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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第三部 第十巻 独立戦争(12話+1) ~解放者の領域~
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第12話 苦難乃果

 落下するアミルカーレは、竜骨の槍を回収し易いよう落下予想地点へ投擲した。

 槍を投じた右手は素早く腰へと伸び、古代人の回復剤を取り出すと蓋を開けて一気に口元へ運ぶ。


「ゲロルト、俺の頭部を守れ」

「分かった」


 薬を飲み干したアミルカーレは、翼と化していた黒色小飛竜ワイバーンが頭部に纏わり付くのを確認すると今度は無効化スキルを最大限に活かすべく、胴から大地に衝突して接地面を広げ、受ける衝撃を一度のスキルで一気に減じた。

 荒野に強く弾かれた身体は即座に回転を始める。

 アミルカーレはそんな弾かれる力に逆らわず、転がりながら衝撃を逃がし続ける。

 身に付けていた古代アーシア人の回復剤が割れ、手足が折れるのも構わず、彼が次に行ったのは黒色小飛竜の身体の維持だった。

 自らのMPと紫輝石のマナをゲロルトに送り込み、消滅寸前のゲロルトの存在を辛うじて保つ。


 激しい衝撃に耐え続け、やがて回転が収まりきる前に身を起こしたアミルカーレは、共に転がったヴァルターの元に駆け付けて口をこじ開けると古代人の回復剤を無理矢理流し込んだ。

 噎せるヴァルターを押さえつけながら竜骨の槍とヴァルターのグレートソードの位置を確認。ヴァルターが飲んだと見なした次の瞬間には飛び出し、二つの武器を回収しながら残る回復剤を確認した。


「割れたか……早いな……」


 アミルカーレが残った回復剤を飲み干しながら見上げた天空では、双翼となって広がった飛行艦隊が、十字の神光を背にしながら地上へ続々と迫って来ていた。

 そして最も先行するペリュトンに乗っている黒髪の男は、既にアミルカーレの直上を幾度も旋回しながら友軍との合流を待っている。


 今この場でペリュトンの男まで届きそうなスキルは威圧くらいだが、アミルカーレのMPは紫輝石を介してゲロルトのワイバーンを回復するために全て注ぎ込み続ける。

 注ぎながらも武器を回収したアミルカーレは、ヴァルターの元へ急ぎ戻ながら指示を出した。


「ゲロルト、敵はお前のワイバーンすら落とせる。至急イルヴァに伝え、白姫と合流させてくれ。さもなくばイルヴァが単独で殺され、白姫までもが各個撃破される」

「分かった」


 そう囀った黒色小飛竜ワイバーンは、紫の光と共に身体をやや大きくしながら羽ばたきを始めた。

 今回の戦いでアミルカーレは、ベイル王国にいくつもの切り札を開示させた。

 飛行艦のワイバーンを越える船速、都市外での神宝珠の任意発動、オズバルドが殺したはずの祝福76を超える治癒師の存在。

 もしもこれらを初見で使われていれば、皇女ベリンダが殺されていた可能性がある。

 だがこれからのゲロルトは、そんな開示された全ての札に確実に対応できる策であたる事になる。


 アミルカーレは、ゲロルトやベリンダの行動を代行して身代わりとなったのだ。

 これは誰にでも務まるものでは無い。アミルカーレ程の実力者で無ければ、ベイル王国の手札をここまで引き出すことは出来なかっただろう。

 これは種の存続という生物的勝利が目的で動いているアミルカーレとゲロルトにとって、目的を果たすために必要な過程だった。


 アミルカーレの役目を見届けたゲロルトは、低空飛行でベイル王国の飛行艦を避けながら戦場を逃れ始めた。


「…………追わないか」


 アミルカーレが見上げる視線の先では、ペリュトンに乗った男が離脱したゲロルトを確認しながらも、何らリアクションを起こす事無くアミルカーレの頭上を旋回し続けている。

 相手は大隊長すら眼中に無い。他の全てを逃してでも、ここで確実にアミルカーレだけは仕留めようというのだろう。

 完全に彼の狩りの獲物として捕捉されており、どこにも逃げ出す隙が無い。

 やがて双翼の艦隊が次々と大地に強行着陸し、そこから殺気に満ちた騎士たちが武器を掲げながら続々と溢れ出してきた。

 アミルカーレはヴァルターを掴んで立たせると、グレートソードを手渡しながら命じた。


「ヴァルター、大祝福3のオリビアが魔法を使ってくるぞ。緑輝石を外すなよ」

「はっ!」

「敵を殺す時には頭部か心臓を破壊して可能な限り蘇生を不可能にしろ。敵には蘇生2を使える治癒師が居る」

「応。奴等を殺して、殺して、殺し尽くします!」






 Ep10-12






 オリビアの手から呪いの滴が生み落とされ、世界を染め始めた。

 その滴は7年の時を超え、明確なイメージと共に世界へ溢れ出す。


『全体鈍化』


 それは廃墟都市リエイツに囚われる無数の死者が、開けられる事の無い牢獄から伸ばした手だった。

 恐怖と絶望の果てに死者へと至り、その死体すらも嬲られる彼らの怨嗟が、オリビアのマナを得て視界を埋め尽くす数十万の腕として世界に具現した。

 立ち篭める煉獄に押された彼らは魂で呪詛を放ちながら、アミルカーレとヴァルターに向かって一斉に掴み掛かっていく。


「ぬおおおっ!?」


 ヴァルターが無数の手に四肢や髪を掴まれ、肩や腰を引きずられて呻り声を上げた。

 アミルカーレは白い手を叩き飛ばし、蹴飛ばし、振り払い、掴まれながらも構わず動き、それでも掴み続ける事を止めない手に段々と影響を受けて動きを鈍化させていく。


 単なる難民の腕であれば、大祝福3のアミルカーレやヴァルターに効くはずも無い。

 だがこれらは全て大祝福3のオリビアが自らのマナを以て創り出した呪いであり、彼らへ害を為すに充分な力が込められている。


『全体鈍化』


 二度目の呪歌は、二人が見渡す全ての大地に腕を生やした。

 腕は人の長さを超えて伸び続け、アミルカーレとヴァルターの全身へと掴み掛かってくる。


「嫌な呪いだ。この術師はろくでもない女だな」


 そう断じたアミルカーレは掴み掛かっていた腕を振り払ったが、その速度はかなり減じられていた。

 騎士達は突撃を始めており、もはや鈍化状態での戦闘は避けようが無い。


『ファイヤー』『ファイヤー』


 そんな騎士達の背後から鮮血の輝きを放つ光が二条飛び出し、アミルカーレの元に迫って巨大な火炎を吹き上げた。

 灼熱の風に巻き込まれたアミルカーレはヴァルターの前でしゃがみ込むとマントを翳し、顔を背けて天災が取り過ぎるのを待つ。

 火炎で騎士達の足が止まり、その傍らを降陸差で出遅れた大騎士達がすり抜けていく。

 一方、両軍団長が火炎に飲まれている間に着陸したハインツも全攻撃無効化2ダブルインバリデーションを掛け、メルネスら大騎士団長たちの接敵に合わせて駆け出した。


「ハインツを殺す」

「はっ」


 火炎を耐え切ったアミルカーレは、無用の長物と化したマントを投げ捨てると竜骨の槍を構え、迫ってくるハインツに向かって駆け出した。

 アミルカーレが動かなければ合っていたであろうとタイミングをずらし、先にハインツを各個撃破せんと図る。

 そしてヴァルターがアミルカーレと大騎士たちとの間に立ち塞がる動きを取った次の瞬間には、竜骨の槍がハインツの胸元に伸びていた。


「ふっ」


 アミルカーレが手にしているのは、最上位の竜骨で作った槍だ。この槍と何合も打ち合えば、相手が何であろうと必ず打ち砕ける。


『暗殺』

「何っ!?」


 ハインツはその強烈な突きを右手のフォセで受け止め、そのまま刃を滑らせるように流しながら躱した。

 それは昨年ベイル王国が倒したオズバルド軍団長が使っていた武器だった。

 天山洞窟内で発掘された古代人の武器にして、第一軍団長だったオズバルドが持つに相応しいほどの鋭さと頑丈さを併せ持った2本のフォセは、アミルカーレが最上位の竜骨を以て行う武器破壊を凌ぎ切った。


 そしてハインツはアミルカーレの槍を躱すと同時に、左手のフォセで斬撃を放つ。


『暗殺』

「くっ」


 突いた動作から即座に引き戻された竜槍の柄が、左手のフォセを弾き返す。

 天に向かって立てられた竜槍はそのまま頭上から振り下ろされ、オリビアの呪いで勢いが減じられた事に因る力不足で、ハインツの右のフォセで難なく弾かれた。

 竜槍は水平に半回転し、石突きでハインツの胴を襲う。

 ハインツは半歩退いてそれを躱しながら、アミルカーレの手を刻もうと左手のフォセを叩き落とした。


『暗殺』


 大気と大気の隙間を縫ったかのように鋭く打ち込まれたフォセの先端が、完全には躱し損ねたアミルカーレの手の甲を浅く切り裂いた。

 舌打ちと共に飛び退きながら槍を薙いでハインツを退かせたアミルカーレは、事前情報で祝福60台と聞いていたハインツが祝福76以上だと理解した。


 暗殺スキルは派手な発動などしない故に、戦いの中で鋭い一撃が放たれたとしても単に相手の実力が高いだけの場合もあり得るので見分けが困難だ。

 打ち合った際に力を流されて正確に測れず、魔導師の白い手が引き摺って邪魔をしたが、それでもアミルカーレは体感で確信した。


「女も女なら、男の方も大概だな」


 ハインツはアミルカーレの言葉を聞き流しながら距離を詰めてくる。

 アミルカーレは全身の動作に意識を集中し、力を込めて一気に加速した。

 竜槍がその長さを活かしてハインツの左下から掬い上げるように伸び、それをハインツの左手のフォセが迎え撃って弾く。


『暗殺』『暗殺』


 左手のフォセで竜槍を弾くと同時に前に出たハインツは、アミルカーレの喉元に貫くように右手のフォセで真っ直ぐに突きを放った。


 アミルカーレは竜槍を引き戻しながら、身体を右へずらして喉元へ向かって来たフォセを避けようと図る。


『暗殺』『暗殺』


 右手のフォセが避けようとしたアミルカーレの首を横合いから刎ねようと角度を変えて振るわれ、左手のフォセは竜槍の追撃を行う。


 アミルカーレは呼吸を止め、上半身をさらに反らして右手のフォセを避けた。

 引いた槍は感覚のままに動かして左手のフォセを受け止め、そのまま返す槍をハインツの顔面伸ばして突き立てる。

 槍の尖端がハインツの左頬で薄い光を輝かせる。ハインツの身体から、無効化スキルの一枚が剥がれ落ちた。

 ハインツは左頬で発動したスキルでアミルカーレの槍を受け止めながら滑らせ、左右のフォセで槍を掴むアミルカーレの手を叩き斬った。


『暗殺』『暗殺』

「があああっ!」


 アミルカーレは右手のフォセで左腕を裂かれ、左手のフォセで右手の人差し指と中指を断たれた。

 アミルカーレはフォセが引かれるのに合わせて前に出て、右足で思いっきりハインツの腹を蹴り飛ばす。

 ハインツの腹部に2枚目の光の膜が輝いて消え、両者は共に牽制しながら後退した。


(馬鹿な……)


 アミルカーレは、ハインツの祝福数に疑惑を持った。

 ハインツの戦闘加速度は大祝福3で無ければ到達し得ない次元にある。

 そしてスキルの連発もおかしい。暗殺は祝福76の探索者がMP20%を消費して発動させるスキルであるにも拘わらず、ハインツは既に9連発している。

 MP量増大の輝石を装備しているならば理論上は可能だが、前衛職ならば攻撃や速度の輝石を装備して1撃ごとの威力を底上げした方が良いと考えるはずだ。

 極めつけは技量だ。昨年奪ったばかりのフォセの2刀流で、しかもアミルカーレを相手に味方の到着まで凌ぎ切る様な男が、大祝福2に甘んじているはずが無い。


 だがアミルカーレの思考はそこまでで強制中断された。

 大騎士団長と騎士たちの一部が、ヴァルターを避けながら二人の戦場に飛び込んできたのだ。

 スキルに乗せた武器の刃が次々とアミルカーレに迫ってくる。


『二連撃』『強撃』『剛断』

「遅いっ」


 アミルカーレは金髪の大騎士が放った剣を払って逆に石突きで打ち据え、そのまま隣の紫髪の娘の身体を弾き、槍の矛先で反対側の黒髪の大騎士の剣を防ぎ、そこからさらに槍を振り回して柄の部分で潜り込んできた紫髪の男のナイトソードを受け止めた。

 紫髪の男が身を引いてアミルカーレの追撃を躱すと、黒い肌の男と赤髪の女がそれに入れ替わるように左右から迫ってくる。


「ちっ」


 背後のハインツが再びアミルカーレに迫ってくる。

 アミルカーレは最も厄介なハインツを避けるように赤髪の女目掛けて飛び込み、槍で咽を貫きながら交差するように身体を入れ替え、そのままハインツ目掛けて力強く蹴り飛ばした。

 ハインツがそれを避けると、咽を貫かれた女が荒れ地を無抵抗に転がっていく。


「バハモンテ様っ!」

「治癒師、早くスキルを」

『暗殺』


 蹴り飛ばされたバハモンテを避けながらアミルカーレを追いかけたハインツは、そのままフォセを振るって攻撃を続けた。アミルカーレはハインツの追撃を竜槍で受け止めながら騎士の中へ飛び込んでいく。

 僅かに間合いが生まれた瞬間、ハインツが息継ぎをするかのように新たな指示を出す。


「リーゼ、バハモンテを蘇生しろ。フェルトンとネッツェルは、ディボー・インサフと連携してヴァルターを攻めろ。ベックマン、下がってアンジェを守れ。相手を上位竜と思って長期戦を覚悟しろ」


 ハインツはアミルカーレに抗しきれないと判断した大騎士団長を下げ、それに代わってブルックス、ケルナー、ディアナと言ったベイル王国で超一流の腕を持つ大騎士団長達を前面に押し上げた。


 一方、アミルカーレが飛び込んだ騎士の群れから次々と剣が伸びていくが、大祝福1程度の攻撃で大祝福3の銀であるアミルカーレを殺す事など出来ない。彼は騎士達を大騎士達の追撃の盾とし、槍を振るいながら殺戮を続ける。

 だが騎士達も無効化スキルでアミルカーレの初撃を防ぎ、浅くとも剣を振るってアミルカーレに傷を付け、殺され様にも掴みかかってよく動きを阻害した。


『暗殺』

「何っ!?」


 いつの間にか騎士達の中に紛れ込んでいた小柄な娘が、周囲とは不釣り合いな速度と攻撃力でアミルカーレの脇腹にエストックを突き立てた。

 アミルカーレは槍の柄で小娘を打ち払うが、無効化スキルで弾かれる。


『暗殺』

「ぐうっ」


 脇腹に突き立てられていたエストックが、さらに身体の中へ押し込まれる。

 アミルカーレは竜槍を回転させて石突きで打ち据えたが、2枚目の無効化スキルが娘の身体を守った。娘は素早くエストックを引き抜くとアミルカーレの第三撃から逃れる。


物理無効化ステージ2(ダブルライフアイギス)


 戦場には不釣り合いな薄紫の法衣を纏った女が白光を生み出し、アミルカーレから逃れた小娘の身体を二重の膜で覆った。

 光で身体を包まれた娘がエストックを構え直し、再びアミルカーレへ向かって飛びかかる。

 それと同時に黒髪と紫髪の男が深く踏み込ん来て、2本のフォセとナイトソードを三方向から一斉に振るった。


『暗殺』『二連撃』『暗殺』『暗殺』

「ウオオオオオッ!」


 アミルカーレは空へ大きく跳ね上がりながら全ての攻撃を竜槍でまとめて払い、身体を反転させて騎士達の中に着地し、さらに数を増す大騎士たちと打ち合い続ける。


「治癒師は大騎士団長の無効化スキルが破られ次第、他と重複しても良いから無効化スキルを掛け直せ。魔導師はアミルカーレの動きを阻害。騎士は軍団長の手の指、足、目、耳などへ着実なダメージを与えろ」


 ハインツの号令が飛び、アミルカーレが一歩進むごとに殺気に満ちた剣が四方から伸びてくる。

 ヴァルターは善戦して大騎士団長を2人ほど殺しているようだが、その分だけダメージも受けている。

 そして沢山の治癒師たちが大祝福2たちに無効化スキルを何度でも掛け直していく。


「アンジェ、スキルは物理無効化ステージ2(ダブルライフアイギス)を俺、メルネス、ミリーへ集中。そのままリーゼと合流して二人の護衛を統合しろ。ディアナ嬢、ヴァルター側の決定打が不足している。そちらへ回れ」


 さらに指示が飛び、微妙な形勢だったヴァルター側の旗色が悪くなる。

 おそらく7人の大隊長たちも苦戦しているだろう。

 無傷ならともかく、ヒッポグリフから落下して全員無効化スキルが剥がされ、それなりのダメージを受けている。

 あちらからの増援など期待できないし、合流したところで大騎士団長が多数群れているこの場では直ぐに飲み込まれる。


『暗殺』


 アミルカーレの連続攻撃が大騎士団長を捉えようとも、周囲からは次々と必殺の剣が伸びて殺す期を逃され、その間に無効化スキルが掛け直されていく。


 アミルカーレは、ハインツへの評価をさらに修正した。

 ハインツは、祝福数が低い味方のサポートが異常に上手い。

 各職業の冒険者に何が出来るかを全て把握し、個々の特性を捉えて最大限の動きが出来るように計らい、足りない部分は周囲を動かして補っていく。

 戦場の動きの全てを同時並行で見ながら、それに合わせて味方や環境を最適化していく。


(……厄介な男だ)


 ゲロルトが情報を得た事でアミルカーレは己の役割を終えたと判断していたが、一つ重要な情報を伝え損なったようだ。

 それは戦士として高みを目指す竜人の強さとは別種の、連携して弱点を補う人間の強さだった。

 もしもハインツがオリビアを含めた何人かの大祝福3を陣営に加えたならば、皇帝イェルハイドすら倒せるかも知れない。


(……もしも獣人が「竜人の個々の強さ」と「人間の集団の連携」を得られたら、砂の城は崩されないようになるだろうか?)


 アミルカーレが戦いの果てに見た走馬燈には、長年探し求めていた答えが映っていた。

 人間達は獣人よりも弱く在りながら、強者から民を守る事を目の前で実現しつつある。

 今のアミルカーレの感情を表すならば人間達への憧れ、羨望、渇望などだろうか。


 竜人を永く防いできたゲロルトが介入する以上、獣人帝国が滅ぶと言う事は無い。アミルカーレはそこで役目を終えている。

 だがどうせなら、今ようやく見つけたものを獣人帝国に届けたかった。

 アミルカーレはそれを伝えられないままにこの戦場で死ぬ。


 騎士達を薙ぎ払いながら、アミルカーレの身体も次第にダメージを蓄積させていった。

 ヴァルターの雄叫びが響き渡り、周囲では大隊長達と騎士達との戦闘音が轟いてくる。

 そんな戦場の下で、アミルカーレはふと空を見た。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 あちらの空の下では、こちらよりも遙かに激しい戦いが各地で繰り広げられていた。

 アミルカーレの記憶に残る竜人たちは強い以上に迷いや感情の揺らぎが無く、まるで巨大な爬虫類に獲物として直視されているかのように生存本能に警鐘を鳴らし立てるような恐ろしい相手だった。

 竜人を前にして恥など存在せず、生存本能の赴くまま臆病に逃げ、周囲の者達を生き延びさせて最終的には自分が逃げる最後の盾とした。


 平和の真の価値は、それが届かなくなってからでなければ実感出来ない。

 戦時とは何時いかなる時でも敵に殺される状態である。

 すなわち戦時とは、生物として最悪の状態だ。

 そしてアミルカーレら獣人達は戦いから逃れ、命と引き替えに空を失った。


 だが今のアミルカーレは、失ったはずの空の下に居る。

 現在の獣人帝国は果てしなく続く空と大海、東の地よりも豊かな大地まで手にしており、資源と飢える事の無い食料に恵まれ、アンデッド化しない宝珠に護られている。

 そして獣人帝国には、望めば戦争を終わらせて平和を享受する事が叶うだけの相対的な力が在る。

 誰も戦争で殺されない世界が、手を伸ばせば届く範囲にあるのだ。

 アミルカーレが長年夢見てきた世界は、もう目前にあった。


(これは……間違えた……な)


 獣人帝国は、人類に決して負けはしない。

 だがアミルカーレは、目的地へ辿り着くための道を遠回りしている事に気付いた。



 紫髪の男と打ち合うアミルカーレ目掛けて、背後から2本のフォセを構えた黒髪の男が飛び掛かって来た。

 その全身には白い光の膜を2枚覆っており、アミルカーレの竜槍で捌き切れそうにも無い。

 正面には紫髪の男。横手には小柄な娘、反対側には複数の大騎士団長。

 満身創痍の上に魔術にまで引き摺られる身体は、もはや動いてくれない。

 黒髪の男が、十数度目となるスキルを発動させる。


『暗殺』『暗殺』

(我らの苦難の果てには、どうか子孫らに幸多からんことを……)


 竜槍が光の膜に弾かれ、2本のフォセが左右から銀鼠の獣人を深々と斬り裂いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 空を見たところからの銀鼠が討ち取られる最後の場面は泣ける、というか泣いた。
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