第11話 天鎚戦争(中編)★
バダンテール歴1265年7月18日。
深謀のイグナシオから急報を受けた破壊者オズバルドは、第三宝珠都市ミュケーズとルンフォラに分散配置していた部隊を直ちに第一宝珠都市ラカイトスへと集結させた。
だがオズバルドが軍団を一つに束ねたところで、都市の北側から50隻近くの大船団が飛来してくるのが目撃された。
★地図
「ふん、間に合わなかったか。全軍戦闘準備、全治癒師は直ちに軍団長補佐と大隊長へ物理無効化スキルと付与スキルを掛けろ」
オズバルドは直ぐさま揮下軍団へ戦闘準備を命じた。
船足は鳥の如き早さであり、戦闘を避ける事はどうやっても不可能だ。
むろんベイル王国軍もオズバルドらが第一宝珠都市ラカイトスに集結しているとまでは知る由も無かったはずで、両軍はこのまま正面決戦へと突入するであろう。
「アマデウス。カルディナとサンニとイェルケルに魔力付与を掛けろ。イグナシオ軍団長、これを持って行け」
オズバルドは治癒師付与系のアマデウス大隊長に魔導師系大隊長への魔力付与を指示すると共に、自らの左手から転姿停止の指輪を引き抜いてそれを深謀のイグナシオに渡した。
彼の30年余り停止していた時が再び動き始め、一方で同調していた竜核は同調者から引き剥がされて壊れる事により、その効果を-6歳から-3歳に減じた。
オズバルドは失った装備の一つを、攻撃力上昇効果のある赤色の大きな力の輝石へと変えた。
「…………死ぬ気か?」
「帰還したら返せ。死んだら皇女殿下にお渡ししろ。アマデウス、魔力付与が終われば俺に攻撃と防御と速度を掛けろ。その後はウルマスに付与を行え。スキルを使い切ったら貴様は不要だ。脱出して皇女殿下の元へ見事逃げ切って見せろ」
「はっ!」
イグナシオはオズバルドを見て、何を言っても無駄だと判断した。オズバルド軍団長は一人でも戦い続け、立ちはだかる全ての敵を破壊し続けるだろう。
だが、彼の勝率は0だ。
敵の大祝福3であるオリビアは、オズバルドが死ぬまで空から何度でも攻撃を繰り返せる。一方でオズバルドは、空に居座るオリビアを殺す手段を持ち合わせていない。
いにしえの獣竜戦争で獣人が竜人に勝ち得なかったのも道理であろう。
「…………協力しよう。転移1回分を除いた全てのスキルを自由に使ってくれて良い」
「好きに戦え。俺の軍への被害は考えるな。アマデウス、俺の前にイグナシオ軍団長へ魔力付与を掛けろ。誰か、イグナシオ軍団長に無効化スキルを掛けろ」
Ep09-11
都市ラカイトスへと迫りつつあったベイル王国飛行艦隊も、地上に展開する獣人軍団の動きを確認していた。
北から迫るベイル王国軍に対し、元々脱出を企図して北側へと集結していた獣人帝国軍は、そのまま速やかに都市北側での防衛体勢を整えつつあった。
「よし、なんとか捕捉できたか」
獣人帝国軍の陣形は、二頭蛇になったようだ。二個軍団で双頭に分かれ、輸送部隊は胴体として防壁に被るように陣取っている。
双頭で飛行艦隊を左右から挟み撃ち、胴体部分は都市防壁という高低差を活かして敵に矢を放つのだろう。そして双頭が不利になれば、背後を取られず都市内へ逃げ込める陣形だ。
「定石だな」
「効果的だからこそ多用され、多用されるからこそ定石となるのでしょう」
ブルックス中将とケルナー中将が手堅い敵を評価した。
一方ベイル王国の作戦は、戦力差を活かした力押しだ。
各個撃破されないようにある程度まとまって地上へ降り立ち、12個騎士団が各騎士団長の指揮の下に連携しながら敵を圧迫する。治癒師祈祷系と付与系も地上で後方支援を行う。
強襲降陸艦は魔導師5名を乗せて飛び、艦長の判断の下に地上へ降ろした騎士団を空から支援して獣人達への砲撃を行う。
そして大祝福2の16名が、メルネス・アクス判断の下に敵のオズバルド軍団長と大祝福2を倒す。
総旗艦はオリビアを乗せ、イグナシオ軍団長の魔法攻撃を相殺し、余力でオズバルド軍団長に鈍化を掛ける。
「飛行艦がさらに多ければ、交戦直前に火炎樽を落として敵の陣形を崩せたのだがな」
敵が固めつつある陣形を見据え、バルフォア中将が採れなかった手を惜しんだ。
今回の飛行艦は獣人軍を逃がさないために速度を優先しており、船足が一気に遅くなる火炎樽は積載していない。
だが、ベイル王国が動員した戦力は獣人帝国軍の2倍だ。
ベイル王国の12個新騎士団は、大祝福1以上の騎士が1116名。さらに魔導師180名と治癒師の祈祷系36名と付与系36名も付いている。
一方獣人帝国は、10個大隊に大祝福1以上の戦士が600名、未満が600名、兵士は6800名。その他は輸送部隊程度しか無い。
大祝福2以上もハインツとオリビアを除き、メルネス以下6名、バスラー以下6名、フェルトン卿、バハモンテ男爵、アクス令嬢、ブランケンハイム大治癒師で16名となる。しかも全員に治癒師祈祷系2名と付与系1名を付けている。
一方相手はオズバルド軍団長を除き、軍団長補佐2名、大隊長9名の合計11名だ。加えてオリビアの鈍化スキルを受けて能力も下がる。
騎士たちにも相当の犠牲が出る事は分かっているが、これは避けて通れない戦いだ。
ハインツは騎士達の命を費やす重みを必然性で割り切ると、気持ちを切り替えて命を下した。
「作戦開始」
「パープルライトスコール水平射!」
「パープルライトスコール、前方へ水平射します」
総旗艦オーディンから紫色の光が放たれ、艦の前方で弾けていった。
その信号弾を合図に11個騎士団を乗せた強襲降陸艦36隻と第十二騎士団を乗せた飛行輸送艦が降下を開始し、残る飛行輸送艦12隻は高度を保ったまま離れていく。
そして地上がかなり迫ってきた時…………
『フレアランス・スコールバースト』
『ロックランス・スコールバースト』
太い炎槍が地上から豪雨となって左側面へと伸び上がり、左翼艦隊に突き刺さって炸裂した。
それと同時に右側面からは太い岩槍が豪雨となって伸び上がり、右翼艦隊に突き刺さって炸裂した。
「全艦、迎撃魔法撃て!」
「大祝福1の射程外です」
「良いから撃ちまくれ!」
「レッドライトスコール発射、応戦開始」
左翼艦隊から3隻と右翼艦隊から4隻が大破して地上へ落ちていった。
各艦は中央のメイン気嚢1つ、もしくは艦の前後にあるサブ気嚢2つで飛行を維持する事が出来る。だがメイン気嚢1つとサブ気嚢1つ以上を同時に破られれば大破となり、地上へ落ちるしか無い。
さらにそれと同数の艦が中破して高度を下げていった。
中破はメイン気嚢1つか、サブ気嚢2つを破られた艦だ。飛行能力は残しているが、降下のために各気嚢の出力を落としている現状では降下速度が出過ぎて危険だ。直ぐさま出力を上げて艦を立て直さなければならない。
「馬鹿な、気嚢は下位転生竜の竜皮を3重にしているのだぞ。こう容易く破れるはずが無い」
「大祝福2の魔導師だ、魔導師系の大隊長が左右に潜んでいる!」
「そんな事は分かっているが、威力が大きすぎる。輝石での魔力強化と、治癒師大祝福1の付与があってすら、ここまでの威力は出ないはずだ!?」
『フレアランス・スコールバースト』
『ロックランス・スコールバースト』
各艦の魔導師が迎撃魔法を放って新たな槍を空で炸裂させる中、その弾幕を突き破り、あるいはすり抜けた槍が左右から何本も各艦に突き刺さっていく。
その攻撃によって両翼から合わせて3隻が制御を失って落下し、4隻が地上へと次第に引きずり下ろされていく。
艦隊からの迎撃魔法がさらに激しさを増す。なりふり構っていられなくなった魔導師達が、マナの出し惜しみをせず撃たれた方向へ魔法の弾幕を展開させ始めた。
そこへ炎槍と岩槍の第三波が襲い掛かってくる。
『フレアランス・スコールバースト』
『ロックランス・スコールバースト』
「これほど強力なスキルはそう何度も撃てない。全艦弾幕を張りつつ、速やかに降下せよ!」
『クロスアストラルウォール』
各艦が降りていく中、中央艦隊の進行方向上下に青白い渦のような光が出現した。
クロスアストラルウォールは2枚の垂直な壁を地上で交差させるのが定石だが、そうしなければならないというルールは特に無い。水平に展開して、上下から交差させても良いのだ。
地上の敵を上下で挟もうとすれば、まず伏せられて下に出した壁を躱され、その後に上から降って来る壁は走って逃げられるだろう。
だが落ちていく飛行艦ならば、進行方向の上下に展開させて挟み込めば躱しようが無い。
「オリビア!」
『クロスアストラルウォール』
上下に現れた二つの光の渦が形を変える中、その渦と艦隊との間に新たな光が現れて形を作り始めた。
やがて艦隊の上下に2枚ずつ向き合うように形成された壁は、互いに軋みながら押し合いを始めた。
「降陸中止、高度を維持しろ、前方へ……」
「敵2個軍団、こちらへ向かって前進を開始しましたっ!」
「…………ご主人様、押されていますっ」
『フレアランス・スコールバースト』
『ロックランス・スコールバースト』
オリビアが若干の焦りを含んだ声を上げた。
ハインツはオリビアの表情と押し合いを続けているスキルとを見比べ、祝福94のオリビアが祝福92のイグナシオに押し負けている理由を悟った。
イグナシオ軍団長がMP量増大の輝石以外を装備して、自らの手数を減らす可能性は殆ど無い。
であればこの状況は『祝福数』や『装備差』では無く『魔力付与を行う治癒師付与系の実力差』だ。
敵には大祝福2の治癒師付与系が居る。
「魔導師たち、俺にエアーエコーを掛けろっ!」
オリビアが1度クロスアストラルウォールを撃った後ならば、MP増大の輝石を外して魔力強化の輝石を装備させれば対抗できる。
だが今輝石を切り替えても、発動済みのスキルには効果が無い。
このまま押し負けては、オリビアが打ち消せなかった分の攻撃が艦隊に直撃する。
『エアーエコー』『エアーエコー』『エアーエコー』『エアーエコー』
魔導師達のスキルが掛かったのを確認したハインツは、直ちに指示を伝えた。
『ハインツ・イルクナーより、アストラル系が使える全術師に命ずる。上下のクロスアストラルウォールに向かってアストラル系スキルを放ち、敵が発生させた壁を艦隊の外側へ押し返せ』
一瞬の間があって、各艦隊の治癒師祈祷系や魔導師特殊系が上下に向かってスキルを放ち始めた。数十もの光が天と地へ伸びていき、さらに拡散して炸裂しながらじわじわと狭まっていた光の壁を押し返していった。
やがて全艦隊の1/3にあたる12隻もの飛行艦を飲み干した光の壁は、世界に発現する力を喪失して消滅していった。
『全艦、直ちに降陸せよ。降陸までの間、両翼は敵魔導師に対して弾幕を張り続けろ』
既に落ちた12隻の乗員の生存は絶望的だろう。
艦隊下方だけでもイグナシオとオリビアのスキルをそれぞれ1枚ずつ浴びており、魔法無効化ステージ1が掛かっていても2枚は防げない。
地上の2個軍団が艦隊の降陸地点へと迫って来ている。
ハインツはスキルの完全消滅を見届けると、マナ回復剤をオリビアの右手に握らせ、左腕に嵌められていたMP増大の輝石の腕輪を外してウエストポーチに突っ込むと、代わりに魔力増大の腕輪を漁ってオリビアの左腕に取り付けた。
ここまで全て無言だ。ハインツにはエアーエコーが幾重にも掛かっているため、言葉を出す度に声が全軍に届いてしまう。
オリビアが1本目のマナ回復剤を飲んだのを見届け、ハインツはようやく声を出した。
『クロスアストラルウォールで敵軍団を両側から押し潰せ』
ハインツは左手でオリビアの肩を抱きながら獣人軍団の方へと身体を向け、さらに右手で獣人軍団を指差して見せながらそう指示した。
今度のオリビアは無抵抗な先程までと違い、無言でハインツを見返しながら「良いのですか?」と目線で問い質してきた。元々の作戦では、オリビアのMPは深謀のイグナシオ対策の為に残しておくはずであったのだ。
だがハインツは、オリビアに対して頷き返した。
『クロスアストラルウォール』
オリビアはハインツの意図を分かっていないが、意だけは理解してそれに応じた。
先程オリビアが艦隊の上下に展開させたよりも強い光が、獣人帝国軍の左右1kmに渡って展開される。
その青白い光の壁がゆっくりと狭まり始め、二頭蛇の陣が次第に頭をすり寄せ始めた。
『中央艦隊、敵の尖端へ集中砲火しろ。クロスアストラルウォールから抜け出す敵を打ち払え!』
『クロスアストラルウォール』
ハインツが艦隊に命令を出した瞬間、オリビアが狭めている壁の内側に新たな壁が出現した。イグナシオが殲滅されようとしている獣人軍団を守るために発生させたのだ。
もしもイグナシオがクロスアストラルウォールを使っていなければ獣人軍は大隊長以上を除いて壊滅的被害を受けており、全軍の2/3を残すベイル王国騎士団に対して地上戦で圧倒的不利になっていただろう。
二人の2回目のクロスアストラルウォールが押し合っているが、魔力増大の輝石へ即座に切り替えて撃ったオリビアは、それをしていなかったイグナシオとの押し合いで今度は拮抗している。
それと同時に正面へ火力の壁を作って獣人の進撃を足止めし、その間に騎士達の降陸を殆ど完了させた。
巨大な壁に囲まれている獣人軍が、すぐにベイル王国の真似をしてイグナシオのクロスアストラルウォールを支援した。オリビアの壁が押されて消えていく。
ハインツはオリビアの左手に2本目のマナ回復剤を握らせ、今度は右腕に嵌められていたMP増大の輝石の腕輪を外して魔力増大の腕輪に嵌め替えながら全軍に命を下した。
『正面にオズバルドと大隊長。全軍、作戦開始』
オズバルドは大祝福1の魔法の迎撃になど構わず正面から突き進んでいる。その真後ろには大隊長達が続いており、さらに後続には獣人2個軍団が見える。
それを迎撃すべく、メルネスら16人の大祝福2がオーディンから次々と降り立っていった。その後ろには付与や無効化スキルを使う治癒師達が続き、さらに降陸を果たした各艦からも騎士達が一斉に戦場へ展開していった。
発した言葉が戦場全域に伝わってしまうハインツは、2本目のマナ回復剤を飲んだオリビアに筆談で意思を伝える。
(オズバルドに全体鈍化を)
『全体鈍化』
オリビアが敵先頭にいるオズバルドと大隊長数名に向かってスキルを放ったのを確認したハインツは、懐からセレスティアの神宝珠が入った袋を取り出してそれを艦長に手渡すと紙を見せた。
(預かれ。総旗艦は今すぐ上昇しろ)
「メイン18/20、前後サブ10/12。上昇せよ」
「メイン出力18/20、サブ出力10/12。緊急上昇します」
艦長にセレスティアの神宝珠を預けたハインツは、再び指示を書いてオリビアに紙を見せた。
何をする気ですか?との疑惑の眼差しをハインツに向けたオリビアだったが、指示に関しては素直に実行した。
『…………全体鈍化』
オリビアの2度目の鈍化スキルが、再びオズバルド軍団長と周囲の大隊長の身体を侵食していく。
ハインツはオリビアの眼差しに構わず、艦内を走り始めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
艦隊と軍団からお互いに撃ち合う魔法攻撃によって視界が最悪の中、ベイル王国側のメルネスら16人の大祝福2が、獣人帝国側のオズバルド軍団長たちと接敵しつつあった。
オズバルド軍団長には8人の大祝福2が付き従っている。
事前の情報では軍団長補佐2名と大隊長9名のはずであったが3名ほど少ない。メルネスたちはそれを艦隊左右から魔法を放っていた魔導師2名と付与を掛けていた付与系1名だろうと判断した。
(速度はかなり減じられているね……)
大祝福2の治癒師付与系による速度付与と、大祝福3の魔導師特殊系による鈍化2回掛けでは、後者の効果が圧倒的に上回ったようだ。オズバルド軍団長の戦闘速度は、今のメルネスよりも僅かに遅そうだった。
しかも他の大隊長達も2回の全体鈍化に1~2回巻き込まれているようで、獣人補正による速度が殆ど失われている。
攻撃や防御の付与は減じられていないが、メルネス達とて大祝福1の治癒師による付与は掛けられている。
16人に対してオズバルド軍団長と大隊長8人であるのなら、オズバルド軍団長に対しては8人の大騎士団長を攻撃に投入する事が出来る。
「僕とエイヴァンとハクンディ、紅塵4人とマルセルの8人で破壊者オズバルドを倒す。バルフォアら5人とフェルトン、バハモンテ、おてんば娘の8人で大隊長たちを倒せ」
「「「「「了解!」」」」
メルネスはベイル王国側の都合を言ったが、先方には先方の考えというものがある。そして両者以外の考えも。
オズバルド軍団長と8人の大祝福2へ襲い掛かったメルネスらに対し、最初に仕掛けたのは魔導師特殊系で祝福71のイェルケル大隊長だった。
『全体沈黙』
彼は自らのマナを霧状に変えて戦場へ降り注ぎ、敵の身体へどんどん浸食させて体内のマナの流れを阻害し始めた。
彼のマナの色で戦場が蒼く染まり始め、浅瀬から深海へと沈んでいくかのように世界の色が深くなっていく。
「スキル阻害だ。沈黙解除!」
ベイル王国側のエディー・ブルックス中将が治癒師達に号令を下した。
全体沈黙解除は祝福44以上の高度なスキルだが、単体沈黙解除ならば祝福14から使える。
そしてこの戦いでは、ベイル王国側の大祝福2たち16人全員にそれぞれ祈祷系2名と付与系1名が付けられていた。
『単体沈黙解除』『単体沈黙解除』『単体沈黙解除』
『単体沈黙解除』『単体沈黙解除』『単体沈黙解除』
イェルケルが注ぎ込んだマナを払おうと、治癒師達が一斉に解除スキルを放ち始めた。
深海へと沈み掛けた世界がゆっくりと空へ昇るかのように薄く変わり始める。
『全体沈黙』
大騎士たちに注がれたマナの表面を僅かに取り除けた所へ、再び大祝福2台の強烈なマナが注がれた。
世界は暗闇の如き深淵。
イェルケルの蒼いマナは、深海を振動させるかのように戦場へと響いていく。
『全体沈黙』
イェルケルのマナを浴びたメルネスらは、水底で呼吸が出来ないかのごとくマナを用いたスキルを発動させる事が出来なくなってしまった。
大祝福1の治癒師達は解除しようと必死にスキルを発動させているが、水上への浮上は当面先のようだった。
もしも祝福77のブランケンハイム大治癒師が全体沈黙解除のスキルを指先に刻んでいれば、蒼のイェルケルと呼ばれる彼の世界を一気に押し返せただろう。
だが転職系の治癒師であるブランケンハイムはスキルの選択肢が他職の2倍もあり、全体沈黙解除のような限られた局面でしか使えないスキルは、10本の指のいずれにも刻んでいなかった。
『ファイヤー』
最悪の状態での接敵直前、ベイル王国軍の総旗艦から飛んできた赤色の光が大隊長達の中心で膨れあがり、一瞬で蒼海だった世界を炎海へと塗り替えた。
「ぬ……ぐぉっ!?」
「ぐあああっ」「ぬぁああっ」
効くはずの無いファイヤーが、大祝福3であるオズバルドの肌を焼いてダメージを生じさせた。
オズバルドは身体を振って火を払おうとしたが、さらにダメージの大きかった大隊長達は炎の範囲から飛び退いて逃れようとした。
沸騰する炎海から飛び出した大隊長達が陣形を乱す。
『ファイヤー』
メルネス達の左手側、獣人達にとっての右手側に逃れた半数の大隊長たちへ、空から二つ目の光が飛び込んでいく。
沸騰していた炎海が、今度は灼熱の海へと変わろうとしていた。
それを避けて陣形をさらに乱す大隊長達に対し、メルネス達がファイヤーを避けながらここぞとばかりに向かっていく。
『ファイヤースコール』
そこへ両軍の魔導師達による激しい魔法が次々と飛び交っていく。その中でも最大の炎の豪雨が、ベイル王国の総旗艦の前方気嚢を吹き飛ばした。
「なんだとっ!?」
『デストロイヤー』
スキルを封じられたままのメルネスらに対し、総旗艦オーディン中破という一瞬の隙を見出したオズバルド軍団長が真っ先にスキルで突進を行った。
その両手に持っている武器は巨大なフォセ。ファルシオンのような剣の棟に突起があり、『断ち切る』『突き刺す』『引っかける』のいずれにも優れた優秀な武器だ。
槍で例えればハルバードに近い剣で、オズバルドはこのフォセを2本同時に使って前に立ち塞がる何であろうとも力尽くで破壊していく。
普段使うナイトソードよりも大きいバスタードソードを構えたメルネスがオズバルドの突進を防ごうと斬り付け、戦士防御系のボレルやバルフォア、ケルナーらが武器や大盾で抑え込もうとした。
「ぬおおおっ!」「ぐあああぁっ!!
メルネスの剣がオズバルドの身体から発せられたマナに弾かれ、ボレルやバルフォアらに至っては剣だけではなく身体ごと次々と弾き飛ばされた。
『二連撃』『剛断』『破断』『粉砕』
軍団長補佐のウルマス、祝福76の戦士防御系バラハス大隊長、祝福67の戦士攻撃系カベーロ大隊長、祝福65の戦士攻撃系フォルカー大隊長らが、オズバルド軍団長の切り開いた巨大な穴に突っ込んで攻撃を叩き付ける。
デストロイヤーの一撃を受けたベイル王国軍の陣形は、完全に破壊されてしまった。
大騎士団長たちは無効化スキルを消されつつも辛うじて持ち堪えたが、陣形に空けられた穴から祝福66の探索者技能系ランベルト大隊長や、祝福64の探索者戦闘系アンゾルゲ大隊長の突破を許してしまった。
彼らの向かう先には、戦場へ引き連れてきた治癒師達が居る。
「はああっ!」「つぁあっ!」
アクス令嬢やブルックス中将ら軽装備の技量派が割って入り、大隊長達による治癒師達の大量虐殺を防いだ。
「イグナシオ軍団長っ!」
乱戦となった化け物達の南側から、尋常では無い叫び声と切迫した空気が飛び込んできた。
イグナシオと言う名前は、戦局全体を左右する究極の切り札の一枚だ。
大祝福1以下にとっては魑魅魍魎に等しい彼ら大祝福2以上の大騎士団長や大隊長らとて、聞き流せる類いの名前では無い。
『……オリビアっ!』
獣人軍の陣形の内側から、艦隊降陸の際に戦場全域へ命令を出していたベイル王国宰相ハインツ・イルクナーの声が聞こえてきた。
「何だって!?」
「何が起った!?」
メルネスとオズバルドの声が重なる。
戦況は両軍の総司令官の手を離れ、想像の外へと転がり出していた。
























