短編 新興貴族の座学★
バダンテール歴1265年8月。
旧第二宝珠都市エギレスに、300数十年振りとなる新たな神宝珠が降臨した。
第二宝珠格・主神バルフォア。
ベイル王国の大騎士団長にして人類間戦争に終止符を打ち、人獣戦争の巻き返しに多大なる貢献を果たした英雄が、主神にまで上り詰め、ベイル王国に光をもたらしたのだ。
バルフォアは慌てて駆け付けた弟に対し、ただ一度頷くだけで最期の言葉などは残さず、静かにその身を神宝珠へと転じさせた。
「最後まで兄貴らしいじゃないか…………」
弟のドミニクから見て、兄は実家の事など一切顧みない兄だった。
時々思い出したように金だけを不定期に渡しに来て、用が終わるや否や直ぐに自分の道へと戻っていく。
(兄貴の道は正しかったのか。死んだら本人自身はどうしようもないだろうに。人々に尊敬される尊い犠牲だって事は認めるけどな)
だから人々は、主神自身へ返せない恩義を僅かなりとも返そうと、神宝珠を創り出した神の家族に爵位を与えて敬うのかも知れない。
そう脳裏を過ぎったドミニク・バルフォアの背後から、ブラームス国務尚書が声を掛けてきた。
「バルフォア卿。女王陛下はこの度の輝かしい功績に対し、貴家をベイル王国子爵に叙すと共に、報奨金5億Gを以て報いると仰せになられました」
淡々と述べたブラームスに対し、驚きがとっくに限界を超えていたドミニクは平然と頷いて見せた。
Ep09-31
王国が興ってから滅亡するまでを1冊の歴史書に纏めるとするならば、現代のベイル王国はその中で一体どのように記されるのだろうか。
少なくとも当事者達にとっては、今が激動の最盛期であるとの認識であった。
バダンテール歴1258年に人口300万人規模であったベイル王国は、65万人規模の国土を獣人帝国に荒らされ、王都への進軍を許してしまった。
だが王都決戦における大勝、ディボー王国での勝利と技術供与、経済力・技術力・生活レベルの飛躍的向上、リーランド帝国への完勝、神宝珠の大量獲得、獣人帝国5個軍団への完勝と続き、1265年が終わろうとしている今やベイル王国は受け入れ可能な人口規模を560万人にまで引き上げた。
かつてに倍する人口規模、軍事力、経済力、技術力。
外交面でもディボー王国と同盟を結び、リーランド帝国を従え、3つの元属国へ多大な影響力を保ち、今やベイル王国は昇り行く太陽の如き勢いを持っている。
時代の荒波はベイル王国民の全てを飲み込み、凄まじい勢いで次の時代へと押し流していく。
その余波は当然新興都市の第二宝珠都市バルフォアにも及び、膨大な人員と物資と資金が投じられ、クーラン王国からの移民受け入れによって都市整備が一気に進んでいる。
「お嬢様、ベアトリスお嬢様」
名前を呼ばれた彼女も、そんな時代の波に背中を押される一人だった。
「…………もう、ベアで良いのに」
「そんな訳に行かないでしょうが」
ベアトリス・バルフォア子爵令嬢。
出自はといえば単なる平民で、父は第一宝珠都市ラファルガで家具職人として机や椅子、タンスなどを作って生計を立てていた。
バルフォア家が一般家庭と異なる点があるとすれば、ベアトリスの伯父が祝福を得て冒険者になった事だろうか。それだって200人に1人は得られるものなので、そこまで珍しいというわけでも無い。
但し伯父のフォレス・バルフォアは、並外れた優等生であったらしい。為すべき事を弁え、呼吸をするように努力を続け、将軍となり、大騎士団長となり、主神となり、神宝珠を創り、最後の最後まで己の道を貫いていった。
なお、生涯独身であった伯父には子供が居なかった。
戦場に出る騎士がしたためる遺言書を確認したベイル王国は、戦死後の財産相続者に記されていたベアトリスの祖母と父に連絡し、爵位を父ドミニクに与えると言う結論に達した。
それによって、ベアトリスの兄カジミールは家具職人見習いから次期子爵となり、ベアトリスは平民の娘から子爵令嬢となった。
「子爵令嬢なら、誰もが認める超お嬢様でしょうが」
「そうかもしれないけど、突然『貴女様は本日より子爵令嬢となられました』なんて言われても、わたしは絶対無理だからっ」
と言っても父が子爵となった以上は、ベアトリスも自動的に子爵令嬢となる。
爵位を得ると生活が一変する。
ベイル王国においては領地の政策、邸の管理維持費、人件費などは全て国が負担し、貴族からの手出しは一切必要ない。問題があれば国が対策を練るのだ。
その他に所領内の最終裁判権を持ち、爵位貴族家以外の者の犯罪に対して量刑の範囲内でどのような判決を下すのも自由だ。
そして第一宝珠格の男爵だとしても、王国軍が護衛に付き、宮内局に相当する人員50名を使用人として使え、平均的に毎月20万Gほどを貴族家の為に自由に使え、そのうえ平均375万Gを貰える。
第二宝珠格のバルフォア子爵家なら、いずれ人口が10万人規模になれば毎月2倍の平均40万Gをドレスや宝石を含めた貴族家の為の何にでも使えて、さらに毎月平均750万Gをお小遣いとばかりに貰えてしまうのだ。
領地経営が軌道に乗らなくて収入が半分だとしても、とんでもない金額になる。
さらにベイル王国は、リーランド帝国からの戦争賠償金400億Gで都市マイアスへ30億G、都市アーリラへ5億G、その他の40貴族へは1億Gずつ、そして新興4貴族には5億Gずつの臨時金を支給している。
父ドミニクが「もう家具職人なんてやってられない」と思ったとしても、それは仕方が無い事だろう。
「でも、ベアが私たちを雇ってくれて良かったよ」
さっきから突っ込みを入れるフランチェスカに代わって、ニコニコと笑顔で見守っていたアデーレが口を挟んだ。
「第一宝珠都市ラファルガは、何も産業が無いからね。流通の拠点でも無いし、中等校を卒業しても将来は農家の嫁になって子供を背負いながら夫の農業を手伝うか、農家の嫁になって子供を背負いながら牛や馬の世話をするか、農家の嫁になって…………」
「アデーレの実家、小作農だったから……」
アデーレが座った目で唱え始めると、フランチェスカが見えない誰かに向かって言い訳をした。
ベイル王国が高度経済成長期へ突入していると言っても、全員の生活が一律に向上するわけでは無い。アデーレの家はあまり恩恵に預かれなかったのだ。
「うちも、兵士長だったお父さんが戦死したからあたしだけでも家を出ないと」
「重い……重いよ……」
現在のベイル王国での戦死者家族への遺族金は、月給の100倍。
ベイル王国は21億Gほどを戦死者の家族へ支払っており、兵士長だったフランチェスカの家族は、現在ならば戦死者家族への一時金で30万Gほどを得ているはずだった。
これは一般庶民の月給の25年分に相当し、であればフランチェスカは家を出る必要も無いのだが、彼女の父が戦死したのはイルクナー宰相がベイル王国の政治に携わる前だ。当時は雀の涙ほどの一時金であった。
彼女は祖父母の支援で生活してきたが、それも限界に来ていたという訳である。
「頑張って女子爵になって、政治改革して頂戴」
「うち、お兄ちゃんいるし!」
ベアトリスの兄カジミール・バルフォアは、現在我が世の春を謳歌している。
何しろベイル王国に14家しかない子爵家の次期当主様だ。預金は数億G、毎月の収入は数百万G、国費で何十万Gを使え、大邸宅で使用人も最大100人使える。
上は継承権2位以下の爵位貴族家の娘が『子爵夫人』を狙っており、下は「公務の無い第二夫人で良いです」「むしろ第四夫人で良いです」「愛人でお金だけ」と言いたい放題だ。そして兄は選り取り見取りである。
この結果は、誰も損をしていない。
王国は宝珠都市が増えるだけ国力が増すので、主神化した者の家族を率先して優遇する。爵位貴族も優遇に満足して、反旗を翻そうとは中々思わない。庶民も生きていく為には宝珠の加護が必須で、加護が増えてくれれば喜ばしい。
すなわち、兄のハーレムは既定路線である。
「…………良かったね、お兄ちゃん」
ベアトリスは冷たく言った。
「それはともかく、お嬢様」
「何よフランチェスカ」
「サレアさんがそろそろお勉強のお時間ですって」
「……うー、もうそんな時間?」
平民と貴族の違いは多岐に渡る。
サレアは王宮から使わされた元上級女官で、突然子爵令嬢になってしまったベアトリスに貴族家の様々な事柄を教える専属教師の一人である。
『一人』と言う事は、他にもいっぱい居るという事だ。
「…………おうち帰る」
「お嬢様のお屋敷はこちらでございます」
フランチェスカが、先ほどのベアトリスよりもさらに冷たく言い放った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はいはい、そんな嫌そうな顔しないの」
不満げなベアトリスを見たサレアはカラカラと笑った。
彼女は中等校を卒業した後に王宮内で10年間女官として働き、宮内局で主任としてさらに3年働き、この度係長への昇進と共にバルフォア家令嬢への教育係の一人として送り出されたエリートさんである。
型に嵌まった教育も出来るが、肩の力を抜いた教育も出来る。
そろそろベアトリスがむくれる頃だと思っていたサレアは、ごそごそと自前の教材を取り出した。
「今日は、ベイル王国の47王侯貴族家についてお勉強します。じゃーん」
★ベイル王国爵位貴族家
サレアが机の上にドカーンと広げた王国地図には、47王侯貴族家の爵位と派閥が書き連ねられていた。
「うわああっ!?」
教科書に書かれる事の無い情報を前にして、ベアトリスが驚きの声を上げた。
それに宝珠格よりも爵位が高い理由など、表沙汰にして大丈夫なのだろうかと言うような危ない情報である。それと同等に、評価が高い家なども表沙汰にすれば名前が乗っていない貴族家からの苦情が殺到するだろう。
「ベイル王国民なら、都市の名前くらいは聞いた事があると思うけれどね。これはイルクナー宰相閣下が決められた最新の派閥よ。ちなみにバルフォア子爵家は、要望があれば基本的にはアクス侯爵家を通して王家に伝える形になるわ」
ベアトリスは、サレアが出した地図を感心して眺めた。
そして、オルコット侯爵が北部方面を監督していると書いていながら、最北のキイーオンが王家管理になっているのを見咎めてそれを問い質す。
「どうして最北のキイーオンはオルコット侯爵家が監督していないんですか?」
「最前線の新興都市だからよ。エルヴェ要塞並み、あるいはそれ以上に重要な都市だからイルクナー宰相が直接監督すると言う事なの。だから王都とキイーオンとの間の都市も全て王家管理」
「…………そうなんだ」
頷くベアトリス。
そして地図を再び眺め、次の疑問を口にした。
「この『特に評価の高い家』って何ですか?」
「それは、イルクナー宰相からの評価が高くて、今後爵位が上がりそうな貴族家よ。パワーバランスがあるから中々上げられないけれどね」
バハモンテ男爵が当主を務めるネマイアス男爵家は、有力候補の一角だ。
戦功は大隊長1人であるが、次期当主であった弟が金狼との戦いで戦死し、現当主も戦場で2度死んで蘇生している。その貢献は高く評価されており、王家から多大な報奨金が下賜されている。
またバアイトス男爵家も、バウマン軍務尚書を排出して功績が認められている。
前王時代から二代に渡って彼が軍務大臣を務めている間にベイル王国軍が生み出した戦果は、今後確実に歴史に残るだろう。王国への忠誠心も揺るぎなく、イルクナー宰相も何だかんだと言って彼を留任させている。
バレット子爵家は、テオバルト・ブラームス国務尚書の出身家である。
イルクナー宰相の軍事面での片腕がメルネス・アクス侯爵、経済面での片腕がアドルフォ・ハーヴェ侯爵であるとすれば、政治面での片腕はブラームス国務尚書である。彼が当主であったなら、バレット子爵家は既に伯爵家になっているだろう。
「……コフラン子爵家がハーヴェ商会の拠点になった事と、ダレット男爵家が教育改革を行った教育尚書の出身家と言う事までは分かるんだけど」
「うん?」
「第一宝珠都市フーデルンのダビド男爵令息って?」
「ああ、それね」
ダビド・エア男爵令息はいち早く錬金術に目を付け、新繊維産業を興し、防刃布や特殊鋼を開発し、布素材などに付与を行い、それら防御関係の生産を都市単位で行わせた。現在その販路は、広く国外にまで及んでいる。
彼は次世代を担う若手のなかで最も頭角を現している貴族であり、イルクナー宰相からの評価も極めて高い。
「追加の神宝珠の配置先を見てみて。4大都市、国境、最前線、ディボー王国と重要都市を繋ぐ中継都市、これで全てなんだけれど、第一宝珠都市フーデルンだけはそのどれにも当て嵌まらないのに追加の神宝珠を置かれているでしょう?」
「…………あっ」
ベアトリスは、サレアの言うとおり第一宝珠都市フーデルンが設置基準の例外になっているのを理解した。
「最前線のエルヴェ要塞への補給路を繋ぐ中継都市ですら第一宝珠格しか置かれていないのに、フーデルンには第二宝珠格が置かれている。フーデルンの評価は、補給路よりも高いと判断されているのよ」
「…………」
「ちなみに第一宝珠都市フーデルンは、宝珠格が2つ追加されているから将来は第三宝珠格の人口15万人規模になるわよ。爵位は男爵だけど、この第二宝珠都市バルフォアよりも予算や力が上がるから覚えておいてね。それと、イルクナー宰相は任意に貴族家の力関係を変えられるという事も」




























