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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
短編 ベイル王国の新興貴族たち
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短編 新興貴族の実技その2

 2年前に告白して振られた上にクラスで笑いものにされた女から手紙が来た。

 便せん4枚にも渡った長い文章を一行に要約すると、概ね次の通りであった。


『第二夫人か第三夫人で良いので囲ってください』


 それを読み終えた俺は和やかな気持ちで指先に力を込め、破り捨てようとした直前に思い止まって、その手紙を引き出しの奥に保管した。

 それは未練からの行動ではなく、トラブル発生時の証拠として使えると考えたからだ。


 爵位貴族は、王侯貴族への裁判権を持つ者以外から罰せられる事が無い。そして彼女が権限を持つ女王陛下や宰相に訴状を渡せる可能性は皆無と言って良い。

 だが風聞というものがある。

 被害者面でこちらを悪者にされては困るので、証拠を残しておこうと考えたのだ。


(考えすぎか……)


 王侯貴族に宛てられた手紙は、宮内局の都市支部で送付元の記録と検閲が行われている。例外は王侯貴族家の家紋で封印された手紙と、受け取る貴族自身が指定した相手だけだ。

 俺がわざわざ手紙を保管しなくても、宮内局のバルフォア支部が客観的な記録という確かな証拠を残しておいてくれるわけだ。

 そして宮内局の各都市支部は王侯貴族の味方なので、相手が平民であれば不利になる内容は一切表へ出さない。


 ではなぜそんな手紙が俺の手元に届けられたのかというと、俺が手紙の受け取りを禁じていないからだ。


「囲ってみますか?」


 そんな悪魔の囁きをしたのは、俺の指南役であるライモンド・アクス氏である。


「いえ、止めておきます。婚約者ヴァネッサに悪いですからね」

「賢明です。最初に侮辱した時点で恋愛感情が欠片も無いのは明白ですから、求めているのは身分と財産だけでしょう。カジミール君は割り切った肉体関係を結べるタイプでは無いので、その女性と関われば泥沼へズルズルと引き込まれます」

「はぁ……」


 ちなみにライモンドさんは俺と真逆のタイプで、複数の女性を相手に着々とアクス一族を増やしている。

 それで成り立つのは彼がアクス家当主から何人でも囲える巨額の報酬を約されて、アクス侯爵家の派閥に加わるバルフォア子爵家に送り込まれたからだ。


「では泥沼を回避したところで、カジミール君の本道へ戻りましょう。現在バルフォア子爵家は、マルタン王国の都市民5万人を受け入れて過去最大のチャンスを迎えています」






 Ep10-32






 ベイル王国では、宝珠格1つに対して最大50名の宮内局職員が付く事になっている。

 そのうち1割は都市の役場で専属の仕事に従事するが、残る9割は爵位貴族家の使用人に近い形で働く。

 彼らの給金は国費から出されるので貴族の持ち出しは無く、護衛も別枠で軍から出る。

 よって第二宝珠都市を有するバルフォア家は、護衛を除いて90名の使用人が宛がわれる事になっているのだが、現在のバルフォア家の使用人は30名しか居ない。


 家令長1名、家令2名、従僕4名。 <計7名>

 侍女長1名、侍女10名、お針子2名。 <計13名>

 料理長1名、調理人3名。 <計4名>

 厩舎長1名、御者2名。 <計3名>

 庭師長1名、庭師2名。 <計3名>

(侍女10名=ハウス2、寝室2、キッチン2、パーラー2、洗濯2)

(王家派遣の家庭教師サレアと、アクス家派遣の指南役ライモンドは別枠扱い)


 なぜ人員が足りていないのか。

 それはバルフォア子爵領の民となったクーラン人が全員戸籍を持たない非正規民で、子爵家で働けるようなまともな学問を修めた人材が殆ど居なかったからだ。

 王国から教育者は沢山派遣されてきたし、ハーヴェ商会を始めとした中規模以上の商会も数多入り込んできているが、人が育つには時間が掛かる。

 育つまで待っているわけにも行かないため、バルフォア家は従僕2名と侍女4名を除けば全て王家とアクス家から送られてきた者達で埋めている。


 だが今回、マルタン王国の第一宝珠都市トラシエに住んでいた優秀な民が丸ごと手に入る機会が巡ってきた。

 バルフォア家としては、この機に王家やアクス家に頼らずに済む人材を確保したい。

 そこでドミニク・バルフォア子爵は、嫡男のカジミール次期子爵に採用を一任した。貴族教育を殆ど受けていない元家具職人には、使用人を定める役目は重すぎたのだ。

 丸投げされたカジミールも自信は無かったが、父が選ぶよりマシなので全権を預かった。そしてマルタン王国からの移動が開始された頃に、婚約者のヴァネッサ・フォスター子爵令嬢に一緒に選んで欲しいと持ちかけた。


 近年は王都ベレオン、4人の侯爵領、前線のエルヴェ、インサフに接するオトーギアの7都市が軍の飛行輸送艦で結ばれており、国内の準貴族以上の者や公務の上級役人なら乗艦出来る。また爵位貴族は、馬車1台と使用人付きで乗艦出来るようになった。

 なぜ貴重なはずの飛行輸送艦で空路を結び始めたのか。

 それは獣人帝国側にワイバーンが配備され、足の遅い第一世代型の飛行艦では前線の偵察行動が出来なくなったからだ。

 飛行輸送艦は完全に偵察任務を外れ、人員の移動や手紙・報告書の高速配送に役立っている。また強襲降陸艦の一部は解体されて竜骨や竜皮を回収され、旗艦オーディンのように大型・高性能化した第二世代型として生まれ変わることになった。


 それらの恩恵によって、ヴァネッサの住んでいる都市ミケーオスからカジミールの住む都市までは、準高速馬車を使えば6日+空路1日の僅か一週間で辿り着く事が出来るようになった。

 ヴァネッサは急速に変わりつつあるベイル王国の新時代を感じながら、婚約者の要請に応じて頃合いを見計らいバルフォア領へと赴いた。


「ですがわたくしは、未だフォスター姓です。いかに婚約しているとは言え、バルフォア家の使用人について口を差し挟むのは僭越ではございませんこと?」

「では今ここでわたしと結婚して、バルフォア姓になってしまいましょうか?」

「まあ、カジミール様ったら」


 二人とも成人を過ぎた16歳なので、その気になれば祝福を得た者を一人立ち会いに付けてアルテナに誓ってしまうだけで即座に結婚出来る。

 そして美女で知的なヴァネッサが得られるカジミールにも、カジミールの側から好かれて子爵夫人が約束されるヴァネッサにも結婚に否は無い。

 もちろん由緒正しい前宰相の孫娘を家に迎え入れられるバルフォア家にも、継承予定の無い次女を第二宝珠格を有する子爵夫人に引き上げられるフォスター家にも不満は無い。


 だが結婚後の生活準備をする必要があるので、今すぐ結婚してしまうわけには行かない。

 貴族同士であれば引き連れていく使用人のための家を用意するなど平民には無い調整も必要になるのでなおさら時間が掛かる。現時点で二人は婚約者のままである。


「ヴァネッサは次のバルフォア子爵夫人ですから、次期子爵であるわたしと一緒に我が家の使用人を選んで欲しいのです。父も将来を考えてその方が良いと申しておりました」

「当主であるお義父様がそう定められたのでしたら従いますけれど……」


 アクス家から派遣されてきた指南役のライモンド曰く、彼ら新使用人の忠義はバルフォア家に向けられなければならず、アクス家である自分が選ぶわけにはいかないとの事。

 そのために使用人を選ぶのはバルフォア家の者でなければならないらしい。


 アクス家は派閥に収まるバルフォア家に対して、過大な影響力を持つ気は無いようだった。バルフォア子爵領と大街道で繋がっているのがアクス侯爵領だけであるため、これ以上の影響力を持つ必要が無いという側面もあるだろうが。


「では技能職である5人の長に技能の試験をさせて、一定以上の力量を有する者をカジミール様とわたくしで選定する形を取りましょう。長く仕えて貰うのですから相性は必須ですし、侍女は若くて見目麗しい方がよろしいでしょう?」

「見目ですか」

「美しい者を揃えて優雅な立ち振る舞いをさせれば、領民に侮られませんわ。見た目が良い者は定期的に婚姻して入れ替わりますし、有力な者に嫁ぐことが多いのでその者との繋がりを得る事にもなります」

「な……なるほど」


 カジミールは上擦った声を上げると共に、貴族の屋敷に美人が多い事に相応の理由がある事を知った。


「では従僕の方は?」

「平均以上の能力を持ち、忠誠心の高い未婚の若者が良いですわ。都市へ来たばかりでは子爵家自体への忠誠心は期待できないでしょうけれど、マルタン人を受け入れたベイル王国に対する恩義が厚ければ充分ですわ」


 ベイル王国は、獣人帝国に神宝珠を奪われたマルタン王国から150万人もの民を受け入れている。

 ベイル王国の神宝珠は滅んだハザノス・ラクマイア両国や新インサフ王国建国の見返りに得た物ばかりであり、マルタン王国の損失とは無関係だ。

 従ってこれはマルタン王国の失態をベイル王国が請け負った形になるので、マルタン人は自分たちの家を失わせたマルタン王国を不満に思う一方で、新しく受け入れてくれたベイル王国には感謝する。

 バルフォア子爵家はベイル王国を構成する都市の一つを治めており、ベイル王国への感謝はそのままバルフォア家へも向けられる。

 現状はそれほど悪くない。


「なぜ未婚の若者を?」

「若者の方が、低い賃金や役職で満足するからですわ。それに束縛が無い方が、子爵家に費やせる時間や個人で使えるお金も多くなります。バルフォア家の高い給金で結婚出来る環境が得られればそれも恩に感じて貰えますし、色々と都合が良いですわ」

「いっそ、募集に年齢制限を掛けましょうか?」

「いいえ、限定まですることはありませんわ。中堅の者を少数雇って指導させるのも必要ですし、定年間際の者を数年間だけ雇って経験を継承させるのも悪くありません。それに職の無い老齢者を雇ったとなれば、バルフォア家の名声も上がりましょう」

「流石ヴァネッサですね」

「まあ、お恥ずかしいですわ」


 人材確保の観点から鑑みるに、カジミール最大の成果はヴァネッサを得た事自体であったらしい。

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