第05話 建国準備
新インサフ王国の建国予定都市の一つとなる第一宝珠都市ファーティラの上空を、ベイル王国の飛行艦が静かに漂っていた。
飛行艦に与えられている任務は都市の地図作成だ。
そのためには都市中心部であるアルテナ神殿の上空から極力動かない方が良い。
風が吹いて来る方向に艦首を向け、プロペラを回して風に逆らい、乗艦している兵士達が黙々と地図を描いていく。
ベイル王国の地図作成方法は、周辺国に類を見ない。
・第一宝珠都市の地図を作る場合
1.都市上空から大まかな全体図を描き、それを+の形で4つのエリアに分ける。
2.1エリアにつき縦10、横10の計100区画に分ける。
(4エリアとなるので、合計400区画となる)
3.地上で確認を行い、1区画につき1枚の紙で詳細地図を作る。
(400区画あるので、合計400枚になる)
4.全体図に1番から400番まで「左上から右下へ文字を書くように下がる形」で
番号を振り、400枚の詳細地図を番号順に並べて1冊の本にまとめる。
5.木版印刷で大量に刷って製本して「1冊の都市詳細地図」として各所へ配布。
・第二宝珠都市以上の地図を作る場合
第一宝珠都市の「1.」の4エリアに分ける前に、都市を宝珠格で分割する。
例・第二宝珠都市ならば最初に横線を1本引き、南北で都市を二分割
南北ごとに縦線を3本引き、第一宝珠都市のように南北を各4エリアに区切る。
1エリア100区画は変わらず、第二宝珠都市ならば南北の合計で800区画。
都市の詳細地図は、北と南で計2冊となる。
例・第三宝珠都市ならば、最初に横線を2本引き、北・中央・南で都市を三分割
それぞれに縦線を3本ずつ引き、計12エリア1200区画となる。
都市の詳細地図は、3冊の本となる。
例・第四宝珠都市ならば、最初に横線を3本引き、四分割
それぞれに縦線を引き、計16エリア1600区画とする。
都市の詳細地図は、4冊の本となる。
第五宝珠以降も、同じ作り方。
ベイル王国の全都市の地図は、現在このように作られている。
人口5万人を400区画で割ると、1区画には平均125人が住んでいる。
1枚の紙に30~40世帯を描くのは比較的容易で、変更があれば1ページ分の木版を新しい物に差し替えれば済む。
詳細地図によって行政は戸籍管理や徴税の業務が従来より容易となった。
だが特筆すべきは、ベイル王国の中等生に義務教育の一環として、住んでいる地域の地図を1人1冊ずつ配り、一般向けにもさほど高くない価格で販売している事だろう。
ある男が「俺が住んでいる家は、第二宝珠都市コフラン8-74-17だ」と言ったとする。
それを聞いたのがベイル王国民ならば「第二宝珠都市コフラン、8エリア(最南東)、74ページ目(100区画の縦7段目で横4段目)、地図に17番の番号が付いた家」だと分かる。
地図を持たなくても大まかに800分の1までは分かるので、近辺まで行ってから現地にある周辺案内図を見るか近隣の人に聞けば、その住所に辿り着ける。
商店や工務店も、客から注文を受けて注文先へ赴く事が容易に出来る。
「経済発展も重要だが、都市の地図を配るのは国防上危ういのでは無いか。中心部、道路、橋、河川、加護範囲などの詳細地図が敵の手に渡れば、要所を容易に制圧されてしまう」
そのような懸念は当然のように出たが、ハインツはベイル王国の国力を高めて獣人が攻め込み難くする方が国家の安全に寄与すると考え、住所の割り振り方を国家で一元化し、地図の一部配布と一般販売に踏み切った。
今や「コフラン8-74-17」と言えば、商売をやっている者ならばその住所がどこを差すのか直ぐ通じるようになった。
今後は学校教育で地図を習った者達が社会に出て、新方式の地図がベイル王国の標準に変わっていくだろう。
そして今回の新インサフ王国の建国にあたっても、ハインツは機密より国家の飛躍的な発展を優先した。
やがて空で作成した大まかな地図を携えた兵士隊が、今度は新インサフの地上を調べ尽くすべく、続々と各都市へ進入していった。
Ep10-04
バダンテール歴1266年4月。
地図作成開始からおよそ2ヵ月後、新インサフ王国の新女王となるヴァレリアは将来の住居となる旧第二宝珠都市グレッセートへの入都を果たした。
大街道を進む馬車の大部隊をあっという間に追い越し、雲を切りながら中心部へと向かって飛んでいく。
目指すは都市中心部の空港。
人が誰も住んでいない廃墟都市の特性を活かし、各都市の貴族館に隣接する広い土地を空き地にして空港と称する事にしたのだ。最終的には1個艦隊5隻が同時着陸できる規模にまで拡張する予定である。
現時点でインサフ帝国が滅亡してからは15年の年月が過ぎており、ヴァレリアがベイル王国に亡命してからは1年半しか経っていない。
ヴァレリアはリーランド帝国に亡命していた13年半の時間は一体何だったのかと苦い思いを拭いきれない。
インサフ帝国民は15年もの間、様々な物を失ってきた。家族、都市間移動、職業選択、教育機会など程度の差はあれ失ってきたものはあまりに大きい。
「ロラン、どれくらい助けられると思いますか?」
不意に尋ねたヴァレリアに対して、ロランは安易な即答を避けた。
別にそんなことを自分に聞かれても困るなどと思ったわけでは無い。
新インサフ王国に関してロランの立場は、乗りかかった船どころか船頭の一人である。
ヴァレリアがベイル王国へ亡命をしてきた際に助けるという選択肢を採ったロランの進路は、おそらくその時点で定まった。
確かに目の前の1人を助けるために多数の民が犠牲となったが、多数を助けるために法を犯していない無実の1人を見殺しにするのは果たして容認される事なのだろうか。ロランにはヴァレリアを見殺しにする事が、冒険者としても人としても正しい事だとは思えなかった。
そんな自身の選択を一度も後悔しなかった訳では無いが、考え抜いた末にあの局面ではヴァレリアを見捨てる選択は取れないと結論付けた。
もしも命の数を天秤に掛けて釣り合いが取れないと言われるのであれば、助けた1人が今後数十万人の民衆を助ける結果へ至れば良いだろう。
そもそも他にやりようがないロランは、ヴァレリアの進む道に最後まで付き合う事にした。
ヴァレリアの進む道は、ロランが進む道でもある。
「大橋を落として国土を分断するって話だから、救出できるのは大河のベイル側になる17宝珠格85万人規模だ。そこに人類と獣人が半分ずつ住んでいたら40万人。だけど旧ハザノスの避難民を合わせるともっと沢山いるか?」
ヴァレリアが出した神宝珠の条件を最低ラインでクリアした場合、新インサフ王国の神宝珠は13宝珠格65万人規模となる。ロランの予想が合っていた場合、旧インサフ帝国の40万人は全員インサフ王国で受け入れ可能だろう。
もしその見積もりが甘かったとしても、昨年に保有宝珠格を拡大させたベイル王国が後ろ盾になっているので、救出した人数が多すぎて破綻するというような事にはならないはずだ。
「…………上手く、行くでしょうか?」
ロランはヴァレリアの声色に恐れが滲んでいるのを無理も無いと思った。
ヴァレリアの場合、まともに帝位を継承するのとは次元が違うのだ。
例えば「獣人帝国に15年も支配させてしまった民は、その状況に至らしめたインサフ皇族へ呪詛を浴びせてくるのでは無いか」と言った恐怖を拭い去る事は出来ないだろう。
「インサフ帝国の滅亡の責任を負う必要は無いんじゃないか」
「それでも私は、帝位継承権を持つ皇女でした」
「帝都陥落の時点で3歳だったんだろ。それで国家の滅亡を回避出来たら人間じゃない。ベイル女王アンジェリカだって無理だ」
帝政であろうと王政であろうと、国家興廃の功罪は全て国主に帰するとされる。
インサフ皇帝ジュラルドは皇帝として帝国の全権を握っており、1236年の人獣戦争勃発から1251年のインサフ帝国滅亡までの15年間にあらゆる手段を講じる事が出来た。
そして皇帝は「獣人帝国との戦いにおいて、最も功を上げた者を次の皇帝とする」と宣言して後継者争いを勃発させ、帝都陥落と同時に後継者を定めぬままに戦死して事態を混沌なさしめた。
インサフ帝国の滅亡に最も責を負うべきは彼である。
愚帝の次に責を負うべきは、元皇太子にして宰相であったレアンドル第一皇子だろう。彼は帝都陥落時に22歳で、地位も権限も充分にあった。
彼がどうすべきであったのかという答えは、ディボー王国のルイーサ第二王女がその身を以て示した。
ルイーサ王女は父王ガストーネが獣人軍団長である無敗のグウィードと、魔族エイドリアンと、ベイル王国という三者を同時に敵に回した事を知り、もはや父が治めるディボー王国には未来が無いと見限って革命を起こし、王位を簒奪した。
そしてベイル王国と即座に和解して敵の数を減らし、逆にベイル王国の援軍を得て味方を増やした。
その結果ディボー王国は全ての領土を回復し、戦災を乗り切って現在は発展を続けている。
(…………責任の所在を考えていくと、キリが無いけどな)
ロランは、当時成人していたインサフ帝国民の全員がヴァレリアよりも重い責任を持っていたと考える。
爵位貴族たちや家臣団は国家の危機に際して皇帝の遺言やお家騒動などに付き合わず、長兄レアンドルの足を引っ張ったバルトス第二皇子を抑えるべきであった。
また民衆も国家が滅びるのが嫌ならばレアンドルを帝位に就けるべく声を上げ、大人として動くべきであった。
少なくともロランなら自分で考えて行動する。
国の方針に一切の異を唱えない事は、消極的協力という選択の一つだ。自分の命が掛かっているのだから、彼らは判断すべきだったのだ。
そんな何もしなかった大人達が、帝都陥落時に3歳児だったヴァレリアを責める資格なんて持ち得るはずが無い。
「でも今度はヴァレリアが責任を負わないといけないよな。女王様になるんだし」
「そうですね」
「まあ、俺も半分受け持つけどな」
「半分ですか?」
「おう。最後まで付き合うぞ」
「…………ロラン、あなたは言葉の意味が分かっていますか?」
「分かってる。俺はお前に最後まで付き合う」
二人を乗せた飛行艦は、それから暫し空を漂った後に旧都市グレッセートへと降り立った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
新インサフ王国の建国行程は、第三段階の行政基盤確立準備に突入した。
新王国を構成する予定の8都市にベイル王国の官僚団が入り、各都市でディボー王国兵や冒険者・雇用した民間人を使いながら受け入れ準備を着々と進めている。
現時点で各都市に1~2万人くらい難民が押し寄せてきても、彼らは大きな問題なく新王国へ組み込んで恒久的な生産体制を確立する事が出来るだろう。
問題は神宝珠の方だ。
加護が無い都市では、一般人はまともに暮らせない。
ハインツは会議室に集ったヴァレリアたち新インサフ王国の面々とベイル王国の7大臣に対し、試みていた神宝珠の再設置結果を伝達した。
「各尚書の報告に先立ち、旧ハザノス・ラクマイア両国から回収していた神宝珠の再発動状況を伝える」
ハザノス・ラクマイアの神宝珠回収作戦時に、新インサフ王国の建国予定8都市から回収した神宝珠は第二宝珠デムシアウ、第一宝珠レクセア、第一宝珠ファーティラの3つ。
またディボー王国と隣接する都市から以前回収した神宝珠は第二宝珠グレイス、第一宝珠フェルスの2つだ。
これら回収していた神宝珠が元の土地に戻った事で再び加護を発した場合、今回の作戦で回収する神宝珠以外にも使える神宝珠が増える事になる。
「第二宝珠デムシアウ、第二宝珠グレイスの2宝珠が再び加護を発した。だが残る第一宝珠3つは、全て加護を発しなかった」
「おお、第二宝珠が発したのか。それは幸いと言うべきか」
「第一宝珠は全て加護を発しなかったのですね。もしかして既に力が尽きているのでしょうか?」
尚書達はそれぞれに感想を述べていた。
ハインツがセレスティアに聞いた話では、第二宝珠は土地執着など神宝珠自身の理由があったためにベイル王国で加護を発しなかったと思われる。
そして再発動しなかった第一神宝珠は、もう判断力が残っていないのだろうという話だった。
「理由なんて分からない。ともかく稼働した第二宝珠グレイスはディボー王国に、第二宝珠デムシアウは新インサフに引き渡す。あとの神宝珠は、回収作戦後に改めて割り振りを考える。それでは各尚書から現在の進捗状況を報告してくれ」
「はい。まずはバウマン軍務尚書殿から、周辺の魔物の駆逐状況について報告を…………」
やがて始まった彼らの報告を一言でまとめれば、概ね予定通りに進んでいるとの事だった。
報告を聞き終えたハインツは進捗状況が遅れ気味の所へ追加で部隊を出し、ヴァレリアからの要望を取り入れた微修正を行って連絡会議を終えた。
実際に獣人帝国との戦いや難民の受け入れを行うまでは、廃墟都市の整備に必要な全ての人財が揃っているベイル・ディボー同盟に修正不可能なトラブルなどそうそう起こるはずも無い。
北部連合の侵攻作戦開始は、王や大使たちの会談によって6~7月と定められている。アスキス王国の継承権者であるロレンシオ・アスキス王子を旗印に掲げ、アスキス王国領の奪還を目指して進撃を開始するらしい。
そしてベイル・ディボー・インサフの3陣営は、そんな北部連合が北で動く時期に合わせて南部からも勝手に同時侵攻を行う予定だ。
獣人帝国は南北から攻めてくる人類の2大勢力を相手に戦力を分散させざるを得なくなり、南部の作戦の成功率が高まる。
但し北部連合には軍団長を倒す決定打が無いので、獣人を引きつける時間稼ぎ程度しか期待できないだろう。
軍団長を倒せれば大したものであるが、人獣戦争の勃発以来ハインツが関与せずに倒せた軍団長がメルネス・アクスの倒した殺戮のバルテルだけなので、正直なところ北部連合にはあまり期待が持てない。
よってハインツは総旗艦オーディンを母艦とし、強襲降陸艦3隻を補給用に随伴させながら物資を使い切るごとに離脱させ、快速で各都市の神宝珠回収と大橋破壊を行っていく予定だ。
南部の大祝福2以上の作戦従事者はベイル王国から6人、ディボー王国から6人、新インサフ王国から2人。
ベイル王国は飛行艦・ペリュトン飛行隊・乗組員を用意し、ディボー王国は身軽な探索者たちで編成した地上偵察隊を出す。両国の神宝珠の分配は半々だ。
新インサフ王国はヴァレリア皇女が立ち会って神宝珠回収を行う大義名分を担い、必要に応じて魔法支援も行う。
そして都市建設に不可欠な神宝珠を集めて敵の移動も阻害した後に、可能な範囲で都市のインサフ民を勢力圏に引っ張っていく。
北部連合側が獣人の戦力の半分とは言わないまでもある程度を引き受けてくれれば、民衆奪還作戦でのリスクがかなり軽減される。
もちろん北部連合側としても、ハインツたちの作戦によって獣人帝国の戦力が北部に集中しないので結果としてはかなり助かる。
つまり両陣営に損は無いはずである。
「一方的に利用している点は、悪辣だけどな」
それでもハインツには、人獣戦争の前線を遙か彼方へと押し戻さなければならない個人的な理由があった。
それはこの2年ほど予想できていた事であり、不可避の事態でもあった。
「ご主人様、リーゼロットが祝福76に達して『蘇生ステージ2』を使えるようになっていました。もう少しだけエミリアンヌの祝福を上げたら戻ってくると言っていましたよ」
「はぁ、今年中に祝福上げが終わるのは確実だな」
ベイル王国や周辺国の一体誰がハインツの本音を予想しているだろうか。
ハインツは妻であるリーゼやミリーを戦場に出したくないが故に、彼女達が帰ってくるまでに戦場に出なくて良い体制を構築しておきたかったのである。
リーゼとミリーの二人に対して「戦場行くな」と言っても、「オリビアが戦地に出ているのに、なぜ私たちは駄目なのですか?」と言い返されるだろう。むしろ素直に言い返してくれれば良い方で、リーゼの場合は自分で移動手段を調達して勝手に付いて来かねない。
ミリーは一応常識人のはずだが、ならば付いて来ないかというと答えは否で、リーゼに付き合って無茶をする事がこの6年間で証明されている。
ハインツがオリビアの転移で逃げられると説明しても、それなら全体転移で自分たちも飛べると言い返される。女性だから駄目だと説明しても、ベイル王国はディアナ侯女やバハモンテ男爵のように大祝福2以上は戦場に出る事を認めている。
だからハインツは「戦争が終わっているので、勝手に戦って戦争を再開させないで下さい」とキッパリ言える状態を作っておきたかったのである。
「現状で言う事を聞いてくれるかなぁ」
「『絶対に嫌です』」
「…………だよなぁ」
オリビアがリーゼの口調を真似てみせ、ハインツは次の言葉を失った。
特に心配なのが、ハインツの左腕を治した大祝福2のリーゼの力だ。
事前にミリーを味方に付けた上で「絶対に嫌でも絶対に必要なんだ」と説得して、ようやく『単体回復ステージ3』の公表を保留してくれている状態だが、それはあくまで『保留』である。
人の居ない僻地だからこそ今まで知られずに済んできたが、今年中にその状況が変わってしまう。
リーゼの性格を考えれば、目の前に重傷者が居て自分の力で助けられるなら助けてしまう可能性が高い。
「よし、獣人帝国をさっさと追い払ってしまおう」
このようにハインツは極めて個人的な理由から、民衆の受け入れ体制を速やかに構築していった。




























