝手に暴れまわった。
トラファルガには獣人帝国の3個軍団が駐留していたが、その中で第五軍団は、攻撃担当を自分たちで勝手に決めて突撃したのだ。要所を攻撃され続け、人類連合にはかなりの損害が出た。
そこに、メルネスたち対軍団長用の特別編成パーティが襲いかかった。そして大きな犠牲を出しつつも、獣人軍団長の殺害に成功した。
だが、軍団長を殺されて混乱の極みにあった第五軍団を救出すべく、トラファルガを防衛していた第四軍団がこちらへ迫ってきていた。
占領していた都市を完全に放棄して。
残る最後の輸送軍団は、獣人兵や一般獣人を護衛しながら都市の東側へと脱出していく。
獣人帝国軍の守りが薄くなった南部からは、連合軍の右翼を担当するディボー・ラクマイア王国軍が次々と都市への突入を開始している。
だが、連合軍の中央部隊は動きが鈍重だ。
左翼部隊の司令官を担当したベイル皇太子が戦死したとの報を受け、中央の総司令官が安全のために一旦後方へ下がったのだ。その結果、指揮範囲があまりに広くなりすぎて、状況の変化に対応しきれていない。
中央部隊の先鋒は、北の状況を放置して都市へと勢い良く突入している。
まだ獣人兵はそれなりの数が都市に残っているはずだが、どうやら輸送軍団は、全員の撤退は諦めている節がある。
「遅い奴は、人類連合軍の進軍に対する足止めにでもなれば良い」
とでも言わんばかりに、取り残される獣人兵への配慮が一切見受けられない。人類側の都市奪還は、確実に成功するだろう。
金狼軍は、このまま北側の連合軍を叩き潰して第五軍団を回収し、そのまま北へと撤退するつもりだろう。逃げなければ、その流れに巻き込まれる。
「獣人軍団長を1人殺して、おまけに第四宝珠都市まで奪還。作戦は大成功だろうさ」
「左翼のベイル・ハザノス王国軍が大損害を受けただろうがっ!お前の代わりに指揮を執ったベイル皇太子も戦死して、ベイル最高司令官のお前まで死んだらどうなる」
「ボクが死んでも良いように、要塞強化に手は尽くしたんだけどね。皇太子殿下の戦死は予想外だったな。まさか大隊長たちが兵を見捨てて軍団長を助けに来たり、部下を使い捨てにして殿下に特攻をかけたりするなんて」
「軍人の行動ではない。結果として第五軍団は崩壊した」
「もしかしたら、一番効果的な行動を分かって動いたのかもしれないよ。ボクらは相打ちにされて、もう次の軍団長を倒す機会はない。ベイル王国軍も殿下を失って、第五軍団以上に混乱している。金狼軍が来たら全滅だろう。せめて今回の勝利で、人類全体がなんとか持ち直してくれれば良いんだけど」
「くっ、ならば任せておけ。お前のおかげで、我らがリーランド皇帝陛下を動かす材料が手に入った。オレがなんとかする」
そう言ってマルセルは、躯となって転がっている第五軍団長・殺戮のバルテルから転姿停止の指輪を抜き取った。
転姿停滞ではなく、転姿停止。
指輪のランクに応じて、所有者の年齢を変えるまでは変わらない。だが、転姿停滞が数年から百数十年までの加齢停滞であるのに対し、転姿停止は姿を転じた後にそのまま加齢を停止する。指輪を外すまで。
獣人軍団長全員には行き渡っていない。バルテルも持ってはいるが、ランクは下の方だ。
だがこの交渉材料があれば、自分の利益が何よりも大切なリーランド皇帝は、リーランド正規軍を人獣戦争に参戦させるはずだ。そうすれば戦局は、かなり持ち直すことができる。
『蘇生ステージ2』
マルセルは、近くで死んでいた軍馬に蘇生魔法を使った。そして蘇った馬の馬首を西に向ける。
「さらばだ、メルネス・アクス大騎士団長」
「さようなら、マルセル・ブランケンハイム大治癒師」
二人は最後の別れの言葉を交わした。
『単体治癒ステージ3』
マルセルは馬にさらに治癒魔法をかけると、高速で西へと駆け抜けていった。
「フットワークが軽いわけだ。それにしても、ボクも失敗が多かったね。なんとか活かしたいけど、もう無理……か……」
そして時は流れる。
Ep02-09
大国であるにもかかわらず、そこはとても質素な謁見の間だった。
最高級の織物を最高級の職人が自ら織り上げた真っ赤な絨毯や、豪華な金銀宝石で装飾された最上段の席などは無い。
大理石の柱は残っているが、もし動かせるものならばとっくに運ばせたのだろう。かつてあった大理石の彫刻のように。
メルネスは無表情にそれを観察した後、片膝をついて一礼した。
「久しいの。メルネス・アクス大騎士団長。13年振りであるか?」
「恐れ入ります。エドアルド王陛下のご壮健、わたくしにとってこれに代わる喜びは御座いません」
「ふむ……相変わらず酷い奏上じゃ。それをわざとやるのはそなたの悪いクセじゃの」
「くっく……親愛なる陛下、今日はわたくしの責任を果たしに来ました」
「そなたの申す、責任とは何じゃ?」
「トラファルガで皇太子殿下が未来を絶たれた件についてです」
「フェルナンの件はそなたの責任ではない。ディボー王国もハザノス王国も、ラクマイア王国もインサフ帝国すらもトラファルガ奪還戦においては王族を出しておったのだ。なぜベイル王国ばかりが隠れていられよう?そしてフェルナンは、左翼の最高指揮官でもあった。命と引き換えに軍団長を打ち倒したそなたにフェルナンの死の責任を押し付けるなど、ベイル国王である余が許さぬ」
国王の言葉に覇気は無いが、そこからは決して揺るがぬ意志が感じ取れた。
メルネスはそれを受けて一礼し、言葉を続けた。
「現状はよく理解しております。陛下に頂いた英雄の石碑にて過ごしておりましたら、その後の戦死者たちが情勢を逐一報告してくれました。4日前に蘇りし後も、多少の情報を集めました」
「ふむ」
「再びわたくしにお任せ頂けませんでしょうか?秘策がございます。王都と民に被害を出さず、金狼を確実に葬り去り、その間には各大隊長をことごとく押さえつけ、奴の軍団にも大損害を与える策が。北の全ての地も取り戻せましょう。また、国も王家も安泰になります」
「なんだとっ!」
「そのような事が出来るのかっ!」
「一体何をするつもりなのだっ!?」
「鎮まれ」
居並ぶ重鎮達が、その一言で黙った。
彼らは納得したのではない。話の続きを聞きたいのだ。
「そなたがこの場におる時点で、余の想像の限界を超えておる。申してみよ」
「くっくっく……ああ、この笑い方は先祖譲りだと知りました。まずそこにおられる黒と白の御仁。陛下は、王城の戦略会議室でご覧になられた事があるかと存じます。壁に人物画が掲げられておりましょう?初代大騎士団長であったイヴァン・ブレッヒ黒玉大騎士団長と、同じくクリスト・アクス白玉大騎士団長。上位の転生竜を倒し、人妖戦争においては妖精女王を打ち倒したという伝説の英雄たち。そのお二方が、この度は新たな伝説として金狼打倒を増やして下さるとの事」
一瞬の空白の後、謁見の間では驚愕の声が上がった。
「…………馬鹿なっ!!」
「おおおおっ、そんな事があり得るのか!?」
「だがっ、メルネス・アクス大騎士団長は、英雄クリスト・アクスの家名を受け継ぐ直系の当主だ。先祖の偽りなど申すはずが無い」
そんな事を信じられるはずがない。
だが、既にメルネス・アクス大騎士団長が英雄の石碑より現世へと舞い戻っている。
メルネス大騎士団長なら皆が知っている。故に馬鹿な、馬鹿なと唱えるしか無かった。
国王はそんな臣下を眺め、やがて自ら名乗った。
「ベイル国現王、エドアルド・ベイルと申す」
「イヴァン・ブレッヒだ。300余年、英雄の石碑に住んでいた」
「クリスト・アクス。そこに居る紫頭の先祖だよ。どこでそんな血が混ざったのやら。ところで、僕たちの力はどこまで伝わっているかな?」
「伝説では、当時の王が祝福77の時に誘ったと」
「そうだ。だが我らはその後も戦い続けた。西の3小国を旧ベイルに組み込み、妖精女王の軍勢を蹴散らした。祝福はどちらも80を超えている」
「それにね、金狼は祝福95らしいけど、メルネスくんの策は僕たち2人をそのままぶつけるだけでは無いんだよ。メルネスくん、続きを言ってごらん」
メルネスは周囲を見渡し、何人かの騎士団長を確認した。そして思案する。
「陛下、騎士団長以上の祝福を受けた者は、今この王都に何人おりますか?」
「そこにおるベックマンと、エルヴェ要塞のネッツェル、それとお前の後任のバウマンもじゃったか」
「……ギリギリだねぇ。ハインツ、頼むよ」
「オニーアクマー」
「ああ、聞こえない聞こえない。三人には少し負担してもらいましょう。具体的には、わたくしが紅眼のダグラスを押さえ、そちらにおられるジュール元黄玉騎士団長と、フォンス元蒼玉騎士団長のお二人がそれぞれ大隊長を押さえますので、その横合いから加勢して頂きたいのです。二人の大英雄が金狼を倒すまでの間」
「押さえ切れるのか?」
「その6人目、ハインツという者が死者を蘇生させ、回復させられる死霊の杖という物を持っております。杖の効力はわたくしたちへの蘇生で既に尽きかけておりますが、戦いの間くらいは保つでしょう。なれば我ら、幾度斬られようと決して引かず、死兵となって奴らに襲いかかりましょう。大隊長へは、逃げれば金狼殺害の方へに加勢するぞと言えば、おそらく逃げないでしょう。とは言っても実力に差がありますので、程ほどに横合いから加勢をお願いします」
「死霊の杖だとっ!?」
「なんと禍々しい物を操るのだ!」
「おのれ死者を愚弄する怪しげな奴!」
「アウウ」
「鎮まれ。余に二度も言わすな」
国王は臣下たちを威圧した。そしてハインツを見定める。
「そのハインツなる者は、王国に由縁のある者か?」
「由縁ですか?ふむ……」
「……陛下、あります。わたくしが申し上げましょう」
メルネスが思案顔に変わったのを見計らい、謁見の間にいたアンジェリカが口を挟んで来た。
「アンジェリカか、申してみよ」
「その者、先のフロイデン奪還戦にて大隊長バーンハードを単独で倒し、アドルフォ・ハーヴェと共にフロイデン大橋を守った冒険者にございます。また、先のアリアーガ戦においては、バーンハードのグレイブを金狼に投げつけ、金狼に襲われていたわたくしやベックマン緑玉騎士団長の命を救っております」
「おおっ、その様な者が!?」
「なんという勇敢な若者だ!」
「冒険者も捨てた者では無いな!」
「モウスキニシテ」
「ふむ。その方、ハインツと申したな。今の話は真であるか?」
ハインツは、瞼を細める国王に対し礼を以って応じた。
「初めて御意を得ます。わたくしの名はハインツ・イルクナー。東の都市コフランにて、冒険者を生業にする大祝福2の探索者でございます。王女殿下並びにメルネス殿が仰せになられた事は全て事実。我が目的の為、金狼を打ち倒す所存にございます」
「そなたの目的とは何じゃ?」
「北の都市アンケロ近郊にて、冒険者仲間が金狼軍に殺されました。加護が及ばぬ都市外。この杖の最後の力を使い、早く蘇生させねばなりません。故に、立ちはだかる金狼を倒しましょう」
「ふむ。その為にベイルの軍を用いるか?」
黒と白の英雄が口を開いた。
「エドアルド王よ。彼が目的を叶えるのに、軍を用いる必要は一切無い。金狼軍が次々と王都に雪崩れ込み、王城の門扉を打ち破り、バラバラに動いて暴れまわる間に、我ら6人で金狼のみを攻撃すれば良いのだ」
「そうすればジュールくんもフォンスくんも、メルネスくんも金狼退治に加われるね。それで倒したらそのまま北上しちゃおうか。残りを放置しておけばきっと早く着くよ」
「……むぅ」
ハインツは二人の援護を受けて、国王に念押しした。
「もし軍との連携は否との勅命でございますれば、そのように致します」
「メルネスはこの国の騎士であるが?」
「元、だな。戦死して、俸給も支払われなくなって久しいだろう。いつまで縛っているつもりでいる」
「それに、メルネスくんが単独で金狼に立ち向かって勝てるかな?」
「くっく……それは不可能だね」
「無駄死にと、金狼を確実に倒す事。このどちらが正しいかは明白だ。俺達は無駄死にするつもりで蘇ったのではないぞ?」
「軍との連携が無理なら、ボクらも帰ろうか。惜しかったね。ハインツくんの決心が無駄になったよ」
「残念ですけど仕方がありません。王都に犠牲を出さない案も良いと思ったのですが、仲間の命の方が大切ですし。当初の案通り、奇襲で金狼を襲いましょう」
「まあいいだろう。どのみち金狼は倒すのだしな」
ハインツはクリストに頷いて立ち上がった。
6人はそのまま去ろうとする。
「まて」
「まだ何か御座いましたか?」
「ハインツ・イルクナーと申したな?そなたにとって国とは何じゃ?」
「……国は、わたくしに何をして下さいますか?」
「むっ」
「わたくしは大隊長バーンハードを倒した時、国から10万Gを下賜されました。庶民の家1軒も買えぬ金でございます。王女を救ったと陛下が存ぜられた時、礼の一つもありませんでした。それで、今度は仲間を見捨てて一体何をしろと?」
「なんじゃと」
「メルネス殿は陛下に何と申し上げましたでしょうか?金狼を確実に葬り去り、大隊長を悉く押さえ、軍団に大損害を与え、北の全ての地を取り戻すと。本来は軍の仕事です。その為に軍を用いるのかと陛下は御下問なされましたが、無能者のわたくしめには意味が理解しかねました」
「むうっ」
「また、愛国心を御下問なされました。王都を守る意志はあるとお伝えしましたが、それ以上の、わたくしが命を捨てる程の政策や行いをなさって来られたかどうかは、陛下が最も御存知でいらっしゃいましょう」
「イルクナー卿、命を救って頂いた事はわたくしがお礼申し上げます。ですが、獣人打倒の報酬が少ないのは財政難が原因です。財政難は難民保護政策の為、どうしようもなかったのです」
「政務にも軍務にも、恐ろしい程に無駄があります。一つ例を挙げますと、ここで金狼を防がなければ国が確実に滅びるにも関わらず、素人が戦いの主導権を握ろうとしている点です。自分が専門家の振りをする事と、本物の専門家の提案を聞いて、条件をすり合わせた上で任せる事と、どちらが正解と思われますか?しかも、かかっているのは国家の存亡です。英雄が呆れ、見捨てて帰るのはそう言う事です」
「そなたは、国王の権威を恐れぬか?」
「滅びる国の、力なき王の権威とは何かっ!?」
イヴァンが国王に厳しく問い質した。
「国は長く続くとダメになっちゃうんだね。悲しいなぁ」
クリストはイヴァンの言葉に合わせて嘆く。
「希望は探すものではなく作るものだと理解していないのだろう、アクス卿。今から200年も前になるか、当時リーランド帝国が、ベイル王国領に色気を出して来た事があった。当時の王は俺を信じて任せてくれた。現王陛下、どうだ、領土は減ったか?」
ジュール黄玉騎士団長が鋭く笑って見せた。
「リーランドの1500の騎士と4000の兵を、国内外からかき集めた5倍の戦力で包囲して捕らえた話ですか?彼らを縛る縄が足りなかったそうですね。まるで山賊のように相手の身ぐるみを全て剥いで、莫大な身代金まで得たと。年寄り達が大喜びで話してくれましたよ。おかげで2世代後のスワップリザード大侵攻の時には、国境の大幅に強化された壁がかなり防いでくれて、わたしの騎士団は都市を守り切れました」
フォンス蒼玉騎士団長が嬉しそうに微笑んだ。
「ボクの世代は、ちょっと大変なんだけどね。でもほら、ちょうどここに希望がある。ビックリする位に大きな希望だ。希望は探すものじゃなく作るものらしいから、どんな形に作るも自由って訳だね。陛下、どうなされます?目の前にある希望をわざわざお捨てになられます?それともお任せ下さいます?」
「任せよう、メルネス・アクス最高司令官。全将兵、全物資、余の配置まで悉くをそなたに委ねる。フォスター宰相は文官を、バウマン軍務大臣は武官を、全て最高司令官の命に従って動かせ。メルネス、頼むぞ」
「畏まりました」
「はっ」
「仰せのままに。それでは、金狼の首はそこにいるハインツに持たせます。そのように話は済んでおります。『いかなる手段も問わず』ですから、わたくしたちを蘇らせて戦わせるのも当然そうなりましょう」
「??」
「ふむ。そなたの眼から見てどうだ?」
「くっくっ……フェルナン皇太子殿下の件を気に病んで成仏できなかったわたくしが、これで完全に責任を取れたと考えているとだけ申し上げます」
「???」
「……ならば、もはや余は何も言うまい」
国王は静かに口を閉ざした。
























