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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第一巻 フロイデンの一夜(11話+エピローグ) 物語導入編
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第02話 都市コフランへの急報★

 愛の費えた恋人が相手を振るかのように、あっさりと太陽は沈み去った。

 ぶ厚い雲に覆われた夜空には、まるで振られた人が生み出す心の壁であるかのように、ひとかけらの光すら見出せない。


 (でかいトンボの件とか、関係ないからな?俺はあれから、二足歩行の爬虫類にだって出会っている!)


「……はぁ」


 日没までの成果は他にもある。むしろ最大の成果だと思う。森の中に整備された道があった。

 土を固めただけで、幅は大人が二人並んで歩ける程度。車輪の跡すらない、だから高度な文明や、あるいは活発な往来には未だ期待できない。

 だが多少は使われているらしく、行く手を遮る枝も、足元に生い茂る草もなかった。


 (道があると言う事は、知的生命体は居るらしいなぁ)


 人くらいのサイズで、二足歩行している文明がある生物であろうが、現時点ではそれが人であるとは限らない。

 出来れば人が良い。

 イケニーエの習慣がある部族と、綺麗なエルフだったら、もちろん綺麗なエルフの方が良いけれど。


 (あ、でも美形集団の中に紛れたら、俺はモテないか?エルフ達に相手にされなかったらへこむ)


 とりあえず目指したのは、水の確保、寝床の確保、体力の温存だった。

 太陽が沈む前に、出来る事はなるべくやった。


 水は、水分を多く含んだ日陰の植物を口に含んで、喉の渇きを誤魔化した。

 寝床は、枝葉を拾い集めて風の当たらない窪地に敷き詰めた。

 体力は、小川すら探しに行かず、費用対効果の確実な事以外は全力で避けた。


「気候が良くて助かった。もう寝よ」


 ガサゴソ……


 体を窪地に沈め込み、敷き詰めた枝葉を体に纏わせる。身じろぎしているうちに、体が窪地にぴったりと収まった。多少の安心感を得て、暗闇に目を細めながら思いを巡らせる。


 (これは、いったいどういう事だろう?)


 記憶は怪しいが、もう流石にある程度の予想は付いている。

 ここは、俺の知っている世界とは違う世界だ。まず、俺の故郷はジャポーンだ。俺は生粋のジャポーン人で、家族には両親の他に妹と弟がいた。


「ああ、一つ思い出した。幼稚園児の頃、俺は妹に対して『お前はダンボールに入れられて、川から流れてきたんだ』と言ったらしいな」


 それは俺が5歳、妹が3歳の話だった。

 その何気ない一言は、ダンボールに入れられて捨てられる動物を知った幼稚園児の、単なる思い付きだったのだと思う。実は言った当人が覚えていない。

 だが当時兄の言う事を全く疑わなかった妹は相当ショックだったらしく、それを後年までずっと覚えていた。この5歳児と3歳児の記憶力の差、妹は優秀だ。


「あと、弟には『お前はドラム缶に入れられ、川から流れてきたんだ』と言ったな」


 それは流石に覚えている。俺が小学校高学年、弟が幼稚園児の頃の話だ。

 『ダンボールだと水を含み、沈んでしまうのではないだろうか?』という、小学生の実に高度な発想がダンボールをドラム缶へと進化させた。人は学習し、進歩する生き物だ。そして弟も相当ショックだったらしく、それをずっと覚えていた。だが兄は、気にも留めていない。


「……俺は一体、どういう人間だったんだ?わりと無理に思い出さなくても良い人間のような気がしてきた」


 俺は非建設的な回想を止め、自分の知識や経験の方を思い出す事にした。


 (確か、俺は成長して冒険者になったんだ)


 そう、ジャポーンでは実に多くの若者が冒険者になった。

 そして俺も友達に誘われた。

 『最初に探索者なら、冒険に必要なスキルを取れて楽だぞ』と言われ、とりあえず探索者になって冒険を始めた。

 そして冒険者として本当に駆け出しの頃、俺にとても親切にしてくれた人がいた。

 リカラさん。神殿の前にいて、会いに行けばアドバイスをくれ、困っていれば助けてくれた。いつの瞬間でも優しい人だった。

 そんなリカラさんに憧れ、俺も冒険者の手助けがしたいと思った。そしてリカラさんの真似ごとをしたが、彼女のようにはできなかった。自分のスキルがサポートには向いていないのではないかと思った。

 俺は、探索者戦闘系で大祝福2祝福16を受けた後、思い切って治癒師へと転職した。


 『アサシンが治癒師に?馬鹿を言え。ハインツ、非現実的すぎるぞ』


 あいつらにも笑われた。

 暗殺者が聖職者になると言い出したのだから当然だったかもしれない。

 だが、俺もあの人のようになりたかった。だから俺達のエリアを担当していたアルテナの神殿に駆け込んで、転職を願い出た。


 




 Ep01-02





 

 ―――昼食時には、まだ早い。

 今日は、太陽が天空から一方的に熱気を放ち続けている。雲がそれをゆっくりと追いかけているが、太陽はどうやら逃げ切りそうだ。

 経験の浅い子供たちは、ノロマな雲や役立たずの風に不平を鳴らして無駄に熱気を上乗せた。だが、重ねた年数の分だけしたたかな大人たちは、地上に溜まった熱気を好みの酒気で洗い流そうと夜を期待していた。

 この第二宝珠都市コフランは都会だ。都市内を歩けば、周辺国の一級酒だろうと特級酒だろうと飲む事が出来る。

 ここが第一宝珠都市の倍の人口10万人を抱えているからではない。流通の中継地だからだ。

 西にある王都や各地から、このコフランを中継して東にある都市フロイデンや都市ハグベリを通り、最東のエルヴェ要塞やその北の鉱脈地帯に人や物資を送る。あるいは、あちらから人や物資が送られてくる。

 もっと言えば、つい数年前までは東の国々への流通拠点でもあった。

 広くて綺麗な石畳の大通り、道の両脇に整備された用水路。

 中心街には役所や教会、それに冒険者協会や商工会議所が連なり、他の都市まで統括する大商会の本部もある。

 そんな中心地にある冒険者協会で、1人の男が冒険者登録証の更新手続きを済ませていた。

 彼の名前は、アドルフォ・ハーヴェという。

 一見愛想の良さそうな好青年に見える。だが彼は、見た目とは裏腹に祝福52を数える一流の冒険者であり、かつ途方もない財産を抱える大商人でもあった。


 彼は冒険者ギルドで、3年前に受け取った時と更新日だけしか変わらない新しい冒険者登録証を受け取った。

 記載されている祝福も、加護も、魔力も、年齢すらも前回と変わらない。

 3年前だけではなく、6年前も、9年前も、そして12年前の更新でも、彼は冒険者登録証の更新日しか変わらなかった。

 登録証に記載される年齢はずっと30歳。祝福はずっと52。

 冒険者でありながら、依頼を受けていない期間はもうすぐ登録している自分の年齢を超える。

 アドルフォには、依頼を受けていない年月と同じ時間、ずっと探しているものがあった。自分に探し物がある以上、他の誰かの依頼をのんびりと受けている時間などあろうはずも無い。

 仮に、探し始めた時に今と同じくらいの莫大な財産があれば、もしかしたらそれは金銭で購えたかもしれない。

 だが、アドルフォが莫大な財産を得るに至った過程によって、皮肉にもそれは金銭で購う事が不可能になってしまった。

 今や国王ですら、仮にそれを持っていたとしても公言する事は出来ない。

 ならば、もはや冒険者らしく自分で探すしかない。代わり映えの無い冒険者登録証を携え、各地のうわさを全てしらみつぶしにしてでも。

 一度など、報酬に糸目を付けず最高のPTをかき集め、竜の巣に乗り込んで中位竜を撃破した事まである。それでも、竜が溜め込んだ宝の中からそれは見つからなかった。


 アドルフォは何十年もずっと探している。そしてこれからも、見つかるまでそれをずっと探し続けると決めていた。

 だが、そろそろ気分転換が必要だった。

 目的を果たせないまま、些細なミスなどで死ぬわけにはいかない。だから彼は、気合を入れて宣言した。


「よっしゃあっ!今夜は、ねーちゃんの店で飲み歩くでっ。シャンヌと、エレミーと、ジゼルと、それにポーラには会っておかんとなっ。あとは、うししっ。けしからん!いや、実にけしからんで!……ん?待てや。店ごとの営業時間を考えて動かなあかんな?まずはエレミーの店でおっぱ……」


 バタンッ!


 冒険者ギルドの扉が内側に向けて勢いよく開かれ、まるで投石機から投げ飛ばされた石であるかのように騎士が転がり込んで来た。

 だがアドルフォは、大祝福1を越えるベテランの冒険者だ、その勇ましい騎士の突撃を避け……損ねた。

 邪な妄想に勝てる男は賢者だけである。そしてこの時のアドルフォは、悟りを開いた賢者では無かった。

 アドルフォは腹に騎士の身体を直撃され、弾き飛ばされて床を大きくゴロゴロと転がった。

 そして、止まると同時に叫んだ。


「ぐはっ……って、何すんねんアホンダラ!ドアホッ!ころころするで、このボケナスがっ!」


 妄想で油断していた気恥ずかしさを怒りに変え、アドルフォは正々堂々と怒鳴り散らした。

 しかし血相を変えた騎士には全く恐れ入らず、逆に騎士はアドルフォに負けない大声で怒鳴り返してきた。


「急報っ!獣人軍の侵攻だっ!」


 騎士を睨みつけたアドルフォは舌打ちをして、だが即座に道を空けた。今この瞬間を以って、個人の瑣末なプライドの問題ではなくなった。冒険者として、ふざけて良い時と悪い時がある。

 所々で黙れという声が囁かれ、活気に満ちたギルド内の喧騒は波が引くように静まり返る。


「急報!急報っ!」


 騎士は叫びながらギルド内のエントランス中央部分まで歩み寄り、差し出された水筒に口をつけて飲むとゲホゲホと言いながら水筒を返して叫んだ。


「獣人軍の一部が一昨日、エルヴェ要塞を突破したっ!3個大隊規模が、要塞方面から都市フロイデン、都市ハグベリへ西進中だ!有志冒険者の救援を求む!」



 ★地図

挿絵(By みてみん)




 ざわざわ……ざわざわざわざわ…………


 先ほど静まり返ったギルド内の喧騒が、その速度に反比例するかのように凄まじい勢いで広がっていった。

 獣人軍の大隊を防ぎきれる大部隊が、最前線ですらない地方都市にわざわざ配備されている訳が無い。

 この戦時中、そんな部隊があれば最前線のエルヴェ要塞なり、南のフォルシウス要塞なり、あるいは王都なりに最優先で配備されるはずだ。

 だとすれば、これは非常事態だ。攻め込まれた無防備に近い都市は滅ぶ。

 周囲を見渡せば、冒険者ギルド長までもが中央エントランスに飛び込んでくる。

 どんどん厚くなっていく人垣の中心では、騎士に対して矢継ぎ早に質問が飛び交っていった。


「どういうことだ!?エルヴェ要塞には王国の複数の騎士団と、数千の兵士が詰めていただろう!?」

「要塞騎士団は現在、敵主力と死力を尽くして交戦中だ!それに兵士には祝福が無い。民を救うため、我ら騎士と同じくアルテナの祝福を受けた冒険者たちの義勇を求むっ!今すぐっ!」


 大きくて良く通る声が、冒険者たちの質問に次々と答えていく。


「ここから東のエルヴェ要塞までには、北の都市フロイデンと中央の都市ハグベリの他に、南の都市ヒルボリがあったのではないか?」

「そうだ。だがここから3都市への間には、深い峡谷と大河がある。3都市側に行くには、北のフロイデン大橋か、中央のハグベリ大橋のいずれかを渡らなければならない」

「それなら、南のヒルボリはどうなる?」

「要塞からも、中央のハグベリを経由しなければヒルボリへは行けない。だから北の都市フロイデンか、中央の都市ハグベリか、いずれかで諸君らの力を示してもらいたい!」


「誰の依頼になる?報酬は?」

「アルテナの祝福が無い獣人兵の右耳は50G。だが、祝福を受けた獣人冒険者の右耳には、個体の祝福に応じた額が支払われる。鑑定のスキルが用いられるため、判断の間違いはない」


「要塞を落とさず進むなど、獣人は一体何を考えている?本当は要塞が陥落したのではないか!?」

「そのような事は、断じてない!硬い岩壁を削って造られた自然の要塞だ。内部も複雑に隔離されており、どれほどの大戦力で攻められてもエルヴェ要塞は落ちない」


 

 状況を理解したアドルフォは、怒声とパーティ編成の呼びかけが飛び交うギルド内を眺めつつ思案した。


 一番困るのは、侵入した獣人帝国軍によって『大河を架ける2つの大橋を破壊される事』だ。

 かつて渡し船で行き来していた二つの地域は、偉大なる二つの大橋によって陸路で結ばれた。アドルフォが生まれるよりも遥か昔、このベイル王国に偉大な魔導師が居た時代の大事業だ。既にこの国には、渡し船など1隻も無い。

 大橋を2つとも破壊されると、東の二十万人の生存圏は大河を挟んでほぼ孤立する。この国には海が無い。もちろん、まともな船もない。軍需物資の輸送も、兵の補充もすべてが陸路からだ。

 東の各都市が西側から孤立すれば、最東のエルヴェ要塞も補給路を断たれて、いずれ食糧や物資が尽きて呆気なく陥落するだろう。


 二番目に困るのは、獣人軍が単に要塞の後方都市を襲おうとしていただけの場合だ。

 その場合、大橋を守りに行けば無防備な都市を獣人に滅ぼされる事になる。

 実施者は誰も来ない大橋に行って、襲われている2つの都市を見捨てたと見做されるのだ。すなわち、人々を見殺しにしたとの誹りを受け、国中から非難されることになる。

 それにどの都市にも、アドルフォ自身が会長を務めるハーヴェ商会の従業員はたくさんいる。


 今この場では、アドルフォだけが国の1個騎士団(騎士93名他)に匹敵する戦力を即座に招集できる。

 具体的には、この場に居る冒険者全員を大金で雇って束ね、自らが会長を務める商会の者たちを使って武器や馬車を都市前に並べ、商会が各事業で雇っている護衛の冒険者たちの仕事を即座に切り替えて進軍する事が出来る。

 そうすれば、この都市から1都市離れた王都の騎士団が増援に駆けつけてくるまで、1つの大橋か1つの都市だけはかろうじて防衛できるだろう。だが、上手くやれても1つだけだ。

 間違った場所に向かった後、そこから敵の侵攻地点まで全速で数時間走る事になり、これでは疲労して戦いにならない。

 かと言って、戦力を分散しても元々戦力不足なので各個撃破されるだけだ。


 そんな事は国の役目だと言う者も居るだろう。それは正論である。

 しかし、この都市の駐留隊は『冒険者ギルドに助けを求めて飛び込んできている』のだ。その時点で、そもそも自己解決できる戦力や能力があろうはずもない。

 その様な状況であるからこそ、アドルフォの判断が間違っていた時に与える影響は計り知れない。

 橋が落ちたら20万人の勢力圏が獣人の手に落ちる。

 あるいは、都市が獣人軍に蹂躙される。

 人々は魔物の闊歩する都市外を歩き、水生モンスターの泳ぐ大河を渡り、獣人軍から逃げて西側まで来られるのか?


「……試す気には、ならんわな」


 どの都市、あるいはどの橋に自分が動かせる戦力を集中させるべきか。

 都市コフランに非常事態を告げる鐘が鳴り響き出した中、アドルフォは沢山の命を左右する決断を迫られた。

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