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アルテナの箱庭が満ちるまで  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第三部 第九巻 天鎚戦争(12話+2) ~支配者の領域~

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第12話 天鎚戦争(後編)★★

 艦長にセレスティアの神宝珠を預けたハインツは、再び指示を書いてオリビアに紙を見せた。


 (2回目の全体鈍化をオズバルドへ使え。次にメルネスとの接敵直前、大隊長へファイヤーを2回撃って陣形を乱せ。それでも2人分の転移のMPが残るから、俺が指示を出したら俺と二人でエルヴェ要塞に転移しろ)


 何をする気ですか?との疑惑の眼差しをハインツに向けたオリビアだったが、指示に関しては素直に実行した。


 『…………全体鈍化』


 オリビアの2度目の鈍化スキルが、再びオズバルド軍団長と周囲の大隊長の身体を侵食していく。

 ハインツはオリビアの眼差しに構わず、ペリュトンの元へと走り始めた。


 地上では接近してくるオズバルド軍団長らを迎撃すべく、騎士達が次々と飛行艦隊から降り立っていく。

 騎士を降ろし終えた左右の各艦も次々と中央艦隊の砲撃に加わり、両軍で数十名単位の魔導師同士の激しい撃ち合いが繰り広げられていく。

 魔導師の総数においてはベイル王国軍に分があった。しかし大騎士団長達とオズバルド軍団長との接敵前の前哨戦では、イェルケル大隊長の全体沈黙のスキルによってベイル側が圧倒的に不利な状況に陥った。


 『ファイヤー』


 最悪の状態での接敵直前、ベイル王国軍の総旗艦から飛んできた赤色の光が大隊長達の中心で膨れあがり、一瞬で蒼海だった世界を炎海へと塗り替えた。


「ぬ……ぐぉっ!?」


 効くはずの無いファイヤーが、大祝福3であるオズバルドの肌を焼いてダメージを生じさせた。

 オズバルドは身体を振って火を払おうとしたが、さらにダメージの大きかった大隊長達は炎の範囲から飛び退いて逃れようとした。

 沸騰する炎海から飛び出した大隊長達が陣形を乱す。


 『ファイヤー』


 メルネス達の左手側、獣人達にとっての右手側に逃れた半数の大隊長たちへ、空から二つ目の光が飛び込んでいく。

 沸騰していた炎海が、今度は灼熱の海へと変わろうとしていた。

 それを避けて陣形をさらに乱す大隊長達に対し、メルネス達がファイヤーを避けながらここぞとばかりに向かっていく。


 『ファイヤースコール』


 空からファイヤーを放って大隊長達を焼く総旗艦オーディンに対し、オズバルドらの後方に居たイグナシオから対抗する魔法が飛んだ。

 中位竜の竜皮と竜骨で作られた総旗艦オーディンの装甲を、イグナシオの魔法が打ち破っていく。いくつかは白緑の竜皮が防いだが、他の部分は防ぎ切れなかった。

 前方サブ気嚢を破壊されたオーディンが、後方サブ気嚢の空気を抜いて艦の制御を保とうと図る。


 そんな風に獣人達の注意が前方の大騎士団長や総旗艦オーディンへと向いていた頃、ハインツは弾幕の陰に紛れて総旗艦の後部から飛び立ったペリュトンで、獣人軍の背後へと大きく回り込んでいた。

 そして狩りを行う猛禽類ように、ファイヤースコールを撃ったイグナシオの真後ろから一気に急降下して襲い掛かった。

 ペリュトンの背から滑り降り、両方の手に猛毒を塗ったダガーを二本構え、イグナシオの後ろ首に深く突き立てる。


 『暗殺』


 1本目が無効化スキルで弾かれる事を予想していたハインツは弾かれた左を放棄して、柄まで突き刺さった右手側のダガーを、右手の指に刻んだ『暗殺』のスキルを使って全力で捻った。


 『トランスファレンス』


 首に衝撃を感じたイグナシオは、ハインツが右手を捻った次の瞬間にはそれを敵の攻撃だと認識し、すぐに転移で掻き消えた。

 ハインツはイグナシオが掻き消える寸前に右手をダガーから離しており、イグナシオは後ろ首に猛毒が塗られたダガーを突き立てられたまま転移していった。


 (蘇生不能に至るか?)

「イグナシオ軍団長っ!」


 大祝福3のハインツとイグナシオの一瞬の攻防に着いていけなかった大祝福1以下の獣人達が、今更ながらに叫んでいる。


 (くっ……)


 イグナシオへの奇襲を成功させたハインツは、固い地に激突して全攻撃無効化の守り2枚を失い、それでも運動エネルギーを殺し切れずにイグナシオの前に立っていた獣人を弾き飛ばしながら転がっていく。

 イグナシオの後ろ首に毒刃を深く突き立てたと全軍へ伝える余裕すら無い。

 万が一にも頭部を強打して指示が出せなくなる前に、ハインツは戦場全域に届く声でオリビアへの指示を出した。


 『……オリビアっ!』

 『アークトランスファレンス』


 オリビアがパーティ転移のスキルを行使し、ハインツを拾って戦場から掻き消えていった。






 Ep09-12







 戦況は混迷を極めており、人獣いずれの制御下にもなかった。

 開戦までは確かに一人の男が制御していたのだが、その男が突然制御を放り出して何処かへと消えてしまった為に、両陣営とも明後日の方向に放り投げられた戦いの手綱を手元に手繰り寄せられていなかった。


 『斬撃』『二連撃』


 紅塵のグラシスを祝福62の戦士攻撃系ギゼーラ大隊長がスキルで斬り飛ばし、そのギゼーラ大隊長の背中にカーライル中将が素早く剣を突き立てる。

 隣ではウルマス軍団長補佐がエクトル中将の顔面を手甲鉤で引っ掻きながら八つ裂きにしたが、エクトル中将の抜けた穴をカーライル中将が素早く埋めた。


 『単体治癒ステージ2』『単体治癒ステージ2』『単体治癒ステージ2』

 『単体治癒ステージ2』


 ベイル王国側の治癒師達が慌てて白い光を飛ばし始め、それにやや遅れて獣人帝国側に若干居る治癒師も大隊長に向かって治癒のスキルを飛ばした。

 だがどちらも威力が低い上に距離も遠すぎて焼け石に水となっている。

 治癒師達の恩恵を十全に受けているのは、治癒師達を襲おうとしていた探索者系の大隊長の所へ割って入ったディアナ侯女とブルックス中将くらいである。


 ★戦場の配置状況

挿絵(By みてみん)


 イェルケル大隊長が全体沈黙を掛けた相手は大祝福2以上の者達だけであり、ベイル王国の治癒師達へは掛けていない。MPには限りがあり、この局面で有象無象の大祝福1相手に貴重なスキルを使うなど無駄である。


 ベイル王国の側にも祝福64の魔導師特殊系であるカサリン・アーネットがいたが、彼女はカーライル中将と交戦しているウルマス軍団長補佐の足を止めるのに全力で、それすらも成功しているとは言い難い状況だ。

 しかも彼女の後ろからは、飛行艦隊を岩の魔法で打ち落としていた軍団長補佐のカルディナまでもが、地上へ降り立った騎士団を躱しながら迫っている。

 カーライルの方も祝福が20以上も上のウルマスに押しまくられており、背後を奪われることを危惧したバスラーがウルマスを倒すべく反転した。


 戦局が崩れかけるのを見とがめたブランケンハイム大治癒師が、戦場を流れるようにすり抜けながらバスラーの代わりにオズバルドへの牽制に入った。


「先に殺るか」


 付与効果はベイル王国軍が上だが、獣人補正がそれを上回っている。

 オリビアが纏わり付かせていった鈍化スキルは獣人補正を地へ落としているが、イェルケル大隊長の全体沈黙によるスキル不発動状態はメルネスらをそれに匹敵するくらいに苦しめている。


 全体沈黙を放つイェルケルをこのまま放置することは出来ない。そう判断したメルネスは、獣人軍団の壁を打ち払いながらイェルケルの元へと向かった。


「おおっ、フェルトン卿とバハモンテ男爵が連携して大隊長を倒したぞっ!」


 陣形が崩れて戦力差がアンバランスになった各所では、一方的に有利な状況と圧倒的に不利な状況が生まれていた。

 フェルトン卿とバハモンテ男爵が2人がかりで大隊長1人へ攻撃できる形となり、戦果を挙げることが叶った。だがその東側ではスキルを封じられたケルナー中将が、スキルを使えるカベーロ大隊長に殺されてしまった。

 フェルトン卿はオズバルドの元へ向かい、バハモンテ男爵はカベーロ大隊長へと向かい合う。


 陣形による最大の恩恵を受けていたのは、ディアナとブルックスの二人だ。

 両者は数十人の治癒師祈祷系と付与系を背後に抱え、彼らから膨大な治癒と付与を受け続けることが出来た。敵大隊長から受ける傷を全て即座に癒やし、一方で自分たちの攻撃は敵に深手を与えていく。

 ディアナはアンゾルゲ大隊長を、ブルックス中将はランベルト大隊長をそれぞれ確実に始末した。


 ディアナは治癒師の半数を連れながら味方魔導師のカサリン・アーネットを背後から殺した銀猫のカルディナへと走り、ブルックス中将は残る治癒師たちを連れながらバハモンテ男爵の所へと向かった。

 この時点でカーライル中将は巨爪のウルマスに殺されており、そのウルマス軍団長補佐を紅塵のバスラー団長が殺している。


「……くそっ、なんて被害だ」


 祝福を得てから十数年の積み重ねの結果として大騎士団長や大隊長へと至っているにもかかわらず、彼らの人生に決着が付くのは全て一瞬だった。

 両陣営は膨大な人的資源を投じ、力に依って資源の獲得と思想の対立に関する決着を図ろうとする。


 獣人帝国は従来『力によって全て奪う』事を示してきており、ベイル王国は『奪い合いによる損失は、獲得する利益を上回る』事を示そうとしている。

 これは獣人皇女ベリンダの「決着を付ける」という思想と、ベイル王国宰相ハインツの「折り合いを付ける」という思想の対立である。

 一見やっている事に変わりは無いように見えるが、ベリンダの場合は「人類との間に折り合いは付かない」と考える一種の絶滅戦争であり、ハインツの場合は「獣人との間に折り合いは付く」と考える共存へのプロセスである。


 『ルールとは定めた者の意であり、その実効力は力による強制である』


 ハインツのベイル王国がベリンダの獣人帝国に従わずに存立出来るだけの力を示せば、ベリンダは好むと好まざるとにかかわらず自らの意をベイル王国に押しつけることが出来なくなり、やがて現実との折り合いを付けなければならなくなる。

 そして獣人帝国側の神宝珠を一気に減らして人類側を有利にしておけば、獣人帝国側が人口や冒険者が増えて力関係が入れ替わったからと言って将来思い直して人類側へと襲い掛かってくる可能性も殆どなくなる。

 これは獣人帝国の皇女として地上を支配してきた皇女ベリンダと、ベイル王国を守ろうとする宰相ハインツとの、互いの支配者としての領域の確定戦争である。


 ハインツは獣人帝国に対し、言葉による説得を考えているのではない。そんな事でこの戦争は止まらない。

 獣人帝国に所属する者の大半が「地上は利益だ(資源の獲得)」もしくは「人類を許せない(思想の対立)」を見出している内は、戦争は止まらないのだ。

 であれば「これ以上やっても利益にならない」あるいは「もう止めよう」と思わせなければならない。

 それは戦勝国の民衆が多額の賠償金を得て「これ以上攻撃しても回収できる利益が減るだけだろう」「敗戦国の民衆が飢え死にしてあまりに悲惨だ」と思う事がその一つであるし、ハインツのように「獲得する利益が戦争で消えて儲からない」「戦争で家族を失う俺たち臣民の事も考えろ」と獣人帝国に広く思わせる事もその一つである。


「ぬうん」「はっ!」

「おおおおっ!」「うらああっ!」


 紅塵のバスラーとボレル、エイヴァンとハクンディの4人が左右から二人ずつ同時にオズバルド軍団長へと襲い掛かった。


 『デストロイヤー』


 その瞬間、オズバルドは多用できない大型スキルを発動させて身体を守りながら、エイヴァンとハクンディの側へと突き進んだ。

 オズバルドの持つ2本のフォセが二人へと迫っていく。

 普段なら二連撃のスキルで迎撃するエイヴァンも、離脱のスキルを使って飛び退くハクンディも、未だイェルケルにスキルを封じられてオズバルドの攻撃から逃れられなかった。

 メルネスはイェルケルを殺しかけているが、彼は味方の軍団を盾にしながら真っ直ぐ西へと逃げて時間を稼いでいる。

 その間にオズバルドの左手にあったフォセがフランセスクの鎧を破壊して胴を薙ぎ払い、右手のフォセがハクンディのハルバードを握る左手を2つに斬り分けた。


「ぬうんっ!」


 フランセスクを弾いたオズバルドは、ハクンディの側に突進しながら、両手のフォセで彼の胴を左右から挟み込むように半ばまで断った。


「ロランドっ!」


 エイヴァンが叫びながら援護に入ったが、ハクンディを倒したオズバルドにとっては次の獲物が向かって来たに等しかった。

 バルフォア中将とフォルカー大隊長は互角の戦いを繰り広げており、オズバルドがエイヴァンを倒してしまえば東側を確保して背後を取られる心配が無くなる。


「ぬううううんっ!」


 オズバルドの巨体と2本のフォセが真っ直ぐにエイヴァンへ向かい、殺意の意思を乗せて彼を押し潰していった。

 エイヴァンはスキルが使えない状態のまま、それでも培った技量で捨て身の一撃を入れたが、オズバルドの力を打ち砕くには至らなかった。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






 バハモンテ男爵がカベーロ大隊長に殺され、そのカベーロ大隊長をブルックス中将が殺し返した。

 獣人軍団からの猛攻を浴びたバルフォア中将がフォルカー大隊長に殺され、治癒師達からの支援を受けたディアナ令嬢がMPの尽きたカルディナ軍団長補佐を殺している。

 バルフォア中将であろうと、銀猫のカルディナであろうと、敵陣営の勢力範囲で死んでは二度と蘇生出来ないだろう。騎士達あるいは獣人戦士たちが蘇生出来ないよう死体を確実に損壊していく。


「ディアナ様、無効化スキルを掛け直します」

「次は物理無効化を」

「誰か、ブルックス中将に代わりの武器をお持ちしろ。閣下、負傷箇所をお見せ下さい」

「ちっ、鎧を脱がせてくれ」

 『物理無効化ステージ1』『単体回復ステージ2』『単体回復ステージ2』


 ディアナとブルックスが治癒師たちから受ける支援は膨大で、両者だけは沈黙スキルの解除も完了している。

 手の空いたブルックス中将は直ぐに立て直してバルフォア中将を殺して手が空いたフォルカー大隊長へと向かった。

 だがディアナは戦場から最も遠く、加えて迂回して迫ってきた敵大隊に襲われてしまった。ディアナに付いていた治癒師達の一部だけがそれを避け、他の前線へと必死に駆けていく。


 ★戦場の配置状況

挿絵(By みてみん)


「囲め、囲め!ベイルの最高司令だ!」「いくら犠牲が出ても良いから壁を作れ!」

「君たちが束になって掛かってきても経験値にしかならないよ。でも、いい加減にしてくれないかなっ!」


 ようやく蒼のイェルケルを倒したメルネスは、その引き替えに都市ラカイトス周辺で全方位を軍団の主力に飲まれて殆ど前に進めなくなってしまった。敵をいくら斬ってもキリが無く、1人斬る間に新たな敵が周囲に2~3人増えていく。

 そこへベイル王国騎士団の一部が駆けつけ、メルネスは獣人達を彼らに押しつけて脱出を図った。


 ベイル王国新騎士団と獣人軍団の陣形も大祝福2たちの戦いに比べてすら遜色ないくらいに崩壊しており、戦場全域で両軍の潰し合いが繰り広げられていた。

 元々2倍差だったベイル王国軍の戦力は、イグナシオとオリビアのクロスアストラルウォールの撃ち合いで1/3を失ってしまい、戦力差1.3倍という有利ではあるが圧倒的とは言えない状況での死闘となっている。全体的に押してはいるが、犠牲は思ったよりも遙かに出ている。

 飛行艦も戦場の空で入り乱れているが、いくらかは前哨戦の魔法攻撃で損傷しており、そのために獣人軍団が持っていた大型投石器の集中砲火を浴びて撃ち落とされている。


「第4騎士団、ブルックス中将進行方向の敵大隊長に突き崩されています」

「3-L3大破、7-L2轟沈!」


 その間にオズバルドが離脱を指示していた治癒師付与系のアマデウス大隊長は離脱に成功し、同じく飛行艦隊への魔法を撃ち尽くしてMPが無くなったサンニ大隊長も見事に逃げ切っている。

 アマデウス大隊長はウォンバットの獣人だが、敵に襲われずに大街道を進めたのでスムーズに離脱が叶った。一方でサンニ大隊長はアマデウス大隊長の様な恩恵はなかったが、代わりに赤金剛インコの獣人という獣人補正がその身を助けた。


 戦局はベイル王国側に有利であるが、現状からどちらの陣営が生き残ったとしても勝ったと言えるような生存率にはならないだろう。

 既にベイル王国軍は大祝福2を9名失い、獣人帝国も離脱に成功した2名を除いて大祝福2を8人失っている。

 だが犠牲を確定させるにはまだ早かった。

 獣人帝国側にはMPが尽きて負傷したとは言えオズバルド軍団長が残っており、一方でベイル王国側もブランケンハイム大治癒師の援護を受けて持ち堪えたボレルの元へバスラーが駆けつけ、さらにメルネスやフェルトン卿が集ってきている。その背後からは、安全領域を確保した治癒師達の集団も。


 (…………終わりか)


 オズバルドは、未だ余裕を保って戦場全体を見渡した。

 大隊長がフォルカーのみになってしまい、そこへはフォルカーより祝福が上のカベーロを倒した大騎士団長が、治癒師の集団までも引き連れて向かっている。

 その状況でフォルカーが勝ちを拾える可能性は皆無に近いが、だからと言って揮下軍団が敵騎士団と交戦中であるのにフォルカー大隊長にだけ逃げろとは言えない。


 現状に至った理由は明らかだ。

 オズバルドは白髪の男を斬り、白髪の男が錫杖の男から治癒を受けて抵抗するのを攻め立てながらも、その間にずっとオズバルドの身体を引き摺り続ける無数の白い手を眺めた。


 (…………大隊長如きが耐えられるはずも無いな)


 敵の大祝福3の魔導師が放った鈍化のスキルが、オズバルドや大隊長たちに纏わり付いて進行方向とは逆側へ引き摺り続ける。

 オズバルドを引っ張っているのは小さな女の手だが、手の大きさとそこに込められた呪いの大きさとはまるで釣り合っていない。オズバルドを引きずってまともに動けなくさせるだけのマナを形成し、維持するに相応しいだけの呪詛が込められていた。


 (オリビアだったな)


 エアーエコーで全軍に指示を出していたベイル王国宰相ハインツは、最後にオリビアと叫んでいた。

 ディボー王国がオリビアに行ったことは人類間で知らない者が殆どおらず、捕虜を得ているオズバルドも当然逸話を知っている。オリビアが獣人帝国に対して怒るのは逆恨みだろうと思うものも居るかも知れないが、オズバルド自身はそうは思わなかった。


 なぜならば「オリビアが獣人帝国に追い立てられてディボー王国へ逃げ、そこで苦難の日々を送った」のは、「かつての獣人達が竜人たちに追い立てられて天山洞窟へ逃げ、そこで苦難の日々を送った」のと何も変わらないからだ。

 当時の獣人達は、竜人達をさぞかし恨んだだろう。

 何しろ地上はこれほど豊かなのだ。今、獣人帝国が人類に全てを奪われて地上から追い立てられれば、帝国臣民の多くは生物としての生存を困難にした人類を恨み、それに抵抗しようとするだろう。

 自分たちがそうである以上、オリビアにだけ「恨むな」などと馬鹿な事は言わない。


 そしてオリビアの行動は、生物として生存するための当然の行為でもある。ここはオリビアという生き物のテリトリーなのだ。

 この近辺は彼女がつがいである夫ハインツと暮らしている縄張りであり、あるいは子育てをするための巣であり、そこへうかうかと侵入した獣人たちに出て行けとの主張を実力で行っているわけだ。

 獣人帝国は、リーランド帝国側から南下してベイル王国に侵入したこともある。安心して暮らせないからと追い出しに掛かったのだろう。


 (実力に見合った巣や縄張りを得るのは当然だ)


 オリビアの行動は、オズバルドにとっては単純明快だ。

 力関係が対等であれば、相手の縄張りを認めて棲み分けも出来よう。オズバルド自身は「大祝福3ならば1国程度を持っていても構わない」という風に考えている。


「だが、それには実力を示す事だ」

「ソレって何かな?」


 ようやくオズバルドの元へ駆けつけたメルネスが問い質した。

 オズバルドの周囲をメルネス、ブランケンハイム大治癒師、バスラー団長、ボレル副団長、フェルトン卿の5人が囲んでいた。その包囲の外側には沢山の治癒師達もいる。


「ベイル王国が獣人帝国の下風に立たずに済む実力を示せ。実力相応の縄張りを持つのは自然の摂理だ」

「君を倒せば下風に立たずに済むのかな?」

「常に実力を示し続けることだ。実力に見合わない縄張りを持っていれば、強者に奪われるのもまた自然の摂理だ」

「くっくっ……分かり易いね。酷い事を言われているけれど、陰湿さは感じないよ」


 メルネスがバスタードソードを掲げ、他の者達もそれぞれの武器を構える。


「最後の一戦だ。敵は一人にして手傷を負い、マナも尽き果て、大祝福3の状態変化スキルを2度に渡って受けている。翻ってこちらは多数で囲み、治癒師たちの支援を受け、スキルも使い放題で、戦場では友軍も優勢だ。これ以上の好機は二度と無い」


 マルセル・ブランケンハイム大治癒師は、「この時を待っていた」と思った。

 そもそもマルセルは人類のためにとベイル王国へと下ったのだ。

 そして人類のために軍団長を倒す機会は、1年と経たずに訪れた。メルネスが自分への約束を果たした以上、自分も彼に対する約束を果たさなければならない。最高の治癒と立ち回りを演じ、マナが尽きれば相打ち覚悟で腕の一本も防いでみせる。


 クラウス・バスラーは、祝福を得た冒険者としての使命を感じていた。

 ディボー王ガストーネの難民虐殺を国際批判する文章に連名し、無敗のグウィードを倒す戦いに身を投じたバスラーは地位も、名誉も、財産も、自由な立場も、自らが欲した全てを持っている。

 であれば、いまさら天高く積まれたそれらを上積みしたいわけでは無い。

 これは自らが選んだ冒険者道の正面に堂々と立ち塞がる巨大な壁であり、これを乗り越える事こそが自身の進むべき道であり、生き様である。そう感じていた。


 ロータス・ボレルは、仲間のためにと思っていた。

 紅塵の副団長として生きてきた中で、人生を共に歩む大切な仲間たちが沢山増えた。

 団員や家族、関わりを持った冒険者達が沢山居て、それら全てを引っくるめて守れるベイル王国という安全地帯と知己を得た。

 いくら宰相の行動と言えども愚行にまで与する気はさらさら無いが、人類の生存圏を侵食している破壊者オズバルドを獣人帝国側へ追い返すという作戦であれば協力してやろう。

 自分は充分に生きた。こういう最後のお役目は、自分のような年寄りに任せておくと良い。


 フェルトン卿は、自身が役目を果たす順番が来たのだと感じていた。

 全ては先人たちが積み重ねた労苦の上に成り立っている。

 ベイル王国の今があると言うことは、先人達が王国を残すべく戦ったのだ。そして自身が貴族家の出自と言うことは、自身の先祖は直接的に人類への責務を果たしたのだ。それらの恩恵に浴しながら、どうして自分だけが情けなく逃亡できようか。

 オズバルド軍団長はベイル王国に実力を示せと言ったが、自身には卿と呼ばれて各位から敬意を払われるに値する人間である事を示す義務がある。


「貴様らの戦意や良し。受けて立とう」

「総員、突撃だ!」


 メルネスの声を合図に、5人がオズバルド軍団長の元へと駆けた。

 時間を掛ければブルックス中将がフォルカー大隊長を倒して駆け付けてくるかも知れない。あるいはディアナ令嬢が獣人大隊を突破してくるかも知れない。

 だが都市ラカイトスを背にした獣人軍団が壊滅するのは当分先で、それまでオズバルドを攻撃しなければベイル王国騎士団の方が彼に襲われて壊滅してしまいかねない。

 場に出された手札もタイミングも、今が望み得る最良なのだと思うしかなかった。


 オズバルドの右手のフォセをボレルがスキルで受け止め、左手のフォセをバスラーがスキルで弾いた。フェルトン卿がバスラーの左側から攻めて蹴り飛ばされ、その間に迫ったメルネスが二連撃のスキルでオズバルドの左腕を斬り裂く。

 オズバルドは嬉しそうに笑っていた。

 実際に彼は、この現状に何の不満も抱いていなかったのだ。自身が老いてからの戦いでは無く、年齢と能力で考えれば未だ全盛期である。つまり今の自分が負ければ、それは単に実力と行動が見合わなかっただけの事である。


「ぬおおおおっ!」


 オズバルドが雄叫びを上げ、防御を捨てて2本のフォセでメルネスに突っ込んだ。1本で1人に及ばなければ、2本で攻めれば良い。今更守ってどうする。


「ぬあああっ!」


 メルネスが迎撃をし、同時にバスラーが横合いから斬りかかった瞬間、オズバルドは進行方向を変えてバスラーへと飛んだ。


「ちっ!」「ふん」


 ある程度予想していても、迎撃しようと動いていたメルネスの剣や身体の動き、あるいは横合いから斬り付けようとしていたバスラーの動きを変えるには一瞬の隙が生じる。

 バスラーは必殺の剣が2本も迫ってくると言う状況に不可能な生存を諦め、代わりに正面からオズバルドの腹へ深々と剣を突き立ててやった。

 どちらか一本だけであれば、無効化スキルが弾いてくれたのだが……。


 ザンッと音がしてバスラーの視界が回転しながら空へ飛んでいき、僅かに大祝福2とオズバルドとの戦いの全体が見て取れた。

 ボレルは「団長」と叫ぶ代わりに、オズバルドの頭を剣で薙いでバッファローの角を一本切り飛ばし、そのまま右目も浅く斬り付けて片側の視界を奪った。


 (俺の首で腹と左目か…………)


 バスラーの視界は地面へと落ちていき、彼の思考はそこまでで途切れた。


「つぁあっ!」


 ブランケンハイム大治癒師が錫杖を逆さにして尖端でオズバルドの左目を狙い、それが外れて彼の歯を何本か折った。


「ぬおおおっ!」


 オズバルドはブランケンハイムでは無く、より至近に居たボレルの両側から両手を広げるようにフォセを伸ばす。


 『強断』


 オズバルドが左腕で突き刺したフォセがボレルの身体に纏われていた無効化スキルによって弾かれ、その左腕をメルネスが撥ね飛ばした。

 だがオズバルドの右腕のフォセはボレルの左脇腹から心臓へと達し、そのまま右背部へと突き抜けて行った。


「ああああぁっ!」


 オズバルドの左腕を撥ね飛ばしたメルネスと、歯を折ったブランケンハイムと、蹴り飛ばされて起き上がったフェルトン卿が同時に襲い掛かる。

 オズバルドはボレルの身体からフォセを引き抜き、3人に向き直った。


 (あと一人か)


 左腕を撥ね飛ばされ、右目の視界も奪われ、脇腹にも深手を負った。元々エイヴァンとハクンディを襲った際からダメージも負っており、オリビアの魔法で身体の動きも減じられている。

 現状に至っては、無効化スキルを纏い続ける3人を殺し尽くすより先に自身が力尽きることは分かっている。


 (雑魚は良いとして、最高司令か、大治癒師か。少し悩むな)


 戦士のオズバルドとしては、人類でありながら軍団長補佐並の実力を持ち、かつて殺戮のバルテルを殺した事もあるメルネス・アクス最高司令を殺したい。

 だが軍団長のオズバルドとしては、彼が5年来睨みを利かせてきたリーランド帝国からベイル王国へ移った人類最高の治癒師として名高いブランケンハイム大治癒師を殺したい。


 (…………示して見せろ)


 オズバルドは単体治癒ステージ3を繰り返すブランケンハイム大治癒師の方を殺すことにした。

 人類が蘇生ステージ2を失って易々とは蘇生出来ない状況で、それでも懸命に生きようと足掻くのであれば、そこに示される生き様にはオズバルドにとって見るべき価値がある。

 人類の道は今よりさらに困難となるであろうが、それでも人類が価値を示し続けるのであれば、獣人帝国の評価も自ずと変わろうというものだ。

 そしてこれは、もし仮に深謀のイグナシオが殺されていた場合に起るであろう両陣営のパワーバランスの揺らぎを、軍団長としてのオズバルドが最小限に食い止める為の選択でもある。


「ぬおおおおっ!」

 『刺突』『強断』『斬撃』


 四者の影が重なり合い、四様の攻撃が雄叫びと共に飛び交い、血飛沫が彼らの世界を赤く染め上げた。


 オズバルドは右足でブランケンハイムの足を蹴ってから踵で踏みつけ、まず無効化を消した。そして右手のフォセを右肩口から叩き付けて肋骨や臓器を破壊して腹部にまで押し込む。


 (…………上出来だったな)


 ブランケンハイム大治癒師はそれを避けようともせず、代わりにオズバルド軍団長の左目を錫杖の石突きで正確に潰した。視界を奪えば、メルネス・アクスがオズバルドを逃すはずが無いと確信していた。

 大治癒師は十数年間の囚われの日々で言葉に出来ぬ疑念を募らせていたのだが、今この時こそがそれら全てを払拭して初心に返り戦える瞬間だったのだ。


 (ようやく胸を張って皆の所へ逝ける。メルネス、感謝している)


 メルネスはオズバルドの残った右腕へと剣を進めた。オズバルドが回避すればマルセルを助けられ、逆にオズバルドが引かなければ残った右腕を斬り飛ばせる。

 両腕を失った敵など恐るるに足りず、以降の抵抗はメルネスが全てねじ伏せて確実に殺すことが出来る。万が一にも失敗が許されないメルネスが妥協できるギリギリの折衷案がそれだった。


 (マルセルに行ったか。大祝福3らしい、とても嫌な判断だね)


 フェルトン卿は無謀にもオズバルドの太い首へ剣を叩き付け、割るようにして半ばまで裂いた。軍団長をそう易々と倒せるはずも無いが、これが罠でも自分が殺される隙をアクス最高司令が逃すはずが無い。そんな信頼で迷いを打ち消し、両手にだけ集中して一撃を放った…………のだが。


「おおおおっ、フェルトン卿が破壊者オズバルドを殺したぞおおおっ!」

「うおおおおっ、フェルトン卿!フェルトン卿!」

「ええっ、私ですかっ!?」


 新たな英雄の誕生に、戦場全体が沸き立った。

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