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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第十巻 独立戦争(12話+1) ~解放者の領域~

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第01話 天元構想★★

 バダンテール歴1266年1月。

 戦争の事後処理を粗方片付けたハインツは、心の重石を軽くして新たな年を迎えた。


 前年は、人獣の状況が激しく動いた文字通り激動の年だった。

 旧ハザノス・ラクマイア両国で行われた神宝珠回収作戦。皇女ベリンダ率いる5個軍団の迎撃戦。破壊者オズバルドと彼の軍団を下した北部侵攻戦。壊滅した獣人軍の空白を埋める領土奪還戦。これら破竹の快進撃によって、人獣の勢力図は大きく塗り変わった。

 その結果ベイル王国は保有宝珠格を345万人から560万人にまで跳ね上げ、リーランド帝国にいる東側諸国の難民、旧3属国の非正規民、奪還都市のハザノス民などを次々と組み込んで総人口自体も急増させていった。


 本来であれば、いかに『全体方針を定める宰相としての事後処理』であっても、これほど早く粗方が片付けられるはずは無い。

 だがハインツは、仕事の手を抜いて片付けたわけでは無かった。

 遡る事2年半前のバダンテール歴1263年7月、ハインツはベイル王国の尚書会議でこのように命じている。


『私の第一目標は、旧ハザノス・ラクマイア両国にある25神宝珠をベイル王国に招き、最大で45宝珠格増やして人口規模を345万人から570万人にまで引き上げ、同時に獣人帝国との間に距離の壁を作る事だ』

『将来は神宝珠が2つになる都市が増えるだろう。既存の第一宝珠都市に第二宝珠を置くなどして都市を発展させる余地もある。各尚書はそれを念頭に下準備を開始しろ』


 このようにハインツは、軍事行動を起こす2年半も前から『戦後処理の準備を国家単位で行わせてきた』のだ。

 もちろん大勢の難民を受け入れる事は容易では無いが、ベイル王国は都市ブレッヒで『都市新設』、都市アクスで『都市拡大』、金狼が侵攻した各都市で『都市再建』を総じて経験しており、それらを行った実務経験者がベテラン勢として国中に揃っていた。

 また新設されたバルフォア、カーライル、ボレルの3都市は全て元廃墟都市で、最初から区画・道路・水路・石造りの建物が整備されており、大規模な支援が行える第五宝珠都市アクスや第三宝珠都市オルコットに隣接しているという破綻しようのない好条件が揃っていた。

 そしてベテランの人員を雇い、大量の物資を買い付けて投入するための資金は、王城の宝物庫に前年獲得したリーランド帝国からの戦争賠償金が殆ど手付かずで溢れかえっていた。

 これらの結果、ハインツは準備していた全ての政策を同時に推し進める事が出来て、それまで高度経済成長状態にあったベイル王国自体もそこから2段飛びの勢いで国力を引き上げていった。

 概ね順風満帆と言える状況に、この時のハインツは本当に心の重石を軽くして一息吐いていたのだ。


「頑張った…………もう働きたくないでござる」


 ジャポーン人男性は基本的に働き者だ。「サービス残業」などと言って、対価も出ないのに勝手に労働を続けてしまう。

 どこぞの国の詩人も「頑張った事自体が報酬だ」とか何とか言っていたので、もしかするとそれはジャポーン人に限らないのかもしれないが、あちらの人達は休む時には休む。

 だからハインツも少しは休まなければならないと思った。もしくは願い、あるいは望んだ。


 そんな「人の夢」と書いて「はかない」と読むハインツの願望は、宰相の執務室を叩くノックによってあっさりと打ち破られた。


「宰相閣下、バウマン軍務尚書閣下がお見えです」

(…………ござる…………ござる)


 残念ながらハインツには「粗方片付いた」に収まり切らずに持ち越しとなってしまった問題が一つだけあった。






 Ep10-01






「バウマン軍務尚書、何か急報でもあったか?」


 執務室の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、ハインツがベイル王国に来る前からこの国の軍務尚書の地位にあったバウマンだった。

 ハインツは先程までの落ちぶれた侍……すなわち浪人のような情けない表情を消して、大国ベイルの宰相として冷静な表情で淡々と入室者に問い質した。

 そんな宰相に対し、バウマン軍務尚書は感情的な勢いをやや弱めながら返答する。


「急報ではありません。しかし早期に解決を図るべき問題です」

「ほう?」


 軍務尚書ヨーゼフ・バウマンは、全閣僚中で最年長の53歳。

 出自はバアイトス男爵家で、バウマンは現当主の弟にあたる。

 同時に祝福48の戦士防御系であり、出自と騎士団長以上の祝福が揃った彼は軍高官として満点に近い男だ。

 それは良いのだが、彼は道があれば脇目を振らずに直進するタイプだ。良く言えば御しやすく、悪く言えば参謀には向かない。


「騎士団の再建に関しまして。年も改まった事ですし、追加の募集を掛けるべきかと思われますが」

「…………却下する」

「宰相閣下、それは如何なる理由からですかな?」


 ハインツが出会った7年以上前のバウマンであれば、相手が宰相であろうとも「それは何故ですかな!我が軍は……うんぬん」と言い返しただろう。

 彼が「一先ず理由を聞く」という姿勢を持つようになったのは、ハインツが冒険者支援制度によって冒険者の平均値を押し上げ、大祝福1以上の者のみで編成する新騎士団を作り、飛行艦隊を建造し、軍団長やリーランド帝国を下して来た結果だろう。

 今の彼は、ハインツの言う事は一先ず聞く。

 ハインツはバウマンに対し、募兵が出来ない理由を説明する事にした。


「では現状を再認識しよう。とりあえずソファーに座れ。女官、何か飲み物を。ディヒラー軍務次官、先の会議で用いた周辺各国の戦力予想表を出せ」

「畏まりました」「はっ」


 バウマンと彼が連れてきた軍務次官が応接用のソファーへ座る間に、女官が優雅に一礼して退室していった。

 余談だが、4人と結婚済みで他の女性に手が出せないハインツ付きの女官は競争率がとても高い。彼女は可愛くて愛想が良くて仕事まで出来る素晴らしい女官だが、そんな彼女もハインツにとっては観賞用の花である。


「…………では改めまして」


 ディヒラー軍務次官がハインツとバウマンの手元に資料を差し出してきた。


 ★周辺各国の戦力予想表(宝珠数から算出した、戦力回復時の最大数)

  挿絵(By みてみん)


「宰相閣下のご指示で作成致しました、各国の戦力予想表です。『各国の保有宝珠格』、『冒険者の登用率』、『大祝福を越える割合』を全て現行のままと仮定した上で計算しております」


 この表には注意点がある。

 これはあくまで『各国が保有する神宝珠で理論上、配備可能な最大値』だ。

 各陣営の実際の戦力は、リーランド帝国と北部連合、ベイル王国と獣人帝国がそれぞれ戦争で削り合った為に理想値を大きく下回っている。

 それにベイル王国と獣人帝国は保有している神宝珠に人口自体が追いついていない。

 加えて獣人帝国は、神宝珠の加護を維持する為には都市に一定数の人類居住が不可欠で、獣人人口は宝珠格通りとはいかない。

 従ってこの表は、全陣営が現在保有している宝珠格が今後も変わらなかった場合の『将来の戦力予想表』となる。


「宰相閣下、このままではいずれ獣人帝国が勢力を拡大させて人類を併呑してしまいますぞ!」


 バウマン軍務大臣は、獣人帝国の将来の戦力を指差して語気を強めた。

 獣人側の『大祝福1の戦士1万3336名』というのは、人類の主要3勢力を全て足した騎士数のおよそ2倍の戦力だ。まともに戦えば当然勝てない。


「そもそもこの表を作らせたのはオレだ。改めて言われるまでも無い」

「では募集を!」

「……却下と言っただろう。冒険者全体のうち戦士と探索者は合わせて80%、そこから優秀な冒険者を25%も国家所属にするのは国家総力戦に等しい。既に登用の限界値だ」


 人類は200人に1人くらいが祝福を得ている。

 ベイル王国が560万人の人口を完全に組み込めた暁には、祝福を得ている人間は約28000人となるだろう。

 その28000人全員を国家所属にすると、国家所属は100%となる。


 だが、それは不可能だ。

 高齢冒険者、妊娠・出産・育児をする女性冒険者、駆け出し冒険者、国家への所属を避ける冒険者を全員ベイル王国に所属させるなど出来ないし、所属させても働きには期待できない。

 全冒険者中15%もの人間が騎士となっているのは、『騎士階級』という地位・名誉・特権、獣人に負ければ祖国が滅ぶという選択肢の無さ、安定した高給などに起因する。騎士の一夫多妻を後押しする『配偶者の登録都市の融通』などは、人材確保の観点から生まれた特権の一つだ。

 また全冒険者中10%いる治安騎士は、危険な戦場や都市外へ出る意思は無いが安定した収入が欲しい冒険者や、性別によって騎士団に所属できない女性冒険者の受け皿ともなっている。そのため騎士が足りなくなったからと言って、治安騎士を騎士へ振り替える事も難しい。


 ハインツは「治癒師や魔導師の育成による国家所属者の上昇」や「他国の冒険者を呼び込む事による民間冒険者の人材不足解消」などの工夫も行ったが、それらを加味しても現状の比率が限界だと考えている。


「国家所属冒険者が増えれば、それだけ民間冒険者が減る。すなわち、都市外の資源獲得や都市間輸送に従事する冒険者が減る。すると市場の流通量が減って国力が低下し、原材料費や輸送のコストが上がって経済が悪化する」


 バウマンはハインツが渋る理由の一端を理解して、反論のために開き掛けた口を閉じた。

 軍事力の強大化が国力の弱体化に繋がる事を示され、短期決戦で勝てない獣人帝国相手に軍拡を続けた結果がどうなるのか多少なりとも見えたのだ。

 戦術を考えるのは司令官の仕事だ。バウマンはその上の軍務尚書であって、もっと広い視野に立って戦略や政略に幅広く目を向けなければならない。


「…………仕方がない。不本意だが、高速祝福上げを使うか」

「高速祝福上げですと?」

「そうだ。騎士の祝福上げを、転生竜から西のスワップリザード退治へと順次切り替える。そしてその際に、少し工夫をしてもらう」


 怪訝な表情を浮かべるバウマンに対し、ハインツは嫌々ながらも説明した。


「まず、スワップリザードの巨大沼地の東端に『鉄筋鉄骨コンクリート製の壁を三方向に配したコ字型の高い防壁』を作れ。そしてコ型の空いている部分は、その上から任意に壁を落としてロ型に出来るようにしろ。あとは、飛行艦で空からスワップリザードを追い立てて、空いた部分に追い込んで壁の上から弓を射かければ、犠牲が皆無で簡単に騎士や従軍治癒師の祝福上げが出来る。壁の罠は横二列に並べて逃さないように取り計らえ」

「おおお、その様な手が!」

「ついでに飛行艦からスワップリザードの群れに油樽を落として、従軍魔導師にファイヤーの魔法を飛ばして着火させれば、倒す炎にその者のマナが含まれているので経験値が入るだろう。何百万匹と生息しているはずだからな。半分くらい間引いても大丈夫のはずだ」

「名案ではありませんか。直ちに手配致しますぞ!」


 頻りに感動するバウマン軍務尚書と、一言も聞き漏らすまいとメモを取るディヒラー次官を見ながら、ハインツは不本意な表情を浮かべた。

 高速祝福上げによって不相応の力を持つ軍人が増える事は、ベイル王国にとって好ましい事ばかりではない。

 高位冒険者は、発言力がとても大きい。なにしろ彼らは国防の要であると同時に、既存の神宝珠に力を重ね、場合によっては新たな神宝珠を創り出す候補だからだ。

 ハインツならば実績によって主戦論者を黙らせる事が出来る。つまり「文句があるなら俺より多くの軍団長の首を持ってこい」と言う訳だ。ちなみに公式記録では4つ(金狼、無敗、無情、深謀。ジュデオン王国の件なんて知らない)となっている。

 だが次期国王(予定)のフィリベルト王子が祝福を得なかった場合、ハインツと同じように彼らを抑え切れるとは到底思えない。

 軍の上層部に主戦論が台頭し、無謀な出征の結果として国が被害を受ければ、高速祝福上げで上位者を増やしたところで結果は本末転倒である。


「高速祝福上げと並行して、冒険者を必要としない戦力も増やせ。飛行艦の量産と乗組員の育成は急務だ。飛行艦の艦体材料である竜皮・竜骨・燃料の輝石を各国から積極的に輸入し、錬金術師以外の乗組員には余剰人員を作って追加配備に備えさせろ」

「もちろんです。これで我が軍はさらに強くなりますな!」

「…………はぁ」


 現状において高速祝福上げは避けがたいが、他の力を同時に引き上げることで、相対的に高位冒険者の発言力を抑える事は出来る。

 飛行艦による火炎樽投下は、冒険者を必要としない有為な戦力の典型だ。

 前年に行った神宝珠回収作戦によって飛行艦の母港となる都市ブレッヒや王都の加護範囲は著しく拡大しており、人類間戦争の終結によって艦体材料の輸入にも支障は無くなった。

 艦数を増やす事で情報漏えいの質と量が増加してしまうデメリットはあるが、それでも戦局をさらに有利にできるというメリットは大きい。


「他にも軍事施設の人員を騎士から兵士へ切り替えろ。軍務省への騎士配属も最低限で良い。年配の騎士を貴族家の護衛や治癒師の祝福上げに回せ。前線に回さなければ騎士の定年も多少は引き上げられるはずだ」

「効率化を図るわけですな!」

「そうだ…………確かに騎士を死なせすぎたな」

「僭越ではございますが、小官は充分な戦果が得られたのではないかと愚考します」


 ディヒラー次官がハインツの呟きに反応し、メモの手を止めて口を差し挟んだ。

 彼の言は正しい。ベイル王国は大騎士10名の戦死と引き替えに、軍団長3名、軍団長補佐2名、大隊長7名を倒している。

 おそらくハインツがうめいている以上に、皇女ベリンダはうなっているはずだ。獣人帝国側も、戦力の回復が急務のはずだろう。


「しかし宰相閣下。今しばらくは良いとしても、やはり将来は危険ですぞ!」

「うぐっ」


 バウマンの言にも一理ある。

 地上獣人120万人のうち、女性を半数の60万人と仮定する。

 平均寿命を60年として、出産適齢期を15歳から35歳と見積もると、全体の三分の一にあたる20万人くらいは子供を産めるはずだ。

 そしてハインツは、人獣戦争が事実上の停戦状態となったバダンテール歴1260年から再開の1265年までの5年間に、出産可能な彼女ら20万人が平均1人ずつ子供を産んだと仮定して、現在の獣人人口を140万人に近いと見積もった。

 寿命や病死者も計算すると140万人には届いていないだろうが、獣人帝国は数百万の人類を支配下に置き、衣食住の生産を命じる事が出来るので、獣人女性が出産と育児に専念できる環境は人類よりも遙かに整っている。


 単純に5年で獣人人口が20万人増えると考えれば、現行の獣人帝国の内政で維持できる獣人人口284万人に到達するまであと35年後だ。

 これを「まだ35年もある」と考えてはいけない。今から15年後には獣人人口が200万人に達しており、そこから対策を始めても手遅れだ。

 放置すれば悪化すると分かっているのだから、それを理解した時点で動き出さなければならない。そしてハインツは、この件がベイル王国共同統治者のうち自分の担当であると考えている。


「……分かった。バウマンの追加募集案は却下するが、代わりに獣人帝国の人口増加対策はこちらで検討しておく。二人とも退室して良い」

「承知しました」「畏まりました」


 バウマン軍務尚書とディヒラー次官は、ハインツの退出命令に従い揃って執務室から退出していった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






『興味深いわね』


 ハインツから伝達を受けた神宝珠エリザ・バリエが、そのように意思を返してきた。

 治癒師の大祝福3台であるハインツとエリザは、祈りを介した意思の相互伝達が出来る。

 どのような伝達かといえば「明確に伝えたいと思った事を、相手に意識を向けて心の中で強く想う事で伝えられる」というのが近いだろう。言葉を介さずに済む分だけ、伝達速度は早くなる。


 伝えたくない事まで誤爆してしまうのではないかという危惧は当然ハインツにもあったが「神宝珠に意識を向けて、神宝珠のイメージを思い浮かべ、集中して語り掛ける」という意識の切り替えを学んでからは、相互伝達に支障が無くなった。


『ハインツは、どうするの?』


 神宝珠セレスティアも興味深そうにハインツへ問いかけた。

 ハインツは基本的にセレスティアとエリザの神宝珠を両方所持している。

 5000年分の知識やアーシア人の情報を持った彼女らは極めて貴重な存在で、いざという時には神宝珠から神へと顕現して助けて貰う事まで期待出来る。魔族アルミラにベイル王国が狙われるので安易には使えないが、彼女達はハインツの最終手段だ。


 一方セレスティアやエリザにとっても、ハインツは周辺国で人類最大の権力を握る生者で、自分たちと同じ大祝福3の治癒師で綿密な意思疎通が図れ、アルミラ退治に関する理解と協力まで得られた過去最高の相手だ。

 取り分け神宝珠の力の回復が図れる点は大きく、協力を解消する理由は見当たらない。


「そうだな。北部連合が『元アスキス王国の領土奪還作戦』と『獣人帝国領の神宝珠回収作戦案』を計画しているらしいんだが……」


 ハインツは、北部連合の使者が持ち込んだ飛行艦隊と新騎士団の派遣要請を断った。

 それは「破壊者オズバルド撃破後の今こそ攻め込むべきだ」と言う建前の裏に、『8ヵ国の被害をなるべく出さないようベイル王国に頼る』と言う本音が透けて見えたからだ。

 北部連合の基地を使う以上、駐留させる飛行艦隊と乗組員が様々な干渉をされることは目に見えており、情報漏洩を防ぐのは不可能に近い。


 北部連合が持ち込んだ話は外交交渉と言うのもおこがましく、相手の善意を利用して騙そうという詐欺師の甘言だったと言うべきであろう。

 三人寄れば文殊の知恵と言うが、頭数が増えすぎると妥協点を見出せずに組織が機能不全に陥るのかも知れない。

 ベイル王国から二度目の面会が認められなかった使者は、やがて交渉を断念して渋々帰国の途に就いた。


『アスキス王国の領土奪還作戦は分かるけれど、獣人帝国の神宝珠回収作戦というのは何かしら?』

「ベイル王国が人口規模を引き上げた事に、北部連合8ヵ国が触発されたらしい。アスキス王国は各国の防壁となり、王族も残っているから都市を勝手に奪えない。だがエンドア王国の12神宝珠100万人規模ならば問題ない。と考えたらしい」

『……へぇ』


 その伝達を聞いたハインツは、もしもエリザ・バリエが顕現していたならば微笑して目を細めるような仕草をしたのではないだろうかと感じた。

 彼女たちによれば、神宝珠は周囲のマナの流れがある程度分かるらしい。

 ある程度と言うのは神宝珠にも由来となった神ごとに力や特性差があるからだが、大まかには加護範囲内において「地形から生じるマナの流れ」や「加護や祝福を持つ人間の大まかな数」などが分かるらしい。

 だから移設に不満を持つ神宝珠は加護を発しなくなるし、周囲が獣人ばかりになればやはり加護を発しなくなる。他にも大祝福1程度の神宝珠では意思を喪失してしまい、話が通じない事もある。


『北部連合は、獣人の本拠地になっているインサフ帝国領を狙わないの?』

「ベイル王国がインサフ帝国の継承権者を庇護下に置いており、その件で敵対したリーランド皇帝の首を容赦なく刎ねた。一方で王家が途絶えたエンドア王国には文句を言う者が居ない。どちらを狙うかなど明白だ」


 水は低いところへ流れる。

 だが北部連合の進軍を見過ごせば、やがて彼らもインサフ帝国領の神宝珠を狙い始めるだろう。獣人帝国の力を削れるとしても、それを座視すれば皇女ヴァレリアを受け入れたベイル王国の信義に関わる。

 それに北部連合に見す見す神宝珠を奪われるのも癪であるし、リーランド帝国を強大化させるつもりもない。

 事態の手綱はベイル王国が握っておくべきである。


「北部連合に合わせてこちらも動こうと考えている。南北で同時に動く事で獣人帝国の対応力を分散できるから北部連合も壊滅しないだろうし、勢力の伸張先もこちらで制限できる」


 ハインツは地図に線を引きながら、イメージをそのままセレスティアとエリザに伝えた。


  挿絵(By みてみん)


「侵攻する都市は、とりあえずこんなところかな」


 北部連合がアスキス王国を奪還してエンドア王国から神宝珠を回収する間に、ベイル王国は旧インサフ帝国領を削り取る。


『最前線の都市を避けるのは、軍団長が居るから?』

「ああ。多分ベイル王国に一番近い都市アズラシアには軍団長がいるだろう。他にも前線都市のエウマリアやギムオンも居る可能性があるし、軍団長が居なくても大隊長ならいるかもしれない。もう大騎士団長を失いたくないからな」

『他の都市に偶然軍団長が居合わせた場合は、どうするのかしら?』

「オリビアの石化スキルが効けば良いが、ダメなら戦わずに逃げる」


 ベイル王国の大祝福2台は半数以上が戦死しており、軍団長との地上戦になれば勝ち目が無い。同格である大隊長との削り合いも困る。

 ひとまずリスクの高い都市を回避し、いずれ機会が到来すればその時に回収するという考えだ。


『……ところで、割譲予定地って何かな?』

「回収した神宝珠と、入植地の各都市から救出した元インサフ帝国民とで、皇女ヴァレリアに『新インサフ王国』を建国して貰おうと思っている」

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