第03話 事前協議★
ヴァレリアからの返答は、ハインツの想像よりもずっと早くて大胆だった。
当初ハインツが提案した侵攻予定地は合計で17都市。
回収の可能性がある神宝珠は第一宝珠12個、第二宝珠2個、第三宝珠2個、第四宝珠1個だったが、ヴァレリアは次のような分配案を提示した。
第三宝珠格以上 インサフ王国の王都
第二宝珠格 ベイル国境 リーランド国境 マルタン国境
第一宝珠格 残る4都市
予備 2個(可能であれば格の高い神宝珠)
ベイルへの報酬 残る全神宝珠(予定では7個)
ヴァレリアが示した案は、回収する17個のうち10個をインサフが手に入れ、残る7個はベイル王国に渡すという内容だった。
さらにベイル王国が前年に獲得しながら加護を発しなかった旧ハザノス王国の神宝珠3つ(第二宝珠デムシアウ、第一宝珠レクセア、第一宝珠ファーティラ)を新インサフ王国の都市で発動するか否か試す事も認めた。
もしも旧ハザノスで手に入れた神宝珠3つが元の土地で再び加護を発したならば、ベイル王国はその3つをインサフ王国に渡す事と引き替えに、新たに手に入れた神宝珠を追加で3つ受け取る事が出来る。そうなれば最大で10個もの神宝珠を得る事が叶う。
回収失敗や加護を発しない神宝珠もあるだろうが、ベイル王国がインサフ王国建国に力を貸すには充分値する。
それどころか釣り合いを取るためには、相応の支援をしなければならない。
「救出する民は、昨年の神宝珠回収作戦で東に追いやった旧ハザノス・ラクマイアの避難民を含めれば最大100万人くらいと見積もるべきか?」
『それならハザノス王国民も沢山助けられるね』
ハインツの大雑把な皮算用に対して、セレスティアが嬉しそうな意思を返した。
セレスティアは周辺国出身では無く滅ぼされた北のアンデッド地帯出身者だが、数千年もハザノス王国を助けていれば愛着なども沸いてくるのだろう。
あるいは彼女が神だからかもしれないが、そのどちらの経験も無いハインツには想像するしかない。
「北側で救出作戦を実施すれば、インサフとハザノス民は半々くらいになるかな。ヴァレリアがハザノス王国民受け入れに難色を示せば、そちらはベイル王国で全員受け入れる」
『ありがとう』
「国力増強のために受け入れる可能性もあるし、どうなるのかはヴァレリア次第だけどな」
新インサフ王国を創る予定の各都市が廃墟都市になったのは去年4月。
オズバルド軍団長を倒して人類の勢力圏に取り戻されたのが去年8月以降。
以来それらの廃墟都市では各国の冒険者達が経験値上げと物品回収を繰り返しており、運びやすくて価値が高い品々はそれなりの数が持ち去られている。
だが国家単位の物品を個人が短期間で運び去るのは不可能なので、価値の低い品は殆どが手つかずで残っているはずだ。
さらに新インサフ王国は北東にマルタン王国、北西にリーランド帝国、西にベイル王国と三大勢力の全てと国境を接する事になるので、不足する物資の調達先に困る事も無い。
また物資を購入するための資金も、ベイル王国に神宝珠を渡す事と引き替えにハインツは相応の額を用意するつもりだ。
問題は各国から買い揃えられる市販品やベイル王国の宝物庫に溢れている金ではなく人材の方だ。
新国家の建国には膨大な力が必要で、本来それは長期間を掛けて蓄積させていくものだが、今回行おうとしている建国には関しては正面に獣人帝国が存在する事から長々と時間を掛けて行う事が出来ない。
数十万人を即座に新王国に組み込むためには、法律を周知させ、秩序を維持させ、逸脱者を罰するために膨大な兵士ら治安維持従事者の目と手が必要となる。
新インサフ王国の女王となるヴァレリアや彼女に協力しているロランが大祝福2だからと言って、数十万人を殴り飛ばして言う事を聞かせるのは不可能だ。
そもそもヴァレリアらは新王国の御旗なので、直接手を下させて民の恨みを買わせる訳にもいかない。
「さて、新インサフ王国の治安を支える人員をどう調達したものかな……」
ベイル王国がインサフ王国へ投入できる人員にも限界があり、しかも人材を投じれば投じるほどベイル王国の発展が阻害されていく。
ハインツは思案の末、ベイル王国と同盟を組むディボー王国に話を持ちかけた。
Ep10-03
「なるほど、それで我が国へお越しになられたのですか?」
ディボー王国宰相オルランドの問いに、ハインツは重々しく頷いた。
面会の先触れはディボー王国に駐在するアランダ大使が行い、事前に概要やいくつかの資料も渡してある。
ハインツがオルランドに持ち込んだのは、旧インサフ帝国から回収する神宝珠の一部と旧ラクマイア王国の神宝珠をディボー王国に供する事の引き替えとして、インサフ民の救出と一定期間の治安維持を請け負う部隊を派遣して欲しいという提案だった。
ディボー王国は、無敗のグウィード撃破から今年で7年目。
その時に奪還した各都市の経済はオルランドが奪還から僅か2年間で7割方を回復させ、4年を過ぎる頃には戦争特需で各都市の生産量がかつての最盛期を一気に超え、以降の各都市は総じて回復期から急速発展期へと移行していた。
昨年には獣人に奪われたままとなっていた6都市の奪還が成って相当の人財を投じているはずだが、ハインツは無敗のグウィードに奪われた都市を瞬く間に復興させ発展に導いたオルランドにはインサフ王国に人員を出す余力があると考えた。
オルランドが提案に価値を見出せば、打ち出の小槌の如くディボー王国からは必ず人員が出てくるはずだ。
「現時点で獣人帝国の神宝珠を削っておく事や、新インサフ王国を建国させる事の価値を最も理解して貰えるのはオルランド宰相に他ならないと確信している」
「構想自体には異論ありませんが、本件に掛かる問題は実行者の方でしょう。イルクナー宰相自身が直接担うのならば、我が国はそのまま乗りますが?」
「いや、5年以内にはヴァレリア新女王にインサフ王国の全てを引き渡すつもりだ。最初はベイル式の行政運用法を施行し、ベイル王国の新都市のように一気に軌道に乗せて、5年を完全撤収の目標に順次人員を引き上げていく」
「出来ますかな?」
「むしろ彼女でなければ新インサフ王国は導けない。俺はベイル女王アンジェリカの夫で、どうしてもベイル王国を他国に優先して考えてしまう。貴殿もディボー王国の宰相だ。俺たちのようにインサフ帝国民の事を考えない人物が采配するインサフ王国に未来なんて無いさ」
「イルクナー宰相は、理想家ですな」
オルランド宰相はハインツの説明に暫く黙し、やがて持ち込まれた作戦の修正案を提示した。
ハインツはオルランドの修正案を眺め、彼の意図を理解した。
オルランド宰相が提案した最初の侵攻都市エウマリアは、ディボー王国から僅か6都市しか離れていない。
エウマリアを放置しておけばディボー王国に侵攻する拠点が残ってしまい、逆に潰せば足場を失った獣人軍はディボー王国への侵攻が不可能となる。
さらにその先のトラファルガやアガッセフまで潰しておけば、ディボー王国は人獣戦争の当事国リストから名を外す事が出来る。
わざわざベイル王国に近い都市アズラシアや、新インサフ王国に近い都市ギムオンを侵攻計画に加えているのは、追加するのがディボーにとって有利な都市エウマリアだけならハインツが乗らないからだろう。
もしも都市エウマリアの神宝珠だけを奪えば、ディボー王国の人獣戦争における当事者意識が薄れ、以降は派兵に様々な条件が付けられる事になる。しかしディボー王国はベイル、リーランドに次いで第三位の実力国であり、戦いから離脱されては困るのだ。
不利になる事が分かっているハインツがそんな提案に乗るはずが無い。
だがもしもアズラシアやギムオンを落とせるならば、ディボー王国と同じくらいベイル王国も有利になる。
「率直に言う。貴国の提案を受けても良いが、最前線の3都市から回収を試みる人員はディボー側で出してくれ。それと軍団長が居る都市の攻略は諦める」
「構いません」
オルランドはハインツが出した条件をアッサリと承諾した。
「探索者たちの飛行艦への同乗とペリュトンでの乗降を認めて貰えれば、ディボー王国側で3都市への作戦を試みましょう。一都市でも成功すれば、我ら両国共に安全が増しますので」
飛行艦にディボー王国所属の探索者を大量に乗せる事には別のリスクがある。
メリットは獣人の領土後退がベイル王国の安全にも寄与する事で、デメリットは鑑定のスキル持ちの探索者が乗艦する事で飛行艦の情報が流出する事だ。
だが飛行艦の情報流失は、オルランド宰相相手にはどのみち時間の問題だった。
ベイル王国が飛行艦の数を増やすのに比例して乗組員も増加し、機密を知る人数が増えていく。
そんな乗組員を見つけて目の前に大金を積むなり女を宛がうなりすれば、乗組員の誰かが誘惑に負けるのは疑いない。
ハインツが逆の立場なら既に両手の指の本数よりも多い人数を籠絡して、複数の情報網を構築しているはずだ。オルランド宰相がそれをやっていないなど、万に一つもあり得ない。
なにしろ毎月のように新たな潜入者がハインツの用意した囮に引っかかって摘発されているのだ。捕まっていない腕の良い連中がベイル王国にどれだけ居るのかを想像すると頭が痛くなってくる。
一応ベイル王国側も艦長職以外への情報を制限し、技術の中核は奪われないように対策を講じているものの、艦長職の者とて数十人単位で居るので既に一人や二人はオルランドに落とされていると見た方が良い。
もちろん大量の探索者に飛行艦への同乗を認めれば、ディボー王国の飛行艦建造がさらに何年か早まるだろう。
だがベイル王国への侵略拠点をここで潰せるならば利の方が大きいとハインツは考えた。
「ペリュトンは何頭必要だと考えている?」
「頭数が増えるだけ成功率が高まりますので可能な限り出して頂きたいのですが、何頭ほど投入可能ですか?」
現在ベイル王国が飼育しているペリュトン現在56頭。
内訳は作戦投入用15頭、繁殖用の雌6頭、その子供5頭。そして野生から捕らえた17頭、掛け合わせた子供13頭だ。
飛行艦とオリビアのスキル併用で野生の群れを大量に捕獲することは出来たが、野生種は人の言う事を殆ど聞かないので人を乗せて飛ばせるのには全く適していない。
リファールで千年以上も飼育されて来たペリュトンの血を混ぜなければならないようで、大規模な運用には時間が掛かるかも知れない。
よってあまり無駄遣いはできない。
これとは別にアクス侯爵家の侯女ディアナが前年の戦功として1頭を与えられており、その雌が出産したのでアクス家は2頭を所有している。
ハインツは『アクス家以外の者へは譲渡不可』『有事の際にはベイル王国の役に立てる事』の2つを条件に、『その血統の侯爵家所有』と『王家所有のペリュトンとの掛け合わせ』を認めたが、そちらに関しては現時点で動員させる気はない。
「旗艦に予備がないと困るし、そちらの作戦に用いれるのは2個パーティで12頭だな。身軽な者に操らせ、後ろに探索者を乗せて飛行艦と地上とを繋げばペリュトンの喪失は防げる。何度でも挑戦できるはずだ」
「では最前線の3都市へ降ろす人員は、ディボー王国の探索者で36名揃えます」
「分かった」
「それとアルテナ神殿への突入に先だって、リシエ秘書官にクロスアストラルウォールを掛けて頂きたいのですが。もちろん神宝珠が置かれている中心部分だけは避けて」
オルランドはそう言いながら、ハインツの隣に無言で座っているオリビアに目を向けた。
クロスアストラルウォールでアルテナ神殿内を掃討し、それから神宝珠の回収部隊を突入させるという案は、とてつもなく過激だ。
大祝福3の魔導師特殊系でなければ実行出来ないので過去に例など無いだろうが、仮に出来たとしても神宝珠を敵に回す可能性があるので、実行する国は無かっただろう。
だが大祝福3のオリビアは実行出来るし、オルランド宰相は『人類の生存圏を脅かす獣人帝国の拠点を破壊する』という大義名分があれば可能だと判断したのだろう。
そして神殿内部に大隊長以上の者がいなければ、突入した者達は殆ど犠牲を出す事無く任務を果たす事が出来る。
「…………」
「気が進みませんか?」
オルランドは、敢えて当たり前の事を言ってみせた。
ハインツの気が進まないのは確かだ。アルテナ神殿の内部には人間の神殿長が居る可能性があるし、アルテナ神殿に併設されている治癒院には人間の怪我人が居るかも知れない。
だが最前線のアルテナ神殿の神宝珠はベイル王国への侵攻拠点の要であり、ベイル王国が存続するためにその地の神宝珠を奪い去るのは必要な行為だ。
神宝珠回収で仮に人類に被害が出て責められても、それをやらなければベイル王国が滅びる危険がある以上、ハインツはやらなければならない。
「いや、問題ない。これは生存闘争だ」
皇女ヴァレリアが亡命時にベイル王国民へ犠牲を出してでもインサフ帝国民を助けようと行動したのと、今回のハインツの決断の寄って立つ所とは果たして何が違うのか。
オルランドはハインツを理想家だと言ったが、ハインツの理想とは人類全体に対する理想ではなくベイル王国民の理想に近いのかも知れない。
ハインツはベイル女王の夫にして宰相としてベイル王国を優先せざるを得ない事を頭で理解しているが、感情的には必ずしもそれを由としているわけでは無い。
むしろヴァレリアにインサフ帝国民の気持ちを代弁させる事で、自身が暴走しないように自戒したいのかも知れない。
オルランドはハインツの表情から何かを感じ取ったようだが、それについては何も言わなかった。
「回収した神宝珠の割り当てはどう考えている?」
「ベイルとディボーの割り振りは半々で如何ですかな?」
「分かった。新インサフ王国に投じる治安部隊と支援に期待する」
「我が国へと譲られる神宝珠に相応しい支援をお約束しましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オルランドの修正案で回収予定の神宝珠が増えた事から、ハインツはベイル王国に戻って皇女ヴァレリアに再度了解を取り直した。
そして割り振りの再調整を終えると、インサフ側もディボー王国に招いて人数を増やした打ち合わせの場を設けた。
「もっとも、いくつかの都市は回収に失敗すると考えておりますが」
獣人帝国の侵攻であれば、軍団の在るところに軍団長が居て、大隊の在るところに大隊長が居ると誰にでも分かる。
だが人類による逆侵攻では、必ずしもそうであるとは限らない。
侵攻した都市にたまたま軍団長や大隊長が居合わせている可能性もあるし、そうなれば作戦が失敗する可能性も生じる。
そんなオルランドの言に対し、ヴァレリアは過度の期待をしない旨の頷きを返した。
再開された話し合いの出席者は、次の通りである。
ベイル王国からハインツ、オリビア、メルネス、アランダ駐在大使。
ディボー王国から女王、宰相、大騎士団長4名、大魔導師1名、大治癒師1名。
インサフ陣営からヴァレリア、ロラン、レナエル。
なおアランダ駐在大使以外のベイル王国民とインサフ陣営の計6名は、オリビアの転移で一度にディボー王国を訪れている。
「ロラン・エグバードか。意外なところで会ったな」
「リーランド帝国のユーベル・アーベライン大騎士団長が、どうしてディボー王国に居るんだ?」
「お前との約定通り辞職した。国には残れないだろうさ」
「……そうか」
「気にするな。それは俺の生き様で、ディボーから提示された条件も破格だった。ところでお前はベイル王国ではなくインサフの所属らしいな?」
「元々出身がベイル王国なだけで軍人じゃ無かったからな。あのときはディアナに雇われて冒険者として参戦していた」
「ほう。大祝福2を雇って連れてくるとは、流石アクス家だ」
ディボー王国はこの会談に大祝福2の冒険者を6人参加させていた。
国が育てた大騎士団長も居れば、他国から条件を出して引き抜いた者も居る。
引き抜いた者の一人はロランと話しているリーランド帝国の元大騎士団長ユーベル・アーベラインで、彼の傍にはかつてパーティを組んでいたカルロス・ダントーニもいる。
両者ともかつてディボー王国が無敗のグウィードの軍勢を調べるために使い捨てにしようとしたところ反発した冒険者たちだ。
現ディボー王国はガストーネ王を排除したルイーサ女王の流れを汲んでいるものの、そのような人物を大騎士団長に任じるとはオルランド宰相も中々に図太い。
「ペリュトンの降下基準を予め設けるべきだね」
「と言うと?」
ディボー王国が作戦に投入できる戦力を理解したメルネスは、ドステア大騎士団長に忠告を行った。
「軍団規模が駐留していたら、その都市には軍団長が居ると見なして降下自体を避けるべきじゃないかな。飛行艦とペリュトンがあれば、何度でも挑戦できるんだ。わざわざ軍団長が居る可能性の高い所に降りるのは無駄死にだよ」
「ふむ」
ドステア大騎士団長は、メルネスの忠告を素直に受け入れた。
ペリュトンがある限り何度でも挑戦できるのに、わざわざ軍団長が居るときに攻め込むのは確かに無謀だ。
昨年ベイル王国がオズバルド軍団長に決戦を挑んだ際には、オリビアの鈍化スキルを二重に掛けて7名もの大祝福2を投じていながら、5名もの死者を出している。
死者には祝福80の戦士バスラー、祝福77の戦士エイヴァン、祝福77の探索者ハクンディ、祝福77の治癒師ブランケンハイム、祝福70の戦士ボレルが名を連ねており、彼らは全員祝福70以上だ。
今回ディボー王国が用意できる大騎士団長には祝福70以上の者が一人もおらず、軍団長がいる都市への突撃が無駄死へと至るのは目に見えている。
「だが敵が1個軍団だけだと分かれば、両国の大騎士団長を同時に投入して各個撃破する好機ではないか?」
「ベイル王国の大騎士団長を対軍団長戦に投入するのは却下だ。前回の戦いで、大祝福2を10名も死なせてしまった。軍団長の数は一人では無いし、これ以上死なせれば国防に支障を来す」
ドステアの提案をハインツが切り捨てた。
「ではベイル王国は、攻略戦ではクロスアストラルウォールを掛けるだけになるのか?」
「最前線の3都市と、軍団長が居ると目される都市に関してはそうだ。今回ベイル王国は、軍団長が居た場合に地上部隊を出さない」
なおベイル王国に所属している大祝福2は、メルネス・アクス最高司令、ディアナ・アクス侯女、エディ・ブルックス大騎士団長、レオン・ケルナー大騎士団長、フェルトン子爵、バハモンテ男爵、ベックマン近衛騎士団長、ネッツェル要塞司令の8人だ。
だがハインツが遠慮無く使えるのは8人のうち最高司令のメルネス、ブルックス大騎士団長、ケルナー大騎士団長の3人だけだ。
ディアナ侯女は、母親のアクス侯爵夫人から「そろそろ娘の結婚を」と制止が入った。確かにアクス家ばかりに負担させるわけにもいかない。
フェルトン子爵には領地を任せたばかりだ。それに彼には立身出世の成功例として他の冒険者を引き寄せる広告塔になって貰いたいので、戦死されると困る。
バハモンテ男爵は自分で戦死しても構わないと言ってくれているが、だからと言って女性を3回も戦場で死なせては国家の体面に傷が付く。
ベックマンには、王族の近衛騎士団を任せている。王族が誘拐されれば王国は大変な事になるので、警護に大祝福2が一人も居ないのはやはり不味いだろう。
ネッツェルにはエルヴェ要塞の大幅強化を命じているが、彼はそろそろ世代交代の年齢だ。指輪も使い切っており、よくぞここまで支えてくれたという類いの人材だ。
いい加減に戦力を補充しなければならないが、こちらにはまだ時間が掛かる。
「騎士の育成や冒険者支援で次代の育成はしているが、新たな大騎士団長を増やせるのはもう少し先だ。あと1年ほどで騎士から上がりそうな者は何人か居るが、民間は…………」
そう言ってハインツは、ロラン・エグバードに目を向けた。
それに釣られてドステアもロランを眺め、彼は納得した。
ロランは国が育てても思い通りに行くとは限らない例の一人であり、ディボー王国の軍事を担って苦労しているドステアにはベイル王国の苦労が共感できた。
次いでハインツは、同席しているジル・ブラッハ大魔導師を見た。
彼は元々ベイル王国冒険者協会の所属で、かつてハインツが行った廃墟都市リエイツへの強行調査にも同行したエリート幹部だった。
ハインツがベイル王国と冒険者協会との関係を考慮して引き抜きを躊躇っていたところ、オルランド宰相が恐ろしい好条件でディボー王国側に引き抜いていった。
現在の彼はディボー王国の魔導長官であると同時に、断絶した第一宝珠都市レザイアの爵位貴族家を引き継いだ子爵閣下でもある。そして彼の妻には、前レザイア男爵家の遠縁の娘があてがわれた。
冒険者協会は軍では無く民間組織なので、引き抜くのはルール違反では無い。
それにハインツ自身もリーランド帝国で活動していた傭兵団をまとめて引き抜いた事がある。
ドステアの表情は苦々しくなった。
両国の宰相は不文律という名のルールに従って人材カードの取り合いをしているつもりなのかもしれないが、生真面目な彼にとってはこのような行為には後ろめたさを感じる。
だがディボー王国で育った大祝福2は、ドステアの他に探索者系のブルーノ・ボルツと大治癒師のラリサが居るだけだ。カードの取り合いは後ろめたいが、国防のためには必要な行為だと認めざるを得ない。
今回ベイル王国が人材不足を理由に軍団長の各個撃破を狙わない理由について、その一因となったディボー王国側のドステア大騎士団長は渋々受け入れた。
「無理は禁物だ。獣人帝国が神宝珠回収に対する策を考えていないはずは無い」
「一体どのような策があるのだ?」
「例えば飛行艦が接近すれば大型兵器や遠距離魔法で撃沈しようとするだろうし、神殿内に突入すれば軍団長2人が待ち構えている可能性もある。罠を2段構えにして、撃沈した飛行艦を奪うと言う方法も採り得る」
「対抗策は無いのか?」
「飛行艦も万能では無い。去年のオズバルド軍団長との戦いでは、40艦中18艦が撃沈させられている。獣人の支配下で落とされたら回収は不可能だ」
獣人帝国に飛行艦が奪われる事は、大祝福2を失う事以上に大きな痛手となる。
「獣人帝国でも上位者には限りがある。クロスアストラルウォールで神殿内を掃討してペリュトンで部隊を降下させれば確かに効果的だ。突入隊に信号弾を持たせて、神殿内に軍団長が居なければ大騎士団長を全員送り込んで大隊長を倒すという方法もある」
「軍団が居ないと思われる都市でも、最初には大騎士団長を送り込まないのか?」
ジャポーンの安全基準に対してディボー王国出身のドステア大騎士団長が、やはりどこか納得出来ずに首をかしげる。
「そもそもの戦略目的は、神宝珠の回収だったかな。それとも獣人軍の撃滅だったかな?」
戦意が高すぎるドステアをメルネスが諭した。
「神宝珠を回収して、民衆を救って、新インサフ王国を建国する。それを為すことは、目先の獣人を倒すことに劣る事なのかな?」
「……いや」
「確かに僕たちには、もっと遠い目的地があるね。でも二歩同時に踏み出せば、目的地に辿り着く前にバランスを崩して倒れるかもしれないね」
かつてバルテル軍団長を殺してトラファルガを奪還しながらも倒れたメルネスには、実体験に基づく言葉の重みがあった。
ドステアは戦意を沈め、彼にとっては些か消極的に思える作戦に同意した。
























