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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第一部 第二巻 北風と二つの太陽(11話+エピローグ) ベイル王国編

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第08話 日は静かに昇り始めた

(あああ……ああぁ……)


 あたしは声を上げざるを得ない。声は出ないけど、でも魂が声を出す。そうする以外にこの恐怖を発散できる方法を知らない。

 皮膚が溶けて擦り剥け、外気の様々な菌に触れた肉が大量のブツブツになって腫れ上がっている。そんな人間が周りで悲痛に蠢いている。

 それは瘴気だ。

 でも、幾何学的な模様のように浮き上がった得体のしれない腹部の肉は、これまでの人生で得た知識ではまったく理解できない。

 赤黒い指がボロボロと落ちる。正気を保とうとして、グッと耐える。魂が正気を保てなくなった一般人の死体たちがゾンビになって歩いていた。違う。まだ意識があると思う。どうしようもないんだ。


(ああぁ……あぁぁ……)


 捲れた皮膚の白と肉の赤が気持ち悪い。冒険者はまだ無事。変な言い方だけど無事。まだあたしたちのまま。死んだだけ。身体がおかしくなっただけ。ううん、違う。瘴気で自然現象として身体が傷付いただけ。斬られたら皮膚が切れるように、瘴気で身体が変容しているだけ。

 死んで加護を失い、都市からの加護もなく、祝福を得た人だけが魂の強さで耐えている。


(ぁあぁ……ぁあぁ……)


 あたしは、あたしである事を保とうとする。

 ロベルトさんがこっちを向いて倒れている。最初はすごく嫌だった。逃げたあたしが見られているようで。でもそんな事は無いって分かった。魂だけになったけど、なんとなく分かった。


(嬢ちゃん、良く耐えているな)


 多分、そんな事を伝えてきているんだと思う。あっちは大祝福を受けた冒険者。だからあたしより保っているんだと思う。

 うん、だってあたしにはまだ希望があるから。きっとハインツさんが助けてくれるから。助けてくれる力があるから。助けてくれるから。助けて。助けて……


 




 Ep02-08




 


 そこは、とても綺麗な墓地だった。

 芝生は綺麗に刈り揃えられており、通路にはゴミ一つ落ちていない。手入れが行き届いている。

 水拭きされた墓石は、陽の光を浴びて静かに佇んでいる。

 少し寒くなった秋風が吹き抜けるが、温かい日差しと合わせると彼らには丁度良い陽気なのかもしれない。

 ここはずっと変わらないのだろう。都市の加護に守られた温かな戦死者の墓地。そして英雄の石碑。国を守った騎士たちの最後の安息地。

 区画整理されて共同埋葬されている名もなき死者たちと、その奥で1つずつ佇む偉大な英雄たちの石碑。

 ハインツはその綺麗な墓地を歩いて回った。

 ハインツの左手には、いかにも曰く有り気な古い杖を握っている。広大なインサフ帝国領にあったという、エルフの森の大樹の枝から切り出したという杖。適当に見繕われたのではなく、手に入る最高の物を用意された。アドルフォの仕事は完璧だった。

 ハインツの杖を握る左手の薬指が、ハインツの意思に従ってスキル発動の前兆を起こした。

 そして見えた。

 墓地には、多数の綺麗な魂たちが揺らめいている。


 彼らはきっと、全員が何らかの未練を持っているのだろう。

 だが目的は強い騎士たちだ。5人がかりで、ハインツの援助を受ければガスパールに勝てるくらいに強い騎士。1撃で死んでは意味が無い。蘇生魔法はマナの消費が激し過ぎる。マナが最大の状態でも、蘇生は1日に6回が限度だ。戦闘での多用はとてもできない。

 ハインツは共同墓地を通り抜けて一つ一つ佇む石碑の区画へと入った。

 数十ほどの石碑が並んでいる。

 名前、階級、生没年、そしてその人がその時代を確かに生きた証が刻まれている。


 『最西の都市にてスワップリザードの襲撃から身を呈して都市を守った』

 『北の滅びし都市から避難する多数の人々を守り抜いた』

 『南の大いなる湖にて暴れる水竜と戦い見事に果てた』


 英雄の魂は大半が消えている。己の役割を果たし、満足したのだろうか。

 だが例え彼らの魂が残っていたとしても、確実にミリーを助けてリーゼを未亡人にしないためには、まだまだ力が届かないような気がした。

 慎重に見回る中、ハインツはついに見つけた。

 ……というか、珍しそうに眺められた。


 (……クリスト、面白そうな奴が来たぞ)

 (……ああ、俺達が見えるらしいな)


 ハインツは、その石碑に刻まれた文言を読んだ。


 黒い石碑にはこう刻まれている


 イヴァン・ブレッヒ

 生年 893年4月14日

 没年 925年9月13日

 初代大騎士団長 黒玉大騎士団長

 10の都市を滅ぼした妖精女王とその軍勢を白き友と共に打ち破った人類の英雄


 白い石碑にはこう刻まれている


 クリスト・アクス

 生年 893年6月28日

 没年 925年9月13日

 初代大騎士団長 白玉大騎士団長

 10の都市を滅ぼした妖精女王とその軍勢を黒き友と共に打ち破った人類の英雄


 ハインツは確信した。

 彼らが探していた騎士だ。

 ベイル王国の歴史は知らないが、この国において最も偉大な英雄はおそらく彼らだ。とりあえず話し掛けて見る事にした。


「はじめまして。ハインツ・イルクナーと申します。今日は少し風が寒いですね」

 (……おう、すぐに冬が来るな)

 (……イヴァン、彼の基準ではもう少し先だろう)


 わりとフランクな人類の英雄たちだった。


「ええと、生前はベイル王国の大騎士団長だったんですか?」

 (……そうだ。最近のベイル王国の様子はどうだ?)

「今の様子はどのくらい知っています?」

 (……フロイデンが解放された所までだねぇ)

「うあ、それって3ヵ月前じゃないですか!?」

 (……最近は戦場が近くなって、ここまで無事に来る魂に困らないからねぇ)

「なるほどっ。でも3ヵ月前より状況がさらに悪化しました。リーランド帝国の南部が獣人帝国に突破されて、そこから獣人軍が軍団で押し寄せてきているんです。あと6日くらいで、多分王都決戦になります」

 (……どうやらあいつの予想どおりだな)

 (……本当にねぇ)


「一つご相談があるのですが」

 (……なんだ?)

「まずわたしの事情から。ベイル王国最北の都市アンケロ近郊で、親しい人が獣人軍に殺されました。都市外です。魂が保つのは10月10日程だろうと言われました。獣人軍が来たらすぐに倒して、馬車ですぐに向かって本当にギリギリです」

 (……君は、そこに向かってどうするんだい?)

「蘇生させます。ステージ3の蘇生魔法が使えます」

 (…………続きを言ってみろ)

「しかし、こちらは治癒師1人です。敵は軍団。真っ直ぐ行けば確実に死にます。ですが、迂回路の橋も落とされてしまいました。わたしとパーティを組んで頂けませんか?もし目的にご協力頂けるのでしたら、蘇生させて頂きます」


 (……その力があれば、そうなる前に解決できたのではないのか?)

「リーランドの大治癒師は、数十年間王城に閉じ込められて、毎日ボロボロの死体を蘇生させられているそうです。大治癒師自身が死ぬまで続くだろうと言われています」

 (……君もそれに立候補するのかい?)

「わたしの左手には、エルフの森の大樹の枝から切り出した杖があります。これが不思議な杖でして、なぜか治癒師の魔法が使えるようになるんです。でも今回戦い終わったら壊れてしまうような気がします。あ、わたしは探索者でした」

 (……はははっ。なぁおい、クリスト)

 (……イヴァン、わかっているさ)

 (……おい、どうしたい?お前と組んで、大街道を真っ直ぐ北上して、獣人軍団を薙ぎ払って行けばいいのか?)

 (……それはとても痛快だろうねぇ)

「いえ、王都決戦で大隊長と離れた軍団長を狙って倒したいと思っています。死ぬ気はありません。新妻がいるんです」

 (……イヴァン)

 (……よし、賛成2票だ。お前に協力してやろう。最近、ここに来る魂の泣き事ばかりで正直聞き飽きていたところだ)

 (……確かにねぇ。ところでハインツ君、あとの3人は決まっているのかい?)

「いえ、最初にお二人に声を掛けました」

 (……それは見る目があるね。推薦したい子がいるんだ。これは依怙贔屓だけど、実力は保証する。まずメルネスという大騎士団長。勧める理由は2つ。1つ目はシラを切るのがとても上手い。君の秘密を黙っていてくれるだろう。2つ目は彼、6人がかりで獣人軍団長を1人殺した事があるよ)

「うは、マジかっ!?」

 (……おや、口調が戻ったのかな?まあいい。あとは黄玉騎士団長のジュール君と、蒼玉騎士団長のフォンス君だね。二人とも死んでから100年は経っていると思うけど、茶飲み友達だから融通が効くんだ)

「じゃあ、そのパーティでお願いします。服は持って来ています。馬車は墓地の外に。装備も店ごと用意してあるので選んでください。それと、最高のタイミングで奇襲したいので、味方にもバレない様に出来ればコッソリとお願いします」

 (……俺達の顔を知っている奴はいないと思うがな)

 (……メルネス君ならバレそうだね。彼、13年くらい前までこの国の最高司令官だったらしいし。頭に紙袋でも被ってもらう?)


 




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 敵軍団が到着する10月1日までの6日間という準備期間は、長いようで短い。やる事は山のようにある。




 9月25日。


 ハインツが5人の英雄を蘇生した日、ハインツは墓地で彼らに服を渡してそのまま馬車に乗せてアドルフォが手配済みの武器・防具・輝石の各店をグルグルと回ってから、アドルフォに用意された閉鎖された宿屋で1日目を終えた。

 宿屋では、リーゼがベルティーナと共に西の都市へ避難したとの連絡を受けた。




 9月26日。 


 ハインツはとにかく味方の能力やスキルの確認、連携の確認、戦いの癖などを理解しようと努めた。戦闘のための下準備である。

 それに5人の蘇生者たちは自分たちの生前の感覚を取り戻す必要があり、新しい装備に慣れる必要もあった。

 ハインツ自身も、単体治癒や全体治癒、敵の攻撃を2度無効化するスキルの威力を実演し、その効果を確認してもらった。これらは全てぶっつけ本番と言う訳にはいかない。

 ハインツは宿屋に引きこもって一つ一つ丁寧に確認していった。

 そんな中、メルネス大騎士団長がふと訊ねた。


「ところでハインツ、一つ確認があるんだけどいいかい?」

「ええと、何です?」

「馬車を使って助けに行くって言ったよね?都市間を2日で駆けていくってさ」

「そうです。6頭の高速馬車で駆けていきます」

「6頭の馬車にこだわる理由は何だい?」

「馬の負担が分散できます。それに1頭や2頭ダメになってもそのまま行けますから、保険になります」

「キミの治癒魔法で馬の疲れを回復させて行けば、都市間を1日で走れそうだね?というか、獣人に馬をやられても蘇生できるし、攻撃無効魔法もある。図体のでかい馬車ではなく、道の端を単騎駆けですり抜ける事もできるんじゃないかな?」

「あああああああっ!!」

「アンケロまで4都市を8日で行く計画。4日に短縮できそうだね」


 そもそもハインツには、今回の件以前に馬をこんなに急がせる用事は無かった。そしてスキル自体も基本的には隠していた。だから、そんな発想が生まれなかったのだ。

 タイムリミット前日だった到着予定日は、その一言で5日前に改善できた。


 


 9月27日。


 5人の英雄たちが色々と話し込んでいた。ハインツも巻き込まれる。


「おいハインツ、上位の獣人軍団長が装備している『転姿停止の指輪』を知っているか?」

「転姿『停止』ですか?ええと、転姿『停滞』なら知り合いが装備しています。年齢が変わって、その姿のまま一定の年月、加齢が停滞するっていう指輪ですよね?」

「『転姿停止』は、その上位版だねぇ。そもそも指輪の素材は知っているかい?」

「ええと、少しだけ聞きました。竜核でしたっけ?」

「そうだ。神が宝珠都市を生み出さずに果てると、やがてその核が世界の因子……細かい理屈は知らんが、竜核となる。それがやがて力を蓄え転生竜になる。普通の竜とは違う竜だ。その竜核が指輪の核になる。そして、最上位の奴は転姿停止になる核を落とす。所有者が代わるごとにランクが落ちるが、効果は年齢の変化と加齢停止だ。金狼も持っているらしい」

「……マジかい!」

「ボクが獣人の元第五軍団長をパーティで倒した時にも、持っていたよ。今はリーランド帝国の皇帝が装備しているけどね。金狼のは、それより格上の指輪らしい。金狼自体が軍団長の中でも上位らしいからね。ハインツ、倒したら取り忘れない方が良いよ」

「……6人で倒すのに、俺が貰って大丈夫なのか?」

「蘇生代金ということでさっき満場一致した。指輪なら荷物にもならないだろう」



 

 9月28日。


 ハインツが王都の地図を頭に叩き込んでいると、再び暇人達が襲来した。


「おい、ハインツ。引き籠ってばかりいたら情報に疎くなるんじゃないか?」

「そうでしょうけど、いま入ってくる情報なんて避難の話ばかりじゃないんですか?北からの避難者とか、余所への避難先とか。それに、どうせこちらのやる事は決まっていますし」

「なるほどねぇ。ところでハインツ君。君が獣人大隊長をフロイデン大橋で倒した時の話、僕達に聞かせてくれたよね」

「暗殺のスキルですか?」

「違う。大隊長の首を威嚇に使った話だ」

「はい、やりましたよ」

「それじゃあ、金狼を倒したらその首を狩って、街道を走り抜ける時に威嚇に使ったらどうかな?大隊長は押さえるからさ。そしたら後は怯えて攻撃して来ないでしょ」

「ああ、それは良いかも」

「ふははっ。よしハインツ、お前が首を狩れよ?分かったな」

「ええと、分かりました」

「剥ぎ取りのスキルを持っている君なら、手際も良さそうだねぇ。あ、首はその子を助けた後も、捨てないで欲しいんだけど良いかな?素材の回収袋にでも入れて、見えないようにして、きちんと王城に届けて欲しいんだ」

「どうしてですか?倒せばそれで良いのでは?」

「金狼を倒したという威嚇になるからだ。例えば、敵が侵攻してくるタイミングでエルヴェ要塞に金狼の首をぶら下げてみろ。敵の士気をどれだけ落とせると思う?お前はあまり国を気にしていないが、俺達は全員この国の元騎士団長だ。俺達を使うのだからお前もそれくらい協力しろ」

「なるほど、分かりました」

「契約成立だねぇ。ハインツ君、君が必ず王城に届けてね?」

「了解です」 




 9月29日。


 メルネス大騎士団長が提案を持ち掛けてきた。


「ハインツ、ボクからの二つ目の提案があるんだけど」

「何でしょうか?」

「キミの作戦。獣人軍団長が1人の所を襲うっていう、絶対に負けない戦法だとは思うんだけどね」

「はい」

「獣人軍団長がどう動くのか、分かっているのかい?」

「ええと、相手に合わせてこちらが動こうかと」

「金狼って種族補正で凄く早いよ?それに、不利を理解したら逃げるかもしれないよ?単独じゃなく軍団規模で確実に侵攻してきたり、あるいは大隊長を引き連れて移動したらどうするのかな?」

「…………」

「あの白黒コンビを、キミの回復魔法付きで金狼と戦わせられる方法があるんだけど、どうだい?ちなみに大隊長も軍団も押さえたまま、王都に殆ど被害も出ないよ」

「…………提案に乗ります」

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