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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第十巻 独立戦争(12話+1) ~解放者の領域~

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第10話 皆殺蒐集

 マルタン王国の神族テオフィルは、女運が無い。

 かつて冒険者として活動していた際に組んでいたパーティの中に、ベアトリーチェという娘が居た。

 彼女は貴族の娘で高いプライドや自尊心を持ち合わせていたが、マルタン王国の王族であったテオフィル・マルタンに対しては従順だった。

 テオフィルは彼女を含めた選ばれし者らと共に、大国の王族として舗装された最短の冒険者街道を歩み、転生竜撃破や魔獣撃退など沢山の武勲を立て、若くしながら冒険者としての名声を欲しいままにしていた。


 そんなテオフィルが国へ呼び戻されたのは、大祝福3が見えていた祝福86の時である。

 一都市の小さな小競り合いが、マルタン王国とインサフ帝国の全面戦争に発展しようとしていた。

 そんなマルタン王国にとって、テオフィル・マルタンは大きな交渉材料であった。

 開戦間近となったマルタン王国はインサフ帝国との交渉の席にテオフィルを出して、無言の圧力を掛けた。


『我らは大祝福3を得る事が叶うぞ?』


 インサフ帝国は巨大だが、マルタン王国とてかなりの力を有している。

 テオフィルが大祝福3に上がるまで持ち堪える事が出来れば、以降はテオフィルが出た全ての戦場でマルタン王国軍がインサフ帝国軍を圧倒するだろう。

 上位竜にも等しい力を持つ大祝福3など、一体誰がどうやって止められるというのか。

 しかもテオフィルはマルタン王族で、インサフ帝国が何を用意しても籠絡は不可能だ。

 マルタン王国は戦争で奪った宝珠都市を統治していくのに充分な行政能力も有しており、奪われた都市はそのままマルタン王国に吸収されていく。

 停戦が叶わねば、50年後にはインサフ帝国の国土は半減しているかも知れない。


 領地争いは戦争に発展せず、数度の交渉で収束した。

 インサフ帝国は一つの条件と引き替えに大きな譲歩を示し、マルタン王国もその条件を受け入れた。

 条件とは『テオフィルの第一夫人にインサフ帝国の皇女を据える』と言うものである。

 マルタン王族とインサフ皇族の結婚によって世界は平和となる。

 たった一人を除いて誰もが喜んだ。


 ベアトリーチェ。

 それまでテオフィルに従順に付き従っていた彼女だけは納得しなかった。これまで尽くしてきた事を必死に訴えた。今までの時間を返して欲しいと罵った。


 女性の婚期は短い。

 彼女はそれを逸しており、テオフィルもそれを分かっていた。

 二人は結婚の約束をしていなかったが、テオフィルはこのような事が無ければベアトリーチェを娶るつもりで居た。そしてベアトリーチェもそれが分かっていたからこそ、従順に付き従ってきたのだろう。


 テオフィルはインサフ帝国皇女と結婚する条件の引き替えに、マルタン王家の宝物庫から出させた転姿停滞の指輪をベアトリーチェに譲り渡し、彼女の言う時間を返した。

 だが彼女は納得せずに姿を消し、やがて竜を襲ってマルタン王国やインサフ帝国の各都市に引き込むという暴挙に走り始めたのだ。

 テオフィルは彼女を見つけ出して殺す事で暴挙を止め、膨大なカルマを得た。

 以後のテオフィルは冒険者活動を行わなかったが、死後に神族へと転生した彼は王家に請われてそれからも王城に住まい、自国の平和と安寧にほんの少しの助力を続けている。


 今日はそんな彼の元に、一羽の鷹が訪れた。


「このタイミングで 女から 急報か」


 北部連合軍が32個騎士団と3万2千の大軍勢を以て、意気揚々と獣人帝国へ侵攻して行った件はテオフィルも当然耳にしている。

 タイミング的に、持ち込まれた急報には嫌な予感しかしない。


『予想を上回られた感じかしら。セレスとエリザも自分より上の治癒師がいたことを驚いていたけれど、あたしもあたしより上の召喚術師が居たことに驚いたわ。現代の冒険者って凄いわよね』

「用件を 言え」






 Ep10-10






 王都ルセタニアで日中半開きになっている都市防壁門は、突如出現した獣人たちを相手に閉ざされる間もなく突破された。

 王都に繋がる大街道の先は全てマルタン王国領であり、突然それらを飛ばして獣人たちが襲撃してくるなど彼らには想像も出来ない異常事態だった。


 イジャルガは駆け抜けながら両手の曲刀を振るい、風切り音を立てながら次々と防衛の兵士を切り裂いていった。

 都市門に真っ赤な血飛沫が舞い、悲鳴と水馬の疾走が彼にとって心地良い協奏を奏でる。


「多すぎましたかね」

「何がだ?」

「率いてきた大隊長ですよ」


 現在の1個軍団には、アミルカーレの指示によって7名の大祝福2が配属されている。

 イジャルガとグレゴールは両軍団を指揮させるためにそれぞれ大隊長2名を残し、残る5名ずつを引き連れてマルタン王国に攻め入った。

 軍団長2名と大隊長10名。

 大隊長のうち2名は祝福80台の補佐であり、大隊長の中でも飛び抜けている。


 2人乗りをしてきたワイバーンとヒッポグリフの護衛として大隊長を2名残してきたが、それでも手元には大隊長が4名ずつ残っている。

 そんなかつての2個軍団と同等の主戦力を以て攻め込む先は、既に壊滅した北部連合の都市だ。しかも空からの急襲で相手の防備が全くと言って良いほど固められておらず、戦力が無いどころか敵に対する構えすら取られていない。

 イジャルガは己が駆け抜ける先に生える雑草を踏みつぶしながら、この場に動員した人数が多すぎたのではないかと反省を始めた。


「構わん。神宝珠を奪った後には王城へでも攻めれば良い。各地の部隊も残らず殲滅させていく」

「それは良いですね。いっそ分散進撃して幅広く神宝珠を集めましょうか。北部連合の遠征部隊は壊滅させたことですし」

「駄目だ。転移が出来るオリビアを忘れるな」

「そういえばオリビアは、偶然ジュデオン王国に居合わせた事がありましたね。アロイージオ軍団長やラビ軍団長もそれで死んでいましたか。では分散は止めておきましょう」


 分散進撃案を引っ込めたイジャルガは、不意に急停止した。

 一瞬怪訝な表情を浮かべたグレゴールも次の瞬間には足を止め、目前で背筋を伸ばしながら仄かに光る長身の老人の全身に焦点を合わせた。

 白髪から金髪へと変わりつつある老人は、背からうっすらと白い翼を広げ、全身からは金光を放ち、右手で大通りを塞ぐように片刃の直刀(スクラマサクス)を伸ばし、己の意を示した。


「ご老人、ここを通りたければ俺を倒して行けとでも仰りますか?」

「そうよ テオフィルは 頑固なの」


 老人を小馬鹿にしたイジャルガの横合いから、銀髪の女が現れた。

 彼女はワンピースの上から膝丈までの長いカーディガンを羽織り、左手で抜き身のロングソードを構えながら老人に向かって問い掛けた。


「ねぇ 手を 貸そうか?」


 老人は女を苦々しく一瞥し、やがて強気に命じた。


「瘴気を 償って 使い果たせ」

「償う事なんて 無いけれど 良いわよ」


 そう言った女の全身から、黒銀の光があふれ出した。

 王都ルセタニアに満ちている第六神宝珠の強大な加護の光が、銀髪の女が周囲に放ち始めた黒銀の光に触れるたびに打ち消されはじめる。

 第一神宝珠の力は大祝福未満の力を削り、第二神宝珠は祝福30台までの力を削る。

 そして王都ルセタニアの第六神宝珠ならば、祝福80未満までの力を削る事が出来る。

 だが女の瘴気は削られない。そんな銀髪の女が得ている力は、祝福80以上となる。


 イジャルガの表情は急速に冷たくなっていった。

 嗤いと驕りが一気に失せ、戦場の把握に勉めようと視界と思考が全方向へ飛ばされる。


「藪から蛇が出ましたか。前言を撤回します。神宝珠の回収は、総力を以て行いましょう」

「俺は敵を殺すときに手を抜いた事など一度も無い」


 獣人の時間稼ぎを許さず、グレゴール言葉に被せるように銀の女が爆発的な勢いで飛び込んで行った。

 女の手から突き出されたロングソードが、グレゴールのカスターネとの間に火花を散らせる。女は打ち合いながら身体を沈め、身体ごとロングソードを一回転させてさらにグレゴールの胴を薙いだ。

 グレゴールは剣を立てて女の二撃目を弾き返すと、空いている左手で女の頭部を思いっきり殴りつける。その拳の一撃を女はロングソードの柄で叩き返した。


「ちっ」


 一瞬の攻防の間に、女の身体からグレゴールに向かって黒い瘴気の塊が伸びていった。

 グレゴールはその塊を無視してカスターネを振るいロングソードと打ち合ったが、その瞬間にはグレゴールの速度が僅かに落ちていた。

 まるでヘドロに纏わり付かれたかのように不快な感触が全身に広がり、グレゴールは身体が汚染されていくように感じた。


 女が黒い瘴気の塊で何をしたのかグレゴールには理解できなかったが、加護の対極にあるというものであれば、どう考えても生物にとって好ましくないものだろう。

 イジャルガ軍団長が言ったとおり、本当に藪から蛇が出たとグレゴールは考えた。

 目前の女はイジャルガとグレゴールのうち、グレゴールの方を襲った。

 その判断は正解だ。

 力で押すグレゴールを相手に、同系統の力で攻めるマルタン王国の神族では相性が悪い。だが銀の女は絡め手で動くので、グレゴール相手にも不意を突ける。


 一方イジャルガは策を労するタイプで、銀の女相手ならば上手く嵌まれば即決着となる。だが単純な力で向かってくるマルタン王国の神族では策が通じず、得意分野が活かせない。

 僅かな会話の間に、よくぞそれを見分けたものである。


(足手まといか)


 グレゴールは獣人帝国との戦いを続けてきたマルタン王国の神族と、新たに出現した銀の女の動きを見て、両神魔共に祝福数80台だと見積もった。

 引き連れてきた大隊長たちよりも強く、2人の補佐とは同格で、軍団長より弱い。

 神魔は溜め込んだカルマの分だけ存在を保てるので、ダメージを与えてもそれを消費し尽くすまでは回復されてしまう。

 その能力を以て大隊長たちを攻撃されれば犠牲が出る。


 そこまでを思考したグレゴールは、一気に攻めへと転じた。

 正面から飛びかかり、振り被ったカスターネを横滑りに振り込んで女の身体を薙ぎ払う。

 女はロングソードでカスターネを受け流しながら身を引くが、グレゴールはさらに踏み込んで女に掴みかかった。

 そして大きく口を開き、喉元に食らいつく。


「ガアアッ」


 吠えて敵の首筋に食らい掛かったブチハイエナの牙は、喉元に突き出された女の右前腕の肉を噛み裂いて引き千切った。

 そのままの勢いで女の左脇腹にカスターネも突き刺すが、女は左手のロングソードを真上から振り落として纏わり付いたグレゴールを追い払った。


 ロングソードを躱したグレゴールの目前で女の右前腕と空いた脇腹に銀光が迸り、穿たれた身体の穴が塞がり始めた。

 傷の塞がる速度は回復魔法にも等しい。

 だがこの自然現象には治癒師どころか女の意思すらも必要としない。まるで水を満たした杯を傾けたが如く、女の内側に溜まっている力が外の傷口を塞いでいく。


「なぜ魔族が人間の味方をする?」

「人間なんて 殺して 良いわ」

「ならば何故邪魔をする」

「この私と 貴方が 相容れるかしら?」


 少なくとも大隊長で抗しきれる相手ではない。

 グレゴールは神宝珠回収という目的を思考の外に追い出し、目の前の女を消滅させるべくカスターネを構え直した。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







 ベアトリーチェがブチハイエナの獣人に向かったため、テオフィルは水馬に相対した。

 テオフィルの目的は、マルタン王ルーファスが王都から脱出できる時間を稼ぐ事だ。

 戦略的勝利の前には、戦術的敗北など問題とはならない。従ってこの場での戦闘がどのような結末へ至っても時間さえ稼げれば構わないと判断した。


 生前のテオフィルは、自身が大祝福3に到達してマルタン王国を強大化しようとは思わなかった。

 相手の国を滅ぼさずとも平和は訪れる。

 現にテオフィルの時代、マルタン王国とインサフ帝国は戦争をせずに平和となり、以降も両国では戦争を行わずに来ることが出来た。

 たった一人の女の人生を狂わせるだけで、平和は訪れた。

 テオフィルは生前に祝福上げを止めて祝福88に抑え、権勢を振るって力を誇示したいと考えるような王へは力を貸さず、これまで祖国の平和と安寧に僅かな助力を与えてきた。

 その程度で良いとテオフィルは考えた。

 ほんの少しだけ良い方向に灯りを示せば、あとは生者が自分たちの生きていく道を考える。

 それ以上をしてやるつもりは無い。

 祖国から尽くすに値するほどの恩義は受けておらず、祝福を押し上げられた借りはインサフ帝国との戦争回避の際に完全に返し切っている。

 よってマルタン王国に、テオフィルの意に沿わない力を注いでやるつもりは無い。

 道理でテオフィルが神族にはなっても、神宝珠までは至らない訳である。


 今回、マルタン王国は失敗した。

 何が悪かったのか。それは大祝福3の軍団長を多数擁する獣人帝国に対し、正面から戦っても勝てないにもかかわらず、無策にも正面決戦を挑んだ事自体だ。

 北部連合8国のうち、3国は無謀さを理解して乗らなかったという。

 多数決は賛同者が多いだけで、正しいわけではない。

 なぜ賛成するのか、そしてなぜ反対するのか。それを行うことによってどのような展開が想定されるのか。それに対する対処はどのように用意しているのか。

 実行する前には考えるべきで、実行するからには成功の可能性を高め、失敗時の被害を減らすべく策を弄するべきである。

 マルタン王国は目先の利益に目を曇らせることなく、北部連合で反対していた3国や要請を断られたベイル王国との話し合いを行い、何が障害となっておりどうすればそれを取り除けるのかを理解し、それらを取り除いて確実を期してから事を為せば良かったのだ。


(俺が 言っても おかしな話か)


 テオフィルはブチハイエナと共に踊るベアトリーチェを見ながら自戒した。

 もっとよく話し合い、納得させてから事を為せば良かった。

 インサフ皇女と結婚しなければならない故に第二夫人とするが信頼しているのはお前だとか、結婚後もお前を一番に優遇するとか、今にして思えば折り合いをつける努力をすれば済んだ話である。

 あの時のテオフィルは時勢に流され、自ら考える努力を放棄してしまった。


「お前は 貪瞋癡とんじんちという言葉を 知っているか?」

「何ですか。初めて聞きますが」


 テオフィルのスクラマサクスが、イジャルガが左手に持つ曲刀と火花を散らし合う。

 その間にイジャルガの右の曲刀がテオフィルの身体を浅く裂き、テオフィルは自動回復に任せて防御を無視しながらさらに前に突き進む事でイジャルガを後ろへ退かせた。


「無知故 貪欲となり 手に入らず怒る」

「無知とは、先立って攻めてきた北部連合軍の事でしょうか?」

「然り だがうぬらも 等しい」


 両者が言い合いをする間に周囲で大隊長たちが動き、駆け付けてきた兵や騎士を片付けながらテオフィルの牽制にも入り始めた。

 テオフィルのスクラマサクスが大隊長の槍を払う間に、イジャルガが息と体勢を整える。

 マルタン王国の王都であるにも係わらずテオフィルには地の利が無く、ジワジワとHPを削られ続けていく。


「神宝珠は 過ぎた 力だ」

「貴方たちも理解していません。我々は、究極的には神宝珠など無くとも良いのです」


 テオフィルは槍に後ろから胴体を突かれながら剣を振り、目前の水馬に腕を裂かれながらも払いのけ、ドメニカ大隊長の雷撃に焼かれながらも耐え凌いだ。

 鮮血の代わりに金のマナを撒き散らし、吐血の代わりに金のマナを吐き出し、1対多数でありながらも獣人たちの攻撃を凌ぎ続ける。


「ならば北にでも 南にでも 去れば良い」

「そこに神宝珠があるから奪うのです。人類もそうしているではありませんか。それに獣人が加わっただけの事。もっとも獣人では、人を由来とする神々はあまり協力的ではありませんが」


 金のマナを用いた防戦こそ、テオフィルが紅闇のラビや破壊者オズバルドを防ぎ続けた戦法だ。

 膨大な体力を基に彼らと応戦し、敵に疲労を蓄積させ、やがて形勢が逆転すると悟らせて撤退に追い込む。

 だがこの場にはテオフィルを支援する軍勢も、大騎士団長も居なかった。

 それを失ってしまったマルタン王は、今頃僅かに残った騎士に守られて王城から脱出しているはずだ。


「全神宝珠が 加護を停止すれば 退くか?」

「退きません。人間が労働力になり、人間が死に絶えても地上の土地が残ります」


 テオフィルは目前の水馬が淀みなく答えたのに対し、彼らとの折り合いを付けるのは極めて困難であると理解した。

 儘ならぬものを儘なるようにするには、どうすれば良いのか。国を失いかねないマルタン王ルーファスは、この後どうするのか。

 テオフィルは自らの失敗体験と重ね、遠い血縁者の未来の選択に思いを馳せた。


 テオフィルには油断など無かった。

 だが周囲の騎士や兵士を片付けた大隊長が参戦してきた時、一瞬だけ状況を理解出来なかった。

 小柄な人間の少女がテオフィルに向かって飛びかかってきて、テオフィルは迎撃のスクラマサクスを振るう手を止めた。

 獣人に撥ね飛ばされただけか。何かの作戦か。あるいは……

 テオフィルの迎撃をくぐり抜けた少女の細剣がテオフィルの鎖骨から体内へと突き刺さる。

 テオフィルは人間が獣人を庇って神を攻撃した理由を理解出来なかった。

 理解出来ずに判断を鈍らせ、動きを封じられ、その隙にイジャルガや周囲の獣人たちから串刺しにされた。


「なぜ 獣人の 味方を」

「人獣の混血であるあたしを、人と認めてくれるんですね。お優しい神様」

「混血 そんな 馬鹿な」

「神様、あたしにも加護をください。あたしも幸せに暮らしたいです」


 テオフィルには返す言葉が思い浮かばなかった。

 人間と獣人の混血は認めないとでも言えば良いのか。

 だがいくらテオフィルが否定しようとも、祝福を得ていると言うことは人獣の混血をアルテナに認められている事に他ならない。


(…………エリザ・バリエ)


 人間と古代アーシア人との混血は存在している。

 この周辺国の礎となった2大神の片割れ。その功績は否定できない。

 それは高貴な血筋など関係なく、その者が行った事に重きが置かれていると言うことだ。

 では混血でも、それだけで否定の対象とはならないのだろうか。


 血統に重きを置く存在の極みは、古のアルミラだ。

 古代人の一人で、各地で人類を滅びして回る恐ろしい魔族。

 彼女は古代人の血統にこそ最大の重きを置き、混血であるエリザを決して許さない。

 テオフィルには、目の前の混血ハーフに対する答えが思い浮かばなかった。

 答えが出ないままに突き刺さった細剣で傷口を掻き回され、傷口から吹き出した金のマナが大気へと霧散していく。

 テオフィルは呆然とした表情のまま少女を眺めていたが、やがて視線をベアトリーチェに向け直した。


「今回は 判断を 間違えたわね」


 テオフィルの最期を悟ったベアトリーチェは戦いを止め、イタチの獣人から貫かれるが儘にテオフィルを見つめた。

 彼女の身体からは、既に銀の光が出ていなかった。回復されぬまま、急速に身体から銀を失っていく。


「平和のために 私を捨てた貴方は 正しかったのよ」

「やはり 魔族とは 相容れぬな」


 身体を貫かれ続けるベアトリーチェの最期の呟きに、テオフィルはそう応じた。

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