第09話 先制継続★
ハインツは「どのようなものであれ、存在を認識出来れば全く理解できないという事は無い」と考えている。
認識出来れば、観測出来る。観測出来れば、検証出来る。検証出来れば、理解できる。
それがどのような種類・系統のもので、どのように生産・維持・消費され、人体や周辺環境にはどのような影響を与えるのか。
理解出来れば、利用が出来る。利用出来なくても、対応は出来る。
対応とは立ち向かう事だけでは無く、逃げる事なども含めている。
従ってハインツ・イルクナーは、自分が存在を認識出来た全てのものに対して、自分が生きている限り必ず何かしらの対応ができると考えている。
対応し切れない時はそれに対する理解、対処する術、最適解を導き出す知恵のいずれかが不足していたという事で、それらは検証や経験を積み重ねて足していく事が出来る。
今回の神宝珠回収作戦において、飛竜と鷲馬に騎乗する獣人達が出現した。
本来であれば、制御できない魔物を乗り物にする事は不可能だ。
何故なら魔物が一度でも命令に背けば、乗り手が空から落ちて死ぬからだ。
リファール侯国のようにバダンテール歴以前から1000年以上の永きに渡ってペリュトンを飼い慣らしてきた歴史があればまだしも、獣人達が天山洞窟から外に出たのはわずか28年前である。
よってハインツは、天山洞窟内に居るという魔導師召喚系の悪魔ゲロルトによって魔物達が召喚された可能性が極めて高いと考えた。むしろそれ以外に考えられない。
ハインツに分からないのは、魔物達の制御方法だ。
そもそも召喚魔法とは、ジャポーンにおいては「依り代を使って霊体や残留思念を喚び出し、マナで実体化させて命令を刻む」という物であったはずだ。
ハインツの時代にはアルテナの管理エリア内に召喚系術師は居なかったが、過去の歴史上には居たし、他のエリアには同時代を生きていた。
霊体や残留思念を召喚するので通常の魔物と違って瘴気が無く、祝福上げには使えないが、ドラゴンを呼べば最高のデモンストレーションになる。そんな高等な召喚生物たちは、必ず術師が傍に居てマナで直接制御されていたはずだ。
召喚生物への命令が「この地で俺と同種のマナを持たぬ者を倒せ」など単純なものであれば、彼らを実体化させる際に霊体などへ刻むことで『召喚術師』、『術師がマナを込めた品の所持者』、『同じマナを持つ召喚生物』以外を通さない防衛部隊が創り出せる。
だが獣人を乗せて編隊を組み、さらには空戦を行うほど高度な命令など、事前にどうやって組み込むのか。召喚者以外のマナでは、敵味方の区別など付かないだろうに。
(あそこまで高度な事前命令は、絶対に不可能だ)
よってハインツは、あの飛行生物たちが悪魔ゲロルトに直接操作されていると考えた。
同じ都市内にいるゲロルトが召喚生物たちにマナを放ち、獣人を乗せて飛行艦などの標的を襲わせる命令を出す。
ワイバーンに乗っていた男の一人は遠目に銀色の髪だったそうなので、おそらく銀狐のゲロルトが居たのだろう。
「都市アズラシアを避けて攻めるしか無いな」
ゲロルトが一人しか居ない以上、2ヵ所は同時に守れない。
作戦の継続に関しては、若干修正すれば済む。
飛行艦は最速の総旗艦のみで単艦行動し、さらに艦を軽くするためにペリュトンの搭載は2頭に抑え、乗員は乗組員14名の他にハインツとオリビア、メルネスとブルックス大騎士団長、皇女ヴァレリアとブラッハ大魔導師、治癒師1名の合計21名までとする。
敵飛行部隊に遭遇した場合、総旗艦はどんな状況であろうと即座に逃げる事に決めておく。艦が無事ならやり直しが出来るので、それを徹底させるべくブルックス大騎士団長に指揮させる。彼は前年の戦いで大隊長を3人も撃破したベイル王国の新たな英雄で、正規軍人ではメルネスに次ぐナンバー2にいる男だ。
ペリュトンで降下するのはハインツ、オリビア、メルネスの3人だけだ。
飛行部隊との遭遇時には総旗艦は即座に撤退するので、取り残されるハインツらは転移で逃げる。そうすれば失うペリュトンは2頭で済む。そのため降下時に神宝珠は持っていかない。
最初に都市アズラシア西の大橋だけ落として大きく北へ進路を変え、いくつかの都市を迂回して獣人たちに進路を読まれないように進軍する。
そもそも獣人帝国は、都市を守るのでは無くベイル王国へ攻め込むための新たな準備をしていたのではないだろうか。
(だとすれば、早期に発見できたのは幸いだった)
飛行魔獣を用いられるのは極めて厄介だが、ハインツとセレスティアがベイル王国の全ての神宝珠に事前説明をしておけば、獣人帝国が回収しても彼らが加護を発しないようにする事が出来る。
どうせなら獣人帝国がアルテナ神殿内に神宝珠を落とす穴を作ったのを真似すれば、獣人帝国による回収自体を不可能に出来る。
そして飛行艦で連絡を受けたこちらがオリビアの転移で攻め込まれている場所へと移動し、ファイヤーの連発でワイバーンを撃ち落としてしまう。
王都ベレオンに関してだけは注意を要する。敵を撃墜するまでの期間、一時的にアンジェリカを逃がす算段だけは整えておかなければならない。
防衛策としては、一先ずそれで良いはずだ。
「よし、これで行こう」
結論を出したハインツは、エルヴェ要塞に帰還したメルネスらの説得に走った。
Ep10-09
獣人軍団長が集結していたのは、ベイル王国に対する最前線都市のアズラシアだった。
驚いたのはそこにワイバーンを配備していた事だが、総旗艦オーディンの全機関を最大にした速度よりも飛行速度が遅いと分かってしまえばまだ戦いようはある。いや、戦いを回避する方法はある。
ハインツは総旗艦をアズラシアの西に掛かる大橋まで進めると、艦を浮かせたまま大橋の側面に回り込んだ。
「艦長、オリビアが大橋の支柱20本へ向けてファイヤーを1発ずつ撃ち込む。微速前進」
「はっ。微速前進」
総旗艦オーディンが回転翼を回し、大橋の側面をアズラシア方面へ向かってゆっくりと進み出した。
飛行艦の利点の一つに、速度を自在に調整できるという点がある。
最大船速の際には、艦の後部に取り付けられている8門の噴射口から2つずつ同時に緑色輝石でジェット噴射を行い、爆発的な加速を得る事が出来る。中位竜の竜骨はそれに耐える事が出来て、緑色の飛行艦雲を作り出しながら大気を突き抜けて行く。
他の強襲降陸艦は6門で1つずつなので噴射の出力では3倍近い差があり、皇女ヴァレリアやブラッハ大魔導師が協力して風魔法を放てば、ワイバーンとて真後ろからでは風に邪魔をされて追いつけない。
その一方で飛行艦として今回のように滞空も可能で、回転翼のプロペラを左右一つずつだけ回せば微速でゆっくりと進む事も出来る。
そんな飛行艦の甲板上から大河に架かる大橋に向かって、オリビアのファイヤーが放たれた。
大祝福未満のファイヤーは、焚火の炎くらいの威力だ。
敵の手足を焼いて戦闘力を奪ったり、頭部を焼いて倒したりと工夫次第でそれなりに使える魔法である。
大祝福1のファイヤーは、民家を全焼させるくらいの威力だ。
火炎樽一杯の専用油をぶちまけて着火するくらいだろうか。家一軒ならば雨天でも全焼するし、身体の大きな魔物だって大祝福に達していないならば焼き殺せる。
大祝福2のファイヤーは、小さな砦を燃やすくらいの威力だ。
連発すれば城だって焼ける。少し前の話であるが、ディボー王城は大祝福2が由来の魔族エイドリアンに大部分を焼き払われた。
そして大祝福3のファイヤーは、もはや天災に等しい。
どこかの誰かが放ったファイヤーが、王都ジュデオンを焼いたらしい。込められた強大なマナが数日に渡って炎を生み出し続け、都市の広い範囲を焼き払った。
アズラシア西に掛かっていた大橋の支柱に都市を燃やす天災がピンポイントで直撃し、やがて動かぬはずの石の表面がドロドロと溶けて流れ始めた。
溶けた溶石はマグマのように真下の大河へと流れ落ち、既に沸騰していた大河が大量の蒸気と轟音を上げ始める。
総旗艦の乗組員は艦長と副長以外の全員が大祝福1だが、あそこへ艦を近づければ蒸気で皮膚や喉が焼かれて容易く焼け死ぬだろう。
大祝福3のハインツならば死は免れるが、あまりに近寄れば熱さよりも痛さを感じて逃げ出さずにはいられないはずだ。
『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』
熱風に押された飛行艦が、まるで死の危険から逃れるかのように大橋から離れ始めた。
今や立ち入る者全てを焼き殺す死地と化したこの地で、オリビアがやるべきことは何も残っていない。いや、これ以上は破壊のしようがないというべきだろうか。獣人帝国も残骸の撤去から行わなければならないこの地で大橋を再建するよりは、どこか他の場所を探して大橋を架け直した方が良いのではないだろうか。
あとは獣人が大橋の異変を察知して向かって来る間に、2時間ほど北東へ飛行した先にある第三宝珠都市オトーギアを襲撃する。
「これで充分だろう。艦長、オトーギアへ進路を取れ」
「はっ。メイン16/20。右側回転翼2/4で20秒回せ」
「メイン気嚢、出力16へ上げます」
「3番回転翼、4番回転翼、共に2/4で回します」
普段からよく訓練されている乗組員たちであったが、今日の彼らは普段にも増して機敏に命令を実行した。
ハインツはそのまま北にある都市オトーギアと都市ギムオンの神宝珠を次々と回収し、ギムオン北西の大橋も落として旧ハザノス王国方面へと逃げ去った。
ハインツの目論み通り、ベイル王国軍と獣人軍団長は遭遇しなかった。
ベイル王国軍の侵攻を予想していた獣人帝国軍は、必ず来るであろう都市アズラシアに罠を張って待ち構えていた。
獣人側にとって予想外だったのは、アズラシア攻防戦においてハインツとオリビアがペリュトンで総旗艦から飛び降り、撃沈させた飛行艦を2隻とも焼き払い、乗っていたペリュトンまで殺して離脱したことである。
せっかく落とした飛行艦は機関部が溶かし尽くされて何一つ得る事が叶わなかった。
収穫といえば総旗艦に戻れなかったペリュトン5頭と10名のうち、生き残った1頭と3名を捕虜に出来ただけである。
3人も居れば尋問は十分可能だが、治癒魔法で回復させていざ本格的な尋問を始めようとした矢先、ベイル王国軍は彼らが知っていたであろう作戦を変えてアズラシア大橋だけを落として北へ向かった。
(白姫を手玉に取ったのも、実力故か)
空戦ならば、獣竜戦争の経験を元にした戦い方が応用できる。
アミルカーレは高速飛行艦への対抗策として上空からの急降下による重加速、ワイバーン複数による挟み撃ち、大祝福2台の魔導師に大祝福2台の付与を掛けての魔法攻撃、ヒッポグリフを大量に用意して進路上へ配置する包囲戦などいくつかの策を用意しており、次に飛行艦が都市アズラシアへ来れば確実に仕留めるつもりでいた。
だがアズラシアの西側に突如天まで立ち上る白煙を見たアミルカーレが慌てて駆け付けると、西の大河に掛かる大橋が大祝福3のファイヤー数十発で完全に溶かし尽くされてベイル王国軍の姿は影も形もなかった。
次にハインツは一体どこを攻めるのか。
順当に、陥落させたギムオンの北東にある都市ヘパーニズを狙うのか。
それともそう見せかけてアミルカーレらの飛行部隊を北に引き摺り出し、軍団長が不在となった都市アズラシアを狙うのか。
この時点でハインツの動きを読み切る事は困難で、結局アミルカーレは軍を2つに分けて対応する事にした。
一つは自分自身とヴァルター軍団長、そしてヴァルターの部下である大隊長7名。これをヘパーニズに置いてベイル王国の動きに備える。
もう一つはイルヴァ軍団長と彼女の軍団で、大祝福2の魔導師サンニや治癒師付与系のアマデウスと共に都市アズラシアに残し、飛行艦が来れば撃墜し、無理な地上戦は避けて敵侵攻を報告せよと命じた。
だがハインツは結局どちらにも攻めて来ずに、アミルカーレが駐留する都市ヘパーニズから北にある大橋だけを焼き落とした。
ヒッポグリフの報告を受けたアミルカーレらが大橋へ向かってもすれ違わなかったので、おそらくはそのまま北にある第一宝珠都市ゼルカインへと向かったのだろう。ここまで来ると流石に動きが見えてくる。
この次は、さらに北東の第三宝珠都市シーネレンへ向かうはずだ。
アミルカーレは既に先行された第一宝珠都市ゼルカインの防衛を諦め、その次に攻められると予測した第三宝珠都市シーネレンへ直接向かって飛び立った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハインツが神宝珠を回収するために神殿内部へ侵入したタイミングで、上空から風の爆発音が轟いた。
慌てて神殿内の窓から見上げると、遙か南の空には獣人の飛行隊が見えており、総旗艦オーディンが北西への離脱を始めていた。
それを見たハインツは足を止め、もはや無駄となった神宝珠の回収を断念した。
金のマナに包まれる神宝珠は外部からの魔法を弾き、転移で持って行くことは出来ない。
ハインツが中途半端に安置場所を変えてこの都市の誰かに神宝珠を持ち去られては次に得る機会が失われるため、今はそのままにしておくしかない。
「ブルックスはまともだな」
「そのくらいは出来ないと困るよ」
ハインツが飛び去っていくオーディンを眺めながら呟くと、隣のメルネスが出来て当然と言い切った。
総旗艦に指揮官として残していたエディ・ブルックス中将は、メルネスの娘ディアナと見合いをしている。
軍での将来を約束されたブルックス中将と、現最高司令官メルネス・アクス侯爵の娘。
このような超大物同士の組み合わせであれば、見合いが行われる以前に裏方で合意が取れている。つまりハインツやメルネスを置いて即座に撤退命令を出したブルックス中将は、将来メルネスの娘婿となる男だ。
ただでさえ順風満帆だったブルックスはアクス侯爵家という巨大な後ろ盾を得て、ライバル争いをしていたケルナー中将や、自分よりも祝福や功績が上だった予備役のフェルトン子爵を抜き、周辺国最大となったベイル王国軍のナンバー2となった。そしていずれメルネスが引退をした暁には、ベイル王国軍の頂点に立つだろう。
軍での地位と強大な権限、アクス侯爵家当主という身分と名誉、第五宝珠都市を領地に持つという財。
ブルックスはそれらを得るに相応しい人物であるとメルネス・アクスに認められたのだ。従ってこの程度の判断は、彼の将来を見越せば出来て当然なのかも知れない。
「彼は自分の仕事をしたけど、こちらはどうするのかな?」
「俺は間違っていたようだ。獣人帝国は、飛行部隊を複数の地で同時に展開できるらしい」
「それはどうしてかな?」
メルネスは都市中心へ向かって来る2匹のワイバーンと都市の外縁部を迂回している数頭のヒッポグリフを眺めながら、ハインツの聞き捨てならない言葉に説明を求めた。
ハインツは総旗艦オーディンとワイバーンの相対速度を測りながらも、複数の地へ同時展開できる理由について説明を行う。
「最初に遭遇した都市アズラシアには、ワイバーン3騎とヒッポグリフ15騎が居た。そしてこの都市シーネレンまで俺たちを追ってきたのはワイバーン2騎とヒッポグリフ数騎。南北で半分に分けているようだ」
「つまりアズラシア防衛とベイル王国軍追撃の二軍に分けたと?」
「そうだと思う」
「ゲロルトがこちらを追いかけ易いように、数を半分に減らしたという可能性は?」
ハインツは首を横に振って答えた。
追撃するときに速い馬と遅い馬が選べるのであれば、誰だって速い馬を選ぶ。
3頭出せるワイバーンを2頭に減らしてヒッポグリフを出す理由が全くない。
「ゲロルトが居るならワイバーンを減らす必要なんて無いから、ゲロルトは居ないとみるべきだ。どうやら獣人帝国軍は、ゲロルトがその場にいなくても魔獣を操れる術を持っているらしい」
獣人軍団長に銀の種族は2人居る。
悪魔ゲロルトと惨殺者アミルカーレ。アミルカーレもまた軍団長達を従えさせられる銀の獣人だ。
「メルネス、試したいことがある。霊体には状態変化が効かないが、ゲロルトのマナで具現化した魔獣には効くのか。オリビアの鈍化魔法が効くのかどうかだけは試してからここを離脱したい」
「分かったよ。あのワイバーンたちに掛けるかい?」
メルネスの指差す先には、アルテナ神殿上空にまで差し掛かったワイバーン2頭が見て取れた。
彼らはアルテナ神殿には見向きもせず、そのまま飛行艦を追って飛んでいく。
ワイバーンの騎手達は、ハインツたちが神殿内にいることを知らないだろう。なにしろ2頭のペリュトンは神殿内に連れ込んでいるし、ハインツたちも建屋内からワイバーンを眺めている。
クロスアストラルウォールで周辺を一掃しているから路上の死体くらいは見えているだろうが、それだけでは侵入前なのか侵入後なのか判断がつかないはずだ。
彼らは無防備に上空を通り過ぎて行こうとしている。
「いや、MPが不足しているから大祝福2台のワイバーンではなく、大祝福1台のヒッポグリフたちに掛けてみる。あちらならオリビアの魔力に抗えないはずだから、効くか効かないかが一発で分かる」
「分かったよ」
オリビアが使用可能なMPは3230で、現在使えるMPは560だ。
これはMP3230から、「ファイヤー20発分の480」(ヘパーニズ北大橋。24*20)、「クロスアストラルウォール2発分の1680」(神殿2つ。840*2)、「離脱用の転移3人分の822」(540+94×転移人数)を引いて、「自然回復分の312」(1時間78*4時間)を足したものだ。
鈍化スキルは消費MP376で、現時点でオリビアは状態変化を使うマナが1発分しか残っていない。
従って大祝福2を超えているワイバーンに放って効果が目に見えなかったとしても、それは霊体が原因で効いていないのか、魔法抵抗値が高すぎて効いていないのか判断できない。
だが大祝福1台のヒッポグリフに使えば効くか効かないかがハッキリとする。
ハインツとメルネスがアルテナ神殿の正面口に向かって駆け出し、オリビアもハインツの後に続いた。
2頭のペリュトンはそちらに繋いであり、それに乗って未だ都市外縁部にいるヒッポグリフに向かうつもりだ。
ワイバーンはすでにアルテナ神殿を飛び越えていった。
(どうしたものかな)
ハインツはペリュトンの背にオリビアを乗せ、その後ろに跨がりながらこの後の展開を考えた。
獣人帝国が召喚魔獣を多方面で運用できると言うことは、ワイバーンが配備されていけばそれに速度で勝る総旗艦オーディン以外の艦は単艦での偵察行動が絶望的となる。
現時点でどれだけ配備されているのか知らないが、数が増えていけば総旗艦での神宝珠回収作戦も難しくなる。
ハインツはペリュトンを操って南のヒッポグリフへと向かいながら、彼らが一体どうやって召喚術師のマナでしか操れないはずの召喚魔獣を操っているのか是非教えて欲しいと思った。
このままではベイル王国が持っている飛行艦の優位が消えてしまう。
いや、現時点で既に優位性は消えている。そしてこの後は加速度的に戦況が不利になっていくのではないだろうか。
ハインツは前方の7頭のヒッポグリフを注視しながらオリビアの耳元へ指示を出した。
「まずは鈍化だ。純粋に効くかどうかを試したい」
『全体鈍化』
オリビアの指先から無色透明のマナが空に落とされ、見えないまま形を変えて前方のヒッポグリフへと向かっていった。
ヒッポグリフ隊は速度を落とさず、ハインツたちの方へ向かって真っ直ぐに飛んでくる。
「効果は無いな。ファイヤーで叩き落としてくれ」
『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』
『ファイヤー』『ファイヤー』
真っ直ぐに飛んでいたヒッポグリフの前方に赤い光が飛び、そのまま空中で炸裂して巨大な炎を3つ同時に生み出した。
オリビアはその炸裂に続くように左右にも1つずつ炎を飛ばし、左右への回避を図ったヒッポグリフ隊をさらに焼く。
「どうやら騎手は大隊長らしいね。生きているよ」
皮膚を焦がされたヒッポグリフたちが地上へ滑り落ちていくが、背に乗っている獣人たちは無事だったようだ。
彼らは体勢を立て直させ、あるいは懐から何かを取り出して何かをしている。
やがて落ちていくヒッポグリフの全身から白い煙が登り始め、その背の大隊長が取り出した何かから紫色の光が出てヒッポグリフの体を包んでいった。
「オリビア、あの一番下に下がっているヒッポグリフを撃て」
「あと2発しか撃てませんよ」
「良いからあいつを地面に落とす形で撃ってくれ」
『ファイヤー』『ファイヤー』
滑空しているヒッポグリフの進路前方の左右上側に向かって、オリビアのファイヤーが飛んだ。
ヒッポグリフは前方の左右上側に出現した炎の塊から避けるため、さらに降下する。そして体からさらに大きな白い煙を上げ始めた。
ハインツは無言でそれを観測する。
ヒッポグリフは第三宝珠都市の加護範囲で、まるで瘴気を持った魔物や魔族がダメージを受けるかのように白い煙を上げた。
だが「黒の瘴気」と「白の加護」の相滅現象ではない。
どちらかというと霊体に直接作用しているようだ。
(どうして身体が瘴気ではなくゲロルトのマナで作られているはずの召喚魔獣が、魔物のように都市の加護でダメージを受けるんだ。無理矢理召喚された霊体を元に戻そうと作用しているのか?)
ハインツが観測を続ける中、ヒッポグリフの背に乗っていた大隊長が慌てて紫のマナらしきものを魔獣の身体にまとわりつかせた。
するとヒッポグリフは体勢を立て直し、再び空へと駆け上がり始める。
(紫は具現化。つまり召喚魔獣の身体を保つために必要なゲロルトのマナが、何らかの方法で紫輝石に込められ、騎手はそれを任意に用いる事で魔獣を操っていると言う事か。だとすれば、どう対応すべきだ)
「ハインツ、もう限界だよ。ヒッポグリフが迫っている」
周囲ではオリビアの炎で飛行陣形を崩されたヒッポグリフたちが、一旦離脱して体勢を立て直しながらバラバラに迫ってきていた。
祝福29と大祝福1の中間くらいの能力を持つペリュトンよりも、祝福40台のヒッポグリフの方が強い。しかも背に乗っているのは大隊長たちだ。
空戦となれば、それに向いていないメルネスや二人乗りのハインツ、そして既に3人分の転移以外のマナが残っていないオリビアでは勝ちようがない。
しかも勝ったところで、炎を見たワイバーンが乗り手の命令で戻ってくるだろう。
「メルネス、今乗っているペリュトンのトドメは刺さなくて良い。それよりバランスを崩すな。確実な離脱を優先する。オリビア、メルネスと3人で全体転移しろ」
「分かったよ」
メルネスが返答と共に動きを最小限にしたところで、オリビアがメルネスのマナに同調させるべく、自らのマナを伸ばし始めた。
ハインツはそんなオリビアの身体に腕を回しながら、祝福40台の魔物の瘴気を払う力を持つのはこの都市シーネレンのような第三神宝珠以上からだったかと考えていた。
オリビアはメルネスのマナを捕まえたところで転移魔法を発動させた。
『全体転移』
オリビアの青白いマナの光が3人分の身体を包み、2頭のペリュトンを置き去りに都市から消え失せた。