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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介
第一部 第二巻 北風と二つの太陽(11話+エピローグ) ベイル王国編
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第03話 冒険者の流儀

 俺とクリストの連携攻撃が、妖精女王の体を左右から串刺しにした。

 だが妖精女王の魔法も、俺達を同時に串刺しにした。

 クリストは困った顔で俺を見た。俺もやれやれと言う顔でクリストを見た。クリストの妻は腹に子供を抱えていて、俺は王女との結婚が控えていた。

 この戦いが終われば、結婚するはずだった。国王も認めていた。


(参ったな。俺には未練がある)


 俺が未練を持っていると言う事は、クリストも未練を持っていると言う事だ。


(蘇生は、無理だろうな)


 だいたい、国の宝庫にはステージ2の蘇生薬が1瓶しか無かったはずだ。片方だけ生き返らされても困る。

 クリストが王女と結婚する予定だったのならば、国王はクリストを生き返らせただろう。だが、俺は国王にあまり受けがよく無かった。クリストだって平民と結婚して王の鼻を折った。


(まあ、無理だな)

「ハハッ」


 笑みが零れた。吐血も零れた。

 妖精女王とその戦力は、ほぼ全滅した。女王が戦って死ぬと言う事は、そこまでの被害だと言う事だ。あとはベイル王国が何とかするだろう。

 長い旅だった。

 始まりは、豊かな湖を抱えたジデンハーツだった。クリストと一緒に釣りをして過ごした。親父とお袋は温かかった。

 冒険者登録をしに行った時、腕力を測ると言って重石を引っ張らされ、力いっぱい引いたら足が滑って頭を打った。周りに大爆笑された。

 護衛依頼を受けた時、寝過してもう無理だろうと集合場所に行ったらまだ待たれていて、そこで滅茶苦茶叱られた。

 中位ドラゴンでも倒しに行こうと勢い勇んで乗り込んだ巣には上位ドラゴンが居て、クリストと二人で慌てて逃げ回った。

 欠点もあるが、このベイル王国は良い国だ。

 ここではまだ終わりたくない。

 出来れば、もう少しだけ見ていたい。このベイル王国の行く末を。だからクリスト、付き合ってくれるか?

 クリストは、分かったという顔をした。

 すまんな。


 




 Ep02-03




 


 2頭立ての立派な箱馬車が12台も連なる輸送隊は、ハーヴェ商会が数多手掛ける事業の一つだ。

 都市間を走らせている荷物の普通定期便。

 隣接する全ての都市へ向けて1週間に2回出る。どの都市でも月・木曜日の午後2時に出て、3日後の午前10時頃には着く。時間は馬の性能や荷物の量、御者の腕で調整されている。人も荷物も乗せる。

 『往復しかしない』御者は、時間配分を絶対に見誤らない。

 この道を何時に通るなんて彼ら一人一人の中では決まっていて、「遅いから速度を上げるか」とか、「早いから速度を落とすか」と言った調整を無意識にしている。悪路も、天候に沿った調整も、休憩場所も全部分かっている。

 馬については、商会が良馬の生産地を丸ごと抱えており、そこからいくらでも投入できる。また、荷が少なければ自分の商会の荷を増やし、荷が多ければ自分の商会の荷を減らして調整する。

 2頭立てで12台もの隊を組む事で、馬1頭が潰れても荷車1台が潰れても、荷を乗せ換えてリスクを簡単に回避出来る。それに2頭にした方が荷を多く早く運べて、馬だって長持ちする。護衛だってまとめて雇える。

 そして、他の馬車とは絶対に隊商を組まない。

 自分たちだけで隊を組めば、足の遅い他に引っ張られずに進め、また大事な荷物を先頭や一番後ろの馬車に積まずに済む。前後には護衛や毛布、水や食料が入る。護衛たちは自分たちの指示だけを聞き、自分たちだけを守ってくれる。


 元々、インサフ帝国において不足した軍需物資を高速で運ぶ仕事から生まれた工夫だ。アドルフォ・ハーヴェは、インサフ帝国の皇太子が出す要求に自らが全力で応じた。あらゆる試行錯誤を繰り返し、以後そのやり方を民間転用したのだ。

 今や、ベイル国内の郵便や荷物、あるいは輸送をするならハーヴェ商会に任せるのが常識だ。なにせ全ての都市で定期便が出る上、次の都市に届いてからまたすぐに次の都市へ向かって荷が走っていくのだ。国だって当たり前のように利用している。

 都市で複数の者が荷のチェックをするため、誤魔化せない。また商会の仕事は安定職高給取りで、持ち逃げする理由も生まれない。

 ハーヴェ商会の幅広い事業の一つ。彼らの普通定期便は今日も都市間を行く。



 『ハッハッハーヴェ~ハーヴェ商会~

 都市と~都市を~駆け抜けて~ 定期便は~今日も行く~

 月曜!木曜!午後2時に~ あなたを乗せて~ 荷を乗せて~

 木曜!日曜!午前に届く~ 安心安全ハーヴェ商会~』



 その一つに、ミリーが参加していた。

 ちなみに雇われたからと言って宣伝歌を歌わなくても良い。

 冒険者には冒険者の仕事がある。


「おいっ、ゴブリンが一匹行ったぞ」

「大丈夫、一匹ならっ!」


 ゴブリンの小グループに遭遇した隊は一旦停止し、先頭に乗る冒険者たちが次々と飛び降りて戦闘に突入していった。

 もちろん勝てると踏んでの戦いだ。

 ゴブリンは8匹で、祝福8くらいの能力しかない。それに対して味方は祝福7以上が18人もいる。

 本来は圧勝である。だが、戦闘に参加しているのは10人で、しかも祝福の低い方から10人だ。


「ふむ。なかなか良い動きをしておるな」

「ったく、新人教育なんて変な事して!」


 深い茶色の髪と髭、そして浅黒い肌をした大きな体の戦士が、先頭の箱馬車の前に陣取って戦闘を観察していた。

 まさに偉丈夫と言った風格で、年齢が40代も半ばを過ぎたであろう貫禄の顔付きからは、多少の事では決して揺るがない強い信念が感じ取れる。

 そのすぐ傍には、ストレートの赤髪でやれやれと言った表情をしている女性が、杖をしっかりと握って立っていた。

 男性より10歳は若く見えるが、見る人が見ればその指先に転姿停滞の指輪が嵌められていると気付くだろう。10段階の内、上から6番目。年齢は若返らないが、加齢は45年ほど止まる。つまり実年齢が見た目通りとは限らない。


「なに、良いではないか。あいつらも同意しておる。祝福を高めるために瘴気を持った魔物を払う。同時に経験も積める。何も問題ない。そう思わんかソフィア?」

「ロベルト、あたしらが一応雇われた馬車の護衛だってこと、完全に忘れているでしょ?」

「覚えておる。だからこうして陣取っておる。お、あの一番小さい娘、祝福は7だったか?」

「そうよ、まったくもうっ!あれが一番危なっかしくて見てられないわ」

「良い動きではないか。強くなりたいと言う気概が感じられる。あれは伸びるぞ」

「ああもうっ、そこで剣を引いちゃダメでしょ。間合いに入られるわよ。ダガーも使いなさいよ。ゴブリンなんて頭悪いんだから簡単に引っかかるのに」

「祝福7に無茶をいうな」

「なら祝福7に無茶させるんじゃないわよっ!」


 ハラハラと見守られた戦闘は、ミリーが距離を取ってダガーを投げつけ、ゴブリンが大きく避けた所に斬りかかったことでようやく決着が着いた。

 他の冒険者たちも危なげなく終わった。怪我をさせるつもりはロベルトにもなく、戦力には充分の余裕を持たせていたのだ。

 本当に危なかったのは、ミリーのところだけである。ミリーは投げたダガーを拾って拭い、先頭の箱馬車に帰って来た。


「ヒュー、嬢ちゃんやるじゃねぇか!」

「おっしゃあ、今夜は干し肉を戻して焼いてやるぜ」

「ありがとっ」


 『ファイヤースパーク』


 駆け出し達が油断したその刹那、赤く強い光のヤリが大街道脇の森に突き進んでいった。そして花火のように破裂する。


 バガンッ…バガンッ…

「なに?なにっ!?」

「敵かっ!」


 光の赤いヤリを飛ばした赤い髪の女性は、杖を下ろしながらやれやれと言った表情で言った。


「ゴーストが出てくるほど時間がかかったじゃない」

「そう言う時の為に、わしらが控えておるのだろう」


 駆け出し冒険者たちは何が起こったかすら分からずにポカーンと立っていた。

 一方ベテラン勢の方は面白そうに笑っていた。


 




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 夜が更けた。人の灯りが皆無の大街道に、僅かな星灯りが煌めいている。

 隊が寝静まった夜更けに、焚火の音がバチッと響く。

 冒険者による夜番だ。都市間を走る定期輸送隊は、都市外で3泊する。

 ミリーが護衛をしている隊は月曜日の午後2時に出発した。月曜日、火曜日、水曜日の夜に都市外で過ごし、木曜日の午前10時には都市カナネンに到着する予定だ。

 今夜は水曜日、北への行程も半分が過ぎた夜。

 交代時間になり、ミリーは焚火を見詰めながら揺らめく炎に魅入っていた。瞳が引き寄せられそうになる。

 サマーキャンプで疑似体験した都市外とまるで違う。

 ここには神宝珠の恩恵が一切届いておらず、もちろんコテージもない。守ってくれる治安騎士や教師も居なくて、本当に自分1人の力だけで歩まないといけない。

 魔物に必ず遭遇する危険な世界は怖くて、それでも美しかった。自分が生きているんだという実感が湧いてくる。


 (中等生だったら、まだ気付けていなかったわねっ)


 ミリーが考え込んでいると、一緒に見張り番をしていた冒険者が話しかけてきた。


「ちっこいの、冒険者になってどれくらいだ?」

「ええと、ロベルトさんでしたっけ?」

「おう」

「あたしは去年の9月だったから…………あ、1年経ちましたっ!」

「頑張ったな。先程祝福が上がったと言っていたか?1年で祝福8は相当早い」

「そうなんですか?周りに比較できる人が居なくて。親友は祝福を上げ難い治癒師で2ヵ月前に3だったし」

「200人に1人しか祝福を得られぬからな。友が1人祝福を得られるだけでも珍しい方だ」

「そっかぁ。リーゼも頑張っているかな?」

「治癒師ならば1つ上がって4か、頑張って5と言ったところか?地道に努力すれば、やがてそれは実を結ぶだろう」

「そうですね。あたしも早く祝福を上げないと」


 バチッ……


「祝福を上げるのを焦っておるのか?」

「恩人がいるんです。命の恩人で、少し前に家を無くしたら家にもタダで住ませてくれて、お金も無利子無期限で貸してくれて、武器までくれて……」

「信用できる奴か?」

「親友の旦那なんです」

「冒険者か?」

「そうです」

「ならば、焦る事は無い。相手も保護者のつもりなのだろう。冒険者が先達から受けた恩と言うのはな、先達に返すのが流儀ではない。未来の後輩に返してやるのが流儀だ」

「……そうなんですか?」

「おそらく、そいつも先達から恩を受けたのだろう。だからお前に返す。いずれ分かる。だから焦らず、やがてお前の未来の後輩に返せるようにすれば良い」

「……ありがとうございます」


 バチッ……


 夜は静かに更けていった。

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