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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第二巻 北風と二つの太陽(11話+エピローグ) ベイル王国編
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第04話 国を滅ぼす北風★

 日差しをいっぱいに浴びる、とても温かな場所だった。

 俺達は時間に縛られる事が無くて、二人で色んな事を語り続けた。

 王都ベレオンの丘の一角に設けられた慰霊碑。そのひと際大きな白と黒の石碑。


(ちゃんと厚遇されたじゃないか)


 戦地から遺体を運んでもらい、国を挙げた盛大な葬儀も取り行われた。

 ここは良い場所だ。たまに来る奴らが、消える前にその後のベイル王国について色々と教えてくれる。

 やがて、妖精女王によって滅ぼされた各国合わせて10都市のうち1つ、ベイル王国領に新しい宝珠都市が出来たと聞いた。

 新しい宝珠都市の名前は『アクス』。クリストの家名だ。


(嘘だろう?だってそいつは、俺の隣にいるじゃないか)


 新しい宝珠都市には礎となった主神を讃え、その名を冠するのが慣わしである。

 あの時は母親の腹に居た子か、あるいはその子孫か。

 そいつがアルテナの祝福を受けて冒険者になり、レベルを上げ、カルマを蓄え、宝珠竜を倒し、転生の条件を全て満たして、ついに転生したのだ。

 しかも、すでにあるアルテナの神宝珠に輝きを上乗せする従神では無く、新たに神宝珠を創り出せる程の主神にまで登り詰め。

 そして親の、あるいは先祖の軌跡を追ったのだ。


(……クリスト、良かったな)

(……ああ)


 妖精女王と相討ちになった時には困った顔をしていたクリストが、今度は力強く頷いた。生まれる前に父親を亡くしたが、クリストの子孫の血は今も絶えず続いているのだろう。


(ああ、クリストの未練は無くなった)


 あとは俺が満足すれば、俺達はおそらく神に転生する。俺達は一体どのくらいになるのだろうか?

 だが、それはもう少しだけ先だろう。

 俺はこの国の行く末が知りたい。結婚できなかった王女の、おそらくはその子孫が暮らすであろうこの国の。

 俺達の故郷はもう無い。

 あの美しかったジデンハーツは、宝珠の力を使い果たしてついに滅びた。

 あんなに美しくて住み易かった土地だ。都市の人口が多すぎたのだろうか?あるいは従神が気まぐれに、ジデンハーツではなく他の都市の宝珠核にでも魂を委ねてみたのだろうか。

 やがて、コフランとハグベリの間に、大きな橋がかかったと聞いた。さらに少し経って、フロイデンにも橋がかかったと聞いた。


(あんな所にどうやって橋をかけたんだ?)


 そいつらの方がよっぽど冒険者で英雄じゃないか。死んだらここへ招いてやれよ。

 船大工の親父が生きていたら、何と言っただろうか。時の流れを感じた。

 俺達が居なくても、この国は上手くまわっていくのだと感じた。

 もうそろそろ良いだろう。そう思った。そう思って消えようとした。だが、変な奴らが来た。


(……おいおい……多すぎるだろ?)

(……ああ、多すぎる)


 悲痛に顔をゆがませた奴ら。魂がボロボロで、かなり遠い場所から瘴気を当てられて運ばれて来たのだと見抜く。まともに話せる状態じゃない。ゴーストになりかけ、都市の加護で安らぎ消えて行った。


 一体どこで何があった?

 誰か、強い意志を持った奴はいないのか。

 都市外の瘴気を長く浴び、それでも瘴気に耐えられるくらい強い魂の奴は。

 流していた時を遅め、意識を高めて彼らを観察し、俺とクリストは暫く待った。そしてようやく来た。二度の大祝福を受けた強固な魂。

 そいつはメルネスと名乗った。紫の髪の変な奴。メルネス大騎士団長。


(……やあ、こんにちは。遥か昔の人妖戦争の大英雄さんたち。まさか会えるなんてね)

(……なんだ、俺達の名がまだ残っていたのか。クリスト、俺達は存外に有名人らしい)

(……そうらしいな。俺の子孫が宝珠都市を生み出したから、由来が伝説になったかな?)

(……親馬鹿め)

(……クックッ。それよりイヴァン、お前には聞きたい事があるのだろう?)

(……そうだったな。よう後輩、最近の様子はどうだ?)


 




 Ep02-04





 

 アルベルティは地面に転がり、とても悪い夢を見ていた。

 それは指揮下の7個騎士団が、残らず壊滅する夢だ。

 4つはリーランド帝国の1個騎士連隊に所属していて、残る3つは属国のクーラン王国、ブルーナ王国、デスデリー王国から1つずつ派遣された騎士団だ。交代要員は別にいて、この数はアルベルティ騎士連隊長が常設でいつでも自由に動かせる。

 将軍である彼の揮下にはこれら7個騎士団があり、合わせて651名もの祝福を受けた騎士たちが配属されている。これは獣人帝国の1軍団に属する祝福者600名より多い。

 任務は、敵の1個軍団からリーランドの南東方面を守る事だ。

 もちろん獣人との正面からの総力戦になれば、祝福の質の差で敗北するだろう。

 だが、前線に配備された弩や投石機でアルテナの祝福を受けない兵士も支援するし、金も家も無い難民たちが、家族のために身体を張って死兵にもなる。敵にも獣人兵が数多いるが、敵はこれまで総力戦を避けてきた。

 だから、今は悪い夢を見ているのだ。

 全身がしびれて、うまく力が入らない。破壊された弩が、投石機が、撒き散らされた数多の死体が、霞む眼差しに映る。

 定期的に音が聞こえる。


 ドーン、ドーン。


 先ほどから定期的に聞こえるこれは、子守唄だ。重傷を負って動けないアルベルティの瞼がだんだんと重くなる。


 ドーン、ドーン。


 彼は、ふと同僚が気になった。

 北東方面を預かり、アルベルティと同規模の戦力を持つシーグル騎士連隊長。

 彼はリーランド帝国の4個騎士団と、北にある属国のカザーレ王国、ガゼット王国、ヤイア王国から出された騎士団を束ねて、やはりあちらにいる別の1個軍団から国を守っているはずだ。


 (今頃、敵の消えた都市に偵察でも出しているのか?当然出すだろう。俺だって出すさ)


 リーランド帝国は、これまであまりにも守り過ぎたのかもしれない。アルベルティはそう省みた。受け身になり過ぎ、相手に主導権を完全に委ねてしまっていた。

 だが、それでもこれは無いだろうとアルベルティは思う。

 獣人帝国の1軍団は600名の祝福を受けた獣人戦士と、3400の祝福を受けていない一般獣人兵士で構成される。彼らは種族も装備も多様過ぎて、人間には獣人戦士と獣人兵士の見分けがつかない。

 むろん、接敵すれば強さですぐに分かる。


 (酷いだろう。1個軍団に見せかけて、獣人戦士1800と兵士2200で騙すなんて。よりにもよってこの俺が受け持っている時に、初めてそんな戦術を使うとは。俺は、お前らに新戦術を取られるほど強くねぇだろ?)


 アルベルティは、半目で力なく思った。

 想定の3倍の戦力を持った敵軍が、3個軍団の圧縮された軍勢の攻撃力が、アルベルティと7個騎士団を叩き潰した。

 敵が突然このやり方を採った理由が、アルベルティにはまるでわからなかった。

 シーグル騎士連隊長の担当する北東は、がら空きになっているはずである。なぜこんなことになったか分からないままに、アルベルティの騎士連隊は全滅した。

 3倍の戦力は無理だ。不可能だ。

 同程度の者同士が1対1で戦うなら工夫が生まれる。だが1対3で何をしろというのだ。しかも相手の方が足も早い。引きずり倒されて、あとは一方的に殴られて終わりだ。平地で3倍差の戦力と言うのは、勝てないと同義だ。


 ドーン、ドーン。


 兵士たちが、第一宝珠都市の小さな防壁に投げつけられている。先刻来、どんどん壁に投げつけられている。

 都市の防壁なんて、とっくに乗り越えられている。ここはただの第一宝珠都市。ベイル王国にあるエルヴェのような要塞都市でも無い。

 だから、あれは獣人達の単なる暇潰しだ。彼らの部隊は待機を命じられ、力を持て余しているのだ。


 ドーン、ドーン。


 それはまるで、カエルを捕まえて地面に投げつける子供の残酷な遊びのようだった。

 カエルはリーランド兵。投げつけている子供が金狼のガスパール率いる第四軍団の獣人戦士たち。

 それでもここは戦場だからまだマシだ。誰もが多かれ少なかれ、戦死の覚悟はしている。

 だが防壁を乗り越えられた都市には5万人の無力な人たちがいて、先ほど皆殺しのグレゴール率いる第七軍団が突入していった。そこで何が起こるのか、軍団長の二つ名である皆殺しだけで想像に難くない。

 あともう一軍団、本来北東を攻めている首狩りのイルヴァには、随伴の兵士が居ない。アルテナの祝福を受けた戦士だけを連れて来たのだろう。そしてこれから、北東へ帰るのだ。


 (ああ……そうか……簡単な事じゃないか……)


 金狼のガスパール。

 本来は南のベイル王国を攻めている化け物が、なぜかこのリーランド東南の地に居た。

 そしてこの都市キイーオンは、ベイル王国の最北の都市アンケロと大街道で繋がっている。

 ガスパールは、リーランド帝国の都市キイーオンからベイル王国へと南下するのだろう。だからここは彼らにとっての通過点に過ぎない。そうアルベルティは判断した。


(俺の騎士団は、道行くついでに踏みつぶされたのか?ははっ、はははっは……)


 内心で苦笑いを始めたアルベルティを、太くて大きな腕が掴んだ。


「部下たちに親しまれる軍団長補佐として、まあ参加しておくか」

 (俺は祝福50を超えた将軍なんだがなぁ)


 紅眼のひと際大きなライオンにズボンを力強く掴まれ、アルベルティの体はいきなり浮き上がった。

 そして、凄まじい勢いで投げつけられた。壁に激突して潰れるまでの僅かな間に、アルベルティは茫然と死を受け入れた。


 ズガガガアアアアーーンッ。と、凄まじい激突音が防壁から鳴り響き、そこから白煙が派手に舞った。

 何事かと驚いた獣人達が思わず振り返り、誰が投げたかのかを理解して喝采を上げた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「グレゴール軍団長、イルヴァ軍団長、手間を掛けたな」

「別に。オレは得だけをした。このままエズライを襲う。ここは好きにしてくれ」

「わたしは恩が返せて嬉しかったですね。ようやく軍団長同士という気がしてきました」


 金狼のガスパールは、二人のその言葉に満足して頷いた。


「オレはアレと後続を待ってから南下する。負傷者と兵士はここで入れ替える」

「分かった」

「ガスパール軍団長、ご武運を!」

「おう!」


 ガスパールは協力してくれた二人の軍団長への挨拶を済ませ、揮下の陣に戻っていった。

 ガスパールが指揮する大隊長は定数より1人少ない3人だ。バーンハードの代わりの大隊長は、ついに補充されなかった。


 (大隊長1人の差が、かなり大きいのだがな)


 その件に付いてガスパールは、他の軍団の人員補充もそんなものだろうと思い諦めた。

 インサフまで戻って大隊長を補充して欲しいと直接言えば、その主張はあっさり通るだろう。

 だが、大隊長になれる程に有意な人材なら、かき集めるより後方で鍛えさせ、軍団長候補に育てる方が将来の獣人帝国の為になる。

 開戦から22年も戦っているのだ。不足する人材の育成は、必然では無い侵攻より優先されるべきである。


 今回の作戦は、ガスパール揮下の軍団によるベイル王国の王都直撃だ。

 リーランド帝国から南下し、5つ目の都市が王都ベレオンである。ただし、挟撃されないために先に潰しておきたい都市が東西に3つ。



 ★地図(侵攻路)

挿絵(By みてみん)



「ダグラス補佐、イリーナ大隊長」

「はっ」「はい」

「全軍でベイル王国最北の都市アンケロを潰した後、お前たちは東進して都市アロネンを襲え。戦力になりそうな者どもを逃がさず殺し、無力な者は動けなくしろ。都市を焼き、死体は井戸に放り込み、毒を撒いて水源を潰せ。増援に手間を取らせ、そいつらの足を止めろ」

「承知っ!」「了解~」

「パトリシア大隊長」

「はいっ!」

「お前はアンケロ陥落後、俺直属の2個大隊と共に西の都市カマライネン、さらに西南の都市ヒルヴェラへと進む。やり方は同じだ」

「わかりましたっ!」

「その後は東西から合流し、輸送隊を加えて南下する。そして運ばせたアレを使って中央の都市アリアーガを全軍で落とす。ここからは全戦力を集結させたまま王都まで進む」

「アレは立派なものですな!」

「確かにアレは大きかったわぁ」

「……凄かったです」


 金狼のガスパールは、入念な下準備をした上で命令を下した。

 ベイル王国は、祝福を受けた騎士を22年間の戦いで減らし続けた。さらにそれらを、エルヴェ要塞や南のディボー側のフォルシウスへ向けている。

 北の守りは皆無に近い。なぜならこの地は、数時間前まではリーランド帝国領だったのだ。


「収穫は秋だな」


 手間をかけた果樹園の大きな実が、ガスパールの目前に熟していた。果実は熟れ過ぎる前に収穫すべきである。

 戦いには期と言うものがある。このタイミングを逃してはならない。

 国を滅ぼす強大な北風が、ベイル王国を今飲み込もうとしていた。

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