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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第十巻 独立戦争(12話+1) ~解放者の領域~

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第07話 作戦失敗

 バダンテール歴1266年6月。

 北部連合軍が王都ルセタニアから前線の第一宝珠都市ルーファンへ移動を開始したとの情報を得たハインツは、旗艦と3隻の強襲降陸艦による神宝珠回収作戦を発動させた。


 ちなみに北部連合には期待していない。

 軍団長への勝算が無いままに政治的な理由で決戦を挑むなど無謀の極みである。

 だが北部連合の主戦論者たちは、ハインツが言い聞かせても逆恨みした挙げ句いつか暴発するだろう。

 それならいっそ同時侵攻してしまえば、北部連合が負けても南のベイルを警戒して全面侵攻には至らない。ハインツが出来る配慮はそこまでだ。


 最初に旧インサフと旧ラクマイアの間に掛かっていた大河の橋を落とし、そのまま第三宝珠都市エウマリアの上空へと進入する。


 第三宝珠都市エウマリアは、獣人帝国の地上本土だ。

 都市には獣人が行き交い、多数の元インサフ帝国民も暮らしている。そんな彼らは一様に空を見上げ、突如飛来した飛行艦隊に対して驚き叫んだ。

 そして都市の北側では、赤色信号弾が北東に向かって打ち上がる。


「……大型伝令鳥を、都市外に飼っていたのか?」


 ベイル王国は前年のハザノス・ラクマイア神宝珠回収作戦で、都市中心部から飛翔した大型伝令鳥を魔法で狙い落とした。

 ハインツは獣人帝国が前年の教訓を活かして都市外で大型伝令鳥を飼うようにしたのだろうかと考え、作戦に組み込んでいた撃墜は諦めた。


 仮に大型伝令鳥で他都市へ連絡されたとしても、獣人の防衛戦力がどこかの都市へ集結するよりも飛行艦が次の都市へ到達する方が早い。

 獣人達はあらかじめ戦力を集結させている都市以外を守る事は出来ないのだ。


 現に飛行艦はあっという間に都市中心部へと辿り着き、アルテナ神殿を眼下に捉えた。

 ハインツはこの件を一応記憶の片隅に留めつつ、作戦は滞りなく実行した。


「…………オリビア」

『クロスアストラルウォール』


 ハインツの言葉を聞いたオリビアが、青白い光を神殿の前後へ同時に生み出した。

 青白い光は高く厚い2枚の壁へと形を変えていき、やがて神殿に向かって狭まっていく。

 そんなオリビアの魔法の発動を確認したドステア大騎士団長が、揮下のディボー軍に命令を下した。


「強行偵察隊12名、直ちに降下しろ!」

「第一偵察隊、了解」「第二偵察隊、了解」


 強行偵察を行う探索者は、各都市12名ずつの計36名が用意されている。

 彼らはベイル王国のペリュトン飛行隊に同乗して地上へと降下し、アルテナ神殿内部を調べて可能ならば神宝珠を回収し、不可能ならば敵の規模を確認して撤退する。

 そして作戦後は一生贅沢に暮らせる大金を与えられて、悠々自適な生活を送る事になる。


 彼らが強行偵察を行わない他の都市は、軍団長が居なさそうなら最初から大騎士団長たちを投入して素早く回収を行う予定だ。


「総員、臨戦態勢。これより本艦は戦闘に突入する!」


 命知らずの冒険者達が、莫大な財宝目掛けて飛び込んでいった。






 Ep10-07






 人類が獣人に敗れ続けたのは、主にその圧倒的な戦力差に因る。

 そもそも獣人は、種族補正が優れているほど祝福を上げ易い。そして大祝福3の軍団長ともなれば、相当有利な種族補正を併せ持っている事は明らかだ。

 その「優れた種族補正」と「大祝福3」という二つの力が掛算される事により、非力な人類には抗う術が無くなるのだ。


 そして軍団長には劣るが、大隊長も優れた種族補正を持っている。

 第三宝珠都市エウマリアに詰めていた大隊長はわずか1名であったが、アルテナ神殿に侵入した偵察隊は瞬く間に4人が殺され、撤退時に3人殺され、信号弾で大隊長の数を知らせてからディボー王国の大騎士団長達が増援に向かうまでの間に1人が殺された。

 しかも大隊長は神殿の外に出ず、オリビアの視界に入って魔法を掛けられる事を避け、最後まで奮戦して果てた。


 ちなみに飛行艦と都市内獣人との魔法戦では、大祝福2のヴァレリアや大魔導師ブラッハを擁する飛行艦側に軍配が上がった。

 そちらは種族補正の差が小さいので、大祝福の差で一方的な戦いとなる。


 そこまでは一応ハインツにとっても想定の範囲内だった。

 問題はその後、大隊長を撃破したディボー王国の大騎士団長達がアルテナ神殿最奥に辿り着いてからである。

 何をノロノロしているのかと気を揉んでいたら、ペリュトンが一頭駆け上がってきて神宝珠が見当たらないと報告してきた。


 獣人達がどこかへ持ち去ったのであれば、第三宝珠都市エウマリアというベイル王国にとって厄介な都市が一つ消える事になるので、それはそれで構わない。

 ハインツは神宝珠の情報収集や説得を主目的として、セレスティアやエリザ・バリエを回収作戦に連れて来ていた。そしてエウマリアが存在しているかどうかの確認を取る。


『セレス、第三宝珠エウマリアは持ち去られたのか分かるか。神同士は金のマナを介した意思疎通が出来るんだよな?』

『うん………………でもちょっと遠いかな。神殿の中に入れる?』

「『少し待っていろ』…………よし、俺が降下して確認する。アーベライン大騎士団長、俺と交代してくれ」

「了解」


 総旗艦オーディンの甲板に着陸したペリュトンからアーベライン大騎士団長が飛び降りると、それと入れ替わりにハインツが乗ってアルテナ神殿に向かって降下した。

 なお総旗艦は未だに戦闘中であり、3隻の強襲降陸艦は輸送のために連れてきているので上空で待機中である。

 戦闘は都市の外周から駆け付けてきた獣人たちが届きもしない弓を放ち、あるいは魔法を打ち込み、ヴァレリアやブラッハ大魔導師の反撃を受けて吹き飛ばされている。

 その応酬の中をかいくぐったハインツはアルテナ神殿へと真っ直ぐに降下し、軽い身のこなしで降り立つと神殿内部へ駆け込んだ。


『セレス、神殿内に入ったぞ』

『わたしはセレスティア・ハザノス。ハザノス王国の神宝珠。エウマリア、居るかな?』


 人と神宝珠との間では、治癒師でなければ相手に意志を伝える事が出来ない。

 例えばハインツからはエウマリアに意志を伝えられるが、エウマリアは治癒師の大祝福3でも無い限りまともな返事をしてくれない。

 だが神同士であれば、金のマナでやり取りが出来る。なるほど、神々を怒らせると他の神宝珠まで加護を発しなくなるのも道理である。


 なお神宝珠が意思伝達出来る距離に関しては、同じ神殿内程度のようである。

 都市全域に振り蒔くほどの加護を発すれば届くのかも知れないが、会話で一言を発するごとに都市全域に向かって加護を発する神はいないし、ハインツも神宝珠の所持と発動を知られるので遠慮願いたい。


『…………神殿の中心部に居るみたい。ちょっと落ちたって』

『落ちた?』

『クロスアストラルウォールの後、掴まれて、落とされたみたい』


 単に落ちただけなら、大騎士団長や探索者たちに見つけられないはずは無い。

 ようするにベイル王国の侵攻を知った大隊長が、奪われまいとどこかへ隠したのだろう。

 ハインツは大隊長が厄介な連中であると再認識しつつ、最奥に辿り着いて大騎士団長や探索者に向かって言った。


「アーベライン大騎士団長から報告を受けた。おそらくこちらの侵攻を知った大隊長が、咄嗟にどこかへ隠したのだろう」

「イルクナー宰相、実は神宝珠が入り込みそうな拳大ほどの不自然な穴を見つけた。石畳に違和感があって外してみたところ、かなり深くまで続いている」


 発見を報告してきたのは、ディボー王国のボルツ大騎士団長だった。

 彼は大祝福2の探索者であり、おそらくは部屋を虱潰しに探したのだろう。


「おそらくそれだ。神宝珠が入り込むような穴を、戦争で宝珠を奪われない事以外の目的で作る奴は居ない。一体どれくらいの深さだ?」

「かなり深い。4~5メートルはあるだろうが、穴の幅は先ほど言ったとおり拳大だ」

「くそっ…………」


 ハインツはボルツに指差された穴を覗き込みながら、忌々しげな声を上げた。

 穴が深すぎて、手を伸ばしても到底届きそうに無い。

 こんな所に投げ込んだら、獣人側が領地を奪還しても神宝珠を掘り返すのに数日は掛かるだろう。

 水魔法で水を流し込んだり風魔法で空気を送り込んだりしても、神宝珠が浮き上がってくるとは思えない。火や雷を放っても攻撃にしかならず、土魔法を放てば埋まってしまう。


「…………長い槍とか無いか?」

「5メートルの槍なんて無いだろう」

「じゃあ、槍と槍を紐で外れないように縛り付けて……」

「神宝珠を槍の尖端で持ち上げるのか?」

「いや、槍の尖端に木製の突起を作って、孫の手とかクワみたいに引っかけて穴の壁に押し当てながらズルズルと引き上げて…………」

「孫の手?」

「いや、まあとにかくやってみよう。飛行艦には槍も紐も積載しているし、補給用に強襲降陸艦も3隻連れてきている」

「分かった」


 説明を聞いていた探索者2名が踵を返し、神殿の外へ向かって駆け始めた。

 ハインツは彼らを見送りながら、とても嫌な予感に襲われた。


 神殿内でのこのような工事は、一朝一夕で出来る作業では無い。また、権限の無い者が勝手に行える作業でも無い。

 最低でも軍団長の任にある者が判断して作らせたのだろう。

 つまりこの方面の全てのアルテナ神殿で、このような仕掛けが施されていると言う事になる。


(あるいは獣人帝国の地上本土だから、これまでに比べて守りや仕掛けが厚いのか?)


 槍が長すぎれば神殿の最奥へ運び込めないので、組み立てはその都度現地で行う必要がある。

 こんな事をしていれば時間が掛かって作戦が上手くいかなくなってしまうと考えたハインツは、そこでふと大型伝令鳥が都市外に配備されていた事を思い出した。

 時間が掛かりすぎれば、増援が動くのは明らかだ。

 第一撃目のこの都市ならば増援が来る前に逃げ出せるが、この都市自体は時間稼ぎで集結する都市が予め用意されているのかも知れない。


 ハインツは他の都市での回収作戦について、オリビアのクロスアストラルウォールで神宝珠がある場所ごと一掃してしまおうかと考えた。

 おそらく後方都市には、貴重な大隊長がそう何人も配置されていないだろう。

 隊長以下ならばクロスアストラルウォールで殲滅できるので、内部に居たとしても神宝珠を投げ捨てられる前に倒してしまえる。

 問題は神宝珠に対して攻撃されたと認識させてしまう事だが、ハインツは神宝珠へ事情を説明する事が出来る。


「槍と縄を持ってきた!」

「繋げてくれ。いや、俺が繋げてみよう」


 神宝珠を落とす穴が真っ直ぐに作られていない場合、槍を伸ばしても回収ができない。

 この都市エウマリアの穴が真っ直ぐだったとしても、他の都市までそうとは限らない。そうなれば短時間での回収は絶望的となり、作戦が困難となる。


「…………はぁ」


 やるしかないと判断したハインツは、自分が神宝珠に謝り倒す姿を想像して深い溜息を吐いた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 飛行艦で都市の中心部まで一気に突き進み、上空から警告無しにクロスアストラルウォールを撃ち込んで、神殿内部を一掃してから突入部隊で素早く神宝珠の回収を行う。

 エウマリアから北上して都市ミアースを落とした飛行艦隊は、オルランド宰相の提案通りに東進してイズラスフ、トラファルガ、アガッセフを次々と落としていった。


 第四宝珠都市トラファルガは、かつて人類が軍団長を倒して奪い返した勝利の代名詞ともなっている都市だ。その北の第一宝珠都市アガッセフは、帝都インサフからわずか2都市の至近にある。

 前線を無視してこのような侵攻をするなどハインツの発想ではあり得ない。

 そしてハインツばかりを注視していた獣人側も、おそらく意表を突かれた事だろう。

 ハインツはまともな迎撃を受けないままアガッセフまで落とすと、その後は東エルフの森を飛び越えて西のラザズを落とし、さらに西エルフの森を飛び越えて第一宝珠都市ミドケーネを落とした。


 初日はイズラスフまでの3都市を落とし、二日目もラザズまでの3都市を落とし、そして三日目はミドケーネの攻略から始まっている。

 空を縦横無尽に駆け回るベイル王国軍の進路を読めなかった獣人帝国は、そのままミドケーネの北にあるエストランまでを一気に失った。

 ハインツは今日も3都市を落とす予定で、次はベイル王国に最も近い都市アズラシアが目的地となっている。


 なお1日3都市までの侵攻に留めているのには理由があって、オリビアの最大MP3230からクロスアストラルウォール3回分(840*3)を引くと、残るMPは710となる。

 オリビアがハインツを連れて全体転移で逃げるには、MPが728必要だ。

 2都市を進む間に4時間かかるためオリビアのMPは1時間に78ずつ自然回復して1022にまで戻るが、だからと言ってもう一度クロスアストラルウォールを使うといざという時に転移で逃げることが出来なくなってしまう。

 そのような理由から、1日3都市までという制限を設けているのだ。

 もしもオリビアが装備しているマナ増大の輝石(MP+300を2個)よりも性能の高い輝石を所有している人が居たら、おそらくベイル王国が数億Gで買い取ってくれるだろう。


「物資を使い切った強襲降陸艦をディボー側へ離脱させろ」

「了解。L3離脱させます」


 輸送が主任務の強襲降陸艦3隻は、物資を使い切るごとに順次離脱していく。

 飛行艦を重くしているのは人、水、燃料、それに食料だ。都市に長居をすればある程度の現地調達も見込めるが、今回の作戦では都市内に着陸させる予定は無い。

 離脱命令を受けた強襲降陸艦の1隻が進路を西に変え、艦隊から離れていった。


 わずか3日で一隻離脱させるのはあまりにも早いが、宝珠の回収数で言えば目標24個のうち既に8個を回収し終えている。

 それに離脱させる艦にはエウマリアの強行偵察を担ったディボーの探索者や戦闘で負傷した者も含まれており、余計な荷物になった彼らを切り離す事で飛行艦隊は快速を維持できるのだ。


「第三目標の都市アズラシアを視認しました」

「L1、L2は上空待機。総旗艦は前進。各員、地上索敵を開始しろ。この都市には軍団長が居る可能性が極めて高い」

「ペリュトン飛行隊、強行偵察隊、降下準備」


 総旗艦に搭乗している各員が着々と役割をこなしていく間にも、都市アズラシアからレッドライトスコールが打ち上がり迎撃態勢がとられていく。

 だが大祝福2未満の者達はオリビアのクロスアストラルウォールで一掃されてしまうので、大隊長以上の者が居ない限り実際の迎撃は不可能だ。

 これは人類が獣人軍団長にされていた一方的な攻撃の逆転現象とも言える。


(あまり調子に乗っていると、やり返されるけどな)


 力関係が逆転したと言う事は、再逆転も有り得ると言う事だ。

 魔導師特殊系の大祝福3が人類側にしか居ないのは昨年からの話であって、以前はイグナシオ軍団長が居たし、今後新たに誕生しないとも限らない。

 特に魔導師特殊系の軍団長補佐であるという双子の姉妹が10年以内に大祝福3へと至る可能性は高いので、いずれそちらの対策もしなければならなくなる。


「都市アズラシアに軍団は発見できず!」


 地上を注視していた乗員達の報告が上がり、ハインツは攻撃命令を下した。


「…………オリビア」

『クロスアストラルウォール』


 オリビアには、ハインツほどの迷いが無い。

 概ね「獣人が攻めてきた」「故郷と生活と家族を奪われた」「倒して何が悪い」の3言で片付く。そして今回は4言目に「倒すのに邪魔なら人も倒す」が加わった。

 その4言目を説明して納得させ、オリビアの辞書に書き加えさせたのはハインツ自身である。


 なお「どこまで邪魔なら排除して良いのか」の明確な基準は定められていない。

 つまりハインツがその気になりさえすれば、どこまででもやれる。

 オリビアは全世界を敵に回してハインツと心中しても構わないという考えなので、ハインツが指示さえ出せば、獣人帝国の生活を下支えしている元インサフ帝国民を皆殺しにする事さえも本当にやってしまう。


 ハインツは飛行艦の甲板で真っ直ぐに直立し、青白い光に押し潰されていくアルテナ神殿を瞼に焼き付けた。神殿内には人獣が必ず居て、次々と死んでいるはずだ。

 これはオリビアがやった事では無く、ハインツがオリビアの心を完全に掌握してやらせた事である。

 クロスアストラルウォールは神殿内での交差を終え、そのまま突き抜けていく。


「強行偵察隊12名、直ちに降下しろ!」

「第一偵察隊、了解」「第二偵察隊、了解」


 ドステア大騎士団長の命令を受けたディボー王国の偵察隊が次々と飛行艦から降下を始めた。

 やがてそれを見ていたオリビアが魔法の制御を解くと、青白い光を構成するマナは大気に混ざって解けていった。


 地上を見つめるハインツ達にオレンジの光が飛び込んできたのは、次の瞬間である。

 上空の強襲降陸艦から交戦開始を告げるオレンジライトスコールが撃ち放たれ、ハインツ達が慌てて見上げた空には中破した飛行艦と飛竜が見えた。


「L1中破、後部の気嚢が破壊されました!」

「なにっ!?」


 オレンジの光が旗艦目掛けてさらに飛ばされる。

 飛ばしたのは無事なL2の方だ。L1は乗員の一部を甲板から落としながら、艦体を立て直そうと必死に藻掻いていてそれどころでは無い。


「飛竜です。2匹の飛竜が襲っていますっ」

「飛竜さらに1匹、上空からL2に迫っています!」


 輸送目的で連れてきた強襲降陸艦にも魔導師は搭乗している。魔導師の数は強襲降陸艦の定数である5名で、それだけではなく治癒師も2名乗っている。

 だが竜は魔導師たちの炎や風の魔法攻撃を大気を裂いて避け、あるいは攻撃魔法自体を強靱な身体で耐え切り、一撃離脱を繰り返しながら瞬く間に飛行艦を削っていった。


「閣下、南東の森から新たな飛行部隊が飛び上がってきました」

「北の山脈側からも、飛行隊5騎」

「西からもです!」


 方々からの叫び声を聞いたハインツは周囲を見渡して南東、北、西の3方向からペリュトンのような飛行騎獣が5騎ずつ飛び上がってくるのを一望した。

 背に僅かな人影を確認し、同時に5騎ずつ飛び上がってくる偶然ではあり得ない連携を理解し、あれが全て獣人帝国によって事前に張られていた罠と作戦行動なのだと理解する。


「L1大破、都市アズラシアへ墜落していきます!」

「撤退命令を出せ。レッドライトスコール連続発射。作戦中止。ペリュトンを呼び戻せ。サンドライト、撤退だ」

「はっ、ペリュトンを至急呼び戻せ。進路北西のまま、撤退開始。メイン14/20、前後サブ7/12、両舷回転翼2/4」


 総旗艦オーディンから赤色信号弾が放たれ、降りていったペリュトンたちが慌てて引き返し始める。

 サンドライト艦長はペリュトンが戻れるように速度を抑えたまま、北西へと進み始めた。


「L2中破、メイン気嚢が破られました。推力低下、現在応戦中」

「…………ヴァレリア皇女、ブラッハ大魔導師、総旗艦が全速離脱する際、噴射口の加速に追加で風魔法を放ってくれ」


 本当は直ちに最大船足で逃げてしまいたいが、ベイル王国が所有するペリュトンのうち作戦への投入が可能な数は僅か16頭で、そのうち12頭も飛ばしてしまっている。

 せめて半数は回収しないと、次の作戦が出来なくなってしまう。


「ペリュトンが7頭戻ったら、総旗艦の全機関出力を最大にしてこの空域を緊急離脱しろ。敵を振り切ったらエルヴェ要塞へ向かえ。戻れないペリュトンは捨てていけ。あいつらは自力で飛べるから、自力で逃げさせろ。メルネス、預かってくれ」


 ハインツは周囲にそう指示を出すと、いつの間にか傍に居たメルネスにセレスティアとエリザ・バリエの神宝珠を預けた。

 メルネスはハインツから神宝珠を預かると、当然の疑問を投げかける。


「ハインツ、君はどうするんだい?」

「オリビアと一緒にペリュトンに乗って、L1とL2の後始末をしてから転移で離脱する。誰か、予備のペリュトンを連れて来い!」

「はっ」

「ペリュトン4騎目、着艦しました。艦内へ収納します」

「メイン16/20、前後サブ9/12、両舷回転翼3/4。後部推進剤準備」

「L1、都市アズラシア内へ墜落」


 ハインツは「L1とL2を救う」とは言わなかった。

 オリビアの魔法はファイヤー、クロスアストラルウォール、状態変化、転移のわずか4種類。そんな彼女を連れて後始末に行くという言葉の意味するところは、少なくともメルネスにとっては明白だった。


「両艦には、北のギムオンを強行偵察させるためのディボー王国軍人が分乗しているよ」

「分かっているが、捨てていく。オルランド宰相には俺が説明して調整する。これは作戦行動中の軍人の犠牲だ」


 ハインツはメルネスの感情を理解できた一方で、自分自身の今現在の感情は理解できなかった。

 使命感に囚われ、感情は動いていない。

 だが飛行艦を都市アズラシアに残したまま逃げる事は出来ない。

 艦の本体を残していけば、獣人に飛行艦の内部構造や多くの技術を知られてしまう。


「宰相閣下、予備のペリュトンです」

「ペリュトン6騎目、着艦しました。艦内へ移動させます」

「メイン18/20、前後サブ10/12。非冒険者は直ちに艦内へ避難。噴射口ジェットエンジンで緊急加速する。大祝福2の皇女と大魔導師は、二重綱装着を」

「L2大破。前方サブ気嚢が破壊されました。水平状態が維持できません」

「遠距離戦闘準備、飛竜に最大警戒!」

「旗艦総員、メルネスの判断に従え。速度が足りないなら物資を捨てて船を軽くして良い。オリビア、行くぞ」


 ハインツはそう言い捨て、オリビアと共にペリュトンで甲板を飛び立った。


「艦長、ペリュトン7騎目が着艦しました。艦内へ入れます」

「飛竜がこちらに向かってきます」

「甲板要員収納完了。8騎目が……」

「全機関最大。噴射口8門全て4/4で最大噴射、衝撃に備えろ」

『ダブル・ウインド・バースト』『エア・バースト』『エア・バースト』


 都市アズラシアの上空に、大気を引き裂く爆音と光の緑雲が生まれた。

 その力の本流に飛竜とペリュトンが巻き込まれて吹き飛ばされ、一部は錐揉み状態で落ちていく。

 そんな空に在ったハインツは人工的に引き起こされた巨大な突風を追い風にして、墜落していくL2の元へと向かっていった。同時に自分とオリビア、そして騎乗しているペリュトンにスキルを次々と掛けていく。


『全攻撃無効化2』『全攻撃無効化2』『全攻撃無効化2』

『全体回復ステージ3』


 総旗艦に着艦できなかった5騎のペリュトンは1騎が墜落し、2騎が体勢を立て直しながら総旗艦を追いかけ、1騎は西へと逃げだし、残る1騎はハインツの方に向かってくる。追従してきた1騎が期待しているのは、オリビアの全体転移だろうか。だがそれはMPの関係上不可能な話だ。

 僅かに8騎目の着艦を期待していたハインツだったが、それほど甘くは無かったようだ。あるいは艦長が命令通りに7騎を回収できるギリギリの船速で離脱していたのかも知れない。


 一方で獣人帝国側と思われる飛竜は、爆発的な加速で逃げ出した総旗艦を追い始めている。

 都市の周囲からは、18騎の飛行騎兵がハインツたち5騎のペリュトンそれぞれに迫って来ていた。


「オリビア。使えるMPは294で、ファイヤー12回分だ。2隻の飛行艦に6発ずつ撃ち込んで、今乗っているペリュトンを捨てて、俺とお前だけで全体転移で逃げる」

「分かりました」

「狙うのは艦の中心部。可能な限り接近して、お前のマナで確実に焼き尽くす。まず3発撃て」

『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』


 赤い光が3つ、都市内へ撃沈したL2に向かって真っ直ぐに伸びていく。

 治癒師が乗っていて物理無効化スキルを使っていた以上、飛行艦の生存者は確実に居るはずだ。

 だがオリビアの魔法攻撃を受ければ、生きてはいられない。

 赤い光は飛行艦の気嚢と艦体の2ヵ所に命中して激しく燃え上がり、もう一発は狙いを外して近隣の建物に当たって燃え上がった。

 ハインツは飛行艦上空を旋回しながら、さらに命令を出す。


「2発を艦に撃て……残り一発はあの生存者に撃て」

『ファイヤー』『ファイヤー』『………………ファイヤー』


 ハインツには、艦の傍に乗組員の生存者が見えていた。

 オリビアの杖から飛ばされた赤い光が艦の甲板と側面の2ヵ所に命中して一気に膨れ上がり、業火となって艦体を呑み込んだ。そしてやや遅れて、生き残っていた魔導師を巻き込んで焼き尽くす。

 魔導師は水魔法で消火が出来てしまう。艦の生存者を助けようとして艦の炎を消火されては、わざわざ艦を焼きに来た意味が無くなる。


 ハインツの元へ近寄ってきたペリュトンのベイル探索者とディボー探索者がその光景に驚愕しているが、ハインツはそれを無視した。


「残る6発は、L1に撃ち込む」


 そう言ったハインツは焼かれていくL2には目を向けず、ペリュトンの鹿首をL1に向けた。

 ハインツに追従してくるペリュトンの探索者二人は、何が目的だろうか。

 だが例え邪魔をされても、全攻撃無効化2を掛けているハインツ達はそれを防ぐ事が出来る。

 そしてそれは、ハインツ達に迫ってきた獣人の鷲馬ヒッポグリフに対してもである。


「くそっ」


 ベイルとディボーの探索者たちは、進路をハインツ達と鷲馬との間に向かって変えた。

 どうやら盾になるつもりらしい。


「オリビア、L1に3発撃て」

『ファイヤー』『ファイヤー』『ファイヤー』


 赤い光が撃沈しているL1に向かって伸びていき、艦体側面に1発、石造りの民家に1発、大通りに1発命中して燃え上がった。

 一方で探索者2人乗りのペリュトンは、獣人が騎乗する鷲馬5騎に襲い掛かられていた。


「命中精度が落ちている。至近まで行く」


  オリビアの返答は無かった。


「俺が指示したら、甲板中央と、後部噴射口と、艦橋に当てろ。輝石燃料はマナに惹かれて誘爆するだろうが、それよりもオリビアの炎の方が遙かに強い」


 ハインツは高度を下げていき、艦の近くに建っていた2階建ての民家の屋上へと着陸した。

 そしてペリュトンから降りてオリビアも降ろし、オリビアの後ろに立って手を伸ばして飛行艦の3ヵ所を指差す。


「まずは艦橋。撃て」

『ファイヤー』


 オリビアの杖の尖端から赤い光が迸り、そのまま艦橋へ命中して夕暮れよりも真っ赤な炎が艦橋全体を大きく包み込んだ。

 その炎柱は強襲降陸艦に取り付けられている降陸橋や気嚢までも呑み込みながら激しさを増して、下位竜の竜皮や竜骨までも焼き尽くしていく。


「次は後部噴射口の中心。撃て」

『ファイヤー』


 再び飛んだ赤い光が、艦後部の噴射口中心へ向かって飛んでいった。

 赤い光は艦体後部に命中するとそのまま大きく膨れ上がり、全ての噴射口を赤い海で呑み込みながら艦の前方へと広がっていった。

 もはや艦の外壁で燃えていない部分は無い。


「最後に甲板中央、メイン気嚢の真下部分。撃て」

『ファイヤー』


 三度飛ばされた光は真っ直ぐに飛び、やや狙いが外れて艦の気嚢部分へ向かった。そのまま気嚢に当たるように思われた瞬間、光は突然進路を変えて甲板に落ちた。

 オリビアが飛ばした炎の魔法の動きをマナで細かく操作して、進路を任意の方向へ明確に変えたのだ。


 甲板に突き刺さった炎は艦に突き立てられた剣であるかのように高く立ち上り、そのまま甲板を溶かして艦内へと広がっていった。


『暗殺』


 ハインツは綱を掴んでいたペリュトンの首元に猛毒を塗り込んだ短剣を突き立てた。

 そして撃墜された探索者たちのペリュトンと迫り来る獣人帝国の鷲馬を確認し、次いで最前線都市のアズラシアを一望して最後に短く告げた。


「作戦は失敗した。撤退する」

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