第04話 飛竜到着
バダンテール歴1266年2月。
天山洞窟から惨殺者アミルカーレ率いるワイバーンたちが次々と飛び出した。
未だ召喚の半ばであるヒッポグリフ隊を置き去りにしたアミルカーレらが騎乗する5頭のワイバーンは、力強い飛翔で地上の遙か高みへと舞い上がっていく。
いや5頭と称するのは誤りだろうか。正確を期すならこの場には、6頭目のワイバーンが居る。
「呼吸できる高度というものを忘れてはおるまいな?」
アミルカーレの懐から、小鳥ほどのサイズの6匹目の黒色小飛竜が人語で忠告した。
6頭目のワイバーンは召喚主であるゲロルト自身が召還時に意識を繋げ、視覚や聴覚など一部の感覚を共有しながら直接操っている。
ゲロルト自身の意識を割り裂く事になるので多用はできないが、安全な後方にいて1匹操る程度ならば日常生活に支障はない。おそらく他の召喚術師でも、経験を積めば出来るようになるだろう。
黒色小飛竜の身体のサイズは、ゲロルトが意識を繋げている間ならばマナの密度を変える事で変化できる。なお現在は、最も小さくしている。
「今思い出した」
アミルカーレが高度を上げるのを止めて水平飛行状態に入ると、後続の4頭もそれに従って素直に後ろを着いてくる。
だが後方の4頭は実に拙い飛び方で、アミルカーレはまるで自分がお遊戯の先生にでもなったような気分となった。
一番マシなのは自身も飛翔できるルーカス軍団長補佐だが、彼ですらワイバーンの操り方は不慣れで、残るサイラス、ジョザイア、シルヴィアの三者に至っては開戦と同時に墜とされるような直線飛行が精一杯の印象を受ける。
「慣れが必要か」
「あの者達が乗り手となるわけでは無いだろう。軍団長ならばもう少し期待しても良いはずだ」
ワイバーンは祝福60台の強さを持ち、上位の大隊長以上の力を持っていなければ乗り手として認めようとしない。
だからアミルカーレは、天山洞窟からワイバーンを運ぶのに見合った力の持ち主を運び手として連れてきた。彼らはワイバーンを各軍団長へ届けた後には地上に留まり、皇女ベリンダや遠征地の軍団長たちを手伝わせる予定だ。
一方ヒッポグリフ達は祝福40台の強さなので、隊長程度の力量でも扱う事が出来る。
こちらは今後祝福40を越える獣人達が地上と天山洞窟とを往復して運び、地上の各都市に飛行部隊を配備させていく予定だ。
「やはり時間が必要だな。合間にやる事も山積している」
「随分と慎重な『惨殺者』が居たものだ」
「天山洞窟内をアンデッドで満たすお前程では無い」
アミルカーレとゲロルトの二人は雑談を続けながら西へと飛び続け、やがて地上帝都となっている第七宝珠都市インサフへ辿り着いた。
ここでアミルカーレは一旦ゲロルトと別れ、軍団長補佐の2名に5頭のワイバーンを操る紫輝石を預けて都市外待機を命じた。
ゲロルトが召喚したヒッポグリフやワイバーンは、宝珠都市には長く入れない。
そもそもゲロルトが召喚したヒッポグリフは馬の下半身にマナで喚び出した霊体を具現化させて繋ぎ合わせている存在で、ワイバーンは素体となる骨にマナで喚び出した霊体を肉付けしている。
そんなマナで具現化された霊体は、神宝珠が発する加護の影響を受けて元の霊体へと戻されてしまう。
あるいはゲロルトが変化させた霊体を、神宝珠が正常化してしまうと言うべきだろうか。
祝福40台のヒッポグリフなら第三宝珠格以上の都市に入ると霊体が影響を受けて徐々に正常化されていくし、祝福60台のワイバーンは第五宝珠格以上の都市へ入ると同様の現象が起こる。
即座に消えてしまうわけでは無いが、紫輝石で操っている以上は無駄な消耗を避けるべきである。
だが召喚生物は、運用次第でいくらでも使い道はある。
アミルカーレは残る軍団長補佐2名だけを引き連れ、一先ず皇女ベリンダの元へと向かった。
Ep10-04
インサフ城の住人たちは、突然の来訪に慌てふためいた。
皇帝と皇妃が天山洞窟内に住まい、それを惨殺者アミルカーレと悪魔ゲロルトの二人が守り支えるのが獣人達にとっての定石である。
それを覆す形でのアミルカーレの来訪は、破壊者オズバルドと深謀のイグナシオの軍団長2名を失って間もないタイミングであった点も併せ、獣人達にとっては不吉としか思えなかった。
周囲が息を呑む中、地上の戦況を地下本土へ定期報告していたベリンダだけは平然とアミルカーレの来訪を迎え入れた。
「人材も薄いようだな。ゲロルトの末裔のエリーカが参謀役で居たはずだが、あいつはどうしている?」
「大隊長の一人と結婚したので、南の地を任せました」
エリーカが任された第四宝珠都市デイサラスは、地上本土の南側を広く統治できる重要な都市だ。
彼女が送り込まれてから南部では生産量が数値化され、目標が設定され、問題の発生時には迅速かつ適切な対処が行われるようになった。
よって彼女が送り込まれた事は無駄では無い。
「エリーカに地方行政を任せたのか。まるで人材を活かせていないな」
「どういう意味ですか、アミルカーレ殿」
皇女ベリンダは皇帝の娘であるが、惨殺者アミルカーレは建国から繁栄までの礎を担った獣人の英雄である。
ベリンダが絶対種フェンリルの祝福100で、アミルカーレが優越種である銀鼠の祝福99であろうとも、両者の間にはそれらを上回る技量差がある。
怒鳴るわけにも吠えるわけにもいかない。
ベリンダは深呼吸をしてアミルカーレに説明を促した。
「軍事と行政の両方を同時に出来る貴重な人材を地方に送らなければならない体制自体が無駄の象徴だ。俺ならば地方の軍権は駐留隊長に、行政権は行政長に分け、両方出来る奴には全体の指示を行わせる」
「エリーカの提案で大都市に限り、軍権と行政権の試験的な業務分掌を始めました。未だ徹底はしていませんが」
「現時点で内政向きの人材が足りないのだろう。ならば最初から地域ごとの独自性を高めるのは止め、低能力でも出来るように初期は中央集権を強めておき、段階を踏んで地方に運用権限を拡大させれば良い。簡単な話だ」
「法は徹底させていますが」
「司法と行政は別だ。法律を整備するように行政も整備しろ。各都市の良い制度を吸い上げて全都市へ導入する。加えて提案者を昇格させれば意欲が上がって提案の質も上がる」
「…………検討しますが」
憮然としながら受け入れたベリンダに対し、アミルカーレは一呼吸置いてから引き連れてきた軍団長補佐たちへ視線を向けた。
ベリンダは次の言葉を促すのでは無く、同じように彼らに目を向ける。
「地上軍団長へ土産のワイバーンを持ってきた。こいつらは運ばせた後に白姫の配下とするから使え。白羊がサイラス補佐、茶鷲がルーカス補佐。貴様ら、名乗れ」
アミルカーレが命じると、最初に大きな巻角を生やした白羊の獣人が一歩前に出て、薄紅い瞳を皇女に向けながら名乗った。
「サイラス軍団長補佐です。戦士攻撃系の祝福86。種族補正は回復、ヴィンフリート様の末裔が一子。皇女殿下の剣となる所存」
「サイラスの二つ名は怒濤だ。白姫が出撃の欲求に耐えられなくなったら、代わりにサイラスを出撃させろ。満足のいく戦果を出すか、あるいは勇敢に戦死するだろう」
「…………つまり、わたしは出撃するなと?」
皇女ベリンダの弟であるブレーズ皇子が死んだとき、金羊大公ヴィンフリートが盾となった事を皇女が気に病んでいたのは臣民の広く知るところである。
そんなヴィンフリートの子孫であるサイラスをわざわざ重石に持ってくるなど意図が見え透けており、ベリンダは憮然とした表情を浮かべた。
もしも相手がアミルカーレで無ければ、ベリンダは吠え掛かっていたかもしれない。
「そうだ、自身で出撃するな。軍事に関しては後で説明する。次にルーカス」
アミルカーレが次の名乗りを命じると、獣人特性が大きく出ている鷲の獣人が一歩前に出て、無機質にも近い硬質な瞳をベリンダに向けた。
「ルーカス軍団長補佐です。戦士防御系86で、獣人補正で空を飛ぶ事も出来ます。皇女殿下の内政を補佐するよう、アミルカーレ様より命じられて参りました」
「ルーカスの二つ名は推量。政治手腕はエリーカよりも上で、エリーカを送り込む以前には白姫の元へ送り込む補佐役の最終候補にも残っていた。前職は地下本土の内政次官で、今日からでも使える男だ」
「……分かりました」
ベリンダはアミルカーレらがエリーカを送り込んだと明言した点にも不満を覚えたが、よく考えると銀狐ゲロルトの子孫であるエリーカに銀狐一族の息が掛かっていないはずは無い。
「ルーカスの役目はもう一つある。それは白姫が飛行獣で出撃した際に、撃墜された白姫を抱えて地上へ安全に降ろすという重要な役目だ。俺やゲロルトを出し抜いて勝手に飛ぶ際には、必ずルーカスを連れて行け」
「………………」
まるで子供扱いである。
だが皇帝にすら遠慮無く物を言うアミルカーレが、皇女如きに遠慮するはずも無い。
尤もアミルカーレとてベリンダの自尊心を理解できない訳では無いので、それ以上の念押しは止めて先程サイラスの件で触れた軍事の説明のに移った。
「戦略目標の見直しが必要だ。現時点での全面戦争による損失は大きい。まずは軍団長補佐を大祝福3へ上げさせる」
「可能な限りやっていますが?」
「可能な範囲が狭い。まず現在の防衛方法を見直す」
「具体的には?」
「まずはアルテナ神殿内に神宝珠を投げ込む狭くて深い穴を掘り、敵の侵攻時には防衛の者がそこへ神宝珠を投げ込んで時間を稼ぐ」
「…………どういう事ですか?」
「神宝珠をアルテナ神殿や都市から動かせないのならば、まずは持ち去られないように工夫しろという事だ」
アミルカーレの提案の実現可能性を即座に検討したベリンダは、それ自体は出来ると判断した。
だが二度と取り出せない穴を作ると神宝珠に祈る事が出来なくなって都市の価値が無くなるので、ベイル王国の回収作戦に対する時間稼ぎにしかならない。
ベリンダが問題点を思い付いたとき、アミルカーレは説明を再開した。
「同時に前線へのヒッポグリフの配置と高速連絡網の整備を行う。都市内に赤色信号弾が打てる者を配置し、敵侵攻時には都市外に待機させているヒッポグリフと騎乗する者を飛び立たせる」
後続のヒッポグリフ隊は、ゲロルトが竜人対策のアンデッド政策を中断して続々と生み出している最中だ。
但し祝福50以上の運び手を確保しなければならないという問題もあり、各地へ一度に配置する事は出来ない。
あとは紫輝石で命令する際の回数制限だろうか。
都市外のどこかに繋ぎ、瘴気と何かしらの食料を絶やさずにおけば存在の維持は可能であるが、どこかへ飛行させるという命令を出せば輝石に込められた力が減じられる。
使い続けて込められた力がなくなれば、言う事を聞かない魔物と変わらなくなる。そして言う事を聞かないのでは、空を飛ぶ乗騎としては危なくて使えない。
「前線の都市からインサフまで伝令として飛ばすと、何日掛かりますか?」
「そんな事はしない。前線の中心となる都市に大規模飛行部隊の集約地を設け、敵の侵攻があればワイバーンに乗った複数の軍団長と、ヒッポグリフに乗った大隊長や隊長級の獣人数十名による逆撃を加える。そのためイジャルガの北部方面には、南部から軍団長を一人送れ」
「しかしベイル王国側に対して軍団長2名だけでは、敗れる可能性もあります」
ベリンダが危惧したのは、昨年の戦いでベイル王国飛行艦隊に破壊者オズバルドと深謀のイグナシオが同時に撃破された戦いを思い出したからだ。
イグナシオは突然の配置で連携が困難であった点や、帰還のためのマナを残さなければならないという不利な条件をいくつか持っていたが、戦いが常に万全の状態で行われるとは限らない。
「南の地には俺が行くつもりだ」
ベリンダは危惧に代わり、ハッキリとした不満の表情を浮かべた。
オズバルドよりも強いアミルカーレが西へ赴くのであれば、確かに西側軍団長の誰が抜けても戦力ダウンとはならない。
だが過去の実績でも皇帝の信でもベリンダを上回っているアミルカーレが前線に赴けば、前線の指揮系統がアミルカーレに移るのは目に見えている。
アミルカーレがイェルハイド帝国を永きに渡って支えてきた実力者だという事は周知の事実だが、最初に地上を任せておきながら今さら子供扱いをして出しゃばられるのは、ベリンダがアミルカーレらの想像以上に能力不足だったと見なされた形となって非常に不快である。
後で口出しをするくらいなら、最初から任せなければ良いのだ。
任せる者の能力を見抜けなかったという事であれば、彼らの人を見る目もないということではないか。
そのようにアミルカーレから子供扱いされるに足る幼稚な不満を持ったベリンダだったが、己の立場を思い直してフェンリルの血に由来する強い怒りを理性で静めた。
帝国が最良の道を歩むために皇女として何が出来るのかを考えるべきだ。
ベリンダの責務とは、獣人たち臣民に安寧と繁栄をもたらす事である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帝都インサフの北側では、大街道を行き交っていた獣人たちと都市の兵士たちが遠巻きにワイバーンたちを見守っていた。
兵士達が運んできた肉にがぶりと食らいつき、上手そうに貪るワイバーン達。
魂を召喚された魔物だとは言っても、その肉体はゲロルトのマナで構成されているので見た目からはアンデッドという印象は受けないが、竜なので可愛いという存在からも程遠い。
竜に対する恐怖を植え付けられている獣人達にとっては、強そうだとか怖そうだとか、そう言う印象ばかりが浮かんでくる。
そんなワイバーンを運んできた軍団長補佐達は、本来はさらに怖い存在だ。
皇女ベリンダに引き合わされた怒濤のサイラスは、敵に食らいついたら肉を食い千切る形でしか相手を離さないような男だ。
また推量のルーカスは、食料欠乏時には生涯生産力の低い獣人すなわち老人から順番に間引いていく提案を平然と行う男だ。
彼らはワイバーンが刃向かっても、それぞれの方法で調教するだろう。
だが留守を命じられた二人の軍団長補佐のうちジェザイアは、自分と共に残ったもう一人の軍団長補佐シルヴィアが、飛竜を恐怖で抑え込むような恐ろしい人物には見えなかった。
その最大の理由は、獣人としての外見的特徴が殆ど無い事だ。
父親はコギーの獣人らしいが、彼女自身はホットパンツの中にしまえるくらいの短さの尻尾しか無く、コギーの耳もやや下側に付いている上に髪型がツインテールなので隠れてしまう。
皮膚や体毛なども人間と同じで、一見すると人間との見分けが付かないシルヴィア補佐には威圧感や圧迫感といった迫力がまるで感じられない。
彼女は兵士たちが運んできた肉を怯える彼らの代わりにワイバーンへ与え、その後は無邪気にワイバーンの首を撫でて可愛がっている。
竜人への恐怖を遺伝子に刻まれた獣人たちから見れば、一応おかしな光景なのだろうか。
それでも惨殺者アミルカーレや怒濤のサイラス、推量のルーカスのような怪物達と一緒に飛竜を運んできたジョザイアにとっては、爛漫のシルヴィアは遠路で唯一の癒しだった。
「……シルヴィア補佐って、何歳なの?」
「23歳です。軍団長補佐としては、やっぱり若すぎますかね?」
「いや、僕も33歳で若い方だからね。それにゲロルト様は、地上で長く役立つようにと僕らを選ばれたわけだし」
「とても光栄な事です。大祝福2まではゲロルト様に押し上げて頂きましたし、このまま軍団長になってもっと沢山お役に立ちたいです」
悪魔ゲロルトは、定期的に捨て子を育てている。
親の経済力やその他の様々な理由で子供が捨てられる事があるが、そんな子供達は誰かが拾って育てる意思を示さない限り死ぬしか無い。
ゲロルトはそんな捨て子の中でも誰も拾わないような出自不明の赤子やシルヴィアのような例外を連れて来させ、自身の保護下に置いているのだ。
むろん全員を救うわけでは無い。
男女の性別は問わないが、一度に育てる数は2人以下だ。
そして他の捨て子に対しては、死のうが悲惨な人生を歩もうが私人としては一切干渉しない。
故にゲロルトの行動は、善意に基づくものではなく単なる気まぐれに近いのだと言われている。
育てられた子供が獣人帝国軍へ入る事も、ゲロルトの邸宅近くに居着いて自身の生活を続けながら雑用を引き受ける事もあるが、それらは全て彼ら彼女ら自身の自由意思であり、ゲロルトに何かを強制されてのものでは無い。
時折養女からゲロルトの妾になる娘も居るが、それすらもその者自身の意志である。
シルヴィア補佐自身も、悪魔ゲロルトに育てられた養女の一人であった。
母親はインサフ帝国の帝都が陥落した24年前に天山洞窟内に連れて来られた人間の一人で、父親の名前は分からず、育てる者が居ない彼女は産まれる前から捨てられる事が決まっていたらしい。
それをゲロルトが拾って育てていたところ、偶然にも「50人に1人」なのか「200人に1人」なのかも分からないがシルヴィアに祝福が得られ、そこでゲロルトの役に立ちたいとの意思を表明してここまで押し上げられた。
もしも彼女に「ゲロルトの養女」という肩書きが無ければ、半獣人の彼女はおそらく軍に所属できていなかったはずだ。
彼女は半獣人にも拘わらず軍団長補佐にまで上がった最初の例であり、今後は半獣人たちが歩む道の前例となる。
「祝福は81だっけ?」
「はい。補佐としてギリギリの祝福数だと周囲に示しが付かないと言われて、1つ上げてきました」
「へぇ。僕は祝福85だけど、81に上がった時は確か30歳だったよ」
「自分の力だけでそこまで上がったジョザイア補佐は凄いと思いますよ。30代のうちに大祝福3を目指せるんじゃありませんか?」
「実は狙っている」
「やっぱりそうですよね。ではお互い、帝国のためにこの身を捧げましょう」
爛漫の表情を浮かべるシルヴィアを見た彼は、彼女が癒やしでは無い事を理解した。




























