短編 新興貴族の実技
夏休みが終わった初登校日、以前告白して玉砕した女に呼び出された。
「ねぇ、前はせっかく告白してくれたのに断ってしまってごめんなさい」
美人と言うよりは可愛い感じの無邪気な女で、目が曇っていた俺からすれば「野に咲く可憐な白い花」という感じに見えて保護欲を刺激された。
実際には小悪魔と言うべき性格で、まあ要するに告白を断られた上に、後日クラスメイトの女の間で笑い話にされたわけだ。
告白を断るのは良いが、笑い話にされると傷付く。
好意を持っていた相手のそんな性格にショックを受けた俺は、もう中等校では告白すまいと決心した。
そして興味の失せた中等校最後の年を、親父の家業を手伝いながら緩やかに過ごしていた。
そんな生活が一変したのは先月の事だ。
第一宝珠都市ラファルガに飛行艦隊が降り立ち、真っ直ぐ我が家に向かってきて親父の身元を問い質した後、こう発言した。
『ドミニク殿の兄君フォレス・バルフォア大騎士団長が、獣人帝国軍撃退後に主神化なされました。バルフォア様は王国へ新たな宝珠都市を形成してくださるとの事です。つきましては女王陛下の勅命により、ドミニク殿にお立ち会い願いたく』
新たな都市の誕生は、都市ブレッヒと都市アクスに降り立った2人の英雄以来の途方もない快挙だ。
だが爆発的な歓声が沸き上がる中、親父は暫く無言だった。
そして兄に会わせて欲しいと言い、荷物を大きなバッグに詰め込んで騎士達の後を着いていった。
親父が帰ってこないまま9月になった。
確定情報も無いままに近隣住民が宴を開き、会った事も無い領主のラファルガ男爵から大量の酒と祝いの品が届いた。
騒いでおいて「実は間違いでした」なんて事になったら恥をかくから止めて欲しい。
そういう訳で俺は普段通り中等校に通ったのだが、俺のささやかな希望は誰にも通用しなかった。
「それで、あの、もしまだ良かったら……」
「悪いけど、告白はハッキリ断られて終わっている」
言い触らす姿も見たくなかったが、相手の立場が変わって態度をコロコロと変える姿も見たくなかった。
そんな女を見て、どうして好きで居られる。
「あの時は突然で、びっくりして」
「…………もう終わっている話だよ」
思わずキツい言い方をしそうになった俺は、それを飲み込むときびすを返してその場から立ち去った。
後ろから罵倒の声が聞こえてきて、俺は頭を抱えたくなった。彼女の事はもう二度と見たくない。
これが俺の中等校最後の登校だった。
Ep09-32
「と言う事がありまして、あまり社交界に出たくないんですよ」
カジミール・バルフォアは、自身の指南役を務めてくれているライモンド・アクスに近々の苦い思い出を語った。
「成る程、それは良い経験をしましたね」
「……経験ですか。ええ、確かに痛い目を見ました。次はもっと違う見方をしようと思います」
「それが良いでしょう。カジミール君は子爵閣下となるのですから、第一夫人にそのような女性を迎える事は避けるべきです」
新興貴族のバルフォア家を支援しているアクス侯爵家は、ベイル王国貴族の中でも格式高い名門中の名門貴族である。
そんなアクス侯爵家は、一風変わった伝統を持っている。
それは「一族の中で最も祝福が高い者が当主となる」というもので、当主の息子や娘であっても祝福が低ければ次の当主とは認められない。
アクス姓を継承する者はそれなりの数が居て、彼ら彼女らはその中で切磋琢磨している。
ライモンド・アクスは、アクス家当主継承のレースから外れたアクス一族の一人だ。
彼は僅か31歳で副騎士団長級の祝福数を得ており、競争相手次第では当主の座も狙えたのだが、次代の競争相手が悪かった。
次代の当主ディアナ・アクスは当主最多の本家とも言える血統で、その後援を多大に受けていた。だがそれ以上に剣技の才に恵まれ、瞬く間に20代前半のうちに大祝福2と言う高みへと上り詰めていった。
それに比べてライモンドは、40歳までに大騎士団長へ辿り着くのは殆ど不可能だ。そこまで差があると次期当主の可能性は皆無だ。
だがライモンドも当主に成り得る教養は充分に身に付けており、結果として現当主であるメルネスの指示を受けて次期子爵となったカジミールを指南する事となった。
「貴族最大の責務は、所領にある神宝珠の格を落とさない事です。治癒師が手配できなければ王家からの派遣がありますが、やはり自領に祈らせる治癒師の祝福は一つでも高い方が良い。当主の第一夫人に求められるのは、その為の交友関係です。カジミール君がお話になった女性にそれが出来たとは思えません」
「……そう言う結婚はちょっと」
カジミールが眉を潜めると、ライモンドは微笑した。
「カジミール君が爵位を得たと同時に豹変した女性を連想したのですね」
「ええ、同じになるのは嫌です」
「寄生と共生は全く違いますよ。だからこそ貴族家は結婚に明白な格式を求めるのでしょうね。子爵家当主の第一夫人であれば、伯爵家からそれなりの力がある男爵家の娘までが順当と言ったところでしょうか」
ベイル王国には伯爵4家、子爵14家、男爵25家がある。
(うちの子爵家を除けば実質42家……小さな町内から探すようなものか?)
「社交界に出られるような女性であれば何かしらの益はあるでしょうから、必ずしも爵位貴族家の娘でなければならないという事はありません。但し家の事は考えなければなりません。それは領民を持つ貴族の義務です」
「はぁ」
どうやら結婚に関しては平民の方が自由らしい。と、カジミールは実感した。
ベイル王国ではイルクナー宰相、アクス侯爵、ハーヴェ侯爵と言った権力者達が揃って第一夫人に平民の娘を迎えているが、本人達の実力があまりに飛び抜けているのでカジミール自身の参考にはなりそうにない。
よほど結婚したい相手が居れば爵位を継承しない事と引き替えに……と言う選択肢もあるが、カジミールにそのような相手は居ない。
それにカジミールも生活の安定は欲しいし、手酷く振られるのも懲り懲りだと考えている。
(結局俺も、人の事は言えないな)
「まあそこまで悩まずとも良いでしょう。相手も同格であればカジミール君が経験した浅ましさとは無縁でいられますし、上流階級には美しい女性も多いですよ」
「義務らしい事は分かりました。それで、俺が出る事になるのって……」
「11月の祝勝会ですね。3侯爵家の所領と王都を飛行艦が結ぶそうですから、そちらにお乗りになられれば僅か半日で王都へ着きます。女王陛下が催され、47王侯貴族家が一同に会する最上位の宴です」
「……勘弁してください」
「ははは。女王陛下の招待を断る事が何を意味するか、分かりますか?」
真顔で笑うライモンドを見たカジミールは、断る選択肢が最初から無い事を理解した。
「不敬罪になるのですよね?」
「ええ。王族や貴族が宴を開くのには理由があります。王族が主催するのであれば国威を示す事が目的で、正当な理由の無い欠席は国威を傷つける事になります」
なお欠席が認められるのは、高齢、重病、妊娠、産後の肥立ちが悪く無理が出来ないなど身体的理由による場合だ。その際は爵位継承権者を代理に立てる事が認められる。
だがあまりに欠席が続くようなら、結局は爵位に伴う義務を担えない欠格者として家督を強制的に次代の者へ譲り渡される事になる。
またカジミールのような第一継承権者が欠席していると、今度は爵位の継承が出来なくなる。「国事に欠席を繰り返す者に、爵位の重責は担えない」との大義名分が生まれてしまうわけだ。
「祝勝会ですか」
「要は、諸侯が一堂に会する名目です。園遊会や観艦式などの催し物が続きますので、王家へのご機嫌伺いから交友関係の拡大まで何でも出来ますよ。独身の貴族にとっては、お見合いの要素もあります」
「お見合いなのですか?」
祝勝会と無関係な言葉にカジミールは首をかしげたが、ライモンドは平然と頷いて見せた。
「女王陛下から招待される方々ですから、身元は王家が保証しています。時にカジミール君、女性と上手くお付き合いするコツを伝授しましょう」
「コツ?」
一体何を言い出すのかと怪訝な表情を浮かべたカジミールに、ライモンドは諭すように語りかけた。
「会話の中で少なくとも2回褒めてください。また女性の話に必ずしも賛同する必要はありませんが、頭から否定してはいけません」
「…………」
「女性は常に『肯定されたい、否定されたくない』と思っています。ですから自分を認めてくれる人は好きで、認めてくれない人は嫌いになりますよ。はっはっは」
「いや、そこで爽やかに笑わないでくださいよ」
ライモンドは、何やら恐ろしい事を語り始めた。
「後はなるべく多くの女性と知り合っておく事でしょうか。女性に『この人は私しか居ないんだ』と思わせると、自分をどこまで肯定してくれるのかと試し始めて、多くの場合は自己抑制が利かなくなります。付き合いは広く浅く、損切りは迅速に」
なおライモンドの指南は、わりと狭くて深かった。
「俺は、そんな沢山の女性なんて無理です」
「おや、恋愛とは交渉の一つですよ。他にも取引先があるのだと相手に思わせておけば、優柔不断な顧客の心も容易く傾けさせられますよ」
「いやいや、そんな、待って下さい」
「やれやれ、困りましたね。そんな事では社交界を生きていけませんよ。次期子爵閣下」
ライモンドは一呼吸だけ置き、カジミールに考える間を与えずに話を続ける。
「では口説き文句とダンスを覚えましょう。ダンスは付け焼き刃ですが、それは当然相手も分かっています。むしろ相手の教養を褒める材料に使えますので、今回は基礎だけ抑えておけば問題ありません」
「……とりあえず挨拶とダンスをお願いします」
こうしてカジミールは、来たるべき祝勝会に向けて若干本道を逸脱した特訓を続けていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
巨大なホールにそびえ立つ巨大な大理石の柱から伝わる圧倒的な威圧感。見上げれば幾重にも光を撒き散らす硝子の豪華なシャンデリア。
柱という柱には真銀の燭台が掲げられ、周囲を明るく照らす分厚い蝋燭からは塗り込められた上品な香が漂ってくる。
アクス侯爵家の宴が優雅さを兼ねているとすれば、ベイル王家の宴は端的な力強さを示していると言えるだろうか。真の主催者であるイルクナー宰相の意図は明白で、ベイル王国の力を列席した46諸侯に示そうというのだろう。
それを体現するかのように巧みに配置された数々の彫刻は、降伏に追いやったリーランド帝国から獲得した戦争賠償品だ。大ホールに近い幾つかの個室には、同じく獲得した高名な数々の名画も掛けられている。
次々に運び込まれてくる料理は、王室御用達の牧場、農場、菜園から採り立ての新鮮な素材が運ばれ、それを吟味した最高の料理人達が腕によりを掛けて調理したものだ。これらは散財するだけの余裕を王国が回復した事を示している。
音楽隊は会場の雰囲気に合わせて美しい音色を奏で、宮内局の役人や上級女官たちが洗練された仕草で列席者達の意のままに動く。新たな伝統や格式を取り入れてベイル王国はまた一歩前進した。
むろん3ヵ月前まで平民だったカジミールにはその判別が付かず、指南役のライモンドも格式の問題で出席できなかった結果、彼はただ目の前の光景に圧倒されるばかりであった。
出席者は47王侯貴族家の当主と第一夫人、爵位継承権を持つ子供達。7人の大臣、祝福50を越える将軍以上の者、そして彼らの第一夫人までである。
飛行艦で迎えまで寄越した今回の宴は、高齢の当主に代わって出席した当主代理を含めれば全貴族が総じて出席している。ベイル王国の国威はここに示された。
「お……お兄ちゃん」
妹のベアトリス・バルフォアが若干涙目で訴えてくる。
ベアトリスは都市アクスで誂えた特注の赤いドレスを着ている。アクス家御用達の商人はベアトリスの瞳が緑色なので映えるとか何とか言っていたが、注文した側は勿論分かっていない。大粒の緑色の輝石も言われたまま縫い込んであり、多分それ一つだけで2ヵ月前までのバルフォア家の全財産を一桁上回る。
一方で兄のカジミールの方もホワイトタイの最上級礼服を着込んで、子爵家次期当主の記章を付け、家紋を縫い込んだ白手袋まで嵌めている。
馬子にも衣装と言うべきだろうか、フルセットで着込んで髪を梳かし、ベアトリスは化粧も行い、姿勢を正せば見栄えだけは一応様になっている。
「安心しろ、俺もどうしたら良いか全く分からん。とりあえず料理でも摘まんでこい」
「それ、全然安心できないし……」
何も出来ないベアトリスは、兄に言われるがまま料理の方へと向かっていった。
なお父のドミニク・バルフォアは、先程女王陛下に直接お声を掛けられてから大ホールに佇む新たな石像と化していた。だが動き出したらいきなり平伏するかも知れないので、カジミールはそのまま父を放置しておく事にした。
女王は新興4貴族へ個別に労いの言葉を掛け、それが終わると最上段へと戻っていった。
そこへ貴族家の当主達がこぞって挨拶へ向かっていく。なにしろ今回はリーランド帝国への圧勝、神宝珠の大量獲得、獣人5個軍団への大勝と続いた後の宴で、貴族達にとっても目出度い話題に事欠かない。
そのタイミングで、爵位貴族家の列でも戦功を上げた高位冒険者の列でも無くイルクナー宰相の傍らに侍っていたオリビア・リシエが、「祝勝会出席の義理は果たしました」とばかりに最初の退席者となった。
だが諸侯は、それだけで充分に理解した。
今宵の宴で、オリビア・リシエの序列はベイル王国の枠外にあり、所属は王国では無く宰相個人に帰すると公に示されたのだ。
それについて口を差し挟む貴族は居ない。
大祝福3の冒険者は数百年に一人の出現頻度で、しかも大半は戦士系だ。
人獣戦争の折に突如現れた魔導師特殊系の大祝福3の価値について、彼らは正直計りかねている。さらにイルクナー宰相の妻とあっては、敵に回すメリットは何も無い。
特例扱いの免罪符を手にしたオリビアは、人々の遠巻きの関心を背に無言で会場から去って行った。
(歴史書の挿絵になりそうな光景だなぁ)
カジミールの目前を、画家や吟遊詩人がよだれを垂らして目に焼き付けたがるであろう光景が過ぎっていく。
他人事のようにそれらを眺めていた彼に、出席者から声が掛かった。
「ごきげんよう、お初にお目にかかりますわ」
「……これは、初めましてフロイライン。私はカジミール・バルフォアと申します。この度、女王陛下より子爵を拝命しましたバルフォア家嫡子です。以後お見知りおき下さい」
カジミールが淀みなく言えたのは、ライモンドによる特訓の成果である。
「わたくしはミケーオスを治めるフォスター子爵家の次女ヴァネッサと申します。どうぞよしなに」
彼女の祖父は、隠居した前宰相のフォスターである。
領地は第一宝珠都市であるが、先代であった前宰相が王国の調整役に奔走した功績により、2年前に爵位を一つ上げている。
佇んでいたカジミールに率先して声を掛けたのは、彼女の家の家風であろう。
「フォスター子爵家のご息女でいらっしゃいましたか。私は宴に従神が降り立ったのかと、我が目を疑いました」
「まあ、お上手ですのね」
最大級の褒め言葉を使われたヴァネッサは、顔を綻ばせながら苦笑した。
なお「従神が降り立った」とは、最高の吉事の到来を指して言う言葉でもある。由来は都市に降り立って神宝珠に力を重ねる従神の行為からである。
なおカジミールは、「宴では、こう言うのが作法ですよ」と教わっている。
勿論、そんな作法は無い。
「蒼く美しい瞳が、白桜のドレスでより一層映えますね。貴女と出会えた今宵は、私の生涯に残る夜になりそうだ」
「もう、お止めくださいカジミール様。恥ずかしいですわ」
「いや、これは失礼。ヴァネッサ嬢、私と踊って頂けますか。付け焼き刃ですが、このような至高の機会を逃したくは無いのです」
何も知らないというのは誠に恐ろしい。
「わたくしをお誘い下さるのですね」
「貴女を誘わない男は居ないでしょう。どうか御手を」
ちなみにライモンドが教えた作法は、攻めの一択のみである。
よってカジミールに与えられた選択肢は、攻めるか、父と同じく石像と化すかの二択しかなかった。
この後のダンス中にカジミールは、主犯から教えられたとおりに「このまま君を奪い去ってしまいたい」と宣い、「では父に会ってくださいませ」と笑いながら言われてそのままフォスター子爵に引き合わされる事となる。
なお、それを眺めていた妹ベアトリスから後日どう評価されたのかは、既知のとおりであった。




























